【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】   作:みりん@はーめるん

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―飛べよ、踊れよ、円舞曲と共に 3―

「……以上が将棋の駒の動きとルールよ。わかった?」

「ああ。何となく、は」

 

 駒を動かしながら、幽々子からの説明を聞くドッピオ。

 確かにチェスとは似ているが、差異はそれなりにある。

 盤面が広く、その分多い駒。縦横無尽に動き回るチェスとは違い、堅実に立ち回るかの小さな動き。

 

「そして、取られた駒はこちらの駒として使用できる、か」

「ええ。これがこの遊びの妙味。味方が敵となって現れ場を混沌とさせる……これもお国柄の違いかしら?」

「……キャスリングもない。チェスは攻め入るゲームだけれど、こっちは似たようで既に刃が喉元に届きそうな、違いがあるな」

 

 手番を使い、結局壁にしかならなそうな一手が多く見えそうなルールでしかないように見えるが。それがドッピオの第一印象。

 飛車や角行といった強力な動きをする駒をもし取っても自分が取られたら対等に戻る。状況にもよるが、二つを持たれてしまえば太刀打ちできないだろう。

 チェスでは取った駒は盤面から取り除かれ、それまでだ。どんどんと消耗していく駒を、どれを使っていくか。そこで頭を悩ませていく。

 

「……確認だけど」

「はい?」

「具体的にどうすれば、お前は話をする気になる? 将棋で勝て、というのは実質的に喋る気はないという意味でとるけれど」

 

 声色を低くして幽々子に語りかける。そのはず、彼にはほとんど経験の無いゲーム。チェスも、ルールは知っているが数えるほどしかやっていない。

 

「そちらから持ちかけてきている以上、お前が未経験、もしくは苦手としているとは思わないぞ。甲子園優勝チームがバットを持ったことの無い茶道部に勝負を持ちかけているようなものだ、と思っているからな」

「あらあら……」

 

 それに対し、幽々子は困ったような表情を浮かべて笑う。

 その行動も半分苛立っている彼にとっては感情を煽る行動にしかならない。

 

「どうなんだ? 付き合うだけでいいのか? それとも条件があるのか? 言ってみろ」

 

 青筋が立つのをこらえながら、改めて問いかける。

 

「はぐらかしたら殴られかねない雰囲気ね。怖いわ。……さっきも言った通り。あなたが過去と向き合う盤面。それを感じ取れればいいのです」

「……ッ!! だからッ、どういう」

「お付き合いしてくれますか? してくれませんか?」

 

 どうやら、その点については問答を行う気がない様子。ありありと、見て取れる。

 選択肢を選ぶ以外、例えば選択肢を増やすことやそれについて質問すること。それらは行わないと言っている。

 

「……相変わらず、分かったようなことばかり……」

 

 口元に笑みを湛え、何処吹く風と自分の感情を受け流している。押し問答をしても、一点の答えしか返ってこないだろう。

 相手の感情を読み取り逆撫でする技術では勝ち目はない。それを持った相手に対して口で挑むのは至難。

 その行き着く先は、自軍の歩を一つ動かすことで始まった。

 

「それならば、さっさとはじめよう」

 

 実際にこのゲームがどう動くかはわからない。ただ、最初の一回で終わることはないだろう。彼女の言葉を信じるなら、将棋盤は過去であり、それと向き合うことが重要。

 理解の行き着く先にまで付き合わされると、ドッピオは予測した。この戦いは、幾度も繰り返されることで自分に何らかの意図を認識させるものと。

 

「どうぞ、よろしくお願いいたします」

 

 その通りか、別の思惑か。読み取ることはできないものの幽々子は手を進め、ゲームの開始を受ける。

 

 

 

 

 

 

「…………」 

「これで終わり、です」

 

 盤上に残っている物はほとんどがドッピオに切っ先を向けた駒であり、自分の駒はほとんどが失われているか、動かすことも無意味な状態にあった。

 そこに飛び込むように置かれた歩。元々はドッピオの駒だった歩を盤上に指し、幽々子は彼の敗北を告げる。

 まだ直接王手に至るわけではないが、どう動かしても次か、その次の一手で王手と至るだろう。詰みの状態だ。

 

「ん~、やっぱり初めてさんには難しいかしら?」

「言ったろ、やったことないって。それに、あんまりこういう遊びは得意じゃないから」

 

