【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】 作:みりん@はーめるん
幻想郷は、基本的には「こちら側」と変わりはない。
ただし、空から見える景色は大きく変わる。
現在の地球の陸上、およそ1割から2割が緑のある自然や、人間の手の入っていない地域らしい。残る地域は人工物でできた森か、もしくは砂漠だ。
命蓮寺から離れて数十分、地上にある景色のほとんどは、手の入っていない自然の空間だった。木々がところどころに立ち、その周りを小動物がうろついている。
傍らにはほんの少し人の手の入った道が続いている。空を飛んでいる自分たちと同じ方向に伸びているその道は、命蓮寺までの道でありその他の場所へ繋がる道がないのだろう。
それは、他の所に人の居る場所がない、ということを示すこと。
自分たちの世界では想像できないほどの人の少なさを、ドッピオは空から大地を見ることで感じ取れた。あのような立派な寺から人里まで何もいない、などそうそうない。
「見えてきたよ、幻想郷で一番人間の集まるところが」
一輪の一言で、きょろきょろしていたドッピオは彼女の指差す方向を見る。そこには小さな集落があった。
遠くからでは確認のしようがないが、それでも大した人口とは思えない。
「あの規模で、一番なんですか? ずいぶん少ないんだなぁ」
「うーん、まあ外を知っているのなら少ないでしょうね。私もいろいろある前には外にいたけど、都とかなら人はいたからなぁ。
それで考えると少なくは感じられるかな。でもね」
一輪が右手の輪を掲げて合図を送ると、雲山が少しずつ地面へと下降していく。
「今はこんなものだし、ずっとこんなものだと思うよ。幻想郷の管理者も、人里の管理者も私たちと同じようなものだからね」
地面近くまで雲山が降りると一輪は事もなげに着陸する。そして、ドッピオに向かって「降りた降りた」と催促をする。
遅れてドッピオが地面に降りると、一輪は再び右手の輪を掲げる。すると、ポン、と小さな音を立てて雲山は一輪より二回り大きいくらいのサイズとなった。
人の入りそうな大きな袋を背に抱え、それでも里の中を邪魔しない程度のサイズ。
「同じようなもの、ってのはどういうことです?」
先の一輪の言葉に、ドッピオは疑問を示す。
「人間の里、っていうのだから人間が暮らしているんでしょう? それならその管理者、里長とでもいえばいいのかな。その人は人間なんじゃあないんですか?」
「うん、人間だけじゃないよ。妖怪もいる」
疑問に対し、さも当然というようにすっぱりと答える一輪。
「さっきの言い方が間違えたかな。幻想郷の管理者と人里の管理者は同じ。けど実際の人里をまとめ上げているのは一人ではなくて、みんなでやってる感じかなー。
その中には人間が大好きで人間のために尽くしている妖怪だっているし、特に深く考えているわけでもなくやってる人間だっている」
「……」
「人間だ妖怪だであまり区分する必要はないんじゃない? もちろん、それは命蓮寺の教えも含まれてるから全ての人妖がそういう意見じゃないけど」
ドッピオはその言葉を静かに聞いていた。
その考えは、自分たちの考えとあまりにかけ離れているから。
人間同士であっても、人種、身分、貧富、思想……差別の種には枚挙に暇がない。力のあるものは、ないものを徹底的に蹂躙できる。その気になれば。
命蓮寺で出会った者は皆妖怪だったが、どこか優しい「お人よし」のような雰囲気もあったが、それでも普通の人間よりかは強大であるだろう。
対峙をしたのはナズーリンだけだが、あのような少女でも、男性をやすやすと弾き飛ばす力を行使できる。はたから見ればそんな彼女よりも強力な力を行使できそうな星や一輪であれば、人間などたやすく征服できるだろうに。
力の差があるから、という理由でそれを失くすための決闘ルール、弾幕ごっこ。それを制定したのは博麗の巫女、すなわち人間だという。
……なぜ、強者が弱者の要望を受け入れたのだろう。何故、それが当然と認識されているのだろう。
「……ちょっと、ドッピオ? 行くわよ、どうしたの?」
「え……ああ、すいません」
