【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】 作:みりん@はーめるん
あり得るはずの無い世界。
全てを決め、紅魔館へ行く道中のところから。
―無意識に奏でられる即興曲 1―
森の中を歩く。ただの一言もなく。話すこともない。ディアボロとナズーリンの間には。ひたすらに進む男と、その後ろで訝しげに思いながらも懸命に続く少女。
「……」
「……」
ここを抜けた先が霧の湖、そこを経て紅魔館へとたどり着く。だが、いつ着くともわからぬ道を行くのは辟易する。
「……なんだい?」
「いや……なんだ」
何か目印になる物があればいいのだが、それを聞こうと思うと軽く振り向いたその時、異変に気付く。
先ほどから妖怪の気配はあった。しかし彼ら二人を遠巻きに見つめているだけで手を出してこようとはしていなかった。その内の一人だろうか、今までも見てきた妖怪の外見、幼い人間の女の風貌。つばの広い黒の帽子と身体を取り巻く青いコード、その終着点は同じ色の、胸に付けられた閉じた瞳。
それにしては妙な様子だ。ナズーリンの背後をこそこそと歩いている姿を、彼女は全く認知していないように見える。尻尾にぶら下がる、子ネズミも。
「……気づいていない、のか?」
もっとも、自分も先ほどまで気づかなかった。だが理解してしまえば明らかだ。興味深々と覗いているその瞳は尻尾の先に向いており、手を伸ばしてもナズーリンとその子ネズミは、全く気づいていない。
「だから、何だって聞いているんだ」
「……後ろの、ネズミの事だが」
「ネズミじゃない、ダニーだ……わぁっ!?」
声をかけられ振り向いた時に初めてその気配の正体に気付く。少女は今まさにダニーと呼ばれた子ネズミの尻尾を掴んで、
「あーん」
「何やってんだああああああああああああああああああああああああ!?」
くわえようとしていた。
「えへへ、ごめんなさーい」
衝動的に手を出され、頭を抑えながらも笑みを絶やさず謝罪の言葉を漏らす。ゆるく癖のついた髪が頭の動きと共に揺れる。
「……まあ、君の行動に対して何を言っても無駄だろうけど。おなかでも空いているのかい、こいし」
「そういうわけじゃないんだけど、どんな味なのかなーと思って。りありてぃの追及よ」
見た目に反省した様子はなく、もし機会があればまた手を出しそうな無邪気さを感じられる。まったく気配を感じないことには驚いたが、そういった種類の妖怪なのだろう。認識してしまえばその存在は明らかだ。
先に見た縁起には見かけなかったが、あれはあくまで紹介程度で全ての妖怪が載っているわけではない、目の前の少女―古明地こいし―も載せるほどの無い妖怪の一種なのだろう。そう決めつけ、再び歩を進めようとしたとき。
「……あ! おにいさん、ちょっと待って!」
どん、という衝撃が自分の背後から響く。
「貴方でしょ? お燐の言ってた空から落ちてきた男の人って。探してたの、こんなに早く会えると思わなかった!」
恐怖を感じた。先ほど知り、気配を消す程度で害する者ではないと決め、それでも最低限の注意は払おうと思った矢先。視界から外れた、それだけで少女の行動が読めなかった。
ナズーリンの近くにいたからある程度距離はある。妖怪だから当然空も飛べるのかもしれないが、いずれにしろ動きに対する音を聞き取れなかった。
ただ意味なく、彼女からすれば当たり前のコミュニケーション方法かもしれない。
「ッ!!」
だがそれはディアボロを動かすに十分に足りた。大きく土を蹴って距離を離し、キングクリムゾンを出して自身も構える。抱きしめようとした腕は強引に振り払い、結果こいしはべたんとその場にしりもちをつく。バラのコサージュがあしらわれた帽子がその傍らに落ちた。
確かに一度死んだ。あの抱き着きのどこか一つに殺意が込められていたら、今頃自分は血を流し再び捕らわれてしまっただろう。これから成すことのための確認の前に。
「ちょっと、どうしたんだい?」
「…………いや……」
汗が横顔を濡らす。
不思議そうに見つめるナズーリンに対して、こいしは振り払われ、地に腰付けていてもそのままにこにこと笑っている。その反応を待っていたかのように。
服に着いた土汚れを払うと、落ちた帽子も同じようにはたく。それを被りなおすと、
「お燐から話を聞いて、会ってみたいと思ったの。お姉ちゃんもきっとそう言うわ。地底の誰もがあなたみたいな人間をもてなしてくれる、面白い人なら尚更ね」
まるで焦点のあっていないような眼でこちらを見つめながら話す。ちゃんとこちらを見ているだろう。ディアボロと目を合わせているつもりだろう。だが、彼には目の前の少女がどこか、自分の先に居る何かを見ながら話しているようにしか見えない。
こいしをみて、ディアボロは改めて感じる。
この幻想郷は闇だ。
人里の人間たちは小さいコミュニティながらも楽しく生きている。妖怪に襲われる可能性があっても、自分から過度に逸脱せねばそれをどうにかしてくれる退治屋がいる。巫女がいる。
それは現代の社会の小さなモデルケースだ。人間たちは生きる。法に守られ、それを遵守する者に守られ。だが、それの及ばぬところではどうなろうと関与できず。
人里で、妖怪の山で、冥界で。目的は他所にあり、本気でこちらを害さないからこそ僅かずつに薄れていた。だから、馴染むにつれて考えの隅に追いやられていった。
地底は違うのだろう。
嫌われ者の妖怪たち。縁起に追記のように書かれていた情報では、かつての地獄、鬼と怨霊の住まい。冥界から降りた時に会った少女、こいしからお燐と呼ばれているであろうあの猫の妖怪。彼女のもたらすスラム街のようなその地の印象。
照らされた闇の中、その中にできる影。妖怪と人間の本当の関係。
『そういう解釈で大体間違ってないぜ』
道具屋の魔法使いの言葉を思い出す。人間の恐怖の対象、権化。彼女のような者たちに庇護されているから、ある程度に自分で立ち向かえる能力を持っていたから。……それは、相手も同じなのだ。少し、気を向けなかっただけ。
「どう、来てくれる? ついてきてくれるよね」
ほんの少しの思案をかき消すようにディアボロの手を取り今までと反対の方向、人里を越え博麗神社の方向へと駆けだそうとするこいし。彼女の中では、ついてきてくれることは決定しているのだろう。
ディアボロの脚は重く動かない。心の奥底、誰もが無意識に持つ恐怖を改めて感じたのも理由の一つ、自らを試すための行軍であったことも一つ。
「こいし。悪いがきっと彼は動かないよ。私だけでなく彼に迷惑をかける前に……」
こいしの身勝手をナズーリンは止める。
「いや……行こう、その地底とやらに」
「えぇっ!?」
だがそれに反し、引かれるままに歩を進める。小さな興味もあるが、それだけではない。
自分の性は結局は闇だ。どれほどの理解をしようと、その本質は変わらない。それをもう一度、思い出すべきと感じた。
今までのあり方を省みて、そして『奴』の精神を省みて。……そして、今一度自分のこれからを思い出すために。もし生きるのであれば、再び晒そう。自分は、死ににいくのではないのだから。
全ては幻想の先の為に。
自分の手にある体温は、どこか惹かれるようなぬくもりを感じ、その持ち主はついてきてくれることを当然と思い、再び笑顔を浮かべる。