 少し負け惜しんでいるように、幽々子に返す。

 一戦目は動きの確認と、彼女の実際の強さを図るためのものと考えていた。

 駒の動きと有効な活用方法。相手が使う戦略からの定石の推理。いわば勝つための手段を。

 そして、幽々子は実際に強いという確認。こちらのレベルに合わせて手加減をして、それを匂わせないようにする程度にはできる技量だということ。

 

「さあ、次へと参りましょう」

 

 盤上を片付け、駒を並べ直す。言葉の通り、再戦の合図。

 

「……そう、しようか」

 

 ドッピオも盤面に目を下ろし、その戦いに興じる。

 否、目線はそちらに向けていても意識は別方向に向いている。

 駒を持つ手におぼろげにもう一つの陰が現れ、共にドッピオの視界の端に映像が浮かび上がる。

 断片的ながらも、そこに映るのはこれから先の未来。

 

「あら、……あらぁ」

 

 ぱちぱちと、手の進むごとに幽々子の手の勢いが陰る。

 先ほどまでの様に慣れぬ手つきで進めていたとは思えぬ、道筋が見えているかのようなドッピオの打ち筋。

 

「随分呑み込みが早いのね?」

「そうかい?」

 

 彼女のペースに付き合わず、自分の勢いを重視して手を進めていく。

 いつの間にか、互いの技量が逆転したかのようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

「……じゃあ、こういうのはどうかしら」

 

 ぴち、とドッピオの王将の前に桂馬が指される。この駒も、先に後続が幽々子を刺すため、ドッピオが捨て駒として使用した物。

 予知に従った今回の盤上は初めの頃こそドッピオが攻勢であったが手が進むごとに彼の包囲を抜けるかのごとく勢いを躱し、気づけば逆転していた。

 目前に置かれた桂馬を取るのはたやすい。だが、それを取れば後続が彼の王将を刺す。かといって退けばそのまま追い詰められ、戦いは終わりを迎えるだろう。

 

「……くっ」

 

 頭の中から、響くように痛みが走る。

 画面には、そのまま変わらぬ盤上で手を震わせている自分が写っている。……予知を見るまでもなく、自分の考えでも敗北は見えている。

 お前の予知も所詮は小手先だけなのだと言わんばかりの、彼女の打ち筋。一寸先の未来も、ぽっかりと開いた穴に進む道しか映していなかった。

 その道しか映しておらず、それに頼れば落ちるは必然。

 

「二回目だというのに、ずいぶん上手になったわね。苦手だって言っていた割には……まるで、先が見えていたかのような指し方だったわ」

 

 その言葉に対して、ドッピオは何も言い返せない。実際に見えていた。その通りに進んでいた。

 エピタフによる予知があるから、ある程度は余裕を持っていた。相手より先が見えていれば、その相手を打ち崩す策を持って予知は答えてくれるのだと思っていた。

 だが実際はどうか。がむしゃらに進む自分の周りを囲うかのように策を張り、罠をかけて待つ手筋に嵌っただけ。

 先が見えても大局が見えていない。よく使われる言葉ではあるが、予知を用いた状態でそれにはまるとは考えてもいなかった。

 頭の中から、血管が潰れるような痛みが走る。

 

「さあ、次へと……どうしました? ずいぶんと顔色が悪そうだけれど……」

「え? あぁ、そんなことはない。次を」

 

 びりびりと走る痛みを抱えながら、幽々子に倣い再び駒を並べ始める。

 

「では、よろしくお願いいたします」

 

 その言葉と共に、ドッピオは歩を動かす。

 まだ予知通りでもいい。でも、どこかに転機がある。そこで予知を裏切るような動きをすればもしかしたら……何か、変わるかもしれない。

 一瞬その考えがよぎり、それを頭を振ってごまかす。

 ボスから借り得た能力を信じきれないという自分の愚かな感情と、そうでもしないと彼女から優勢を奪えず、先を進めないのではないかという閉塞感。

 この二戦の僅かな時間で、ドッピオは精神に確実に疲弊していた。

 日は落ち始め、地上より高所に位置した冥界は日差しの影響を強く受ける。白から橙に変わり始めた日光は、二人の居室の隅まで照らす。

 外で佇むアンの薄い影が盤の上にまで掛かろうとしていた。

 

