Scarlet Busters!   作:Sepia

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キングの称号は、ギャグキャラ無効補正でもあるのでしょうかね。
すっかりジャックが元キングになっちゃって……おかえり、我らの元ジャック。

それはそうと、エクシーズ次元が……ハートランドが……
あの状態が結構心にくるものがあります。

みんなの未来に、笑顔を……


Mission108 疫病神の懺悔

 人間関係は一筋縄ではいかないことばかりだ。

 例えば友達の友達は、すべからく友達であるとか限らない。

 もちろん直接の面識がないこということもあるだろうし、実際に話をしてみても気が全く合わないなんてことだってあるだろう。

 

 あくまでそれがプライベートの話だけというのならいいが、仕事を行う組織であったとしても切り離すことなどできずに人間関係は響いてくることが多い。それこそ職場恋愛などしようものなら目も当てられないと聞く。単純な組織ですらこうなのだ。まして、上下関係や自分の立場など知ったことではないと好き勝手振る舞う連中ばかりのイ・ウーの中なんか、人間関係はごちゃごちゃだった。

 

 イ・ウー研磨派(ダイオ)とイ・ウー主戦派(イグナティス)

 

 二つの派閥の中で方針を巡り、武器を手にした殺し合いにも発展することだって驚くに値しない連中だ。

 なにせ、その存在自体が世界を陰から動かすことだって可能な連中の集まりだ。

 組織としての意見をまとめようとするなら、殺し合いになっても不思議ではない。

 

 それでも互いの派閥が全面戦争にでもなろうものならどちらが勝利しようとも被害が甚大なものとなるため、全面対立をよしとしているわけではないのだ。

 

 ゆえに、イ・ウーでは両派閥においてとある暗黙の了解があった。

 

 ――――――――出会っただけで間違いなく殺し合いになるであろうこの魔女二人を、遭遇させてはならない。

 

 イ・ウーにそのように思われているほどの魔女二人である彼女たちは今向かい合っていた。

 方や、極東エリア最強の魔女にして最強の超能力者(ステルス)集団であった四葉公安委員会を滅亡させた魔女。二木佳奈多。

 方や、かつて世界征服を実現可能まであと一歩のところまで計画を進めることに成功した、正真正銘の覇王(ファラオ)を名乗る魔女、通称『砂礫の魔女』パトラ。

 

 イ・ウー研磨派(ダイオ)主戦派(イグナティス)をそれぞれ代表する魔女といってもいい二人だ。

 

 最も、彼女たち二人の場合は派閥がどうかとか関係ないかもしれない。 

 派閥とか一切関係なく、佳奈多とパトラが仲良く付き合うだけのものなんて一つもない。

 パトラは佳奈多が三枝一族を滅ぼすことになる引き金を引いた人間だ。

 佳奈多はパトラをイ・ウーから力づくで追放し、彼女の計画をすべて破綻させた人間だ。

 主観的に見た場合、互いにいい印象を持っているはずがない。

 それどころか、真っ先に自分の手で復讐してやりたいと互いに願っていても何一つとしておかしくない。

 

「ブラドの奴がアリアたちを始末すると聞いたから一応様子を見にやってきていたのぢゃが……まさか、お前とここで出会うとはのぅ、佳奈多」

「……パトラ」

 

 なのに特に感情を表に出していたりはしていなかった。

 パトラは余裕を持って微笑んで、佳奈多は冷めたような視線をパトラに向けているだけだ。

 二人ともこれといった殺意などは互いに感じられない。

 この場にいる人間で一番感情を明らかにしているのは間違いなく葉留佳だった。

 

(こいつが……こいつが私の佳奈多を悲しませた元凶ッ!こいつさえいなければ、佳奈多は親族たちを殺すこともなく、イ・ウーなんかにかかわることもなかったんだ……ッ!こいつさえ……)

 

 葉留佳は今まで、佳奈多が一族を滅ぼしたのはイ・ウーが原因だとばかり思っていた。

 イ・ウーさえ存在しなければ、朝起きたら佳奈多がおはようって言って微笑んでくれると信じて疑わなかった。親族たちからは疫病神として扱われていたけれど、そんなことは正直どうでもいいとまで佳奈多は思わせてくれていたのだ。

 

 今は武偵なんてやっているけれど、いずれは武偵をやめて二人で仲良く両親に会いに行こう。

 

 そんな昔の約束を心に秘めて、超能力者(ステルス)の一門なんかや武偵といういつ死んでも不思議じゃない世界からは縁を切って一般人として生きていくのだと信じて疑わなかった。少なくとも、武偵の道に進もうなどとは思いもしなかったはずだ。

