【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】   作:みりん@はーめるん

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―飛べよ、踊れよ、円舞曲と共に 4―

 白玉楼、厨房。

 これから催される宴の準備として、霊たちが右往左往としている。

 各々が器具を持ち、立派な料理を作っている、のだが。どうにも半透明の人魂状の物に器具が刺さっているだけの様にしか見えず、その光景は異様としか言えない。

 

「はい、肉と野菜持ってきたよ」

 

 その中、倉から食材を持ってきた人型、妖夢がその場に荷を下ろす。

 彼女も料理はできるが、大掛かりになると荷物の持ち運びには不便な幽霊たちの代わりを行う。

 持ち出した食材は優に5人前はあるだろうか。そして、すでにあったものを数えると7,8人分ほどになる。賑やかな会場に合うのは大量の料理と主の言葉だ。それを常に胸に入れ、ここの従者たちは動いている。

 持ち込まれた食材が下されると、やれ霊たちがこぞってそれを取り、自分の担当する料理へと調理を開始する。

 

「……? ねぇ、ちょっとそれ貸して」

 

 妖夢は何かに気付いたかのように入り口に視線を送り、半ば強引に近場にいた霊の包丁を取り上げる。

 それを右手に、正しく刀を持つように携え、

 

「曲者ッ!!!」

 

 自身の感じた違和感を信じ、全力を持って斬りかかる。

 ここにいる霊たちとは違う、実体を持った何か。最もそれに近い幽々子も今はあの少年との歓談でいないはず。そうなれば、侵入者以外何者でもない。

 知り合いの大体は勝手に入ってくるのだが、もしそうであるのなら楼観剣でもないこの一撃位なんてことはない。そう、妖夢は考えていた。何でもいいから斬るのである。

 

「おいおいおいおいおいおいおいおいおい」

 

 だが、それは達成されなかった。妖夢の身体能力を持っての全力の居合は、まるで時空が歪められたかのように進むことが適わなかった。

 妖夢からすれば、果てない距離を全力で詰めようとしたように感じられる。だが、他所から見れば急に妖夢が失速してその場に留まるほどになったように見えた。

 

「……おまえさん、違和感を感じたら本当に斬りかかってくるね。あたいじゃなかったらどうなっていたことか」

 

 入り口の陰から、妖夢より二回りほど大きい姿が現れる。

 死神の装束を纏い、その身よりも大きな鎌を背中に備えた女性―小野塚小町―は手を頭の後ろで組み、呆れたように息をつく。

 

「何だ、小町さんでしたか。どうしたんですか、こんなところに。つまみ食いはダメですよ」

「違うよ。あたいがつまみ食いするようなキャラに見えるかい」

「見えますよ? 以前仕事のための燃料補給だー、とか言いながら里でお団子食べてたじゃないですか」

「あれはその通り仕事に向かうための物であってつまみ食いとは無関係」

 

 小町と認識した時から、先ほどの警戒は薄れていつも通りの緩い雰囲気に戻る。

 

「それで、何の御用ですか? ……というか、お出迎えもできませんでしたね、すいません」

「いんや、それは気にしなくていいさ。あたいらの仲だろう。それに、この新人がちゃんと出迎えてくれたさ」

 

 ありがとね、と小町は傍らに寄り添う霊をつんつんとつつく。それは、嬉しそうに体を震わせるとそそくさとその場を離れる。

 

「まだここに来たばかりみたいだね。初々しくてなによりなにより。……んで、用件だけど。お客が増えるんで、あと一人分追加してもらえるか?」

「……お客?」

「四季様だよ。なーんか、あんまり話してくれないんだけどさ。急にここで話があるからあたいに連れて行ってくれーって。

 仕事を放棄して場を離れるのは不安だからあんまり……って言おうとしたけど、かなり真面目な内容みたいでそんなこと言ってられない雰囲気でさ」

 

 小町の能力は距離を操る程度の能力。先ほどの妖夢の突撃を留めたのもそれによるもの。

 三途の川から冥界まで、至るとするならそれなりの時間がかかるが小町の力ならば瞬間とまでは言わなくともかなりの速さで到達できる。それを、映姫は頼ったのだろう。

 

