【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】   作:みりん@はーめるん

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―スカーレットクイーンの迷宮 3―

「今の一撃、かなりの威力がありました。そうですねー、魔理沙のナロースパーク……いや萃香さんの生パンくらいありましたかね」

 

 ストレッチ……というには大仰な、ゆっくりとした柔軟運動を重ねながら美鈴は評価する。

 

「ためらいもありませんでした、『相手が死んだって構わない』というのが十分に感じ取れましたよ。……だからこそ、少し解せないものがあります。

 何か兼ねていたのでしょうか? それとも慢心でしたか? 私が思いの外強かった……なんてものではないですよね?」

 

 その流れるような動きを重ねる度、彼女の身体から、目には見えないが知覚できるような『何か』を感じ取れる。

 あれは中国拳法にてよく見られる動きか。そして気を遣う程度と称された彼女の能力。

 人間の力には科学では証明しきれないような不思議な現象を起こせるものがある。一説には己の能力を何倍にも引き出すことができたり、傷の再生を速め、痛みを鈍らせることができたり。

 他者に流用すれば触れた者の病や負傷を癒し、逆に溢れる過剰な力は相手を破壊する力に転ずる。

 そういった物に近しい『何か』であろうか。

 

「……あの力量で、より正確に良い急所を狙えば即死、あるいは戦闘不能だった。それをしなかったのは何故か……覚悟と行動にややも矛盾を感じられます。殺人に抵抗を感じられるような人間ではないと思いましたが」

 

 だん、と力強く地を踏み鳴らす。同時に、先ほどまで感じられた『何か』が目に見える形となってその踏み鳴らした場から吹き上がる。

 その確かな奔流は周辺に強い風圧を巻きディアボロの身体を激しく撫ぜ、美鈴自身の身体も衣装も激しく揺らす。

 先ほどに打った腹部は普通と変わらない、健常な色がちらと見える。

 不意を打てたとはいえ、神の身体を貫けた一打を気を廻すことによってここまで抑えられることができるという証明だった。

 

「その程度であるならば、紅魔の門を潜れはしない! 陽の当たる舞台へお帰り願おう!」

 

 見得を切るのと同時に、高らかに足を振り上げる。同時に、虹色に輝く、彼女より二回りほど大きな気塊が放たれ、それが円を成してディアボロを襲う。

 一瞬の光景にややも面を喰らうが、ゆっくりと前進するそれは回避、防御には余裕がある。

 ……つまり。

 

「せぇいっ!!」

 

 その気塊を突き破るように、拳に同じく虹色の気を纏った美鈴が突っ込んでくる。

 初段は目くらまし、その後の追撃が本命。そのことは『視えて』いたことだ。

 その拳をキングクリムゾンの手で受け、流す。それはディアボロの本体の動きに合わせて動き、あたかも自身の力のみでそれをやりおおせたように見せかけて。

 

「ふっ、はっ、ぃやあっ!!」

 

 そのまま、流れるような連撃がディアボロを追い詰めようとする。右の拳が彼を討とうと振るわれ、それを避ければ回転、左脚、右脚と独楽のように回り追撃の手を緩めない。

 一挙一挙を受け、躱す。最初の突撃のように、難なく防御できているように。

 美鈴が虹色の気を脚に纏いながら小さく空を舞い、弧を描くようにそれを振り下ろす。予定されていた一撃を、後ろに避け躱す。

 明確な大振りの一撃、それを避けたことによる機。美鈴の着地に生まれる僅かな姿勢の揺らぎ。

 

「、かあぁぁあっ!!」

 

