【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】   作:みりん@はーめるん

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オリキャラが出ます。


―21世紀の精神異常者―

「くそっ、やっぱりこうなっちゃうかねぇ!」

 

 悪態を吐きながら、迫りくる暴力、大の男に匹敵する巨大なだんびらを振りかざした鬼の身体に、それを上回る力で返す。

 何も表情を浮かべないその男の顔は苦しさを感じているかもわからない。

 正面から来るそれをいなせば、また背後から大物を持った男が襲ってくる。

 一瞥、力強く後ろ周りに蹴り飛ばせば、また苦しさを吹き出しもせずそのまま砲弾のように吹き飛び、辺りを巻き添えにする。

 闘いの音に、炎に飛び込む蛾のように、能面のような顔の者たちが集まってくる。

 

「私ら鬼ならこれくらいで構わないんだけど……」

 

 今の状態、基本的に地底の妖怪の大部分を占めている鬼たちにとってはあまり変わらない。勇儀の支配下の者たちなら特に。

 彼らは足るを知っており、一番の欲求である人と関わることが今はもうできないことも知っている。だからこそ、地底に居を移しそこで楽園を築いている。

 皆、本能的な享楽と自らに成し得る強さへの求道に心を置いている。

 故に、今の無意識に支配された地底の空間、首領たる勇儀に力比べを挑まんとする者が後を絶たない。

 それ自体には、勇儀も嬉しく思っている。彼女とて常に共に歩む者を求めている。自らに並ぶ者を待っている。いつもは尻込みしているような奴が立ち向かってくるその姿に、ケツを叩かなければ立ち上がってこなかったその姿にこみ上げてくるものがないわけではない。

 だが、地底に潜む者はそれだけではない。

 

「!!、やめ……ときなぁっ!!」

 

 また一人、向かう者を引きずり倒し、『それ』に向けてぶん投げる。倒れ伏した同胞に群がる矮小な者たちは、それらを避けようとせずそのまま巻き込まれて消えていく。

 強者である鬼たちを疎み、しかし群れても立ち向かう事すらできないことを知っており、だから身を寄せ合い傷を舐め合い続ける弱者もいる。

 彼らは皆必ず口を揃えるのだ。『あいつらがいなければ俺たちの思うがままなのに』。

 そんな彼らを迎え入れようとしても、低姿勢におべっかを使いながら、それでも心の中では舌を出して近づこうともしない。鬼の目には彼らは皆共感に値しない屑どもだ。

 しかし、今は別。鬼たちがそんな屑どもを排除しなかったのは、本当に集まり立ち上がれば自分たちに匹敵することを知っているから。弱い者達でも集まり、知恵を集め、立ち向かえば自分たちを下せることを知っているから。

 ……奴らがまた、死体漁りに襲ってくる。今ならできると。疎んでいる奴らを消してやりたいと思ったその時、すでに行動は終わっている。抑えられていた無意識に、身体を動かされている。

 だからと言ってむざむざ喰われる訳にも食わせる訳にもいかない。手に届く範囲でなら、それらを蹴散らそうとは努力する。

 むなしいかな、広い広い地底では、いくら勇儀の大きな身体でも、小さすぎた。

 

「あっ、お前……こんのおおおぉぉぉ!!!」

 

 乱暴ながらも同胞を守ろうとする勇儀を嘲笑うように、また一人と鬼が喰われていく。周りはそれを止めようとしない。周りの目には、自分の無意識の果てしか見えていないからだ。きっと、己が喰われても思いの先を優先するだろう。

 地底を浸す無意識の水を、持ち前の矜持と精神で勇儀は抗っていた。だが、それでも完全ではない。組み合い、競い合い、高め合いたい。同じ歩幅を求めるが故の力比べは、籠めようとしない力の限りをその両腕に注ぎ込まれていく。

 だからこそ手加減ができない、抑えられない。向かう者向かう者すべてに全力で迎撃する。頭でわかっていても、自分に負ける者が喰われていく様をみても、どこか心で思ってしまう。無意識の内、弱者は喰われて当然だと。

 意識して抑えようとしても、止めどなくあふれ出てくる。歪な容器に蓋をしても、漏れ出る意識が抑えきれない。そして、半端に理解できるこの現状、勇儀は勇儀自身に腹が立つ。

 崩れた家屋の材木をそのままに振るわれ、それを片手で受け止める。間髪入れずに他方面からも巨大な丸太のような腕が振るわれ、それも空いた手で受け止める。闘いは、最初から星熊杯を携えていなかった。

 

「あーもうっ!! 一体いつになったら終わるんだっ!!!」

 

 全く無遠慮に打ち込まれた双撃をそれをも上回る、瞬間的に腕が膨れ上がるほどの怪力が、相対者へ振るわれる。互いに違う回転を籠められ、その間に存在する全てをも巻き込んでいく。

