Scarlet Busters!   作:Sepia

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年末にいろいろとやらかしている遊戯王でしたが、今回はまだ普通でしたね!
……闇落ちを普通と感じるのは、一体どうなんでしょう?

ディフォーマーを組んでいた身としては、アポリアさんの時は呆然としてしまったことを覚えています。


Mission102 無限罪のブラド

 今から大体二年くらい前のことだったか。イ・ウーでちょっとした騒ぎがあった。

 イ・ウー主戦派(イグナティス)の中でも過激な人物であった『砂礫の魔女』パトラがイ・ウーを退学になったというのだ。いや、正確には退学にさせられた、か。

 

「え?あのパトラが退学?」

 

 もちろんイ・ウーだって組織である以上一枚岩ではない。

 自分の力を高めるためにイ・ウーはあるべきだとする一派もあれば、イ・ウーの力は世界の実権を握るにふさわしいとして行動に移そうとする連中だっている。当時のあたしはイ・ウーに入学してまだ日が浅かったこともあり、他人にはさして興味もなかったからパトラの退学を聞いたのは突然のことであった。

 

「『教授(プロフェシオン)』を怒らせるようなことでもしたの?」

「いいや、どうやら違うみたいだ。パトラを退学に追い込んだのは『教授(プロフェシオン)』ではないらしい」

「どういうことジャンヌ?」

「ああ、よく聞け理子よ。これは私たちイ・ウー研磨派ダイオの今後にかかわる重要な話なのだ」

 

 組織の派閥がどうこうとか、あたしは正直あまり気にしたことはなかった。

 別にイ・ウーの誰かが世界征服を成し遂げたとしても、あたしはそれならそれでも一向に構わないのだ。

 あたしが力を手にすることができるなら、別に研磨派の奴だろうが主戦派の奴だろうが接触して力をもらう。

 

「なんでも、パトラを退学に追い込んだのは一人の魔女らしい」

「……魔女?」

「ああ。そいつはパトラの持っていたイ・ウーのスクールリングを奪い去り、パトラをイ・ウーから追放した。そしてこれからパトラに代わってイ・ウーのメンバーとなったのだ」

 

 イ・ウーは誰もかれもを受け入れているわけではない。イ・ウーは世界中から選ばれた天才たちが集まり、技術を提供しあう場でもあるのだ。当然役立たずはいらない。より優れた人間がやってくるとなれば、切り捨てられる人間だって出てくる。パトラのスクールリングを奪うということをやってのけた魔女が新たなイ・ウーのメンバーとして敵ではなく新たな仲間として迎え入れられるのはそのためだ。

 

「そいつ、本当に仲間にして問題ないの?」

 

 完全実力主義。古く弱いものを排除し、新しく優秀なものを迎え入れることは理にかなったことではある。ただ、問題が全くないわけではない。迎え入れるかどうかの基準は優秀かどうかそれだけであり、そこに人の性格というものは一切考慮されていない。優秀でさえあったりしたら、たとえイ・ウーに害をなすつもりの人間であっても迎え入れられてしまう。

 

 もちろん、イ・ウーに一人や二人くらいスパイが入り込んだところで何もできないだろう。

 

 だが、パトラを退学に追い込むほどの力を持っているなら話は別だ。そいつは絶対に、イ・ウーにおいて大きな影響力を持つことになるだろう。

 

「あのパトラを退学に追い込んだってことは、パトラよりも過激な魔女なのかな」

 

 パトラはイ・ウーにおいて優秀ではあったと同時、厄介者でもあった。

 自分自身が次期『教授(プロフェシオン)』であると言って聞かなかったし、実際にその主張を押し通すだけの実力もあったのだ。自分勝手だったがゆえに疎まれてもいたが、それでも誰も手出しができなかったのもまた事実。

 

「過激か……確かにそうだろうな。だが、それゆえに信用はできる。カナと同じように、かつては武偵として働いていたようだが、スパイといったどこかの組織の回し者である可能性はない」

