【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】   作:みりん@はーめるん

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―深紅の協奏曲 2―

 

 

 

「ハァー、ハァー、ハァーッ」

「はぁ、はぁ、……ふっ」

 

 ほんの数分前からは想像し難いほどに崩れたその広間に、二人の荒い吐息が木霊する。

 ディアボロは右腕を失い、全身も痛めつけられ立っているのが不可解なほどの満身創痍。レミリアもスペルに注ぎ込んだ力を無駄に消費させられ、右眼に刻まれた傷は深い。

 優劣をつけるならば、レミリアのほうに軍配は上がるだろう。だがそれを知ってか、彼女は自身のこめかみに指を突きたてる。

 

「、はぁっ……血を、抜いたんだよ。興奮し沸騰しそうな血を抜いて冷静を取り戻す。昔、知り合いに教えてもらったものでね」

 

 引き抜いた指の軌跡に紅い液体がなぞっていく。少量に流れた後、その傷痕はゆっくりと塞がっていく。この程度なら問題はない、と言いたげに治癒していくが、それでも失われた右眼の回復は至らない。

 

「……で、どうする気だ」

 

 血の匂いでむせるほどの中、傷ついた2人。

 

「もはや勝負は決した。フランはお前に止めこそ刺さなかったが、戦闘不能にまで追い込んだ。その後、その傷ついた体で、それでも本性を曝け出して、フランをっ、私を共に追い詰めた」

 

 語り口が動いて、時間が動いて、血が流れ出るのは止まらない。

 

「その点は認めよう。お前の足掻きはただ死ぬだけ道から活路を見つけ、フランを戦闘から離脱させ、私にも一撃を喰らわせた。……それで十分だろう? 今お前が立っていても、お前が戦闘不能なことには、変わりないんだ」

 

 目が回る様な長い時間、それは常態では考える時間もないほど短い時間。

 

「私はまだ、少なくとも今のお前の、ボロボロの雑巾よりひどいお前なんかよりかは余力がある。もしお前と同じ損傷を負っていても、相手を倒すのに労苦はないだろう。……それほどの力の差、分からないはずないのに、なんでっ、立つ」

 

 受ける相手の、荒い息は変わらない。

 

「……もし、自分が死のうとも意志を継いでくれる者が居るのなら、それに殉じる者も居るだろう……」

「……ッ!」

 

 口からも、溢れ零れる血液が、彼の言葉を濁す。力強さを感じさせない、たどたどしい声。

 

「私にはそれがいない……彼らとは違い、私は常に孤独だった。それを良しに思っていた……皮肉かな。私が今ここで戦いを終えても、そのまま続けて死んでも、『私』を継ぐ者はいない。そのまま、過去になると思っていた……」

 

 どこか虚ろに響く声は、まるで自分に言い聞かせているようでもあって。

 

「そう、思っていた。……あいつが、ドッピオが、私を認識するまでは」

「……あの子どもか」

「最も傍にいて、最も信頼を寄せていて、……最も利用した忠実な部下。それでも切り捨てるだけの手駒。……だが、それでもあいつは付いてきた。死んだ先でも、この果てでも。その先で、『私』を見出した」

 

 一通りの旨を話すと、その眼に覇気が宿る。始まりの、傷のついていないときと同じ、それ以上に。

 

「今をドッピオは見ていなくとも。私は……人は、一人では何もできないことを理解した。ここで敗北を認めることを咎めるものも、笑う者も居ないだろう。……しかし、そろそろ報いてもいいのではないか?」

 

 残った左腕で、明確な意志を持ってレミリアに挑戦を突きつける。彼女に見えていない像もまた、同じく。

 

「守るためか。……くだらない見栄だ。だが、その虚栄心も持たないようでは、持たざる者では頂点に立つことなどできやしない。……いい眼だよ、相変わらず。今まで幾多の敵に出会ってきたけれど、そんな眼をした者達にはどんなに弱くても全力で相手をしたよ。そして、その者達に勝利したからこそ、今の私がいる」

 

 レミリアの周りに一瞬紅い霧が舞うと、それはコウモリの形を成して抱いていたフランドールの姿を包む。彼女の身体もそれに溶けるかのようにコウモリへと変わり、そして館の奥へ消える。

 

「改めて、一対一だ。引いた瞬間に散る閃光のような一瞬を期待するよ」

「こちらもそれを期待する。……結果だけだ。一瞬の、結果だけが残る」

 

