「ハートランド?一体何でまた……」
「ああ、それはこれから説明する。実は俺たちに招待状が届けられたんだ」
遊園地『ハートランド』。
その名前は結構有名であり、知らない人間はまずいないと思われるほどの知名度を誇る。
未来都市をイメージし、まるでSF映画の中にでも入りこんだかのような錯覚を受けるその遊園地は、武偵の間にはちょっとした話題になっている。もともとハートランドは仲村グループという巨大企業が経営しているレジャー企業の一企画ではあるのだが、仲村グループは近年武偵業界に足を踏み入れたのだ。よって、武偵が経営している遊園地という話題性があったのだ。
ただ、ハートランドは東京にある遊園地ではなく、名古屋にある遊園地なのだ。
わざわざハートランドに行くといった恭介の発言の意図がいまいちよくわからず、理樹は疑問の声をあげた。
「お前ら、これを受け取れ」
理樹の疑問に答えるよりも先に恭介は胸ポケットからチケット束を取り出して、それを一人一人に渡していく。チケットを渡された彼らは何のチケットなのかを各自確認した。そのチケットの内容は、
「『ハートランド』のリニューアルオープンイベントのチケット?よくこんなものが手に入ったね」
「ああ。せっかくだからと送られてきたんだ。我がリトルバスタースに小毬と三枝という新メンバーが加わったこともあり、親睦会もかねて俺たちリトルバスターズはこのハートランドのリニューアルオープンのイベントに行くことにする」
「でもこれ、結構レアものでしょ?よくそんな太っ腹の人がいたもんだね」
どうやって手に入れたのかもわからないものを恭介が手に入れていることは実はよくあることだ。
だから耐性がついていたとはいえ、もらったと聞いたら不思議に思うのは当然のことだ。
ハートランドの人気を考えれば、これを売りとばせば結構な金額になるはずなのだ。
少なくとも日々金欠でぼやいでいる遠山キンジが歓喜する程度のものは手に入るだろう。
気前のいい人もいたもんだと感心していた理樹であったが、来ヶ谷はそうは考えなかった。
「太っ腹というよりは金銭的価値を求めてないといった方が正しいと思うな。プレゼントとして自分で金を出して購入するならまだしも、スタッフとして持っているものを渡す分にはありがたみとか全くないものだ。恭介氏、これ送ってきたのまさみ嬢だろう?」
「ああ。アドシアードの時は都合で終わると同時にあいつはさっさと帰ってしまったからな。今度はゆっくりこちらから行くことにした」
「まさみ嬢って、岩沢さん?」
「ああ、そうだ。あいつの所蔵している組織のリーダーは仲村ゆりってやつでな、名字からわかると思うがゆりは仲村グループの後継者だ。その関係でこのチケットを手に入れられた」
「ゆり?」
恭介の説明を聞いていると、ゆりという名前に葉留佳が首をかしげることになった。
その名前に心当たりがあったというわけではなく、逆に葉留佳は聞き覚えたなかったから戸惑ってしまった。
「どうかしたか三枝」
「あ、いえ。すいません。ちょっといいデスカ姉御ー、私は会ったことありましたっけ?ハートランドの重要人物ってことなんですけど、私ゆりって人の顔がいまいちピンと来ないんデスけど」
「そういえば葉留佳君も私もゆり氏との直接の面識がなかったな。思い出せなくても問題ないぞ。私も写真でしか見たことがない。私たちがいたときはゆり氏はハートランドにはいなかったみたいだしな」
「二人ともハートランドに行ったことあるの?」
「ああ。私たちが一年生の頃、葉留佳君の超能力の特訓をまさみ嬢にお願いしてハートランドでさせてもらった。なんだかんだで大体半年間ぐらいはいたんじゃないかな」
「お前たち一年のころは全く見かけないと思ったらそんなところにいたのか……」
まさか、去年一年間で指で数えられる程度しか見かけなかったクラスメイトが遊園地にいたなんてことを微塵も想像していなかった謙吾はあきれたような声を漏らす。来ヶ谷唯湖がこの東京武偵高校には一年の四月から在籍していたにも関わらず、彼女の友人であるアリアが二年の初めになるまで来ヶ谷が東京武偵高校にいたことを知らなかったのはこの辺に理由があったりする。来ヶ谷は委員会連合所属の委員長をやっていることで授業出席義務がないということをいいことに入学早々授業放置で葉留佳の超能力を鍛えていた。アリアが東京武偵高校にやってきた時点ではそもそも武偵高校にはいなかったうえ、ほかの生徒たちからだって知名度なんて皆無であった。今でこそ牧瀬紅葉や二木佳奈多と合わせて『
