Scarlet Busters!   作:Sepia

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おかえりなさい、元キング。


Mission107 子供たちの遊び場

 魔術『子供たちの遊び場(インフェルニティ)

 恭介は自身の装飾銃に装填されている弾丸が『0』となった時、リロードを行うこともせずにその魔術の名を口にした。

 

(……やはりきたかッ!!)

 

 ブラドにとっては棗恭介が魔術を使えることに対しては大した衝撃もなにもないことだ。そんなことは想定の範囲内のにすぎない。どれほど女装が愚かな人間であっても、無条件に恭介が勝つと妄信的な信頼を預ける人間ではないはずだ。たとえどれだけ恭介の銃の腕前が優れたものであったとしても、単にそれだけを見るのなら強襲科(アサルト)のSランク武偵であるアリアやヒステリアモードという能力のあるキンジがそこまで劣っているはずがない。そうなると棗恭介には銃を操る技術とはまた別の奥の手があると考えつくのは必然でもあった。

 

 ただ。

 

「…………?」

 

 ブラドの予想とは違い、恭介からの魔術による直接的な攻撃は一切こなかった。

 少なくとも見える範囲において変化は一切ない。

 恭介が魔術を使った。それだけは間違いのないことで、決して恭介のはったりでないことは確定している。

 なぜなら魔術は使用跡の残るものであるからだ。

 血液にDNAという形で情報が残るように、魔力にだって人によってその性質は異なる。

 時間さえかければ誰が魔術を使ったのかということが分かるようになっているのだ。

 

 それゆえに、使用跡の全く残らない固有の能力を使える人間のことを超能力者(ステルス)と呼ぶ。

 

 全くの素人には無理であったも、少しでも魔術に触れたことがある人間ならこの近距離において魔術が発動しているかどうかくらいなら分かるのだ。魔力の動きは確かに感じ取れた。けれど、ブラドには恭介の魔術の発動前と発動後で何が変わったのかが全く分からなかった。

 

 星伽神社の巫女である星伽白雪が受けづいた鬼道(きどう)術による魔術のように武器に炎が纏ったなんてこともない。恭介の装飾銃に込められている弾丸はゼロのままで、恭介はリロードしようとする気配すらない。

 

 恭介の仲間である宮沢謙吾が受けづいた宮澤道場による、星伽の巫女たちの炎の魔術に対する抑止力として生まれた水の魔術のように、自分の魔臓に直接的な弱点となりそうなものが発動したわけではない。魔臓はあくまで吸血鬼としての弱点を克服しようとしたもの。もしそうであったなら感覚でわかる。

 

 また、ジャンヌ・ダルクの使う氷の魔術のように、周囲の温度が変わるというような変化もない。雨が降っているため身体が徐々に冷えてきてはいるだろうが、何か感じ取れるものはない。

 

 そして、『砂礫の魔女』パトラが扱う式神のように、何らかの物体が生み出されたわけでもない。恭介は相変わらず身一つである。

 

(……少なくともこいつの魔術は永続的に作用するタイプのものだ。それに相手に直接的に作用するタイプのものではないな)

 

 おそらくは特殊能力を発現するタイプの魔術だろうと予測する。

 正体がいまいちわからないことは不安要素であるが、それでもブラドとしては格別気に掛けるほどのことでもなかった。ブラドにとって、理樹の右手以上に警戒するようなことなどなにもない。はっきり言って魔臓を振れただけで粉砕できる理樹の右手がおかしいのだ。正体不明の超能力とでも言うしかない理樹の能力とは違い、学問の延長線上にすぎない魔術であることがはっきりしている以上、ブラドの魔臓を問答無用で完全に破壊できるようなものではないはずなのだ。

 

「いくぞ、理樹。お前も今から混ざれ」

「うん」

 

 理子たちにとって、勝利条件は理樹の右手を残り三つのブラドの魔臓に直接触れさせるしかない。そのため作戦は分かり切っている。棗恭介を中心にブラドの注意を引きなんとか隙を作り、理樹がブラドに接近すること。それが分かっている以上、正直言ってブラドは理樹にさえ注意を向けていればいいのだ。

 

 当然理樹からブラドに向かってくるというのなら、恭介を無視して先に理樹を排除するまで。

 

 ブラドの注意を引くには相当なことをやらなければならないはずだが、恭介は理樹をまるで子供が一緒に遊ぼうと呼びかけるがごとく気楽なものであり、理樹も簡単に応じる。

 