 辺りに散った自分の魔力の残滓をかき集める様にレミリアの右手がうねり、それに呼応して紅い塊が最初は歪に、やがて正しく模られる。神々の闘争にもたらされた神槍と自称し、それを是と周りに認知させるほどの彼女の力。戦いの終結にふさわしい、今までより紅い紅い武器。

 対峙は変わらない。痛む身体もほとんど認識できず、しかしそれは脳の信号を遅らされているだけ。明確に鈍くなった体を引きずるだけ。だが、そこに絶望も自棄も見えない。滑稽に見えるほどの意志の篭もった瞳と共に。

 一歩。

 一歩。

 突きつけられた神槍の間合いに入る瞬間、

 

「 、くそっ!」

 

 予期していた展開、既に振るわれていた槍を素早く背後へ振り回し認識を追いかける。

 自分を通り過ぎる様に彼は立っており、その様を見るが為に振る舞ったのではないかと思うかの如く、ゆっくり振り返る。

 

「……どこが一瞬だよ、泥沼じゃあないか。飛ばしきれるとは思っていなかったけど」

「…………」

 

 悪態を吐くレミリアに対し、余裕ない表情で返すディアボロ。

 

「……当たり前、だ。確実な機会を、逸すれば到底叶う相手ではないのだから……」

「まあそうだろう、けどっ、さっき言ったこと、もう忘れてんじゃないだろうね!」

 

 疲労と裏切りの苛立ちからか、レミリアの言葉尻が投げ捨てられるように強くなる。

 時の同じくフランを下がらせた分身がふわりと彼女の周りに飛び回ると、元の形に戻るようにさらさらと溶け込んでいく。

 

「……なら、強制的にでもそうさせてあげようじゃないの!」

 

 神槍にまとめられていた魔力を解放し、その全てを自分の周りへ漂わせる。先ほどフランを守るため、いるはずの人型を狙ったスペルと似た、暴力的破壊の象徴。

 その力を滾らせ全身に張り巡らせ、レミリアの周りの空気がびりびりと震える。床板もそれに耐えきれず、削れ、砕け散る。

 

「私の最後の全身全霊よ、受けて立ってみなさい!!」

 

 同時に、背後の壁まで一瞬で飛び退くと、崩落と同時に突っ込んでくる。先ほどまでいた彼女の地点、床と壁がほとんど同時に壊れ崩れた様に。紅い閃光はディアボロの感覚より圧倒的に早く、速く、

 

「ぅあっ!!」

 

 彼の隣を破壊する。それを認識した直後、閃光は辺りを右へ左へ、目まぐるしく飛び回る。

 一本の紅いペンを、白紙でぐしゃぐしゃと塗りつぶしたような、その目に映る勢いは圧倒的な速度と破壊。館が壊れることを省みず、夜闇を照らす赤い月が遮ることなく二人を照らす。

 直接衝突していないのは、奇跡か偶然か。彼女の明確な意志によるものか。それでも飛び回り破砕される瓦礫のカケラは彼の視界を瞬く間に塞ぎ、その粉塵は呼吸さえ塞ぎ、絶え間なく響く破壊の振動は足元さえもぐらつかせる。

 これが紅い悪魔の本性。いや、違う。最初から彼女はこうだった。どうあれども、自分の物を守りたかったから。それは概念も家族も。自分の城を賭けるほどの相手ではないとどこかで思っていたから。だからここまでやらなかった。

 そんな悪魔の、最後の駆け引き。じゃれつく妹を離してでも向き合う自分への最初で最後の真摯な対峙。矜持以外の何かを守るものを得た自分に対する、悪魔なりの優しさ。強者なりの理解。守るものを一つ手放し、自分に改めて対峙してくれた。

 どこで仕掛けるかを、選ばせてくれている。その絶対的な瞬間を掴んでみせろと挑発している。これほどのお膳立てをしてくれることに、感謝を見いだせないはずがない。

 時を飛ばし、その中でレミリアを見出さなくては。音と光だけでは、もはや人間の感覚を越えられてしまった。全身にぶつかる飛礫が、あまりに傷ついた体を揺さぶる。赤子の力で切れてしまうほど細い糸の上で立たされている彼の心は、熱くも、冷たくもなっていない。

 

「……時よ」

(まだですッ!)

