【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】   作:みりん@はーめるん

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―真実へ向かうための行進曲 3―

「いやあ、驚いたよ。あはは、死体ならともかく生きている人間が空から降ってくるとはね」

 

 幻想郷の夜を、ディアボロは一人の少女と行く。

 猫の妖怪であろう、赤い三つ編みの頭にはそのまま黒い猫の耳がついており、押し車を携えたその少女。

 彼女の証言通り、空から落ちてくるディアボロを偶然に見かけ、さぞ何か、と思い駆けつけてくれた。

 

「あんまり壊れちゃうとアレだし急いで受け止めてみたら生きているんだし、そりゃあ驚いたよ。あはは」

 

 彼女が笑うと共に、能力で呼び出したのか、赤ん坊の頭程の大きさの青白く燃える髑髏が笑っているかのように震える。

 不気味な外見だが、それが月明かりしかない道に更なる明かりをもたらしている。

 

「血濡れは大体拭き取れたけど、背中の傷はあたいにゃあどうしようもないねぇ。痛まないかい?」

「痛まないと言えば嘘になるが、里で手当てをすれば問題ないだろう」

 

 どうしようもないと言われた以上、これ以上干渉されないように答えるが、処置もしていない灼かれた痕が痛まないはずがない。

 今の彼には、ただ耐えることしかできなかった。それでも弱みを見せない辺りはさすがというべきだろうか。

 

「ふーん……見た感じ、死にたがりって顔でもないしー……どうしてこんな傷を負いながらも落下散歩してたのか、あたい気になるなぁ?」

「人里は、こっちでいいのか?」

「……いけずぅ」

 

 まさしく猫なで声、と言わんばかりの声色で彼女はディアボロに問うが、それについては答えない。単純に、話しても理解を得られないと思ったから。

 自分の考えの通り、死ななかった事を頭の中で反芻をしている。

 死のうと思って行動をすれば死ぬだろう。しかし、『死なない』と思って行ったものならば死なないと思った。白玉楼から飛び降りるという奇行は結局のところこの点に集約される。

 死なないと思っていても、どこかに不安を抱えていたからこその予知。今までの自分の心の拠り所の一つを敢えて捨て去った行動。

 結果それは功を奏しディアボロに一種の自信を植え付けた。

 

「んー……まあいいか。いやぁね? あたいは火車って言ってさ、死体運びがお仕事なのさ。好きものこそうまくなれーって、生きているより死んでいる方がお好みなわけでー」

「…………」

「あはは、安心してちょうだいよ。生きてるのをわざわざ殺す様な品の無いことはしないさ。あたいはこれでも行儀のいい方で通っているんだよ?」

「品が無いのか? それは」

「無い」

 

 少女はキリッとした表情をディアボロに向ける。どうやら、そのあたりは火車と呼ばれる妖怪の矜持の一つらしい。

 まあ、生きている人間に興味はないのは何よりである。先ほどまで、ディアボロの生に執着した者と戦っていたのだから。

 

「……まあ、お兄さんは何かしら訳ありみたいだからね。あたいもそういうのには慣れてるからわかるよ。ここは深く突っ込まないであげよう」

「そうしてもらえると助かる」

「でもあたいの恩を受けた以上、まともな葬式は迎えられないことだねぇ? お兄さんの匂い、覚えちゃったから」

「……そうだな。私にはそれくらいがふさわしいのかもしれんな?」

「へっ?」

 

 煽ったはずなのに、それを受け返されて少々困惑の表情を少女は浮かべる。

 元より、ベッドの上で死ぬことなんて考えていないし、式を上げられるとも思っていない。安穏とした生活を送れるとは思っていなかった。

 そんな彼の表情をじろじろと見つめ、

 

「ふ~ん……お兄さん、面白いこと言うね。勇儀とは合わなそうだけどあの橋姫とは気が合いそうな気がする。なんとなく。

 ねぇねぇお兄さん、もし今度気が向いたら地底にでも遊びに来ないかい? きっと楽しめると思うんだよ」

「……歓楽街の一種かそこは」

「今は使われてない地獄跡で嫌われ者の妖怪が潜んでいる場所さ。けれど住めば都ってね? 幻想郷の中で唯一の眠らない街さ。退屈はしないよ」

「遠慮しておく。少なくとも今は、な」

 

