【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】   作:みりん@はーめるん

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番外 ―BGM2 三枚の写真―

「あー、おなかへったー。ねぇ、まだつかないの?」

「この辺りだけど……そもそも捕まってないかなぁ。最近はうろついてるのもレアだし」

 

 暗闇の森の中を、二人の少女が木の間を縫うように飛んでいる。

 夜の闇、照らす星の明りさえも木々に阻まれほとんど見えていないはずなのにそれを障害とすることなく飛行する。

 

「久しぶりの人間でしょ? 私が先に見つけたら多めにもらうからね」

「それはいいけど、それでも頭は残しておいてほしいかなー。あの子たちのいい食事兼寝床になるからさ。できればお腹がいいんだけど……」

「お腹はいちばんお肉たっぷりだからダメだよーう」

「だよねぇ……」

 

 不満そうな顔をして答える金髪の少女、それに対して当然かと苦笑いを浮かべる緑の触覚、緑髪の少女、そんな二人。

 『人間の消える道』とも呼ばれる道の一つ、そんなところを飛ぶ二人の妖怪。

 

「お墓の周りには外から来る人が多いから狙い目なんだけどねぇ」

「なんだけどねぇ。じゃないよ、そっちはちゃんと探してるの?」

「見えないからあんたに頼ってるんじゃない」

 

 会話からも、人間の捕食を目的とした、本当にただそれだけの内容。

 人間が家畜を食す自らに何も異議を持たない様に、彼女たちが人間を食す自らに何も異議を持たない。

 

「……はぁ。私のはあんたと同じくらいにはよく食べる子たちが多いんだから。私の分はなくても問題ないけど、強い蟲になってもらわないと」

「前から思ってたけど、蟲に食べさせてどうするの? 食べるものなら草でも何でもいいじゃん、蟲なんだし」

「蟲だからってなめないでよね。自分より強い者を喰らえば生き物としての位が上がる。より強い妖怪蟲の何かになれるかもしれないってこと。地位向上には強い人間や妖怪を食べさせるのが一番だわ。

 そっちだって、前に里の桃色を食べようとしてとっちめられたじゃない。その時に言われてなかった?」

「忘れた」

「……はぁ。……んん?」

 

 緑の触覚がぴくぴくと動く。

 

「対象を発見、10時の方向!」

「おー! どっち?」

「んー、あっち?」

「よーしっ!」

 

 方角を指さすと、金髪の少女から黒い何かが広がる。

 その黒は辺りを包み、木々を、草を、大地を、夜を闇に染め上げる。

 

「掴まって! そっちまでまっすぐ進むから。見えなくなってても大丈夫!」

「木には注意してね、ぶっかると痛いよー」

「そんなドジ踏まないよ! 先に行った子たちの後についていけばそんなの平気だもの」

 

 言うなり、全く恐れずその暗闇の中を飛行する。一寸先の、それこそ自分の身体すらも認識できないほどの闇の中を。

 視覚を完全に遮るその暗闇も、緑髪の少女には何か別の感覚にて辺りの把握を行えているのだろうか。

 

「あてっ、いてっ、ちょっ、私の事も気に掛けて飛んでよー!」

 

 そんな彼女に引かれて飛ぶ相方は見えない中の木の枝や葉による擦り傷が増えていく。それは、尚更緑髪の少女の不気味さを醸し出していく。

 構わず進んでいくと、小さな何かがざわめく音と、それを散らそうと恐怖の中取り払う男の声が聞こえる。

 突然の暗闇の中、見えない何かが自分の身体を蝕んでいく、そんな恐怖に喚き散らされる絶叫。

 

「見つけたッ!!」

 

 暗闇の中に捉えた被食者が手元に来たことを確信した、闇を放った少女が片割れの手を離してそちらに寄る。

 視認はできないが、男の声がひときわ大きな叫びに変わる。先ほどまでのじわじわとした苦しみから、直下に襲いかかる直接的な暴力。

 辺りに漂う血の匂いが、より一層に強くなる。かなりの出血が、音でわかるほどに。

 

「うまい! これはまさしく私の好きな人肉の味!」

「ちょっと! 見つけたのは私が先でしょこれー!」

 