意識はしていなかったが、つい考え込んでしまったらしく、一輪はドッピオのことを変な目で見つめている。
それに促されるよう、少しバツの悪い顔を繕いながら、二人で里に足を踏み入れた。
最初の感想は、まさしく日本映画の時代劇……にすこし20世紀の洋装を混ぜた舞台、だろうか。
こういった年代を舞台にした日本のマンガを見たような気がする、とドッピオは感じた。
そして、里の中には人間はいる。が、そこには少なくないほどに人間以外もいた。
先に撃墜されたような、透き通った羽の生えた妖精が、その見た目と同じくらいであろう少年に追いかけられている。
背中に先ほどの妖精とは違う、鳥のような羽を生やした少女が、変な歌を口ずさみながら買い物をしている。
頭に自分の頭ほどの長さの角を生やした幼子が、昼間から開いている酒屋で酒を飲んでいる。
その隣には、胸の青い瞳から青いコードが体に巻きついている、奇妙な少女が座っている。
通りには女性の3人組が何やら話している。二人は幻想郷では見慣れた奇抜な衣装であるが、一人は下半身が絵に描いたような幽霊のそれとなっている。
明らかな人外が里の中に居り、それを気にした様子もなく、むしろ和気藹々と付き合っているのが里の人間。
それは幻想郷のどこかから漂っている「気楽さ」のようなものを物語っているようだった。
「ね。人間の里とはいっても妖怪もちょろちょろいるし、私たちだって人間との共生関係は切りたくても切れないわ。切らないけど」
「そうですね。……なんだか、拍子抜けしちゃうな」
「ん? どういうこと?」
「あ……いえ、別に何でもないです」
自分でも、ついて出た言葉が理解できなかった。自分は一体何を考えていたのだろう?
白蓮や星から説明のあった通り、幻想郷は妖怪こそいれど人間との争いもなく、あれば弾幕ごっこで解決する。平和な世界なのだ。
「まずは道具屋で頼んでたものを詰めてもらいましょうかね。こっちよ」
「わかりました」
そんな街の中を、雲山を人型サイズまで小さくしたとはいえ、傍らに付き添わせながらどんどんと進む一輪。
確かにその姿は元の世界では異様だし、ドッピオが見れば絶対に驚く自信がある。
けれど里の人間たちは特に気にした様子もなく、むしろ雲山を珍しがって遠巻きに見る子ども、近くによる子ども。「聖様はお元気ですかね?」と話しかけてくる老人。「また今度響子を借りてくからねー」と話しかけ、こちらの返答を待たずに去る鳥の羽を生やした妖怪。
人里では、まさしく「普通」の光景というのを、嫌でも感じ取れた。
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「着いた着いた。ココが第一目的地と」
一輪に連れられて足を運ぶこと十数分。里の中央ほどに位置するそれなりに大きな建物についた。
軒先にはいくつもの生活用品が並び、幾人もの客が商品を眺め手に取っている。
暖簾には「霧雨道具店」と書かれていた。
「霧雨さーん、いますかー?」
雲山を店の前に待たせ、店の奥に声をかける。
それなりの大きさの店に、客はまあまあいるが、あたりにそれに反応する店員はいない。
「あれ? 霧雨の旦那さーん?」
一輪はもう一度声を上げた。すると奥から「はーい」と、小さな声が聞こえる。
とてとてと次第に大きくなる足音が終わるとともに、奥の閉じられた戸から、霧雨道具店の屋号の入った前掛けを付けた、黒服の少女が現れる。
「お待たせしました、何分他の者が寝込んでましてね。ご用件は……」
店員がそこまで言いかけ、はたと止まる。それを見た一輪も同じくきょとんとした顔をその店員に向ける。
「お前は妖怪寺の尼僧じゃあないか。どうしてこんなところに?」
「そういうあなたは黒白じゃない。あなたこそ何やっているのよ」
「何やっていると聞いてくるか。見てわからないのか? 仕事だよ仕事」
その黒白店員―霧雨魔理沙―は前掛けをパタパタと振って強調する。
「どうやらここのやつらが全員風邪だか何だかで寝込んでいるみたいでな。店を閉めちまえばそれでいいんだが今日明日に大事なお客人が来るらしい。
その対応をするために雇われたのがこの魔理沙さんだったが」