 彼女がディアボロの本質をうっすらと感付いている様子と、ディアボロも少女の雰囲気がややも穏やかではないことを感じられたこと。

 なるほど、どこの世界にも隅に追いやられた弱者の吹き溜まりは存在するらしい。死体に興味を持つ彼女のも、妖怪の中では異端とされるのだろう。

 嗅ぎ慣れた匂いに感付かれた、ただそれだけの事。そんなスラムのような場所に興味が無いわけではないが。

 

「……灯りだな。あそこが人里か」

「お、だねぇ。道はないが、もうここからは案内が無くても行けるだろうね。そしてちょうどあたいはこの辺りでおさらば」

 

 夜もだいぶ過ぎたというのに、ぽつぽつと灯っている小さな光。その光が人の住処と理解させる。

 少女はそことは違う方角を示す。記憶が正しければ、その先は博麗神社だっただろうか。

 

「神社に用が、ってわけじゃないよ。その近くが地底の入り口なのさ。地底はいいとこ、一度はおいで」

「機会があったらな」

「また会うと思うよ、必ずね」

 

 ことことことと、押し車が轍を作る。

 その様を見届けると、ディアボロも人里へと歩き出す。

 ふと後ろを振り返る。今まで通っていた道は妖怪はわからないが野獣は潜んでいたはずだ。

 それを己の血の匂いにもかかわらず全く襲ってくる気配がなかったということは彼女も相応の実力者だったということだろう。

 これは運か、天命か。

 

「……それの、証明の為に」

 

 

 

 

 人里はその周辺を囲う様に、塀が存在している。そのどこかにある入口に村の若者が駐在しており、有事の際に皆を知らせる役を務める。

 だが、もちろん妖怪に対してはほとんど効果はない。そもそも飛べるので塀など意味を持たないし、悪意を持って里の中まで襲ってくる妖怪はほとんどいないからだ。

 それでも、敢えて形式を違えて人を襲う妖怪もいないわけではないし、そういった考えを持たない野生の動物が村に襲ってこないわけではない。

 とにかく、可能性としては0ではないのだが……当然、限りなく少ない可能性に依る者は多いわけではなく。

 

「すー……すー……」

 

 そこにいた若者は無防備にも門にもたれかかったまま寝こけていた。

 まだ寒い時分でもない、そのまま身体に支障をきたすことはないだろう。

 

「……気楽なものだな」

 

 穏やかそうに眠っている彼をわざわざ起こす理由もない。いろいろ聞かれても面倒ではある。聞きたいこともあるのだが。

 それよりはまだ活動的である里の中、あの喧噪に紛れた方がいいだろう。

 

「……でさ、俺は気になって気になってしょうがなかったんだよ。だからさ、聞いてみたんだ」

「ほんとか? 本当に聞いちゃったのか?」

「ああ。意を決して聞いてみたんだ。慧音先生、何で今日はいつもの帽子じゃなくて赤い洗面器を頭に載せているんですかって」

 

 里の入り口の近く、離れていても聞こえる賑わいの発端では初老の客が卓を挟んで話に盛り上がっている。

 店の入り口から中をざっと見渡したが、妖怪らしき姿はなく、老若男女区別なく、夜が更けてもその手を止めずに歓談に盛り上がっているようだ。

 もっとも、妖怪と言われても見た目が変わらない者が多いからディアボロに区別がつくわけではない。

 

「いらっしゃい、お客さん初めてかな? というか見ない顔だね。どうしたい、こんな夜更けに」

 

 禿げ上がった店主がカウンター内からディアボロに声をかける。そんな彼を妖怪と判断する術を持っていない。

 とはいえ、依然ドッピオの姿で里を歩いた時、日中であったが妖怪と人間が平和に暮らしていた。夜半でもそれは変わるまい。

 

「あぁ、それはだ、…………」

 

 言葉を紡ごうとしたところで、不意に意識が薄れ始める。頭が何かを思考する前に脱力感に襲われる。

 

「おい、兄ちゃん!?」

「どうした、わ、こりゃひでぇ」

「水、水もってこい!!」

 

 騒ぎの声が聞こえるが、彼の耳にはうっすらとしか届かない。それより大きなまどろみが、彼を包んでいた。

 

 

 

 