 前回起きた時も、勇儀には結局待つことしかできなかった。こいしが自身のほうに向くことはなく、また靡いた相手もおそらくはなすがままにされたのだろう。

 今回もそうなってしまうのだろうか。もしそれより長かろうと短かろうと、興奮に滾る脳が流れを曖昧にする。終わるまでは長く感じ、終われば短く感じられる。きっとそうなるだろう。

 諦観すらも持ちながら、ただただ目の前の対処に勤しんでいたその時、

 

「禁じる」

 

 遠くから聞こえた小さな声は、しかし確かなものであり、その一言がきっかけに辺りの者たちが感情の無い顔から一変、喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、様々な表情を浮かべた後そのまま倒れ伏す。

 声の主は、自分の身の丈ほどの鉄棒とその先に付く白い丸板に赤でマルと斜線が描かれた奇妙な得物を地面に突き立てながら、

 

「そのまま黙って寝ていろ、目覚めを禁じる!」

 

 辺りの喧騒に消え入りそうでも、凛とした力強さを感じる掛け声は、そのまま力場の行使となり鎮めていく。

 

「……勇儀以外は、な」

 

 ウインクをしながら最後に付けたし、勇儀に笑みを投げかける。

 対する勇儀も少なからず濡れた自らの血と汗を拭きながら。

 

「……助かったよ。正直、最初に死んでいるかと思っていた」

 

 同じく笑みを返す。冗談めいた口調で、だが彼女との間柄を知る者なら心配と安堵が含まれているのがわかるだろう。

 

「失礼な奴だな、助けてやる必要なんてなかったかね」

「いや、それについてはありがたいと思っているさ。だけど、私の知っているお前なら自尽を選んでいても不思議じゃあない」

「ふざけろ」

 

 少女が近づくと勇儀に対して拳を向ける。彼女と違い女性として大柄な勇儀には低い位置だが、それでも優しく、互いに拳をぶつけあう。

 

「放っておこうとも思ったんだけど、あまりに一方通行過ぎてね。私の領域にまで侵すのなら容赦はしない。……認めたくないけど、勇儀には借りがあるからね。これでチャラってとこかな」

 

 得物を肩に担ぎながら少女は事も無げに語る。だが、その視界の先はまだまだ阿鼻叫喚の絵図が続いている。

 勇儀は傍らに転がる酒瓶を拾い上げ、地べたに座る。口をつけて傾けていくが、上を向いても中身は零れ落ちてこない。

 ちぇ、とぼやきながら投げ捨てる。今の彼女に、先程までの衝動を抑えられない様子はなかった。

 

「……私にはちょーっとアレを止めるのは無理かなぁ。受け止めるのは得意だけど攻めに行くのはー、ねぇ。気質に合わん」

「いや、いいさ。ここまでやってくれれば十分。私が抑える」

 

 すぐに立ち上がり、そこかしこボロボロになった衣服を払っていく。

 

「さっきまで飲まれかけてたザマなのに、全くあんたみたいな奴らはどいつもこいつも真っすぐ押し入ってくる。全く気に入らないね」

「おー? どの口が言うんだそれは!」

「私が不利益を被るから利用させてもらっただけさ。……私みたいに、この狂気を抑えられる奴、いんの?」

 

 あくまで前向きな勇儀に、少女は不安げに言葉をかける。

 

「……いる、と思う。私だってここ全部を知るわけじゃあないから確実には言えん」

「ふーん……」

「でも、だからと言って立ち止まるわけにはいかない。番を張っている以上はね」

 

 ぱん、勇儀の手のひらに拳を合わせる音が響く。その瞳には変わらずの強い意志が宿り、地底に似つかわしくない光も携えていた。

 赤色の少女は呆れたような顔をしながら、振り返り来た道へと戻る。

 

「いいさ、好きにすれば。私の元へは一方通行、あんたの戻る道にはなりゃしない。けれど引き返すという選択肢を選ばない愚直さこそ、あんたらしいってものさ」

 

 言葉を受けて足を踏み出す。少し離れればまた勇儀を狙う者が現れ、また少女を介さぬ暴徒に見えるだろう。

 けれど、自分の担う重さを知っているから、勇儀の足は止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ。

 あああ。

 絶え間なく身体が震える。

 絶え間なく鼓膜が心を揺さぶる。

 絶え間なく視界が頭を刺激する。

 いつ来るかわからない恐怖が、常に首元にまとわりついている。

 急に後ろから現れるかもしれない。その瓦礫の陰から現れるかもしれない。突然上から降ってくるかもしれない。

 あらゆる可能性が脳裏をよぎり、その都度何も見えていないあの瞳が、自分だけを見つめてくる。

 

 ディアボロは走り続けながら尚も恐怖に身を支配されていた。すでに体力の限界も見え、それでも足を緩めればすぐに追いつかれてしまう、たとえその存在を感じ取れなくてもそんな妄想に襲われてしまうほどに。

 何があっても足を止めてはいけない、とにかく距離を置かなければ。……そう思い、ただひたすらに走り続けてきた。

 

「おにいーさんっ」

 

