「ええと……西園さん」
「はい」
「匿って欲しいって……追われているの?」
鈴とレキの前に現れたクラスメイトである西園美魚は、自分を匿ってくれと開口一番に言った。
一体どういうことなのか理由を聞こうにも、あいにく鈴もレキも会話らしい会話なんて普段行ってはいないため、半ば必然ともいえる形で理樹が代わりに話を聞くことになった。とはいえ別に、秘密の話をするために場所を移動させたということはなく、その場にいた理樹や真人も会話に入ってくる形となっただけである。美魚自身、今すぐに自分を連れてここから安全な場所まで連れて行ってくれと主張するような雰囲気が全くなくいつも通りの何を考えているのかも分からないようなぼんやりとしているようにすら見える表情で会ったこともあるが、理樹も先ほどまでハイマキと戯れていたために、頬にハイマキののしかかった跡がくっきりと残っていたためどうにも緊張感にかけていた。
「それが……よくわからないんです」
「分からないって……まあいいか。狙われているとして、何か心当たりでもあるの?」
理樹たちはこれからハートランドに向かう予定ではあるが、西園美魚を匿うということについては理樹たちに異論はない。彼女が今どういう状況におかれているかは分からないが、困っているなら放置もしておけない。ここで自分の都合を優先するようなことがあれば恭介に笑われる。
(でも西園さんって、専門学科は
武偵はあくまでも金で動く便利屋だ。お金さえもらえれば何でもする。
正義の味方として活動している武偵もいるだろうが、あくまでも本質はなんでも屋。
依頼主からの依頼は、別の人間のプライバシーを侵害することもある。探偵業なんてそうだろう。
そのため武偵は第三者から恨みを買うことは珍しいことではないのだ。
戦闘を生業とする
だが西園美魚の専攻学科は
主に犯罪現場や証拠品の科学的検査を習得する学科であり、学部としては理樹と同じく
「それが……その……恥ずかしい話なのですが、心当たりがないこともないことはないのですが、自分でもよく分かっていないことが起きてまして……」
「うん?よくわからないけどとりあえず言ってみてよ。最後までちゃんと聞くからさ」
「ここ……東京ではなく名古屋ですよね?」
「うん?そうだけど、それがどうしたの?」
美魚の言いたいことがいまいちピンとこない理樹であるが、発言者である美魚自身もどう説明したらいいのか分からないらしい。なにしろ、彼女が分かっていたのは、『分からない』という客観的な事実のみであったのだ。
「……どうして私は、名古屋にいるんでしょうか」
「――――――――――――はい?」
「私はつい先日まで、東京にいたはずなんですよ。ちょっとした依頼を受けていまして、ロシアへの向かう準備をしていたはずなんです。それなのに、いつの間にか名古屋にいるとは一体どうしてでしょう」
「え、えぇと……。つまり、西園さん視点ではそもそもこの名古屋にいること自体がおかしいっていうこと?」
「はい。そうなんです。それが、一体何があったのかもいまいちよく分かっていないんです」
「……匿って欲しいっていうのは、一体どうして?」
「私が覚えていることは、何者かに連れ去れてたというあいまいな記憶だけなんです。なんとか逃げだそうと思っていたことは覚えているのですが、一体私がどうやってこの場まで来たのかもはっきりしないんです。そんなとき、偶然棗さんとレキさんの姿が見えたので、助けてもらおうと思いました。どうして私は、今ここに立っているのでしょう?ひょっとすると、私は疲れて夢でも見ているのでしょうか」
「………どうしたもんかなぁ」
「すいません。本当なら、助けを求めるならすべてをはっきりとさせるべきなんでしょうけど、よくわからなくて……。それどころか、今が現実なのか夢のような虚構なのかすらはっきりとしないんです」
「……ほんと、どうしよう」