 

 だから、それをすべて台無しにしてくれたイ・ウーのことを恨んで今まで生きてきた。

 理子がイ・ウーのメンバーだと知った時は問答無用で殺す気でいたことは確かだし、イ・ウーさえ潰せば佳奈多は昔の優しかった佳奈多に戻ってくれるかもしれない、なんてことも考えていたのだ。

 

 だが、ふたを開けてみれば予想だにしなかった真実が三枝一族の人間である三枝葉平の口から告げられ、それが事実であることが佳奈多の登場により事実上証明された。佳奈多は自分の知る性格のまま何も変わっていないのだ。そして、今の現状を作った人間というのは、

 

「パトラッ!よくもまぁ私の前にのこのこと出てきたもんだなッ!!」

 

 目の前にいる魔女、パトラ。

 真実を知った今、佳奈多の気持ちを考えれば考えるほどにパトラに対する憎しみが膨れ上がってくる。

 私が佳奈多の立場なら一体どうしただろうか。

 一族を滅ぼすことを選ぶとは思う。でも、佳奈多とはもう何もないように振る舞う必要があるわけだ。

 それが一番佳奈多の命を守れる方法だとしたらやるだろう。でも、

 

 ―――――――――そんなの、私は耐えられない。嫌だ。

 

 その結果として、二度と家族として振る舞えなくなるなんて自分なら耐えられない。今まで理解できなかった佳奈多の行動の一つ一つから自分に向けられた愛情が感じ取れたと同時、佳奈多の気持ちを考えれば考えるほどに苦しくなってくる。悲しくなってくる。泣きたくなってくる。だからこそ、

 

 ―――――――――こいつさえいなければ……

 

 心の底からパトラに対する怒りが、憎しみがどんどん沸いてくる。

 葉平との戦いで超能力を乱発した影響で未だに酔いがさめず、本調子とはとてもいえないが、しばらく何もせずにいられた時間があったために少しはマシになった。

 

(……一回。いや、このくらいの短距離ならあと二回ぐらいなら『空間転移(テレポート)』を使えるッ!!)

 

 勝算なんか知ったことじゃない。今にも超能力(テレポート)を使った奇襲をかけようとしていた葉留佳であったが、それを見込んでいたのか葉留佳に背を向けたままの佳奈多が止めた。

 

「……やめておきなさい、葉留佳。何の意味もないわ」

「でも、そいつはかなたをッ!」

 

 いくら佳奈多に止められようが、この怒りは止まらない。止められない。 

 こいつだけは、この場で必ず仕留めてやる。

 

「そこを動かないでねと、言ったはずよ」

 

 そう思っていたのに、冷たい口調でそう言われては踏みとどまるしかなかった。 

 

「こいつはパトラ本人じゃない。パトラが魔術で作った単なる式神を通して話しているだけよ。こんな式神なんて壊されてもいくらでも作れる。こいつを仕留めたところで、あいつは全く損害はないのよ。そんな身を危険にさらすだけのようなことはやめなさい」

「式神……?」

「本人が私の前にのこのこと出てくるわけないじゃない。何度も失敗しているのに、しつこいぐらいに私に呪いをかけてきたこいつに、そんな度胸があるとは思えないしね」

「お前、(わらわ)のことを見くびっているぢゃろ。(わらわ)がお前のことを過少評価していると思ったら大間違いぢゃぞ。お前は、この(わらわ)が全霊をもって敬意を表するに値する女だ。こんな式神や呪い程度でどうこうできたらこちらとて苦労はない。お前を殺すなら、(わらわ)が直接戦う必要があることぐらい分かっている」

「そんなことを割にはあなた、あれから私を直接殺しにきたことないわよね」

「いくら超能力が弱体化しているとはいえ、お前と戦うには万全の準備が必要だと思っておる。だから、お前を殺す準備を整えてアメリカで待ったおったのぢゃぞ。お前はイ・ウーでは峰理子と仲が良かったことは知っていた。ブラドの持っていた峰理子の母親の形見の銃を妾わらわが持っていれば、理子は必ず取り戻しに来る。一応理子の泥棒としての能力は評価はしておるが、さすがに妾を相手にするには不十分だろうからのぅ。そのときは必ずお前に声をかけると踏んでいた。そこでお前との決着をすべてつけるつもりでいたのぢゃぞ」

 

 だが、実際にはそうならなかった。

 それからの過程は葉留佳が当事者となって体験したことだ。

 理子が佳奈多に声をかけたというのはおそらく事実だとも葉留佳は思っている。

 それでも理子が最終的に連れてきたのは佳奈多ではなかった。

 葉留佳が当時アメリカにいたのも、ちょうど牧瀬紅葉とボストンの街で知り合ったのも単なる偶然だとしても結局のところ事実は変わらない。

 