 

 その心を揺さぶる、どこかから聞こえる幼い声。

 

(僕が合図をしたら、時を消し飛ばしてください、いいですか、合図を待つんです! 僕ができるのはそれだけ、行えるのはボスだけですから!)

 

 今まで聞くことの無い声だった。聞こえるはずがない、自分が目覚めているときは彼は意識の奥底、揺り籠の中に沈んでいたはずだから。

 破砕した礫が足をえぐる。残った腕を傷つける。認識不能なほどに砕かれた身体を刺激する。それでも、驚愕の心は振るえを止めない。

 

「……おまえ」

(視え、2、1ッ!!!!)

 

 

 

 

 

 

 暗転。

 そういえば、レミリアが辺りを飛び回り始めたのはどれほど前だっただろうか? 5秒か、10秒か? もっと前だっただろうか。

 崩れ去った自分だけが見ている世界は、生あるものだけを映しこみ、阻害する何物も排除する。今ここで見る『予知』は、確実に自分を抉り去ろうとする彼女の姿。それも一つだけではない。

 期を示した彼女は一撃を皮切りに、反転と破壊を、自分の一点に幾度も繰り出そうとしている。いかな方向に逃げようと収められるように、周りから少しずつ、その機動を小さく細かく。

 先ほどの行使からどれほど止まっている間に動けるかを推測しての行動だろう。自分が五体満足であれば余裕のある距離を、今の肉体では到底向かいきれない距離は捨ててその最後の一撃に特化するために。

 もし、先ほどの声が無ければ機会を得ることはできず、不完全な状態での衝突は免れない。回避もできない。チェスや将棋でいう『詰み』の状態に陥っていた。

 

「……」

 

 変わらず、この世界は無音だ。必ず生じる空気の振動が、遥かどこかの虚空で起きているような錯覚を覚える。その感覚だけを、受け止めている。いつもの通り、いつものごとく。

 あの声が聞こえないのはこの中だからだろうか? それとも限界状態からの研ぎ澄まされた感覚が、自分の都合に合わせて変換していただけ? その答えは、ここではわからない。聞こえないのだから。

 一本の線を選ぶ。映し出される像は、映し出される画はその最適解。

 一つ、二つ。一瞬のうちに掠めていく線を一つ一つ避け、その戦前に立つ。

 勝負は一瞬。

 

 

 

 

 

 

 光速で、床を壁を天井を鏡に反射する光のように飛び跳ね続け、もはや自身さえも音も光も感じ取れなくなるほどの中、それでも何か、感覚で敵の位置を掴み続けてきた。

 その認識が大幅にずれる。レミリアはそれで理解する。時を吹っ飛ばされたことに。

 精神を摩耗するかのその集中力の中、感覚を飛ばして敵の位置を探る。

 背後か? 側面か? 上か? 下か?

 吹っ飛ばされた結果は常に回避、それに伴う反撃。だから、それは心理的な死角。

 

「な」

 

 一番最後に認識した正面。そこにディアボロは立っていた。

 秒以下の単位での認識のずれ。だが、今はそれが致命に至る決定的な瞬間になりうる。

 彼は飛ばしきれずに眼前にいるわけではない。『迎え撃つ』ために、正面に立っているのだと!!

 

 

 

「、あああああああああああああああああっ!!!!!」

「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!」

 

 

 もはや、言葉にならない、ただただ腹の底から響かせるだけ。それだけの力が何処に残っていたのか、両者の衝突はその振るえから始まる。

 飛び回った最後の、愚直な故に全力の篭もった体当たり。

 それを迎え撃つ盾は、残された最後の左腕。

 ディアボロはキングクリムゾンの左腕を、レミリアを『流す』ことに使用した。

 最初に言った通りに、二人とも弱っているとはいえ力はレミリアに分がある。いくら不意を突いても衝突を行えば、敗北は必至。

 強引なレミリアの軌道は、その実壁との反射の時の精密な、あるいは強引なと言える受け身に依る物。軌道を反らし、不利な体勢を強要させればその力ごと、悪魔の紅に突っ込むことになる。

 それによる衝撃も、最初で最後の追撃にも、そのためにも。

 

 

 