これは一体どうしたものか、と理樹は今後の方針を見つけられずにいた。
西園美魚のおかれている立場が全く理解できないのだ。
美魚自身もよくわかっていないのだから、あくまで第三者である理樹に理解できる道理もないのだが、こればっかりはおてあげだ。今度の方針すらロクに浮かんでこない。
夢なのか現実なのかはっきりしない。
そういう感覚なんてせいぜい寝起きくらいのものだ。
寝ぼけていれば、寝る前に読んでいた本や最近ハマっているドラマやアニメの内容がごっちゃになることだってあるだろうが、今の美魚は見ている分には完全に起きている。眠気なんて見て取れない。
思わずそんな状態になっているのではないかと本人が疑うほど、美魚自身混乱しているようである。
自分の中で、虚構と現実の境界線がはっきりしないのだ。
「よし、それじゃ、これが夢じゃなくて現実だってというところから始めようか。とりあえず自分で頬でもつねってみる?」
「それはもうやりました」
「そ、そうなの?」
「あの、直枝さん。私からも少し聞いていいですか。疑問に思っていることがあるのですが」
「あ、うん。何でも聞いて」
「直枝さんはケガは大丈夫なのですか?」
「ケガ?」
「はい。確か直枝さんは、ついこの間に病院に運び込まれましたよね。あの時のクラスの様子から察するに、すぐに起き上がれるような状態ではなかったと思っていたのですが。直枝さんがいるということはおかしなことではないのですか?ケガが軽かったということは喜ばしいことなのですが、重体という認識でいたことは間違ってはいませんよね?」
「うん?」
理樹は自分の最近の行動を思い出してみる。クラスメイトである村上たちとちょっとしたことで取っ組み合いになることはあれど、それでも本気の決闘なんてやってはいない。戦いといえば、先日まで奥菜恵梨として変装して紅鳴館にいたわけだが、それだって始めたのは一か月近く前のことだ。それからは基本紅鳴館暮らしで、外に出たのはせいぜい本社への報告と称して朱鷺戸さんのお見舞いのために訪れた程度のことだ。それも小毬さんが拠点としている老人ホームであって、病院には行ってはいない。
ゆえに美魚の言っていることがピンとこない理樹であったが、レキには見当がついたのか返答をする。
「美魚さん。今日が何日が分かりますか?」
「すいません。閉じ込められていたせいか、頭がはっきりとしなくて。曜日感覚もなっくなっていて、今が何曜日なのかもよくわかっていないんです」
「携帯電話とか持っていないの?」
「すいません。私、基本的に携帯を使わないものでして……。仕事の依頼も、基本的に手紙でやりとりしていたものですから……。そういえば、今は一体何日何ですか?」
「その前に聞かせてください。美魚さんの感覚でかまいません。今日は何日くらいだと思います?」
「それは―――――――――」
美魚が大体の感覚で、今日の日付けを宣言する。
何者かによってとじ込められていたのだとしたら、感覚が狂って二三日の日付感覚がおかしくなるのは仕方がないことだと思う。だから、一週間ぐらいズレている分には疑問は持つまいと思っていたのだが、
「今日は、アドシアードが終わってしばらくした程度ですよね?」
実際に日付とあまりにも異なることを言われてしまっては、誰も何も言えなかった。
アドシアードが終わってから理樹は、朱鷺戸沙耶とともに東京武偵高校に潜む謎の魔術師を排除しようとして地下迷宮を探索したり、峰理子の宝物の十字架を取り戻すためにメイドとして紅鳴館に潜入したりと結構忙しかったのだ。少なくとも理子の十字架に関する一件だけでも大体一か月近く使っている。誰もが言葉を紡げずにいたが、我に返った理樹は質問を再開させる。
「ちなみに、そのしばらくっていうのはどのくらいか聞いてもいい?目安として僕らのうち誰かに最後にあったのがどのくらい前だったか分かるか教えてもらえるとうれしいんだけど」
