【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】   作:みりん@はーめるん

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―Ⅱと二と7で奏でる輪舞曲 3―

「だーかーらー、こうよ、こう」

「同じようにしているよ。だけど……」

「ちょっと違うんだってば、筆の持ち方をして、そこに挿すだけでも大体できるのに」

「日本の筆なんて持ったことないよ。ペンと同じ持ち方でやってるんだけど、霊夢は違うって言ってくるし」

「ちゃんと持ってれば先っぽが交差したりしないわよ。それと、上の箸だけ動かすようにするの」

 

 夕食が並ぶ卓を挟み、霊夢とドッピオは箸の持ち方について言い争っている。

 事の発端としては、ドッピオが『箸を使えないからスプーンなどはないか』と発したことである。

 

「まったく、外の人っていうのは箸を使わないのかなぁ。それとも箸自体がもう外にないの?」

「アジア圏で使われてるものだから、僕たちが使い慣れてないだけだよ。……もうさ、ご飯も冷めちゃうし、少しくらい変でもいいだろう?」

「別にかまわないんだけど、見ててイライラするのよ。そんなたどたどしく使われちゃあさ」

 

 初めは『うちにはお玉くらいしかないからそれ使いなさいよ』と言われ、不恰好ながらも使っていた。

 だが、何度も食事をとりこぼし、床に落ちた物を手で取っている内に、霊夢が『そんなにこぼしちゃあもったいないでしょ!』と怒り出した。

 それから、10分ほどこうしてやり取りを続けているわけである。

 

「何度も言うけどね、食べ物一つ一つに神様やらお百姓さんやらの心が詰まってるのよ? それを無視している行為は私の前ではさせたくないもの」

「ならさ、ほら、あれで出してくれれば。おにぎりみたいにさ」

「怠けない!!」

「あ、うん。ごめん」

 

 何度も指摘はされているのだが今まで使い慣れていない物を急に使いこなすのは難しい。

 それ故にドッピオは何度も失敗してその度に暗にそのことを伝えようとしているのだが、それが霊夢には全く伝わらない。

 ……そもそも霊夢は『なんとなくで何でもできてしまう天才』だからなのだが。

 

「まったく……こぼさないようにさ、せめて食器を口に近づけるとか、そういう努力とかしなさいよ」

「いや、それはそれで行儀悪いよね?」

「まあそうだけど。ポロポロこぼすよりかは許容できる。まだ見慣れた方だからね」

「見慣れた、って?」

「今日はいないけど、私の神社を根城にしてよく飯をたかってくる奴がいるのよ。飯だけじゃなくて酒もたかってくし鬱陶しいったらありゃしない。

 まあ、そいつで見慣れちゃってるから」

 

 いいことじゃあないけどね、と最後に締め、自分の分を食べ始める霊夢。

 ドッピオも挑戦は続ける。おかずの里芋の煮つけを掴もうとするが、もともと掴みづらい球状の上に、ぬめりもついている。

 味自体は悪くなかったので食べたいのだが、大碗に入っているためにこれを口元まで持っていくわけにもいかない。

 何度かやってみるがうまく掴めず、箸の一本で里芋を刺して食べようとするが、

 

「刺し箸しない!」

 

 しっかり見られ、注意が続く。

 

 

 時間はかかったが、食事は無事に食べ終えた。

 霊夢は『寝床を用意するからあなたは食器洗っといて』と、奥の部屋に入っていった。

 炊事場について、やはり自分の知っている物とは違っていたが、どうやらここでは水桶に漬けながら拭い取るだけのようだ。

 文化レベルの違いには驚かされ続けているが、大きく困るほどでもないから今のところは問題ない。

 

「洗い終わったー? 布団敷いたわよー」

 

 洗い終えた食器、汚れた水などはどうするのか、周りを見回しながら考えていたところに奥から霊夢の声が聞こえる。

 

「洗い終わった食器とかはどうすればいいんだーい?」

「そのまま漬けておいてー」

 

 返事に従い、それをそのままにしておいて奥の寝所へ向かう。

 

 

「こっちにドッピオの分敷いておいたから、あなたはここでね。私は隣で寝てるから」

 

 そこにはすでに寝間着に着替えている霊夢が、客間の真ん中に布団を敷いて用意をしていた。

 寝所ではさすがに霊夢もわかっていたのか、霊夢の布団はまた奥の部屋に敷いてある。

 