 捕食と共に闇を解き、辺りの状態は一変、夜の森の中に戻る。

 男の下半身には大量の蟲が這い、覆う。脇腹からは血がとめどなく溢れ、赤い肉と臓腑が見え隠れし、その源泉を貪るために蟲たちが入り込んでいく。

 

「そだ」

「どうしたの? 何でもいいけど、私が見つけたから頭は私のだからね」

「んー、それはしょうがないなー。一口だけちょうだいね」

「もう……で、それなに?」

 

 金髪の少女が小さな箱を取り出す。

 

「市松模様の天狗からもらったの。なんか面白い物があったらそれに向けてここを押しなさいって」

 

 そう言って箱と顔を男に向ける。

 男もそれに気付いてその顔をみる。飛行する人間、鼻から下半分、そして少女の身体に濡れた赤が異端を認識させる。

 脳が身体に信号を送ったその時に、箱から光があふれる。

 

「わっ?」

「ひえっ」

 

 突然の光に二人は驚く。それは一瞬の光だったが、それだけだった。

 

「……終わりかな?」

「わかんないよ」

「んー、まあいいかー」

 

 言いながら、二人の少女は男の近くに寄る。逃げようにも、下半身は既に骨が露出するほどに喰われ動かすことすらままならない。

 そんな彼に近寄って、一人は満面の笑みを、一人は申し訳なさそうに手を合わせる。

 

「悪いね。ここはそういう『決まり』なの」

「ありがとうございます、いただきまーす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おや、どうしました? あなたから私に頼みごととは珍しい」

「あら。わかってしまいます?」

「もちろんです。今のあなたほどに余裕の無い顔は今まで見たこともありません。その表情の裏、天敵である私に頭を下げようとする姿勢、普通ではありませんよ。わからない方がおかしいです」

「……閻魔さまは優秀ね。家の式もそこまで考えが及ぶようになるとますます頼もしくなるのだけれど。霊夢とまではいかなくてもいいのだから」

「娘自慢はいいですから。用件は何ですか?」

「閻魔さまに視てもらいたい方がいましてね。正式な手段に則っていないので仕事中に話すとそのまま還してしまいそうなので」

「私用で私を、いや、鏡を借りたいと」

「……だーめ?」

「なんでそこで媚びるんですか、気持ち悪い」

「とある信頼できる情報筋からそういうのも好みと聞きまして。嫌でした?」

「ええ。すっごく。信頼できる情報筋の者、なんというか割と大柄で大きな鎌を持った死神装束で胸の大きいサボり好きな女性じゃありませんでした?」

「さあ、鏡を見れば思い出すかもしれません」

「あなたは鏡に写るんですか?」

「……20歳は過ぎてますので」

「何年前に」

 

 

 

 

 

 

 

「へへー! みてみて! 大ちゃん見てみて!」

「わー、すごい! 何それ?」

 

 霧の湖のほとり、小さな二人の妖精が戯れ合う。

 

「んっとねー、カメだかメラだかそんな名前。文が使ってるのと同じなんだって!」

「へーえ、小さくってかわいいね! てことは、それを使えば新聞が作れるの?」

「うーんと、これで写真を撮るだけだから、新聞はできないけど、新聞のタネにはなるって言ってた」

「じゃあこれを植えれば新聞ができるの?」

「違うよ、これを押すと、わっ!」

 

 教えてもらった通りにスイッチを押すと、まばゆい光が漏れ、その驚きにカメラを落とす。

 それでもしっかりシャッターは切られており、レンズの下の口からは写真が印刷されて出てくる。

 

「お、おおお??」

「ほんとだ、チルノちゃん写ってる!」

 

 適当に押したその時に写っていた、カメラを持っていた妖精の顔が、ブレて、ピントもぼやけているがそれでもはっきりとした色合いで浮かび上がっている。

 

「どおーだ! これで妖精でも天狗の仲間入りってものよ!」

「すごいね! ねぇチルノちゃん、私も撮ってよ!」

 

 友人が写っていることに感動した妖精は、目を輝かせて自分も被写体になることを願う。

 

