【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】 作:みりん@はーめるん
「足掛かり……? 一体、どういうことだい」
饅頭をほおばるナズーリンからの当然の質問。深く答える気はないが、それを答えなければ不必要にまとわりつかれるだろう。
「……そうだな、お前は何のために生きる?」
「え、何だって……?」
ページを繰ると魔法使いの欄に当たる。てっきり人形遣いも道具屋も相当に同じ魔法使いだと思っていたが、種で分けられているというのも驚きだ。
「幻想郷に至る前、私は一国の社会を担う一端だった。……お前の想像通り非合法だがな」
「……だろうね。もしそういうのでなければとてもじゃないが君の立ち振る舞いを想像できない」
「その地位に至るために、またその地位の継続の為に様々なことを行った。お前たちの様な人間……妖怪か。あの尼僧の元に集う者であれば忌避するようなことばかりな」
相手の目線は、縁起に集中しており対面をみていないが、それでも琴線に触れている不快な視線だということはわかる。
今の言葉を事実と受け止めようが受け止めまいが、不信で動く彼女の燃料を注いでいることは確かだ。
「今その行為が是か非かを問うつもりはない。お前にとっては不快なことであろうとな。私が言いたいことは、人間には生きていくための標が必要であり、そのためならば何をしてもよいという、まあ大雑把に言ってしまえばそういうことだ」
語るディアボロを、ナズーリンは珈琲に3個目の角砂糖を入れてかき混ぜながら見つめる。
「随分なことを語るな……生きるためなら何をやってもいい、そんなことが許されるなら共同体なんて出来やしない。その標に至ろうとする者、大勢いるだろう。それらの削りあいだ」
「そう、その通りだ。私はその戦いに敗れた。が、何の因果か今は再起している。ならば再びその舞台に上がれたことを感謝し、その道を駆けるのは道理だろう」
「何を言う」
更にナズーリンの声色が冷える。危険因子として見ていた者が、その性惰を表したその瞬間に。
ディアボロは少し感心をした。先ほどまでは、自分の意思に抗いながらも、恐怖を抑えながらも監視しようとした姿勢から、相手の力量を測ったうえで身を滅ぼしても関与し続けようとする姿勢に。
彼女の能力を細かくは理解していないが、ネズミを眷属に使っているのは覚えている。……自分の知らぬように広められても困る。
「先ほども言ったが、騒がれるのは性に合わない。自分から騒動を起こすわけではない。最も、その当事者だけで解決できない場合はその限りではないが」
「だから?」
「だから、足掛かりを探しているのだ。強者であり、賢者でもある者を。その者を代理人として、私は己という過去を乗り越えなければならない」
魔法使いの項目の二人目、その者の所属に目を引く。妖怪の項目にも載っていた武術を使う妖怪と同じ所属であり、両者ともに実力は相応。
「私の仇敵は外に居る。ここに今再び自由を受けたことは好機だ。この機を得た上で、幻想郷でのうのうと余生を過ごすことなど考えられない」
「……ふん、なかなか言うようだね。さっき戦いに敗れたと言っていたけど、それで死んで生き返ったわけではあるまいにそんな風に言うとは」
蔑み憐れむような少女の言葉を聞き、少しディアボロには硬直が走る。
彼の言葉を信用していないのは飛ぶ雰囲気から理解できるが、もし実際にそうであったなら、どうすれば信じさせられるだろうか?
