【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】   作:みりん@はーめるん

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―スカーレットクイーンの迷宮 2―

「綺麗でしょう、この庭。私が手入れしているんですよ。さすがに白玉楼の彼女には劣りますけど……あくまで彼女とは専門が違いますからね。私は門番の傍ら庭の手入れ、彼女は庭師の傍ら侵入者の掃除ですから」

 

 穏やかに語りかけながらよく手入れされた庭を横切る。

 白玉楼で見た物とは大きく様式は違う。あの庭が、あの敷地が和風だったこと。幻想郷自体が日本に存在するということでそれが当然なのだが、この紅魔館の趣向はそんな和とは違う、ディアボロの祖国イタリアを属する欧州の趣。

 故にその様式に美を感じる前にどこかの懐かしさを覚える。もちろん、その剪定技術も並ではないことを感じさせるのだが。

 

「幻想郷では門番やってても暇が多いですからね。ある程度は門番担当の妖精に任せてこういうことをする時間が取れてしまうんですよ。……まー、それでも侵入しようとするのがいないわけじゃないんですけどね。黒白とか魔理沙とか」

 

 特に対話を求めてディアボロに話しかけているわけではない。進行も、美鈴が先を行きその後に距離を離して彼がついてきている。

 もちろん話にかまけているだけではない。歩きに油断は見えないし、決して顔を合わせるわけではなく後ろに居ることを認識するために話している。

 隙はない。

 

「侵入者は普段から丁重にお帰りいただいているし、塀に囲まれているので普段はこの景色を見せることは少ないのですが、少なくない宴のときにここが寂しいのでは主の器量が知れてしまいますからね。

 もっとセンスある方が担当できればいいんですけれども、咲夜さんも多忙だし、私たちのような存在がいるのに人間に肉体労働させるのはなんですからねぇ」

 

 この広さの庭を重機などを用いずに準備をするのは骨が折れるだろう。その後の剪定でも同じ理由で苦労が見える。白玉楼の庭師の労力もおそらく相当であっただろう。

 そのような会話をしている間に館の扉の前に来る。こちらは門の様な強固な造りには見えず、美鈴もそれを特に力を入れずに開く。

 

「改めまして。ようこそ、紅魔館へ。主君の命により、館はあなたを歓迎し」

「咲夜ー。どこー?」

 

 扉を開いたその先、エントランスにかかる両階段。その上をとことこと歩く寝間着姿の幼子。

 

「これはフランの着物よ! サイズは一緒でもこんなの着れないわ! 洗った後は妖精メイドに任せないであなたがやるように言ったでしょー!」

 

 

 

 

 

 ばたん。

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 沈黙のみがそこにあった。

 扉の先の光景も声もやりとりも、閉めきられれば何も見えない。

 それを見せた彼女は、表情を引きつらせ冷や汗をかきながら硬直している。

 

「……おい」

「はい、なんでしょう」

 

 声だけは普通だ。気丈を装う精神はあるのだろう。

 もっとも、表情はずっと変わらず『やってしまった』という感情のままだが。

 

「私の情報が確かならばあれが」

 

 ディアボロが口を開いたあたりで、扉がひとりでに開く。

 その先には、召使いの衣装に身を包んだ少女が一人。

 開いた先の相手を確認すると恭しく頭をさげる。

 

「ようこそいらっしゃいました、名も知らぬお客様。ここより先、館内の案内はこの私、十六夜咲夜が務めさせていただきます」

 

 現れたそのメイドは先ほどの光景では確かにその周りにはいなかったし、あの一瞬でどこか影から現れるということも難しいだろう。

 それをやりおおせるその力、縁起に載っていた時間を操る能力の一部であろうか。

 

「お嬢様がお呼びです。どうぞ、私の後へ。……館には何が落ちているかはわかりません。道を外れないようにお願いいたします」

 

 紹介もそこそこに案内を始める。門番とは違い不愉快な感じを与えないようにはしているが、ただ淡々と業務をこなすその姿。

 冷徹な、機械の様な印象のある。咲夜というメイドは、そんな女に見えた。吸血鬼の傍らに居ても何らおかしくないような。

 

「……」

「……」

 

 美鈴とは違い、余計な言葉は挟まない。着いてきているかどうかの確認も、後に響く足音で理解しているように見える。

 刺すような無言が、それは敵地に居るという思いを刺激するようだった。

 屋敷は外から見えた箇所もその内装も、目がおかしくなるような紅一色であり、窓から射し込む明かりが一色の濃淡を操作している。

 時折頭を下げる妖精のメイドたちは外で見た妖精たちとは違う、好機で動く子供たちの様な印象はみえない。今は余計なことを言えば仕置きが待ち、それを恐れて頭を下げている、様に見える。

 外でも何を恐れてか妖精たちは自分たちの前に出てこなかったが、それと似ている。恐れる方向が今は違うだけで。

 

「…………」

「…………」

 

