【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】   作:みりん@はーめるん

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―ただ一人に送られた詠嘆曲 1―

「勇儀の攻撃を直接受けてはいけないよ」

 

 自分の後ろに隠れたナズーリンが囁く。

 

「君は、茶屋の時のように何がしかの力があるのだろうけど……それでも限度はあるだろう。鬼の、特に彼女の力は格が違う。怪力乱神、説明にならないほどの力の持ち主。拳を振るった風圧でも、張り上げた声でさえもその勢いは立派な武器になりうる」

「説明ご苦労!」

 

 その声が聞こえていたのか、終わり次第に対面している勇儀が声を放つ。普通の大声としか感じられないが、顔をひっこめた後ろの様子では詳しくはわからない。

 杯をいっぱいに傾け全てを口に運び、力強い動作で腕を下す。空になったそれを見せつけると、その様子に気づいた外野の一人が中身を酒でなみなみと満たす。

 

「私としては直接殴りあってくれたほうが嬉しいがね! だが強さとは単純な腕っぷしだけではないはずだ。かつて多くの者がそれを私に教えてくれた。お前は何を見せてくれるんだい?」

「……」

 

 注がれた中身を呷りながらも、ディアボロへの目線は外さない。

 憮然としていた彼の表情は変わらないままに、辺りを見回し、そしてすぐに一点に到達する。

 囲む外野の傍ら、光の射さぬ地底を灯す、地に刺さった篝火。今までも変わらず赤々と燃える火が今は熱狂を映しているかのよう。

 そこに近づいていき、自らのスタンドで刺さっている松明を一つ、おもむろに取り出す。傍目には、それは近づいた彼が何も使わず浮き上がらせたように映っているだろう。

 

「……念動力の類かな? 霊力や魔力なんかを微塵も感じない、外の人間も変わった力を持っているものだ」

「……そうだな。お前たちの目にはそのように映るらしい。この力を知らぬものは皆そう解釈した」

 

 浮き上がったように見えるそれは、火を勇儀に向けるとややもたつく挙動ののちに一直線へと向かっていく。

 人が単純に投げたような挙動ではあるが、その速度は一般的なそれと比べ物にならないほど早く、並の肉体であれば十分すぎるほどの衝撃を与えられる。……だが、

 

「ほう! なかなかの勢いだ! だけどこんなものか?」

 

 空いた左手でそれはたやすく弾き飛ばされ砕け散る。勇儀の周りに火の粉が、残骸が飛び散る。何ら障害にもならないことを、その身をもって知らしめた。

 投げた当人も、それを特に不思議と思わない。固く、確かに突き立てられた篝火を、次はそれごと引き抜く。

 少し揺られた程度では籠の中は散らばらぬほどの深さを持つ。確認すると火の先を勇儀に向け、ままに篝火ごと射出される。重量と速度が乗り、松明単体とは比ではない。

 それを認識した勇儀は肺を一気に満たし、

 

「喝ッッ!!!!」

 

 勇ましく踏み込んだ一歩とともに、足元が、大気が激しく揺れ動く。近場の火は消え、多数は轟く声に耳を抑え、頼りの無い者は吹き飛ばされるものまでもいる。

 直撃を喰らった篝火は中身を盛大にまき散らし、吹き飛ばされ、灯火はわずかに種を残すのみとなって残骸と化した。

 立ち込める砂煙の中、再び勇儀は杯に口をつける。視認できないほどではないその奥、投擲と共に駆ける姿勢を確認しながら。

 

「そらぁああっ!!」

 

 先に踏み込めた一歩を軸に、高らかに蹴り上げる。目標はその顎下、まともに受け入れれば人の形は保てない。

 もちろん、ディアボロもその程度は読めている。予知を使うまでもなく、勇儀の右手側、杯に埋まった先へ身体をずらして回避を試みる。

 轟音。

 自分のほんの僅か隣で死を呼ぶ柱が通り過ぎる。暴走した自動車が自分へ突っ込み、ギリギリで当たらなかったような、圧倒的な速度と質量。そして遅れてくる風が大地に広がる砂を、残骸の木くずを、散らばる火種を巻き上げる。舞い上がるそれらが身体に衝突することも確かなダメージとなって積み重なる。

 だが、確かな未来はこの直後。杯を高く持ち上げ自らの身体の捻じれによる不利を省みず、鬼の左手は固く握られている。

 

「わ、わっ……ちょ、大丈夫か、あっ!!」

 

