Scarlet Busters!   作:Sepia

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Mission10 病室の二人

 

 

遠山キンジは病院に訪れていた。この病院は普通の病院ではない。東京武偵高の衛生科が所有する病院だった。この病院では今大忙しのようで、今だって衛生科(メディカ)の武偵たちの声が病院内に響き渡っている。

 

『おい、怪我人の手当てはこれで全部終わったか!?』

『気絶していた奴が目を覚ましたぞ!すぐに来てくれ!!』

 

 バスジャックの際、バス内にいた強襲科(アサルト)の人達が反撃に出たが、セグウェイにのせられていた熱反応式の銃に撃たれた者が多数いたからだ。これでも被害はまだ小さかった方になる。キンジたちが駆け付けるのが遅れたら、どうなっていたか分からない。

 

とは言え、

 

(……俺は何も出来なかったんだな)

 

 所詮はただのEランクだと思い知らされた。

 あの場で俺が出来たことなど何があっただろうか?

 

 事実、キンジはアリアに怪我を負わせてしまった。

 今病院にキンジがいるのも、彼の力のなさが招いた結果なのだろう。

 無力をかみしめるものの、彼にだって弁明がないわけではない。

 

(でも、手を抜いたわけじゃないんだ)

 

 手を抜いたわけじゃない。それだけは確かなのだ。本気でやった。実力が出せなかったわけじゃない。事実、キンジは探偵科(インケスタ)鑑識科(レピア)が徹夜で調査してくれた資料を手にアリアの病室に向かう。 すると、その途中である人に会った。

 

 

「……来ヶ谷か」

 

 何も出来なかったどこかの無力な少年とは違い、バスジャックから多くの人を救った立役者に出会った。来ヶ谷はキンジを一瞥したが、元々キンジと来ヶ谷の間にこれといった接点があるわけではなかった。彼女からは何も聞いてはこなかったので、キンジの方から口を開いた。

 

「直枝は?」

「理樹くんなら武藤少年に真人少年と二人して謝りに行ってるよ。勝手に車動かしてゴメンと」

 

 実際の所、武藤の車を勝手に拝借したのは来ヶ谷であって理樹ではない。真人に至っては全く関係の無いことでもある。世の中の公安委員の中には勝手にやるだけやってなんのフォローも入れない輩も存在する。謝りに行くあたり、彼らの人のよさが出ているといえるだろう。

 

「で、どんな感じだった? アリアくんとの作戦は?」

「やってられない」

 

 素直に言ってやった。

 来ヶ谷唯湖はアリアの昔馴染みの友人だという。彼女の友人を侮辱するような発言を今からすると自覚しながらも、それでもキンジは止めなかった。

 

「セオリーの無視もいいとこだ。あいつは自分のことしか考えてない」

 

 ひょっとしたら、これは何もできなかった自分に対する嫌気がアリアへの八つ当たりとして出てきたのかもしれない。対して来ヶ谷唯湖はキンジに対して昔馴染みを怪我させたことに対して文句を言うわけでも、アリアを擁護する言葉を口にするわけでも無かった。

 

 ただ。

 

 そうかい、と口にしただけだった。

 

 

「……お前は何か俺に言いたい事があるんじゃないか?」

「何も無いさ」

 

 来ヶ谷は即答した。

 

「私とアリアくんの関係は知らないだろうから説明しておく。私たちは実力的にチームを組めないわけじゃないんだ。イギリスにいた時は仲が悪いわけではなかったしな。私もアリア君も、当時は友達が少なかったし割と気が合ったよ」

 

 アリアが独唱曲(アリア)である所以は、アリアの持つ実力についていける人間がいないことである。その大前提がないと、来ヶ谷は言ったのだ。

 

「けど、イギリスでは考え方が違うゆえに私が彼女とチームを組むことは無かった。組んだとしても、のちに方針の違いからの破局は免れなっただろうな。私はイギリスにいた頃も、自分で身体を動かすよりは影で悪だくみでもしている方が好きだったタイプだしな」

「何が言いたい?言いたいことがあるなら直接はっきりと言え」

「私から言いたいことは何もない。けど、聞かせてやりたいことはある。昨日アリア君

が私のとこにあれから訪ねてきてな」

 

  

『ねぇ、リズ!聞いて!』

 

 なんだ。

 

『あたし、ようやくパートナーが見つかったかもしれないの!』

 

 そうなのか?