「妖夢のその顔もわかるけど、どうやら西行寺との内緒話みたいだ。急いできた理由もわからん。けれど、その後の宴に謝礼がわりに参加してもよいって言われてね。そういうことで、あたいの分もよろしく頼むよ」

「はあ。……で、二人なのに一人分?」

「四季様はあんまり食べないからね。その大がかりな一人分から摘まむんじゃないかな」

 

 目的も、理由もわからないが、上司同士の話は介入しない方が身のため。言われたことをやればいい。

 言外に小町はそういっており、それは彼女の平常時の仕事スタイルでもある。サボっているが。

 最初に言われた時は妖夢も疑問が浮かんでいたが、そのことを知っているのもあり、納得をすることにした。

 

「わかりました。作っておきますのでどこかで暇つぶしでもしておいてください」

「冷たいなー……相手してくれないのかい?」

「料理できます? 小町さんっていっつも出来合いの物しか食べてないイメージしかないですよ」

 

 困ったように妖夢は目線を向けると、小町はすぐに視線をそらし、

 

「お、いい酒があるね。落ちる日でも見ながら一杯やってるかな」

「どーぞ」

「……あたいもできなくはないんだけどね。どうしてもおまえさんと比較されると、ちょいとねー」

 

 近くにあった酒瓶を取り、言い訳をしながら厨房を抜けていく。

 

「…………にしても、閻魔が何の用事だろう? 場の空気を悪くするだけだから、懇談会ならば必要とされるような空気ではないと思うのに」

 

 残った妖夢は、仕分けの手を進めながらもほんの少しの疑問を口から滑らせた。

 

 

 

 

 

 室内は、奇妙な静寂が場を支配していた。

 幽々子はずっと同じ、神妙な表情を浮かべ続けていて、対するディアボロは姿こそは少年の、ドッピオの身体のままだがその姿では浮かべたことの無いような、深淵の先を見る様な表情で、深く物事を噛み締めている。

 自分が今ここに存在する理由。そして、この世界の成り立ち。そして、自分たちのその後。

 そのままの意味で受け取れば、もう帰る世界はない。ここでなければ一笑に付す出来事だった、世界線が違うという事実。

 もっとも、すでに帰る場所は失われていたし、故郷を想うようなセンチメンタルな感情は存在しない。縁は感じるが、思い出など必要はない。

 自分の過程を聞いたのであれば、自分の今後はどうするか。

 

「仮に、ですけれども」

「……ん?」

 

 幽々子は目を細めてやや下、将棋盤を見つめながら口を開く。

 その雰囲気は、今を直視せず、その盤の上に見える風景を思い描きながら語っているようでもあった。

 

「もし、あなたが外の世界で行ってきたことと同じことをしたのならば。

 私はそれを止めはしないでしょう。紫も、それを止めはしないでしょう。けれど、それを悪しと思う者があなたを止めるし、賛同する者が協力するでしょう。

 それがたとえ、幻想郷という小さなコミュニティを崩壊させる未来しか見えなくても」

「…………」

「あなたの犯した罪は、外の世界の尺度で言えばそれは大きなものでしょう。けれど、それと比べれば私はどうでしょう。

 あなたの行った事柄など、結局は人間個人で行ったもの。あなたよりも永く永く生きたここの住人にとっては些細なことです。

 知っているかもしれませんが、幻想郷はこれまでにも2,3ほど、もしそれが成されたのならば人の住めなくなることになるであろう異変が起きています。

 しかし、今ではその首謀者を交えてまるで旧知の仲の様に過ごしている。そんな、世界。だからあなたが何をしようと」

「だからといって、何をしてもいいわけではありません」

 

 そこまで話していた幽々子の言葉を、また別の声が遮る。

 外の方からであった。何事かと向くディアボロと、少し笑みを浮かべる幽々子。

 障子に映っていたアンの薄い影が立ち上がり、礼をする。それを横切るように小さな実体を持った影が通り、

 

「お邪魔させていただきます」

 

 静かに、ではあるが妖夢が行ったような所作ではない。勝手を知る友人の部屋に入る様な、そんな所作で部屋に立ち入る。

 