 レミリアの頭を鷲掴みにしようと、見えぬその手が迫る。認識の遅れた邂逅に気付けぬも、その推進力は変わらない。

 目前にして、隕石が近づこうかという光と音の圧迫感。その手に触れ、溶けた鉄に手を突っ込んだような激しい熱。

 触れただけで発狂してしまいそうな苦痛をスタンドの左腕はなおも受け、反映して自身の左腕も肉が焦げ皮膚が裂け血が噴出しそのまま蒸発する。一瞬にして繋がっていることが奇跡ともいえるほどの傷が刻まれる。

 

 

 

「ぎぃやああああああああああああああああああっ!!!!!」

「グゥイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!!」

 

 

 

 一瞬にして視界が歪み、自身を殺さず逸らすという手段に気付いても。その勢いは留まらせず魔力の奔流を重ねてそのまま強引に突き破ろうと。

 最初はただの暇つぶしだった。次第にそれは相手のプライドを満たすための遊びになり、妹を虐げた怒りの矛先になり、気づけば自分のプライドも互いに突きつける貴族の泥遊び。

 それらが自身を構成していることを大いに理解している。もしどちらかが安易な敗北を選べば、自分も相手も互いに尊厳を傷つけあう、下らぬ自傷行為に成り果てる。

 それだけは避けたかった。気づけばそう思っていた。おそらく相手も同じだろう。……違う所は、相手は賭けるプライドが最初は一つ、今は二つ。

 それは自分と比べれば少ないだろう。だが、数の問題ではない。こちらからすれば戦う相手が倍になった、そんな印象。決してそんなことは有り得ないはずなのに、けれど目の前に事実がある。

 認めないのは礼を失する。それを認めたうえであえて叩き潰そう。それが彼の望みであり、自身の誇りなのだから。

 

 

 

「うああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!!!!」

「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!!!」

 

 

 

 ディアボロの肉体が傷ついていく。踏ん張る両脚、太腿から体幹へ、頭部の血管からも、失われた右腕痕からも、食いしばられ欠けた歯が口内を傷つけ、負荷に耐えきれない損傷した内臓が血液が、出口を求めてありとあらゆる隙間を駆け巡る。

 レミリアの勢いが衰えを見せ始める。並はずれたその力の貯蔵ももはや底を突き、雄大な流れ星を思わせる輝きも尾を失い光量が落ちて。右眼から滴る血液が、自身の力に耐えきれなかったはずの血がほんの少しその在り方を取り戻して。

 

 

 

「「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」」

 

 

 

 互いに、一歩も引かない。もはや再起など望まぬほどに。一縷の勝利を掴むために。

 だから勝敗を分けたのは、傷ついていても吸血鬼だったからか。最後の最後で欺いた人間だったからか。

 

 

 

 

 

 

――がぁん。

 

 

 

 高い質量が石床にぶつかる。膨大な力を持ったそれも制御しきれない速度をもてあまし、安定を保てず無様に転がる。

 轟音が響いただろう。館を破壊し抉る主の全力が無作為にまき散らされたのだから。

 だが、二人の耳には何も響かない。

 脳が現状を理解するまで、神経は何物も捕らえられなかった。

 

 

 

「くぁっ」

 

 転がりつづける小さな身体が、壁面に叩きつけられ肺の中身を搾り取る。震えた声帯が、ようやくレミリアの現状を認知し始めるきっかけとなった。

 自分が負けた。残滓の全てを使った、吸血鬼の底の底をすくい取られた。自分より傷ついた人間に。称賛はあれど、種の誇りが心に敗北を刻もうとする自分を許さない。

 相討ちではないか。あれほどの余力を用いて相手だけ立っているなど。……最後に立っていた方が勝ちなのだ。まだ折れる時では、

 

「くっ! ……ぁ」

 

 必死の勢いで顔を上げたレミリアに恐怖が宿る。屋根がすべて破壊され、謁見の間には月明かりを遮るものはない。

 なのになぜ、あの赤い月は自分を照らさないのか? 闇の王が、何故闇を恐れなければならないのか?

 簡単だ。

 

「……終わらせて、やろう」

 

 男が、彼が。ディアボロが手を振り上げる。全身が血濡れになり、動く死体のようにも見える。残された左腕は、もはやぶら下がっているだけ、にしか見えない。

 何もしていない目の前の男が、おぼろげに、だが確かに自分に手を下そうと。『何か』が戦いの終結を告げるために手を振り上げている。

 

 

 

 目を瞑った。縛られたレミリアには、それくらいしか抵抗はできなかった。


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