「どういうこと?」

「ああ。そいつはなんと、イ・ウーに入るための条件として自分の親族たちを皆殺しにしたのだ。そんなこと、スパイをやる奴ができると思うか?いくらなんでも、任務のために一族まるごと手にかけるような奴はいないだろう」

「それは……」

「しかも、驚くべきことにそいつを連れてきたのはカナなんだ」

「は?あのカナが?あんなにパトラと仲が良かったのに?」

「ちょっとしたら、いろいろあったみたいだし、もうパトラには愛想をつかせたのかもな」

 

 とんでもない奴がイ・ウーにやってくる。

 ジャンヌから初めて話を聞いたときはそう思ったのだが、実際に会ってみたら印象が全然違ったのだ。

 そこにいたのは、パトラのように野心にあふれた奴なんかではなかったのだ。

 それどころか完全にやる気をなくしたような、抜け殻のような人間だったのだ。

 復讐を終えてやることがなくなったからなのだろうか。

 どちらにせよ、あたしにとって気にくわない人間であることには変わらなかった。

 

―――――――どうして、お前みたいのが強いんだ。

 

 イ・ウーはこの世の天国じゃないか。望みがあるなら何でも叶えればいい。

 どんなことだって、ここならできる。夢物語なんかじゃない。

 一度気になって聞いてみたことがある。お前は一体何がしたいんだ。

 

「イ・ウーでの望み?そんなもの、私にはないわよ」

「そんなわけない。今はなかったとしても、お前ならやろうと思えばなんでもできるはずだ。なんでも叶えられる。お金だって、権力だって、地位だって思いのままだ」

「あなた、そんなものが欲しいの?」

 

 皮肉でもなんでもなく、純粋な疑問として投げかけられたこの言葉は、どうしてかあたしの耳に刺さった。果たして、あたしが欲しいものとは一体何だったのだろうか。

 

        

             ●

 

 

(……どこよ……一体どこに最後の魔臓があるのッ!?)

 

 アリアがブラドの攻撃をなんとか回避しつつも、必死にブラドを観察してブラドの身体についてあるとされる紋章を探していた。紅鳴館での仕事の休息時間にキンジから聞いた話によると、ブラドを倒すには身体のどこかにある四か所の紋章を同時に破壊しなければならないらしい。もしタイミングを少しでも間違えると、魔臓は一瞬で修復されてしまうらしい。ふざけんなと言いたいが、その話はおそらく真実だろう。

 

 そうじゃなければ直枝理樹に魔臓を一つつぶされたとき、すぐさま理子もろとも理樹を殺そうとはしなかっただろう。

 

 ブラドの攻撃は、人間と比較して一回りも二回りも大きい体によるもの。人間を相手にするのに、ブラドはわざわざ武器なんて使う必要はない。爪で相手を切り裂くこともできるし、一度つかめば握りしめることだって簡単なのだ。

 

 つまり、ブラド相手に一撃でもくらったら人間は負けてしまう。

 

 今アリアは武器を二丁拳銃ではなく二本の小太刀を使用している。魔臓をつぶすときのために銃弾は温存しておきたいという理由でもあったし、何よりブラドの攻撃を捌くためには銃よりも剣の方が簡単だということもあった。

 

(……コイツッ!?焦っている?)

 

 ただ、どういうわけかアリアにはブラドの攻撃は単調なものに思えてきた。

 何度もアリアを爪で引き裂こうとしてきていが、それだけだ。

 銃弾をもろともしない耐久力がある以上、ブラドの性格ならいたぶるようにして追い詰めていくタイプだと思うのに、どうにも勝負を急いでいるように感じる。

 

「ハンッ!さっき魔臓一個ぶっとばされたのがよほどきたようね!」

「抜けせガキッ!!」

 

 魔臓を四個同時に破壊しなければならない。アリアにとっても確かにこの条件は厳しいと思う。人間の手は二本しかないのだ。息の合った仲間がいても、四つ同時となると難易度が高いことは変わらない。

 

 だが、三つ同時なら?