「何をして遊ぶの?」

「そうだな……確かあいつは吸血鬼だったか?なら、決まりだ。ちょっと違うのかもしれないが、相手は正真正銘の鬼。ならば鬼ごっこしかないだろう。本物の鬼とやる鬼ごっこなんて、そうそう味わえるものでもないしな。本物の鬼を相手に、俺たちがどれだけ鬼に近づけるか見てもらおうじゃないか」

「僕らの誰かが鬼になったとしても、あいつが逃げてくれるとは全く思わないんだけど……」

「じゃあこうしよう。一人が鬼になる遊びではなく、全員が等しく鬼になる遊びをしよう。すなわち、鬼ばかりの『こおり鬼』だ。互いに協力し合うもよし、一人でやるもよし、ともあれ最後の残った奴が真の鬼とすることにしよう」

 

 一体こいつらはこんなときに何を言っているのか。それが理子には理解ができなったが、何よりも理樹と恭介がどうしてそんな楽しそうな表情のままでいられるのか不思議でならない。そんな中で真っ先に動いたのは理樹であった。彼は理子に自分の銃であるコンバット・マグナムを預けたままだ。彼にとっては右手の能力こそ最大の武器であるものの、手ぶらで突撃していく理樹の姿は無謀そのものだ。

 

「ハッ!!バカがッ!!」

 

 向かってくる理樹をそのまま殴り飛ばそうとしていたブラドであったが、ブラドのすぐ後ろには恭介が陣取っている。だがもはや、ブラドは恭介のことなどもはや眼中にはなかった。弱点となりそうな場所はすでに硬質化している。先ほどのように銃撃でとめられはしない。

 

(こいつの魔術がどんなものかは知らんッ!だが、結局のことろはこいつさえ潰せばすべて終わることだッ!!)

 

 棗恭介は先に殺すというのは、あくまでも理樹の心をくじくためのものであり、それ自体が目的ではない。理樹の方から飛び込んでくるのなら、わざわざ恭介の相手なんてしてやることもない。だからブラドは恭介がすぐ後ろまで迫っていてもなお、恭介には一切の注意さえ向けようとせずに理樹にのみ意識を向けていた。

 

「理樹くんッ!!」

 

 やばい、と感じた理子の悲鳴が挙がる。だが実際にブラドの拳が理樹を彼の骨ごと砕くよりも先に、恭介の行動の方が早かった。

 

 ―――――――――トンッ

 

 恭介のやったことは、はた目から見ていると特に変わったことではなかった。恭介は自分を無視して背を向けたブラドに対してかるく触れる程度でタッチしただけだ。それだけのはずなのに、ブラドはカチンッ!!と全身氷漬けになったかのように動かなくなった。理樹を骨ごと殴り殺そうとして右手を掲げたまま、そのままちっとも動こうとしない。

 

 そして、わき目を振らずブラドに突撃をかけていた理樹はそのまま迫り、

 

 ―――――――――――――パリンッ!!

 

 理樹の右手がブラドの白色の紋章に触れ、ブラドの魔臓の一つが叩き壊された。

 それと同時にブラドが再び動けるようにでもなったのか理樹を引き裂こうとして爪を立てるが、その前に恭介がメイド服をお姫様だっこで抱えたまま離脱する方が早かった。

 

(……今、一体何が起こったッ!?)

 

 状況を呑み込めていなったのはブラドが一番そうであろうが、何をしたのかとキンジは恭介に尋ねた。

 

「お前も幼い頃にやったことあるだろ、『こおり鬼』くらい。今この場は『子供たちの遊び場』になっている。せっかくだし、お前たちも子供の遊びを全力でやってみないか?」

 

 恭介の手がブラドに触れたとたん、ブラドは固まったように動かなくなった。恭介の魔術というのは理樹の右手に見られるような特殊能力系であり、触れたものの動きを強制的に止めるというものかと思った理子であったが、恭介にお姫様抱っこで抱えられているせいか全く身動き一つ取らなかった理樹が、地面におろされて肩を恭介に叩かれてやっと再起し始めたことを見て別の考えに行きついた。

 

「まさか……アリア、こっちきて」

「理子?」

 

 理子は自分を心配して近づいてきてくれたアリアの方に手を伸ばしてポンッと叩いた。

 その途端。

 アリアはカチンとその場で固まったように微動だにしなくなった。

 