過去の図星を突かれた彼に走った僅かな動揺を、もし注視しているわけでは無かったらナズーリンは見逃していただろう。
「……? まさか、本当に死んで生き返ったわけじゃあないだろう? どこぞの医者たちではないのだから、身体は一つ、生命は一つだ」
「……そうだな。むしろ、死なない者も居るのか幻想郷は」
「妖怪ではそれなりに居るが、人間でもそれなりに居る。広義の意味なら、聖も不死に近いよ。もっとも、老化による寿命が無い程度で刺されれば死ぬけど」
刺せればね、と起きつつまた珈琲を一口すする。
不死でも、長い戦闘の末に力尽きることはあるのだろうか。そういう意味では勝利することはできるが、最も自分よりその弱点について耐性を持つようにするだろう、それは難しいかもしれない。
ともかく、ページを少し飛ばして言われた者を探してみる。種族の項を飛ばしていくうちに英雄伝と打たれた項から、その存在は載っているようだ。
博麗の巫女や道具屋の、普通の魔法使い。時を操るメイドに古道具屋の主人。
その先に載っている三人が、どうやらその不死であるようだ。
「…………」
偉人伝として評価はされているが、ややも漠然としていてどうにも掴むことができない、といったところだった。
むしろ、興味を引くのはさっきから目にする所属の一つ。それは、時を操るメイドの所にも記述があった。
その不死の三人もどうやら同じ、永遠亭の所属のようだが、それより先に気の付いたところを探すために、またページを戻す。
魔法使い。妖獣。獣人。……そして。
「……、吸血、鬼……」
そこに書かれていた内容は、外に当たる自分たちの世界でもよく言われている吸血鬼のイメージ。
人間の血液を食料とし、驚異的な能力を備えるが弱点は多い。その項目の最初の紹介者こそ、今までに気にかかった紅魔館の主。
「…………」
今更幼い少女だということには驚きを持たないし、嘘っぱちな伝承でも若年の姿でやれ百年だか千年だかと言われている。
そんなことはどうだっていい。今重要なのはそこに書かれている内容。
急速に動いていた手は止まり、そこに食い入るように動かない。新しい玩具が手に入り、その取扱説明書を読んている少年の様な、そんな姿。
「スカーレット姉妹かい? そいつが相手なら、さぞかし楽しめるだろうね」
少し安堵の色の入った様子でナズーリンが口を開く。問題を起こす対象が、問題をよく起こす巣窟に向いたことだろう。縁起にも凡そ問題を起こす中核の様にも書かれている。
それでも、ディアボロはその二人が気にかかった。何より、実在する吸血鬼という存在。
『それは本当にあの吸血鬼なのだろうか?』
この一点が、彼の思考を支配していた。
「……ネズミよ」
「ナズーリン、だ。呼ぶならちゃんと呼びたまえ」
「ならばナズーリン。……いや」
思わず尋ねてしまったが、彼女には自分の質問に答える義理もないしそれをさせる術もない。また、『あれ』について知ってしまえば、また新たな火種になる恐れもある。
もっとも、この幻想郷に存在するのは幻想に実在する吸血鬼。そして、自分が知っている『実在した吸血鬼』とはまた別の存在なのだろう。そう信じたいだけであって、至る証拠はないが。
……対面の少女の怪訝な目が、変わらない内に続きを聞いた方がいいだろう。
「……今、何時だかわかるか?」
「? 昼近くのー、11時ごろだが」
適当な相槌を交わして、再び本に目を戻す。もし自分の思い描く通りであれば、恐れられた存在の証明であるし、なければないで何も変わらない。
だが、確かに自らが最も興味を引き、かつ打ち倒すに足る器の持ち主。その者が、ようやく見つかった。
「レミリア、スカーレット、か」
記述にはやたら幼さを強調されており、見た目通りの精神構造しかない様にも書かれているが、そもそもの種の特徴として王たる資質の具現と書かれている。
他の者の記述はまだ詳しく目を通していないが、あの武術の妖怪はまずまずの手練れと書かれていた。時を操るメイドは幻想郷の主たる妖怪の退治屋と並んで書かれていた。妖怪の一角の主に使えるメイド、という点は不可思議だが、それについてはすぐに判明するだろう。
ディアボロが知っている吸血鬼の『現実』については、多くはない。それを詳しく調べ上げることについては、当時の権力をもってしても探ることは難しかった。
その力について調べれば必ずスピードワゴン財団の名前が引っかかり、その先に進むことを困難にさせる。
19世紀に設立され、医学と経済界に大きく発展させた、そして今もなおその方面に高い影響力のあるその財団は、その実スタンドや石仮面に関わる何かを研究している。