――――どしゃ どしゃ どしゃ

 土をかける音。掘った穴の中に『彼女』を入れる。

――――ぶち ぶち ぶち ぶち

 縫い合わせる音。『彼女』が救いを求めないように

――――がつ がつ がつ がつ

 殴りつける音。自らの罪を『彼女』が理解するために。

 

 ひどく滑稽な光景だった。小さな子供がいつまでも起きない母親にじゃれつくような光景だった。

 子供が大きく手を振り上げ、女の顔を拳で殴る。その度に、耳障りな衝撃音が辺りを支配する。

 そんな力を、子供が持っているとは思えなかった。だが、辺りに血しぶきが舞い、女の意識を消しては覚まし、消しては覚ます。

 互いに、表情はなかった。子供の顔は、まるで無感情な機械の様に。女は、表情というものが既に消失してしまったかのように。

 一切の言葉もなく、ただただ肉を殴る不快な音だけがその場を埋め尽くしていた。

 

「何故、僕を生んだ」

 

 女は答えない。否、答えられないというのが正しいだろう。度重なる殴打によって肉体、精神共に負傷し反抗どころか応答すらままならくなっている。

 

「何故、僕を生んだ」

 

 子供が顔を近づけ、口づけを行えるかの距離で問う。浅く上下する胸から押し出される息が彼の顔を掠める。

 

「二人か? 三人か?」

 

 脳裏に浮かぶ、この目の前の女と養父が行った汚らわしい姿。それはどこまでも欲望に忠実な姿。

 己を信じていた、己が信じていた姿を汚し蹂躙する、何も考えていない瞳。

 その瞳に映る姿は、……

 

 

 

 

「…………」

 

 温かく軽い何かに包まれる感触と、自分を射す強い光。

 まどろみの頭を溶かす様な温かさ。その誘惑は再び目を閉じれば味わえそうな。

 

「ッ、ここ、は……!?」

 

 働かない頭から急に電気信号が送られ、身体全体に熱が送り込まれたかのように、徐々に稼働し始める。

 周りは幻想郷ではよく見た家造り。手入れはしっかりされていて、人間の住居、その一室というのは間違いない。

 自らが横たわっていた布団の傍らには軽食と水、綺麗に畳まれた自分の衣服が置かれていて、いつ目が覚めても問題ないように配慮されている。

 それを認識した所で自分の身体を見回す。……血や汗で汚れていただろう身体は清潔を保たれており、背中の傷も痛みが消失している。今来ている衣服はこの家の者の物だろうか、やや古びてはいるものの決して不潔な感情をもたらすものではない。

 時計といったものが存在しないが、陽の射す角度からして9時から10時ほどであろうか。

 部屋を別ける戸の先からは、自分を介抱した人間か。何人かの穏やかな談笑が聞こえる。男も女も、そしてどうやら中年から。

 

 

「おう、あんちゃん起きたのか!」

 

 自らの衣服に着替えてその戸の先に向かうと、どうやら昨日の盛り場で間違いないようだった。声をかけた店主も同じであり、店の構造も変わっていない。

 だが、雰囲気は違う。昨日の様な酒にまつわる場ではなく軽食や時間を過ごすカフェの様だ。

 

「来るなり倒れちまってよ、大丈夫かい? 背中にひどい傷もあったし、妖怪にでも襲われたか?」

 

 言われて改めて背中を擦るが、あれほどの傷がすぐに治っている事にも少し驚く。

 

「ああ、怪我の具合なら大丈夫だろって! 永遠印の塗り薬はよく効くからなぁ。けれど、少しは休んでいた方がいいってよ。うどんげちゃん曰くあんちゃんが倒れたのは傷より疲労具合だろうからって」

 

 ディアボロが口を挟もうとする前に、その禿げ上がった店主が聞こうと思っていたことを話す。大きな声には不快感はなく、確かにこれが店主なら昨日の盛り上がりも理解できる。

 

「……すまないな、急な来訪者だというのに」

「はははっ、いいってことよ! あんちゃん、腹減ってねえか? 起き抜けにムスビをおいといたけど足りなかったら何か作ってやるぜ!」

 

 こういった、世話になることも、ディアボロには新鮮だった。

 打算無しの甘えに浸るという、何とも言えないむずがゆさもないわけじゃない。だが、不純物の無い善意というものに触れるのも悪いものじゃない。

 こうした空気に晒され続けていれば、幻想郷の常識と博麗の巫女が言っただろうか。戦いが終わった後杯を交わすという訳の分からなかった理論も理解できる、気がする。

 