「もちろん! 大ちゃんもたくさん撮るから、あたいのもたくさん撮ってよね!」

 

 そう告げると、被写体の妖精は小さく笑みを浮かべて撮影を待つ姿勢に入る。

 撮影者の妖精はにこやかなブイサインと共にシャッターを切った。

 同じようににこやか、少しとられることに恥ずかしがるその顔は、年相応の優しい笑顔だった。

 一瞬の溢れる光に驚き、やや目を瞑るができた写真ではそんな瞑った顔ではない直前の笑顔の写真。

 

「わ、すごい、でた、あたしだー」

「おー、すげー! 動かなかったら写真も動いてない! ……あれ」

 

 写真の端に写る異物に目が移る。それは湖から這い上がる人間。

 

「あれれ? 人魚?」

「え~っ?」

 

 そう言って湖の端に目を向けると、確かにその人間はいた。

 霧の湖の水温はやや低い。が、普通に水生生物が生存するには問題ない。

 だがこの氷の妖精が遊び場にしているときには、その影響でどうしても水温が下がる。それこそ、真冬の海の様に。

 ところどころに氷が浮かび上がるその湖面を、懸命に生きのびようともがくその姿。

 

「よーっし、人魚が凍るかやってみる!! 魚やカエルと同じかどうかやってやる!」

 

 その意志が成ることは、なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

「……」

「……」

「死にましたね」

「……あの子は……妖精に道理を説くのも間違いなのかと思ってしまいます」

「チルノを他の妖精と同じに見てくれているのね、うれしいわ」

「ですから説教しているのですけどね。はぁ。存外早くあの子を裁くことになるかもしれない」

「お勤め、ご苦労様」

「で、彼が話の男ですか。……なんというか、見ただけで伝わるものがありますね」

「何です?」

「説教したい。更生させたい。悔い改めさせたい」

「お勤め、ご苦労様」

「それに、彼を取り巻く呪縛も気になるわ。これほどの強力な呪い、見たことありません。そして、それは人の負の思いから生まれたものではなく、救いの為に悪を律する生の思い。

 私の観点からすればそれは黒なのですが、その対象者はきっと彼を追放した功績で称えられているでしょうね」

「一目でそこまでわかるなんて、やっぱり閻魔様ってすごいわねぇ」

「あなたがそうやって褒めるの気持ち悪いのでやめてもらえませんか」

「ぐすん」

「うわ……」

「ごめんなさい、さすがにそこまで引かれると辛いです」

「じゃあやめなさい」

「そうさせていただきます。……ところで」

「えぇ。それについては請け負いましょう。あの事変は我々でも手に負える物ではなかった。裁かれる魂が裁きを受ける前に消滅してしまって騒いだ区もあったそうだし」

「お勤め、ご苦労様」

 

 

 

 

 

 

 

「いいよ! 姉さんすごくいい! そのポーズがすごく『イイ』!!」

「そう!? そうよね!! 輝いてる? ねぇ私輝いてる!?」

「輝いてる輝いてる! すっごく輝いてる! メル姉さん、ここらでそこのボタンも外してみようか!」

「いいえリリカ! ここはそんなすっトロイことをしている場合ではないわ! 全部『脱ぐ』ッ!!」

「うおーい姉さんマジ!? そりゃマジ?? いいのそんなにしちゃって! 麗しいメルランボディーがまっさらだよ! 初雪積る山の様なそのボディー!」

「あぁっ、いい! すごくいいわ! 興奮してきた! リリカ、あなたも脱ぎなさい!」

「え? いやそれはないわ」

 

 洋館の一部屋、卓の上に少女が一人立ち、その姿を撮影しているもう一人。

 彼女たちの周りにはトランペットやトロンボーン、ホルンなどの金管楽器が宙を舞い、卓上の少女が何か動いたり喋ったりするたびに音を奏でる。

 一見めちゃくちゃな音に聞こえるが、それは妙につながった音にも聞こえ、人間が効いたら否応にも気が周ってくるような、そんな音。

 