 声の一撃で姿勢が崩れ、煙の中勇儀に向かった彼を満足に見届けられず、持ち直した先に見えたのは回避した先で、勇儀の拳を今にも喰らいそうな姿。 ナズーリンは思わず目を覆う。どのようなものであれ、死の姿は見たくない。彼が何か力を持っていることはわかるが、それが及ぶものとは思えていない。鬼とは、それほどの格なのだ。

 なぜ真っ向から、と思いながらも僅かに目を開け指の隙間から先を見る。

 

 

「……へぇ、やるじゃないか」

「……」

 

 その目に映ったのは、姿勢はわずかに崩れながらも、抉れ陥没した地面の淵に立つディアボロ、崩れしゃがみ込み、埋まった手を抜く勇儀。

 左手には強く殴打された痕が見られる。

 

「鬼の肌に傷をつけるとは。ただの念動力じゃあないね。……というか、そもそもの前提が違うのかな?」

「さて、どうだろうな」

 

 声と共に立ち上がり、近い距離のまま。どちらも、構えらしき構えは取らず、勇儀は腰に手を当てたまま、ディアボロはただ立ち尽くし。

 

「さあ、次は何を見せてくれるのかな?」

「悪いが」

 

 互いが少し手を伸ばせば届く間合い、勇儀は相手を見据えながらも、人間だからと見下げた視点は持たなかった。そのつもりであった。

 それでいて、次の手合いには何をしでかしてくれるか楽しみにしていた。それは、鬼の持つささやかな慢心。

 

 

 

「これ以上はない」

 

 ばしゃり、と水のかかる音がする。他所から聞こえる音ではない、周りはそれ以上の喧騒に包まれているから。

 酒精の香りが鼻につく。誰かが興奮でこちらに酒をまき散らしたか。否、勝負中の、地位のある自分に対してそのような真似をする間抜けはいない。

 目の前の男が、消えた。……がらん、と自分の足元に、星熊杯が落ちる。

 

「……あ?」

 

 全員が認識に時間を要した。僅かな静寂はディアボロが地を踏みしめる音と共に、勇儀の口から発せられる呆けた言葉で分かたれる。

 

「……あいつ、一瞬で」

「誰か、見えたか? ……いや、それよりも」

「星熊様が、杯を落とした」

「……なんで、どうなっている」

「それよりも、あの男、背を向けたぞ」

「姐さんとの戦いを、背中を向けて……」

 

 事態を認識するにつれて、中心の二人を囲むように声が上がり始める。

 

「戦いの最中に背を向けるのかッ!」

「恐れたかッ、臆したかぁ!!!」

「戦いを諦めたつもりかっ!!」

「こっちを向け!」

 

 どれもが戦いを放棄したように見えるディアボロへの侮蔑。臆病者への非難。矮小者への罵詈。

 だがそれはとある事実へ目を背けているだけのこと。それは鬼にとっての屈辱、他の者では何ものも感じないはずの感情。

 勇儀の顔が赤く、赤くなっていく。酔うはずのない鬼の、しかしまるで酒に酔ったような朱色。

 

「おまえ」

「こいし、どこだ!!!」

 

 声を張り上げる。後ろに広がる声と光景を無視して。

 

 

「鬼は下した」

 

 

 地が響き、空気が揺れる。声にならぬ叫びが辺りを振動する。勇儀の物言わぬ屈辱感が辺りを支配する。誰も何も言えなかった、ディアボロ以外は。

 鬼の怒りが大気を震わせる、彼女の震えるほど握りしめられた右手と共に。

 

「鬼よ。初めから試すようなことなどせずに真っ向に挑むんだったな。だから足元を掬われる……この場合、手元かな」

「……」

「いつから気づいたか、とでも聞きたそうだな。……よほどの愚鈍でなければ、最初から気づく。鬼は嘘を吐かない、と記述されていたが。どうやらそれは言わずとも心に定めていればその通りらしいな」

 

 一度も振り返らず、目も合わせずに地底の奥へと足を運ぶ。

 行為全てが勇儀を、周りを逆上させるに十分なプライドへの冒涜。だが、その手が彼に伸びることはない。もし回りが伸ばしてしまえばそれは他ならぬ勇儀への侮辱となるし、勇儀自身も自らの精神に反することになる。

 

「……なるほど、奇術使いか、はたまた詐欺師か。そういう可能性、頭から抜けていたよ。そんな奴でも、正面から叩き潰す。それが私というものだからな……」

「知らんな」

「ッ!! 、また会おうな、人間。次に闘りあう時はその首を抜いて舌を引きちぎって殺してやる、必ずだ!!!」

 