「それがわたしらだったと。来ることわかってるんじゃない」
わざわざ大仰に身振り手振りを交えて話す魔理沙に対し、一輪は特に表情を変えず。わずかに呆れたような調子で続ける。
「あなたみたいな人間がそうやすやすと依頼を受けるだなんて心外だね。何か妙なこと企んでるんじゃないの?」
「それこそ心外ってやつだ。霧雨魔法店はどんな仕事だって引き受けるし、報酬も良心的だ。両親からの報酬だけに」
「……あの、この子、一輪の知り合い?」
再び置いてかれるドッピオが会話に入る。魔理沙はその手振りを止め会話に入ってきた少年に目を止める。
「何だ? 命蓮寺の新しい坊主か? ずいぶん人間くさいな」
「人間です」
「昨日ウチの近くで見つかってね。見捨てるわけにもいかないし、彼自身もいろいろやる気はあるのよ」
「命蓮寺の近く? 外来人がか?」
一輪の言葉に反応し、ドッピオの顔面にずいと自分の顔を近づける魔理沙。驚き引くドッピオだが、それはすぐに詰められる。
まじまじと相手の顔を見つめる。粗を探しているかのようなその行動に、最初こそ驚いたが次第に不満な感情が浮かび上がってくる。
「な、なんだよ人の顔をじろじろと」
「興味本位、いや学術的見地からだ。場所が場所でもあるしな。なんだお前、仏にでも神頼みしたのか?」
なおも問い詰めるような魔理沙の態度。疑問を口にしたところで、その外も中もふわふわとした頭に金輪が下される。
「やめなさいよ、嫌がってんじゃない。まったく相変わらずねあんたは」
手痛い拳骨の後に一輪がつぶやく。一輪が合図を送ると雲山が店頭に大きな袋を広げ始める。
「とりあえず霧雨の店員さん、注文の物を詰めてもらえるかしら? これ、リストと代金ね」
「へーへー。いつもご贔屓にー。……げ、こんなにあったのか。裏にあるやつ全部それか」
一輪が出した手紙を見るやいなや、表情に嫌そうな感情が浮かぶ。
そしてドッピオを見ると、にこやかな表情を浮かべた。その表情は魔理沙を知るものであるなら、いつも浮かべている『いつもの』顔である。
「なあ」
「店員なら自分で仕事やりなさいよ。なに客を使おうとしているの」
あっさり釘を刺されたが、その表情は変わらない。
「さっき言っただろ。ここの従業員はみんなお休みだし、雇われ店員のか弱い乙女一人でこの量の運搬をしたら壊れちまう。それに、その間お店は開けっ放しになっちまうだろう?
それは店にとっても客にとってもマイナスだ。手伝ってくれたらうぃんうぃんの関係だぜ」
「もっともらしいこと言っちゃって……」
あきれ顔を浮かべる一輪。どうやら何度もこういうことは言われている様子に見える。
「それなら、僕が手伝いますよ」
ドッピオはおずおずと口をはさむ。二人の顔は一様に先の感情を強める。
「お、手伝ってもらえるか? 助かるぜ、勇気ある男は頼りになる。私の周りは『えのき』みたいな男ばかりだからな」
「ちょっと、あっちは楽したいだけなんだから手伝うことないわよ? ゆっくり待っていればいいのに」
「いや、善意で手伝いたいわけじゃあないんだ。ここの道具とかからもこの世界の状態は読み取れるし、何より魔理沙……だっけ? にも聞いてみたいことがある。学術的見地から、だ」
命蓮寺の、皆が集まってからは出したことのない顔つき。それは、力ないとはいえギャングの一員であったからこそ、やると決めたらそれを通しつくす決意の表情。
それを見た一輪は少し驚きの目をするが、すぐにため息をついた。
「そんなにやりたいなら別にいいけど。……変な子」
「ああ、わかった。手伝ってくれたのなら礼に何でも答えてやる。自分から学ぶ意欲のあるやつは大歓迎だ。魔理沙先生が丁寧に教えてやる」
にこやかな表情で、顔の前に指を立て、何かを持ち上げる動作をする。が、それが何も持ちあがらないことに気付くと慌てて戻した。
魔理沙は「そういや今は帽子取ってたんだった」恥ずかしそうにそう呟いて、少し顔を伏せた。
「じゃあドッピオ。私他の所回ってくるから。2、3時間ほどしたら戻ってくるわ。変なことさせないでよ魔理沙」
「させないっての。それじゃあ他の方。しばらく空けますんで代金はこちらに置いといてくださいなー」
