【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】   作:みりん@はーめるん

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―真実へ向かうための行進曲 2―

 戦いの始まりはいつも静。それがいつ切れるか、その程度の話。スポーツであれば、審判を務める者が合図を出す。それをきっかけにする。その程度の話。

 一旦は始まった二人の対峙は、互いの挙動を見つめ合い出方を窺う攻防に変わっていた。

 ディアボロには『エピタフ』がある。『キングクリムゾン』がある。相手の行動を予知し、その行動を時間ごと吹っ飛ばし、なかったことにできる。

 藍はそれを知っている。不用意に仕掛ければそれを躱される。無駄な労を行う必要はない。

 何より二人とも、相手のデータが欲しい。

 未知の相手に対する情報。動きの癖、目線の配り方、得意な足運び、色々、色々。武術に特別造詣のあるわけではないディアボロだが、戦いに少なからず身を置いた者、策無しに突撃することほど愚かな行動だと知っている。

 既知の相手に対する情報。前例は少ない、完璧な動きは把握していない。ましてや技術以外の特異な能力を持っている。戦いとは、可能性の潰し合いだ。理詰めで一つ一つ可能性を潰していけば、王手などたやすい。そのための、道標。

 先に出した方が負ける。互いにわかっているからこその静寂。正解とは言えないが間違いとも言えない、数ある答えの一つ。

 

「…………!!」

 

 結果、先に動いたのはディアボロ。

 いや、先に動かされたというべきか。藍との僅かな距離を攻撃のために詰めるその行動は、彼のいた所が何かによって炸裂する、その回避行動でもあった。

 足元から伸びる影から、無数の触手ともいうべきものが彼を犯そうとその手を伸ばす。一度目標を見失ったその腕は再度目標を補足すると再びその腕を伸ばし始める。

 藍も、向かってくるディアボロに対して手を顔の前で交差させ迎え撃つ。僅かな距離、行えた行動はそれ一つ。

 

「 ッ、ふっ!!」

 

 一瞬、確かに意識を注視していたはずなのに認識がずれる。

 正面から向かってきていたディアボロは視界の端に映り、彼に向けた触手が自身に向かってくる網膜からの情報。

 迎撃の為に構えた腕は振るわれており、彼女の二重の迎撃が行われようとしている、事に気付く。

 振るわれた軌跡に沿うように苦無型の青みがかった弾が生成され、そのまま切っ先を変えず真っ直ぐに飛んでいく。結果、それは彼女の盾となり近づこうとするディアボロを寄せ付けない。

 再び、距離の離れた位置に二人は行き着く。薄暗い部屋の中、藍の影が主の元へと帰っていく。

 

「意識を集中させつつ、並列して不意を狙うか。……常套だが、それを感じさせない技術がある。見事なものだ」

「お褒めいただき恐悦至極。そちらも悠々と回避してくれて助かるよ。求めたいものが得られていく……くくっ」

 

 互いにその技術を皮肉りあい、探り合いは進んでいく。

 やはり、よく知っている。長所も、弱点も。ディアボロが抱いたのはその印象。

 時間を吹っ飛ばしているときは、ディアボロは基本的に世界の事柄に干渉できない。その間は、ディアボロもスタンドのキングクリムゾンも、存在しないかのように扱われる。

 それによって攻撃を回避したり拘束から抜けるといったこともできるが、絶対の攻撃には繋げられない。故に動転からの不意打ちを得意とする。

 藍もそのことを理解しているように、飛ばした後のフォローを兼ねた二重の攻撃を最初から行っている。飛んだ後を見てからの対処ではないため不用意に飛ばしすぎれば喰らってしまったという結果に行き着いてしまう。

 予知も、その未来を映しだしている。そこに至らぬよう、飛ばすことさえも慎重さを持たなければならない。

 