 

『あたしとキンジが組めば、どんな難事件だって解決出来るわっ!』

 

 そうか、それはよかったな。

 

『まだ乗り気じゃないみたいけど、リズと違ってやる気を出してくれそう!』

 

 それは私がやる気無しということか?まぁ何はともあれよかったな、アリア君。

 

『うん!』

 

 

「久しぶりだったんだ。アリア君のあんな顔を見たのは。君の事情は知らない。アリア君の意見なんて君からしたらやっがいごとの迷惑でしかないのかも知れない。それでも、彼女は喜んでいたんだ」

「―――――――――――俺には関係ないっ!」

 

 反射的に叫ぶキンジに対し、来ヶ谷は驚くこともなにもせず、

 

「じゃあな。私は忙しいので」

 

 来ヶ谷は去っていくと同時、キンジもアリアのいる病室へと向かい歩き出した。キンジは無言で歩いてはものの、アリアが今何を考えているのだろうかとかそんなことを考えてしまっていた。衛生学部(メディカ)の生徒、神北小毬からキンジはアリアの容態は予め聞いている。

 

『アリアの容態はどうなんだ?』

『うーんと、まず命には別状はないんだけどね。えっと……』

『頼む、はっきりと言ってくれ』

『おでこに傷跡が残りそうなの』

『……そうか』

 

 かつてキンジは猫探しの依頼をアリアと共に行った。

 その際アリアは自身のでこを自慢の一つとか言っていた。

 一生治らない傷をつけてしまった。

 

 ――――――――俺はアリアとなんて話せばいいんだろう。

 

 考えても考えても分からない。それでも行かなければいけない。

 それがキンジの義務だ。

 

「――――――――どうぞ」

 

 ノックして病室に入る。ぱっと見では神北が言っていた傷跡がよく分からなかったが、アリアの髪型が変わってることに気づく。どうしても気づいてしまう。おそらくは傷跡を隠すようにした髪型にしたのだろう。

 

 髪型のことを話題に出すことはできなかった。無言を貫くアリアに対してキンジの口から出てきたのは今回の事件の結末といった事務的なことだけ。そして、アリアにバスジャック事件のレポートを渡すと、

 

「そう」

 

 アリアは一瞥もせず、そのまま個室に付いているごみ箱に入れた。

 

「お前っ! 仲間の努力を!」

「事件は終わったの。こんなのもう必要ないじゃない。どうせ犯人は分からないとしか書いてないんだから」

「ッ!」

 

 キンジはアリアに対し引け目がある。アリアを怪我したのは自分のせいだから。俺がしっかりしてればアリアは無傷で済んだかもしれないから。そう思う気持ちは確かに存在している。けど、これだけは思った。

 

『この女とはやっていけない』

 

 あの来ヶ谷とかいう女も、性格の不一致で無理だったのだろう。アリアが独奏曲なのは、こいつの性格に他ならないはずだ。これでお別れとなるだろう。だから、最後にアドバイスをしておくことにする。

 

「お前、もっと気楽にしたほうがいいぞ」

 

 いうことは言った。

 もうキンジは部屋から出て行こうとして、

 

「――――――なによ」

 

 弱々しい声を聞いた。怒っているような声を聞いた。失望したかのような声を聞いた。

 

「あたしはあんたを信じてたのに!」

 

 アリアは普段から遠慮というものをしなかった。常識外れだった。だから今も全力でぶつかってくる。

 

