【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】   作:みりん@はーめるん

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―スカーレットクイーンの迷宮 1―

「一体どういうつもりだ! 私の事をガン無視していろいろ決めて! 私はお前のお守りをするためについているわけじゃあないんだぞ!」

「……ならば好きにすればいいだろう。既にあの男はいないのだから、お前を見張る者も契約を反故しようとそれを見る者も居ない」

「それはそうだが、勝手にとはいえすでに交わされた契約を簡単に破れるか! 私が一番怒っていることは私を勝手に使って話を進めたことだと言っているんだ!」

 

 霖之助との会話後、自分たちも店を出たが、ディアボロの後ろをついて歩きながら足と口を共に動かすナズーリン。

 彼らとの、自分を利用した勝手な契約に対して腹を立てその事をぼやきながら付いて回る。

 

「お前がついて周ると言っていたから話も進めやすかったから、こちらとしては非常にありがたかったのだがな」

「だったら一言でも私の話も聞いたらいいだろう。そうすればまだ私はこんなに言うことはなかった!」

「……話に介入させていれば私を監視するつもりはなくなっていたのか? とんだ意志だな……」

「そういう意味じゃない……!! ああいえばこういう……!!」

 

 そんな彼女をあしらいながらに、里の中を歩く。本人からすれば堪ったものではないと思うが。

 得たい情報は十分に得た。思いがけない僥倖により、力の先へ至る道も手に入った。後はこの行使に至るのみ。

 空を見上げる。

 ややも下りに差し掛かった太陽は、それでも強く輝いて自分を、大地を照らしている。それを遮る雲もなく、夜には月も美しく姿を見せるだろう。

 月齢まで頭に入ってはいないが、さすがにそれはしょうがないだろう。もし望みの月齢が遠すぎるとしても、ああ言った以上吐いた唾は飲み込無つもりはない。

 

「お前は危険だとは思っているが、そもそもあの悪魔相手に何をしに行くつもりだ? 物見遊山、暇つぶしで行くにはあまり面白い所ではないんだよ?」

 

 十分、とは言ったが……過去の自分を考えるとそれすらおかしいとも思える。本で名前を知っただけ。パーソナリティはほとんど知らない。戦うとして、対策も敢えて取ろうともせずに。

 それでも。敢えて過去の小心な自分を捨て自分は死なないという妄信を盾に前に進む自分。

 そう考えるのも今更な気分にもなるが、相も変わらずそれはとても滑稽なものだ。

 

「……なあ、聞いているのかい?」

「聞いてはいるが」

 

 適当に流している。

 

 

 

 

「なあなあ、昨日聞いたんだよ、前に慧音さんがいつもの帽子じゃなくて赤い洗面器を頭に載せてる理由」

「あー? あぁ、そんなことあったなぁ。あれどういう心境だったんだ? 今晩はOKとかのサイン?」

「いや、そういうのじゃなくてだな、実はもっとすごい意味が……」

 

 里の外、警備をしている若者は昨日の晩とは違い起きてはいるが仲間との会話に興じていてあまりこちらを気に掛けない。

 出る者に対して軽く手を上げて対応するだけだ。本当に、様式的なものなのだろう。

 そんな彼らの傍らを通り、姿が見えなくなったあたりでディアボロは、

 

「見抜け」

 

 唱えると、目の前には一人乗れる程度の雲が現れる。

 

「……やはり、あの少年は君なのだな」

「あぁ。以前には街中で展開したことがあったからな。この辺りまでくれば気づかれることはないだろう」

 

 その雲に乗ろうとして……足を止める。

 

「おい、霧の湖の方面はあっちでいいのか?」

「ん? ……まあ、そうだが。どうした?」

 

 方角を聞き、そちらの目的がわかると雲をナズーリンに押し付ける。

 

「わ、何を」

「これには世話になった。返却しよう。扱い方がわからないからあの尼僧に返しておいてくれ」

「う、わかったわかった、とりあえず君の言葉で反応するからとりあえず仕舞ってくれ。それからだ」

 