「よく私の事を調べ上げたものだ。招いた者の右腕と自身で言っていたが……その程度は容易いものか?」

「あぁ、容易いさ。紫様の命とあれば冥府の底に沈む大罪人の下着の色も街の浄化に勤しむ為政者の愛人との歪んだ性癖でも何だって。……ああ、全てはあの方のため。そう思っていたのになぁ」

 

 再び笑みを浮かべながら、彼女の周りに青白い炎が四つ、五つと浮かび上がる。

 それは一つ一つがぐねぐねと生理的嫌悪をもたらすように蠢き、まるでそれそのものが生きているかのように錯覚をもさせる、そんな動き。

 

「この程度しか作れないが、圧倒するには十分だろう。さぁ、行け」

 

 藍が命じると、意志を持ったかのように炎が動き出す。一つは素早く、一つはゆっくりと。一つは回り込むように、一つは上からかぶさるように。

 それぞれが同じようには動かず、不規則な動きを以てディアボロに襲いかかる。

 ディアボロはそれらが向かってくるのを確認すると、目を瞑り念じる。

 その瞬間、彼だけに理解できること。世界が崩れ落ち、深紅に彩られた空間へと塗り替えられる。

 

「キングクリムゾン」

 

 

 

 

(……!! まただ!)

「……ッ! アン、感じた? 今のははっきりとわかった。見て、幽々子様の食事が減ってる」

(……あ、あぁ)

 

 先ほどの騒動から落ち着き、宴は終わりを迎えている。

 多量に並べられた食事はほとんど空き、それらを配膳を担当している幽霊たちが片付けている。無論妖夢もその一人。

 散らばしてしまった食器類も綺麗に片づけられ、最後に幽々子が食べている甘味が終われば今宵の宴は終わりとなるだろう。

 

「……ですからね、小町。あなたはサボりをしないでちゃんと働いてくれればできる子なんですから。査定も高くして給金も上げられるのに。休みもちゃんと取らせてあげられるのに。あなたがサボってまで得ようとするもの、大体与えられるというのに。

 あなたが真面目に働けばその見返りを用意してあげられるのに何でやらないんでしょうか。ねえ小町。聞いていますかー」

「むぎゅ~……」

 

 騒ぎの主は小町に膝枕をしながら、手に持った棒で彼女の腹や胸を叩きつつ呟いている。

 当の本人は聞きなれた内容だからか。またその顔の示す打撃痕によるものからか。顔面に酒によるものではない紅潮を浮かべながら眠っている。

 彼女の身体に悔悟の棒が振り下ろされるたびにぺこたんぽこたんと間抜けな音が辺りに沁みいる。

 

「幽々子様は食事を続けていて、箸が口に入ったままだというのに皿の中身が減っている。確かに少し見てないだけで全部食べちゃったりすることはあるけど注意してみればさすがにそれは私でも気づける」

(そうか)

「新しいおちょくり方か何かかと思ったけど……この感覚の隙間。明らかにおかしい。私だけじゃあないっていうのが一番の疑問点」

(主も気づき、自分も気づけた。漫然と過ごしていれば気づかないだろう。脳で考える者ならこういった感覚の隙間はあるものだ)

 

 アンは遠い昔を思い出しながらも、『生きていた』頃の共通認識を語る。ほんの一瞬、1秒にも満たないような『自分が何をしていたのかわからない時間』。

 大抵であれば直前に続けていた行動を再び続ければ誰も疑問は持たないし、もしそれが起きた時、毎日行うことの最中であったとしたら無意識に手が進められた、程度にしか感じないだろう。

 それを同時期に、別の人間が感じ取れたことが奇妙なのだ。

 

「アン、あの子を連れてきて」

(……わかった。主は?)