「せっかくの覇王(ファラオ)からの誘いに乗らなかったのはお主ぢゃ。結局理子が連れてきたのは、イギリスの女とふざけた科学者だった」

「ああ、そうだったらしいわね。聞いているわよ。あなた、せっかく準備して待っていたのに戦わずしてのこのこと逃げる帰る羽目になったんですってね。覇王(ファラオ)が聞いてあきれるわ」

「お前こそ、せっかくの妾わらわを殺す機会をふいにしているのぢゃ。そう偉そうなことはいえないはずぢゃ」

「あのときは、私が東京武偵高校から出るよりも残った方がメリットが多かった。それだけよ」

 

 パトラの言うように、佳奈多がパトラを始末する機会があったのにかかわらず見逃したというのは確かなことなのだろう。葉留佳は知る由もないが、当時の佳奈多はパトラを始末することよりも、友達である理子の母親の形見の銃を取り戻すことに協力することよりも優先して、アドシアードでバルダとか名乗った魔術師が残していった、東京武偵高校に潜伏している魔術師という大きな爆弾を優先した。その過程で研磨派(ダイオ)の仲間であるジャンヌとの司法取引を進め、結果として錬金術師ヘルメスの排除に成功している。その成果もあり、機会をふいにしたことを佳奈多は大して気にも留めていないように感じる。だが、葉留佳は違う。

 

(私があの時点ですべての真実に気づいていれば……いやせめて、こいつがイ・ウーのメンバーだということを知っていたらッ!!)

 

 パトラが世界中の中でも屈指の魔女だということを聞いてビビッている場合ではなかったのだ。

 来ヶ谷唯湖。

 牧瀬紅葉。

 峰理子。

 あの時一緒の行動したメンバーは、それぞれ何か思惑があるのだろうとは気づいていた。

 

 理子りんは一番簡単だ。

 母親の形見の銃を取り戻したい。

 それが事実であったことは、作戦後に眠れずに教会に行ってみたときに確信した。

 姉御は一体どうなのだろう。

 結果として準神格霊装である聖剣を手にしてはいたが、当の本人は本当に盗まれた剣が見つかるとは思ってはいなかったみたいな反応をあの時示していた。あの人のことだ。世界でも屈指の魔女をこの目で直接見て見たいとか言う理由でも驚きはしない。

 牧瀬君は一番よくわからない。

 何か実験ためしてみたいことがあったとはいっていたけど、それが何なのかは教えてもらえなかった。

 

 あの時、自分だけが何も思惑がなかった。

 いつものように、ただ姉御に付き従う形であの作戦に参加していた。

 

 姉御も牧瀬君も理子りんも、みんな立場は違えどもそれぞれがパトラという魔女に対して思うことがあり、ちょっとした因縁があるのだろうなとか思ったものだった。

 

 それがどうだ。

 パトラと一番因縁があったのは、あの中では間違いなく自分だ。

 私はみすみす、人生を狂わせた仇をそうだとも気づかずに見過ごしていたのだ。

 

(知っていたら……知っていたらみすみず逃すようなことなどしなかったッ!姉御と牧瀬くんがあの時はすぐそばに一緒にいたんだ、あの二人なら万が一にもこんな奴に負けはしない。戦っていれば絶対に勝てたッ!)

 

 心の中で悪態をついたところで、今パトラをどうこうできないことが分かっているだけに腹立たしかった。無意味でもパトラのあのイラつく笑い顔をぶち壊してやりたい。それが葉留佳のまぎれもない本心であったが、すんでのところで自分で立ち止まる。

 

(いや、そんなことしても何の意味もない。私が一体今まで何をしてきたのか思い出すんだ。私はずっと姉御の付き人をやっていたんだ。交渉において、どれだけ怒り狂おうが踏みとどまることを知らないような愚か者ではないだろうッ!)