「恭介さんもお知り合いだったんですカ。でも、いったいどういう関係なんですカ?」
アドシアードの時は葉留佳はリトルバスターズのメンバーとして行動はしていない。当時の葉留佳は、いざという時の補佐要因として、来ヶ谷の指示があるまではのんびりとアドシアードを見ていることにしていたのだ。リトルバスターズのメンバーとしては葉留佳が岩沢まさみや彼女が所属している組織と面識があったことに驚いているが、葉留佳としては恭介が面識があることのほうが驚きなのだ。だから当然、いったいどういうつながりなのかと疑問に思う。
「ああ、それは」
「葉留佳くん。実はな―――――」
恭介が答える前に、葉留佳の隣の席に腰掛けていた来ヶ谷が葉留佳の耳元に口を当て、ボソボソと葉留佳にだけ聞こえるようにつぶやいた。すると葉留佳が途端に慌てだす。彼女の態度から、余計なことを聞いてしまったことへの罪悪感を感じていることが見て取れた。
「す、すいません恭介さん!はるちんは悪気はなかったんですヨ!そ、その……頑張ってくださいッ!!」
「……おい待て来ヶ谷。お前一体何を吹き込んだ」
「客観的事実をありのままに」
顔を真っ赤にしてうろうろする葉留佳や怪訝な顔をする恭介とは対照的に、来ヶ谷は表状を全く変えずに言い切った。しばらく無言で何か言いたげな恭介と来ヶ谷の二人の沈黙は続いたものの、まあいいかと恭介は話を先に進めることにした。すっとぼけている人間を問い詰めても、ロクな答えなどかえってはきやしない。
「まあいいか。実のところ、送られてきたチケットは10枚ある。俺たちリトルバスターズのメンバーは八人。二枚余ることになるが、一枚はレキに渡してやってくれ。あいつ、岩沢と仲いいからきっと二人とも喜ぶだろう。頼んだぞ、理樹」
「わかったよ。でも、最後の一枚はどうするの?」
「好きにしたらいい。だれか誘ってもいいし、なんなら使わずに記念としてそのまま持っていてくてもいい。親睦会という名目でいくものの、正直楽しめればそれでいいしな。無理に全部のチケットを使う必要もないさ」
「それもそうか」
「恭介氏、ちょっといいか?」
話がまとまりつつあったところに、来ヶ谷が割り込んだ。
「ハートランドに行くのは何も問題なんだが、悪いが私と葉留佳君の二人は途中参加になると思う」
「ん?何か起きたのか?」
「なんか、ロシア聖教からの使者がやってくるらしいんだ。直接会って話がしたいってことだから要件はまだわからないが、ちょっとばかり参加が遅れる可能性がある。どういうことかロシア聖教の連中が名古屋で落ち合うことを希望してきたから距離的な問題は何もないが、ひょっとしたら名古屋で何か問題でも起きてるのかもしれない。理樹君たちがハートランドへと向かうより一足先に名古屋へは行かせてもらうが、どうなるかはまだわからない。イベントには間に合うと思うが、いまいち先の予定が分からない」
「わかった。俺の方でもそっちについて調べておくさ。なら、俺も先に名古屋で待っていることにする」
「よろしく頼む」
「じゃあ、今度は名古屋で落ち合おう。楽しい旅になるといいな」
そういって恭介はにっこりと笑った。
きっと楽しい旅行になる。理樹も心からそう思った。
真人と二人で準備のための
「ねえ真人。誘う人とかいる?」
「別に探さなくてもいいんじゃねえか?レキはまぁ、向こうに仲がいい人はいるからいいとしても、下手に誘っても完全なアウェーになるだけだぞ。基本的に身内ばっかなんだしな」
「それもそうなんだよねえ」
例えばルームメイトの遠山キンジを誘ったとする。
理樹も真人もキンジとは同じ探偵科の人間であるし、何よりルームメイトとして時間を過ごしてきた仲だ。仲が悪いわけではないが、キンジはリトルバスターズのメンバーではない。岩沢と仲がいいというレキの場合は一人での単独行動になったとしても、単に仲良しに会いに行ける機会ができただけだからなんの問題もないとして、キンジの場合だとそうはいかない。何より、日々の金に困っているキンジは普通に換金してしまうそう。それはちょっと悲しい。そんなことになるくらいならチケットを上げるのはやめとこうと思う。
そして何より、今の遠山キンジはなにやら真剣な表情で思いつめていることが多い。
遠山キンジの先日の理子の大泥棒大作戦の報酬は、失踪した兄の情報を手に入れるというもの。
理樹も真人もキンジの兄についてそう詳しいわけではない。
キンジが一年生の最後に理樹と真人が暮らしていた
