【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】   作:みりん@はーめるん

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―無意識に奏でられる即興曲 2―

「いったい何を考えているんだ君は! 地底は忌み嫌われた妖怪たちの住処、幻想郷の中でもはみ出し者の集落だ!」

「違いますーっ! ちょっと変わり者のいい人たちだらけでーす!」

「それはこいしの主観だからそう見えるだけだ! 今は少し緩くなったとはいえ基本的には行き来は禁じられている場所だ! 思い付きでおいそれと入るわけにはいかないんだぞ!」

「けどお燐もお空も行ったり来たりしてるし、霊夢の所に行ってるけど何にも言われてないもん」

「あの不良巫女め……! それはあの風船巫女が何も言わないからで本当はダメなんだぞ!」

 

 ディアボロの歩く後ろで、少女特有の甲高い声が辺りを賑わわせる。子供の言い争いなど久しく見てはいなかったが、ここまでうるさいものだっただろうか?

 いつまでも続きそうなその声に一喝を入れてやりたくなる気持ちもあるが、おそらくそんなことでとどまりはせず、むしろその熱意は加速するだろう。

 

「君もだ! よくもやすやすと心変わりするものだ! スカーレット姉妹に何か見出したんじゃなかったのか!? だから紅魔館に行くんじゃなかったのか!? 足掛かりとか仇敵を乗り越えるためのどうのこうのはいったいどうした!?」

「……」

「これから行くところは地の底の底だ、人間もいなければ君一人で抜け出ることもできない! 一体どうするつもりなんだ!」

「もー、ネズミさん、そんなに大きな声出したらみんなが起きちゃうよー」

「そんな時間かっ!!」

 

 ふと空を見上げる。橙に染まりゆく空の色、元々の目的地への出発と到着の予想は日が暮れる少し前だった。博麗神社の近辺にあると聞いている地底への入り口、おそらくそこへの到着は月が見えるころだろう。夜分には妖怪も活動的になるし、神社の近辺にも傘の妖怪がいたように、こちらに害を成そうとする妖怪が現れる可能性はある。

 向かうとするのなら、少し急ぐべきだろうか……?

 

「ねえ、そんなにゆっくりじゃあ日が暮れちゃうよ」

 

 考えた矢先に、こいしが自分の片腕に組み付いている。

 

「ッ!!」

「わぁ」

 

 条件反射に素早く振りほどいてしまう。もっとも、飛ばされた本人も傷んだり驚いたりしている様子はない。そうされるのが当然の反応と思えるような笑みを浮かべたまま倒れる。

 あの夜にあった傘の妖怪より、よっぽど驚かすのは上手なようだ。現に、ディアボロは少しの隙に再び心臓を跳ね上がらせているのだから。

 

「……黙って抱き着くのはやめろ」

「でへへ」

 

 知ってか知らずか、その表情に反省の色は見られない。

 

「おにいさん、歩いたままじゃあ日が暮れちゃう。飛んでいかないの? 人間だから飛べないの?」

「そうだよ、彼は飛べない、というか普通の人間は空を飛べないだろう。修業した退魔師とかならともかく」

「ああ。オリン……あの猫の妖怪から聞いてはいないのか?」

「しょうがないな~」

 

 立ち上がり、姿勢を整えたこいしは両腕両肩をぐるぐると回す。さしずめ準備体操と言わんばかりに。

 

「両手を持っちゃうと腕が抜けちゃうから、肩車でいいよね」

 

 その屈託ない笑顔は、逆にディアボロの嫌な予感を誘う。

 

「……おい、まさか」

「大丈夫、私も妖怪! おにいさん位わけないわ」

「……っっ」

 

 意図を理解し、吹き出すのをこらえるナズーリン、対象に慌て始めるディアボロ。

 『それ』を行われることは、ある意味死よりも辛いことだろう。良識があり、プライドを持っているのならなおさら。

 

「やめろ、急ぐ道でもない、歩きで行くッ!」

「観念しろー!」

 

