【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】   作:みりん@はーめるん

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―深紅の協奏曲 3―

 穏やかな日差しが、軒先と自分を照らす。正午を迎えた時分、春から夏に変わりゆくこの季節、今のスーツではもう暑いかもしれない。

 くぁ、と気の抜けたあくびが出て、身体の中に酸素を巡らせる。昼は休憩の時間だ、ブティックも本屋も休憩する。身体が、気を休めることを求めている。

 

「お待たせいたしました」

 

 注文したピッツァをもったウェイトレスがやってくる。遅い時間もあり、客は自分だけだし店員も彼女だけだった。ありがとう、と感謝をそこそこにかぶりつく。パスタでもよかったが、今はこのまま熱い生地にかぶりつきたい気分だったから。

 柔らかい生地とチーズや肉の具の厚さがそれぞれ歯を、舌を通して脳を刺激する。飲み込めば充足した気が、喉を通って胃に伝わり全身へと迸る。

 ふと目を上げると、先ほどのウェイトレスがこちらを見ながら笑っている。自分の視線に気づいたのか。

 

「失礼いたしました。とても、お腹が減っていたんでしょうね、すごい美味しそうに食べるんですもの」

 

 くすくすと笑みを浮かべながら語りかける。少し拙い面を見せてしまったか、そのことを詫びようとすると、

 

「良ければ、ご一緒してもいいかしら? 他のお客様もいないし、少々退屈なの」

 

 意外な誘いもあるものだ、と少々の驚きを持ちながらも、対面の椅子を彼女に勧める。

 ……近くで見れば、幼さの中に得も言えぬ美しさを持った彼女。誰も眼を惹くきらやかな金の髪を持っているが、顔だちはアジア系の特徴がある。

 

「あら、お気づきで? 父方にこちらの血筋の者が居まして。父と母と共に日本に生まれましたが私だけがこのような見てくれで」

 

 物憂げにふわふわとした天然のウェーブを弄る姿には、裏腹の自負を感じられる。持ったものは仕方ない、それを恥じるか生かすは君次第だ。そう伝えると先ほどと同じように笑みを浮かべる。

 

「ふふ、お上手。この国の方々はみんな優しい方で飽きませんわ」

 

 静かに椅子を引き、座る。タイトなスカートから見える脚は異性も同性も惹きつけうるだろう。しかし、だからこそ気にかかる。

 どこか彼女の動き、一挙手一投足全てが何処か普通に身を置いている者ではない空気を感じる。敢えて、普通を装っているような。それも、高度に――

 何を考えているのだろうか。そもそも、自分でさえも普通に身を置いている。昔は漁師を目指そうとも思ったが、今はしがないサラリーマンだ。市場の流通のため、漁港に訪れることもあるがあの頃の気持ちはどこかに行ってしまった。

 

「……? どこを、見ているの?」

 

 ずい、と身を乗り出しうつむく自分の顔を覗きこむように、大きな金の瞳が間近に寄っている。どこか見通しているかのような口ぶりと表情に、思わずたじろぐ。

 決していかがわしいことを考えていたわけではないのだが。途中まで口にしたところで失敗ばかりしている自分に少しおかしくなってしまい。

 

「構いません。楽しいお方とお付き合いできることが有意義な時間に繋がりますもの。……ところで」

 

 共に笑ってくれる、彼女は珈琲を一口傾けながら。

 

「ところで、お連れ様は何時になったら来るのでしょう、ね」

 

 はて、自分に連れはいなかったはずでは……そのはずだった、のだが。目の前の少女の一言で、頭の中にあったはずの記憶があふれたかのように。何故忘れていたのだろう? そうだ、今日は自分の部下と会うためにここで待ち合わせをしていたのではないのか。