それでも奥菜恵理としてメイド生活を送ったこともあり、断片的な情報を手にしている理樹はある程度の推測はできている。だから今のキンジを名古屋までの遊びに誘うなんてことはできなかった。
気分転換に一日連れ出すのならまだしも、この東京武偵高校を離れさせるまで連れ出すことはできない。同様の理由で理子もダメだ。キンジとの契約を果たすまえに遊びに誘おうものなら、理樹はキンジに顔向けできない。だから、最後の一枚の招待状をそうするかとか考える前にレキに予定を聞いてみることにした。もしレキに
「レキさん。ちょっといい?」
「はい、なんでしょうか」
レキはメールをしてもすぐには返ってこないこともあるため、予定を聞くのは翌朝のHRの前にやることにした。レキは理樹と同じ二年Fクラスに所属する生徒だ。わざわざ連絡なんて取らなくても、レキならば翌日になるだけで教室で会える。
「恭介からレキさんに渡してくれって頼まれていたものがあるんだ。ほら」
理樹から招待状が同封されている封筒を渡されたレキは無言のままその場で封筒を開け、手できた招待状をマジマジと見つめていた。
「岩沢さんから送られてきたみたいなんだ。僕たちも行くんだけど、よかったらレキさんも一緒に行かないかってことなんだけどさ」
「行きます」
「へ?」
「行きます」
理樹はレキにすべてを言い終える前に、レキは即断で行くことを宣言した。
絶対に断られるということを理樹は考えていたわけではないのだが、まかさ即断するとは思わなかったため少しばかり驚いてしまう。レキのあだ名はロボット・レキ。何かを尋ねたとしても、何の返答もせずに無言を貫いたままということも平気であるということを考えればレキの即断に理樹が戸惑ってしまうのも無理はないことのはずだ。きっとレキさんは、ほんとに岩沢さんと仲がいいんだろうなぁとか考えていると、理樹はいきなり後ろから首元を引っ張られてしまう。グェッ!という間抜けな声が漏れるものの、理樹をいきなり引っ張り込んだ人間はそんなことなど気にしていないようだ。そいつはレキには聞こえないようにするためか小声で理樹に話しかけてきた。
(おい直枝。お前レキ様にいったい何を提案した?)
(ど、どうしたのさ村上君)
(どうしたもこうしたもあるか!あのレキ様が即断でおまえの誘いに乗ったんだ。レキ様ファンクラブRRR会長の名に懸けて、聞かないわけにはいくまい)
聞くまでは理樹を逃がすものかと、村上はがっちりと理樹の頭をホールドしていた。
村上にとっては割と切実な問題であるのだが、隠すことでもないかと判断してしまった理樹は素直に村上に言ってしまう。
(遊園地『ハートランド』のリニューアルオープンイベントの招待状を渡しただけだけど……)
(遊園地、だと!?)
村上の顔に戦慄が走った。
レキが遊園地に行く。はっきり言って全く想像ができないことであった。
遊園地というのは一人で行くようなところではない。
本来心から気を休められるような関係の人間と一緒に行くものだ。
その事実をかみしめた村上はまさか、と恐る恐る理樹に確認をとる。
(ま、まさか直枝。その遊園地に行くメンバーに、あの棗恭介もいたりするのか?)
(うん。というか恭介から行くぞって言われたんだし。何より招待状手に入れたの恭介だし)
(……何ということだ)
村上が知る客観的な事実として、現状レキと最も仲がいいと考えられるのは棗恭介である。
今ここでチケットを渡したは理樹であるが、はっきり言ってそれは理樹でなくてもレキは行くといったと思うのだ。女友達の鈴でもいいし、なんなら理樹のルームメイトたる真人でもいいと思うのだ。レキが恭介のことを慕っているのか、それともいやいや恭介が呼ばせているのかは不明だが、少なくても恭介お兄ちゃんなどと呼んでいる人間を嫌っているはずがないのだ。
「そ、それじゃレキさん。僕らはまだ名古屋に行くための新幹線の時間帯とかまだ決めたわけじゃないから、決まったらまたつたえるね。なんならレキさんの分のチケットも買っておこうか?」
「はい。それではお願いします。チケットの代金はまた後で教えてください」
「分かったよ」
ちょうど朝のHRの時間になり二年Fクラス担任の漆原先生がやってきたため理樹と村上は慌てて自分の席に着いた。ひとまず要件は無事に伝えられたと安心する理樹とは裏腹に、二年Fクラスの大半の意見は口には出さずとも一致したものである。
(((あの野郎、レキ様には絶対手を出させるものか)))
打倒棗恭介。
レキ様ファンクラブRRR発祥の場所でもあるこの二年Fクラスにおいて、クラスが一丸となっていたのである。