 屋敷を歩いている内に嫌でも気づく違和感。外観から判断できる以上の広さ。階段を上る距離はそれに合っているが、通らずにいる通路の先は見えないことの方が多い。

 時間を操り空間を弄るとのことだが、眉唾に見えるその力も直面すれば恐ろしい。ディアボロの能力とは違うその汎用さ。

 自分以外の限定的使用を行える目の前の女、それを従える吸血鬼。普通に考えれば、スタンドの存在を知っていてもなお常識外の力を持つ者の巣窟だ。

 ……自然と、歩みにも、拳にも、強張りが入る。

 直接的にではないが、窓から射し込む夕日が日没を示し始める。

 

「お嬢様、失礼いたします。客人をお連れ致しました」

 

 その大扉の辺りには窓はなく、燭台に点された蝋燭の炎が揺らめき辺りを照らしている。

 今までの幻想郷の明りは当然それに依る物が多かったのだが、ここはまた趣が違い、生活のための灯というよりは人外の環境、誘蛾のための灯。

 

「入れ」

 

 中の返事をこちらが確認すると同時に、扉が開く。中はこちらの光のみが射し込む暗い空間。

 その先僅かながら見える、玉座の間ともいわんばかりの豪奢な部屋。その奥、その間にふさわしい装飾の椅子に座っている幼子。

 こちらが彼女を認識したあたりで、ぼう、ぼう、と部屋の中に明かりが灯る。入り口から、一つ一つ、その奥の主に向かって。

 

「よく来たな、外来人の来訪者よ。私がこの館の主、レミリア・スカーレットだ」

 

 わざわざの演出を重ね堂々と名乗るその姿は、その生まれから、その生き様から、相応に振る舞うことが当然である貫禄がある。

 見た目は幼子だが、確かに500の齢を重ねていてもおかしくない、そう思わせる高貴な気風、眼光。

 

「なるほど、初めて見たが私の想像以上には気骨があるようだ。嬉しいよ。少なくとも、私を見て怖気づいたり侮ったり……心が揺れ動くならば期待外れだったからね」

 

 呟く主を目の前に、中ほどまで歩みを進めて拝謁の礼をする。これも、幻想郷でなかったら行うことはなかっただろう。

 

「へえ、礼儀は弁えているんだな。ここの所そういった対応をするような客人は迎え入れてないからねぇ。久しぶりに見た、いい気分だよ。

 ……さて、あえて問おうか。客人よ、お前は何をしにここへ来た?」

 

 礼を終え頭を上げると、レミリアの傍らに咲夜が移動していた。案内を終え主の傍に立つその姿はメイドというより執事にも近い。

 人間と妖怪、共存のする幻想郷でもとりわけ奇妙な関係だと感じられる。

 

「お前が来ることはわかっていたけれど、何を目的かはわからなかったからね。調べればそれでわかるんだけど、そんなんじゃ面白くはないだろう?

 娯楽の少ない幻想郷だ。せっかくの楽しみは直接味わうに限るだろう。……で、どうなんだ?」

 

 レミリアは身を乗り出して訪ねてくる。その根底は、妖精と同じような好奇。

 それでいて、凡その答えとそれに対する返答を準備しているのだろう。そのような余裕も感じられる。

 

「期待に沿えないようでいて悪いが……」

 

 だから、始まりは詫びの言葉。

 

「人は……一生のうちに『浮き沈み』があるものだ。そして、その一時の境遇に対して笑い、泣く。今の私は、その『絶頂』から突き落とされた」

 

 一瞬に訝しげな表情を浮かべるレミリアの双眸を見つめながら。

 

「普通ならば死で表現されるその落下は、私の重ねた罪ゆえに永遠に繰り返される死として私を縛りつづけた。最底辺を延々と芋虫の様に這いつくばり踏み躙られる、そんな呪縛。

 その折に、何の興味か因果か私を拾い上げる者が居た。幻想郷の者なら誰でも知っていると聞いている。ユカリなるものに」

 

「その者に踊らされていようが、なんであろうが、私をこの地に救い上げたことは事実。聞いた話によればこの世界で私たち外の者がここに現れることは少ないことではないと。そして、その者達が元の世界に戻ることも可能だと。

 例外はあるだろう。自分がそれに必ず合うとは思っていない。それでも、その一縷の希望にかけて」

 

「私には野望がある。再び『絶頂』に至るために、今までに立ち会った中での最大の障害であったあの男を超えるために。

 人間には必ず立ち向かわなければならない『試練』がある。試練は必ず戦いが起こり、その質は『生贄』の流される血で決まる」

「…………」

 

「試練は、あの男に打ち勝つために重ねられる。恐怖を砕き、己の過去を乗り越えるために。その試金石として」

「もういい」

 

 語っていたディアボロに、興味を失ったかの表情を浮かべてレミリアが口を挟む。

 

「つまるところ、唯の力試し程度なのだろう? 私も見縊られたものだ……それとも、あまりに現実離れしたこの地に馴染み、私たちのような妖怪に対する認識がぐらついているのか……