 ずっと自分の為に尽くしてくれていたが、今まで会う機会の無かった唯一の部下。他にも仕事の仲間はいたが、その中でも一番信頼においていた。

 いや、仕事の仲間? 誰の顔も思い出せない。浮かび上がる顔はあるが、それはどれも仲間の顔ではない。どれも親しい表情が思い浮かばない。自分の元に寄る理由はおこぼれを得るため。まともに生きていては得られない金、名誉、地位。そのいずれかに僅かにでも縋るため。

 卑しく微笑む醜い顔。何も知らずに心酔する顔。どこかで自分を掠め取ろうとする、それは仲間でも何もない。

 

「……あらあら、これだけで気づけてしまうなんて。やはり、侮れないわね」

 

 目の前の少女が席を立つ。飲みかけの珈琲はそのまま捨て置かれた。……いつから、在ったのだろう? あのウェイトレスはどこへ。いや、目の前にいたはずの人物が。すり替わるほど目を離すことなどなかったはず。

 ここはどこだ? 風景も、気温も、風も、目を瞑っていても思い出せる郷土の息吹。だが自分がそれを味わうことのできるはずが。

 確かなことを思い出せ。自分は、あのバスを降りた後――

 

「もしも、あなたがあの時のままであったなら。そのままのあなたでいたのなら。その時はここが終着点。でも、夢を想いて天を生きる意志があるのなら。お天道様の元を歩み続けるのなら。声の元に向かいなさい」

 

 生ぬるい風が、自分の肌を触る。心地よい潮風は、サルディニアの風はもはや帰ってこない。もし再び味わいたのであれば、相応に足掻くしかない。

 そうだ、最後まで足掻いた。彼女の言うとおり、捨てられぬ野望の為に。夢というやさしい言葉は、今まで忘れてしまっていた。

 向かわなければ、そのために。

 

「所詮現世は夢幻泡影。だからこそ美しい。けれど時にあまりに強い光が現れ、それは対の闇を生む。現がその度に崩れてはたまったものじゃないわね」

 

 よろよろと、バス停までたどり着く。引きずるようにしか動かせない脚、既に感覚の無い左腕、そもそも存在のしない右手。もはや健常な個所なぞ存在せず。

 どうやってここまで行けたかも、あのカフェテラスの椅子からの短い距離でさえ記憶が曖昧。短期の記憶すらままならない。それでも、『アレ』に対して感謝の意を述べねば。

 

「……とうとう会えたな、ヤクモユカリ」

「初めまして。そして、さようなら」

 

 あと少し、バスに乗り込まなければ。身体は思うように動かず、タラップに足を掛けようにも限界の身体がそこまでの言うことすら聞こうとしない。

 ぐ、と力を込めた所に感じる浮遊感。それはただ自分の身体が倒れ込んだだけなのに、それにすぐに気付くこともできず。

 

「よっ、と」

 

 その身体を支えたのは、小さな、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、起きた」

「! 本当か!?」

 

 何か、温かいものに包まれている。それが最初に感じた違和感。何か柔らかいものが頭の下にある。それが第二の違和感。

 夢、だったのだろうか。先ほどの光景は。半開きの眼が、まだ霞を残している。目を擦ろうとするが、動かない。

 

「ばか、動かないで。どうして怪我人ってこう動き回ろうとするの」

 

 聞き覚えの無い、囁くような声が聞こえる。僅かに動く首を動かすと、その方向に、

 

「おま、あは、やっ、急に動くとくすぐったいじゃないの!」

 

 薄く柔らかい、淡い桃色の布が視界を遮る。上質な生地の優しい香りの中に、染み着く死臭と血の匂い。

 

「なんで男なんかがちまっこくてかわいいレミリアちゃんのふんわりやわらかおひざにクッソ汚い頭なんか乗せてんだ今すぐにでも血袋ぶっ潰して」

「うるさい」

「ごめんなさ~い、パチュリー様ぁ~」

 

 徐々に意識が覚醒していく。広がる視界には、崩れた紅い瓦礫たち、そこから差し込むほんの少しの月明かり。幾人の羽の生えた少女達、夢の中の世界にしかいない妖精と言われる者達がその瓦礫を共同して片づけている。……のだが持ち上げられなかったり隠れたり投げつけあったりしていて遊んでいるようにしか見えない。

