【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】   作:みりん@はーめるん

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―前奏曲は今も続いている 2―

 ナズーリンは一歩下がり、訝しげな目をしてドッピオを睨む。

 自分の手下を急に電話呼ばわりするわ、そもそも急に言動は怪しくなるわで相手に献身したくはなくなる。

 

「何を言っているか本当にわからない……イカれていたのか? 本当は」

「ぼくは至って真面目ですって……うぅ、電話を……取らせてくださいよ」

 

 ドッピオは布団から這い上がり、ナズーリンに一歩近づく。頭を押さえて苦悶の表情をわずかに浮かべながら、ナズーリンの背後に手を伸ばそうとする。

 

「意地悪言わないでください、本当にすぐ終わると思いますから……大事な電話なんです、きっと」

「大事も何も、そもそも電話ではないといっているだろう! さっきから怪しいぞ、君は」

「そ、そうですよ。それに、まだ何か辛いところが残っている様子。布団に戻った方が……」

 

 後ろから近寄り、彼を宥めようと肩に手を置いた星。

 その刹那、

 鈍い音とともに星の顔面に、鋭い裏拳がめり込まれた。

 

「ぶげぇっ!?」

「どうしてさっきから邪魔ばかりするんだァーーーッ!! 素直によこせッそれで済む話だろッ!?」

「ご主人!? おまえ、よくも!」

 

 突然ドッピオは怒号を上げ、ナズーリンにとびかかる。

 ナズーリンはさらに後ろへ飛び退き、懐から1枚のカードを取り出す。

 

「視符『ナズーリンペンデュラム』! ペンデュラムよ、私をガードしろッ!」

 

 スペルカードを使用し、首から下げられていたペンデュラムが光を放ち、巨大化分散する。分散したそれらはナズーリンの周りを取り囲み回転、辺りの家具を弾きながらも身を守ろうと動き始める。

 突然で怒りに任せているとはいえ、初めて見た動く物体に足を止めぬ者はそうそういない。突破しようにも破壊は難しい代物だ。かいくぐるにしても、不可思議不規則に動く物体。

 あらゆる点で、初見で突破できるものではない!

 ナズーリンの自信のある術の一つであり、どうやってこの者を押さえようかと思いを巡らせたその時、ナズーリンは再び驚きを見ることになる。

 

 ドッピオは迷わず直進してきた。

 初めて見る謎の物体なぞ気にも留めず、不可思議に動く物体に触れることなく。

 

「な、なんだと……!?」

 

 驚愕している間にも、ドッピオは距離を詰めていく。

 

「どうしてこうアホばっかりなんだこの世はッ!! なぜ無駄に他に干渉したかと思えばこちらの願いを融通しようとしない!

 おとなしく素直に聞いておけば傷も負わずに済むというのによォォーーーッ!!」

「な、なんなんだお前は……! 先ほどとは違う、凄みを感じる、何者なんだ!?」

 

 ペンデュラムを越えられ、もはやナズーリンを守るものは何もない。急に飛び掛かってくるとは思わず、ロッドを構えていなかった。

 眼前まで迫るドッピオの気迫に押され、もはや成す術なく縮こまるしかなかった。

 ドッピオの目的はあくまで後ろの『電話』、ナズーリンの後ろを狙い、その拳を振るう。

 何とか身を捩じらせそれを回避しようとする。

 

 しかし、それもまた失敗した。

 

 拳は確かに尻尾の籠を外した。

 だが、その拳に伴う何か―目に見えない何か―が後ろの子ネズミだけをつかむ。

 

「取ったッ!!」 

 

 そのまま距離を取ろうと離れようとし、まだナズーリンの周りを回るペンデュラムにぶつかり、部屋を転がるドッピオ。

 ナズーリンもいつまでも縮こまっておられず、吹き飛んだのを確認するとスペルを解除し素早く星のもとに寄る。

 

「大丈夫か、ご主人!?」

「え、えぇ……大丈夫です。あまりに突然でしたのでそのまま入ってしまいましたが……これでは毘沙門天の弟子の名折れです」

 

 ドッピオを注視しながら星のもとに立つナズーリン。

 鼻を押さえ、立ち上がる星。そこにはくっきりと拳の痕が入っている。

 

「にしても、不思議です。ただの子供の一撃であれば私にここまでのダメージを与えることなどできないはずなのですが……」

「ああ、私も不思議に感じる。ペンデュラムの回避行動、ダニーを取る時の何か、そしてペンデュラムを食らった後のダメージ」

 

 部屋の隅に転がったドッピオ。だが大きなダメージは見えない。

 ペンデュラムの攻撃を『素手』で『ガード』したのだろうか? 否、魔力を込めたペンデュラムのガードは強固であり、ぶつかったとしたならそれなりにダメージはあるはずだ。

 