一輪が店から離れ、魔理沙は他の客に軽く説明すると、袋を引きずりドッピオを連れて裏へ回る。
「で、聞きたいことってなんだ? えっと」
「ドッピオだよ。僕の名前はドッピオ」
「自己紹介どうも。霧雨魔理沙だ。普通の魔法使いだし、この店の者とはたまたま姓が同じだけの無関係」
進みながらも、特に振り返ることなく自己紹介を交わす。
「で、聞きたいことってなんだ、ドッピオ」
「ああ。……えーっと、まず。電話ってこの道具屋に売ってるかい?」
「電話? 通信機か?」
そういうと、前掛けの裏をごそごそ探る。やがて一つの人形を取り出すとドッピオに見せた。
精巧に作られた女の子の人形で、金色の髪に赤を基調とした衣装を纏っている。
「売り物じゃあないけど持ってるぜ。こんなものが欲しいのか?」
「ああ、欲しいんだけど……それをくれるの? 貴重品だと聞いたけど」
「まあ貴重品というかなんというか。以前使ったやつで今は使ってないからな。それに頼めばいくらでももらえるし。
本来は一輪が手伝うべきなんだが、率先して引き受けたお前に対する礼だ」
「ありがとう、助かるよ。……でも、変わったデザインだね」
その人形を受け取ったドッピオが、いじくりながら感想を漏らす。
確かに、それは本物の人間を正確に小さくしたようなよくできた人形だが、それがあまりにもリアルである。
美しさの中に、わずかな不気味さも感じられるほどの。そして、男が持つには少々気恥ずかしいものがある。
「作り手がこだわり派だからな。あいつの家の中にもそういうのがごまんとある。さすがに通信機能を持った奴は私がもらったものくらいらしいが」
「へぇー。その人ってすごいんだね」
「まあまあかな。偏屈で愛想悪いし、性格面でも難ありだ」
「……ところでこれ、どう使うの?」
「声をかければ相手に伝わってるよ。もっとも相手が聞こえてるかは返事が来るまではわからないが。たぶん、こっちが子機であっちが持っている親機を起動させないと通信できない仕組みっぽい。
わたしが悪戯にかけまくったら繋がらなくなったからな」
それについては後で頼んでおいてやる、と締めくくったところで裏についた。
そこには様々な道具類が並んでいる。いくつか壊れ物も入っており、袋に入れる順番なども考えておく必要がある。
確かに、これを一人でやるには骨が折れそうだ。
「さて、さっさと手を付けよう。力仕事はお前に任せるから、指示通りに入れてくれ」
「わかった」
「それじゃあ、まずはその大きな束から入れてくれ。赤いひもで結ばれてる奴な。青いのは香だから……」
荷物の搬入を始めてから2時間が過ぎたあたりで、ようやく詰め終った。
こんもりとたまった袋は、結果的にドッピオと同じくらいの高さにまでなる。これを車もなしに運ぶのは到底無理だと思える量だ。
だが、先に見た雲山の膂力なら余裕だろう。
魔理沙がどこからか筒を取り出すと、湯呑みに入れて飲みだす。一口飲んだところで、もう一つ湯呑みを取り出しドッピオに手渡した。
「助かった。一人じゃ終わらないと思った」
「それはこっちのセリフだよ。こんなのを運べるくらいなら、一輪も手伝ってくれればいいのに」
「全くだ」
中身を飲み干し、ドッピオも苦労の一言を出す。
「ねぇ、魔理沙」
「ん? なんだ」
「妖怪って、どんなものなんだい? 人間より力はあるし、種類も多い。狡猾に人間を出し抜き、喰らう……そういうものだと僕は思っていたのだけど」
ドッピオは人里に来てからの疑問を人間である魔理沙にぶつけてみた。
命蓮寺の者たち、簡単な気持ちで攻撃してくる妖精、妖怪に支配されている人間の里。
自分の知識とはどこか違っており、妖怪である星や一輪からしか話が聞けていない。それを同じ人間からならどういう答えが返ってくるか。
「そういう解釈で大体間違ってないぜ」
ある意味、予想どうりの言葉が返ってきた。
「で、それがどうかしたのか?」
「うん。どうも、ここに来る前の僕の思っていたものと実際の幻想郷の妖怪たち、とても同じ物じゃあないと思えてね。
とてもじゃあないが、そんな恐ろしい存在には見えないなと思って。魔理沙は、妖怪が怖くはないのかい?」
「全く怖くないな」