 素早く身を屈めるとヘッドスライディングの要領でディアボロの足の間へ滑り込もうとする。

 彼もそれをさせるわけにはいかない。大の大人が、実年齢はともかく見た目少女に肩車をされることなど、彼のプライドが許さない。しかもそのままに空を飛ばれてしまえば、途中に通る人里でも夜中とはいえ目が向かれる可能性がある。

 何としても避けたかった。その恥辱は筆舌に尽くしがたいだろう。

 

「く、くくくっ、か、観念したらどうだい」

 

 ふわりとナズーリンの体が宙に浮かぶ。わざわざ歩くという非効率なことをせず、素直に飛んでいけばいいじゃあないか。そういわんばかりに。

 別に空を飛ぶことに抵抗があるわけではない。ただ、幼子に肩車されることが、かつて帝王と呼ばれた自分の誇りを汚すことに変わりはないということと同義であること。

 幻想郷、子供で溢れている世界で大人が混じって戯れることは珍しくはないかもしれないが、彼の心はそこまで染まっていなかった。

 

「あっ、まてー!」

 

 だから、走り出す。醜態をさらす前に。

 視界から外れたこいしの気配は、変わらず感じ取れない。走る音も、小さな衣擦れさえも。もちろん自身の走る音もあり聞き取りづらいのもあるだろうし、そもそも飛ばれてしまえばそれもより少なくなるだろう。

 垣間見える『予知』の画面は、問題なく像として映っている。絵に映り込んだ像は、もはや気配とは関係ない。

 しかし、今は彼女を意識しているから映し出される像から情報を取り込めているのだろう。もし彼女の存在に気づいていない状態で『予知』を見たら、果たして気づけるだろうか。必死ながらも、それを考える冷静さは保っていた。

 

「痛いことするわけじゃないからー!」

「私にとっては十分に『痛い』ぞッ! 晒しは相手を屈服させる十分な手段の一つだ!」

「ははは! 確かにそうだ! ドッピオなら似合ったろうに、お前では曲芸の真似事にも見えないな!」

 

 走る。走る。走る。正直に言ってしまえばこの状況ですら見られることは酷なのだが、それでも行き着く結果よりはましな過程だ。

 おそらく、結局はどちらかの体を借りて地上から地底に向かうことになるのだろう。生身の人間、空を飛べない人間が問題なく降りれる地形ではないだろう、ナズーリンの言い分からディアボロも十分に推測できる。

 人目に見えなければ、直前であれば。それならばまだ耐えられる。自分を知るものが、今は地上には多すぎる。

 やはり最初から姿を隠すべきだったのかもしれない。あるいはドッピオの姿で、今からでも交代していけば。

 ドッピオに説明する手間と時間、その間にあのこいしはおとなしくするだろうか。『ディアボロ』に興味を持つ彼女が、『ドッピオ』にどこまで理解を示すか。

 

「鬼ごっこなら負けないわ! 私を捕まえられた人なんて誰もいなかったもの!」

「追う側のセリフか、それじゃあ本末転倒だろうがッ!!」

「最初から勝っていたから私の勝率は100%だった!」

 

 わけのわからないことを口走りながらも追い続けてくることに変わりはない。舗装のない道を走るための装備をしていない状態と何物も影響を受けない飛行では、速度も疲労感も違うのかその差は徐々に狭まっている。こいしの手がディアボロに伸びる回数が増えている。

 いっそ諦めるという選択肢がよぎるが、その度愚かな考えを捨て去る。諦観は敗者の論理だ。全てを諦め敗北という鎖に繋がれる安寧は、まさしく唾棄すべき理想。

 必死の逃走は時間の流れを曖昧にし、行程の感覚を乱す。

 

 

「……おや、どうやらまんまとこいしに嵌められていたのかな」

「ハァ、何、だと」

 

 視界に広がるのは、森を抜け、道を超え。まばらに岩が目立つ空間。

 どこかで嗅いだことがあるような匂いが鼻につく。

 

「はぁはぁ、到着! 地底の入り口までもうすぐよ、おにいさん」

「……ハァ、そうか……で」

 

 気づかぬほどに走っていたこと、それを示す体から噴き出る汗が火照った体を冷やそうとする。そんな汗ばんだ顔を、同じく帽子を脱いでかいた汗を袖で拭うこいしに向ける。

 