「あら、来られたのですね閻魔様」

「遣いの者が来ましたからね。それにしても西行寺、そうやすやすと人の過去に付け込んで誑かすのではありません」

 

 入るなりに口を滑らかに動かす、閻魔と呼ばれた少女―四季映姫―。

 その幼い容姿とはそぐわず、幽々子に対しても怖じもせずに食って掛かる。対する幽々子はおどけた様に耳を塞ぎ、頭を抱えている。

 

「こら、聞きなさい。あの世の者がこの世の者に関わることは生と死の境を曖昧にさせる。本来ならばあなたはこの世の者と関わってはならない。そのための従者がいるわけでしょう。そう、あなたは少し生に触れすぎている」

「きゃ~、聞こえない聞こえな~い」

「……閻魔……?」

 

 ディアボロも知らないわけではない。仏教の、死者を裁く神、程度は知っている。

 だが、どうしても日本の書物でよく表されるいかつい姿とは似ても似つかぬ姿に対して、驚きを隠せない。

 

「……そうですね、西行寺への説教は後にしましょう。『お久しぶり』です、ディアボロ。と言っても、姿は少年のままですが。……憶えていますか?」

 

 幽々子と同じように、再開としての挨拶を交わす。

 

「……お前は、いや、お前の声は……」

 

 それは、最初に星に見つけられる前の、何かの声。

 

「いいです、あなたを裁きます。もっとも、そこから先は知りませんけどね」

『    、        。    、そこから先は知りませんけどね』

 

 それは確かに、おぼろに残る記憶の声と同一している。

 聞き取れなかった前半の言葉も、彼女の小さな唇から放たれる。

 

「別の者に裁かれたあなたを、生と死の境に永遠に彷徨う曖昧な存在だったあなたを明確にしたのはこの私。

 度重なる死の果てに初めて精神の底から願った、死を拒む思いを汲み取ったのはこの私。他にも、あなたの過去を見たりとかもしましたが」

「……つまり、お前があの呪縛から解き放った者だということか?」

「正確には、解き放ったわけではないのですが。まあ、おおむねその通りです」

 

 小さく頭を振る映姫。

 

「どう、いうことだ?」

 

 ディアボロの当然の質問に対し、映姫は手鏡を取り出す。質素な、飾り気はないが優れた意匠が凝らされている鏡。

 それをディアボロに向けると、そこには彼の姿が写らない。写っているのはドッピオの姿ではないディアボロと、それに対峙する――

 

「ッ、ジョルノ……!!!」

 

 矢のパワーを得て覚醒したジョルノと、それに寄り付き添うゴールドエクスペリエンス・レクイエム。

 鏡越しにでも伝わる、彼自身が信じる『正義』の精神と、それに誰しもが惹かれてしまう様な圧倒感。

 自分はどうだ。今まで張っていたものがすべて虚仮のよう。神に挑む愚かな人間のようにも感じられるほどに、矮小に感じられた。

 

「この鏡は浄玻璃の鏡。映した物の過去の全てを晒し出す。普段は相手の罪を確認させ反省を促すための物なのですが……」

「わあ、かっこいいわねこの人。くるくる頭の幼い顔立ちだというのに」

「お静かに。スタンド、と言いましたか。あの八雲さえも危惧させた力。彼もあの事変に類する力を持っているのでしょう、きっと。

 その力は、10年以上の歳月を得て、世界を越えてもあなたを縛りつづけた。その力を、私は完全に御しきれていない」

 

 鏡の中はあの時を再現し、真実に到達できなくなった決定的な瞬間を映し出す。

 

「人が人を裁くことなど驕りの極み。ですが、あなたに対する、あなたを通じての個人の思惑を超えた感情が力となってあなたを縛り続けている。

 本来私は死者を裁く者。生者を裁く権利はない。私があなたを裁くには、あなたが死ななくてはいけないのにあなたは死ねない。

 生者を完全に裁くことのできない私には、生きている者の影響を白黒はっきりさせることはできないのよ。あなたが死を繰り返さないのは、精々幻想郷の中だけでしょう」

 

 鏡の中は、その後辿り着いた水路に逃げ込む自分の姿。すぐ後に刺されるだろうその姿は、映姫が鏡をしまうことで終わりを告げた。

 