「…………」

 

 無言で理子がもう一度アリアを叩くと、アリアは再び動き出した。

 

「理子!一体何をするのよッ!!」

「あ」

 

 一度理子に完全に身動きを封じられた形となったアリアは、何をするんだと理子につかみかかるが、つかみかかった瞬間理子が身動き一つしなくなった。アリアが驚いて理子を手放すが、理子はガタンと姿勢を一切変えないまま変な形で転がってしまう。

 

「…………」

「理子?りーこー?」

 

 びっくりして慌てたアリアが理子をゆすろうとして触れた瞬間、理子も再び動けるようになった。

 

(なるほど……これが魔術としての能力か)

 

 自身もその効力を受けたこともあり、理子は恭介の魔術の正体に気が付いた。

 理樹の持つ右手と同じような特殊能力系統を発現し、触れたものの動きを問答無用で止めるというものではない。動きを止めることはできたのはあくまでも結果であり、それ自体が魔術としての能力の本質ではない。つまり棗恭介の魔術『子供たちの遊び場(インフェルニティ)』は葉留佳の持つ超能力『空間転移(テレポート)』のような単一の能力を意味しているのではなく、魔術全体の総称としての呼び名。しかしてその本質とは、

 

(子供の遊びを現実のものとして再現する魔術ッ!!)

 

理樹は恭介に対して、先ほどんな遊びをするのかと尋ねていた。

ということは、他にも遊びはいろいろとあるということだろう。

今は全員参加のこおり鬼をやっているが、おそらく棗恭介は他の遊びも再現できるはずだ。

子供の遊びなんて一種類ではない。

子供は飽きたら次から次へと別の遊びを飽きるまで行い、また違う遊びをする。

 それをひたすら繰り返す生き物だ。

 

「なんて……なんて才能を無駄につかったような魔術を使うんだ……」

 

 一般に、魔術師と呼ばれてる人間が魔術を使うのは過去にそれそう相応の過去があるため。 

 科学である程度のことならばなんでもできる現代において、相当の勉強が必要となる魔術を一から学ぼうとする気力はそうそう起きるものではない。だから、星伽神社のように先祖代々から魔術を受け継いてきた人たちとは違い、新たに魔術を学ぼうとした人間にはその魔術の能力そのものに過去の経験を垣間見ることもあるという。

 

 誰か親しい人間をなくしたことがある、というのなら治癒系統の魔術を持つだろう。

 火事の被害にあって大切なものを失ったことがある、というのなら火を打ち消す魔術を持つだろう。

 

 だが、棗恭介の魔術は一体なんだ。

 子供の遊びを現実のものとして再現するための魔術?

 そんなもの、とても挫折から必要に迫られて学んだものだとだとは思えない。

 

 むしろ、宴会芸を極めた結果習得できるようなもののように理子は思えてきた。 

 呆れたような声が出てしまったが、こればかりは仕方がないだろう。

 なにしろ汎用性という点においては皆無に等しいものであり、基本的に役に立つ能力ではないはずだ。

 

 イギリス育ちでそもそも子供のころに他人と遊んだことのないぼっち娘であるアリアには分からないことだが、割と遊び好きの理子には恭介が『子供たちの遊び場(インフェルニティ)』とか称した魔術の特質に気づいていた。

 

 どの程度の範囲にいる人物までが子供の遊びのルールの範囲内に入れることができるのか今一つ分かっていないが、少なくとも言えることが一つ。

 

(しかもこれ、絶対自分自身も影響を受けるタイプのものだッ!遊びにリアリティを出すためだけにこんな魔術を学んだんだなッ!!)

 

 つまり、魔術を使っている張本人たる恭介にも『子供たちの遊び場(インフェルニティ)』の効果が適応されているはずだ。具体的にいうなれば、今の状況でも恭介が誰かに触れたらたら術者たる恭介であっても身動き一つできなくなる。

 これは魔術としてはかなり異質な部類に入るだろう。

 周囲にルールを強いるということもそうだが、何よりもこの魔術があったところで使用者が絶対的な優位に立つことはない。与えられるルールとその強制力は全員に適応されるのなら、よりうまく扱える人間がいたら不利になるだけだ。

 

 一対一の真っ向勝負では博打のような使い道ばかりになる気がする。

 

 だが、大人数が入り乱れての戦いなら?