 酒で濡れ怒りで震える指先で、その背中を指し示す。去りゆくディアボロには、もはや届いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「待て、待ってってば」

「……まだついてくるのか」

 

 やや離れて、その後を討とうとする者が来ないかを確認していると、来たのはナズーリンただ一人。

 

「当り前だ。何をしたのかわかっているのかい? ……少しでも君が生きていけるように手伝っているんだよ、私は」

 

 おそらくあの場から息を潜め、急いでこちらまで駆け付けたのだろう。少々息は荒いが顔は少し青白さが残っている。

 

「さっきの戦いで君は完全に鬼たちを敵に回した。勇儀の前だからこそ、彼女の顔を立てるために手を出す者がいなかったけどもし君が目のない場所に言ったらそのまま殺され」

「だろうな」

「……わかっているつもりなのか? 死にたい、とでもいうのか?」

 

 顔色を、真意を伺うように顔を覗きこんでくる。逆に見返せば、そこには心配と疑いの色。

 

「健闘の勝利でも敗北による撤退でもその後は変わらないだろう。あの子供のいうことならば注目を集められればそれでよかった。何より、あの女のことより前の男の言っていたことのほうが気にはなる。……私に、何をさせる気なのかが」

「……まあ、確かに。はっきり言って異常だ、あの反応は。話に聞いた程度とはいえ、私の知っている地底ではないみたいだよ」

 

 そういうと、顔を下に向け思案するナズーリン。耳をゆらゆら揺らしながら呟くように、

 

「元々こいしは……古明地こいしは覚えられていることが珍しい妖怪だ。無意識を操り、無意識に支配されたあの子は他の者の目に映っても意識外に映る。だから認識できない、記憶に残らない。私のように余所から教えられたとかなら別だがね」

「その割には全員が知っているように見えたが」

「だから妙なんだと言っているんだ。……あの姉がわざわざ知らせた? こいしの事をわざわざ、全員に? 要の人物だけじゃなく……地底は何を隠している……? そもそも、何が起こるというんだ……」

「……それを、確かめる必要もあるな。私としても投げ出す気にはなれん。後ろからいつまでも見つめ続けられるのはまっぴらだ」

 

 辺りを見回す。先ほどの喧騒が嘘のように静まり、こちらを陰ながら伺う目線が増えてきた。先ほどの現場から引き揚げ、自分たちを追っているか。

 そんなものは関係ない。それより、あの子供を視界に収めること。……できるかは、不安だが。

 

「……地霊殿は、もうすぐだ。それほどかからないと思う。あそこに近ければ近いほど目もなくなるよ。……さとり、こいしの姉について、何か知っているかい?」

「いや……何も知らない」

「…………さとり、名前と一緒だけど種族としてのサトリ。人の、心を読む妖怪だ。こちらの思っていること、考えをすべて読みとることができる。話し合いの舞台が違う、誰からも好かれない妖怪だよ。余程の変わり者じゃない限り、好意的には受け入れられない。相手もそれをわかっているのか、誰とも相手をしない」

「なるほど……気に入らない能力だ」

 

 つい、と先を指さす。辺りから家を灯す光が消えた先、僅かな熱気を感じられるその方向には様式と規模の違う屋敷が経っている。洋装の館は地底の天井が見えないようにその高さを測れない。

 ここに至るまでに人の姿は垣間見えたものの、こいしの姿は見当たらなかった。

 いつに現れるか、いずれに出てくるだろうか? そう思った矢先に、

 

「おにーさんっ!」

 

 後ろから声をかけられる。振り返るとそこには飾られた包みを持った彼女の姿。

 振り返るディアボロの姿を不思議そうに見て、釣られて振り向くナズーリンは、ややあってこいしを認識したようだ。

 

「現れたね……厄介者」

「すごかったね、おにーさん。みんながあなたを見てたわ。あんなにみんなが夢中になることなんてここではなかった、おにーさんの注目度は最高ね!」

 

 二人や、他の者たちと違い熱に浮かされ頬を染めながら興奮を露わにする。両の腕をパタパタと振りながら自身の感情を伝えている。

 

「きっとお姉ちゃんもおにーさんのことを好きになる。地霊殿のみんなもおにーさんのこと好きになってくれる、きっと!」

 

 今まで以上に笑顔を浮かべ、ディアボロの腕をとりながら先を指す。ナズーリンと同じ方向、地霊殿。

 ……その先にまた一人影が見える。

 