「幽々子様を視ながら、賊を探す。いつまでも帰ってこない彼も心配だけど、私はここを離れられないわ。頼んだよ」

(御意)

「幽々子様の事だから、気づいてはいるのかもしれないけれど……私は」

(力量を理解していること、手を伸ばせる範囲を知っている事は悪し事ではない)

「……ありがと」

 

 同じ姿に話しかけるその姿、はたから見ればそばの前後不覚の少女と同じように虚空に呟いているのみにしか見えない。

 短い間に培われた、主従の絆。まだ謝罪の言葉が出てくるようでは完全ではないだろうか。

 右手の刃を煌めかせ、アンは部屋を出る。向かうは彼の居た部屋。

 アン自身は、賊ではなく彼の男。ドッピオではなくディアボロの力と、そう考えている。先ほどの会話から、この現象においても彼に干渉すべきではないとも考えていた。

 だが主の命に反すればそれは道理に反する。もし何事もなければそこで彼に事情を説明し戻ってくればいい。

 しかし、何もないのにこのような能力を使う必要があるだろうか? それはつまり何かのサインに他ならない。それでも個人的には干渉する気はさらさらなかったが。

 

「……あら、どうしたの妖夢? 何かあったの?」

 

 その様に、幽々子は当然の疑問をぶつける。手には花の蜜を混ぜた氷菓を携えながら。

 

「幽々子様、お気づきになりませんでしたか? なんか妙です」

「みょん?」

「ええ、妙です。今アンにドッピオさんを連れてきてもらってます。注意してください」

 

 真剣な面持ちで話す妖夢に対し、幽々子は変わらず表情を崩したままで。

 

「そうねー、確かに魅力的ではあるもの。けれど私には釣り合わないわ。一緒にいるならあなたみたいのがちょうどいいわ」

「…………え?」

 

 と、茶を啜りながら話していた。

 

 

 

 

 

 深紅に彩られた世界で、ディアボロは一人考える。『何故自分が選ばれなかったのだろうか?』

 深紅に彩られた世界で、ディアボロは一人考える。『選ばれるとするならば、自分に何が足りなかったのか?』

 目の前には先ほど出された青白い炎が統率のとれていない速度で向かってくる。出した本人も姿勢を低く構え、反撃の用意をしているのがわかる。

 次にどうなるか、分からないなんてことはない。自分の能力さえあれば。

 堂々巡りなのはわかっている。今更考えたことではない。死の輪廻の中、何度だって考えた。そして答えに行き着くことなく一種の諦観が思考を止める。

 『自分の為に動いていた者』と『誰かの為に動いていた者』。ジョルノとの大きな差があるとすればそこだ。

 自分の絶頂の為に戦っていた。弱者を救うために戦っていた。

 どちらが悪い、どちらが良いなどと考えれば、人の本質で考えれば差はない。どちらでも、正義だ。

 だが、自分は誰かの為に動くなんて、できないだろう。献身と犠牲の為に動いていた右腕、目の前にいる女の様になれないように。

 炎の中を突き進むように歩く。それに触れても、自分には何も影響はない。到達した先で、屈みこみスタンドにそれを拾わせようとする。

 

「時は再び刻み始める」

 

 言葉と同時に世界に色が戻る。崩れた景色が戻り、そこは月明かりと薄い灯りが部屋を照らす和室へと戻っていった。

 世界が戻るのと同時にキングクリムゾンには先ほどまで自分が座っていた座布団を握らせ、藍に目掛けて投げつける。

 

「 、シッ!!!」

 

 かなりの勢いで飛んでくる座布団を認識する前に攻撃したか、裂かれたそれは勢いそのままに中の綿をぶちまける。

 

「何だっ、目眩ましのつも、……」

 

 藍の言葉が一瞬詰まる。理由は驚愕と狼狽。それは、理で攻める彼女にとっては理解しがたい行動だった。

 綿による僅かに不明瞭な視界の先に見えたのは、逞しい男の肉体。ドッピオの体に合わせられていた上衣を脱ぎ去り、網目状の肌着だけとなる。

 わざわざ隙を作って攻撃に転じないこと。戦闘における無意味な行動。その二点が彼女の計算に狂いを生む。

 だが、何より目当てにしていた物、男性らしさというものをそのまま具現化したかのようなその身体。より高みを目指そうと、前の障害を蹴散らそうとする、先ほど垣間見えた恐怖を乗り越えようとする意志を感じる眼。