 椅子に座りながら、そんな彼女たちを指揮する頭を保護した華人。そんな空気の中、舞い立つ埃の中をまるでいつも通りと言わんばかりに食卓を用意するメイド。

 そして、一番の近くには。

 

「やあ、おはよう。気分はどう? 人間的にはまだまだこんばんわだし、私からすればお休みなんだけど」

 

 先ほどの夢と、未だ前後不覚の脳が認識を鈍らせる。確か、目の前の少女は先ほどまで死闘を繰り広げていたはず。その証拠、潰した右眼は未だに癒えていない。……言い換えるならば、そこ以外は何も傷ついていない。

 

「……おれ、は」

「最後まで見なきゃあエンディングは終わらない。残念だったね、途中でリセットしたらラスボスは最初から、よ」

 

 にぃっ、と吊り上る口角は未熟な歯とわずかにかかる人の平均より大きな犬歯を覗かせる。

 徐々に思い出してくる結末。最後、止めを刺そうとした瞬間のレミリアの表情まで思い出されるが、凶手を振り下ろした瞬間は思い出されない。

 

「馬鹿なことを、レミリアに挑むだなんて……死んだら、どうするんだ」

「……全体の30%の失血、外部、内部ともに重篤な損傷多数。そのショックを麻痺させるためかの脳内物質の過剰放出による汚染……良く息を吹き返したわね。そのまま検体として使用した方が有用な位」

 

 見える位置に、寺の賢将と死人のような顔色をした別の少女がディアボロを見下ろしている。縁記に載っていた、レミリアの友人という魔法使いが彼女だろうか。

 彼女はじっとりと、本来は興味も持っていないだろうと感じられる路傍の小石を見る様に見下ろし続けながら、言葉を続ける。

 

「あの子の言うことと似た様にもなるけど、このネズミとレミィの頼みだから治癒魔法を使ってあげているのよ、妹様に吹き飛ばされた右手も少し待てば綺麗にくっつく。そうね、もう少しすれば戻るわ。はぁ、何でこう怪我人って動きたがるのかしら」

 

 ちらと妖精たちの指揮を執り続ける美鈴を見やり、そして踵を返す。自分の視界からは外れるが、柔らかいものに腰を下ろす音が聞こえた。

 

「…………何を、する気だ?」

「んー?」

「結局は、オレは敗者だ。……助ける理由もないだろう」

「ん~~~~~???」

 

 わざとらしく、耳に手を当てて言葉を促すようにレミリアは振る舞う。

 

「今なんて言った?」

「……何」

「オレはー、なんだって?」

 

 にやにやと、さぞ嬉しそうに。

 

「…………」

「ん~~~~~~????」

「……オレは、敗者だ」

「なぁにぃ~? 聞こえなーい」

「…………」

「ん? 何だって? ん?」

「……………………くっ」

「ほら、早く言ってみなよ。はーやーく、はーやーくー」

「……私は、レミリアに、っ、ま、負けました…………」

「グッド。その言葉が聞きたかった」

 

 ご満悦、といったように。幼さの残る悪趣味な笑顔を浮かべながら、満足げにレミリアは言い放つ。屈辱に満ちた表情のディアボロを、見たかったのだろう。彼も、敗北を味わったことが無いわけではない。だが、改めて事を強調させられる恥辱は、耐えがたいものがある。

 

「思いつめた顔が取れたね。私も真剣だった、それに偽りはないよ。だけど、ここは幻想郷。郷に入っては郷に従え、ってね」

「本当だよ、まったく。御主人にも言われたはずだ、君はもう一人ではないと。どのような形であれ、既に幻想郷では君を失うことで情は動く。……何の思いがあるか知らないが、無闇に命を張るんじゃないよ」

 