 子供の決めたルールの前にはすべての人間が平等だとはいえ、その場の全員に超能力が与えられることにも等しいものなのだ。仲間と力を合わせることを前提とし、その場その場で最も有利な子供の遊びを選ぶことができるというのならどうだろう。

 

 子供たちの遊びは、紛れもなく脅威となる。

 

「つまり先に触ったら勝ち。逆に触られたら負け。そんな遊びっていうわけねッ!!」

 

 ルールをなんとなくでも理解したであろうアリアは、満面の笑みを浮かべてブラドに突撃していった。

 この遊びのルールでは、必要なのは銃弾にも平然と耐えうるだけの耐久力でも防御力でもない。

 単なる動きの速さと敏捷性がものを言う。

 強襲科(アサルト)のSランク武偵であり、常日頃から小柄であることをからかわれているようなアリアにとって、ただブラド程度の相手なら触れられる前に触れる程度のことならできるのだ。

 

「この……この遊び人風情ガぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 本物の吸血鬼を前にして、笑顔を浮かべながらブラドへと一直線に迫るアリアはブラドには一体どう見えたのだろう。俊敏性、というこの遊びにおける暴力的なまでの力を振りかざしてくるアリアはひょっとしたらブラドにとっては本物の鬼に見えたかもしれない。

 

 もしそうなら、恭介は心の底から喜ぶだろう。

 

 ―――――――鬼ごっことして始めたものが、本物の鬼に認められるほど真に迫ることができたんだ。

 

 そういって笑いながら、過去の話としていつか語る日だって来るのかもしれない。

 ブラドはアリアを近寄らせないようにと爪を立ててけん制するが、本来小柄な体格をしているアリアにとっては、自分より大きい敵の相手など慣れたもの。普段は相手の攻撃をかわし、直接攻撃を当てるために相手の懐に飛び込んでもいたのだ。触れるだけでいいのなら、アリアにとってはいつもより楽でしかながない。だから、アリアにブラドが捕まってしまうのは時間の問題であった。そして、

 

「そらッ!!」

 

 動かない相手なら、理樹が近づいて粉砕するのみ。

 理樹の右手がブラドの紋章に触れ、三つ目の魔臓が完全に破壊される。

 残りの魔臓は一つ。

 恭介が現れる前、余裕をかましてブラド自らも人間たちを馬鹿にするようにして見せびらかした舌にある魔臓のみ。

 

「この……こいつッ!!」

「ひ、ひぃいいいいいいいいい!!!!」

 

 理樹の右手が触れたことで、再び動けるようになったブラドは全力疾走で退避しようとする理樹を追いかけようとしたが、ブラドの後方にひっそりと近づいて不意打ちで触れようと考えていたキンジの存在に気づく。理樹をこのまま追いかけると、キンジに先に触れられてしまう。

 

「げ、やばい気づかれたッ!!」

「キンジ、残りの魔臓は一つなのよ!わざわざ近づく必要ははないわ!気にせず撃つなさいッ!!」

 

 ブラドの狙いがキンジに変わりそうになったところで、アリアがキンジの方へと走り出した。

 今いる位置からではキンジを狙うと、アリアにぎりぎり追いつかれるような微妙な位置取りだったし、何よりブラドの魔臓はすでに理樹に三つ破壊されている。残りの一つの魔臓さえ破壊されてしまえば、吸血鬼としての弱点はすべて明るみに出てしまう。そして、最後の一つの破壊の方法は、何も理樹の右手でなくてもいいのだ。銃弾が通れば、それですべて終わってしまう。

 

 ――――――――カキンッ!!

 

 キンジのベレッタによる銃弾はブラドが顔全体を硬質化したことでふせいでしまったが、もうブラドに後はない。アリアに触れられてもダメ、そして硬質化を解いてもその瞬間銃弾が飛んできてしまう。結局どうすることもできず、ブラドは誰一人として捕まえることができないでいた。

 

「せっかくだ。お前は一緒に遊ばないのか?」

「あたしは……」

 

 魔術を発動してからのブラドとの最初の一回の接触以降、その場から一緒も動こうとしない恭介だが、動いていないのはもう一人。ルールを理解した瞬間飛び込んでいったアリアとは違って理子がその場に立ちすくんだままだった。そこに女装のメイド服が逃げ帰ってくる。

 