 自らが貪り、蹂躙させようと一目見た時から心を燻らせてきた火の心材。それが突然目の前に現れたことによる喜びが、最初に頭を支配した。

 

「……ほう、何のつもりだ」

 

 脳から走る下卑た信号を抑えつつも、不可解なその行動に対して問う。

 

「答える必要はない」

 

 実際、ディアボロ本人もそれほど意味のある行為だとは思っていない。だが、それはある意味必要である行為。

 ドッピオの精神からディアボロの精神を表に出すこと。その時、肉体もディアボロのものが表に現れる。

 そこからさらにドッピオの身に着けていた物を捨て去ることで、僅かな残滓をも身に纏わさせない。

 既に知られている以上行う必要はないのだが、ドッピオからディアボロに変わるという、ある種の精神的なスイッチの一つでもあった。

 

「そうか? 色を出して精神的に攪乱させようとかでも考えていたのかとも思ったが……」

「…………」

「違うようだな。不可か」

 

 その口は最後まで動かせない。ディアボロは動き始めの初動の時間を『消し去った』。

 相手の動きを見てから反応をする。強者にのみ許されたセンスでも引き金を引く機会を失われては使用することはできない。

 向かってくる男の身体は既に構えから一撃を繰り出す動きとなっている。その右手は不意に空いた胸まで延びようと。

 

「くっ、」

 

 藍の対応は後ろに下がりながらも右手を頭の後ろへ、左手は背後から急所の位置を守るように伸ばす。

 最大限の注意は、背後。時間を飛ばすことによる不意打ちがこの男の常套手段。破壊力のあるスタンドと違いあくまで生身の一撃はそれより軽い。

 事実、後頭部に回した右手から強い衝撃が走る。そのまま頭部に食らっていたら悪ければ破壊、良くて一時不能ともなるほどの衝撃。

 

「ぐっ! 、うっ」

 

 右手がクッションになりながらも、その勢いを押し切れず頭に衝撃が響く。

 だが、それでも彼女の思考は止められない。

 ディアボロの貫手が藍の服を貫き、肌を刺すその手を左手で止める。右手を強く掴み、その不思議な感触を握りしめる。男性の手のようであるが、温度の無い氷か、固められた空気と言うべきか、その感触。

 

「女の胸にっ、手を突っ込むとは、なかなか、どうして気が早いじゃないか」

「ふっ、一番楽な、手段を取った、だけだッ!」

 

 ギリギリと互いが互いをしめつけ合う。キングクリムゾンは藍の右手に拘束されているが、それは片手を拘束していることと同義。

 藍の左手はディアボロの右手を握りつぶそうと力を加える。その手を引きはがさんと、ディアボロも必死。

 スタンドの感覚を通して分かる、自分の背後。ゆらめいた炎が新たな獲物を探し求めてふらふらと寄ってきている。

 

「ウオオオオオオオオッ!!」

 

 雄叫びの様に声を上げ、全身に力を漲らせる。共に、スタンドにも力が入り彼女の抵抗を無に帰す。

 背からはぶすぶすと焦げる音と直接焼きごてを当てられ、そしてそれがそのまま背筋をなぞるような苦痛が走る。

 だが、止めない。

 引いて仕切り直すことも容易だろう。しかしそれでは時間がかかる。自分を知られてしまうことよりは、さっさと殺してしまえればそれでいい。

 

「うああ、あぁあっ!」

 

 苦悶の入り交じった声が藍の口から漏れ出る。

 いくらかは弱化の入った身としても、ここまで圧倒されるとは。彼の力強さにも、爆発力にも称賛に値するものがあった。

 

 ……だからこそ、ふさわしい! だからこそ、惹かれたのだ!