「呼ばれてじゃじゃーん、あたいにじゃじゃーん、とぉ。……おやぁ?」

 

 こちらからは遠くてしっかりは見えていないが、身を乗り出す姿と見覚えのある手押し車。

 

「おやおやぁ! 空から落ちてきたお兄さんじゃあないか。昨日はあんなこと言ってたのに来るだなんて、いやぁ好きものだねお兄さんも」

 

 がらがらと音を立て、目を細めて笑顔を浮かべている。火車の少女――火焔猫燐――はのんきな顔のままこちらへ近づく。

 

「それにおいしそうなお仲間もいたもので……隅に置けないねお兄さんも」

「べ、別に、そういう関係じゃないぞ! それにおいしそうってなんだおいしそうって、私のことをなんだと思っているんだ」

「ネズミでしょ」

「いやまあ、そうだけど」

 

 ニコニコと調子の良い上辺を繕いながら近づいてくる。その様子は腕にまとわりつくこいしとほとんど変わらない。

 

「まあネズミさんはいいのさ。地底までの道案内ありがとう、かな?」

「……私は、こいしとやらからここまで誘われたのだが」

「えっ」

 

 そのものの名前を出すと、先程までの笑みは消え、引きつり青ざめた顔を浮かべる。

 

「こいし、さまに」

「お前も、何かを知っているようだな」

 

 隠すことも忘れているのか、それとも先程の者たちのようにそこまで予想外であったのか。

 

「やっほー、お燐」

「へにゃ! こいし様もそちらにいらしたんで!? いやあ、いつものことだけどあたしゃ気づきませんで」

 

 あはは、と隠すように笑みを張り付けその感情を隠す。だが、動物の習性が隠せないか、しっぽをだらりと垂らし足元に巻き付けている。確か、恐怖と怯えの印。

 

「みんなが好きになってくれるおにーさんが来てくれたの! お姉ちゃんもきっと好きになってくれると思うの。お燐もそう思うよね」

「えぇ、えぇ。あたいもそう思いますよ。さとり様にも紹介しましょ」

「でしょ! 私、先にお姉ちゃんに言ってくるね」

 

 自身の感情を覆い隠し、ただただ主の意見に賛成している様はかつて見たことある光景。答えに機嫌の良くなったこいしは入口へ向かって先に駆け出す。

 その場に残された三人。燐は大きくため息をついて、

 

「こいし様に目をつけられていただなんて……そんなつもりじゃあなかったんだけど……」

「何か、知っているようだな」

「ひぇ! あたいが呼び水になったわけじゃあないと思う、けど……こいし様だから、わかんない。……申し訳ないけど」

 

 仮面が外れ、ディアボロに対する恐怖とこいしに対する畏怖が浮かぶ。

 

「お兄さんの事助けてあげたいけど……あたいはペットだから。さとり様と、こいし様のペットだから。言う事は、聞かないといけない。ただ……」

 

 服の裾をいじりながら、いっぱいに言葉を選んでいるのだろう。自分の心を裏切らないように。

 

「なにか、追い詰められそうになったら橋姫に頼るといい。あたいもよく知らないけど……さとり様が地底で唯一関係を持っている相手だ、きっと何か関係しているから」

「…………そう、か。わかったよ」

 

 地霊殿に足を向けながらディアボロは話す。

 

「お前たちがどれほど、自分勝手で他人を顧みないかを。……自分の身は、自分で守る」

「え、ちょっと、お兄さん、そんなつもりじゃ!」

「……いや、今の話し方じゃあ誰だってそう思うよ、火車の猫」

「なんでさ!」

 

 抗議の声を上げながら地霊殿に至る門をくぐる。蝶番も錆び、長く動かされた形跡が見当たらない。

 扉を開いて中に誘われる。動物の匂いが鼻につき、逆に人間の生活間の匂いが感じられない。

 

「さとり様ー! お客様ですよー!」

 

 大声を出して帰りの挨拶。周りにわらわらと先ほどの存在を示した動物たちが寄ってくる。犬、猫、鳥、爬虫類……

 そんな中、エントランスの奥からぺたぺたと、人間らしい足音。

 

「ありがとう、お燐。……客人、ですか」

 

 外見はよく似ている。短いながらも癖のある毛、胸を中心に全身に伸びるコードと赤く開かれた瞳。こいしと全体的に対照的な色合いが目立つ。

 地霊殿の主――古明地さとり――が姿を現す。寝ぼけたような瞳を向けながら、しかし胸に付いた瞳は、じっとこちらを凝視していた。


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