 そう言われてまた同じように唱えて戻す。

 戻った雲は跡形も無くなった。そのあった場所にナズーリンが立ち、ディアボロの手を取ってぶつぶつと小さく囁く。

 特に何か変わった様子はないが、それで終わったかのようだ。

 

「とりあえずこれで権利は移った。雲山には今度返しておこう。持ち主が移ったことには本人も気付くからね」

「わかった」

 

 それを聞くと、ディアボロは歩みを進める。

 対してナズーリンは、彼と取った自分の手をまじまじと眺める。

 

「……何だ?」

「……血の、匂いがする。僅かに、でも確かに染めつづけたからこその匂いだ。でも、ドッピオの身体からはそんな匂いはしなかった。……どういう身体なんだ、どういうことなんだ……?」

 

 腑に落ちない、といった表情を浮かべる。九尾に蛙と呼ばれていたあの神も似たようなことを言っていたが、それほどのものだろうか。

 確かに、自分とて同じ身、幾度も闇に手を染めた相手を視れば直感的にわかる者はわかるが……人間の感覚とは遠い彼女達にはそう映るものなのだろうか。

 

「私はそれについて悩んだことはないがな。他が気にしたところでどうにもなるまい」

「……そうかい。…………」

 

 気に留めず歩く男と、三歩離れた位置から訝しげについていく少女。

 いくらか名前のあるであろう妖怪が後ろについているからとしても、異様なまでに彼らに寄ろうとする者はいない。

 ドッピオの時には頭の弱そうの妖精共が興味本位で寄ってきていたが、ディアボロの姿、その雰囲気に近寄りがたいというのだろうか。

 

 

 

 

 

 5月にもなるというのに、霧の湖と呼ばれるこの地域一帯には確かに肌寒さを感じる。

 天狗から見せてもらった写真にはあの場から這い上がろうとする自分が写っていた。そして湖に浮かぶ氷の姿。

 水面に手を浸してみようと近づけたところで、それをしなくてもわかるほどには冷えた水だというのはわかる。だが、氷ができるほどの冷たさではないようだ。

 ……縁起に載っていたあの氷の妖精とやらの仕業だったというのであろうか。

 

「……抜けるのなら早い所行った方がいいよ。陸路でチルノに絡まれても楽しくないだろう」

 

 ナズーリンからも注意を促す言葉が漏れる。好戦的な妖精であれば、確かに地の自分に空から攻め立てる構図になるのも想像に難くない。

 周回するのに1時間ほどだという、大きくもない湖。早めに向かった方がいいだろう。

 それに、時間も頃合いとなってきている。

 現在の視界は光源が乏しいという理由を覗けば良好だ。昼に発生すると言われる霧はなく、自分たちを照らすのは落ちかかった太陽の出す夕焼けの色。

 時刻が過ぎるにつれて視覚外からの舐める様な目線が強くなってくる。それは天狗の山で感じたような値踏みをする目線。

 

「随分血の気のある者がこの辺りには居るようだな」

「そうだよ。人里から離れたこの紅魔館近辺、人がいなくなってもおかしくはないからね。妖怪の原則は人を襲うこと。特に外来人は『何処からも必要とされていない人間』という印象が強い。だから攫う以上の事を行う輩もこの辺りから増えてくる」

 

 この目線は、追剥や恐喝を生業とし、最後には殺すことも辞さないような人間たちの飛ばす目線とよく似ている。

 相手を同じ人間とみていない。自分とよく似た獲物だという認識。それと、よく似ている。

 

「……本質はどこも変わらないということか」

「……そうかな。多様性があるのが人間の本質だと私は思うけど」

 

 呟いた内容に、ナズーリンは反応する。

 

「私だってこの妖怪たちの様な、いやもっと自分の利だけに固執した浅ましい人間を見たこともある。それとは逆に清廉潔白な人間も同じほど見た。妖怪にだってそのように善から生まれた者だっている。……あまり一部分だけで決めつけないでほしいね」

 

 その態度は、昼間の茶屋でみた怒りとはまた違う、理解を求める様な感情だった。

 仏教に関連する者だからこその矜持があり、それを伝えたがるような、そんな感情。

 彼女の言いたいこともわからないでもない。最も、それを取って喰らっていたという過去の事実もある。

 

