【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】   作:みりん@はーめるん

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―無意識に奏でられる即興曲 3―

 ……どうしてこうなったのだろうか。

 目の前には鬼と称される、日本にて強大な種族と語り継がれる者。その最たる中で『力』を司るともいわれている、四天王の一角。

 比較的大柄な自分よりも一回り大きなその女傑は、盃をくいと傾け中を呷りながら、今か今かとこちらを待ち続けている。

 どうにかならないものか、と天を仰ぐも、そこには光も何もなくただただ土くれと岩で作られた屋根がその身を主張している。

 

「どうした、来ないのかい?」

 

 鬼――星熊勇儀――は挑発するように声を上げる。周りの者たちもそれに合わせて野次を上げる。彼女の部下、慕う若者、ただの飲み客、肴にする見物客。

 勝ちを期待しているのか、戦いを期待しているのか、わからない。少なくとも、自分についているのは後ろで縮こまっているネズミだけ。厄介な夢遊病患者はいずこかへ消えている。

 ……どうしてこうなったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こいしに手を引かれるままに地底の都へ向かうディアボロ。閉ざされ太陽も月もない、宇宙の光源がない中でも自然の灯りが十分な光を視界に提供している。

 地底の都は人間の都と建築様式はほとんど変わらないように見えるが、限られたスペースを活用するためか、目に余るほどの積み上げるような増築が目立つ。

 

「地獄へよぉこそ!」

 

 改めて振り返り、手をいっぱいに広げて歓迎の意を表すこいし。声の先には人里の夜と変わらない風景が広がっている。時刻はおそらく、宴の頂点。地上であるなら夜の歓待に盛り上がることだろう。それはここでもあまり変わらないのか、はたまたより活発なのか。通りにはそれなりの人数が往来している。

 姿こそは人間のような者が多いが、それこそ妖怪の類なのだろう。人間に角や翼など装飾をつけたような者、獣の様相を隠さないもの、完全な異形……申し訳程度に人間を残した姿が、そこら中に広がっている。

 闇に輝く都の灯りは、地上のどことも知れぬ闇に溶けることなく、限りある世界を照らしだす。

 

「……なるほど、眠らない街、か」

「さ、いこ! おにいさん」

 

 自分の手を離さない少女は、勢いに任せるままにぐいぐいと引っ張り続ける。衰えることなく、街門のないその中へと誘うように。

 感じ取れる空気は洞窟の中の冷たく、気だるい空気から生き物の熱を乗せた動きのある空気へと変わっていく。嫌が応にも光に安寧を求める者たちの空気、そしてどこかそれに刃向かうような矛盾を持ち合わせた感情たち。

 

「いかがかな? 禁制の蛇を漬け込んだ上等なものだよ。飲めば並みならあっという間にコロリさ。けど、あなたなら問題ないだろう?」

「……人間? 外の空気を感じる……」

「掘っても掘っても終わりない、だからやめられねえんだよなぁ、なあそう思うだろ?」

「いい臭いだねお客さん。何を求めて? ……血、青ざめた血だって?」

「今日はどうする? またあの赤河童の所にでも……」

 

 そこかしこから聞こえる喧噪、そしてこちらを舐めるように見つめている数多の目線。人間が珍しいのか、餌が歩いてきたことへの興味か。会話、手を止めてこちらを見る者もいれば、眼だけで追う者もいる。もちろん、気にしない者もいる。

 妖怪の山で感じた、ただただ不快な感覚。

 

「みんな、おにいさんのこと見てるね」

 

 僅かに振り返り、こいしは小さな目から視線だけを送って話しかける。

 

「わざとじゃあないのか」

 

 それに対しての悪態を用意した中、その言葉は発されることはなかった。

 

「ぐっ」

「んがっ!?」

 