「あなたという人物の聡さを理解しての行動です。全てを知った後にこの事実を告げることは。それが、八雲の提示した案。

 曖昧、流転、不形。そんなものの象徴ともいえる彼女は自身があなたに影響を与えることを避けたかったのでしょう。故にあなたに会わずにいる。

 嘘を好まず全てを包み隠さない私というものを使いながらね。……まったく、あれにも生を見つめ直してもらいたいものです」

 

 はあ、とため息をつき、一区切りを入れる。

 彼女から与えられた事実に対して、再び思考材料が増え顔を強張らせることしかできない。

 立ちながら説明を続けてきた映姫は、将棋盤の前にかがむとディアボロの進めた王将の前に、自分の人差し指を突き立てる。

 

「……以降、私はあなたを裁くことはないでしょう。あなたがもし死に、それを裁くことになるならばそれはあなたの世界の閻魔によるから。私は幻想郷の担当であり、幻想郷で生まれた者しか死後に私の元に集わない。

 あなたの犯した罪は、紛うことなく地獄行きでしょう。私利私欲、自らの為に犯し続けた罪の数は述べるだけで一苦労です。更生の予知はありません。

 それでもここで何かを犯すのであれば、それを私に止めることはできません。ごっこ遊びならともかく、現界に手を出す力は私にはないのですから」

 

 もう片方の手でディアボロの片手を借りると、その手で自分の指を弾いた。その小さな手は、確かに年嵩の無い少女の柔らかい皮膚に包まれていた。

 最も、今までそのような容姿で強力な力を持つ者達に何人も出会っているのでそれが信頼の証になるわけではないのだが。

 

「そして最後にもう一つ」

 

 さらに続けて、指を一つ立て注目を集めながら映姫は話す。

 

「ですがその前に問いかけです。ディアボロよ、あなたははたして人間なのでしょうか?」

「何だと?」

「え??」

 

 その問いかけには意外だったのか、幽々子も目を丸くして反応をする。

 問われたとしても、漠然としすぎていて質問の意図を掴めない。それ故に、返事はそれだけしかできなかった。

 

「凡そにして、人間とは肉体・精神・魂の3つから成り立ちます。これについては特に議論を必要としないでしょう。ディアボロ、あなたもかつてはただの人間でしたのでしょう。

 しかし、今のあなたは一つの肉体に二つの精神、二つの魂が存在している。もしあなたが一般的な『多重人格者』であるならば、精神は二つ三つに分裂していようが、魂は変わりがありません。

 何故あなたが」

「少し、待て」

 

 滔々と語りかける映姫に対して、手のひらを向けて止めるように示す。

 それと共に、ディアボロの肉体が、ドッピオの物である少年の身体からぐぐ、ぐぐと、逞しい成人の身体へと少しずつ変態していく。

 

「……あら、あらあら、まぁ」

 

 少年の姿に合わせて作られた衣服は、変わっていく中身に引かれてややも隠す部位が減っていき、隙間から見られる精悍な肉体は久しく異性の素肌を見ていない幽々子の頬を赤らめさせる。

 数刻の間をおいて、そこに少年の姿はなくなっていた。

 

「確かに私の今の肉体には二つの精神がある。自分の精神と、もう一つの精神。魂がどうのこうのとは理解が進まないから後で聞くとして……

 ドッピオにはこの肉体を扱えず、私の時でしか使えない。こうも変貌をするのであるなら、肉体も二つと同義ではないのか?」

「いいえ。どれほど変わろうと一つは一つです。……精神の有様によって僅かな変化を起こすことはよくあることですが、こうも変わるものを間近で見ると……驚きです」

 

 覚悟を決めたら顔つきが変わる。意志を明確にすれば体に力が入る。人格とは関係なしに、人間心持ちで肉体は変わる。

 それはほとんどの場合において印象のみであり、彼の様に風貌まで変わる例はそうそうない。が、ゼロではない。

 

「肉体が二つとは、それこそ文字通りのものであるべきです。そのような存在は、私は魂魄の者くらいにしか見たことがありません。

 あなたの、そこまでの顕著な変化はあまり見られないですが、そこに二種の差異は私には視えません。ですが、それでも。

 ただ人格が複数あるならば、その人格が成長を重ねるごとに一つの精神として成り立つこともあるでしょう。ですが、魂が成ることはほとんどを以て起こることではない。何か、心当たりはありますか?」