 絶えず聞こえていた声が、此度は事実に鼓膜を揺らす。……もっとも、ディアボロには幻聴と真実に区別がつかなかった。

 かかる声に更に精神を侵され脚の力を増そうとするが、それは何かに阻まれる。

 

「ひ、う、ああぁぁ」

 

 そのまま前に倒れてしまい、自らの足を縛る何かに気づき、それを縛る静脈のように青い管に気づき、そしてその先へ目を飛ばして気づいてしまう。

 

「恋愛小説のような恋がしたいの」

 

 こいしの顔にはまだディアボロのつけた傷が痛ましく残っている。だが、満面の笑みを浮かべている顔からは、そんなものを気にしている様子は見当たらない。むしろ、刻印を喜んでいるような素振りさえも感じられる。

 彼女の左腕から伸びるそれらはゆっくりとディアボロの四肢を絡めとる。彼も僅かながらに身を捩じらせ抵抗するがそんなもの気にならないというように、絡まるそれは止まらない。

 

「たまに聞くの。男の人が女の子に暴力を振るうのは好きだからって。本当は離したくないけど、男の人は不器用だから言葉じゃなくて身体で答えちゃうって。一緒だね、私たち」

 

 残された自由の右手で、こいしは自らの上着のボタンを一つ外す。顔から垂れた血が、未成熟な彼女の幼く白い肌をより強調させる。

 

「もう与えられるだけの子供じゃないの。自分で選んで、自分で進む。私だって覚。お姉ちゃんの庇護なんて、いらない」

 

 ずるずるとずり落ちる衣服、隠されていた肌には幼さとは相反する古い傷跡がいくつもいくつも刻まれている。……先にディアボロが刻んだそれよりも多数。斬られた傷、焼かれた傷、穿たれた傷。

 小さな桜が見え隠れするほどにはだけても歯牙にかける様子もなく、拘束するディアボロに跨りその顔に覆いかぶさる。

 

「物語では男の人からするのが多かったけど……私みたいなのだったら、逆でもいいでしょ?」

 

 何をする気なのだろう。恐怖の象徴が自分にすり寄り、生の全てを司る自らの頭部にその手を這わせる。

 

「よ、るな」

 

 自分の顔に刃物を添えるように手を添える。相手の生の温かさが今は自らの優劣を物語っているに過ぎない。

 

「、っ」

 

 ゆっくりとそのまま顔を近づけてくる。細められた目は最後まで自分の抵抗を殺すように見つめてくる。

 脳の限界を振り切り、理性が彼方に飛ぶその寸前、

 

 

 

「とぅるるるるるるるるるるるるるるるん!!!」

 

 

 

「えっ?」

 

 けたたましいコール音が、馬鹿みたいに鳴り響く。悲鳴のように有らん限りに振り絞られたそれは、一瞬目の前の異物を少女に戻した。

 変声の終えた喉から振動する空気は、馬鹿馬鹿しいほど本気であり、故に先までの空気を完全に払拭させた。

 こいしとは別に、発した当人は雷に打たれたように冷静さを取り戻す。先ほどまで濃霧に包まれていた頭が、視界が一瞬で晴れる。

 

「時よッ!!!」

 

 

 

 問題の無い行使、問題の無い発動。完全に縛られていた鎖は、世界を形どる事で解放を知ることができた。

 左手から伸びる雁字搦めの楔も、この世界では意味はない。

 だが、まだそれだけだ。今は呆けたあの表情も、わずかな時間だけ、すぐにこちらに向くことが『予測』できる。ただ、猫だましができただけの事、それだけの事。

 しかしそれでも、ディアボロにとっては起点だった。まるで終わりの無い繰り返しの最中を思い出させるような束縛からの解放、その第一歩。

 今はまだ吹き飛ばした時の中だからか、精神にかかる靄はない。しかし、その予兆は確かだ。距離も何も関係ない、またこいつが気を持ち直せば再び柵に捕らわれるだろう。

 

 ……精神が砕けバラバラになりそうなあの時、自分に再び手を差し伸べてくれた忠臣。恐怖の限界に再び助けを求めた時、彼はまた力を貸してくれた。

 自分の隠れ蓑、というだけではない存在になりつつある。彼も、自分が思いもしないほどに成長しているのだろうか?