「そんなこと言わないで! 姉さんはリリカと一緒に写真が撮りたいの! 姉妹が揃って仲睦まじく卓上で踊っている姿を記録に残したいのよ!」

「だからといって脱ぐのはないわー」

「そんなことない! これからは暑くもなるのだし姉妹同士で仲睦まじく卓上で踊っている姿が流行になるわ! 次のライブのチラシにするの!」

「ルナ姉にそういうの振って」

 

 卓上の半裸の姉が、撮影していた妹の体を揺すって訴えかけるが、先ほどまでの高いテンションとは打って変わって完全に冷めた目で対応する。

 先ほどまでのはただの合わせだったのだろうか。しかしもし彼女を知る者がいたらまさしくその通りだというだろう。

 

「……お茶、置いておくわよ。こぼさないでね」

 

 黒い衣装に身を包んだもう一人の少女が、戸を少しだけ開けると中にお盆だけを入れて退場した。

 二人になるべく気取られない様に、ということだろうか。

 

「……まったく。新しいおもちゃを手に入れたからって……二人はまだまだ子供ね」

 

 そう言いながら黒い衣装の少女は洋館の外に出る。傍らには卓上の少女の周りに浮いていた金管楽器の様に、ヴァイオリンが宙を舞う。

 空いた手にはカメラ。幻想郷の住人である彼女が持つには似つかわしくない、やや大型の機構が付いたポラロイドカメラ。

 

「……うん、撮るなら人や物事よりこういう自然がいい。人には人の役割がある。妹達ならともかく、私はこれくらいでちょうどいい」

 

 そう呟きながら、洋館の周りに存在する自然を撮影していく。彼女が出てきた洋館はとてもじゃないが人が住んでいるとは思えないほど荒廃しており、その周りの自然も同じように全く手の入っていない原風景。

 廃洋館自体は珍しいが、その周りの自然は珍しいわけではない。彼女はそんな二つが入り交じった風景が好きだった。

 いつも見られる風景に、いつもは見られないその姿。そんな風景はエンターテイメントを提供する自分たちのようだ。彼女はいつも、そう思っている。

 かしゃり、かしゃり。シャッターを切る度にその風景が切り取られて一枚の絵となって現れる。

 音楽もいいけれど、こういう写真を撮りためて飾るのもいいかもしれない。ああ、同じ場所を季節ごとに違う風景を切り取るのも美しいかな?

 

「天狗はこういった使い方をしない。いつも目を引くものにだけにしか使わないから。私がこういうものを撮っていることは記事にしてもその先は記事にはしない」

 

 一枚、また一枚と景色を切り取ってはその写真をアルバムに挟み込む。

 この辺りから少し離れたところを撮ろうか、そう思った時に。

 

「……?」

 

 茂みを歩く音。荒い吐息。倒れる様な音。

 中から騒霊らしい音が響きまわる中、そんな音に引き寄せられるには異質な音。

 

「……誰か、いるの?」

 

 洋館の影、二人が騒いでいる反対側からその音は聞こえてきた。

 そんな来訪者を訪ね、恐る恐ると覗いてみる。

 

「……人?」

 

 見たことの無い人間だった。

 幻想郷の住人にしては、衣装は違う。外来人ではあるだろうけれど、それなら何に怯えているのだろう?

 確かにここは紅魔館の近くでもあるが、それでも自分たちの館の近くにまでくれば人を襲うような妖怪は出てこない。自分たちの音に影響されて人を襲う場合ではなくなるのがほとんどだから。

 何かに襲われてからの来訪だったのだろうか? それにしては傷は一切ない。攻撃された後ではなく、あれほど肌を露出しているのに、草木に擦れた傷すらも。

 そんな、不自然な人と自然の合成に。

 

「!?」

 

 突然の光にその人間は驚く。

 

「……あぁ、すまない。驚くよね。急に撮ってしまって。ちょっと、その姿が素敵で」

「うあ、あぁぁ……!!」

「……え」

 

 様子がおかしい。

 自分は人喰いの様な容姿はしていないし、見た目にそぐわぬ妖怪も今は多いからそれを警戒しているのだろうか?