 

 どうでもいい話だ、ともディアボロは感じるが、彼女の追及する態度には、徹底したものを感じる。だが、それと共に不自然にも感じる。

 先ほど取り出した鏡を使えば、自分の過去を全て見ることができるという。それがあるならば、彼女の言う心当たりは彼女で探せるだろう。当人さえいれば。

 今相対していて鏡を盗み見るような真似をしているわけではない。そして、彼女の役職から考えられる符号。

 

「…………ある。先ほどの出来事、その直前に起きた片鱗。その時、私とドッピオは確かに離れた」

 

 それはおそらく、自覚と承認。他者に言われるのではなく、自ら顧みて出来事を見つめさせること。

 今更この者の前で過去を隠すことなど愚行に等しい。故に、自分に起きた出来事を話す。

 

「奴があの力に目覚める前の、失敗例。それにより近くの者全ての、生き物すべての人格が、精神が入れ替わった。人も犬も鳥も関係なく。

 その時、無闇に引っ張られることに危険を感じた私はあえて娘の肉体に精神を滑り込ませた。一番近しい者であるなら、気取られることはないと考えて。

 その時は精神と魂は同一の物であると考えていたが」

「そもそも、あなたは自らの精神、魂を自在に表に出したり、裏に潜めたりすることができる。それが、他者の肉体であろうと。

 さすがに相手の肉体そのものを支配できるわけではないようですが……それすらもできるようのであるならば、すでにそれは人間の枠を超えているでしょう」

「ドッピオにはできないが、私にはできる。自分の身体は自分で思い通りに動かすことはできるが、他者の身体ではできない。それは確かだ」

「本題に戻ります。ディアボロ。あなたがもし自分の精神を他者に渡したまま自分の肉体が死んだ場合、あなたはディアボロなのでしょうか? もしそうであるならば、あなたは『人間』なのでしょうか?」

 

 長い解説を話して、改めて映姫に問われる。

 彼女がどういう答えを期待しているかはわからないし、結局振り返ってみても答えはわからない。正解がそもそもないようにも思える。

 他にその答えを考える者がいるならば、それが十人居れば答えは十通り出てくるだろう。

 

「私は『帝王(ディアボロ)』だ、それ以外の何者でもない。生まれ落ちた時からの逸脱の身、今更そのことで悩むつもりはさらさら無い」

 

 映姫に突き付けた一つの答え。それが、これからの自分を示す決意の言葉でもある。

 ここに来た理由、その過程。それを知ったからこその、ここに来たるべき理由を自分に刻むために。

 それを聞いた映姫は肩と溜めた息を下ろし、

 

「この問いに答えを見つけなさい。それが今のあなたに求められる最後の善行よ」

 

 その言葉には、理解されなかったようなややも呆れたような感情が篭もっていた。

 

 

 

 

 日は落ちた。部屋に射し込む日光は既になく、外に僅かながらに点在する灯篭からの漏れる灯りと、柔らかな月の光が部屋を照らしていた。

 その光を遮る障子がか細い光をさらに細め、急にこの部屋に入った者ならどこに何があるのかわからなくなるだろう。

 中にいた3人には、ずっと部屋の中にいてその光に慣れているのもあってそのようなことは起きないのだが。

 ぽ、と幽々子が手を掲げるとその周りに光を纏った蝶の輪郭が現れる。

 その蝶は意志を持つように部屋の隅に置かれている行燈に向かう。その中に入り込むと、同じような色の明りが行燈に点く。

 

「お話は終わったかしら」

 

 日常の夜として使うには暗すぎる光源が、ここが、彼女が、亡霊の園とその主だということを思い知らされる。

 吹けば飛びそうな幽かな明かりが彼女の顔を照らし、妖しさと儚さを表していた。

 

「夜も更けて、お腹も空いてきたでしょう? 妖夢たちが作った美味しいごはんにしましょう。そうしましょう」

「……あなた、それを待っていただけでは?」

「さあ、聞こえませ~ん」

 