何故彼らがそれについて研究しているのか? そこまではとてもじゃないが突き止めることはできなかった。が、その高い秘匿性も別の角度で見れば掴める物がある。
二次大戦でナチスドイツが研究していた、石仮面。隠されていたその存在と、それのもたらす効能。もちろんそれを調べ上げるのにも苦労は要ったが、そこまでは調べられたし、そこまで知れれば十分であった。
人間の未知の可能性を引き出し、超然たる能力を与えること……ナチスドイツが所持していた過去の文献による記述に則れば『吸血鬼』と化すその仮面。
裏組織を治めるディアボロにとって、もしそれが他所に渡ったら必ず厄介事になるし、自分で持っていてもそれを得ようとした内乱が起きかねない。ましてや、大きなデメリットも存在する仮面の力をおいそれと自らに使用することは論外だった。
故に、幾人かの幹部にのみそれを伝え、有事のあった際に回収する様に姿勢を整えていた。
「あの『吸血鬼』をいつか従える必要があるかもと思っていたが、幻想の吸血鬼に先に出会うことになりそうだとはな」
実際にそれを使用した者がいたかどうかはわからない。だが、それを使ったとしか考えられない体質の持ち主である男に心当たりがある。
矢を発掘した時、それを買い取った老婆。その後、その資金を元手に立ち上げた組織で行った、その老婆の調査。
それによると、その老婆はその男に神性を見出し、以降をその者に全て捧げたという。その男は極端な太陽アレルギーを持っていて滅多に表には現れないが、人を惹きつける尊大な何かによって、その他信者を集めていた。
……そこまでが、ディアボロの知っている範囲。
「今、何か言ったかい?」
「……特には」
小さくなってきた饅頭を口に放りながらも、その少女は動こうとしない。こちらから行動を起こすまでは意地でも動かないつもりだろうか。
今更見られながらでも構わないが、周りはそうは見ていないとはわかっていてもいつまでも幼子に難癖をつけられたような状態でいるのも居心地はよくない。
「ここですよ、ここぉ! 前に言ってた美味しいスイーツのできたカフェ!」
「いや、甘味処って言ったらここともう一か所くらいしかないじゃない」
「細かいことは気にしないでください! おじさーん、霧の湖付近で妖精が適当に育てたけどそれでも形が綺麗なイチゴとか太陽の花の隣側で毒人形と花の大妖が丁寧に育て上げたヨモギなどをふんだんに使ったその甘さは私が初めて食べた小豆大福のような味の各種大福5個入りセット そして幸せが訪れる、2つくださいー!」
「澱みなく諳んじたわね、正直感嘆に値するレベルよ」
「お、早苗ちゃんとアリスちゃんじゃねえか! あいよ、大福セット2つな!」
「おじさん、略さないでくださいよぉ! 雰囲気欠けちゃいます!」
入り口からは新しい来店者と共に、そぞろに騒がしさが増してくる。
確かに昼時と言っていたし、それ目当ての来客も幾分か来るだろうか。……もはやカフェの様相を成していない。よろずの憩い場と訂正しよう。
何かを入れるにしても、頼む金もないしそろそろ好意の域も外れるだろう。この書籍を読むことさえ確保できればいいのだが。
「すまないね、お二人さん。店が混んできたから相席で頼みたいんだけどいいかな?」
店主と同じ年くらいの女中が二人の席に声をかけてくる。確かに他に座れる席はなく、店の入り口には席を開くのを待機している組もいくらか見える。
「む……まあ、構わないよ」
ディアボロに尋ねる前に、ナズーリンが答える。そこに意見は聞く気はない様子だ。ナズーリンからすれば断る理由はないということだろう。
こちらも、自分にあまりに干渉するわけではないならどうでもいい。
「よかった! お客さん、こちらへどうぞ」
「ふむ、すまないね。……おや」
「げ」
そこに現れたのはメガネをかけた線の細い男性。その顔を見るなり、先ほどまでとは違う苦々しい顔をナズーリンが浮かべる。
彼にはドッピオの時には応対している。そして先ほどの偉人伝にもその名前は載っていた。そこを開き、顔を見比べる。
「人の顔を見るなりにそんな顔をするのはやめてくれないか? ……君は?」
「人の物を勝手に商品扱いして吹っかけたくせに何を。聞いた話だと庭師にも同じことをしていたみたいじゃないか」
霖之助とナズーリンはどうやらあまり相性が良くないらしい。が、以前の彼を省みるにそれほど自分に立ち入ることはしないだろう。
ナズーリンと相席していることもあって気にはかかるようだが。
