Scarlet Busters!   作:Sepia

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Mission123 記憶の中にいない人

 

 さて、話はちょっと戻る。

 鈴と美魚はちょっとした行き違いからハートランドの『SSS』と交戦することとなったのだが、じゃあ理樹はどうなったのだろうか。理樹は自分たちを尾行している存在に気がついて、美魚から離れて確認をしに行った。『SSS』が西園美魚を確保しようとしていたのだから、美魚たち一行を尾行していのたのが『SSS』であってもおかしくはない。

 

 そうなると、尾行者たちの迎撃に向かった理樹と真人も鈴たちと同じく『SSS』と交戦状態となっていたところで、疑問はないのだが……

 

「いや、正直悪かったよ。俺だってお前が飛びかかってきたから反射的に手を出してしまったんだ。思いっきり殴ってしまったがまぁ許してくれ」

「おーい、理樹ー大丈夫かー!」

「うーん……もうちょっと待って。そうしたら復活するから」

 

 理樹と真人の二人は鈴たちのように、『SSS』とメンバーと交戦状態に陥ったわけではなかった。

 理樹と真人の二人がハートランドで出会った相手とは、

 

「ところでよぉ。お前たち一体こんなところで何をしているんだ?」

「観光に決まっているだろう」

「ホントか?」

「無論だ。この俺、いや、俺たちを一体誰だと思っているんだ」

「どうせまたレキのストーカーやってたんじゃないだろうな」

「ストーカーというのは言いがかりにもほどがあるぞ、井ノ原!俺たちレキ様ファンファンクラブRRRはレキ様のためを思って行動はするが、決して自分たちの心を満たすために出過ぎた行動など行ってはいない。もし抜け駆けでもしてレキ様をたぶらかそうとする輩がいようものなら、この俺自ら出向いてその性根を叩きのめしてくれるわぁ!」

 

 理樹と真人の二年Fクラスのクラスメイト、村上がそこにいはいたのだ。

 村上はクラスこそ同じなれど、専門科目は強襲科(アサルト)

 探偵科(インケスタ)の理樹よりも、日ごろから荒事に関わる機会は多い。

 そのためか、理樹の不意打ちの攻撃にも問題なく対処することができた。

 

 飛びかかった後にそれが村上であったことに動揺した動きが鈍った理樹と、いきなりのことでつい手が出てしまった村上の差が、今の現実を構築していた。村上のカウンターに近い腹パンをまともにくらった理樹は当たり所が悪かったせいか地面に倒れ伏したままで、いまだに起き上がれていないのだ。

 

 それでも意識自体は朦朧とはしていないため、ちょっと待ってと理樹は村上に声をかける。

 

「……別に村上君がここにいるだけならそんなに気にしないんだけどさ、ここにいるの、村上君だけじゃないよね。感じた視線がただ一人のものとは思えなかったし」

「あぁ、もちろんだ。この職場体験の期間に時間のあったRRRのメンバーは全員このハートランドに来ているぞ」

「オマエラ本当にヒマなのか」

「失礼な!俺たちだって武偵の端くれ、時間というものが有限であり、時として何物にも代えがたいものであることは百も承知している!ただ、その時間を割いてでも、我らがこのハートランドにかけつかるだけの理由があると判断したまでのこと!」

「一応聞いておくけどよぉ、それはなんだ?」

 

 真人が呆れながら聞いたことの答えを、村上は何一つとして恥じることのないように宣言した。

 

「決まっている。レキ様と現状最も親しい男――――――――――棗恭介を場合によっては始末するためだ」

「なんでまた?」

「よく考えても見ろ。レキ様は今回、お前たちリトルバスターズと一緒にこのハートランドへとやってきている。だが、それはおかしいとは思わないか?」

「いや、特には。僕も真人も探偵科(インケスタ)だけど、レキさんと一緒に仕事する機会がなかったわけでもないし、別に全く知らない仲でもないから一緒に遊びに行くこと自体はそんなに違和感がないよ」

「そういうことじゃないんだ。直枝、お前はレキ様のことをよく知らないからそんなことが言えるんだ。もちろんお前の言いたいことは一般的には別に間違ってもいないさ。例えば俺がお前たちと仕事終わりにどこか食べに行こうと誘ったところで、別に違和感はない。お前たちなら来るだろうし、俺だって別の案件でも入っていなければ行くよ」

「そうだね」

 

 理樹と村上の関係は、ビジネスライクなクラスメイトという表現が一番正しい気がする。

 互いのプライベートのことはあまり干渉しないものの、仕事としての仲間としては問題ない関係を築けている。理樹にとっての真人や謙吾のように、何かあった時に無条件に助けてくれるような友達とは言えないだけで、仕事終わりに一緒に何かやる分には一向に構わないのだ。