 

 この場において、パトラと佳奈多の会話をぶち壊しにするのはデメリットしかない。

 それが分かってしまったからこそ、葉留佳は耐えることを選んだ。

 家族を泣かせた敵を前にして、何もせずにすべてを聞くことを選んだ。

 実際、パトラにとって葉留佳は眼中にない存在だ。

 葉留佳が何もしないのなら、パトラとていちいち気にかけてはこない。

 

「それで、わざわざ一体私に何のようなの?大方ブラドの出方を見るつもりで覗いていたのでしょうけど、別に出てくる必要もなかったはずよ。わざわざ出てきたということは、私に何か要件があったのでしょう?」

「要件っていうほどのものぢゃない。ただ、こんな形でなければお前と話す機会なんてないと思っただけぢゃ」

「でしょうね。私も、次に会うことがあればその時は私かあなた、どちらかが死ぬ時だと思っていた」

(わらわ)もそれには同意する。ぢゃが、いいだろう?自分が殺すと決めた相手のことを知っておこう。そんな気まぐれがあったもいいぢゃろう。お前の意見が聞きたくなった」

「何が聞きたいの」

 

 パトラから佳奈多への問いかけ。それは、

 

「なぁ佳奈多。お前はイ・ウーが今後どうなると考えている?」

 

 過去の因縁に関することではなく、未来を見据えたものであった。

 

「どうなる、とは?」

「はっきり言おう。お前、次のイ・ウーの『教授(プロフェシオン)』は一体誰になると思っている?」

「………」

 

 佳奈多は何も答えない。

 それでもパトラは自分の意見を口にしていく。

 

「イ・ウーの次期『教授(プロフェシオン)』の候補は五人。イ・ウー主戦派(イグナティス)より妾とリサ、そして研磨派(ダイオ)よりお前とブラドそしてあの女。だがブラドは今、倒されたばかりだ。これでブラドがイ・ウーの後継者となることはなくなった」

「あら、そうなの?なら峰さんはやったということね。私の友達の未来を祝福して、ここは素直に喜んでおきましょうか」

「問題は他の候補者たちだ。まずリサは臆病者だ。とてもじゃないが『教授(プロフェシオン)』は務まらない。それにそもそもリサはお前を推薦していたはずだ。ブラドが倒れた今、妾にとって障害となりうるのはもはやお主しかいない。そこでだ。……お前はこれから、どう動くつもりぢゃ?お前が妾との決客を望むなら、こちらとてしかるべき場所と時間を用意して招待する」

 

 パトラがイ・ウーの次の『教授(プロフェシオン)』になる。

 そうなったら佳奈多は完全にイ・ウーと敵対する。まず生きてはいられない。

 よって佳奈多が取れる選択肢は二つ。

 パトラ以外の候補者を立てること。そして、イ・ウーそのものを崩壊させること。

 そのどちらにせよ、佳奈多はパトラにとって大きな障害となるだろう。

 佳奈多を無視することはどうしてもできないのだ。

 けれど、その佳奈多本人はといえば、別にパトラのことなど気にもしていないようである。

 

「……別に、何も」

 

 佳奈多は心の底からどうでもいいとばかりに、溜息を吐くだけだった。

 

「なんぢゃと?」

「私がイ・ウーをつぶすことを気にしているようだけど、私は特に何もしない。ほっといても自然消滅するような組織なんか相手にしていられない。ただでさえ藍幣がうっとおしいのに、これ以上目をつけられてたまるもんですか」

「それがお前の答えか」

「……ねぇ、私も一つ聞いてもいいかしら」

「なんぢゃ」

「ねぇパトラ。あなた本当は、その実『教授(プロフェシオン)』の座になんて大した興味がないのでしょう?」

 

 目的と手段は全く異なるものだ。

 イ・ウーの『教授(プロフェシオン)』の称号とは、それだけで世界を裏から回すだけの力があることを意味している。

 

「あなたは、世間で言われているようなテロリズムに染まった最悪の魔女のようには思えないのよ。あなたには途方もない何か目的があることは確かでしょうね。でもそれは決してあなたが言っているようなエジプト王国の再建だとか、最強の魔女の称号の座にあるとはとても思えないのよ」

 

 これは佳奈多自身が極東エリア最強の魔女と呼ばれているからこそ分かることだった。

 佳奈多が欲しいと思ったのは、今も昔も変わらない。

 何がどう間違っても、欲しかったのは最強の称号なんかじゃない。

 誰もが羨む称号を手にしていても、自分が一番欲しいものは手にできなかったからこそ理解できた違和感。

 

「……お前は妾をそんな風に見ているのか」

「違う?」

「ああ、全く持って違う。それはお前が、あくまでただ強いだけで夢がない人間だからだ。妾はいたってまじめに、世界をこの手にすることを目的としている」

「……じゃあ、そういうことにしておくわ」

「ああ、そうしておけ。どこか甘い考えを持ち続けているといい。佳奈多、お前と話ができてよかった」

 

 それだけ言うと、二人の魔女はもう相手に言うべきことはないと判断したのか、無言のままであった。

 パトラの身体は徐々に砂となって崩れ落ちていく。

 