 危機を乗り切ったその時には、彼の功績には対する祝福を考えなければならないだろう。だが、そのためにもあの狂気を超えなければならない。

 何か、この状況を打開する何か。……それを探らなければ、勝ち目はない。

 今は、離脱。予知の示す方向へ。

 

『動きを読めるのは短い時間だけらしい……先を読んでいない、時間の先を』

『予測できるのは……矢や弾丸の動きだけか?』

 

 かつて対峙した男の声が蘇る。

 それらは確かに自分が敗北した要因の一つ、無視できない事実だ。予知は絶対であり、それに行き着く為の道を模索するのは自身の力。どれだけ便利な道具を持っていても使い方を知らなければゴミであるように、知り得た事実に正したがっているだけでは勝ち目はない。

 ……自身は、一人では勝てない。先程、救ってもらった時のように。

 

 

 

「……あれ? おにいさん? おにいさーん?」

 

 間の抜けた声が背後から聞こえてくる。共に、こちらに意識が向いたからか、ざわざわと再び心に霞がかかり始める。

 ぼやぼやとしている時間はない。一刻も早く打開の元へ行かなくては。

 一つだけ、心当たりはある。忌々しいが、それに頼るしかないだろう。

 記憶を頼りに進んでいく。倒壊し炎上する家屋たち、眠らない都が燃え上がり月の明かり以上に地底を照らし続けるなか、ただただ暗い暗い道の先へ。

 

「……あ、あはははは、はは、こっちに行ったんだねー」

 

 わざわざ強調して、こいしはこちらに向かってくる。とかく一方的に、自身を理解し追えるのだろう。

 壊れそうなほどに酷使した身体を、最後の仕事だと鞭打ち動かせる。緊張と疲労で全体が熱く、硬くなっているのが動かすだけでわかる。むしろ、動かないほうが今は辛い。止まってしまえば、次に動くときはないかもしれない。

 だから、駆ける。

 木造がなくなり、

 舗装がなくなり、

 人の手がなくなり、

 

 そして最後に行き着く一つの門。

 

「……なんだ、意外と早かったのね」

 

 橋の上には、変わらず紫煙がくゆっている。その元は今、持ち主の手を離れ橋の下、絶えぬ暗闇へ放り込まれた。

 橋の欄干に腰をかけ足をゆらゆらと揺らし、事もなげに語る彼女の瞳は変わらず明るく輝いていて、先程までディアボロ自身を捕らえていた同じ色の瞳と比べると何よりも人間性を保っていた。

 それでも一瞬身構えてしまう彼に対して、嘲笑を浮かべ、

 

「そんな風に見ないでよ。おかしくなってしまうってわかってるなら、誰も私に頼れだなんていわないでしょう?」

「……こんな状況で、正気を保っている奴を警戒しないほうがおかしいだろう」

「……まぁ、そうかもね。けど、今普通に会話できてることが何よりの証明。……こっちに来なさい」

 

 誘うように、パルスィは手を伸ばす。あの時猫が言った言葉。真意は不明だが、彼女は確かに正気のまま、無意識に捕らわれている様子はない。

 最低限の警戒を保ったまま、ディアボロは彼女に近づく。

 

「あの子の暴走、止めるのならばどうするか。さとりから聞いている?」

「……聞いている。あれに限らず、普遍的な方法を。お前が何かできるのか?」

「ふふ。私は橋姫、嫉妬心を操るだけのちっぽけな妖怪。だからこそ、あの子の大暴れを止められるのだけれども」

 

 冷めた笑みを浮かべ、それでも手を伸ばし続ける。

 

「もったいぶらずにさっさと話せ……あいつがまた、近づいてくるのはわかっているんだ」

「だからこそ、よ。そこじゃあ遠すぎる、もっと近くに来なさいよ」

 

 その手の半歩前で止まるディアボロをさらに寄せようと手招きも入れる。

 憮然とした表情を浮かべて僅かな反抗を表すが、それに彼女は変わらない。仕方なく、その手の元まで歩みを進める。

 近づき、受けたその手は人間の温度を模した何かのように感じられる。

 

「……もう一つ言ってたでしょう、あの子の意識があなたに向かなければいいってことを……」

 

 小さな、耳を近づけないと聞こえないような大きさで言葉が唇から漏れる。それに僅かに意識を向けると、

 

「……ッ……」

 

 握っていた手を強く引かれ、不意な引力に崩れる顔を素早く両の手で包み。

 驚愕に染まる顔を、僅かに開いた彼の唇に彼女は容易く自身の唇を滑らせる。

 無遠慮に挿し込まれる暖かいものは、人間らしさ、生き物らしさという感触を何も感じられなかった。

 

「、ふざけているんじゃあないッ!! 何を」

「あらあら、意外と初心なの?」

 

 不意に唇を奪うパルスィを引きはがす。僅かに残った残滓が互いの唇を繋ぎ、渡り、崩れる。

 引きはがされてなお垂れるそれを、残るぬくもりを親指で拭い、先程までディアボロの体温を貪っていた舌で舐めとる。

 余裕ぶった笑みをそのまま浮かべながら、ゆっくり、ゆっくりと。

 

「あの子があなたにご執心なのはよくわかるわ。最初に見た時から、それはもう妬ましいほどに。……その相手のこんな姿を見た時、どう思う? ねえ、こいし!!」

 

 からん。

 自分の辿ってきた道の後。

 硬質の何かが落ちる音、パルスィの目線の先に向いてみれば、そこには。

 

「……あ、……ぁ……お、にい」

 

 信じられないものを見た、現実ではない、だって、あの人は、自分に。

 驚愕し、憔悴した表情を浮かべ、こいしはふらりとその場にへたり込む。

 