「そうですね。私の感覚でアドシアードからはせいぜい二週間程度でしょうか。私が最後に直枝さんにあったのは、裏庭で酔拳の練習をしていましたよね。正直美しくないと思いました」
「新技の練習です!酔拳ではありません!」
美魚の言う、最後に理樹と会った時がいつのことなのか理樹ははっきりと思い出す。あれはたしか、朱鷺戸さんからの提案でスパイをあぶりだそうとしたときの一環のことだ。裏庭で踊るという指令を受けて、人がいないことをいいことに思いつく限りのステップを踏んでいたら思いっきり目撃されていた。あれは自分でも思い返したくないことである。
だがこの答えで確信する。
理樹たちの認識する時間と美魚の認識している時間が食い違っている。
より正確に言うならば、理樹たちの時間が進み過ぎているのだ。
「実はね西園さん。今はもう職場体験が始まっている時期なんだよ」
「え?」
「だからその……大体一か月ぐらい、西園さんの感覚と食い違っているんだ」
つまり、理樹たちからみた視点ではこのようになる。
西園美魚は、ここ一か月の記憶がないのだ。
理樹が病院へと運び込まれたという美魚の話はおそらく地下迷宮から帰ってきた時のことだろう。
理樹にとっては一か月も前のことだが、美魚にとっては最近のことになっていたのだ。
顔を真っ青にする美魚であったが、ここ一か月の間は理樹も紅鳴館にこもりっきりになっていたため美魚の動向なんて分かるはずもない。二年Fクラスにいなかったのだから当然だ。けど、普通に授業に出ていた真人たちなら何か知っているかもしれない。
「ねぇ真人。僕がいなかったここ一か月の間って西園さんは教室にいた?」
「あー、どうだったかなー」
「はっきりしてよ」
「そうはいってもよ。今となっては恭介がオレたちをハートランドにこれるようにするためだったんだろうが、外部の依頼を受けて単位をできるだけ取れるようにと外に出ていたことが多かったからな」
「私は覚えていますよ」
「お、さすがレキさん。どうだった?」
「美魚さんはアドシアードの時は外部の依頼を受けていたためクラスにはいませんでしたが、アドシアード終了ののち5日後に二年Fクラスへと戻ってきました。その後、理樹さんが病院へと運び込まれた後、6日くらいしてからまた外部の依頼のためにクラスからはいなくなったはずです」
「そうなると、その依頼で何かあったと考えるのがいいか」
人間、そう簡単に記憶なんてなくならない。
朝ご飯を何を食べたのか忘れてしまったというようなどうでもいいようなことではないのだ。
美魚に体感時間が狂ってしまうような出来事が起きたとしても一か月も狂うなんてことはない。
何かショックなことが起きて、記憶が跳んでしまったとでもみるべきだろう。
(一概にはそう言い切れないけど、小毬さんのこともあるからなぁ)
忘れてしまっているのは、何らかの悲劇を目撃したからだとするのは短絡的かもしれないが、事実小毬の例がある。小毬はかつて自分の兄のことをすっかりと忘れてしまっていた。あくまでもそういう可能性がある、ということが頭にとどめておく必要があるだろう。
(それでも都合よく記憶は消えるものじゃないはずなんだけどなぁ。小毬さんが忘れていたお兄さんの記憶だって、朱鷺戸さんははっきりしなかった小毬さんの記憶を長い時間をかけてそれとなく言い聞かせるようにして変えていったみたいなこと言っていたし)
実際に西園美魚もどこかから必死に逃げ出してきたという記憶だけは残っているらしい。
何かに巻き込まれたことは確かなこととみていいだろう。
「とりあえず、西園さんにここ一か月で何があったのかは調べる必要があるとして……これからどうしようか。何をするにもまずは拠点がいる」
現在地は名古屋駅近くの公園。
とてもじゃないが一か月の行動なんて数時間で調べることなんてできない以上、どこか拠点を用意する必要がある。