 

 

 

 

 ひとつひとつ、駒を進めていく度に考える。目の前の女の言ったことを。

 過去、とはなんだろうか。彼女の言う過去とは。

 歩を進める。命令。攻撃。進軍。場合によっては戦果を出して報告に上がる。そして……

 取られる。撤退、敗北。だが、死んではいない。

 取られた駒を使う。それは、新しい駒が生まれたのか、かつて自分の駒であった者が寝返り、反旗を掲げて進むのか。

 盤上を進めるごとに、そのようなことを考えるたびに嫌でも想起される。

 絶頂であった自分と、その転落の苦い過去を。

 

 

 

 

 

 

「一つ、聞きたいのだが」

 

 飛車が歩の隙間を通り、奥にある金の少し手前まで動いていく。

 

「何でしょうか?」

 

 それに合わせて、銀を飛車の前にと動かす。

 

「お前はこの盤のことを『過去を並べた盤』と言っていたな。それに向かい合う必要があると」

「そう言えば、そんなことを言ってたような気がします」

 

 少し思考の間を開けながら、動かした飛車の後ろに幽々子から奪った歩を差しこむ。

 頭痛は、いつの間にか消えていた。

 

「それに対する答えを考えていた……聞いてくれるか?」

 

 その言葉を聞き、幽々子はぴたりと動きを止め、彼を見やる。

 幾分か鋭い眼差しを、ここに来てから出したことの無いような、慎重に何かを察知するための気を相手に配りながら。

 

「……三回、ですか。ではお答ひぇ」

 

 喋りかける幽々子の舌が、何かに摘ままれる。それには危害を加えるための強さなどは入っておらず、行動を阻止する、けれど傷つけない程度の力。

 見えない『何か』は、盤の傍らから、その手の柔らかさとは別に、ぎらつく強い眼差しで彼女を睨みつけている。

 対する幽々子は、それに驚きの表情はするものの、特別抵抗をすることはなく、その唇には柔らかさを保たせている。

 

「……あの従者を置いている以上知ってはいるとは思っていたが……見えては、いないのか? それとも敢えて呆けているのか」

「ふぁい」

 

 どちらともつかぬ、気の抜けた返事が幽々子の唇から洩れる。

 キングクリムゾンは左手で幽々子の舌を掴みながら、右手を触れるか触れないかの距離で彼女の眼球に近づける。

 どれほど自らの意志により押さえ込もうとしても制御しきれぬ防衛の反応。見えても感じても居なければ、実際に触れない限りは気づかない故に反射は何も起きていない。

 もちろん相手は人間ではなく妖怪であるのでそっくり同じように返ってくるとは思えないが、この顔がよくできた作り物ではない限り似たような構造ではあると感じていた。

 舌は、口内を保護するぬめりと生体維持のための空気の流れに沿うような僅かな上下を繰り返している。

 

「先に調べたい意は今取れた。……お前からの回答をする前に、いくつか質問をさせてもらおう。それについては答えたければ答えるで、いい」

 

 幽々子の口から手を放し、ディアボロはキングクリムゾンを戻す。姿はドッピオのそれとはまったく変わらないが、その精神は逆転していた。

 

「見えないっていうのは嫌ぁね。……では、どうぞ。お答えする気になったらお答えしますわ」

「お前達は。敢えて達を使わせてもらおう。お前達は私の事について知っているな。おそらく、全てを」

 

 一瞬、沈黙。

 幽々子は王の傍らにある銀で、ディアボロの飛車を取る。

 

「はい」

「……私の経緯も、私の最期も。全てを知っていて、この世界に導いた……そうだな」

 

 その銀を、後ろに控えていた歩が刺す。それと共に歩は成り上がり、赤く刻まれた文字を盤面に表わした。

 

「その上で、ここまで……そうだな、辿り着いた。辿り着いた私にあの時の事をこのボードゲームを用いて振り返らせている」

「……はい」

「チェスと似ていると言っていた。まさしくこれは戦いの縮図。違いは、己の味方が寝返ること。かつて、私がいた組織の様に」

 

 ディアボロは、盤面から目を離して幽々子を見据える。それは、返事を待つという声なき呼びかけ。

 

「……厳密に言えば最初は敵などいなかった。味方だと、部下だと。……いいや、私自身もそう取ってはいなかった。まさしく駒だと」

 

