【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】   作:みりん@はーめるん

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―飛べよ、踊れよ、円舞曲と共に 2―

 

 白玉楼。冥界の中に位置する西行寺家の広い屋敷。

 それ以外には特に何があるというわけではない。ただ、広い広い空間に所狭しと墓標と樹木が立ち並ぶ。

 そんな中にある、一つだからこそ目を引くその屋敷と、それに沿うように並ぶ桜の木。

 時期が過ぎて花は散り、広々と緑の葉が冥界と呼ぶにはあまりにも眩しすぎる太陽の光を覆い隠す。

 明るすぎなければ、暗すぎず。そんな、爽やかな光が白玉楼の門を照らしていた。

 

「どうぞ」

 

 ぎ、と小さくきしむ音を立てて門扉が開く。

 妖夢の先導で、一応客人としてドッピオは屋敷に招かれた。

 彼の後ろには、先ほどまで斬り結んだアンが控えている。……そんな気はないようだが、抜き身の刃を持った者に後ろに立たれるのはあまりいい感じではない。

 それを見越しているのかいないのか、無表情のままについていく。

 

「私の後についてきてください」

 

 あの後、妖夢は合点がいったかのような態度を取ると、真っ直ぐに屋敷を案内した。

 彼女曰く、『主が懇談会を行う、あなたはきっとそれの来賓だろう』と話してくれた。

 すなわち、自分が来ることを知っていたということ。それについて妖夢に問うても『自分にはよくわからない』と返された。

 その時の困り顔からは、主が聡いのか従者が鈍いのかはわからなかったが、彼女の中での真相はそうであるらしい。

 結局、当の主に聞くしか解答は得られないようだった。

 

「……、おぉ……」

 

 通路の角を曲がって、思わずドッピオの口から嘆息が漏れる。

 曲がった先にある、開いた部屋のその先に見える中庭。日本、というものを表す様な美しい景色。

 流れが作られているかのように敷き詰められた玉砂利と、その中に植えられた力強さをも感じさせる美の表現、松。

 もっとこれを間近で見てみたい、という衝動に嫌でも駆られる引力があった。

 見とれて足が遅くなっているのを妖夢は感じ、振り返ると自慢げな表情を浮かべる。

 

「美しいでしょう? 外も中も、庭師である私が剪定してるんですよ」

 

 誇らしげに語る少女がもし人間であったのなら軽い気持ちで褒めることができるが、目の前の少女は立派な人外。

 それを語る技術と実行しうる腕が実際に備わっているのだろう。

 芸術家。

 そう、彼女を表してもいいかもしれない。

 

「素晴らしいね……僕らの国の庭園技術に負けず劣らずだ。君みたいな子がイタリアにいたなら、美術史に名を残せたかもしれない」

「えっへん。ですが、私の腕は幽々子様の物なので、残念ながら別国の為に振るうわけにはいきませんね。幽々子様が仰るなら別ですけど」

「慕っているんだね、主を」

「もちろんです」

 

 妖夢に素直な感想をぶつけるが、本人はその言葉を主へと飛ばす。

 彼女の忠誠の証が、そこからも感じ取れる。

 少し後ろに目を配るが、アンはそこに思うことはないのか、表情変わらず後ろについてくるだけだった。

 

 

 

「ここですね。えーっと、和室の入り方とかって知ってます?」

 

 見た目他と変わらぬ部屋の前で、妖夢が足を止めて説明する。

 今まで通った、最初以外の全ての部屋は障子が閉まっており中の様子はわからなかった。

 ここも同じように閉まっているが、その薄い紙は中にいる誰かの影を映している。

 

「いや、初めてだしよくわからないけど……博麗神社と似たようだけど、あそこでは特に何も」

「霊夢は……まあいいです。私の真似して入ってくださいね。そんなに気負わなくてもいいですけど、一応」

 

 中からはぱちり、ぱちりと何か木と木が小さく打たれるような音が聞こえてくる。

 その戸の前で、妖夢は膝を着き、

 

「幽々子様、客人を連れてまいりました」

 

 先ほどまでと違い、硬く丁寧な語調で話す。

 中からは、「は~い」と間延びした声が聞こえる。散った花びらが空を舞うような、ゆるくふわりとした声。

 それを聞くと、す、と障子を開き

 

「失礼します」

 

 中にいる者に一礼した後、ドッピオを率いて部屋の中に入る。

 

「よくいらっしゃいました。長い旅路でお疲れかしら?」

 

 部屋の中心で将棋盤へ、傍らの本を参考に駒を並べている。

 その途中にあったのだろう。その作業を続けたまま目線だけをこちらに向けてドッピオを労う。

 一見、妖夢のそれとは違い招いた客に対して無礼にも見えるその行為は彼女の持つ雰囲気がすべて打消し、上塗りしている。

 姿勢を崩さず、それでも迎えようとする意志を送り。彼女の持っている生来の気品がドッピオを迎えていた。

 

「ごめんなさいね。一度目を離すとどこまで置いたかわからなくなっちゃうから……すぐ終わるからそこで待っててね」

「幽々子様、そういうことは来る前までに終わらせておいてくださいよ……」

「そうしようと思ったのだけれども、字が細かくて……歳かしら~」

「取らないでしょう」

 

 ぱちり、とまた小さく将棋盤から音が鳴る。

 上からの態度だが、それは従者である妖夢との彼女なりのコミュニケーションなのかもしれない。

 ぱち、と三度小さく音が鳴り、それが終わりの合図となって、主である亡霊―西行寺幽々子―はドッピオに体を向ける。

 