さも当然のように、魔理沙は答えを返す。
店の裏の傍らにある木箱に腰を掛けると、手のひらを上に向けて空へと掲げる。その手のひらから、緑色をした円錐状のエネルギーが上空に打ち出された。
「もちろん里の人間の大半にとっては恐怖の対象もあるだろうが、私の本業は妖怪退治だ。そんなやつが相手を怖がってちゃあどうしようもないだろう? 客足も遠のいてしまう。
それに、今はスペルカードによる決闘が主流だ。お前は何か勘違いしているようだが、無秩序に妖怪が人間を襲ったり、その逆もない」
言葉と共に、胸元から一枚のカードを取り出す。「恋符 『マスタースパーク』」と書かれた札は、魔理沙の手の中で光を反射し輝いていた。
「何を考えているかはしらないが、そんなに気に掛けることはないぜ。妖怪は危険で変な奴しかいないが、ああ、さっきみたいな意味ではなくてな。変わってるという意味での危険な奴だ。
それでもこちらと仲良くしようとするヤツもいるし、人生の先輩として色々教えてくれる奴もいる。覚えておきな。ここは幻想郷だ」
そう言って魔理沙は胸元に再びカードをしまうと、表の方へ向かった。準備でしばらく開けっ放しなので、そのままというわけにもいかないのだろう。
ドッピオは少し考えに耽った後に、自分も、と表の方へ向かう。
証言は一つだけだが、やはり恐ろしいもの、で一括りにしてよいもの……なのだろう。魔理沙は退治が仕事、と言っていたのだから、それらを恐怖する者がいる。
妖怪退治を一人でやっている、とは思えない。小さいとはいえ人里ほどの規模をあのような少女一人で回りきれることも守り切れることもできないだろう。
幻想の調律者、博麗の巫女。その者も絡んではいるだろう。当然と言えば当然だが。
電話は手に入った。が、どうやらまだ使うことはできないとのことだ。ためしに耳に当ててみるが、何も音は聞こえない。……自分の知っている電話とは違うので評価も難しいが。
とりあえず、表で一輪の帰りを待つことにしよう。まだ、魔理沙には聞いてみたいことがいくつもあるのだから。
表の方では、期待している知識人が商売に回っている元気な声が聞こえている。
「全くどうかしてるぜ! 仕事は他に押し付けて自分はのんびり過ごしてきたってのか?」
店頭に戻ってきたあたりで、魔理沙は一人の男性に声を上げて詰め寄っていた。
背が高く、眼鏡をかけた線の細い男性だ。
「別にのんびり過ごしたわけでもないし、君が僕の代わりまで務めるといったから任せたんだよ。だからそれを信じて納得のいくまで自分の用事を済ませていたんだよ」
「務めてって、あんな言い方されたら普通はすぐに帰ってくると思うぜ、誰だって。それなのに延々と!」
やたら強く言い合っているが、魔理沙が一方的に怒っており男性はそれを宥めている様子に見える。が、あまり効果は見られていない。
というより男性の宥めるのがどうにもうまくいっていないというか、うまいとは言えない。
「魔理沙、何怒っているんだい?」
「ああ、ドッピオ。まったく酷い男が目の前にいるんだ。嫌がる乙女を無理やり仕事場に駆り立て自分は引きこもってよくわからん物を書き連ね。
それで来たら来たで何の反省もない! 乙女心どころか常識知らずもいいところだ」
「全く散々だな。君のためにもなるということだというのに。……君も、どうやら魔理沙に巻き込まれたようだね。大変だったろう」
男性がドッピオを見て、状況を察したように話すが、表情等からは、魔理沙の言うことが正しいというのであれば遅れてきたということに対する謝罪は見えない。おそらく遅れてきた、というのは魔理沙の言いがかりなのだろう。
そんなドッピオを、男性が見つけると、声をかけてきた。
「君は? ……と、自分から名乗らないのもなんだね。僕は森近霖之助。魔法の森の近くに香霖堂を構えている。どうやら魔理沙に付き合わされてしまったようだね」
「いえ、そういうわけじゃあないんですけど……僕はドッピオです。ヴィネガー・ドッピオ」
「香霖、こいつは自分から仕事を手伝ってくれる今どき珍しい殊勝なやつだ。香霖とは正反対だよ」
「やれやれ、大した言い分をするものだね」