 どちらにしろ、面白い来客だと思っていたのにその程度とは。……興醒めだよ」

 

 レミリアが手の叩き、乾いた音が響く。それと同時に、ディアボロの右手が何者かに掴まれる。

 取った相手は、着いてきていなかったはずの門番。「残念ですが」と、彼女の唇から小声で紡がれる。

 

「美鈴、そいつはもうここに用はないみたいだ。丁重に送ってあげて」

 

 ぐいと手を引かれ、退室を促される。

 当然だ。自分より格下の者に、同じ人間同士の戦いのための踏み台になれと言われているのだ。……吸血鬼でなくても、怒りにも呆れにもとられるだろう。

 しかし、だからとてそこを偽るつもりはない。こちらの真意を伝えたうえで、向かってもらわねば、到底奴に太刀打ちできるとは思えない。

 あの敗北が、レクイエムの呪縛が、自分の中のジョルノを大きくしているのだろうとはわかっている。が、それほどの相手だと、今までの自分の積み上げた物を一瞬で崩したあの男が、目の前の吸血鬼に比類しないとは思えない。

 

「、っ」

 

 引かれる手を弾き、自らの意志を再度示す。

 

「……何のつもりだ?」

「今言ったとおりだ。これから起こる出来事は、私にとっての岐路となる。己の野望を燻らしたままに生きていくことは有り得ない。

 もしこのまま元の世界に戻ったとしても、幻想郷で過ごしていくとしても、過去を忘れて生きていくことなど、私にはできはしない」

 

 先ほどの射るような目線に返すがごとくレミリアを睨み返す。

 強大な相手への宣戦布告。それでも、あの女狐に相対した時の様な恐怖感を、少なくともこの時は感じない。

 

「……お嬢様?」

 

 美鈴が問う。発したのはその一言だけだが、その意味合いは今は一つ。

 

「変わらないよ。丁重に送り出してやりな」

 

 その言葉が発せられた瞬間に、ディアボロと美鈴の間に火花が散る。

 一瞬の目線のやり取りは、美鈴に下がらせることを選択させた。

 

「、っとぉ。……頂けませんね、その顔は。少々痛い目を見ることになりますが……よろしいのですね?」

「……」

「二言は無いということですか。……?」

 

 レミリアの眼前の広間にて対峙する。

 肩幅よりやや広めに足を開き構える美鈴に対して、何をするわけでもなくただ歩いて距離を詰めるディアボロ。

 どう見ても、美鈴と渡り合えるようには見えない振る舞い。少なくとも、道としての武の研鑽を積んでいるようには見えず、人間と比べれば対なきほどの経験を重ねた彼女には太刀打ちできそうもない、印象。

 

「…………」

 

 そんな彼女の意を介すことなく、詰め寄る彼の姿に美鈴は防御の選択肢を取る。

 あそこまでの大口を叩くほどの実力が、策が、彼にはあるのだろう。その自信を打ち砕くには先じて潰すより受けて潰す方がいい。

 もしも当たれば勝てた、などという思いあがりを潰すために。

 ……詰め寄る流れは、ディアボロが易々と美鈴の間合いに侵入する形となる。

 一足で詰め寄れる間合いとしては人間の達人より広く、無防備に侵入してきた彼を討ち取るにはすでに十分の距離。

 それを敢えて受けるために、神経を、精神を集中させる。

 

 ……さあ、来い。その牙を我が身体に打ちて見ろ。

 

 美鈴が念じた一瞬、ディアボロが強く踏み込み、両腕を突き出す。

 矛先は顔面、人中。そこを狙う右腕と、それを守る左腕。

 正確に急所を狙う技術と度胸は及第点だ。だが、やはり自分を相手するには無謀すぎる。

 わざとそのまま受けて効かないことを見せつけようか。何が来ても問題ない様、全身に『気』を集中させたその時。

 

「 ッッ!!!!!」

 

 レミリアが目を見開く。咲夜が息を飲む。辺り一面に、遅れて打音が響く。

 強い衝撃を受けた美鈴の身体は、その慣性のままに飛び、落ちる。

 誰もが見切れなかったその一撃、それは彼の精神像による見えざる一撃。ややも仰角気味に美鈴の腹部を撃った一撃は、彼女の踏ん張りを振り切り肉体を空へ打ち上げる。

 勢い、受け身を取れないほどではないが、

 

「がっ、ほっ、」

 

 着地と同時に喉奥からせり上がる血と液を吐き出す。やや青ざめるほどの、腹部にかけた彼女の皮膚。

 まるで、厚いゴムに包まれた鉄板を殴っているような感覚だ。

 それが彼の感覚。

 

「……なるほど、最前線に率先するほどの実力を十分に持っているのだな」

「へっ、当然ですよ。やや予想以上でしたが何も問題はありません」

 

 一撃後の処理を終え、再び立ち会う。

 ディアボロに寄り添うスタンド、キングクリムゾンは確かな意志を持ち彼女を見据えていた。

 


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