 わざと隙を生じさせ、近づいてきた敵を狩る。行えればそれは理想の流れだろう。

 攻勢を重ね続け、最後と思える一撃を。当たれば仕留められるも、当たらなければ復帰の難しい技を。それでも、命中に至るまでの布石を敷いて。

 もしそれが避けられ、反撃されたとして誰が彼女を責めようか。それはもう相手を優秀だと認めるしかない蹴りだった。

 そんな彼女の、妄執のように敵を討とうとする追の秘撃、紅寸勁。

 一歩踏み込んでくるであろうディアボロを捉えようと放った拳は、今までの虹色のそれと違い、彼女の姓を表すかのごとく紅かった。

 空気が振動し、辺り一帯に破裂音が響く。

 

「……ッ! あなた、どこまで……」

 

 その一撃すら、ディアボロには届かない。彼の身体に届く寸前で、彼の動きが止まる。全ての攻撃が、まるで読まれているかのようにいなされる、空を切る。

 美鈴が当たると思った、思っていた彼の動きも彼女の追撃を誘い出すためのフェイク。そして、それをわざわざさせたうえで、反撃に移らない。

 それが、美鈴の癇に障る。

 

「……何故、戦おうとしないのです? 」

 

 ディアボロの表情は変わらない。最初の一撃の以降から。あの時は、美鈴を少しは評価していた、そんな表情だった。

 だが、そこからはただ起こりうる事柄を予定された行動で対処をしている、何の感情もない表情のまま。いかに見に周り防御に徹したとしても、今までにいくらかは感情に揺さぶりをかける様な立ち合いをしてきたはずだ。

 少なくとも彼女はそうしてきていた。その上で、最善手を取るよう攻めていた。

 なのに、彼の動き、表情からはそれに対する恐怖も感嘆も驚きも、何もない。

 

「……気づかせるつもりはなかったのだが、な」

「だったら何故」

「この戦い、私にとっては何の意味もない。……いや、得る物が少ないと言うべきか。対してお前たちにとっては『私』という者がどれほどのものかが見えるだろう。計ることは重要だ。私が知られれば知られるほど、次を超えることは苦となる」

 

 ややも激する感情の美鈴に対して、ディアボロは最初から変わらず律そのもの。

 

「紅美鈴、お前が職務に忠実な『部下』であることは認めよう。事実、主から与えられた役割は十分に遂行しているし、これから完遂をするだろう。

 お前が先ほど言った言葉をそのまま返す。殺しに抵抗がない妖怪が、何故私を殺しにかからない? 決まっている、お前が私を殺しては主を楽しませることはできないからだ。私と同じように、篩落としが目的」

「…………」

「ならば、まともに取り合う必要などない」

 

 その一言をきっかけに、爆発したかのような加速で美鈴が間合いを詰める。

 勢いに任せたまま彼に肘打とうとするが、ディアボロはそれを受け止める。

 

「決してお前が弱いというわけではない。むしろ私が見た中では並ぶ者が少ないほどだ。……しかし、それは命のやり取りをする上でのもの。

 今のように生半可な気概で来るつもりなら、路傍の石を気に掛けないことと同じ」

 

 接近姿勢から組み合いに持ち込もうとするが、ディアボロは彼女を突き飛ばし距離を離す。

 

「ッ! ……なるほど、確かにそうかもしれませんね。あなたの言うとおり、お嬢様の望み通りに私は動いていました。私が宛がわれたのはあなたの力量を窺う点が大きい。

 生を殺さず、気を殺さず。といって相手に失望させず。……もっとも、失敗しちゃいましたかね」

 

 へら、と美鈴は表情を崩す。しかし、目の奥からは変わらず睨み刺すような闘志は消えていない。

 むしろ、思惑を敢えて吐露させたことで尚彼女の意志を固くさせた様にも感じさせる。

 

「いや、それについては変わらん。結局のところお前を倒さなくては何もすすめないのだから」

 

 壇上のレミリアを、眼前に立ちはだかる美鈴を越して見据える。

 手を組み不敵に笑う彼女は、気づいた彼をそれとなく称賛しているようにも見える。

 弱者がいたぶられる様を喜んで見るため、その思惑が成されず不貞ている様ではない。それも、彼の考えの正答を肯定している。

 