男性―森近霖之助―が肩を竦め、ため息をつく。そして手下げていた袋から2冊の本を取り出すと、魔理沙に渡した。
「ほら、これは僕からの報酬だよ。約束通りの本と、それの和訳に使えそうな辞典だ。二つセットで入ってくるのは珍しいことなんだから、本当は自分で使いたいものなんだが……」
「いいだろ、もともと私が借りようとしていたものだ。使い終わったら返してもいいっていう約束をしてもよかったんだぞ? とにかくこれはもらうぜ」
言うや否や、魔理沙はエプロンを霖之助の方に渡したと思うと、白いエプロンを身に着けた。そして、物語に出てきそうな黒い三角帽子を身に着ける。
おとぎ話に出てくるような、魔女の姿。魔理沙が少女だからそういった威厳は見えないが、周りを整えたらまさしくそれに見えるだろう。
霖之助からもらった本を帽子の中に無理やり詰め込むと、何もない空間に手を伸ばす。するとそこから小さな光が放ち、光が収まると一つの箒が出てきた。
「とりあえず代わりが来たから私は終わりだ。さっさと行かせてもらうぜ」
「え、どこか行っちゃうの?」
「ああ。私の仕事は香霖が来たから終わりだからな。今はもらった本を読み解く仕事ができたんだ。さっそく次の仕事に取り掛からなくちゃあいけない。……ああ、そういえばアリスに声をかけてほしいんだったっけ?」
ドッピオの問いに、魔理沙は口早く捲し立てる。それほど手に入れた本を読みたいのか、と思えるほどに。
「とりあえず、途中で見かけたら声をかけておくよ。もしくは奴は今神社にいるかもしれない。一輪が帰ってきたらそいつに頼んで直接声をかけてきな。お前の疑問も解決できるかもしれないぜ」
そこまで話すと、箒にまたがり空に浮かぶ。家の屋根など軽々と越え、その姿はみるみる小さくなっていく。そしてある程度小さくなると、勢いよく加速し、彼方へ消えていった。
嵐が通り過ぎたような状態にも感じたが、呆けているドッピオをよそに、周りはいつも通りの光景、と言わんばかりに気にせず過ごしていた。
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「ドッピオ、お待たせ。こっちは割と早く終わったわ。……あれ、魔理沙は?」
「ええと、あっちのほうに」
ドッピオは魔理沙の飛んだ方向を指さす。それを見て一輪は怪訝な顔をするが、店員が霖之助に代わっているのを見ると、納得した顔になった。
「交代が来たから自分はさっさと、ねぇ。性格を考えれば納得はできるけど、やっぱりその性根正さないと駄目ね」
「それは僕からもお願いするよ。と言っても、急に変わったら気持ち悪いのもあるけどね」
「確かに」
二人で少し笑いあう。そして、思い出したように一輪は二人に向かい尋ねる。
「そういえばドッピオ、電話探してるんじゃなかった? せっかく香霖堂さん居るんだから聞いてみたら?」
「あ、それは解決しましたよ。ほら、魔理沙からもらったんで」
「おや、魔理沙がそんなことを。珍しいね。……ああ、それは温泉騒ぎのとき、人形師に作ってもらったやつか」
「……あいつ、優しいところもあるのねぇ。」
「でも、まだ動かないみたいなんですよ。えーっと、アリス? って人に電源入れてもらわないと使えないらしくて」
「え、そうなの? そういうものなの?」
「みたいです。で、神社にいるかもしれない、とか言ってたんですけど。神社って、ここの近くにあるんですか?」
「神社……山の上ではないだろうね、きっと。博麗神社だろう、魔理沙が示したのは」
「まあ近くにはあるよ。けど、一人じゃいけないだろうね。うーん、ドッピオもそこまで言われたのなら行きたいよね?」
「はい。電話を手に入れたら次はそこに行ってみたかったですし」
一輪はうーん、と首を傾げ考え込む。
「……」
「うん、まあそれでいいか」
雲山が一輪に何か耳打ちしたかと思うと、自分の体の一部をちぎりとり、ドッピオに渡す。
その感触は雲山が最初に握手を求めた時に感じた、あの妙な感触だった。
「これは?」
「雲山の一部。これにキーワードを言えばあなた一人分くらいは乗れる大きさになるわ。で、簡単な命令くらいはできるからそれを使えば一人でやりたいこともできるでしょ。