「……どうやって『降りる』んだ? その地底へ」

 

 にぃーっ、と唇が横に伸びる。そのいたずら心を理解し、やはりかとディアボロは肩を下す。

 同時に全身の疲労も感じられる。近場の手ごろな岩に腰を掛け、膝に肘をついて体を落ち着かせる。

 

「少し休ませろ……お前たちにはなんてことないかもしれないが」

「そんなことない、私だってただ飛んでばっかじゃなかったからもうへとへと」

「……後ろから着いてくる分には何も問題なかったけどね。……私の飲みかけでよければ、飲むかい」

「わーい」

 

 ナズーリンがポシェットから小さな水入れを取り出すと、二人のほうへとむける。それをこいしは喜んで受け取り一気に飲み込む。

 

「ちょ、それじゃ彼の分が」

「……いや、私は遠慮しておく」

 

 もっとも、ディアボロからすれば先ほどの店の件があったとはいえ、人の飲みかけに口をつけようとまでは考えられなかった。

 

「ぷはーっ! ……はっ、ネズミの水、ねずみず!」

「ネズミだからって不衛生とか考えていると怒るよ」

 

 そのことが頭をよぎったことも原因の一つではない。

 

「休憩おしまい! で、おにいさん。上からがいい? 後ろからがいい?」

「何がだ」

 

 給水を終え、いち早く立ち直ったこいしがディアボロに提案をする。

 

「何って、これから降りるんだから。私にしっかり掴まってないと落ちちゃうもの。私のどこから掴まっていたいの」

「こいし、なんでそんな聞き方するかね。普通に彼を背負ってあげればいいと思うよ。肩車なんかしたらどこかに頭をぶつけそうだ、君はそういうところは無意識に動くんだから」

「同感だ。少し見ただけで感じたが、とてもじゃないがお前にそんなことされて命と頭がいくつあっても足りなさそうだ。私を負ったまま自分ほどしかくぐれなさそうな隙間に気にせず入りそうだよ……というか、いや、難しいか」

 

 改めてナズーリンのほうにも目を向けるが、彼女はこいしよりもさらに小さい。幾分か理性的には動いてくれるであろうが、大柄な自身の身体を担ぎ上げるとしたら、安定しきるかどうかも怪しい。

 それに気づいたように。当然と言わんばかりに息をつきながら肩をすくめる。

 

「私には君を抱えるのも背負うのも無理だ。期待に沿えなくて悪いが。……そうまでして、本当に地底に行きたいのかい」

「超えるべき障害は誰にでも存在する。……それに最も近しいのは紅魔館ではあったが、超えるだけではダメだ。その先も考えて――」

「ん!」

 

 見ると、ディアボロの前には腰を下ろして背を向け、首をひねらせこちらを見るこいしの姿。ここに乗れ、というように添えられた両手の先をピコピコと動かす。

 話を打ち切るように現れる彼女を見ると、語るのも馬鹿馬鹿しくなる。夢を、野望を語ろうとする男がこれから少女の背中に身体を預けようとするのだから。

 その姿を想像し、僅かに震えを覚えるとディアボロは立ち上がる。

 

「まだ入り口ではないのだろう、歩いていく!」

「あーん」

 

 くすくすと笑うナズーリンの声を聴きながら、その先の匂いの元へ。……知らずに足を踏み出すが、止める声もないということは間違いではないのだろう。

 やや速足で進むとその先を導くようにこいしが飛び、急かすように前を指す。

 そこには確かに、地から煙を吐く大穴が開いていた。

 

「……まるで火口付近だな」

 

 火山性のガスの匂いが辺りに充満しており、これがもっと強ければ、近くなれば昏倒を起こすことも考えられるだろう。

 まさか目の前の大穴そのものに突っ込むわけではないだろう。……そんなことになればさすがに死ぬのでご免被る。

 問いただそうとしたときには、そこから少し離れた横穴の付近に二人は向っていた。

 

「こっちこっち」

「さすがにそこからは、私たちでもいけないよ。聖ならいけるかもしれないが」

 