「ああ、そうだ。せっかくだからカナに伝言を頼んでおいていいかしら」

「何を伝えてほしい?」

「――――――――次はない。これはあなたに伝えたつもりの言葉よ。一番大切なものははっきりさせておきなさい。これで意味は通じるはずよ」

「分かった。今度会ったら伝えておく」

 

 パトラは一度うなずくと、全身が完全に砂となって崩れ落ちた。

 先ほどまでパトラの身体を形成していた砂は、今や倒れた親族の人間身体を覆うように降りかかっていた。

 

(かなた、お姉ちゃん)

 

 その光景を見つめている佳奈多が何を思っているのか、葉留佳には分からない。

 そもそも私は、一体何を言えばいいのだろうか。

 私のために人殺しとなってしまった相手に、どう声をかけたらいいのだろうか。

 葉留佳が言いよどんでいると、佳奈多の方が先に声をかけた。

 

「……雨がまた一段と強くなってきたわね。葉留佳、風邪をひかないようにあなたは早くビルの中にでもはいっていなさい」

 

 それを聞いて、本当にどうしようもない人だなと葉留佳は思った。

 昔と何も変わらない。

 いつも私にそっけないようなことを言う。

 いつも私に興味がないようなことを言う。

 いつも私のことなんてどうでもいいようなことを言う。

 

 そのくせちょっとしたことですぐに心配して、見ている方が呆れるくらいに落ち着きをなくす。

 

 そして、私はすごく愛されているんだな、と安心する。

 

 

「かなたお姉ちゃん……ごめんなさい」

 

 だから、真っ先に出てきたのはそんな言葉であった。

 

「どうして謝るの?」

「だってかなたは、私のせいで……私さえ生まれてこなかったら」

 

 まだ三枝の家で暮らしていた時のことだ。疫病神といわれて、その通りだとどこか納得していた自分がいた。親族たちに対しての罪悪感なんて微塵もなかったが、佳奈多に対しての罪悪感は感じていた。自分は重荷でしかないのではないかと考えていたことなんて、その象徴ともいえる。けど、

 

「それは違う」

 

 佳奈多はその一言をあっさりと切り捨てた。

 葉留佳が言おうとしている意味を悟り、それと同時に葉留佳がどこまで真実を知っているのか気づいたのだろう。だからこそ、もはや嘘で隠しとおす意味がないことが分かってしまった。

 

「あなたが生まれてこなかったら、私はあの夜に公安0の手で殺されていたでしょう。親族たちの言うことに何の疑問を抱くこともなく、それこそパトラのような魔女になっていたかもしれない。…結局のところ誰が悪いかというと、親族たちを愛そうともせずに見切りをつけた私が悪いのよ」

「そんなことないッ!かなたには……いや、かなただけじゃない。他の誰にだってどうすることもできなかったんだ。仕方のないことじゃないッ!」

「……よくない。ちっともよくない。いいわけないじゃない。ひどいことをしたんだ」

「でも……」

 

 もしも、もしもの話だ。

 記憶を持ったまま過去にさかのぼってもう一度人生をやり直すことができたとして、どこまでさかのぼればいいのだろうか。どこかで人生を左右する大きな分かれ道があったとは葉留佳には思えないのだ。生まれたときから破滅へと続く一本道をたどっているようにすら思える。

 

「結局のところ、自分は超能力者(ステルス)だから特別な人間だと思っていた親族たちと何も変わらないのよ。だからあなたを守るべき対象としか見ていなかった。たった一人の私の家族だといいながら、結局私の身勝手に振り回していただけだった。わたしたちは双子の姉妹なのにね、笑っちゃうでしょ?」

 

 倒れたままピクリとも動かない親族の男を見下ろしながらそう口にする佳奈多がどんな表情をしているのかなんて葉留佳にはわからない。だけど自分の肯定的ではないことは分かる。佳奈多はそういう人だ。むしろ葉留佳は私こそ気づくべきだったと思う。

 

「……葉留佳?」

 

 たまらず葉留佳は、佳奈多を後ろから抱きしめた。雨に当たって冷たいはずなのに、久々に感じた人の温かさがたまらなく愛おしいと思った。

 

「いいんだよ、かなたお姉ちゃん。私はどれだけ迷惑をかけられても構わない。私だって甘えてばかりいるわけにはいかなかったんだ」

 

 葉留佳にとってはもはや親族たちのことなんて頭になかった。

 むしろ、考えているのはこれからのこと。

 佳奈多を昔の優しかった姉に戻したいと思い、そのために武偵となってイ・ウーを潰すことを決意していた。だけど、そんなことをするまでもなく佳奈多は葉留佳のよく知る人間のままだったのだ。

 