 同時破壊対象が一つ減るだけで、難易度は大きく下がる。

 ジャグリングみたいなものだ。一個一個の破壊は難しくても、同時に作業しなければならないから難しくなる。

 もし理樹が現時点で判明している魔臓の紋章に触れるだけで、ブラドは残り一か所の魔臓を銃で撃たれた時点で絶対的アドバンテージを失ってしまうのだ。

 すぐに直枝理樹を始末しようとするのも分かる気がする。

 今理樹は理子についてやっている。

 戦力として惜しい気もするが、今の理子には安心できる仲間が必要だ。直枝にはそこまで期待できない。

 なんとかあたしとキンジの二人だけでも倒してみせると、アリアはそう思っていた時だった。

 

 パァン!!という銃声が響き渡った。

 

 キンジの援護かと思ったが、実際は違った。

 

「直枝!」

 

 理樹が戻ってきたのだ。それも、理子と一緒にだ。理子は右手にコンバット・マグナムを持っている。

 理樹のルームメイトであるキンジには、あの銃の本来の持ち主は理子ではなく理樹であることがすぐにわかった。理子の愛銃であるワルサーP99は先ほど狼たちに捨てられた。理樹の銃を理子が用いることで、理樹は銃という武器を捨てたも同然なわけだが、今はそれでも問題はなかった。

 

「……四世。一体なんのつもりだ」

「あたしは四世じゃない。あたしの名前は理子だ!お母さまがつけてくれた、とっても可愛らしい名前があたしにはあるんだッ!」

「ふん。震えているぞ。四世」

 

 ブラドを前に、コンバット・マグナムを向けたまま理子は叫んだ。

 ブラドと戦う。そう決めたとしても、理子の中にあるブラドに対する恐怖が消えたわけじゃない。

 今だって逃げ出したい。何もかもを放り出して、ここから早く立ち去りたい。

 その結果、一生ブラドから逃げ回ることになろうとも、一刻も早くこの恐怖から解放されたい。

 本当はそう思っているのだろうと、理子は自分自身そう思っている。

 一人ならきっと、すぐにも逃げ出していただろう。だけど、

 

(……あったかい)

 

 理子は銃を持っているのは右手だけ。空いている左手で理子は力の限り理樹の右手を握りしめていた。

 雨が降っていて体が冷えてきたこともあるだろうが、今は何かあたたかなものを握っていたい。

 理樹の右手は、とても暖かかったのだ。

 そういえば、誰かとこうして最後に手をつないだのは一体いつのことだっただろうか。

 誰かの温もりというものを感じたのは、一体いつのことだっただろうか。

 

「アリア。キンジ。協力して。あたしが最後の魔臓をやる。二人は残り二つを頼む」

 

 勝負は一瞬で決まる。

 

 

 

        ●

  

 

 (勝負は一瞬だ)

 

 そのように考えていたのは理子だけではなかった。

 理子がそう思っていた頃とほぼ同時、葉留佳も同じ思考に行きついていた。

 三枝葉留佳と三枝葉平(ようへい)

 葉留佳の『空間転移(テレポート)』により、理子たちのいる横浜ランドマークタワーの屋上から転移した二人がいるのは、近くにはあるもののまた別のビルの屋上であった。建物自体が違うため、他人に邪魔もされないが援護もされない。そんな場所に二人は居る。

 

 だが、そもそも二人の三枝一族の戦いは元々長引くものではない。

 空間転移と高速移動。

 方法にこそ違いはあれど、同じくテレポートと呼ばれる高速戦闘に身体がついていく三枝一族は確かに強い。戦闘においてのみならば2000年の歴史を誇る星伽神社の武装巫女ですら歯が立たないだろう。事実、白雪は三枝一族の超能力者を恐れていた。

 

 だが彼らは欠点として、できるのはあくまでテレポートだけだということがある。

 