 返事が返ってこないことを感じ、言葉を続ける。

 先ほど成った歩を自分の方に向き直させると、盤面の自分の駒を全て盤外へ放る。残ったものは中央、自分の手前に置かれた王将のみ。

 

「敵も味方もいなかった。全ては駒だった。だが、その駒は次第に意思を持ちこちらに向かってきた。その意志を、強さを、私は見抜けなかった」

 

 その言葉に対する返事として、幽々子は先ほど取った飛車を、王たるディアボロの二つ前に置く。距離はあるが、すぐにとれる位置ではない。

 それに合わせ、彼の王将を一歩前に進ませる。それにより、次に前進させれば飛車を取り戻せるだろう。

 幽々子は、先まで彼女の王将のそばにあった、元は彼の陣営である成金を大きく動かし、飛車の後ろに置く。

 

「私は今も自分が行ってきたことが間違っているとは思っていない。奴が間違っているとも思っていない。自分たちの基準で言えば、どちらも正義だ。

 だが、ボードゲームでも僅かな均衡で崩れる様に。思想による争いも、思いもよらないことで均衡が崩れ、勝敗が決まる」

 

 ディアボロは王将に指を乗せ、進ませようとする。飛車を取り、その後の敗北を示すように。自ら、取れというように。もし彼がその駒を取ったなら、背後の成金が彼を取るだろう。

 

「お前に答えよう。最初から全て話していた。このゲームは私の過去であり、それに向き合わせるための道具。

 多くの者は……私に姿を見せていない、ユカリの関係者は。私を知っている、理解している。その上で、私の動向を見張り何をするかを探っている。そうだな?」

 

 そこまで言い切った彼に対して、幽々子は手を合わせてそれに感嘆の意を示す。

 

「その通りです。あなたがここでどう至るか。過去の罪人は何をもたらすか。……ただの罪人であるならばここまでしなかった。あなたは異質の力を持っている。いえ、あなた達は」

「スタンド能力、か」

「ええ。きっと貴方は聞いているでしょう、かつて宇宙を巻き込んだ事変を。幻想に至らぬ人間がそれほどの力を所有している事……それを紫は危惧している。

 そのテストケースとしてあなたは招待されたのです。この、幻想郷に」

 

 幽々子は真っ直ぐな瞳が彼を見つめ、幻想郷の大意が彼女の口から伝えられた。

 

「一つ、スタンド使いであること。

 一つ、いなくなっても問題ない人物であること。

 一つ、その二つの条件を見たし、かつ大きな力を持つこと。

 そこまで満たさなければ、あの事変に匹敵しうるとは思えず。かといってそこまでの条件を満たすものがいるかどうか、これが悩みだった。

 事変をきっかけに外は違う世界線に飛んでしまい、大幅に条件を満たすものが減ってしまった。……さすがにそこまでは、当人しか知りえないのだけれど」

 

「その中、何時から居たのかはわからない。死を繰り返す男の話。輪廻から放逐され、宇宙の引力から逸脱した存在がこの幻想郷に流れ着いた。

 ……そんな人間を、手を加えて観察対象として、受け入れたの。いつもは何でも受け入れるって言っているけれど、その時はだいぶ悩んだみたいよ、あの子」

 

「それがあなた。永遠の放浪者として彷徨っていたあなたを取り巻く鎖も同じくスタンドによるもの。それもあなたを招待する理由として大きかった。

 あれほどの騒乱の後でも変わらずあなたを縛りつづけていた。縛っている者があなたと違う世界線に行ってしまったというのに、それでもあなたの魂に纏わされていた鎮魂歌はずっとあなたに寄り添っていた。それが、一番の理由なのかもしれない」

 

 とうとうと、幽々子は澄み渡る声を辺りに響かせる。

 ディアボロがここに来てから持っていた疑問が、ゆっくりと解消されていく。

 もちろん、聞けば聞くほど新たな疑問も現れていくが、今は静かにその声に集中していた。

 

「あなたが過去に何をしたか。これから先どうするか。それについては自由にすれば良いでしょう。それに肯定する者は付いていくし、反発する者は立ちふさがる。何も変わりはしません。

 幻想郷は全てを受け入れる。それはとてもとても慈愛に満ちたことです」

 


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