「うん。すこしほっとした」

「? よくわかんないけど、私の所に入ろうとしたら封印されるからね」

「え?」

「それじゃ、おやすみなさい」

 

 一方的に告げると、霊夢は自分の寝所に戻り、襖を閉める。

 妙に不穏な一言があったが……もともとそういうことを気に掛けていたところもあったので、逆に安心できる結果となった。

 

「……体感的にはまだ早く感じるけど、もう寝ようかな。今日もいろいろなことがあったし」

 

 命蓮寺でも夜になったらすぐに皆床についていた。神社でもそれは変わらない。

 電灯が社会に設置されるようになってからは人間は夜を忘れていった。

 しかしこの古き伝統の残る幻想郷ではそのようなことはない。明確な時間に支配されず、自らの行動を日々の移ろいにゆだねている。

 

「今日も、いろいろ起きたからなぁ」

 

 雲のような、雲ではない物に触れた、

 初めて生身で空を飛んだ。 

 スタンドでもできないような、大規模な空中戦に巻き込まれた。

 魔法使いと一対一で話し合った。

 空飛ぶ少女たちの決闘を見た。

 ボスに仕えてから表社会ではありえないことは何度か体験したことはあるが、現実に起こりえないようなことを、魔法でもなければ体験できないようなことを味わうことになるとは思わなかった。

 布団に入って数分で、その興奮から冷めた体は休息を求めているようだった。

 

「明日は……どうしようかな……」

 

 おぼろげに働いていた思考は、ゆっくりと速度を落としていった。

 

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 夜。

 辺りが静寂に包まれ、蟲の生きる音だけがわずかに響く。

 もう少し耳を凝らしてみれば、夜を舞台とする生き物たちの声が聞こえるだろう。

 博麗神社は、今日は静かな夜だった。

 

 明りの無い部屋で、一人、布団から起きだす。

 外とつながる薄い障子は、僅かな月明かりを部屋に送り込んでいる。

 

「……すか~~~……か~~~……」

 

 耳を寄せなくとも、周りに吸収するものがないから。自然と隣の部屋の巫女の寝息が入ってくる。

 それを確認すると、ゆっくりと『男』は立ち上がる。

 その姿は、今まで目覚めることなく、足腰が萎えた者がゆっくりと立ち上がるかのような不安を感じさせるほどに弱々しい。

 それでも前に進もうとする意志は、明かりに照らされた顔から感じられる。

 

 障子を開け、外に出る。

 体格の変化によりきつくなった上着を部屋に脱ぎ去る。

 ディアボロは、ゆっくりと表に向かい歩き出した。

 

 

「…………」

 

 その足は博麗神社の境内前、そして鳥居を潜り、麓へ続く石段の前に着く。

 夜風が、ディアボロの髪を揺らした。

 

「幻想郷、か」

 

 博麗神社からは幻想郷が一望できる。

 それを知っていたわけではないが、ここに自然と足を運んでいた。

 その風景は夜闇に包まれて何があるかはわからない。自分たちの世界ではすでに観ることが難しくなっている、自然の闇。

 

「……なるほど、幻想の世界、か」

 

 そう一人呟き、石段に腰を下ろす。

 空に輝く星空を見ながら、月と星だけが自分を照らしていることを確認した。

 

「そして、幻想に生きる人間たち……か」

 

 彼女たちからすれば、きっとここは現実なのだろう。ドッピオの体で味わった、幻想の体験も、彼女たちには普通の事だろう。

 しかしあくまで自分は、ディアボロとはここの人間ではない、『現実』の人間で、『現実』に生きていた人間だ。

 それでも、現実では足を踏み入れてしまっていた。他の人間は持たず、選ばれた者たちだけが持ちうる能力。

 

「ここの世界を知ってしまったのなら、私たちのような者は一体なんなのだろうな」

 

 誰に話すわけでもなく、星空に向かいそう呟く。

 ここにきて何人かの能力を見てきた。だが、それはスタンドでも表現できなくはない能力である。

 単純な攻撃であれば。巫女がやっていた、陰陽玉と札の投擲。スタンドで投げつけることで表せる。

 魔理沙の行った、緑の光の玉。自分の界隈では見なかったが、遠距離攻撃型のスタンドがそういった攻撃ができると聞いている。

 さすがに空を自在に飛び回ることはできないが……スタンドで自らの体を持ち上げ、それを表現できなくはない。

 もしかしたら、まだ見ぬスタンド使いには空を飛ぶ能力を持つものがいるかもしれない。

 