「だからさ、これからは私と一緒に生きていこうよ。私もいっぱい努力するよ。私だって迷惑をたくさんかけるだろうけどさ、家族なんだから力を合わせて生きていこうよ」

 

 いつしか四葉の屋敷で暮らしていた時みたいに。

 あの時は葉留佳にとっては人生で一番幸せだって頃だ。

 できないことは多すぎて、うまくいかないことだってたくさんあった。

 それでもいつも佳奈多は傍にいてくれた。それがたまらなくうれしくて、幸せだった。

 

「……かなた?」

 

 これからもそんな未来がある。

 そう信じているのに、佳奈多は同意してくれなかった。そうね、といってくれなかった。

 佳奈多は葉留佳の手を振りほどいて、身体を葉留佳に向けた。

 

「ごめんなさいね。私は葉留佳とは一緒にはいられないわ」

「どうしてそういうこと言うの」

「親族の人間を始末したことで、パトラによって私が公安0の関係者だとイ・ウーの伝えられるでしょう。もともとグレーゾーンに近かったから、もうイ・ウーにはいられない。けど、裏切り者を放置しておくとも思えない。だから私は、しばらくどこかに身を隠すことにでもするわ」

「じゃあ私も一緒に連れて行ってよ。佳奈多がイ・ウーと戦うっていうなら私だって戦うから。なんでもするから私一緒にいさせてよ」

 

 佳奈多が隣にいてくれるなら、どこにだろうとついていく。

 その決意は本物だ。だけど、佳奈多は首を横に振るばかりだ。

 

「私と一緒にいても、あなたが得られるものなんて何もないわ。葉留佳、あなたはもっといろんなことを知るのよ。学ぶのよ。偶然にも、あなたが知り合えた人はそんな素敵な人だった。意図せずともあなたを成長させてくれる人だった。ねぇ、ツカサの置手紙のことを覚えているかしら」

「……あの、どこかの委員会に入れってやつ?」

「あれはね、本当は牧瀬の委員会に入ってもらおうとして書かれたものなのよ」

「え?」

 

 予想だにしなかった名前の出現に、葉留佳は思わず固まってしまう。

 

「どうして牧瀬くんが……」

「あいつはツカサの相棒よ。本当ならあいつにあなたを導いてもらう予定だった。当時の私たちは、東京武偵高校に委員会を持ってるほどの武偵が他にもいるなんて予測できなかったのよ。でも、うれしい誤算だった。牧瀬が自分のところにいるより得られるものがあるだろうって判断する結果となった」

 

 葉留佳が入学するとき、佳奈多は二三年生の先輩方にそんな人がいないことを確信していた。だが、まさか高校新一年生で委員会を持っているような奴が他にも入学してくるとは予測できなかったのだ。でも結果として葉留佳にとってはプラスとして働いた。

 

「正直に言うとね、アメリカで峰さんにあいつが協力しようとした本当の理由はパトラが葉留佳を前にどんな反応をするか試したかったというのが一つ。そして、いざとなったら葉留佳を守るだめだったのよ」

「なッ!」

「だから何かあったらあいつを頼るといいわ。きっと力になってくれる」

「かなたがいい!私が困った時があったら、私はかなたにいてほしい!だから、そんなこと言わないでよ!お別れみたいなこと言わないで!」

「心配しなくても私もずっと逃げ続けるわけじゃない。イ・ウーは今転換期なの。あと半年もしないうちに崩壊するわ。だから、今はほんのちょっとのお別れよ。またすぐに会えるわ」

「嘘だ!またそんなこといって、かなたは私の前からいなくなるんだ。かなたは私に嘘ばかり言う。ずっと一緒だって昔言ってくれたのに……」

「……嘘つきは、嫌い?」

 

 これはきっと私のわがままなのだろう。状況が違えば立場だって異なってくる。

 昔言ったかことを守れなかったからといって、嘘つきだと責めるのは子供のするようなことなのだろう。

 それでもかまわない。

 

「嘘は……やっぱり嫌だよ」

「そう。じゃあ、紛れもない本心をあなたに伝えておきましょうか」

 

 そして、佳奈多は優しく微笑んで、

 

「葉留佳。あなたは嘘ばかりつく私のことが嫌いかもしれないけど――――――――私は、あなたが大好きよ」

 

 そう口にして、佳奈多は一瞬でその場から消えた。

 

「……か、なた?」

 

 超能力『空間転移(テレポート)』。

 物理的な壁を一切無視して、空間を一瞬で移動する超能力。

 自分自身がその超能力を持っているだけに、佳奈多が何をしたのかはすぐにわかった。

 急いで追いかけないといけない。

 頭ではそう分かっているのに、どこにどんだのかが全く分からなかった。

 