 長い歴史の中で魔術を研究し、受け継いで行く過程で身体がそれに適したものへと変化していった星伽巫女たちとは違い、三枝一族の超能力は突然変異によるものだ。一族内でしきたりを決め、重婚を繰り返した結果偶然発生したものであるため、魔術に関して研究してきたわけではないのだ。そのためテレポートの超能力の継承条件がはっきりとせず、いつ超能力者(ステルス)が生まれてこなくなっても不思議でもないというあいまいなものでもある。彼らはあくまで超能力者であり、魔術師というわけではないのだ。

 

 もちろん体質的には魔術が使えないというわけではない。

 もともと魔術は才能なき者たちのための技術。

 理樹のような異例を除けば、誰だって使えるはずの技術。

 

 だが、三枝一族には魔術を学ぼうとするものは今までいなかった。

 理由は簡単だ。

 三枝一族の持つ異能の力はあくまで超能力であるため、発動が魔術よりも早いのだ。

 努力して魔術を学ぶまでもなく、超能力だけでも十分すぎるほど戦える。

 あくまで超能力であるため、科学兵器と簡単に併用できる。

 

 相手が銃を向けてくることには背後に回ることができるし、車で逃げ出されても平気で追いつける。

 銃弾だって、発砲されてから回避しても間に合う速さを見せるのだ。

 魔術になんて頼るまでもないのだ。

 

 ブラドのような耐久力をもつ吸血鬼とは違い、三枝一族はただ速度のみを極めた一族であるといえるだろう。

 それ以外は普通の人間と変わらない。銃弾で撃たれても、刀で切られても死んでしまう。

 耐久力という点に関しては、他の人間と何も変わらない。

 

 だから、葉留佳と葉平の戦いはどちらが先に攻撃を叩きこむかにかかっているともいえた。

三枝一族を相手にするに至り、テレポートという超能力の性質上、手心を加えたら逆にやられるのはわかりきっていることである。葉留佳自身頭に血がのぼりきっていることを無視したとしても、葉留佳は一切の容赦をするつもりなどなかった。葉平という三枝一族の親族に聞きたいことがあるのもまた事実であるが、話を聞くより先に叩きのめす方が先であった。殺す気で挑んで、相手が生きていたら儲けもんだというくらいの気持ちでいかないと、一瞬の躊躇のうちにやられてしまうだろう。

 

「ええい。いい加減うっとうしいな。何度も何度も直前で勝手に跳びやがって」

 

 葉留佳も葉平も、相手をさっさと叩き潰す気でいるのは変わらない。

 それでも、二人はいまだ互いに決定打を与えられないでいた。

 葉平の高速移動(テレポート)は銃弾にも迫る勢いで移動できるもの。

 一瞬でも目を離した瞬間に勝負を決められるものであるが、彼が葉留佳に迫るたびに葉留佳の空間転移(テレポート)が彼女を逃がし続けていた。それに、葉留佳の手にしている武器にも問題がある。

 

 葉留佳が愛用しているのは二本のヌンチュク。

 葉留佳の超能力は自分自身をどこかに飛ばすことをメインとしているため、下手に刃を持つのはあくまで一般中学出身である葉留佳には危なくてとてもじゃないが使えたものではないのだ。

 

 武偵は人を殺してはならない。

 武偵としての不慮の事故による殺人を恐れたのではなく、自分自身を簡単に傷つけかねないものであるのだ。

 

『なんでヌンチャクなんですカ?』

『葉留佳くんがハチョー!ワチャー!とか言いながらヌンチャクを振り回すのが結構様になると思ったからだ』

『え、そ、そんな理由で選んだんですカ!?』

 

 武器を選んだ来ヶ谷唯湖はそんな適当に印象で決めたみたいなことをかつては言っていたが、実際のところ葉留佳には合っていた。空間転移(テレポート)ができる以上、戦闘においては防御よりも回避に重点を置いた方が強いことは確かなのだ。そしてヌンチャクは振り回している限り、何もしなくても攻撃的な盾として機能する。