博麗神社に行きたいと言えばその方向まで飛ぶし、あっちに行きたいと思えば行けるし。あんまり精度はよくないからそのあたり注意してもらえば大丈夫でしょう。キーワードは『見抜け』よ」
「へぇー。そんなこともできるんだね」
「身に着けたのよ。あ、他の人に言われて間違えて変わったりはしないから安心してね。雲山はそんなことで間違えたりはしないから」
「それじゃあ、私は荷物もあるから先に命蓮寺に戻ってるわ。夜にならないうちに帰ってこれそうなら帰ってきなさい。もし夜になりそうなら神社に泊めてもらいなさいな。
昼間ならそうそう襲われたりはしないだろうけど、逢魔ヶ時を過ぎたらわからないからね」
「え、何? おう、ま?」
「夕方の前から、日が落ちる時までだね。字で書いた時に分かるように、魔物に逢う時。
今まで明るかったところも薄暗くなり、今まで付き合っていた者の顔も見づらくなった時、そこに潜む内なる魔物が、今まで付き合っていた者から出てくる。
人は夕暮れにかかると別れ家路につくのは習慣だけではない。本能でそれを―――」
「香霖堂さん、今はそういうのいいので」
これからのことを相談していた中に割り入った霖之助を押し切り、一輪は雲山と共に飛び去って行った。
あの大量の荷物は雲山は軽々と持ち上げ、何も苦と感じずに一輪の後をついていく。
「話を遮られてしまったが、結論だけ言えば彼女と同じ、危険な時間だ。僕もその時間は無闇ないざこざに巻き込まれないよう外出を控える。
外来人の君は妖怪にとっては格好の的だ。気を付けていくんだよ」
「ええ、ありがとうございます」
霖之助に見送られ、霧雨道具店を後にする。
少し広いところに出て、先ほど受け取った雲山の一部を手のひらに載せ、
「『見抜け』」
と告げると、鼻先で畳半畳ほどの大きさになった。
驚き尻餅をつくドッピオ。周りも音はないものの急に現れたものを見て、ざわめき立つ。
割と恥ずかしい状態だということに気付いたドッピオは、バツの悪そうな顔をしながらそれに乗り込む。つかまるところはないが、手をその中に突っ込むと少しの安定感はあった。そこを握ることにする。
「……博麗神社まで向かえ」
ドッピオがそう命令すると、それは確かに浮かび上がり、東の方角へ飛翔を始めた。
急に動くが、自分の意思で発進のタイミングをできたので、最初の時のように慌てふためくことはなかった。
そして、あまり早すぎるのは慣れていないことを雲山が知っていたからか、ややゆっくりとしたスピードで飛翔していった。
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魔理沙は空を飛びながら、先の少年のことを考えていた。
命蓮寺の近くで見つかった、外来人。保護した命蓮寺のものがそういっていた。あいつらは好き好んで嘘をつく部類ではない。……一人、いや二人いたか。
とにかく、一輪はそういう面では信用できる。そして隠し事も上手ではない。つまり、隠す内容ではないということだ。本当のことなのだろう。
そこが私には奇妙だった。
多くの外来人は結界の薄いところからやってくる。結局外から来るということは、ややも曖昧になった結界の綻びに、蚊帳の綻びから入ってくる蚊のように入ってくるということ。
結界の薄いところと言えば、無縁塚から再思の道にかけて。それと、結界の端っこ、博麗神社。なんかよくわからんがそういう構造らしい。
それはどちらも、命蓮寺の近くではない。大体命蓮寺は人里から一番近い施設であり結界の力はかなり強く守られている。外来人がそのあたりで発見されたことはそうそうない。私はそういったニュースには敏感な方だ。外の事知りたいし。
「……奇妙な奴だな」
外来人の多くは外で生きる意味を失くした者で、幻想郷を見て奮起するものはいないわけではないらしいが。
一日であそこまで気概の入った顔つきになるだろうか? 確かに平時はふにゃふにゃした顔つきだったが。
「まあいいや。後で考えようそんなこと。えーっと、香霖の本は……妖蛆の秘密。もう一つは外の辞典。翻訳の役に立つからかな」
とりあえず家に帰ったらお茶を入れよう。ああ、楽しみだ。