 

「だが、レキ様はというとそうではない。もちろんレキ様だって、強襲科(アサルト)の主席の神崎とは仕事上の付き合いとして何かすることがあっても、それ以外にプライベートで誰かと一緒に何かするということなんてほとんどないのだ。事実、かつてレキ様に不相応にもデートに誘おうとした輩がいたが、約束に取りつけた奴などない。いくら俺たちの存在が抑止力となっているとはいえ、レキ様はあれだけ美しいお方なのだ。浮ついた話一つくたい過去にあってもおかしくはないだろう」

「鈴とは仲いいよ?鈴が誘えばレキさんが来てもおかしくはないと思うけどな」

「そうか?棗鈴は言ってしまえば、重度の人見知りだ。内弁慶といったら言葉が悪いが、身内とそうでない人間相手では対応がまるで違う。正直言って、レキ様が棗鈴の二人が初対面で出会ってから、仲がよくなるように話が進むようになるとは思えない」

「む、確かに……」

 

 村上の主張には一切の疑問もなく、真人も理樹も納得した。

 

「そこで出てくるのが棗恭介の存在だ。俺たちが予測するに、レキ様が棗恭介と前からの接点があったのではないか?」

「恭介とレキさんが前々からの知り合いなのはあっているよ。確か、恭介の知り合いの妹がレキさんだったとかだったはず」

「だとしたら、レキ様は実姉の知り合いの妹という案外遠い関係の奴を意識していたことになる。あの棗鈴が普段無言を貫くレキ様に対して自分から話しかけるとは思えないからな。そして、お前たち二人や宮沢は論だ」

「結局なにがいいたいのさ」

「つまりだ。レキ様が、棗恭介のことを随分と慕っているのではないか?棗恭介こそが、現状我らRRRの最も警戒すべき相手と言えるのではないか?この事実を確かめる絶好のチャンスを、我らは逃さないためにここにいる!そして、場合によっては始末するのだ!」

 

 要約すると、恭介がレキと仲がいいと判断したら、恭介を始末するつもりらしい。

 恭介はリトルバスターズのリーダーであり、理樹にとっても真人にとっても大切な仲間であるが、だからといて恭介を守ろうとして何か村上を説得するようなことを言う気には二人ともなれなかった。恭介の強さは知っているし、RRRの総力が相手になろうと、恭介なら一人で何とかできるだろうという安心感があったからだ。

 

(しかし、よく見ているなぁ……)

 

 ここで理樹が感心したのは、村上がクラスメイトのことを十分に把握していたことである。

 武偵としての恭介の仕事は、理樹たちと一緒に何かするよりも自分一つで何かをしていることの方が多い。それは恭介が三年生ということで学年が違うためタイミングを逃しやすいということもあるが、それはレキと関わる機会自体も限られているということを意味している。その中で、普段ともに仕事をすることがある理樹や真人ではなく、恭介こそが危険な存在であると判断する村上は、それだけレキのことを見ていることを意味していた。

 

(ん、そうだ)

 

 ならばだ。村上ならば、西園さんの空白の一ヶ月を埋めることだってできるかもしれないと、ふと理樹は思う。ダメでもともとで、聞くだけ聞いてみることにした。

 

「そうだ村上君。ちょっと聞きたいんだけどさ、ここ一ヶ月の西園さんの予定ってどうなっていたか覚えている?」

「は?西園?」

「うん。ほら、僕はちょっとした依頼で一ヶ月近くFクラスの教室にも行っていなかったから分からないんだよ。真人もよく覚えていないって言っているし、村上君はどう?何か覚えていることはある?」

 

 村上はきょとんとしていたが、それは理樹がどうしてこんなこと聞いてくるのかが理解できないせいだと思っていた。だから理樹は知りたい理由を説明していこうとしたのだが、

 

「悪い、直枝。ちょっといいか?」

 

 村上が口にしたのは、理樹が全く思っていないことだった。

 

「あのさ、西園ってどんな奴だ?」

 

 

 

        ●

 

「誘拐されたのは東京武偵高校二年Fクラス所属、鑑識科Sランクの西園美魚さんです。現在、美魚さんをめぐり、魔女連隊とSSSによる全面抗争が始まろうとしているのです!」 

「……」

「は?美魚ちん!?」

 

 クドリャフカの提示してきたことに対して真っ先に反応したのは葉留佳であった。

 

「その様子だと面識があるようですね」

「……」

 

 あくまで護衛役としてきている葉留佳には、イギリス清教としての立場を持たない。葉留佳がロシア聖教側に何かを約束するようなことを言ったとしても、イギリス清教側を動かすことは葉留佳にはできない。そのために極力口出しはしないつもりでいたのに、美魚の名前が出てきた時には驚いて反応してしまったのだ。

 

(しまった、やらかした……ッ!)