「執心した彼はあなたを恐れ、私の元に来てくれたわ。恋い焦がれたあなたの想いは重く彼に圧し掛かり、あなたの元から私へ逃げ込んできた。……彼は、あなたを捨てたのよ」

 

 追い打ちをかけるように、パルスィの言葉は止まらない。

 言葉をかけられたこいしは、小さく、何かうわ言を呟いている。

 

「妬ましくもない結果だわ。想い人に身を寄せようと自身の意ばかりを押し付け続け、そして相手は手のひらから逃げていく……本当、ありふれた結末」

「……やだ、やめてよぅ」

 

 両耳を抑え、いやいやと首を振り、目の前の現実から一杯に否定を投げかける。

 

「おにいさんは、私と一緒に居たいんだもん。私と一緒に来てくれたもん。ネズミさんも一緒だったけど、勇儀さんに絡まれてもいいところ見せてくれたもん……」

「…………、」

「違う、あなたが勝手に付随していただけ。言われなかった? どうでもいい、って」

 

 勝手な、そして挑発するような物言いに言葉を返そうとしたディアボロだが、それを緑色の瞳が止める。

 そして、まるで見ていたかのように、館内での言葉の意味を改めてこいしに投げつける。

 

「そんな……こと……」

「言われてない? そんなはずないでしょう? もしそんなこと言われないほど繋がれていたのなら、私の元へ来るわけがない」

 

 こいしの行ったこと全てをディアボロの代わりに否定し、ゆっくりと追い詰めていく。

 確かに、ディアボロが自身で話をしても全てを愛情だと変換してしまう脳の構成をしているのなら正気を保てている彼女が語らなければ届かなかったかもしれない。

 こいしの言葉全てを自分の幻だと切り捨てたパルスィは、自らの唇を指でなぞり、またそれをディアボロの唇に添える。今はおとなしくしていて。二人だけに聞こえる声と共に。

 

「あなたも見ていたんでしょう? 彼と私の情事の一部。……あなたには早すぎた?」

 

 挑発を続ける緑色の瞳、それを受け、受け止められない涙に濡れた同じ色の瞳。

 いつしか、ディアボロの中に降りていた霞の帳は感じられなくなっていた。

 

「諦めて帰りなさい。こいし、あなたの求める心に彼は存在しない」

 

 最後の言葉をけしかけ、交錯した視線は交わりを亡くす。見えない覚はうつむいたままに、橋姫は男の肩に手を伸ばして。

 

「……あなたのほうが背が高いんだから屈むくらいしなさいよ」

 

 小さく体を浮かせて再び唇を重ねる。視界が彼女の瞳の色で覆われる。口づけの際に全く目を離さないその姿は、何かを刻み込んでいるようで、こいしの光の無い瞳で見つめられるときと同じような不快感を感じる。

 重ねられた唇からは、今回は何も絡ませてこない。相変わらず、人肌の温かさをもった何かを押し付けられているような感覚のまま。

 

「…………っ」

 

 突然、多量の吐息が相手から吹き込まれる。揺れる瞳が煌めき開かれる。

 自分の腹が何かに濡れる。暖かさを感じる、粘り気のある液体。遅れて何か、硬質な物が僅かに触れた。

 肩に回されていた力も抜け、繋がりの無くなった体は一瞬の痙攣を経て崩れ落ちた。

 

「なっ」

 

 視界が新たに広がる。

 遮っていた先に見えたのは、いつの間にかすぐ近くに立っていたこいし。突き立て、押し込むように伸ばす両手、赤い飛沫に濡れた袖。

 先程まで感じ取れていたこいしの存在は全く感じ取れなかった。怒りと取れるその瞳は先ほどまで眼前にいた対象に全てを向けていて、その先の自身には全く向いていなかった。

 崩れ落ちたパルスィに突き立てられていたのは、殺傷用ではないかもしれないが、突き立てれば致命に至らしめるには十分すぎる刃物。……視界に入ったときに彼女の手から落ちた、刃物。

 

「……邪魔、しないで」

 

 崩れ、倒れながらも、信じられないといった顔で振り向こうとして……叶わず、一瞬目の前の相手に縋ろうとして、ぐい、とパルスィはこいしに引き寄せられる。彼に触るな、と言わんばかりに。

 仰向けに倒れたそれを、後ろから通した僅かな穴を開くように、腹から濡れる赤い染みに刃物を突き立てる。何度も、何度も。

 

「私の邪魔ばっかりして、私を知ったようなこと言って、初めて見た時から嫌いだった、人のことを見透かすようにして」

 

 突き立てるたびに肉を切り裂く不快な音と吹き出す水音が辺りを染める。ほんの僅かだが、聞くたび脳に染み入る。

 

「……ぇ……」

「惑わしたのはその口? 食べちゃったのはベロ? そんな姿なら、必要、ないよねっ!!」

 