葉平が急接近による攻撃をためらう程度には効果があった。ただ、

 

(……いい加減に勝負を決めないと、このままじゃジリ根だッ)

 

 このままでは負ける。葉留佳はそう悟っていた。

 葉留佳が葉平の銃弾にも迫る『高速移動(テレポート)』に対応できているのは、葉留佳の緋色に染まった左目と、その周辺に浮かんでいる紫色の紋章の力によるものだろう。原理は全く分からないが、今の葉留佳が葉平の『高速移動(テレポート)』を認識すると同時、葉留佳自身の意志とは全く関係なく『空間転移(テレポート)』が起動して別の場所に彼女を逃がしているのだ。今はこうして対応できていても、そのうち反応が遅れて致命傷を受けると葉留佳は分かっていたのだ。

 

 空間を一瞬で飛び越える『空間転移(テレポート)』は、一瞬で見ている景色を変えてしまう。

 単発ならともかく、何回も使用すると酔ってしまうのだ。

 昔なんとか慣れるための訓練をしたものの、いずれは身体に影響を及ぼしてくる。

 そうなる前に勝負を決める必要が葉留佳にはあったのだ。

 

(何が起こっているのかなんて全く分からないけど、私のテレポートが勝手に発動してくるなら、いっそのこと利用してやるッ!!)

 

 今の葉留佳は自分の超能力に振り回されている状態であるが、要領としては緊急テレポートと変わらないことに気づく。発動に関して全く自分の意志なんて関係なかったが、何度も跳んでいるうちに転移先ぐらいは自分で決めれるようになってきた。ゆえに、葉留佳は葉平が『高速移動(テレポート)』により迫ってきたとき、一歩前に出ることを選択する。

 

「――――――ぐッ!?」

 

 今まで超能力でギリギリで回避していたのを、自分から一歩距離を詰めるようなことをしたのだ。

 当然銃弾の如く飛び込んできた葉平の拳を頬でうけることになってしまったが、葉留佳はそれを覚悟したうえでの行動であった。

 

(……タイミングがあったッ!)

 

 葉留佳の『空間転移(テレポート)』は自分自身を空間を飛び越えて転移させるものではない。

厳密には、身体に触れているものを跳ばすものだ。

 理樹の右手のように、身体の一部分を限定しているものでもないのだ。

 身体のどこであろうと触れてさえいれば、たとえ殴られていようが転移できる。

 一から準備していたらタイミングなんか合わないものの、勝手に発動するなら経験でタイミングを何とかつかむことができた。

 

空間(テレ)転移(ポート)ッ!!)

 

 葉平を跳ばした先は、力の及ぶ限り遠く。それだけなら何の意味もないだろう。

 ただし、上空に向かってということでなければだ。

 

(あいつのテレポートでは上空では身動きが取れない。これで決めてやるッ!!)

 

 屋上の地面から上空30メートルはあるであろうところから葉平は落下してくるが、彼の超能力では何もできない。重力に従ったまま、どんどん加速して落ちていく。このまま叩き落されたら葉平は間違いなく命を落とすだろうが、葉留佳は助けるつもりなど微塵もない。そればかりか、ダメ押しの一撃を叩きこむためにヌンチャクをくるくると回し始めた。

 

 勝負を決めようとしているのは葉留佳だけではなく、ブラドと対峙している理子もそうであった。

 理子は理樹のカウントダウンの元、ブラドに残っている三つの魔臓を同時に撃ち抜こうとしていた。

 理樹に魔臓に一つを完全に破壊されたブラドは、残りの魔臓もほかの三人によって完全にロックされている。一つはアリアが。もう一つはキンジが。そして、最後のいまだ判明していない魔臓は理子によって標的とされている。

 

「ブラド。お前はあたしをいつもいつも馬鹿にして、いつも嘲笑していた。だからあたしは知ってるんだ」

「……なんだと?」

「お前の最後の魔臓の位置をあたしは知っているッ!お前が負けるのは、あたしを見くびっていたせいだッ!」

 