 うきうきと、先ほどの印象を払拭するような声を出し二人を促す。

 

「二つ隣の部屋に、今頃皆が用意した晩餐の準備ができているでしょう。さあ、お立ちください。ご案内しますわ」

 

 先に立ちあがり、外への境を開いて二人を誘うように手招きをしながら、幽々子は先を行く。外は、部屋の中よりも明るく庭を照らしていて夕暮れとは違う印象を植え付ける。

 映姫もそれに続いて外に行こうとする。が、その後続はなかった。

 

「……どうしました?」

 

 映姫が、動こうとしないディアボロに問いかける。その表情は、途中にも見せた何かを考え込むような顔。

 

「先ほどの事を考えているのですか? それはまだまだ早いこと。至らぬ事に時間を費やすより、目の前の事に集中してはどうでしょうか?

 こういうのもなんですが、あなたは十分に理知聡い。その事をわからないとは思っていません。相手の誘いは受けるのも善ですよ」

「…………いや、それはわかっている。だが、一人の時間が欲しいのだ」

 

 にこりと、先ほどまでの雰囲気からは想像できない優しい笑みを浮かべて彼を誘う映姫だが、その善意を敢えて跳ね返す。

 あまり強く言っても効果はないだろう。どうしたものかと映姫が考えた時、

 

「二つ隣の部屋です。わからなかったらアンに聞いてください。さ、閻魔様。行きましょう」

「……えぇ。わかりました。西行寺、あなたには山ほど言いたいことがあります。この機会に満足するまで聞いていただきましょう」

「耳まで一杯にされちゃうのね。楽しみだわ。それでは、また今度ね」

 

 幽々子が彼に目配せをしながら、引っ張るように映姫を連れ出す。

 二人の少女はややも騒ぐように、その部屋を後にした。

 

「……………………」

 

 残された、静寂。

 その中でまた、一人で考える。何かを思案するときは、こうした孤独が心地よい。

 もっとも、厳密には一人ではないのだが。彼からは霊ゆえか息遣いも衣擦れも、気配の欠片もほとんどない。

 気にならない、というわけではないが、黙って見られているよりかははるかに良い。

 

(……)

 

 もちろん、先ほど言われたことが何よりもの項目である。まさか、人間かどうかまで問われるとは思っていなかった。

 だが、それと共に見せられた記憶の残滓。それにより一つ気にかかることがあった。

 

 確かにあの時に切り捨てたドッピオの存在。最後まで見ていなかったが、ドッピオはブチャラティの肉体に引きずられて死んだ、はずだ。

 

 それを最後まで見届けてはいない。だが、肉体が死んだらその魂は共に死ぬ。それはナランチャの魂が入ったジョルノの身体で確かめられた。

 魂の消滅した空洞の肉体を修復、機能を再開させその中の元の魂が戻れば元の通りに戻る。スタンド使いだからこそ、できる事だろう。あの時、ジョルノもあの娘もまた同じように戻ってこれたのだから。

 ……それが、ドッピオにも起きたのだろうか? 自分が鎮魂歌に捕らわれ、幾年の歳月を経て、全てを置いていく時間の加速が起きて。挙句にここに行き着いて。……それで?

 その可能性はあまりにも低すぎる。死んだ彼の魂が10数年、自分の周りについていたとでも言うのだろうか。破綻していたとはいえ、自分という肉体の受け皿はずっとあったというのに?

 すでにオカルトじみた考えになってきているが、可能性を提示された以上、浮かぶものは全て留めておく。

 

 何故、今。ドッピオは自分の身体に戻ってきたのだろうか。昨日の夜にも気に掛けたこと。他の要因で途切れさせられたが、理解するべき項目としては高い位置にある。

 

(……もし。客人よ。話を一つ聞いてもらえるだろうか。いや、聞きたくなければ戯言として聞き流していい)

 

 ふと、外から聞こえる声。それは鼓膜から響くのではなくスタンドを介して聞こえる心の言葉。

 

(どうしてもこの位置からでは中の話も聞こえてしまうからな。何、中の内容は他言しない。我が主にもオレから話そうとしない限り伝わらない。して、話だが)

 

 彼も中に向けて話しているわけではないし、ディアボロもそちらに目をくれるわけではない。

 