「……待って。待ってよかなた。私をおいておかないでよ」

 

 空間転移(テレポート)という超能力にとって、相手からどれだけ離れるのかは大した問題ではない。

 どれだけ相手との距離が近くても、見つからない場所に跳ぶことが重要となる。

 だからまだ佳奈多は近くにいるはずだ。まだ追いつけないわけじゃない。

 そう思うのに、その肝心の居場所が全く見当すらつかない以上はどうしようもないのだ。

 

「……かなた、待って」

 

 葉留佳はその場で力なく崩れ落ちて、そのまま動けなかった、

 

「かなた……」

 

 それからどれだけの時間を力なく呆然としたままであったのかは分からない。雨も強くなってきて、身体は下着すら完全に水がしみ込んで張り付いてくるから気持ち悪い。それでもなお、葉留佳は何かしようとは思えなかった。ただ雨に打たれるままであった。腕に力がはいらない。立つだけの気力すらわいてこない。光のない死んだような瞳のままなんの反応も示さなかった葉留佳であったが、突如自分にあたる雨がさえぎられたことに気が付いて、ようやくうつむいたままの顔を上にあげた。

 

「姉御……」

 

 そこには、来ヶ谷唯湖が傘をさしている姿があった。

 姉御が自分を見下ろしている位置にくるまで近づいていたことなんて全く気が付かなかった。来ヶ谷は葉留佳を相手に気配を消す必要なんてない以上、葉留佳がそれだけ動転していたのだろう。

 

「ずいぶんとずぶぬれになったものだな」

「どうしてここに……」

「君を迎えに来た。ほら、帰るぞ」

 

 迎えに来たという言葉を聞いて、葉留佳はどうにもたまらなくなってしまう。涙がこぼれるのを抑えきれないかった。

 

―――――――はるか、おかえりなさい。

 

 かつての幸せだって時間のこそがよぎる。

 自分もかつては家族(かなた)が心配して迎えに来てくれたことだってあったのだ。

 その時のことを思い出すと、葉留佳は来ヶ谷に抱き着いてそのまま大声を上げて泣き出してしまった。

 

「どうした?」

 

 来ヶ谷は自分が雨に濡れることも一切気にせず、葉留佳にそう問いかける。

 

「わだしッ!やっと取り戻せたと思ったのに……やっど佳奈多が帰ってきてくれだんだどおぼっだのにッ!!」

「………」

「かなたおねえちゃん……ごめんなざいッ!!」

 

 佳奈多は葉留佳に、もっといろんなことを知ってほしいといった。学んでほしいといった。 

 それは今の葉留佳では、佳奈多を助けていくには力不足ということに他ならない。

 ここにはいない佳奈多に対して謝罪して泣きじゃくる葉留佳に対して来ヶ谷がどう思ったのだろう。

 彼女はただ葉留佳を迎えに来ただけだ。

 イギリス清教の人間で、放送委員長もやっていることから何か葉留佳とのつながりがあるのではないかと外部から疑われている彼女だが、来ヶ谷は単に友達なだけだ。牧瀬のように裏事情を最初から聞いていたわけではない。

 

 だからこそ、来ヶ谷は葉留佳の言うことがいまいちピンときていないはずだ。だから、

 

「じゃあ今度雨があがったときにでも、ちゃんと謝ろうか」

 

 彼女は優しげな口調で葉留佳にそう言った。

 

「うん……わたし……もっと強くなるよ。もっともっといっぱい勉強して、学んで、いつしかかなたを助けられるくらいに強くなるんだ」

「……葉留佳君。実は前から君に言いたくて、ずっと言えなかったことがある。聞いてくれるな?」

 

 来ヶ谷唯湖にとって葉留佳は友達だと思っている。

 だが、葉留佳を助けすためだからといって他人を巻き込みたくはない。

 だってそうだろう?

 イ・ウーを潰すとか言っている人間に、自分の仲間を紹介して巻き込んで欲しくはない。 

 迷惑を受けるとしたら、仲間ではなく自分だけがいい。けど、問題が解決した今なら言える。

 

 イ・ウーへの復讐なんてことは考えなくなったなら、もう仲間たちに変に飛び火することもない。だから言える。

 

「……うん。なんですカ」

 

 葉留佳を抱きしめたまま、来ヶ谷は言った。

 

「『子供たちの遊び場(リトルバスターズ)』へ、ようこそ」

 

 

             ●

 

 東京武偵高校の第四理科室。

 牧瀬紅葉が拠点としているその部屋において普段は彼一人で黙々と実験をしたり何かを組み立てたりしているのだが、今は珍しく声が響いていた。

 