 そして。

 かつて、超能力を持たずに生まれてきたことから疫病神の烙印を押された少女は。

 かつて、優秀な遺伝子を受け継いでいなかったことから欠陥品などと呼ばれた少女は。

 

「わたしは―――――――」

「あたしは―――――――」

 

「「役立たずなんかじゃないッ!!」」

 

 葉留佳は落下してくる葉平の背後に転移して渾身の一撃を後ろから頭部に叩き込み、理子はアリアたちと一緒に三つの魔臓に同時に銃弾を浴びせた。

 

 

 

 

 

         ●

 

 

 

 

(……はぁ……はぁ。やった)

 

 頭部を血で真っ赤に染めたまま倒れた三枝一族の親族の男を葉留佳は見落とした。

 見てる限り、頭骸骨を叩き割った結果なのかもしれない。

 自分はこいつを殺したのだ。

 そのことを悟り、葉留佳は握りしめていたヌンチャクを地面に落としてしまった。

 自分が殺人者になってことに吐き気がしてくると同時、これで最愛の姉の敵を一人始末できたことに喜んでいる自分がいることに気が付いた。そして気が抜けてしまったのか、『空間転移(テレポート)』を短期間で乱発したことによる酔いが葉留佳の全身に回ってきた。気分が悪くなり吐きそうになりながらも、葉留佳は倒れた親族の男を冷たい目で見下したままである。

 

「……おい。お前たちは一体何なんだよ。お前たちは一体何をやっていたんだよ。お前は私のことを疫病神だと言った。私が一体何をしたというんだ」

 

 葉留佳が語り掛けるも、当然返答など返ってこない。

 

「お前たちは、私の佳奈多に一体何をしたんだよッ!」

 

 すでに致死量の血を流している人間を見下ろしながら、葉留佳は叫んだ。

 そこには殺した相手への懺悔なんて含まれていない。

 今までの恨みつらみが、葉留佳からはどんどんと出てきた。

 それは理子も同じことか。

 理子も今まで自分の人生を狂わせてきた相手が倒れている姿を見て、怒りがあふれて仕方がない。

 

「……お前さえいなければ、あたしはこんな風にはならなかった。お母さまもお父様もある日帰ってこなかったけど、それでも自分が役立たずだんて思わずに済んだんだ。友達だってたくさん作って、心の底から笑っていられたかもしれない。イ・ウーになんて関わらず、全うに生きていくことができたかもしれない」

 

 あふれる言葉はたくさんあれど、いつまでもそうしてはいられない。

 葉留佳はとりあえず理子たちの加勢にいかないとと思っていたし、理子だって葉留佳のことを心配し始めてた時のことだった。

 

「―――――――――勝ったと」

 

 その時、名前も知らないビルの屋上にいる葉留佳は自分が殺したと思った親族の男の声を聞き、

 

「――――――――――そう、思ったか?」

 

 横浜ランドマークタワーの屋上にいる理子は自分の人生を狂わせた吸血鬼が立ち上がるのを見てしまった。

 殺したと思い、完全に油断していた葉留佳は一瞬の動揺で身体が固まってしまう。

 三枝一族を前にするなら、その一瞬が命取りだった。

 

「確かお前のその緋色の瞳は、超能力テレポートでなければ反応しなかったな?」

 

 葉留佳はろくに反応することもできず、すぐそこまで背後に迫っていた葉平に背後から頭を掴まれて、

 

「お返しだよ」

 

 そのまま葉留佳は顔を地面に叩き付けられた。

 

「ガハァ!?」

 

 早く立ち上がり、体制を立て直さなければいけない。そう頭ではわかっているのに、葉留佳の意識が痛みで朦朧として、立ち上がることができなかった。それでもなんとか振り返り、敵の姿を瞳に焼き付けようとする。

 

「なッ!?」

 