「以前に彼女に助けてもらったことがあるだけだ。今は席が無くたまたま相席している」
そちらに関心はないと言外に詰め、読書に戻る。
「そうかい、妖怪に助けられるとは災難だったね。僕は霖之助だ。それを読んでいるならそこに載っているからわかるだろうが、まあ古道具を扱っている。外から流れ着いた者も多いから何か興味があれば顔を出してくれ。
店主、えーっと……霧の湖の……この能書きのやたら長い大福をくれないか」
想像通り、大したことの無く読書を続けることはできる。
「おや、男性でも甘い物には興味が出てくるものなのかな」
「どうも頭を使う仕事をしているとそういったものが欲しくなる傾向だね。嗜好の問題以前に体が欲するんだ。そこに男も女も関係はないだろう。
それに、幽香が手にかけた子どもたちが使われているとの話だから、その感想の提出を求められている。彼女にしては珍しいが、乗らなきゃそれはそれで面倒があるからな。文では信用できないらしい」
捲し立てる様に、というわけではないが開いた口はなかなか止まらない。弁の立つ人物のようだ。……そういえばあの時も入道使いに止められていた記憶がある。
「元々大福は腹持ちの良さから男女問わず食べられていたからね。餡や砂糖などを使った甘い物が女性の嗜好品として目立ち始めたのはごく最近さ。
食に不自由していた昔だからこそ、そういった目的で食されてきたが今では外もここも飢饉で苦しむことなんてほとんど起きえない。大規模な水害や日照りなどもしばらくの間起きてはいないからね、貯蓄しなくても良いというわけではないがそういった傾向はむしろ吉の方向だろう」
「あーはいはい……結構おいしそうだね」
二人が話している内容も、興味はない。こちらに気に掛けないのであればそれでいい。
紅い悪魔、その妹。大図書館に華人。人間ながらに妖怪の館のメイドをしている少女。
読み進めれば進めるほど、興味は尽きない。ここまでの奇人たちを集めた館と、その主。
そればかりでなく、他の項目の妖怪にも目を通す。かつて目を通した、閻魔や亡霊姫。九尾や天狗。必ずしも全てが載っているわけではないようで、例えば河童の項目には大まかな種の記述はあるが個人の記述は何もない。
「……どうなんだい、それは。おいしいの、かな」
――これ……すごくおいしいです。生地のお餅もさることながら餡の大粒小豆が噛んでいる、食べているということを度々に協調して……その上でこのイチゴ。敢えて、でしょうねこのイチゴのすっぱさ。甘さの中にさらに甘さを加えてもそれは激流に身を任せているだけ。何も変わりはしない。そのままお口の中を上っ滑りしていくだけでしょう。だけどこれは違う。まるであんこという甘さの流れを逆らうイチゴという鮭のような。いえ、もはや鯉。滝を上りきり龍と化す鯉です。その結果現れる、天を上る龍。コイキング。これ、きっと画竜点睛の故事ですよ。これが元ですよ、きっと……尊い……ほんとこれ尊い……
――早苗は本当においしそうに食べるわね。見てて飽きないわ
――これほどの深い味わいを生み出すハーモニー……これは奇跡です……いえ、そんな生半可なものでは……もはや崇拝しかありません……ここに神殿を建てましょう
――神棚から蹴落とされる神奈子と諏訪子、その代わりに鎮座する大福の姿を想像してから言いなさいね?
「だ、そうだ。悪くないよ」
「う」
霧の湖と、その湖畔に建つその者達の拠点、紅魔館。危険度の高さが謳われているが、その記述ではほとんどわからない。最も、以前の妖怪たちが住んでいるから危険だろう、ということなのだろうが。
そこを尋ねるにはその湖を越えなければいけないようだが、それもそれなりの苦労は必要のようであった。
おもしろい。道のりが平坦では得る物も小さくなる。困難を好むほどのマゾヒストではないが、道程を超えるための、能力だ。
「……頼むべきか、頼まざるべきか……これ以上の無駄遣いは……」
「なるほど、確かに仏教は自分には合わないな。欲望の発散のさせ方にまで制限をかけることに理解ができない。欲を満たすのが生でありそれを生きる以外のものにまで手を伸ばすのが知性を持った生き物だとは思うが。……でもそういって以前あの邪仙に付きまとわれたかぁ……」
……そういえば、寺を出る直前に脳裏に走ったあの少女は、この中に載っているのだろうか?
ふと思って少し見返すが、白黒で印刷されたこの書籍ではどの者も似たような顔に見える。あの小僧と同様幼そうな印象であったが、そうであるなら妖精や妖怪の最初の方に載っていた者だったのだろうか?