「ならば、お願いしよう」

 

 そういって、手近な席に座る。

 店主は威勢よく返事をすると、その奥へ引っ込んでいった。

 店の入り口近くには、凡そ中年客の喧騒にまぎれて若い者も居る。年相応の格好をして、仲睦まじく話しているその姿。

 最もその声は自分の近くの席に座る中年女性の団体にかき消され何を話しているかはわからないが。

 傍らに目をやると、長年陽の光にさらされていたのか、色あせの見える本棚には同じく褪せた本。見える表紙には見たことの無い文字だが、それでも頭に意味が伝わってくる。

 新聞掛けには2,3週間ほど前の日付の記事が載っており、内容も取り立てて見る物もないようだ。

 

「…………ここは、本当に明るいな……」

 

 自分が知らないだけであろうが、そしていくつか暗い部分にも触れることになったが、それでも外の世界と違い、幻想郷は明るすぎる。

 交わることの無い者達が混じり合い、疑うことも忘れてしまったかのように。

 ユカリたちの情勢を省みるに、そのような闇を落とさぬように闇が支配していたとでもいうのであろうか。

 もしかしたら、ジョルノやブチャラティが考えているようなギャングの立ち位置とは、ユカリ達と同じ様な位置であったのだろうか。

 

「邪魔するよ、主人」

「おや、らっしゃいナズーリン様」

「様付けはよしてくれよ、私はあくまで一介のダウザーにすぎないのだから」

「そんなこと言われましてもねぇ、あの毘沙門天様の直属って言われましちゃあ……」

「なら直属として君に命令しよう。畏まらないこと。その分本尊であるご主人や聖にその誠意を向けてもらおう。いいね?」

 

 店の入り口から、聞き覚えのある声が聞こえる。どうやら、そんな思いに耽っても、やはり穏やかには進まないらしい。

 

「して、今日は何用で? いつものを用意しましょうか?」

「ここのチーズまんも魅力的だが、今日は違う用事だ。人探しの手伝いをしてもらいたい。情報提供者の募集をしている。これを」

 

 そう言って、彼女は手元のポシェットから数枚、丸まった紙を渡す。

 

「……んー、俺は見たことねえなぁ。狭い幻想郷、こんな姿の奴……外来人の坊主なのか?」

「そうなんだ。昨日は命蓮寺に居たんだが怪我を負ってね。その治療中に居なくなって、今に至るということさ。ご主人がやたらに気に掛けるんでね。

 それで私の能力で探そうとしたんだが……どうにも見つからない。物探しと人探しは大差ないと思っていたが……何故だか、ね」

 

 気落ちした声が聞こえる。強気な彼女も、自分の力不足にはさすがに嘆くということか。

 ……そろそろ、だろうか。

 

「そういえば、昨日も外来人の人が倒れてたんだよ。ほらそこ」

「ふむ、ど   えっ」

 

 ナズーリンがこちらに視線を向けようとしたその時、すでにディアボロの目の前にはナズーリンが座っていた。

 唐突な出来事に、彼女は驚きを隠せず周りを視ようとするが、首こそ動くものの身体は肩をがっちりと何かに掴まれて動かせない。

 

「えっ、むぅっ」

 

 声を出そうとするが、それも何かが口を覆うようにして遮る。

 何が起きたかわからず、動転から涙目になるナズーリン。

 

「久しぶりだな……過去の証言から、お前は私の姿を知っているからな。まだ朝だろう? 静かに話がしたい」

 

 そう言いながら、傍らにある褪せた本を一つ取り出す。幻想郷縁起と書かれたそれは、シリーズ物らしく同じタイトルの古いものがいくつか並んでいた。

 それと共にスタンドによる拘束のうち、口の拘束を解除する。だが肩にはまだ手をかけており、少女の小さな体には見合わない重圧が強く彼女を締め付ける。

 

「おや、あんちゃん。ナズーリンさんの知り合いで?」

「ああ。以前は命蓮寺に行ったことがあってな。良かったよ、知り合いに会えて。……なぁ?」

「えぇっ、ぁ、ああ」

 

 ほとんど恐怖からの嗚咽に近かったが、その表情は店主が配膳してくれた軽食をディアボロが敢えて直接手に取りながら話したため、見られていない。

 