(王、という単語を使ったな。久しい、言葉だ。かつてオレが忠誠を誓った方も、王という器にふさわしい人物だった。世間には暴君と呼ばれる支配欲にまみれた方だったがな。

 そんな方だったが、それでも忠誠を誓う者は大勢いた。あの方に仕え、モノとして捨てられても良いと考える者も居た)

「…………」

(オレがスタンド使いとして差し向けられた時と、客人が生きていた年代は違うだろう。それに伴い人間も変わる。10年あれば、感性は変わる。

 それでも、客人にそうした誓いを立てる者はいただろう。雰囲気から察するに、あの少年がそうなのだろう)

「……」

(再び巡り会えたことに感謝せよ。その逢着に偶然はない。巡り合えたことが当然なのだ。引力とはそういうものなのだ。これは、その方がよく口にしていたことだ。

 オレには頭はない。安っぽいが、そのことを伝えたかった。ただ、どうしてもそうしたかった。……それだけだ)

 

 そういうと、アンは立ち上がり二人の進んだ側に歩き出す。彼を完全に一人にしておきたい、それを願っていることを読み取ったのだろうか。

 それの方が都合がいい。

 

「……引力、か」

 

 再び出会うことが当然というのであれば。それが当然の帰着というのであれば。

 思い出す。過去にディアボロとして生まれたこと。ドッピオとして生まれたこと。

 多重人格とは、心の傷の埋め合わせ。行ってしまえば、過剰な防衛本能。

 今までは死ぬ直前まで心は裂け続け、死んでしまえばその状態は全て治り再び死ぬ。

 実際に裂けきった二度目は、ごく最近。あの閻魔が『裁いた』のち、再び死ぬと錯覚したあの時。

 

「感謝、か。そうだな……ありがとう。それしか言う言葉が思い出せない」

 

 この感情こそも、いつ以来だろうか。相手を尊重すること、無条件の謝の気持ち。

 口から出すことはあっても、本意で言ったことなどあっただろうか。相手からのその気持ちを、受けたと感じたことがあっただろうか。

 それは、彼にとって初めてだったのかもしれない。

 

 

 

「それで終わりか? そんな、三文芝居は」

 

 突如、部屋に声が響く。

 素早く辺りを見回すが、誰も……いる。部屋の片隅に置かれた行燈が、その影を照らしている。

 揺らめく影は人の姿をしているが、その元にいるはずだろう影の主は姿が見えない。ただ、影だけが見えている。

 

「私はそんなお前を見たことがない。そんなお前を見ていたわけではない。お前は悪辣だ、お前は害悪だ、お前は吐き気を催す邪悪だ」

 

 その影は形を変えてディアボロに近づく。人の形から、一つ、二つと何かが増えて影の形を変えていく。

 何者、だろうか。侵入者がいればあの従者が、あの半霊が察知するだろう。悪霊? の類であるならば、亡霊姫が対処できるだろう。

 それらに何もかからない、侵入者。口ぶりからは、対象は自分自身。

 

「何者だ」

 

 そんな安っぽい言葉を求めているのではないだろう。『それ』からすれば、自分は被食者、相手が捕食者だ。

 もちろん、それで終わるつもりはない。立ち上がり、その影に向けてスタンドを差し向けながらも一歩を踏み出す。

 

「そんなことを答える必要もないんだよ。あんなことを考える必要もないんだよ。お前は相変わらず、手の平に転がされ続ければいい。主に、私に」

 

 にじり寄る様に、ゆっくりと歩み寄る。部屋はそれほど広くもないため、ディアボロが一歩を踏み出せば、そのまま影に足を踏み込める、はずだった。

 突然、背後から自分の両腕を巻き込んで抱きつかれる感触。突然の触感に、心臓の鼓動が高く響く感覚と頭頂部まで一気に血流が昇っていく感覚。

 背後のそれから感じるのは、圧倒的な肉食獣の気配。まるで自分の事を強く示すかのような、身に着けている衣服に阻まれてもわかるほどの肉感的な感触とそれに伴う早い鼓動。耳元に被せられる妖艶さをも感じる吐息。

 

 

「なあぁぁあ、ディアボロ?」


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