 突然衝撃が走り、視点がぐらりと歪む。全身に走る反動、たたらを踏む自らの足。壁にでもぶつかったか、しかしこいしが前に走っていたはず、そんなはずは。

 歪みが戻れば、目の前には自分を上回る背丈の男たち。自分の握られていた手は今は空になっており、感じていたぬくもりはなくなっていた。

 

「ぐぅーーッ!? んげ、げげげぇーーーッ!!」

「おいっ、大丈夫かぁーッ!?」

 

 男は一人ではなかったようだ。彼の周りを囲んでいた3人がぶつかった男を取り囲む。

 せき込む声には粘性の音も交じっており、それは次第に嗚咽も交じり激しくなる。

 

「……あいつ、どこに行った?」

 

 周りを見回してみるが、こいしの姿はどこにも見当たらない。人ごみに紛れたか、それともそばの家屋に隠れたか? 彼女の能力を考えれば、見落とした以上、再度探すことは困難だろう。

 目の前にもう一度視線を向ける。先ほどぶつかった男に周りが介抱をしているがこの集団を横切ること、こいしにならできるだろうがそれを行う理由がわからない。

 

「二人とも、速すぎだ! 追いつくのが……ひっ」

 

 後ろからようやく追いついたナズーリンの声が届くが、急にそれが低く戦慄く。

 ディアボロの目の前に、ぶつかったであろう男とその周りが怒りに満ちた目で見下ろしている。

 

「……おいてめぇ、どこ見て歩いてんだコラ」

「まさか俺たち4人が見えなかったなんてことはないだろ?」

「なぁ、答えてくれよ兄ちゃん、ついでに怪我したコイツ、どうすればいいと思う?」

「がぅっぷ、ぷぇっ」

 

 一人一人が大木を思わせるほどの肉体、自分の力量に裏打ちされた自信、髪をかき分けるように生える揃いの角。

 見たことはないが、日本のイメージ、伝承に伝わる有名な姿、縁起に乗っていた情報。今目の前にいるのは地上から消えた鬼、だろうか。

 なるほど、風格はある。人間にもこれくらいの体格を持つ者もいるだろうが、ここまで威圧感を出すものもいないだろう。群れているから、後ろ盾があるから、武器を隠し持っているから……そういった自身の力以外による強者の余裕ではなく、純粋な自負。

 それらが4人。ぶつかった男はまだ肉の残っている串を地面に捨て口の中に残った血を吐き出し改めて前に出る。

 

「……お前、人間じゃあないか。しかも、博麗や霧雨とも違う、『ただの』人間。都で何をしていやがる?」

 

 怒りの中に疑問を持ちながら、何とか拳を抑えながらといった面持ちでディアボロの顔を覗く。鼻息も荒く顔面も紅潮している。癖だろうか、左目の瞼がピクピクと痙攣している。

 返答次第ではただでは済まさない。それも、正論ではなく感情を優先とさせた答えを出せ。それを、言葉なくとも雄弁と語っている。

 

「……ナズーリン、あの子供を見なかったか? いなければ探してくれ」

「えっ? ……えっ?」

「……んだとぉぉお?」

 

 その中で、彼は何事もないように後ろを振り返り身体を縮こまらせているナズーリンに話しかける。彼女の目が怯えから困惑に変わり、再び焦燥へとぐるぐると変わる。

 

「え、今、なんて」

「おい、誰か探してんのか? その前に探すべきがいると思うだがなぁ、えぇ?」

 

 困惑した声に被せるように男の声、共にディアボロの肩を両の手で掴みよせる。ずいと引き寄せられ、相手も顔を近づけ視界一面に男の顔が映る。

 

「まず一つ、これは簡単だ。お前の謝る相手だ。それは目の前にいる。二つ目、これも簡単だ。お前の理解する相手。目の前に一人、周りにもたくさーーーーんいる。何の目的か知らねぇが、分を弁えなきゃあいけない。わかるよな、なぁ?」

「……勘違いしているようだが」

「あぁ? ……ぐっ!?」

 