 

 そして、そのことを直後に後悔した。

 この場においては、美魚と面識があることは葉留佳は隠しておくべきだったのだ。

 交友関係を理由にして即時の判断を迫られると、真っ当な理由でも用意しない限りは納得はしてくれない。そして、クドリャフカと姉御のこれまででの態度は対称的であることはすでに示されている。『皆既日食の書』が盗まれたという事態に対しての危機感の差がすでに出ているのだ。

 

 皆既日食の書が盗まれたことに対して、即座に動く必要があるとするクドリャフカ。

 あんなものは使い物にならないから、放置しても問題ないだろうとする来ヶ谷。

 

 魔導書により精神が汚染される可能性があるということだが、ここでできてきた名前がロシア聖教に所属する解読官であったのなら、それはそちらの責任だとして姉御は話は終わりにして帰ったのだろう。別にそのことは薄情なことだとは思わない。自分だけが苦労する分には構わなくとも、他人を巻き込んでまで何かに関わるには責任が伴う。

 

 来ヶ谷唯湖という人間は、その境界線をはっきりとする人間であると葉留佳は知っていた。

 

 自分一人の手に負えないことに他人を巻き込む権利なんて誰にもない。

 それが見知った人間であれ、結局どうするのかを決めるのは来ヶ谷であって葉留佳ではない。

 葉留佳一人が美魚を助けようとしたところで限界があるのだ。

 あくまで一人の超能力者(ステルス)でしかない葉留佳が美魚を助けるために自力でできることといえば、どこにいるかもわからない美魚を探して回ることぐらいだ。それも手がかりなしではどうしようもない。何の結果も得られない未来しか見えてこない。

 

「葉留佳君」

 

 だから、名前を呼ばれた時はどっちだろう、と思ってしまう。

 美魚を助ける選択を取るのか、美魚を見捨てる選択を取るのか。

 

 正直どちらを選んでも、来ヶ谷唯湖という人物らしい選択肢のようにも葉留佳は思うため、来ヶ谷が言うであろう次の一言を予測できなかったのだが、出てきた言葉はそのどちらでもなかった。

 

「いくつか確認するべきことが出てきた。正直に答えてくれ」

「な、なんですカ?」

「君は美魚ちんと彼女を呼んだ。そういう呼びかたができるということは、君は彼女とそこそこ仲がよかったのだろう?」

 

 何を言い出すのか、と葉留佳は思った。姉御の聞きたいことの本意が理解できなかった。葉留佳は武偵を目指し、東京武偵高校に入学した経緯自体が特殊なものであるため、中学以前からの知り合いというものがいない。それは仲間との連携を財産とする武偵としては相当の出遅れであったともいえる。

 

 武偵という存在は金を動くなんでも屋という性質上、他人から理解はされにくい存在だ。

 

 そのため、武偵となる志を同じくして学んだ中学時代のクラスメイトという存在は頼れる存在となりうる。武偵高校自体が一般高と比較できるほど数が多くないこともあり、本拠地となる場所を変えない限りは一般に武偵中学出身者はそのまま武偵高校でも見知った人間と生活していくこととなる。基本となる人間関係はリセットされず、そのまま高校に持ち越されるのだ。

 

 そのため葉留佳の人間関係というのは、非常に狭いと言えるだろう。

 

 自分が持つ超能力のことを公には話さず、自分が抱える佳奈多との一件は誰かに話すつもりもなかった。

 武偵という職業自体には何の誇りも持たず、ただの手段くらいにしか見ていない。

 そんな葉留佳がこれまで、他人とは敵を作らないようにと適度はコミュニケーションを取るだけで、自分からは積極的に誰かと関わろうとしたことはないのだ。そのため、葉留佳の人間関係はおそらく来ヶ谷がすべて把握できる程度のものでしかない。そもその美魚だって、来ヶ谷の紹介で知り合った人間だ。

 

(なんでそんなこと聞くんだろ。美魚ちんのことなら姉御だって知っているはずなのに……姉御が知らないはずないのに……)

 

 そもそも東京武偵高校において、美魚とクラスメイトなのは来ヶ谷の方だ。葉留佳は別のクラスである。正直美魚についてはなら自分よりも姉御の方が詳しいとすら思う。

 

「もちろん。いくつか仕事も頼んだこともありますヨ」

 