「現場に連れていけば、またあの時みたいに実力を見せてくれると思ったのに!」

 

 その一言はキンジには禁句だった。

 バスジャックで所詮はEランクだと認識させられ、ありもしない実力に期待されたキンジには。

 キンジには最初から分かっていたのだ。

 もし、自分にそんなスーパーヒーローみたいな力が備わっているのならどんなによかったことか。

 

「何度も言ってるだろっ!俺にそんな実力はない!」

「嘘よ!」

 

 二人は互いに譲らない。譲りはしない。

 

「あんたには才能がある! どうしてそれを使わないの!?」

「仮に才能があったとしても、そんなものは俺には必要ない!俺は武偵を辞めるんだ!!」

 

 武偵を止める。この事実を知ってるやつはほとんどいない。ルームメイトの直枝と井ノ原には気づかれてるし、幼なじみの白雪には言ってある。けど、感情を剥き出しにしてこの事実を言うのは初めてだ。

 

「何よ! 武偵をやめるって! どうせあんたが武偵を止める理由なんて、私が戦う理由に比べたらたいしたことないくせにっ!!」

「――――――ッ!?」

 

 気づいたらキンジはアリアに詰め寄っていた。

 初めてみせる、キンジの鋭い眼光にさしものアリアも何よと怯む。

 そして、キンジは理解してしまう。したくなかったのに。

 

(……ああ。こいつと俺は似ているんだな)

 

 俺は今、誰にも見られたくない嫌な顔をしているのだろう。

 俺はなんて情けないのだろう。

 俺とこいつはそれぞれ過去にあったことに縛られてるんだ。

 俺はひたすら後ろ向きに。

 アリアなひたすら前向きに。

 

 後ろ向きの少年は、前向きの少女を直視できない。彼女はとても眩しくて。

 だからキンジは逃げるように、

 

「とにかく、これでお前とのパートナーも解消だ。事件を一件、解決した」

 

 すると、彼女はもう突っ掛かっては来なかった。

 ただ、こう言うだけだった。

 

「――――あたしの探してた人は、あんたじゃなかったんだわ」

 

 キンジにはなぜだから本当になぜだか分からないが、アリアの一言は心に響いた。

 どうしても、忘れることができなった。

 

 

 

          ●

 

 

 武偵高は殺人未遂程度なら軽く流されてしまうある意味では問題のある学校だ。しかし、それは殺人未遂が武偵高では日常茶飯事だからだ。だが、バスジャックみたいなものに対しては、

 

『くそ!バスジャックの犯人の手がかりすら掴めないのかよっ!!』

『探偵科と鑑識科が徹夜で調査してくれたのによっ』

『仲間がやられたのに俺達は何も出来ないのか!?』

 

 反応はスルーではない。仲間のように心配する。

 武偵高の雰囲気がいつもとは一変する中、無言で書類をまとめている少女がいた。

 

「これでとりあえずは終ったか」

 

 第三放送室という自室で書類をまとめたのは来ヶ谷唯湖という少女。

 彼女は放送委員、しかも委員長ということもあり、国に提出する書類を書いていた。

 ここでいう国、というのは二本のことではなくイギリスのことだ。

 もともとアリアはイギリス公安局でのエリートだったため、こういうことがあったという事実を彼らは求めているのだ。

 

(……ま、普段仕事を休ませてもらってる分こんなものは安いものかな)

 

 武偵は基本金で動く。

 しかし、今回のバスジャックのような金の絡まない事件や、なんらかの不祥事が発覚した場合、書類をまとめて提出しなければならない。マスコミと同様に情報を武器にして渡り歩く。武偵社会の闇を追及を暴く。それが放送委員会だ。そして、来ヶ谷が数少ない『委員長』の資格を持っているのは、日本とイギリスの国家機密を知っているからでもある。気分直しとしてコーヒーでも飲もうとした来ヶ谷は来客に気がついた。