「この力の行き着く先が、この世界……ということもあり得なくはないのか……?」

 

 発掘してから、あの戦いに至るまで。自分は矢とスタンドの関係を特に調べようとも思わなかった。

 もしそのことを自分の組織でも調べ上げ、到達していたなら即座にポルポの矢を自らに使用していただろう。

 

 力の行き着く先。鎮魂歌の力によって自分は敗北し永劫の苦しみを背負わされた。

 そのことがわからなくなるほど呆けているわけではない。ただ、攻撃を受けたその先にスタンドを超える力を持つ者が多様にいる世界に行き着いた。

 この事実が、このありえない可能性を否定させずに頭の片隅で響いている。

 

「ここに来るまでに、三度命の危機を味わった」

 

 指折り、その体験を数えていく。

 ひとつ。寅丸星との会合。

 ひとつ。一輪との道中に襲われた、妖精たち。

 ひとつ。ここで行われた少女たちの決闘。

 ドッピオでは感じなかっただろうが、自分の体験から死に繋がる、と感じた情景を思い返す。

 

「それでも、今私はここにいる」

 

 時間にして48時間ほど。鎮魂歌の中では1時間と経たずに命を落としていた。

 命蓮寺にいたときはまだ続いているのかとも感じたが、ここまで生きていることを考えると、危機は去ったという気持ちが湧き出てくる。

 

「一体、どういうことなんだ……? 何故、ここに導かれたのだ……?」

 

 疑問は尽きない。

 あの時に死んだはずのドッピオは、再び自分のために動いている。どうでもいいと切り捨てたはずなのに。今際の時にも頭の片隅にもお前の存在を思わなかったのに。

 スタンドを使いこなしている。ドッピオの状態では自分は『感じる』ことしかできないが、それでも今の自分よりかは使いこなしている。

 主導の意識が、ほとんど入れ替わっている。今の自分は朦朧としてドッピオについていくことしかできない。だが、ドッピオは自らの足で、私のために行動している。

 今までは自分の都合でドッピオを動かしていた。だが今では彼が私の為に動いている。似ているようで、意味合いは大きく異なる。

 

 

 きゅーん。

 

 

 何かの鳴き声がしたかと思うと、石段、ディアボロから少し降りたところの傍らに一匹の狐が居り、じっとこちらを見ている。

 そのことに気が付き、目線が合うと、狐はさっと草むらに姿を消した。

 

「狐……か」

 

 全てはそこで撮った写真からだった。

 もしあの写真がなければ、自らが再び出向くこともなかったかもしれない。

 もっとも、あの時点で手札のカードはほぼ全て切られていた。奴らを止めるためには、最終的には自分が行かなくては止めきれなかったとも今となっては思う。

 止めきれなかった。そう、自分は強力な親衛隊もいて、切らざるを得なかったジョーカーを使って。もう一人の裏切者たちと立ち会っても奴らは一人も欠けなかった。

 全てを切り抜けることができた奴らと強力な部隊を率いても敗北した自分との違いはなんだったのか。

 ……認めたくはない事実が、そこにはある。

 

「ドッピオよ……何故かはわからんが、ここにいてくれて感謝するぞ……」

 

 過去の自分は自発的に眠ることすら恐怖であった。いつ命が狙われるかもわからず、親衛隊も、いつ裏切るかもわからない。

 地位を与えなかったとはいえ決して少なくない報酬を与えていた暗殺チームも、欲望に負け裏切ってきた。

 いくら自分の王たる力があるとはいえ、彼らには負けないとは言い切れない。それほど優秀な者たちだ。それは逆に裏切られた時には即座に寝首をかきに来ることだ。

 それを防ぐ隠れ蓑。自分というものを完全に隠すことのできる者。

 それがドッピオであり、同時に自分の体を護る癒し手でもあった。

 肉体は共有しており、その安寧は欠かすことはできない。いくら強靭な体でも、安息の時間は取らねば自壊してしまう。

 ドッピオで眠れば、自分ということが明かされることなくゆっくりと休むことができる。

 ただの隠れ蓑という役割だけでなく、自分の休息の代役という役割もあった。

 今、この姿でここに立てるのもその役割があったからこそだ。

 