 ――――――そんなことは、姉御だって重々分かっているでしょうケド

 

 そう思いこそすれど、口にはしなかった。

 言っている途中で葉留佳の中で、一つの可能性が頭に浮かんだからだ。

 

(今ここで美魚ちんのことを知らないということは、別に美魚ちんと見捨てることを意味しない。魔女連隊がどういう組織かは知らないけど、『SSS』なら知っている。そっちなら私だけでもコンタクトが取れる。別にここでロシア聖教と手を切っても、美魚ちんの手がかりが完全に途絶えるわけじゃない)

 

 組織として動くことができなくとも、姉御個人としてできることはする人間だと葉留佳は知っている。

 今、美魚を助けることを前提とする。その場合には二つの選択肢があることに気づく。

 このままロシア聖教と組んで事態の解決に当たるべきか、それとも独自路線で美魚について調べてみるか。今ならそのどちらとも取れる。クドリャフカという少女には悪いけど、まだこちらは致命的なことは犯していない。

 

 なにせ美魚と面識があること反応からバレてしまったのは葉留佳であり、来ヶ谷の方はまだ何もコメントしていないのだから。だから葉留佳は、姉御自身は美魚との関わりを匂わせないように発現する。次の姉御の発言次第で、どちらの方向性でいくのかは分かるはず。まずは当たり障りのないことから答えることにする。

 

「実は美魚ちんとはお得意様でしてネ、解読系の仕事があるならまず最初に頼めるくらい気軽な仲になったんですヨ!」

「なら聞こう。葉留佳君。君は美魚君はどういう人間だった?かつてこんなことがあったという事実ではなく、君から見てどういう子だったか?」

「……はい?」

「変なことを考えず、素直な感想を答えてくれ」

 

 ただ、どうにも姉御の意図がつかめなかった。私の範囲で素直に答える分には何か変わるわけでもないため、素直に答えようとして、

 

「……あれ?」

 

 葉留佳は口ごもってしまう。

 

「ど、どうかしましたか?」

 

 よほどマヌケな声が出ていたんだろう。クドリャフカが心配そうに様子をうかがってくるが、葉留佳というとクドリャフカの反応なんて全く頭に入ってはこなかった。

 

(え、ちょ、ちょっと待って!一体どういうこと!?)

 

「葉留佳君の方はどうなっている?」

「あ、姉御!一体どうなっているんですカ!わ、わたし、わたし!さっきから必死に美魚ちんのことを考えているんですけどッ!」

「クドリャフカ君の言うことが正しいなら、きっと魔導書の影響なんだろう。うちの『月の書』にしても、世界の常識そのものを変革するだけの魔力が込められているとまで言われているんだ。『皆既日食の書』とやらは話に聞いたことしかないが、これくれいのことならできないことはないんだろう。実は私もさっぱりでな。この私がそうそう物忘れすることがない上に、葉留佳君も同じような状態ならほぼ確定と言えるかな」

「じゃ、じゃあ!私がおかしくなったわけではないんですよネ!?」

「あの、一体何の話をしているのですか?」

 

 クドリャフカからしたら、突然葉留佳が戸惑い出した理由が分からないだろう。

 何か話を聞いて、その事実を受け止められてかった時に人間は戸惑いを隠せずうろたえる生き物だ。

 だが今の葉留佳は、特に何かを突きつけられたわけではないはずだ。

 聞かれたことにこたえようとして、急にうろたえた。

 都合の悪いことを聞かれて答えが浮かばなくて言い逃れしようとしている風にも見えないのだ。

 

「実はな、私は美魚君が一体どういう人物であったのか……それがさっぱり思い出せないんだ」

 

 葉留佳は覚えている。

 西園美魚は姉御の紹介で仕事を依頼する形で出会い、そして多くの仕事を共にこなしてきた。

 仕事の終わりに一緒にファミレスに入って意味のなさそうなことを話して時間を浪費したこともある。

 恥ずかしくて友達だ、とは表立って言えなかったが、彼女は葉留佳にとって仲間を言える存在だった。

 

 それなのに。

 

 美魚がどのような性格の持ち主だったか。

 美魚はどのようなものを好んでいたのか。

 

 行った事実というものは思い出せても、葉留佳の主観から来る感想ともいえるものは何も思い出せなった。

 

 

 




村上会長はとてもフットワークの軽いお方です。
たぶんこの人、理樹より強いです。
この章の一つの目的は、カッコいい村上を見せることでもあります。

本家本元のカッコいい村上を見たい人は、草薙先生の「緋弾のアリアー緋弾を守るもの」を見てくださいね!

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