「HR始めますよー。みなさん殺気を抑えてくださいねー」
二年Fクラスの担任である天王寺先生教室に入ってきて、今日もいつも通りのHRが始まる。
これが束の間の平和であるのか、そうでないのかはまだ誰にも分からない。
●
大きな日本でも有数のレジャーランド遊園地『ハートランド』。
日本で一二を争うほどの人気がある大手遊園地である。
イギリスにある時計塔がシンボルとなっている
何でも、武偵が作った初の遊園地だとか。
本物の武偵がスタッフとして働いていることもあり、治安の維持だって問題ない。
何から何までも武偵によって運営されており、正義の味方を志す人間なら一度は行ってみたいとまで呼ばれる遊園地。そして何より有名なのは、武偵によって結成された本格派バンドグループの迫力あるライブを一度は見てみたいと評判が高い。
この世界で生きてきて見てきた理不尽を、怒りを、絶望を。そして希望を。
正真正銘命を懸けて戦ってきた人間が魅せる迫力というものに、一度聞いた人間は取り込まれてしまう。
遊園地で楽しい時間を過ごすということだけなく、彼女たち見たさにやってくる客も多いらしい。
そのバンドの名は、『GirlsDeadMonster』。通称ガルデモ。彼女たちガルデモのメンバーは今、来たるハートランドのリニューアルオープンに向けて練習の真っ最中であった。
「あ、悪い。弦が切れた。すぐに張りなおすよ」
「よし。ならここでいったん休憩にしよう。せっかくゆりが戻ってきてくれるかもしれない機会なんだし、念には念を入れてあたしはこれから遊佐にイベント全体に何か変更はないかの確認もとってくるよ。今から四十分後に再開だ。それでいいな?」
「はいはーい!よしっ!みゆきち一緒に飲み物買いに行こっ!」
「ま、待ってよしおりんー」
「おい、ユイは居るか?」
「お呼びですか岩沢さーん!!このユイにゃんに何なりとお申し付けくださいッ!!」
彼女たちの中で一人、リーダーと思われる人間がてきぱきと指示を出していた。
彼女の名は岩沢まさみ。
仲村ゆりという名の少女が作り上げた組織、通称『
いや、それは別に彼女に限った話ではない。
岩沢に寄り従うユイも、そしてガルデモのメンバーもSSSのメンバーだ。
彼女たちガルデモがこのハートランドにいるのは、純粋に彼女たちSSSの拠点がここハートランドだからである。リーダーの仲村ゆりの実家たる仲村グループが作り上げた遊園こそ、このハートランドなのだ。
一見楽しそうに見えるこの遊園地も、裏では武偵組織の本拠地であるという側面を持っていた。
「ユイ、日向から何か連絡でも受けているか?」
「いえ何も。ひなっち先輩が忘れているって状況も十分あり得ますけどねー。音無先輩も出張で不在の中であいつら運営とかうまくできるんでしょうかねー?」
「大丈夫だろう。ゆりがいない今、このSSSのリーダー代行にふさわしい人間はあいつ以外あたしは知らない。それはお前が一番よく分かっているだろう?」
「えへへ」
自分のことではないにもかかわらず、ユイの頬は緩んでいた。
誰だって、自分の大切な人がほめられたらうれしいものである。
もうすぐリニューアルオープンするために改装された建物たち眺めながら二人は歩いていたが、不意に岩沢が後ろへと声をかけた。
「ユイ。今からすぐに日向に連絡をいれろ」
「……へ?」
「少なくてもこちらの音声だけは向こうに聞こえるようにしておけ。いいな」
「は、はい!」
ユイが慌てて携帯電話を操作し始めているが、岩沢はもうユイのことなど見もせずに、別のところに視線を向けていた。
「そろそろ出てきたら?外部の人間があたしたちの本拠地でそうこそこそされたらいい気はしないんだ」
「へ?」
「……さすがですね」
指摘を受けてスッと隠れていた塀から出てきたのは、典型的な三角ハットと魔女のマントを羽織っている少女であった。あどけない顔をしながらも、ユイとは比べ物にならないくらいの胸を持つ魔女っこ少女がそこにいた。
「何かあたしに用があるみたいだったから休憩にして会いに来たんだが、お前は確か……ええと、なんつったっけか?」
「ジュノンです!そう、そうです!わたしこそ!魔女連隊のジュノンさんだッ!!」
マントが揺れ、肩に書かれた
岩沢が以前、アドシアードのために東京武偵高校へと出向いたときに遭遇した少女がそこにいた。そして彼女は言う。
「この世の理不尽への反逆者たちを見込んで大事なお話があります。どうか、理不尽に立たされた人を救ってはいただけないでしょうか」