「――――――――――――報告しておくことは、これくらいか」 

『そう。じゃあこれからの方針でも考えておくよ』

 

 ただし、響いている声は牧瀬紅葉のものだけではなかった。

 なんてことはない。牧瀬が電話で会話をしているだけのことだ。

 

『しかしモミジクンさ、よく三枝一族の超能力者(テレポーター)を相手に生き残ったね』

「フフフ、この俺を誰だと思っている。我が名は喪魅路!お前の相棒にして、やがてこの世に混沌をもたらす者!あの程度のことなど、造作もないわ!」

『それでもだよ。アメリカでのことだって感謝してるんだよ。キミのおかげで、パトラだけではなく、イ・ウーが葉留佳に対してどういう出方をするのかがはっきりとしたからね』

 

 牧瀬が電話で話している相手は彼の相棒。すなわち、四葉ツカサ。

 世間的には失踪したことになっている彼であったが、牧瀬はひそかに連絡を取っていたのだ。

 

「二木はしばらくしたらお前に会いに行くだろうけどさ、これからどうするつもりだ?」

『佳奈多のことなら心配ないさ、佳奈多の委員会はボクがほとんど作ったものだ。佳奈多一人がいなくなった程度でどうこうなるようなもろいできなんかじゃないよ。最初から佳奈多抜きで機能するようにメンバーを構成してあるんだ』

「副委員長の一宮(いちみや)さんだったか。あの人が二木の公安0の時の先輩で、しかも二木の父親の相棒でもあったからいろいろと目をかけてくれていたのだったか?でも、本当に大丈夫なのか?」

『双子の超能力者(ステルス)の現象に基づき、葉留佳が死ねば佳奈多に超能力が受け継がれる。でも、それは逆もいえた。佳奈多が死ぬようなことがあれば、葉留佳が完全な超能力者として覚醒する。つまり、葉留佳は生きているだけで佳奈多を守っているんだ。だから大丈夫。あいつには葉留佳がついているんだから。葉留佳のことを愛している。その感情を持ち続けている限り、あいつはパトラの一味になんかには負けはしない。あんな半端な正義の味方なんか障害にもならない』

「……それを当の本人が知らないっていうんだから、救われないよな」

『ボクはキミにだってちゃんと感謝はしてるんだよ。双子の超能力者が特有の現象を利用することを考えたのはボクだけど、そもそもこの現象を教えてくれたのはキミだった』

「双子の超能力者の体質が、超能力者(チューナー)に似ていたからこそ気づけたことだ。まぁそれはいい。感謝してるなら、こっちのお願いだって聞いてもいいだろ」

『なに?』

「あのさ、お前いい加減こっちに戻ってきてくれないか。錬金術師ヘルメスことは知っているな?二木が東京武偵高校からいなっくなった以上、あの地下迷宮の探索は俺一人じゃどうにもならん」

『そっちにいる「機関」の人間はお前いれて四人だったよね』

「現実世界にいるのは三人だよ!そのうちの一人が誰か知っているなら分かるだろ!俺が全く頭が上がらない相手なんだから、ただでさえ忙しそうなのに時間を割いてくれっていえないし、実質ドジっ子陰陽術師と二人だけだ。それに、俺の相棒はお前だ。お前がいるだけでずいぶんと変わってくるんだ。くそ、こうなったら鈴羽姉さんにでも無理言ってお願いするか?」

『……わかった。とりあえず、一回そっちに行くことにするよ。それからまた考えることにしようか。そろそろ「職場体験」の期間のはずだから、その時にでも変装して会いに行くよ』

「頼むぞ」

『分かっている。モミジクンこそ、しっかりしてくれよ。頼りにしているんだから』

「ああ、ところでさ」

『ん?』

「三枝にお前のことを知っていて隠していたことがバレてるとして――――――――――許してくれると思うか?」

『………しっかりね』

「うぉぉぉい!……あ。あの野郎切りやがった。まぁいい、マッドサイエンティストの本気を見せてやる。我が名は鳳凰院喪魅路!小娘一人の機嫌をとるくらい、造作もないわ!フフフ、ファーハハハハ!!」

 

 そして、牧瀬紅葉は。

 もはや通話状態になっていない携帯電話をさも電話しているかのように耳元に当てたまま、誰も聞いていない中宣言する。

 

「では健闘を祈っていてくれ、我が相棒(マイパートナー)よ。エル・プサイ・コングルゥ」

 

 

 




これでこの「暗部の一族」編は終わりとなります。
次からはパトラ編ではなく、別の新章に突入します。

新章のタイトルは、『虚構との境界線』です。

お楽しみに!

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