「ははははっ! あんちゃんにそんなに頼りになる伝手があるなら拾ったこっちも一安心だ! それはあんちゃんの快復祝いだ、食べてくれよ!」

 

 そう言いながら店の中で、他の客に話し始める。どうやら、先ほどナズーリンから受け取ったその紙の詳細を、他の客にも伝えているようだ。

 

「……何を、した?」

 

 絞り出すように、視線は机の下に送ったままにディアボロに尋ねる。

 表紙を開く。……中身は周りにある文字をさらに崩した古い言語で書かれているようで、とてもじゃないが読める物ではなかった。印刷等はしっかりしており古いものという印象はなかったが。

 

「お前は私を知っている。話の限りでは探している少年とはドッピオだろう」

「……! そう、いや、そうじゃなく。何をした、って聞いているんだ、私は」

 

 それはどこまでいっても虚勢だった。だが、そこに食らいつこうとするあたり、これも先に言っていた位の高さから来る矜持がそうさせるのだろうか。

 次は最新であろう、一番号数の大きい九巻に手を伸ばす。先ほどの物と同じく印刷等はしっかりしている。……あくまでここの文化レベルに相応して、だが。

 

「私はそういう能力を持っている。ただそれだけだ。それに、騒がれるのは性には合わない」

 

 キングクリムゾンの能力は時間を吹っ飛ばすこと。それ自体も長所だが、弱点としてその間は自分は干渉できないという欠点が存在する。

 それにより飛ばしている最中に攻撃などはできないのだが、それを補う方法はいくつかある。

 その一つとして『自分もその飛ばす対象に入れること』。それを行うことにより、吹っ飛ばしている間の事柄に干渉ができる。

 もちろん、その間に何が起きているのか、過程は全部飛ばされ理解はできない。だが、それにより自分の行動を相手に悟らせないまま完了させることもできる。

 あの瞬間、ナズーリンをひっつかみ、席に座らせるところまでを自分で行うと『予定』してから、ふっ飛ばした。周りに妨害をする因子が無ければ、定まった結果は変わらない。

 

「放っておけばこの場で声を出し、詰問を始めていただろう。そんなものは御免蒙る」

 

 淡々とありのままを話し、出された茶を飲む。

 そういえば、このように出された物をそのまま食べることも随分久しぶりだと思いだした。ドッピオの姿ではよくやっていたが、この姿の時にはいつも密閉された物から、異物が混入されていないか確かめてから食べていたものである。

 

「……お前は、一体……」

「お前の主人からもそれを聞いた、お前から聞くのは二回目だな」

 

 特に気にすることなく、幻想郷縁起の九巻目の表紙を開く。やはり文字は見慣れないものだが、すらすらと意味は入ってくる。

 不思議なものだと思いながら、その文章を読み始める。内容から察するに、それはまさしくディアボロの求めていた幻想郷について、その歴史と有名人についての知識のようだ。

 

「私は一介の外来人でそれ以上でもそれ以下でもない。この世界で何かを行うわけでも、何かを脅かすつもりもない」

 

 その言葉に、ナズーリンは怒りと疑惑の眼を向ける。それは、明らかに相手に信用を置かずに攻め入ろうとする意志。

 だが悲しいかな、それを行うには絶対的に力も度胸も足りていない。それがあるからこその眼だった。声を出していないのが、知性の高さの証だろう。

 

「嘘をついているつもりはない。そして、その言葉はそのまま送ろう。あの寅髪の女の心までは知れぬが、お前自身はドッピオをどうするつもりだった? 保護か? 捕縛か?」

 

 読み進めていくと、妖精についての成り立ち、風貌や評価のページに行き着く。作者の個人的意見というか感想というか……ずいぶん悪辣な描かれ方をしているがあくまで見た目が似通っているというだけで、種として見ているという良い書き方だろう。

 もしこの妖精が実在していたら、彼女らの意志に関わらず勝手に尊厳が、権利がどうという人間が現れるに違いない。動物と違い、コミュニケートができるにも関わらず。

 

「そ、それは……」

「経歴による感覚でな。お前はあの場で最後まで私を疑っていたし、先までもその考えを改めずに居た。ドッピオに対しても同じだろう。一方的に決めつけるのはやめていただきたいものだ」

 

 そういうと、彼女の肩に置いていたスタンドの手を離す。騒がれる心配も、とりあえず言いたかった事も伝えられた。

 