「それすらも切り捨てたから、私は敗北したのかもしれんな」

 

 顔を伏せ、自嘲気味に笑う。誰も聞いてもいないのに、口に出して。まるで、自分に言い聞かせるように。

 このような後ろ向きな姿勢は自分でも体感したことがない。

 感傷的な気持ちなのも、立ち上がったばかりの自分だからか。それともこの幻想的な風景から、本能的に想起されているのか。

 

 

 

 

 どしゃ

 

 

 

 突然、背後から何かが落ちた物音が聞こえる。

 その音は、今まで思いに耽っていたディアボロを現実に引き戻し、体を硬直させるに十分すぎる音だった。

 

 体が急に冷え込む。心拍数が上がる。それに伴い、呼吸も激しくなってくる。

 首筋を伝う汗が、後ろの何かをより強く意識させる。

 かつての栄光の代償、鎮魂歌の力。それによって味わわされた永遠の呪い。

 『背後から何かに襲われて死亡する』その体験は何度も何度も繰り返されている。

 突然現れたその存在に、体が恐怖で支配される。

 

 『幻想郷ではスペルカードによる決闘が流行っている』命蓮寺の僧はそう言っていた。

 それはあくまで流行であり、それを良しとしない者もいるのではないか。

 

 もし後ろにいるのが博麗の巫女であればどれほど気が楽か。

 彼女だったら、まず声をかけ地を歩いてくるだろう。後ろに突然着地するなんてことはない。

 

 何か、例えば木の枝が落ちただけであれば。

 しかし、後ろから、確実ににじり寄ってくるその気配は到底無生物のそれではない。

 

「ハァ、ッ、ァッ」

 

 振り向いて確認できればどれほど楽なことか。

 それも、鎮魂歌の経験が呪縛する。

 今まで振り向いたその先に、問題が解決することがあったか。

 ない。

 例外なく自分は死ぬ。

 いつしか目を強く瞑り何もわからずに死のうとするようにもなっていった。

 

(……やはり、死ぬのか)

 

 今までほんの僅かな希望を持たせ、立ち上がろうとしたところを折りに来る。

 ただの鎮魂歌の気まぐれの時間だったのか。

 

(、そうだ、エピタフを――)

 

 いつしか、予知を見ることも恐れていった。

 予知は絶対であり、それは必ず起こり得ること。それを消し飛ばすことができるのが王たる力。

 だが、それが行えないのなら、予知はただただ残酷な未来を映すものでしかない。

 そのうち、それすらも見ないようになっていった。

 だが、今なら。ドッピオは自分が分け与えた能力を使っていた。あれは元々自分の肉体、自分の精神で生まれたもの。

 それを分け与えた者が使いこなしているのだから自分が使えない道理はない。

 ……はずだが、その淡い希望すらも打ち砕かれたとしたら。それが思考をも縛り付ける。

 

 足音は、石で敷き詰められた道を固い靴で歩くかのような、カツカツと高い音を立てて近づき始める。

 今まで音を消して近づこうとしていたが、それをやめて速度を上げる。

 

(体を動かせ、振り向け、そして対処しろ……でなければ、ここに存在する『意味』がなくなる)

 

 胸が締め付けられるように苦しい。手足は血流が行き着いていないかのように冷え切っている。

 それでも、今この場で死ぬわけにはいかない。

 

 意を決し、座っていた体を立ち上がらせ、その気配が伝わる背後へ振り向く―――

 

 

「んわーーーーーーーーーっっっ!!!!!」

「!!!!!!?」

 

 そこにいたのは、大きな瞳と舌がついた紫色の傘。

 その持ち手であろう少女の大きな声と共に、それが顔前に突き出される。

 恐怖の中で振り向いたディアボロは、

 

「、なっ」

「……あっ」

 

 大きくバランスを崩し、後方へ崩れる。

 後ろには長く続く石段。その長さは、明かりの無い夜では把握しきれない。

 

 体が大きくのけぞり、世界が逆転する。目の前に手を伸ばすが、掴まるべき所が何もない。

 自身の長い髪が目の前を流れていくようになびいている。

 ほんの一瞬、そこから見ようと思えなかった予知が映っている。

 

 

 それは今と寸分変わらぬ、石段から転がり落ちる自分の姿であった。


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