 ディアボロの肩を押さえつけていた手の指のひとつが、ゆっくりとはがされ、逆関節へと折れていく。

 

「私は被害者であり、悪意を持って衝突したわけでもなければ不注意であったわけでもない」

「てめっ、ぎっ」

 

 小気味のいい音共に、向きを変えた一本はぴったりと手の甲に張り付く。それが終わるとまた次の一本がゆっくりと折れていく。

 痛みにゆがんだ顔のまま、意趣返しにディアボロの肩に力を入れ、肉を、骨をギシギシと潰していく。

 だが、彼は怯まない。

 

「本来であれば謝罪はどうあれ、怪我に対して憐れむくらいはするが……そちらが来るのであるなら、こちらとしても対応せざるを得ない。何せ、『ただの』人間だからだ」

「な、なんだその力は……! てめぇ、俺の指をッ!」

「降りかかる火の粉は払わねばならない、さあどうするんだ」

 

 二本目が折れ、力の抜けた、肩に付いた手を勢いよく取り払う。目の前の男は後ずさる、先ほどぶつかったディアボロのように。

 

「ペイジ、大丈夫か!?」

「なんてことあるかッ、やってくれるじゃねえか人間ッ!!」

 

 着物の端をちぎると、そのまま折れた二本を力づくで戻し残りの指と巻き合わせ固定する。痛みに顔をゆがめる間もなく一瞬で。

 折れぬ意志を行動と瞳から感じ取れ、それに呼応するためディアボロはスタンドを構えなおす。

 

「普通じゃないことは認めてやる! だが鬼に弓引いたこと、後悔するんじゃねえぞ!」

 

 大声を上げ啖呵を切るその姿に、辺りの目もいい加減に集まってくる。そこには奇異と好奇が多く、不安がる様子はどこにもない。

 まるで地底の住人たちの見世物になっているようで、いい気分ではない。

 

「私はこいしが見つかればそれでいいんだが……」

 

 目線は外さず、それでも思わず漏れた言葉。なんてことのないつぶやきだった。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、確かにそれが引き金となる。

 

「……なに?」

「……こいし?」

「さとりの妹の……?」

「今あいつ、こいし様の名前を出したのか?」

「……まさか……」

 

 途端に辺りの空気がざわめき始める。小さな声を拾われ、それが辺りに拡散、広大に伝播していく。

 目の前の男も、驚愕の表情を浮かべたまま、もう一度こちらを探るように口を開く。

 

「……おまえ、なぜこいし……様、の名を知っている? ……なぜ、地底に来た?」

「その質問にわざわざ答えなくてはいけないのか?」

 

 返事を返すも、それは待っていた答えではないからか。彼と組んでいた残りの男たちは、がやがやと声を上げるとその場を急いで立ち去る。逃げたのではないのだろう。去り際に残した男に送った目線は信頼だった。

 

「……こいし様が連れてきたっていうなら確かに納得だ。なんで連れてこられたのかわからないっていうなら尚更だ。……俺たちを見て何も動じないってことは……外の人間とやらか、お前は?」

「……上では大体が一つ見ただけで気づいたものだが」

「こっちには人間が流れてこないからな。死体でない奴なんて初めて見る者もいると思うぜ」

 

 ……構えは変わらず、だがそれでも口は止まらない。

 攻め入る姿勢のままだが、その心は受動に変わっている。去った男たちは、おそらく誰かを呼びに行ったか。それも、この事態を確実に解決できるレベルの。

 一体何を恐れているのか? こいしの行動と自分に何が関係するのか? 気にはなる。ただ闇に身を浸すだけと考えていた地底旅行は存外面倒の塊のようだ。

 今の自分に必要なのはあくまで自らの境遇を、戻った後を考えてのこと。引き返す暇があるのなら今のうちに引き返し、当初の通り、スカーレットに出向いたほうが。

 

「退くなよ」

 