 両手を上げてとりあえず襲わないことをアピールしながら、

 

「お、落ち着いてほしい。別にあなたを取って喰おうとしているわけじゃない。その、えーっと」

「や、やめろ、こ、来ないでくれ……!!」

「そ、そこまで恐れられなければならないのか……少しへこむ」

 

 表情を曇らせながらも、それでもなんとか距離を縮めようと思うが、男は怯えて下がるのみ。

 どうしようかと困っていたその時。

 

「あっ」

「えっ」

 

 突然、穴に落ちた様に姿を消す。慌ててその場所を探るが、穴どころか何もない。

 

「……スキマ妖怪?」

 

 幻想郷では名の知れた彼女、こんな芸当ができるのは彼女くらいしか思い当たらない。

 理由はわからないが、彼は、消えた。消されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……なるほど……これが彼の……」

「なかなかあくどい過去をお持ちね。知らなかったわけじゃないけど改めてみると人間が一番恐ろしいのかもしれない」

「外では恐れられる物が変わってしまった。自然も科学によって統制され災害すらも予期できるようになった」

「あの時にはこれほど人間が早く進歩するとは思ってもいなかった。数々の、人間の戦いが彼らの時代と意識を変えていった。そこに、我々が入る余地はだいぶ少なくなってしまったわ」

「外の流れとこちらの流れはもう完全な別物です。あるがままを受け入れるべきでしょう。それに正当な反発があったからこそ今の彼がいるのでしょうし」

「以前の業はここでは顧みません。彼の成すがままを受け入れたいと思っています。その方がかの事変に近しい状態になるでしょう。それを私は見るつもりです。閻魔様、あなたはどう思います?」

「……私の意見を取り入れるつもりはあるのでしょうかね。それに何かが起きてもあなたの手に負えない事象は起こらないと思います。手元に飼いならしておくわけですから」

「もちろんです。けれど、ここまで手伝ってもらったというのに何も聞かないとあまりにも冷たい女と勘違いされてしまいそうで」

「今更ですねすごく」

「今更ですかすごく」

「私の意見を言うなら、それは反対です。実験のためにわざわざ悪を受け入れ幻想郷をかき乱す。もちろん背後に理由があることを知らないわけではないですが。

 それでも受け入れるのであるならば、私も彼に対していろいろ言いたいことがありますのでそれを考慮してもらえれば」

「構いませんよ。ふふふ」

「すぐには私の力による影響は現れないでしょう。それほどに彼の纏う力は強い。しばらくは彼はここを彷徨うことになるでしょうから、それが終わってからでもいい。私は、彼の異質さを理解させてあげたい」

「彼はここに居着かないかもしれませんよ? それに、何かの折に得る物もないまま往ぬかもしれないというのに」

「それでもです。知ってしまった以上私の性分ですよ。一つの身体に二つの精神を作り、それを意のままに操っていた彼。その中の精神は既に彼の肉体にある存在ではなくただ入っているだけ。寄り添う精神体こそが自らであるということ、それに気付くべきと考えます」

「…………それ、現状にも未来にも必要の無さそうなタネですね」

「でしょうね。ザナドゥのヤマだからではない。一閻魔ではない四季映姫から伝えたいのです。本人の持っていない秘密を知っていることほど気持ち悪い物はないですから」

 

 

 

 

 

 

 

「……誰?」

 

「……人? どうしてこんなところに」

 

「……妖精メイドじゃない。確かに人だわ。咲夜や魔理沙とかと違う……あなた、男の人?」

 

「初めて見た。でもどうしてこんなところにいるの?」

 

「どうでもいいか。ねぇねぇ、遊びましょう?」

 

「……ねぇ、どうして怯えているの? 私しかいないのよ?」

 

「光がないから? 他に人がいないから? 血の匂いがするから? ……私が吸血鬼だから?」

 

「恐いの? ふふふふふ、褒めてくれてありがとう」

 

「それなら、遊びましょう? あなたはあるがままでいいわ。もう底は知れている」

 

「逃げなくてもいいよ。どうせ死ぬんだから」

 

「まだ体が壊れる前に、心が認識できる時に言っておくね」

 

「ありがとう」


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