「こうなったら一回東京武偵高校に戻るか?あそこならここよりは安全だろうし、いざという時は他にも多くの武偵がいる。なにより手がかりならここにいるよりも多そうだ。東京と名古屋の間の距離なんてそう大した距離ではないから戻っても手間にはならない」
拠点という観点からでは謙吾の提案ももっともなことだ。
だが、現時点で優先すべきは西園美魚の安全を確保することとすると、身を隠すことの方が先決といえた。
「昼ならそれでもいいんだろうけど、
「じゃあ、とりあえず美魚ちゃんは私たちの宿泊するホテルに一緒に連れて行ってそこで匿うことにする?」
そうだね、と小毬の提案に賛成しようとした理樹であったが、そこでレキが待ったをかけた。
「いいえ。匿うのでしたらもっといい方法があります」
「なに?教えてレキさん」
「理樹さん。確か、ハートランドのチケットは一枚余っていたはずですね」
「うん。今も持っているよ」
「ならばそのチケットを美魚さんに渡してハートランドへと向かいましょう。ハートランドに入るだけならチケットはいりませんが、何かとその方が都合がいいはずです。そこで、『
●
遊園地ハートランド。
未来都市というテーマをもとに作られたこの遊園地は、その大きさは一つの都市そのものであり、遊園地であるとは言いにくいほどの面積を持つ。ハートランドの端から端に移動するには徒歩では到底無理であり、地下鉄やバスが頻繁に都市を移動しているのだ。理樹たちが持つイベントのチケットも、あくまでハートランド中の一施設に入場するためのものでしかなく、都市そのものには入るだけならいくらでもできる。
そういう意味では理樹たちに送られてきたチケットは、アトラクションのフリーパスチケットという方が呼び方としては正しいかもしれない。
そんなハートランドを経営しているのは、仲村グループという大企業。
仲村グループは近年、武偵業界へと足を踏み入れたことで知られている。
世間的な認識としては、仲村グループほどの大企業ともなると犯罪が近代化した現代において自前の武偵団体が欲しかったのだろうな、というようなものだ。
だがその武偵部門の実態は、仲村グループのために作られたというのは違和感がある。
仲村グループ傘下の部門であることは確かだが、仲村グループそのものが利用されたと言ってもいい。
事実、集まっている連中は仲村グループという企業そのもののために働いているような連中ではなかった。彼らが忠誠を誓う人物が仲村グループの人間だっただけで、仲村グループそのものに忠誠はない。
「みんな、集まったか」
「ひなっち先輩!音無先輩がいません!あと岩沢さんはひさ子先輩と一緒にどこかに行ってしまいました!」
「音無はいい。いない理由ならあいつからすでに聞いている。ガルデモの連中には、このままハートランドが平時と同じように違和感なく運営できるように人手を割く必要があるからそっちに回ってもらっている。ユイ、お前はガルデモの一員だが、今回は俺のサポートだ」
「はい!」
「よし。音無以外の幹部連中はみんなそろったな」
ひなっち先輩、と呼ばれた少年が見渡した先には彼の仲間たちがそろっていた。
忍者のように寡黙に待機している少女もいれば、ハルバードを片手で担いでいる少年もいる。
なにやらラップを刻んで踊り続けている少年もいれば、眼鏡をやたらくいッ!と知的に見えるようにかけなおしている少年もいる。呼んだ人間が全員この場にそろっていることを確認し、日向という名の少年は仲間たちに語り始めた。
「お前たち、状況は分かっているな?ことは一刻を争う状況だ。俺たちは一刻も早く、あいつの居場所を探し出さなければならない」
「
「分からない。だが、どこにいようとも、誰に連れ去られようとも関係ない。仲間は、必ず奪い返す。たとえそれが、魔女連隊との全面戦争になったとしてもだ!」
ひなっち先輩、いや、『
「ゆりっぺの名にかけて、俺たちは理不尽は絶対に許しはしない!俺たち『