 

「―――どいつもこいつも怒り狂っちゃって。普段は死ね死ね言ってるくせして勝手なものだと思いませんか」

 

 その人は、同じく書類をまとめた人物だった。

 提出先こそ違えても、来ヶ谷と同じような立場にある人間だ。

 

「やぁ、佳奈多君」

 

 二木佳奈多。

 委員会連合所属の風紀委員長。立場的には来ヶ谷の近い立ち位置の存在である。

 

「私のほうは終わりましたから」

「そうか」

 

 バスジャックは東京武偵局などの国の機関が対処するべき問題である。

 なら、学生が解決した以上、ある程度は武偵局と関わりがある風紀委員の学生が書類を書くのも無理はない。むしろ義務といっても仕方がない。

 

「『仲間が仲間が』って騒がしいですね。これ、犯人がその大切な『仲間』とやらならどうするのかしらね」

「二木女史。それは照れ隠しだ。いわゆる『ツンデレ』というやつだ」

「私にはよく分かりませんが、間違いなく狂ってますね」

「全くだ」

 

 いつもと変わらぬ無愛想な反応に放送の委員長ははつい笑いそうになった。

 

「どうかしました?」

「佳奈多くんは相変わらずで安心したよ。バスジャックなんてあってもいつもと変わらないのだな。感情に身を任せて行動する人間は人間としては百点満点でも、責任ある立場だと一概にはそうとはいえない。二木女史は相変わらずでなによりだ」

「文句でもおありですか?私もあの辺の連中みたいに怒りを表せと?」

「まさか。かくいう私だって『武偵殺し』に対して怒っているように見えるか?」

「見えないです。もし本気で怒っているのなら、今頃あなたは私につかみかかっているでしょう。それだけの理由があるとは思いますよ。でも、あなたはそれどころか面白いものを見つけた子供のような顔をしているじゃないですか」

「ああ、これから面白そうなことが起きそうなんだ」

「なにかありました?」

 

 ああ、と来ヶ谷は頷く。

 

「様々な思いが交差して、あの二人に変化が起きそうだ。それもとても大きな」

 

 彼女とて昔馴染みの友人のことが気にならないわけはない。少しくらいは気にかける。けど、助けてやろうとは思わない。そんな資格があるとも思わないし、何より彼女自身にそんなつもりは毛頭ないつもりだ。 佳奈多にはよく分からなかったし、理解するつもりも毛頭ないけれど、同僚の委員長に対しこう言った。

 

「あなたが何を思っているかよくわかりませんし、正直私には関係なさそうなので気にもなりません。私は他人に興味がないからこう思います。けど、興味あるものに対しては、無視は出来ないみたいですね」

「君にだって分かってるじゃないか」

 

 ええ、と風紀委員長は返事をし、

 

「私にとってあの辺の連中のことなんかどうでもいい。だから来ヶ谷さんが何をしたいかなんて私には今一つわかりませんけど、あなたが興味がある、つまり、気にしてるってことくらいは分かりますよ」

 

 バレたか、とハッハッハと放送委員長は笑っていた。

 風紀委員長はそんな彼女の優しさに対し、やれやれと静かで優しいため息をついていた。

 

「それで、今日は一体どうしてきたんだ?」

「私の立場はご存知でしょう?私がここに来たのは、あなたに対しての義理立てのためです」

「わざわざそんなことをしなくてもいいんだぞ」

「そういうなら帰ります」

「……君も面倒くさい立場にいる人間だな」

「そうです。どうしてこうなってしまったのか、自分でも思いますよ。もっとも、人生をやり直すことができたとして、どこで間違えたのかもよく分かってはいないのですが」

 

 




風紀委員長、二木佳奈多登場!!
風紀委員という役職をなんとか付けたいと思ったら、こういう形での登場となりました!
彼女の活躍は、また今度のお楽しみに!

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