 その時に葉留佳が見た葉平の姿に、彼女は驚きを隠せないでいた。

 葉平の顔面は血で濡れているものの、傷なんて一つもなかったのだ。

 傷が一つもなかったのはブラドも同じ。

 三つの魔臓に同時に銃弾を浴びせたのにも関わらず、ブラドは平然と立ち上がったのだ。

 呆然とする理子をあざ笑うかのように、ギャハハハという下品な笑い声が響いた。

 

「どうして……どうしてッ!?同時に三つの魔臓を破壊したのにッ!?」

 

 ブラドが平然としている。そのことを理解した瞬間の理子の取り乱し様は見ていられないほどであった。

 昔の恐怖が蘇ってきたのか、はた目から見ても分かるほどに理子は震えていた。

 

「まさか、あたしの知っている魔臓の位置が間違っていたの!?」

「いいや。お前は正しい位置に気づいていた。そして、お前が今縋りついている女装に魔臓を一個破壊されたというのも嘘じゃない」

「じゃあ、いったいどうしてッ!」

「簡単な話さ。魔臓を破壊できなかった。それだけだ」

 

 なんてことなく言われた言葉が、理子は理解できなかった。

 タイミングは完璧だった。誰かが銃弾を外したわけでもない。

 じゃあ、どうして破壊できなかったというのか。

 

「四世。まさかお前、俺様の力がこんなものだと思っているわけじゃないよなぁ。魔臓を四つ同時に破壊しなきゃいけない?あんなものは弱点を克服するために作り出したもので、吸血鬼本来の力じゃないんだよ」

「……本来の力、ですって」

 

 絶句している理子に代わり、アリアが銃を向けたままブラドに尋ねる。

 

「せっかくだから教えてやろう。小夜鳴のような人間の状態が第一形態。人間社会に溶け込んでみた場合の姿だ。そして、今の身体が鬼のように膨れ上がる姿が第二形態。これは吸血鬼としての弱点を魔臓によって克服した時の姿。そして今から見せるのが、第二形態のまま吸血鬼として俺の本来の力を現した姿」

 

 すなわち、

 

「第三形態だッ!」

 

 ピキピキと、何かが固まるような音がして、ブラドの真っ黒い表面肌が銀色に代わる。

 その姿は、全身に鎧を着こんだようにすら見えるものであった。

 

「そう――――――これこそが俺の真の力。自分の身体の硬度を、鉄をも砕く鎧へと変える鎧の吸血鬼。なぁ、どうだ?」

 

 ブラドは理子の前に見せつけるようにして、大きな口から舌を見せる。

 そこにはキンジとアリアが先ほどまで必死に探していた三つ目の魔臓があった。

 キンジは試しにブラドの舌に書かれた紋章に向かって銃弾を放つ。

 

 だが、キンジのベレッタによる銃弾は、金属音を響かせてブラドに舌に弾けれてしまった。

 

「鎧の強度って言っただろう?お前らがそんなおもちゃをいくら使ったところで、俺の鎧の皮膚を撃ち抜くことなんてできないんだよ」

「そ、そんな……そんなのどうやって戦えっていうの?」

「ハハハ!いい、いいぞ四世!そうだ、それだよ。その表情こそ人間が見せる一番いい顔だよ」

 

 ブラドを倒すには三つの魔臓を同時に撃ち抜かなければならない。

 だが、第三形態のブラドには、銃弾なんて通さない。

 もう、理子にはどうすることもできなかった。それが分かり、彼女は身体の震えが止まらなかった。

 もともと過去の恐怖に耐えながらも振り絞ったなけなしの勇気で理子はこの場にいたのだ。

 それが今ので完全に砕かれてしまった。

 

 理子は必死に理樹の右手を握りしめるも、どういうわけか体温が感じられなくなってきたようにすら思えてくる。

 そんなはずは決してないはずなのに。

 さっきまで感じていたはずの人の温もりなんて感じられなかった。

 

下等種(にんげん)どもよ、これが絶望だ」

 

 






ターンエンド。

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