 おどけて言うレミリアと違い、なんだかんだ言いながら本気でディアボロを心配しているであろうナズーリン。その姿はここに至るまでには向けられなかった、目新しい感情。自分を憂慮してくれる存在など、ほとんどいなかった、ここに来る前は。

 

「……こほん。それに、私は君を見張る仕事があるからね。何をし出すか」

「何言ってんだ、このツンデレネズミ」

「だ、誰がだチスイコウモリ!」

「なんだとー!」

 

 だがここでは、すでに多くの者と関わっている。ドッピオが死んだということで悲しむ者も居るだろう。憐れむ者も居るだろう。ドッピオと自分をイコールにつなげられる者も居る。その者たちは、どう思うだろうか。

 

「……あー、このネズミはどうでもいいとして。あとはあの子が許せば、私はあんたに何もしないわ」

 

 そういって指した先、残骸の影に隠れ、皆の輪から離れる様に虹色の宝石をぶら下げた羽が、その持ち主が窺うようにじっと見ている。

 

「フランを利用したことについて、『私は』今の表情を拝ませてもらったことで無しにする。けれどあの子はあんたが倒れてからずっと近寄ろうとしない。あの体験はもう御免みたいね」

 

 食い入るように見つめる瞳は、恐れと羨望だ。興味はある、輪の中にも入りたい。自分が興味を持った人間と、自分に興味をすこしでも持った人間に触れてみたい。だが、大元を断てていないことへの不信。

 

「……好きに、すればいい。私が相手をしたものが決着はついたと認めた以上、その者に関わる何かに因縁をつける必要もない。先ほども言ったが敗北したのは私、今は抵抗もできず、もしフランドールに同じことをしたならばお前がすぐにこの首を分かつこともできるだろう」

「つまり?」

「……」

 

 再び、残酷な笑顔を浮かべる。レミリアの心は、本当に死闘と結末とで別なのだろう。否、レミリアだけでなく、幻想郷の住民は。その中でフランドールだけはまだ至っていないということ。相手が幻想郷の住民ではないということ。

 

「……私はお前にも負けたんだ、フランドール。生殺与奪はお前たちに権利がある。好きにすればいい」

「………………ほんとう?」

「殺させはしないけどな! 元々は私に挑んできたんだから、今は私が所有しているんだからね」

「おい……」

 

 おずおずと、影から全身を見せる。

 

「ほんとうに、もうあんなこと、しない?」

「……今は、できないな。せっかく拾った命をむざむざ捨てる行動など」

 

 とたた、と姉の膝元に横たわるディアボロに、フランドールが近づく。自分が吹き飛ばした右手を、今は繋がっているその腕を手に取る。

 

「……大きい手。お父様の手みたい」

 

「あああああああフランちゃんが男の手を握ってる私だって触れたことが無いのに穢れが、穢れが!!」

「うるさい」

「すいませぇ~ん、パチュリー様ぁ」

 

 父親。懐かしい響きだ。最も、認識した時から今まで自分がそうであると感じたことはない。だが、生命は必ずどこかで生産者がいる。一つ一つに親が存在する。

 だが、自分にはわからない。存在するはずだが、常識では考えられない状況で生まれた身分。そんな男でも、生命を作る行為を行った。それは子を成した。社会としては父として見なされないであろうが、生き物としては、自分も父親となっていた。

 もし、父として娘についていたのなら、このように慕う一面を見せてくれたのだろうか。

 

「……ふっ、ははは」

「?」

 

 思わず破顔してしまう。そんなことを考えてしまうとは。今まで全く認知するどころか、危険因子としてしか見ていなかった娘を、この異世界の幼子に、それも自分を害した子供に重ねるとは。

 そんなものより、今まで自分の子どものように付き合ってきた相手が存在するではないか。

 

「……すまないが、人形を取ってくれないか? 私の、ポケットに入っている」

「え……? ここ?」

 

「可愛いフランちゃんが男のズボン弄ってる……死のう」

「死ね」

「パチュリー様、辛辣すぎます~」

 