 

 彼に秘める底力にも、思わず舌なめずりをしてしまう。次に彼女の取った行動は、彼と交差する力の加減を変えるだけであった。

 ずぶり、ずぶりと音が聞こえる。焦がれる男の手が自分に触れる。

 あぁ、何て甘美な響きだろう。いつだって挿すのは男で、受けるのは女なのだ。

 

「ぶぐ、か、ぁ……」

 

 残ったキングクリムゾンの左手が、藍の顔面に撃ち込まれ、同時にディアボロの貫手が右胸を突く。

 その身体は力なく崩れ落ち、ディアボロの足もとへ仰向けに倒れる。

 防がれた最初とは違う、確かな一撃。壊さずに終わったのは藍の、妖怪としての力の証明か。

 一見すればディアボロの勝利だが、当の彼はその余韻に浸る暇はなかった。

 

「……? 、はぁ、はぁ……」

 

 呼吸が荒い。心音が響く。同時に、血流が速く流れるのがわかる。

 敵を倒したことによる興奮とは違う。おぞましい恐怖に竦む感覚とは違う。いや、しいて言うならば彼女の執念に恐怖するともいえるのが、自分でわかる。

 先ほどに使った自分の右手。そこから香る血の匂い。だが、そのむせる様な匂いに僅かにこびり付く別の匂い。

 最後、藍は止めようとする力を、ずらす力へと変えた。故に勢いは止まることなく、左胸、心臓を狙っていた一撃は右胸へと移っていった。

 平時であれば、戦闘中でもあるし、そうでなくても女性の胸に触ろうが特に何も思うことはない。

 だが、今は。不思議と、そのために触れたわけではないのにあの感触が忘れられない。残った彼女の匂いに溺れたい。

 

「……く」

 

 横たわる女の肢体。服が破れ右胸からは絶え間なく出血している。倒れた衝撃か、破れ穴の開いた箇所の反対側にはこぼれそうな柔らかな肉。

 投げ出されたその脚の、美しい線と柔らかな肌。その元へといく度に湿りけの帯びている様。

 自分の部位も、もはや興奮を隠しきれなくなっている。

 

「おい、何を、した?」

 

 彼女の髪の毛を掴み引き上げる。片目は潰れ鼻は拉げ血に染まったその顔でも、男の本能を、嗜虐心を、征服感を満たすための。揺さぶる何かを感じられる。

 歯の欠け血の流れるその口がにやりと歪むと、

 

「……さあな。どうした、止めを、刺せばいい」

 

 その顔と声色は、とてもじゃないが運命を諦めた顔ではない。死を受け入れた顔でもない。

 

「ああ、何だ……そんな顔を、するなよな。勝利を、刻みたければ、刻めばいい。征服は男の性だろう」

 

 ぜいぜいと声を出すたび胸から出血する。揺れる乳房が、艶やかな唇が、見据える瞳が、……どれも崩れているにもかかわらず、ディアボロの脳を刺激する。

 魅了。異性を、時には同性をも自らの虜にし、相手に至上の快楽を与えることと引き換えに彼の者の理を支配する。

 藍の策謀としても、妖術としても得意とする一つであり、相手との体液の交換、自らの体に触れさせての魅惑の段階を踏めばたとえ式という枷があろうと術中に落とすことができる。

 もし自分がその力を最大限に発揮させることができるのであれば、視界に居れれば注目させ、肌を晒せば理性を崩し、声をかければ至らすこともできるだろう。

 ……ディアボロも、今野生を晒せばどれほど楽になろう。獣欲を満たそうとすれば、今までにない快楽が身を包むだろう。

 どちらの本懐も、それで満たせるだろう。

 

「……ッ」

「!! ……ん、はぁ」

 