「ほら。せっかくだし、君もいこ?」

 

 そう言って理樹は理子に手を差し伸べた。

 その手を取ろうとして、これ触れてルール的に大丈夫なのかと疑問に思ってしまう。

 何を躊躇したのかを連想したのだろうか、右手に触れる分には理樹は大丈夫だと答えた。

 

「ほら」

「―――――――――うん」

 

 そして、理子は理樹の右手をつかんでもう一度立ち上がった。

 一度は完全に砕けてしまった心だけど、もう一度立ち向かうことを決意した。

 

「お前たちが……お前たちさえいなければッ!!」

 

 理子がブラドともう一度戦うことを決めて向き合ったと同時に、ブラドは理樹たち二人の前に向かってきた。どうやら狙いをキンジではなく理樹たち二人に変えたようだ。今のブラドにとって、誰に触れられても負けである。なら、一番ブラドが勝てると思う相手から潰していくしかない。それが、先ほどまで相性上天敵であった理樹であったというのはまた皮肉なものだろう。本来ブラドは一番相手にしたくなかった相手が、子供の遊びのもとでは一番楽な相手だという。

 

「理子さん、いけるね?」

「うん。任せて」

 

 そして再び理樹とブラドがその拳を持って交差する。

 だがもはや、理樹はブラドとまともに戦う必要もない。ただ、どこでもいいから触れればいいだけだ。

 そして、そのような特訓なら、今までにいくらでもしてきた。

 ブラドの攻撃をすり抜け、理樹は滑り込むようにして自分の右手でブラドの足元をつかんだ。

 

(ブラド。お前が何者であろうが、ここでは何の関係もない。だってここは、誰もが平等な『子供たちの遊び場』なんだから!!)

 

 理樹の右手でつかまれている以上、魔術の類は一切使えない。ブラドの顔面を覆っていた硬質化の能力も、自然に解除されもとのものに戻っていた。再び能力で壁を張るには理樹を振りほどく必要があったが、その前にもう決着はついている。

 

「…………」

 

 理子が両手で握りしめているのはデリンジャー、とよばれている小さな銃だった。

 今からだとちょうど一か月前くらいになるのだろうか、アメリカでパトラから取り戻した、自身の母親(峰不二子)の形見の銃。

 この銃を取り戻すのに、葉留佳を利用する形になるのに抵抗がなかったといえば嘘になる。

 大好きな家族と取り戻そうとしている人間から、その仇が騙すような形とはいえ何も伝えずに利用したのだ。少なからず罪悪感もあった。葉留佳の気持だって痛いほど理解できた。

 

 それでも、取り戻すことを決してあきらめられなかったのは、自分の中に家族との思い出に縋りたいという思いがあったからだろう。

 

(……お母さま。お父様、あたしに勇気をください)

 

 理子はデリンジャーに込める指に力を入れ、

 

「ぶわぁーか!」

 

 パァンッ!!という乾いた発砲音を上げた。

 ブラドは鬼の形相のまま出している長く分厚いベロには中心を撃ち抜かれた目玉模様があった。

 

「は……ハハハハハハ」

 

 4つすべての魔臓を撃ち抜かれてしまったブラドは力なく、笑い、そのまま倒れ伏した。 

 

「嘘……本当にあのブラドを倒した……の?」

「おめでとう、理子さん。君の勝ちだよ。他でもない、君がブラドを倒したんだ」

 

 信じられない、と呆然としている理子であったが、理樹にとって確かなことがある。

 ブラドを倒したのはまぎれもなく理子であり、理子は自分自身で恐怖に打ち勝ったのだ。

 

「やっぱりさっき僕が言ったとおりになったね、君の力が必要だった。だから」

 

 理樹は笑顔を浮かべたまま言う。

 

「助けてくれて、ありがとう」

 

 その言葉を受けて理子は自分でもなんて言ったらいいのか分からなくなった。

 いろんな感情があふれてくる。

 その中には、ブラドに対する憎しみなんて不思議と感じられなかった。

 まだ棗恭介が来る前、ブラドを倒したと思ったときに見下ろした際は恨みつらみばかりがでてきたのに、不思議と今は気分がよかった。だから、理子は言う。正直うまく言えないからこんな簡単な言葉になってしまうけど、これだけはちゃんと言葉にしておこう。

 

「理樹くん」

「ん?」

「ありがとう」

 

 


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