「ですよね、そうですよね。なら、もっと踊りましょうよ」

 

 そう言い放つと、片足を軸に回転、全身から虹色の光を放つ。

 光は粒となり辺りを滞留し、彼女を中心に渦巻くように動きだす。

 幻想的な光景だ。中心の彼女が艶やかな舞を踊ったとしたならば、それは何物にも比べられない優雅な舞を演出できるだろう。

 だが、今それと異なる点はその光の粒は全て攻勢を伴った『弾幕』であること。

 彼女の周りをゆったりと漂うその光弾はディアボロに向かう刃と彼女を守る盾と二つに分かれより広く舞い始める。

 

「第二陣、行かせてもらうわ」

「……望みとならば」

 

 ディアボロが一歩を踏み出す時、美鈴は回転を止め、空に向かい飛び上がる。

 半分ほどの光弾が彼女に付随していき、残りはばらばらと不規則に彼の元へと向かう。

 彼の周りに向かう物、彼自身を狙う物、明後日の方向に飛び出す物……それらの規則性の無い動きと目を惑わす七つの色。

 

「いちいち半身下がってだなんて、やめちゃいな。私は直接やり合いたいんだ」

 

 光弾が彼に殺到するとともに、一瞬の遅れで美鈴も飛び掛かる。移動の制限をさせた上で、相手を彼女の檻へと誘う術。

 至り来る一つ一つは殺傷能力は拳銃の弾のそれと比べれば小さなものだ。防御することは容易いが、

 

「くっ、」

 

 何分の数、容易には抜け出しきれない。

 そうこうする内にも、彼女は迫りくる。

 自分を捕らえに。決を着けに。

 

「ッ!」

「させるかッ!!」

 

 被弾覚悟で中心の彼女から逸れるようにその極彩颱風から逃れようとするが、それに喰らいつくよう空中で急転しつつ足を半月上に振り下ろす。

 意地でも喰らいつこうとする、その気概。

 

「……下の者でも、意地と気合で上に喰らう動きを取るか。あの銃使いのように」

 

 決して厄介な相手ではなかったが、それでも最後まで『奴』と共に居た仲間。カスと吐き捨てたあの男も、少なからずこのような心構えがあったのだろうか。

 いや、あったのだろう。あのチームの全員が、その心にあったのだろう。

 肉と肉同士ではなく、まるで鋼同士がぶつかり合ったような音が響く。

 気で極限まで硬められた美鈴の脚と、ディアボロの気骨から生まれた精神像の腕。

 派手に散った火花は、周りに揺蕩う光と同じく虹色に視覚を燃やす。

 

「なるほど、見えはしないけど……あなたに取り巻く、人間の様な、悪霊の様な『何か』。それが、あなたの能力」

 

 もはや腕一本ほどの近接の間合い、そこに美鈴がぽつりと話す。足先から流れる血が、靴に伝わり床を濡らす。

 受けたその腕には傷は見えない。だが能力者の本人の腕からは打撃に焼かれた跡が浮かぶ。

 

「最も、それだけとは思わないけどッ!!」

 

 ほんの一呼吸にも満たぬ間、鋭い手刀の連続がディアボロを襲い始める。

 今回は、そこから下がる空間もなく、必然回避ではなく防御を選択されてしまう。

 

「せえええぇぇぇぇッッッ!!!!」

 

 息を飲む。

 一手一手に威力を高めた気が纏った突きの連打は、それぞれに当たれば重撃となるだろう。部位によっては、致命にも至る。

 スタンドで受ける分には問題はない。だがディアボロの肉体を突き破ることも問題ない。

 焦れによる打開を狙うかの如く、彼女の片手は空いている。

 手をこまねいている暇はない。一つ、二つ、三つ――

 

「やッ!!」

「シッ!!!」

 