 ズボンに入っていた、小さな人形をフランドールに取り出させる。

 

「……ドッピオ、の人形?」

「……お前、何でそんなの後生に持ってるの?」

「それに、ボロボロ。……これで、いいんだよね?」

 

 アリスに作らせた人形は、激戦によって保護も間に合わず、一つはほぼ原形を保っておらず、もう一つは傷ついた彼と同じく、全身、特に右腕が酷く損壊している。

 

「……その波長、アリスの? 何やってるの、あの子は」

「ああ、それでいい。それを、耳元へ」

 

 傷ついた人形が、ディアボロの傍らに置かれる。あの時人形遣いは限りなく精巧に作ってくれた。こんな顔をしていたのか、と思い直してしまうほどに。

 

「もしもし、ドッピオ……聞こえるか」

「え?」

「??」

 

 二人の吸血鬼は、きょとんとした顔をして見つめてくる。だが、知ったことではない。自分たちの交信は、いつもこうだった。

 

「聞こえるか? 返事をしてくれ」

 

 今までは一方通行だった。こちらから送る、それだけの交信だった。彼はそれでも、いつでも、何としてでも受信した。

 

「……もしもし、ドッピオよ。かわいいドッピオ、聞こえるか」

「ちょっと、何急に言ってるの?」

「……?? お兄さん、大丈夫?」

「……地霊騒ぎの時の交信装置、そのアリス版。つまり誰かと交信している可能性がある。最も、波長と同一なのはそこにある二つの人形のみ。壊れて使えないってことを教えてあげた方がいいんじゃないかしら」

「何それ面白そう、パチェそんなのあるなら教えてよ」

「二日で飽きたのはレミィよ」

「…………最初の時の電話、もしかして」

 

『……』

「聞こえ、るか」

 

 やはり、こちらからでは答えないか。自分のもう一つの人格、自分の都合の良いように生み出したもの。それをいまさら都合を捻じ曲げてなど。

 だが、閻魔も言っていた。もはや別の魂として存在していると。自分が守るために、自分の為にもう一度生まれてくれたことを。

 

「もしもし……ドッピオ、聞こえたら電話に出てくれ」

「おーい、聞こえてないって、知識人が言ってるから間違いないよ」

「……脳みそも欠けてたのかな、損傷個所として見なせなかったのかも」

「……静かにしてやってくれ」

 

 外野の声も、自分の耳には入ってこない。

 

「……ドッピオ」

「えー、じゃあ元通りになるの? 脳って複雑だからあんまり触りたくないの、美味しくないし」

「そうなの? お姉様美味しい所持ってってたんじゃないの」

「私がそんな意地汚い事するか」

 

 

『はい、ボス』

 

 

「昔私のケーキのイチゴ勝手に取って食べたじゃない」

「あれは美味しくないから代わりに食べてあげただけよ」

「いや、静かにしてやってくれないか」

「……ありがとう、すまない」

「そいつを治したいんだったらあんまり騒がしくしない方がいいんだけど。義理はないけど、矜持として失敗させたくないから」

「えー、パチェそんなん言うんだったらあの鐘? 鳴らせばいいんじゃないの、あれ」

「私の血が足りてない」

 

 

『謝らないでください、ただ躓いただけ。ただそれだけ。たとえ笑う者が居ても、それを乗り越えてきたのがあなたです』

 

 

「それなら私の血を使う?」

「無理ね。あれは血の調整があるからこそ活用される。吸血鬼の血なんて穢れすぎて熱くて使えやしない」

「なんだとー!」

「あのさぁ……」

「お嬢様、妹様、そろそろお時間です。こちらを」

「ああ、悪いね咲夜……ちょっと、独り言にすまないけど」

 

 ついつい、とレミリアが頬をつつき、その先を外へと指し示す。気付けば遮光の変わりか、傘を携えた咲夜が佇んでいる。

 