 少しの装飾と丁寧な舗装のされた入り口は、ある程度の行き来を感じさせる利便性があり、多用されているのは間違いないだろう。案内が少ないのが不満ではあるが、そもそも知ったものしか通らず興味本位で迎え入れるほどではないのかもしれない。

 そこに立ち寄って中をのぞいてみれば。

 

「……意外と近代的だな」

 

 長い長い縦穴と底から吹きあげる風が身体を触る。壁に沿うように螺旋に階段が設置されており、足元には動力は不明だが照らすに十分な明かりがついている。

 

「違う違う、こっちこっち」

「そっちはまた別の施設へつながっている。一応こいしのいう地底に繋がっていないわけじゃあないが……旧都に向かうのであれば、その隣から、だよ」

 

 見ると、そちらにはまた別に何も手付かずな縦穴が存在している。覗き込んでみるが、先ほどのものとは違い階段も明かりも存在しない。

 

「……がっかりしたかな?」

「…………だいぶ、な」

 

 一瞬でもやはりこいしに背負われるような真似がなくなるかと思ったが、どうしてそういうことはなかった。スタンドを繰り返して降りきれそうかといえば、先の見えているものならともかくいつ終わるともわからぬ暗闇の中では無理だろう。

 思わずため息が漏れる。

 

「……観念するよ。それに、ここからなら私を知る者の目もないだろう」

「よしよし、聞き分けいい子は好きよ」

「やめろ」

 

 わざとらしく撫でようとするこいしの手を払い、彼女の肩に首にと手をかける。

 傍らではナズーリンが首からかけているペンデュラムを外し、文言とともにそれを掲げる。するとそれは見る間に光り輝き、あたりの土くれの続きを照らし出す。

 

「くくく、よく似合ってるよ。さ、行くなら行くといい。こいしにしっかりと掴まっているんだよ……私は後ろから着いていくから」

「…………」

「ぎゅっとしててね、おにいさん」

「 、ぐおッ!?」

 

 心構えた矢先、こいしは『飛び込んだ』。そのまま頭を下に、自由落下するように。下向きに飛んでいるのではなく、まさしくそのまま落下していく。

 昨晩に冥界から飛び降りたのとはわけが違う。あの空の上では前後の環境もあったためか、どこか人を高揚とさせる効果を持ちながらに飛び込めたがここの暗闇の穴は、自分が気付くより早く死を与えてくるような、そのような後ろ暗い焦燥感を覚える。

 死の世界から生の世界へ移るからか、そして今度は生の世界から死の世界へと。あの時ほどに、安易には考えられなかった。自分という根幹を、今は別の者に委ねているからも大きいだろう。

 鼻歌交じりに、朝の散歩と変わらぬ気兼ねさで飛んでいる少女の細い肩と首に依っていなければそのまま離れ光のない闇の中へ消えてしまいそうだ。……思わず、その量の腕に力がこもる。

 

「あは、やっとしっかりつかんでくれた」

 

 その腕を、柔らかくいとおしそうにさすろうとする腕がある。

 ディアボロには、それがひどく不気味に思えた。感触、伝わる温度は確かに人の手のひらそのものだが、小さな、無数の毒蛇が量の腕をはい回るような不快感。無意識のうちに、それらは感じ取られた。思わず、肌が粟立ち身震いを起こす。

 

「さ、一気にいくよー!!」

 

 知ってか知らずか、はたまた押し殺すためか。速度を上げて落下、飛翔する。重力に従った高速の移動、直下型のエンターテイメントに五感が、脳が揺さぶられる。

 

「おまっ、なぜスピードを上げるッ!?」

「こんな真っ暗なところじゃつまらないもの。早く着きたいでしょ?」

 

 ナズーリンの照らす明かりから逃れるように、その速度はぐいぐいと上がっていき、直下に落ちていく様についにはこいしの帽子は耐え切れず、ディアボロの顔を打って彼方に残る。

 目をつぶってしまいそうな相対的な風量をあびながら、それでもこらえて暗闇に落ちるさまを眺めていると、

 

「、あれは、なんだ」

「もうすぐ到着でーす」

 

 先に広がる緑の光。先ほどまで照らしていたナズーリンの蒼い明かりとは違う、どこか陰鬱とした印象を与える暗い緑の光。何もないはずだが、それが自然であるかのように、どこからも射さぬ光の代替となって辺りを照らし始める。