 反撃に合わせるかのごとく、美鈴の片手は握りこまれ、甲を打ち付けんと迫る。

 今までに観察を重ねた彼女の動き、与えられた時間は短かったが、まとわりつく彼女の癖という名の歴史は偽らない。

 奇しくもその手は、同じく彼のスタンド、キングクリムゾンも同じ握りを、同じ部位で打とうとしていた。

 互いの形は同じ、決める手は、

 

「、ぅあっ」

 

 より、強打の行えた側。

 渾身の撃ち合いに競り負けた美鈴の身体が、大きく揺れる。それは、敗北を意味するほどの動き。

 自分の意思から逸れる腕のそれは、彼の動きに対応できず、

 

「終わりだ」

 

 二度目は、ない。

 肉体を容易く貫けるほどの膂力を持ったその腕は、見た目に似つかわしくないほどの経歴を持った彼女の胸を文字通り突き破る。

 先ほどは耐えられた身体も、戦いの末に緩んだ間隙には耐えられない。

 肉体の代わりにその内側が勢いに任せて散っていく。が、

 

「……、何!?」

「捉え、ましたよ」

 

 その腕を引き抜く前に、臓物と共に飛び散るはずの意識が飛ぶ前に。

 辺りで二人を包んでいた虹が、その一点へ集中する。

 

「ようやく、その顔、歪ませられたわ!」

 

 予期せぬ行動、二度はないと思っていた致命への捨身。納骨堂で起きた、『彼』と同じ覚悟。

 

「大鵬ッ!!」

 

 自らの身体を省みず、彼女には見えないはずの腕を筋肉と気で捉えたまま。

 至近からの全霊を込めた震脚は、彼自身が逃げる前に、その足を封じる。

 

「墜、撃ッ!!」

 

 そのまま、ディアボロを拘束したまま、美鈴の渾身を繰り出す。

 その様は、かの国の伝説の大鳥をも打ち落とすかのごとし一撃。

 その三連は、敵を受け、それを刈り取ることに特化した

 

「……ぇ」

 

 捉えたはずの男の姿はなく、呆けたように腕を掲げた自身の姿が残るのみ。

 咲夜もレミリアも、美鈴の打ち破られることの無い布陣から、彼が敗北に繋がるであった一瞬を見ることはできなかった。もちろん、一番近くにいた彼女自身も。

 まるで、一瞬時が止まったような。

 

「後ろッ!!!」

 

 幼い声が辺りに響く。この館で日常的に使われているその力とはまた異質の力を感じ取ったレミリアの、彼女を憂う必死の声。

 

「――は」

 

 彼女の声は届かず、美鈴の言葉は口に届かず。

 発せられる声は、美鈴の頭を砕くがごとし歪な響きでかき消される。

 

「……用件は一件。レミリア・スカーレットに謁見を願いたい」

 

 ディアボロは立つ。その場に、確かなる意志を持って。

 倒れた美鈴は、今は返事ができないだろう。それほどの重傷だ。が、死にはしないだろう。神も、女狐も、死にはしなかった。

 

「…………お嬢様」

「咲夜。パチェの所に美鈴を連れて行ってあげて」

「……畏まりました」

 

 咲夜に僅かに走る不穏を、レミリアは一蹴する。手元から鳴った小さな金属音を逃すことはない。

 

「部下が身体を張ってくれたんだ。ならば雇い主も丁重にもてなさないといけないよなぁ? 訂正するよ、人間。やはり我々吸血鬼の障害はいつだって人間だ。

 戦いは『生贄』の流れる血で決まる……だったか? 成程、お前の血もおいしそうだ」

 

 ごおん、ごおん、ごおん、ごおん、ごおん、ごおん、ごおん――――

 瞬間、付き添っていた咲夜と、ディアボロの足元に横たわる美鈴が消え失せると共に、広間に時を知らせる時計の音が響く。

 スカーレットの姓にふさわしい、その緋色の悪魔が玉座から立ち上がったその時、後ろに広がるグラスからは赤い月の上弦が見え始めた。

 


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