「人間が月を望むことを想うように、私たちもたまにはあれを望む。直射はあんまり好きじゃないけど、あれを見ると、人間が門出という気持ちもわかる気がするよ」

 

 遠くの山間から上る、大きい光の塊。温かい命の恵み。ここには似つかわしくない、太陽の光。

 

 

『僕にとっては、いつもあなたは太陽です。いつでも、僕を照らしてくれた。たとえ、あなたの臨む先が陽の射さぬ暗闇でも、それでも僕は貴方と共に、歩み続けたいのです』

 

 

「感謝するつもりが、逆に言われるとはな……」

 

 上る朝焼けにはしゃぐ妖精たち、共に回る美鈴。うんざりした顔を少し、その後朝焼けに見入るナズーリン。そっと主たちの傍に佇み、控えめながらも確かに彼女たちを守る咲夜。眩しそうにも、それを細い眼で見入るパチュリーとその従者。そして、

 

「夜明けだ。これからはお前たちの時間だろう?」

「……ありがとう。あんなこと言っちゃったけど、楽しかったわ」

 

 自分の力量を知らしめた、二人の幼き月と太陽。

 ほんの少しの逢瀬を楽しんだ後、一瞬にして一帯に影が満ちる。どうやら、瀟洒な従者による幕引きのようだ。妖精たちと美鈴は急いで明かりをつけて回る作業へと移る。

 気付けば、自分の身体も先ほどまでの苦痛の呪縛はなくなっている。ためしに手を動かしてみるが、何も問題ない。

 

「さすがパチェ! あれほどの怪我を一晩掛からず治してみせるッ!」

「当たり前」

「ノリ悪っ」

 

 ゆっくり、身体を動かしてみるが問題はない。立ち上がることも、先ほどまでただ眠っていただけのように、重症の後遺もなく行える。

 

「もう問題ないみたいね。それじゃあ、準備もできてるみたいだし、初めよっか」

「……何を、だ? もう私は」

「朝更かしの始まりだよ、咲夜、準備!」

「できております」

 

 一瞬。丁寧に用意されていたテーブルの上にはいつの間にか豪勢な食事が並んでいる。さすがに瓦礫の全てを片付けられたわけではないが、大きいもの以外は撤去されており、少々品はないが宴を催す進行には問題ない。

 

「申し訳ありませんが、全ての除去はできませんのでご了承くださいませ。後ほど美鈴の手を借りて行います」

「力仕事は任せてくださいね! ……てて、大声出すと頭に響く」

「ばか」

「パチュリー様のばか好き、セックスしてる時に言わせたい」

「寺の。貴方も参加しなさい! フランも久しぶりに食べていきなさい。紅魔の宴はどっかの神社とは違うのよ! みんな、グラスを持ちなさい」

 

 

 

「その必要はないわ」

 

 全員の動きが止まる。闇から染み出るような一声。

 この場の者の声ではない。だが、ディアボロはどこかで聞いた覚えのある声。

 

「……彼女の名は『賢者』。正確にはその呼び名は通称」

 

 ヒールを立てて歩く音だけが、明かりの届かぬ影から聞こえる。敢えてもったいぶらせているように、音だけ。

 

「本名は、全く以って不詳」

「紫でしょ」

「スキマ妖怪だよね」

「紫」

「紫ですね」

「……不法侵入ですけどこれって私の責任ないですよね?」

「……妖怪の賢者」

 

「……私が彼と初めて出会ったのは、ある皐月の東雲、寂れた紅魔の館だった……」

「おいコラ、不可抗力に何言ってんだぶっとばすよ」

 

 ぐにゃりと、空間がゆがむ。形容しがたいひずみの音と共に亀裂が走り、そこから現れる幾百の瞳だけの『隙間』、空間の支配者。

 

「Buongiorno, piacere di conoscerti」

 

 その少女は、夢に現れた、八雲紫はそのまま一礼をする。口から出た言葉は、最も聞きなれた国の言葉だった。




おはようございます、はじめまして。
協力:Google翻訳

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