 ぐんぐんと迫りくる地面を確認すると、ディアボロはこいしから手を放す。

 

「あっ」

 

 降りる速度のままにほぼ直角に曲がろうとした彼女が急な重量の減退にバランスを崩してその場にとどまろうとする。

 対してディアボロはその速度のままに地面に向かう。人が死ぬには十分な速度だが、間に自分のスタンドを挟み、それをクッションとして衝撃を和らげる。

 辺りを見回す。上には確かに長い竪穴が続き、見えるものはほとんどない。うすぼんやりと青い光が漂っているが、おそらくはナズーリンのペンデュラムだろう。

 近辺にはそれ自身が輝く植物が繁茂しているようだ。そしてそれとは別に石造りの灯篭が緑の火を灯して点々と続き、来訪者を導いている。

 その先には一つの和様建築の立派な橋が見え、奥には闇の中に集いを表す光が見える。

 

「もう、あぶないよ!」

「……歩かなくてよさそうに見えたからな」

 

 心配しているのか離れたことに対する怒りか、頬を膨らませながら両手を上げて感情をアピールする。……しかし、それでも彼女の瞳はどこか空をさまよっているような、こちらを見ていないように感じる。

 もともとそういうものだろうか。目線を合わせていながらも、一度も通じた記憶はない。

 

「この先は嫌なのがいるから急いで行ったほうがいいの、だから行くなら急いで」

「嫌なの、って誰のことかしらね」

 

 ディアボロの手を引いて行こうとするこいしの前に、一人の声がそれを止める。

 よく見れば、橋の欄干にもたれるように、一人の少女が佇んでいるのが見える。

 

「好き好んで近づく者のいない隔世の橋、寄り付く輩にそんなことを言われてしまうのではしょうがないわね、妬ましい」

「パルスィ……」

 

 橋の上に佇むその少女―水橋パルスィ―は目線を合わせないまま、手に持った煙草を含み、辺りの空気に散らす。

 辺りに、幻想に似つかわしくない、不快ともとられそうな匂いが立ち込めていく。

 

「煙草やめてよって言ったじゃん……私、好きじゃない」

「あなたに何を言われようと関心はないわ。自分だけが通るとでも思っているのかしら」

「むむむ~」

「地上と地下への行き来にもほとんど使われなくなった、渡る者の途絶えた橋。使うのは後ろ暗い心を持つもの位。……さて、あなたはどうなのかしらね」

 

 彼女の口から紫煙が噴かれ、その後ディアボロのほうへ向かれる。こいしのような明るい緑の瞳が、しかし悪意と敵意に満ちた目がこちらに刺さる。

 横にいる当の彼女は、今は確かにディアボロを見つめていた。

 

「行こう、おにいさん。パルスィに構われたらいつまで経っても進めない」

「心外ね。私は橋姫、ここを通るものを祝福する立場だっていうのに。気に入らなければ打ち倒していけばいいじゃないの、妬ましいように」

「なんだっていいもん、行こう」

 

 彼女を振り切るように、無視するようにと強引にディアボロの手を引く。僅かに姿勢も崩れるが、すぐに持ち直し、

 

「お前……パルスィ、といったか」

「何かしら? あぁ、別に私は今更人間が入ろうが咎めないわ。どうせすぐに帰りたいというのがオチだから」

「かも、しれないが。……その『煙草』は、地下でしか作られていないのか?」

 

 それを聞くと、見た目の年齢相応ににこりと微笑んだ。しかし、覗き込まれているようなその瞳にはこちらも共に引き込まれるような感覚はない。

 

「また会うと思うわ、必ずね」

「……それは地底では流行っているのか? あの猫も言っていたが」

「かも、しれないわ」

 

 離している間に留まっていたことに不満なのか、引く手は強くなり、振り返るその瞳はややも不満そうな……パルスィと話をすることを妬むような感情のこもった瞳をしていた。

 大股に手を引くこいしの後に着いていき、その行先には人里と同じ光、月も空も見えないが確かに夜の中の眠らない光が灯っている。


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