 だらりと開いた口を乱暴に開かせると、相手の血で染まった刃をその中に突き刺す。力任せに動かしたそれは多量の出血、いくらかの歯、そして、肉厚の一部を切り取る。

 

「それとも、この瞳なの? もういらないよね、死ぬんだから!!!」

 

 小さな喉が懸命に震えると、一杯に振りかぶった右手が横たわる身体に突き立てられる。頭部の柔らかい眼窩に生やされた土台は、衝撃を受けびくりと震えると、そのまま動かなくなる。

 

 ディアボロは、何もできなかった。

 一瞬の出来事だった。

 予知に頼ることなく、未来の想像は自身に降りかかるだろうと脳で考えていても、目の前に流れる光景を感慨もなく見つめていた。

 そして、後悔をしても遅いと思ったときには、全て手遅れだ。

 

「……あはは、おにいさん、汚れちゃった」

 

 無垢な笑顔を向けるのは、先程まで凶行を行っていた少女。

 囚われの身は、ただ成す術なく、檻の中からは出られない。

 

「多幸感にあふれた恋がしたいの。でも、ああいうのはダメ。間違えちゃったら、こうなっちゃうから」

 

 愛らしい笑みを浮かべ、両手を広げて彼女は迎えようとしている。

 それは最終宣告だ。今までに並べた現状、最後に突き付けた、彼女の視点の本当の真実。

 何もできない。何もできなかった。その虚無感も、全てが上塗りされていく。

 目の前の少女はまたディアボロに意識を向け始めたのだろう。彼女の全てを肯定するように。しなければ、先は自壊か、それとも。

 

「ねえ、おにいさん。おにいさんは私のために笑ってくれるよね、ねぇ」

 

 一歩、その両手を広げたまま。

 

「……笑ってよ、ねぇ……」

 

 失われ、得られなくなった感情を求めて。

 

「笑ってよ! 笑ってって言ってるでしょ!!! どうしてみんな笑ってくれないの!!!」

 

 急転し、激しい怒りを浮かべながらディアボロにつかみかかる。

 叩きつけられるような感情の暴力は、本当は得られないことを知っているのかもしれない。

 

「私は笑っているの! みんなに笑ってほしかったから! みんなと笑っていたかったから!」

 

 否、知っているのだろう。……彼女にとっては少なくとも2回目なのだから。結末しか知られていないその物語は、きっと内容は今目の前に在るような内容だったのだろう。

 僅かにでもそれを悟っているから、また得られないから、溢れ出る感情を止められないから。こいしにとっての最高のラブコールは、他者にとっての執行の言葉だったから。

 掴みかかったその小さな手、その持ち主に宿るのは愛情に濡れる光ではなく、もはや憎悪にまで歪んだ謂れの無い捨てられた者の炎。

 明確な死が目の前に現れている。今までは過程で、結果的に死ぬだろうという未来が見えていた。だが、今の彼女からはそれは感じられない。求めているのは、死の結末。その先の意識はもはや答えのはるか先にある。先ほどくり抜かれた瞳と同じ色、幼い瞳の中は映る全てを焼き尽くそうと言わんばかりに燃え上がっている。

 

 

 ……だからこそ、気づかなかった。炎の宿す瞳の持ち主も、それに焼かれている相手も。

 

「……ん」

 

 こいしは気づけば足を握られている。

 この場にもういない、死んだはずのその身体に。

 ほうぼうの体で、それでもこいしの足を掴み、刺されなかった、残された瞳の一方でこいしを睨みつける。左目に突き立てられた刃物が眼窩の残滓を引き出しながら、からんと音を立てた。

 開く度に血の溢れる口からは、ごぼごぼと声にならない濁音を上げながらも、二人には確かに聞き取れた。

 

「え」

 

 許さない。

 

 互いが理解したその時、緑眼の獣が爆ぜた。

 目も眩むほどの閃光は反射的に手で覆い隠しても突き抜けるほどであり、遅れてくる勢いと熱量は、爆発と言っても過言ではない。

 それに押されはするものの、ディアボロに対しては危害らしい危害は加わってこなかった。

 衝撃と灼けた目に力が戻り、彼の目に晒された光景。……橋は崩れたりはせず、ただ、こいしだけが見当たらなかった。

 

「何、だ……何が起きた……?」

 

 疑問の言葉を口にすると、それに答えるように足元に刃物が転がってきて存在を強調する。

 その先には、力を失い自由に落下していく、先程まで目の前にいたはずの少女。

 橋の向こう側、地上の入り口。そちらに吹き飛んでいったこいしを、さらに奥から現れた者が行方を見送る。

 先ほど害され、先程多大な衝撃を生み出した彼女は、素知らぬ顔で煙草に火をつけるとその煙を味わい始める。

 ぐしゃ、と力なく受け身を取ることもなく墜落したこいしを尻目に、パルスィは紫煙を噴く。

 

「全てを得ようとするものは最後に全てを手放す。得ようとするならまず手放せよ。妬ましいほど矛盾してるけど……まあ、同情はしておくわ」

 