「わかってはいる。ただ、自分がそちら側にいる以上闇の方が濃く見える。それだけのことだ」

 

 歩み続けるその先には、紅い光を漏らす館がおぼろげに見えている。

 落ちる陽の中、明かりに寄ろうとする虫の様にその歩みは速度を増していく。

 自分でも気づいている。このどこかに興奮しているその自身に。

 

 

 

 

 

「ここはとおさん!」

「さん!」

 

 深紅の館を守るかのように立つ塀と、そこにのみ存在する受け入れ口。

 その門の前には小さな羽の生えた二人の少女がふんぞり返って待ち構えていた。

 その一方は写真に写っていた少女であり、天狗の教えた情報と一致する。霧の湖に住み着く、妖精の一人。

 ……もう一人、門扉にもたれかかってその二人と、自分たち来訪者の二人を見つめる女性が一人。

 

「…………」

「…………湖じゃなくてここにいたのか、チルノは……」

「さん!」

「よん!」

 

 ふんぞり返った二人の妖精は言葉を繰り返しこちらを牽制している。が、それはどう見ても子供の遊び。まだ昨夜の眠っていた里の門番の方が仕事ができそうだ。

 奥にいる者が、恐らく本来の門番である紅美鈴であろう。縁起に載っている見た目の特徴と一致する。

 外の妖怪たちの目線と同じく、こちらを値踏みするような鋭い目線を飛ばしているが、ディアボロの事を一通り上から下まで見ると、妖精の片割れ、氷の羽を持つ方に小さく耳打ちをする。

 

「え? うんうん。おい、男の方は許可が下りた! お前は通っていいぞ! あたいが許す!」

「ゆるされた!」

「…………」

 

 思わず頭痛が生じそうな、それでいて不可解な展開に頭が重たくなる。

 どういうことか、と顔を上げると美鈴がその様子に気づき、門を開きながら説明する。

 

「外来人の来訪者よ。よくぞ参りました。主君の命により紅魔館はあなたを歓迎致します」

 

 ぎ、と鈍い音を立てながら太い鉄製の門は開いていく。

 見た様子では開くための機構はなく、もし人間の力で開けるのならば大の男が2,3は必要な扉を片手で開いていく。

 そんな彼女に倣って二人の妖精ももう片方の門扉に手をかけるが、全く動かず早々に諦めて門の奥に行け、というような指さしのジェスチャーを行っている。

 

「……私の事を知っているのか?」

「私はお嬢様の命に従うだけ。あなたがどこのだれか、何故お嬢様があなたが来ることを知り迎え入れることを命じたか。

 私は一切の理解はしておりませんが一介の兵としてはそれで十分かと」

 

 一礼、その礼は客人を迎え入れる様式の礼ではなく拳法の演武の前に行われる開始の礼。それに対してさしたる知識をディアボロは持ち得ていないが少なくとも歓待の為に招き入れたのではなくこれから起こる波乱を敢えて受け入れたかのような、そんな印象を与える。

 事実、ここまで気の緩みの様な隙らしい隙は一切見せていない。既に、この場は戦場と本人は考えているかのように。

 門が完全に開ききると、着いてくるようにと促す。その先からは異空間の様な、立ち入ってはいけないと警告するかのような空気が感じられる。

 今までの外もそうだったが、それと同じ空気をより一点に濃縮させたような。そんな妖しさが立ち込めている。

 今なら引くこともできるだろう。どうするか。それを、問いかけているかのよう。

 

「安心してください。いきなし取って喰えとの命令は受けておりません。それに、私の仕事は正面から来るものを打ち破る事であり後ろから刺すのは流儀に反します。よほどのことをしない限りは手出ししませんよ」

「…………」

「来ることがわかっているというのが不思議でしょうか? 私も同じです。ですが、お嬢様曰くそれが『運命』。その広大な回転の中にある一粒の金を逃したら承知しないと言われましてね」

 

 答えるまでもない。その魔窟へと、一歩を踏み出していく。

 

 

 

「……まあ、通してもらえるならいいんだろうが……?」

「ちょっとまった、あんたは通していいとはいってないよ!」

「ないよ!」

「…………あ、そう……」

 


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