「『お久しぶり』ね。無事でここまで来られたことを歓迎します」

 

 三つ指をつけ、深々と頭を下げる。

 慣れたようなその動きは、しかし優雅さを持つ、もてなす心のあらわれであった。

 

「……何?」

「どういうことです、幽々子様?」

 

 しかし、裏腹につかれた言葉が頭に残る。

 冗談にしては上手ではない。頭を上げたその顔からは妖夢が知る自分を困らせる様な事を言って楽しむ顔ではない。

 

「妖夢、歓待の準備をしておいて。私はこの方とお話ししているから」

「……はいー。っ、て、男女二人を一つの間にしてはいけませんよ」

「あら、どうして? この方はお客人よ。主がもてなさないこと、失礼に当たらないとでも?」

「だって、間違いが起こるからって言われてますし」

「間違いって、なあに?」

「えーっと……クイズ?」

「おばか」

 

 その落差が、ドッピオにも理解できる。

 それほどに、彼女は何かを隠していることを伝えてきた。

 とぼけた返答をしている妖夢を、幽々子は窘めると、

 

「妖夢が心配だというのなら、アンを外に置いておけばいいじゃない。それでも納得がいかなくて?」

 

 と別案を上げる。

 

「うーん、多分それならきっと大丈夫です。アン、ドッピオさんや幽々子様が何か間違えたら教えてあげてね」

(……わかった)

「頼んだわよ! それでは、失礼させていただきます」

 

 納得がいった表情で、二人は退室する。

 部屋の中から見た二人の姿は、濃い影はそのまま離れの方に向かい。薄い影は開いた障子から少し動き腰を下ろす。

 中には、幽々子とドッピオの二人のみ。

 

「ふふ、ごめんなさい。幾つになってもあの子はああいう子なの。真面目で、未熟で、実直で」

「…………まあ、それは感じ取れます。それより」

「妖夢が戻ってくるまで、時間つぶしでもしましょうか。あなた、将棋はできます? 最近頭を動かす機会が少なくて久しぶりに引っ張ってきたのだけれど……」

 

 そういいながら、盤の上に駒を並べる。この部屋に入った時から盤を中心に座布団が二つ、用意されていた。

 

「外国ではチェスの方が有名と聞いています。もし将棋を知らずそちらをご存じであるならば、それほど覚え辛いルールではありませんが」

「いや、さっきのは一体どういう」

「その答えを聞きたければ、まずはこちらの質問にお答えください。……判断材料として。今、あなたは多くの者に」

 

 その答えを聞く前に、ドッピオの身体が動く。

 幽々子の首元に掴み掛り、そのまま締め上げる様に彼女の身体を引き上げる。

 ドッピオより小さいその身体は容易く持ち上げられる。掴んだその手から布越しに感じる体温は生きている者とは思えぬほどに、冷たかった。

 

「なら先に答えてやろう、答えはNOだ。オレは今、幻想郷に来て感じた、散りばめられた謎の全てを知る、その者に出会っている。

 ボスはお前に会えと言っていたが、お前と認識があったようには思えない。そしてお前は、まるでオレの事をあったことのある相手のように応対した。

 お前は何を知っている? オレ達の何を知っている? ボスは会えとだけ言っていたが……お前がボスに繋がってたのであれば、その情報を吟味し、必要であれば断たなければならない!」

 

 対してドッピオにはこれまでにないほどの熱が手に宿る。

 本来知りえない、知ってはいけない謎。それに至る者は悉く消されてきた。

 今、常に彼を動かす忠義が、幽々子の首に手をかけようとしている。

 それに対して、怒りに満ちた彼の表情を見ても、掴み寄られて崩れた着物とは違い少しも崩れぬ表情の幽々子。

 別段彼に対して暴挙に怒りを向けるわけでもなく、憐れみを出すわけでもなく。

 

「ならば、全てを話します。ですが、そのための道具として。過去を並べた盤に向かい合わなくてはなりません。私の言葉の続きを話しましょう。

 あなたは今、多くの者に計られているのです。あなたがどう至るのかを。……もし、今ここで私を殺すことができたのであれば、今のあなたなら再び永劫の鎮魂の中に身を任せるしかない」

 

 真っ直ぐな瞳で、ドッピオに話しかける。

 それは、彼の中にある『何か』に向かって語りかけているような、そんな話し方。

 

「……随分ともったいぶるじゃないか、あぁ? ところどころ、分かっているような口を。ここの奴らは皆そう話す、自分勝手に、相手を理解せずにッ!」

「いいえ、それは違います。全ては、理解をしているから。理解とは物事を知ること、相手を知ること。知ることは過程を理解すること。……皆があなたを知っているからこそ、あなたにはそう聞こえる」

 

 鼻と鼻が触れ合うほどの距離でも、幽々子は冷静にドッピオへ返す。

 如何に自分の気持ちを伝えても、それを諭すように、自らの域へ引き込むかのように受けられる。

 振り上げた感情の腕は、そのまま振り下ろされることなくやや乱暴に、叩きつけるように幽々子を手放すこととなる。

 

「きゃ」

「…………いいだろ、そこまで言うのなら。知ってることを洗いざらい話すのなら」

「ありがとう。この西行寺、平時に嘘を吐くことはあっても今ここに偽ることはしないことを約束するわ」

 

 崩れた着物を整え、聴く姿勢になったことに感謝の意を述べる。

 二人は対面し、それぞれに20の駒が並べられた盤を挟む。

 騒ぎの中、外の薄影は動かずに。流れを知っていたかのように。


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