 橋の上でぐったりとしているこいしに対しての言葉だろうか。次にディアボロに目を向けると、

 

「……私がするのはここまでよ。どうするかはあなたが決めてね。全く、全部私に丸投げするんだからあいつは……」

 

 足元に落ちる刃物を指さし、次にこいしに指をさす。あとはどうでもいいと言わんばかりに。欄干にもたれて煙草を吸う姿は来た時と何も変わっていなかった。さながら、何も起きていない、という様に。

 転がった、血に濡れた刃物を拾う。触れてみれば、ゆっくりと冷えていく感覚が指先から伝わってくる。

 ……どうあったか、わからない。確かにその通りなのだが、ただ助けを求めて、何もすることなく解決してしまった。

 身を委ねただけの自分に腹が立つ。受け身でいた自分に腹が立つ。何もできていない自分に腹が立つ。だが、今はそれだけでいい。

 

「…………ぅぁ…………ぇ……」

 

 何があったかわかっていない。まだ生きてはいるがほとんど死に体だ。

 きっと、不器用であっただけなのだろう。彼女なりの、精一杯だったのだろう。

 だが、それだけでは片づけられないほどの結果を作ってしまった。

 

「……罰を与える」

 

 既に何も言えない身体。自分を認識できず、相手に認識させず。曰く、瞳を閉じてしまったから。

 爆発に晒されボロボロになったこいしの身体。辺りから流れ出る血液は閉じた旨の瞳にも飛び、血の涙を流しているようだった。こいしの、本当の叫びなのかもしれない。

 

「……それに着き合わされる者は、たまったものではない」

 

 あてがった刃はゆっくりと彼女の身体を辿る。最初に触れた腹。過去を刻む胸。多弁に愛を語る口。……閉じた、代わりの瞳。

 何も言わずに、まずは右に。突き刺し、

 

「ぅ、あああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 抉り取り出す。そのショックに、僅かな意識を取り戻したか大声を上げる。

 衝撃と理解不足、反射的に伸ばそうとした手はもはや何も縛れていないディアボロによって容易く止められる。

 

「あああああああああああ、ぎいいいいい!!!」

 

 苦しみの声を上げる中、淡々と、慣れた手つきで左目も抉り取る。

 抉られた二つの球体は、そのままころころと捨て置かれた。

 

「あああああああ、いたいよ、いたいよおおおおおおお!!!」

 

 残された力の全てを苦痛を耐えるために使っている。今まで周りにばらまいた悪意を全て自身に受けるように。

 仕向けた一人は憐憫の目を送り、そのまま次の火を灯す。

 ……もう一人は、いまだ胸に霞を残したまま。幾重にも濡れた刃物を橋の下へ投げ捨てる。もう、見ないように。

 

「あああああ、あああああああああ! なんで、なんで、わたしばかり、いいいいいあああああああああああ!!!!!」

 

 

 苦痛の叫びだけが、そこに残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぁ、れ……、私、は……」

 

 不意に目を覚ます。確か、彼はこいしを追うと……

 いや、なんで私は眠っていた? 部屋の入り口、戸も開けっ放しで。

 ……ここはどこだ。地霊殿の一室の……彼は、こいしの騒動は……?

 

「……っ!!」

 

 気配がする。『良くない』気配だ。何がどうかはわからないが、生存本能が警鐘を告げる。

 戸を閉め、鍵をかける。部屋の中の状態を確認する。……中は変わりない。外からだ。

 配下は……ダニーしかいない。野良ネズミなら容易く操れるが、この辺りにはいない。……ここは動物の巣窟。小動物に過ぎないネズミたちには天敵だらけだ、住まおうとしないだろう。

 床に耳をつけて状態を探る。大きな足音が近づいてくる。人型、一人。……それに隠れて足を忍ばせているもう一人。人型。計二人。

 大きいほうに注意を向けるように、本命はもう一人。……ここは敵の腹の中だ。正面から抜けることは難しいだろう。

 ロッドを持ち、辺りを探る。逃げ道、ネズミ道。相手の正体は何もわからないが、このままでは喰われるだけだ。その程度には害意がある。

 

「天井っ……! ダメか、タンスの裏……! ここもかっ」

 

 探りまわるが、何もない。完璧な密室だ。管理が行き届いていると褒めるべきか、最初から閉じ込めるつもりだったのかと貶すべきか。

 抜け出すのは無理なら、しょうがない。隠れて機を伺うしかない。

 ………………ノック音が響く。ノブが回り、鍵がかかっているのがわかるとすぐに開けられる。マスターキーを持っているなら、ノックなど意味もない。

 

「失礼します」

 

 現れたのは長身長髪、縦にも長いのに存在を誇示しようとしているのか体格に見合う翼を広げる地霊殿の有名人――霊烏路空――。

 一見礼儀は正しくしているが、表情は剣呑としており、やんごとなき事情しか感じられない。

 

「さとり様がお呼びです。来るように……あれ、寝てる」

 