「、ぷはぁ、はぁ、はぁっ……」

 

 ずっと息を止めていたかのように、急な呼吸を始める。顔も真っ赤になっており、彼女のやり取りに対する不慣れ感を物語る。

 その顔は今にも逃げ出したいという恐怖の表情で満たされている。だが、

 

「て、て、店主。やはり注文いいか? チーズまんと、珈琲を」

「ん? あぁ、はいよぅ!」

 

 怯えた心を押しとどめ、この場に居座ろうという意思を示す。

 

「どうしたんだ、急に」

「お、お前が怪しい者に変わりはないし、ドッピオと比べるとそれは尚更だ。……しばらくは、監視させて」

「好きにしろ」

 

 それに対しては特に異論はない。今更、見られて何か変わるわけでもないし、とっくに監視の目は付いているとのことだ。

 仮に、これから行おうとしていることが、その対象に自分を見る者がいなければ意味がない。

 妖精ではダメだ。チルノと呼ばれる力のある者も居るようだが所詮は子供。幽霊。魂魄妖夢も強いようだが見た限りではそうとは思えなかった。それに、今はあの別の者が憑いていたから変わっているかもしれない。

 それらにも関わらず、常たる強者であるもの。……やはりそういった者は本の後半に入るだろうか。

 そう思いながらも読み進めていくと、現れる項目。妖怪のページ。

 項目には、確かにいつかに聞いた妖怪の特徴を人間の視点から書かれていた。

 

「……いやにご執心だね。妖怪にでも、襲われたのかい?」

「最初に襲ってきたのはお前だな」

「あれは正当防衛だ!」

 

 じとっとした眼つきを向けるナズーリンに応答を返す。そう言われればそうだった気もするが、些細な差だろう。

 肉体の頑強さ、精神による脆さ。人間に対する危険性。過去に道具屋の魔法使いが言っていたように人間の視点からすれば恐怖の対象ではあるようだ。

 妖怪は妖怪の専門家に任せた方がいい。一文はそういった結論で締めくくられている。

 

「むぅー…………」

「へい、……どうしたいナズーリンさん? ずいぶん難しい顔してんけど……さっき声も上げてたし、ケンカかい?」

 

 店主が心配そうな顔をして、注文の二品を持ちながら彼女の顔を覗きこむ。

 

「あ、いや……そんなことは」

「その通りだ。まあ、私が悪かったし、それについては決着がついた。迷惑かけてすまなかったな」

 

 言い訳をしようとしたところに、ディアボロはフォローを入れる。

 それがナズーリンに驚きだったのか、声を出さずとも崩れた表情を彼の方に目を向けた。

 

「なんだ、あんちゃんそんなに仲良し様だったのか! ならもうウチで何か心配するようなことはないなぁ!」

「すまないな、確かにもう大丈夫だ。……悪いが、この本を少し読んでいたい。場所を借りていていいか?」

「かまわねぇぜ! 日が暮れる程度に店替えの準備があるから一旦抜けてもらうが、それまではゆっくり過ごしていってくれよ」

 

 ナズーリンの目の前にほかほかと温かい湯気の立つ大きな蒸し饅頭とコーヒーが置かれる。

 それにかぶりつきながらも、不快と不信の目を向け続ける。

 ページは妖怪の項目、その前に乗っていた花の妖怪という者も恐ろしい様子であったが、自分は会わずともその歯車を調整した人物に行き当たる。

 内容を読み解くにあたり、その確かな実力を持っていることが伝わってくる。

 能力とその実力、幻想郷に与えた実績、その痕跡。

 

「…………ふむ」

 

 強いという人と成りだけが口頭で伝えられてきていたが、数代にも伝えられているこの縁起にもたびたび出ているようだ。後ほど見返すつもりだが、以前に綴られた物にも挿絵で確認の取れる物はあるのではないだろうか。

 最も、この妖怪は探している対象にはならないだろう。

 

「……さっきから、お前は何を探しているんだ」

 

 はくはくと口を動かしながらも、眼つきは変わらない彼女が話しかける。

 別に話しても構わないだろう。彼女がそれを妨害することも、自分に得することもないだろうから。

 

「足掛かりだ。その足掛かりを見つけられれば、それは停滞した自分自身の現状を打破できる、未来への遺産となるだろう」


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