「悪くない出来だったな、素材だけではなさそうだけれど。店主、会計を」
霖之助が支払いを行おうと、懐から巾着を取り出したときに、小さな何かがそこから落ちる。
それは机の下に転がり、ディアボロの足を小突く。
「……あれ?」
特に何も言うこともなく足元に転がった何かを拾い上げようとするが、それを見た一瞬、時が止まったかのような感覚に襲われる。
本来であれば、相手に傷をつけるためのその形状。しかし、その本質を知ればそれだけではないということ。
「……何でそれがここに? ……もしかして」
何を思ったのか、霖之助は辺りをきょろきょろと見回す。それは何か不審な点を探しているように見えるが、すぐにそれは見つからなかったと見える。
その様子を見ることもなく、ディアボロは足元に転がった、その鏃を拾い上げる。
……それは間違いなく、過去に発掘したあの鏃。
「妖精のイタズラかと思ったが……あの三妖精はいないようだね」
「ん、どうかしたのかい」
二人の声も、すぐには耳に入ってこない。
あの鏃がどのような経緯で流れていったかはわからない。明確な足取りを掴むことは不可能と判断し、途中で打ち切った。必要もないと思っていた。
だが、何かの為にと、その外見と気づくものくらいにしか気づかない、小さな傷をつけておいた。……遠い記憶、自分の記憶と一致する。
まぎれもなく、自身が発掘したあの鏃。
「いや、最近にも同じことがあってね。触ったはずの無い物が自分の近くに出てきたり……すまないね、拾ってもらって」
「…………」
「……? ええと、どうか、したのかな?」
あの時手にしたような、高揚感は今では感じられない。結局は鏃はゴールドエクスペリエンスを選んだが、その因果が再び自分に選択を迫っている。
だが、あの時予知が表したような、鏃に拒否される光景が、何となく目に浮かぶ。エピタフによる予知ではなく、自身の感。
黒く、全ての光を吸い込むような光沢。……今の自分には過ぎた代物に感じてしまう。
「、これは、どこで手に入れた?」
「その矢かい? ……家にあった時は箆の部分が元々ついていたんだが、何故今無くなってるのか……まあいい、少し前にあった出来事、外来人の様だけどそれはわかるかな?」
「ああ、知っている。時が考えられないほど早く過ぎていった、だったか」
「その通り。あの出来事に関しては僕も色々考えられることがあったが、失礼、とにかくその事変の後に拾ってきたものだ。外の物がよく流れ着く場所があるんでね。……それについて、何か知っているのかい?」
先ほどまでの穏やかな市井の眼から、商人の眼に変わる。縁起によれば見ただけで道具の名前と用途はわかるがその使い方まではわからないといった能力を持っているらしいが。
「……これは、かつて私が手に入れたものだ。古い時代に作られたこれを発掘した。その証拠を提示することはできないが、これと似たような文様の物を4つ、それぞれに私だけがわかるように目印をつけて売却した。これは、確かにその一つだ」
取り繕う嘘も今は必要ない。
「商人、お前には用途が見える能力がある、らしいな。どう、見えた?」
「ふむ……僕には『素質を目覚めさせる』程度の力をもたらすように視えたよ。どう使うかはわからないがね」
「そうか。……その用途には間違いはない。これには自分の持つ才能を目覚めさせる力がある。もしもそれが無い場合、死ぬ。リスクのある物だ」
変に黙っていてもそれは逆に怪しまれる。
「なるほど。矢の形状なのだから、それで相手を傷つける必要があるのかな。ややも魅力的だが野蛮な物だね。神事に弓矢が使われることは多いからその系譜だろうか」
「かもしれないね。そら、君も速くそれを返してあげたらどうだ? さっさと返さないといらん事を延々と聞かされる羽目になるよ」
ナズーリンが返却を急かすが、そのための手が、心が揺れる。
「……もしかして、その矢を欲しいのか?」
その行動から、気づかれてもおかしくはない。
「……その通りだ。最も、今の私には支払う物が無い。これは、お前の店の商品なのだろう」
「確かに、その通りだ。それに、今の話を聞いてしまえばおいそれと売るわけにはいかなくなったね。相手を見極めないと、返り討ちにあって文句を言われても困るからな」
「…………」
当然の帰結ではある。どうにかする方法を模索する必要がある……
「それを、借り受けることはできるか?」
「貸す?」
「あぁ。そうだな、2日ほどでいい。その間、そこのネズミが私を監視している。これは貸し借りに関係なくそのつもりらしい」
「ネズミ言うな、そして勝手に私を使おうとするな!」
ややも苦しいが、妥協案。もしこれも断られれば、『今』は諦めるしかないだろう。
「……参考までに聞きたいんだが、なぜ君はナズーリンに付きまとわられている?」
「私を外来人というだけで危険視扱いしているからだ。そうではないということを伝えるために、周りをうろつかせている」
「その私を徹底的にのけもの扱いするスタイルやめろ」
霖之助は、顎に手を当てて目を落とし、思案する。
「……いいだろう。命蓮寺なら信頼に置けるし、君が何かしてもそこに請求すればいい。君を知っているわけではないが、もし君がそれを悪用するようであれば聖ならば止めるのも容易だろう」
「おい!!」
「君を信頼につなげることにはならないが、商品という点では非常にニッチなものだからね。元々の持ち主である君なら正しい何かの使い方を知っているということだろうし。もし使ったのなら感想を聞かせてほしい。死なない程度にね」
「有難い、善処する」