 彼の取った行動は、その赤い果実を貪ることだった。

 煩わしい、だがひどく蠱惑的である彼女の。衣服を強引に破りさり、熱を帯びた互いの身体を直に密着させる。

 身体に、顔面に彼女の血液が付着する。口内の鉄の味が共有される。ほの甘い液が、背の焼けた痛みをも忘れさせる。

 全てを忘れて、彼女を得たい。力無いその肉体を自分に寄せ、強く強く抱き。

 

「んぅ……ん、っ、…………」

 

 強く抱き合い寄せ合う故にわかるのは二人の体温のみ。表情を窺えるほどの隙間もないほどに。

 ディアボロから、求めさせた。彼の欲を煽り、征服『させた』。その一歩を藍は味わう。

 脳が溶ける様な得難いその味わい。主を裏切り、自らを捨て得たこのひと時。

 彼女はほくそ笑む。これは、永遠となるだろうと……

 口内を蹂躙する彼の舌が、こちらへ来いと誘う。それを追う様に、雌の根を這わせる。

 

「ぷぁ……ちゅ、る……ッ!! ギッ!!!」

 

 突然の熱に目を見開き、動転する。抵抗するその脳に、身体は反応しない。

 ぎちぎちと、絡めた舌が猛烈に危険信号を放つ。

 同時に、ディアボロは背後に回していたその手を胴体に回し、そのまま突き飛ばすように彼女を放る。

 その衝撃と、強く押さえられた舌は耳に残る不快音を残しつつ。

 

「ばがっ、あぁ……!! あっ、っ…………!!!」

 

 ディアボロは紅い小さな肉塊を吐き出す。共に、多量の唾液と混じった血液と。

 

「……恐ろしいな、妖怪というものは……そうだな、その程度では死なないのであれば、己が身を捨ててそういうこともしてくるということか……」

 

 敏感な苦痛と全身の痛みから混乱する。魅了が、効いていないことに。

 単純に抗えたのか、それとも? そう考えるにも、時間が、状態が。

 

「……ッ、ぁ……ッ!!!」

「同じだよ、気を取り戻そうと私もした。危なかったよ女狐。魔性の女」

 

 薄れゆく意識の中に、ディアボロは藍に左手を見せる。

 その左手の小指、薬指はあまりに不自然なふくらみをしている。

 

「一本折る程度では意識は戻らない。戻しは苦痛だが……その点はお前と一緒だ。死なない程度に苦しめればいい」

 

 最後まで、自分を驚かせる奴だ。苦悶の中にもそのような表情を浮かべる。

 おかしいと感じながらも、それに乗った振りをして。同じように、自分を痛めつけて。

 多量の出血と舌が切れたことによる呼吸困難で、藍の意識は徐々に霞んでいく。

 

 

 

(……!! 開く、無事か、客人!)

 

 今まで音沙汰もなかった部屋の外より、声なき声が響く。同時に、アンが中に入ろうと障子を開こうとする。

 

(待て、開けるな)

 

 彼が障子に手をかけた、その行動に対し、ディアボロは声を出さずにスタンドで話しかける。

 

(……何があった? 先ほどまで開けようにも開かなかった戸だ、何かあったのだろう!?)

 

 疑問に対し、答える声はない。

 返答がないことを確認、制止を無視して障子を勢いよく開く。

 

( っ、なんだ、これは)

 

 アンが見たものは、散らばった将棋盤、焼け焦げた跡の残る畳、荒れた和室。その中ほどに広がる血だまり、横たわる女。

 中に居たはずのディアボロの姿は形無く、苦しげに呻くその女の声だけが部屋に木霊する。

 

「どうしたのアン、急に呼ん……って、いつの間に、いええええっ!?」

 

 妖夢が遅れて駆け付け、中を見て絶叫する。

 

「……ぉ、ぅ……」

「藍さん!? どうして!? やっぱり賊!? 紫様!? 幽々子様ーっ!!」

(落ちつけ主! とりあえず嬢を!)