 一見、部屋の中は変わりなく、布団の中に丸まった何かが入っているだけ。ただ眠っているように見える。

 

「バタついてたから起きてると思ったけど……意外と寝坊さんなんだ」

 

 のんきなことを言いながらドスドスと部屋に押し入る。ただ歩いているだけだろうが、核を制御するための大きな右足は小動物たちには大きすぎる音を出している。

 空が布団に近づき、それをめくろうとしたとき、

 

「逃げ出す気かな?」

 

 部屋の外から聞こえる声、ぎくりと身体が硬直する。

 

「お空! 扉の後ろだ! 開いたところと壁の間!」

 

 蝶番の隙間からわずかに外を伺おうとしたナズーリンを、肉食の瞳がじろりと舐める。

 小柄な彼女を隠したそれを容易く見破り、燐が滑るように部屋に入るとすぐに戸を閉じ、ナズーリンの姿を露わにさせた。

 霊烏路空と火焔猫燐。その二人がナズーリンを部屋の隅に追いやって囲んでいる。

 

「あたいたちはただ呼びに来ただけなんだけど……なーんで隠れちゃったりするかな? 何か、気になることでもあったかな?」

 

 にやにやと嫌らしい笑みを浮かべながら話す燐に対して、空はじっと見つめたまま、何も言わない。ただ、右手の制御棒と呼ばれる巨大な角柱は重々しく、彼女自身が大柄なのも相まって小さなナズーリンに対しては、ただ立っているだけでも十分すぎる威圧となる。

 

「地霊殿の来賓を呼びに来ただけなんだよ、本当にさ……なのにそんなに縮こまられちゃうと困っちゃうよ……?」

「お客さん、さとり様がお呼びだから。何も悪いことはしないよ」

「……なんで、呼びつけるだけなのに良いとか悪いとか出てくるかね……?」

 

 笑みをそのままに撫でるように声をかける燐と、そのまま読み上げるように話す空。

 元々慎重なナズーリンからすれば、そんな言葉は微塵も信用できない。まして、燐の浮かべる笑顔は楽しみを隠している卑しい笑顔だ。頬を引きつらせながらも気丈に答える、答えようとする。

 

「お姉さんがそんなに怯えた顔するからお空もそう言うのさぁ……そんな怯えてる姿じゃあ、そう言うしかないでしょ? ……警戒しないでさあ、仲良くしようよ……?」

 

 舐めまわすような視線、誘うような蠱惑的な声。だがそれは弱者をいたぶろうとする強者の振る舞い。種族の優劣、本能の衝動が駆り立てるのだろう。

 部屋の隅のまま、手を伸ばそうとする燐の後頭部に、

 

「お燐、それ以上危害を加えようとするなら撃つよ」

 

 空の制御棒が押し付けられる。

 

「さとり様からの命令はお客さんを連れてくること、それを邪魔する者は排除すること。私、お燐を殺したくないよ」

「……なら殺さなければいいんじゃないかなぁ」

「だって、お燐の今の行為は連れていくことを邪魔してるよ?」

「……全く、馬鹿だなぁお空は。それに、もしこのまま撃ったらお姉さんも巻き添えになっちゃうじゃないか」

「あっ、そっか」

 

 凶器を押し付けられながらも笑いながらに済ませる燐と、あくまで忠実に動く空。後頭部に突き付けた制御棒を、次は側頭部に突き付け、

 

「これでいいね」

「馬鹿だなぁ、にゃはは」

 

 朗らかに笑い声をあげている。空は大真面目な顔つきのまま。燐にとってこれはいつものじゃれ合いの一つに過ぎないのかもしれない。

 それが尚更ナズーリンの恐怖を煽る。燐のほうはともかく、空は冗談を言えるような性格ではない。間違いなく一撃をぶっ放すだろう。そうすれば巻き添えになるかもしれない。ならなくても、死者は出る。

 ナズーリンの性格を見越しての、自分の身を張っての芸だろうか。たまたまだろうか。ともかく、今の手数では反抗もままならない。

 

「……私を、どうする、つもりだ……」

 

 頭をそれ以上サイズの口径で突き付けられているにも関わらず、それでも冗談めいた顔を浮かべたままのお燐は、さらにニコニコと笑みを浮かべる。

 今までの全て、こいしに怯えていたことも、さとりの前で泣いたことも、全部が芝居だったのかとも邪推するくらいに会心した笑みだった。

 

「何度も言ってるじゃないの、さとり様の元に連れていくだけだって」

 

 




補足
パルスィには無意識を操る能力は効きません。
嫉妬は本来感情を持って制するものではなく、それを抑えることは誰にでもできますが自分から嫉妬心を増やすなどはできません。無意識に増えたり減ったりしていくものです。
そんな感情を操れるパルスィには自身の無意識の暴走(=パルスィにとっては嫉妬の感情)も操れる対象なため、効果はないのです。
最も、他に無意識の暴走をしたものを止めることができないのが難点ですが。

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