 機先を封じるようなその声は、対峙する男の声。

 

「勝手だと俺も思うよ、だがすでに、少なくとも俺程度じゃあどうしようもないんだよ。だがな、一番困るのはお前がこの地底からいなくなることだ、こいし様の意に反して。これは試練だ、あんたにとっては強制だが、乗り越えなくっちゃあならねえ、乗り越えてもらわなきゃならねぇ。さもなきゃ此処ごと道連れさ」

「き、君たちはさっきから何を、こいしが何だって」

「てめえは黙ってろドブネズミがよぉッッ!!」

「ひうっ」

 

 再びやり込められた少女は置いておくとして、どうにも相手はディアボロを測ろうとしている様子だ。それも、聞き覚えのある言葉を用いて。自分の想定の外に置かれてそのまま何かを課すなど勝手の極みだ。

 一番解せないのは、その内容を何も言わないこと。自分に関係のない場所であるなら、勝手に滅びればいい。だが、男の言葉を信じるのならば道連れに自分も滅びる。

 

「……私にどうしろと言いたいんだ、お前たちは?」

「簡単だよ。折れない心を見せてほしいんだよ」

 

 再度の問いかけに、外れのほうから声がかけられる。今までと違う女の声。

 男が顔を向けたのを見てからそちらに振り向けば、屋根の上に盃を携えた女が立っていた。彼らと同じ、額には一本赤い角が主張している。

 こちらが女を認識したとき、盃の一口を運んでから跳躍する。込めた足の力で、脆い家屋のように崩れていった。

 

「ジョーンズが知らせてくれたよ、こいつが件の男かい?」

「そうです、星熊の姉御」

「わかった。……下がってな」

 

 彼女の登場で再び辺りの空気が変わる。緊張が安心に変わり、そしてこれから起こる出来事に強く興奮することを抑えている。

 もう少し見渡せば、そこかしこに頭に角を持った者がいて、現れた彼女に送る目線は畏敬を携えている。

 女性の身体だからか、体格は先ほどの男たちに劣るがそれでもディアボロを上回り、角の大きさは他の者を逸している。

 頭目か、それに類する地位の者。

 

「自己紹介をさせてもらおう。私は山の四天王の一人、星熊勇儀。そしてこれから起こる騒ぎの始まりを担うものだ」

「……」

「納得がいかないという顔をしているし、それもしょうがないと思う。だが人間、少なくともお前は地霊殿に向かいそこで腐らないようにならなければいけない。じゃないと、お前は死ぬだろう。こいしに取り込まれてその魂は成仏することもなく囚われ続ける。脅しじゃあないよ、鬼は嘘をつかない」

 

 同じようなことを言う。自分の口の中だけにそれは響く。

 

「……ならば……お前たちは私に何を望む?」

 

 呆れた表情を抑えられない。こいつらは全ての解決を外から来た男に委ねている。自分たちで解決しようとせず。

 脅しではない、だと。死んで、魂が囚われ続けるだと。笑い話にもほどがある。

 ……だが、覚えがある。自分には。永遠の苦しみ、ゼロに戻され続ける魂の牢獄。

 まさか、味わったことのある結果を、回避するために立ち向かうとは。

 なるほど、男が試練と称したことは偶然だろうが、過去と同じ結末。過程を見せつけろと言わんばかりに。それを回避しろと言わんばかりに。

 

「こいしがこちらの騒ぎの真意を理解しているかどうかはわからない。だけど、きっとこう思っているだろうさ。みんながお前に注目している、とね」

 

 再び杯を傾け、中身を減らす。

 注目を浴びているのだとするならば、そこから見えぬものに『与える』必要があるのだろう。

 ……まるで古代の闘技場、コロッセオに立つ剣闘士の気分だ。決して、いい気分ではない。

 

「さあ、見せてやるといい! 力の勇儀、それに挑む男の姿を!」

 

 ……どうしてこうなったのだろうか。


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