「へあっ、はい!」

 

 浅く呼吸しようとするも、切り取られた舌による不随意が気道を塞ぐ。口内にあるはずのそれが外に転がっているのを確認すると、アンは自身の能力を使って喉に対して静かに刃を沈める。血に濡れた首だが、その刃ではその肌は新しい血を生み出さない。

 自分の能力を、自分から、人助けのために使うなんて、自分でも思いもしなかったが、勝手に体が動いていた。

 詰まったその後ろに、僅かな隙間だけを作る。そうイメージして沈めた刃は首元と、その間に通る大事な血管を傷つけずに小さな傷穴のみを作りだす。その傷に対して自らの指、元は妖夢の細い指を突き刺し広げ、無理やりに気道を確保する。

 そうしながらも、三度の疑問。突然に面食らったが、扉を開けようとしたら既に中に入っていた。呼んだ覚えのない主を既に呼んでいた。

 そして、ここにいたはずの彼がいない理由。これらの符号が示す事実。

 

(やはり、あの男が……これは、DIO様と同等、いやそれ以上の……)

 

 

 

 

 

 白玉楼へと続く石段。長い長い石段をただただ降りる。

 ユカリに会うという当初の目的は果たせなかったが、果たせないということを知った。

 彼女が、正確にはどれほどの規模かは知らぬが。彼女らが自分を見定めた暁には姿を現すだろう。

 そして、右腕と言っていた者に対しての蛮行。どう評価されたことやら。

 ならば、自らの為に動こう。いつまでも続いた堂々巡りに決着をつけてみよう。他者の目を気にするという、びくびくと形をひそめた行動を、今は忘れてみよう。

 この世界には自分が知っている以上に、既に自身を知る者が多くいる。今更隠れる理由もない。

 

 ならば、何をする?

 昔何かに聞いたことがある。『男には地図が必要だ』と。信念が必要だと。

 ただこの平和な世界で生を費やすか。不確定な外へ希望を持ちだすか。

 あの女が来る前に、心は既に決まっていたはず。ならばそれを胸に進むべきではないのか? ディアボロよ。

 石段の果ては見えない。だが、辺りの冷え込んだ、いわば生気の無い空気がそれとは違う、ただ澄んだだけの空気に変わっているのを感じる。

 ここを過ぎれば、あの結界の外へ出るのだろう。

 普通なら、幻想郷の住人は空を飛ぶ。だから踏み込んでも特に何も思わない。だが、自分は違う。普通の飛べない人間だ。

 だから踏み込めば死ぬ。空に投げ出され、成す術もなく落ちて死ぬだろう。それを避けるべく、もらったものがあるからこれまでなんとかなった。

 『だから』あえて踏み込んだ。

 恐怖とは何か。それは過去より去来する事実。それ以外の本能的な恐怖など、些細なことに過ぎない。

 捨て去れ。耐え抜け。不必要に足を止めるな。もちろんただの死にたがりにはなるな。打算を持って進め。確信した道を。

 矮小な身が、大空へと投げ出される。だが、不思議と何も感じない。パラシュートの無いスカイダイビングが、これほどまでに気持ちのいいものだと。

 

「…………ははっ、はははははははははははは!!!」

 

 思わず笑いがこぼれる。何がおかしいのか、自分でもわからない。狂っているのだろうか。

 だが、それでもいいのかもしれない。死んで死んで死んで死んで死んで死んでこれほど新しいことに気が付けるだなんて、脳が灼き切れてもおかしくはない。

 自分の命が切れる前に、この精神の高揚が収まっていればそれでいい。それくらいにしか、考えなかった。




非公開情報:藍さまは最初から履いてなかった

公開情報:『男には地図が必要だ 荒野を渡りきる心の中の「地図」がな』グレゴリオ・ツェペリの口癖。
ディアボロは合っているようで間違った意味で使っている。とある由緒ある家系の100年前の口癖が伝わっているというわけないじゃん、ということで。

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