「外来人というのはみんなああいうものなのか? あの緑の巫女も大した能力を持っていたし」

「それはないと思います。あの子は現人神。あの風祝の場合は持っている方が普通と考えた方がいいでしょう。しかし、あの少年にはそういった物は感じ取れませんでしたが……」

 

「ハァー、ハァー、手間をかけさせやがる……でも、『電話』は手に入れた」

『ぶつっ ぴーーーーーっ』

「おい、やめろ! ダニーに手荒な真似をしないでくれ!」

 

 子ネズミを鷲掴みし、耳元に当てる。相当の力が込められているのか、き、と子ネズミは小さなうめき声をあげる。

 ネズミ質ができてしまったこの状況で、二人はドッピオにかかることができなくなっていた。

 

「もしもし、ボスですか? 今、オレはいったいどこで何しているんでしょうかッ!? こう聞くのも変ですけど!」

『……ぅ……ぅぅ』

「もしもし、ボス!? どうしたんですか! 返事をしてください!」

 

 様子がおかしい。

 いつもなら的確に指示を飛ばしてくれるはずの、信頼している相手。

 今それと電話がつながっているはず。なのに、聞こえてくるのは苦しそうなうめきのみ。 

 

「ボス、どうしたんですか!? オレには『今』がよくわかりません! 指示をッ!」

『……事を荒立てるな……それと、上と、二人で話がしたい……そう、伝えろ』

「え、それはどういう……?」

 

 がちゃり。

 その言葉で、電話は切れた。

 

「もしもし!? ボス? ボスッ!!」

 

 意味が、分からなかった。指示が短すぎるし、結局何が何やらわからない。

 それでも、一つの方向が見えた。ボスの判断は今までに一度も間違いを犯したことはない。

 ドッピオは子ネズミを開放し、両手を頭の後ろで組む。子ネズミはちぃ、と小さな声を上げ、ナズーリンのもとに駆け寄っていった。

 

「あぁ、ダニー! 大丈夫だったかい? すまないな、守れなくて……」

「大げさな……して、どうするつもりですか、あなたは」

 

 状況が変わったことにより、警戒しながらも星がドッピオに歩み寄る。

 ドッピオは、ボスの指示通り、素直な謝罪を始める。

 

「強引な手を使い、申し訳ありませんでした。ボスからもどやされちゃいましたよ。ええと、ナズーリンさんでしたっけ? 無理にあなたの電話取ったりしてすいません」

「……電話じゃあない。ダニーという名前を持っている、立派な私の部下だよ。とにかく、一体何者なんだ君は……おとなしくしていたかと思えば急変して暴力的になったり」

「えーっと……それはあなたが電話を貸してくれなかったからであって……」

「……はぁ、もういい。無事に戻ってきたわけだしね」

 

 ナズーリンはお手上げというように肩をすくめ、ため息をつく。

 

「もう一度聞きますが、どうするのですか……いつまでもあなたではアレですね。私は寅丸星。こちらはナズーリンです。あなたの名前は?」

 

 星も相手が落ち着いたからか警戒を解き、ドッピオに尋ねる。

 

「ぼくの名前はドッピオです。ヴィネガー・ドッピオ。それと、お願いがあるんですが……ここで一番上の人って誰ですか? できれば、その人と二人で話がしたいんですけど」

 

 穏やかに名乗り、自分の目的を告げる。

 

「上の人って……聖のことかい。だが君みたいな乱暴なやつ、聖の前に連れて行っていいものか」

「そのような言い方はいけませんよナズーリン。大丈夫ですよ、聖なら受け入れてくれるでしょう。私が保証しますよ」

 

 ナズーリンは渋い顔をしていたが、星は快く承諾する。

 

「あ、ありがとうございます。……僕が言うのもなんですけど、ずいぶんあっさり受け入れてくれるんですね」

 

 ドッピオはあっさり受け入れられたことに対して、少し拍子抜けした顔をした。

 その顔を見て、星はくすりと笑う。

 

「まあ、そういう『決まり』みたいなものですから。じゃあ、案内しましょうか。こちらへどうぞ。ナズーリンは部屋を片付けておいてもらえますか?」

「うーん、私は不安だよ……」

 

 星はドッピオを案内し、ナズーリンは頭をかきながら片づけの準備を始める。

 

 

 

 

 

 妖獣である二人はわかっている。

 『電話』の相手は存在しない。

 二人とも狩猟を行う獣の妖怪であり、その五感は普通の人間を遥かに凌駕している。

 その二人の耳に『電話』の話し声は全く聞こえなかった。

 その姿はドッピオの一人芝居に見えた。

 

 そして、二人は見ている。

 森で倒れていたあの男。星が介抱し、呼ばれたナズーリンが到着した時に起きた現象。

 それは言うなれば変態。成人男性がするすると少年の姿に変わっていったことを。

 

 それをわかったうえで、敢えて星は彼を聖に紹介することにしたのだ。

 真意はわからない。相手の熱意や感情を読み取ったか。それとも。


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