【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】 作:みりん@はーめるん
「冥界……ですか」
『そうだ。冥界に赴き、その主である西行寺幽々子とコンタクトを取れ。死後の世界、というと良い物ではないが、あの尼僧の言う通りならば幻想郷では現界と冥界、それほど境の無い物と認識してもよいだろう』
「……僕が知っている冥府と東洋の宗教で謳われる死後の世界は違いがありますが、そこは幻想郷特有の世界、とでもいうのでしょうか。地の底と一般に言われるところへ、今天を目指して向かっているのですから」
『それについてはこちらも未知の状態だ。お前がその場で感じ取り、理解するのだ』
「了解しました」
『お前の手元にも電話があったようで助かったぞ。もしお前に連絡がつかないのならば、任せる者がいないのならば。私自らがその地へ赴くことになるところだったからな』
「そうですね。命蓮寺でも借り物でしたし、今使っている物も借り物。こちらにトランシーバーの様な、……ちょっと、男性が持つには不自然ですが、器具を所持していますのでそれを渡せればボスにも手間を取らせずに伝達が行えるのですが……」
『文明が中途半端な発達を遂げた世界だ、現状に存在しない物を嘆いてもしょうがあるまい。良くも悪くもここは異世界だ、新たな世界に順応しなければ生きることはできない。これはどこでも同じだろう』
「その通りでした。失言をお許しください」
『構わん。では任せたぞ、私のドッピオよ』
「了解しました。……ボス、最後に一つ、僕の戯言を聞いていただけないでしょうか?」
『…………なんだ?』
「最初に電話した時には、今にも死んでしまいそうな、消え去ってしまいそうな……脆い炎の様な印象でした。でも、今のボスからは以前と同じ、威厳と力強さを感じられます。何があったかは聞きません。ただ、安心しました。それだけです」
『…………そうか、そうだな。あの時はあまりに唐突な出来事でさすがの私でも動転していた、とでも考えておけ。あまりの展開には人間隙が生まれる。前の下っ端のカスどもにギリギリまで追い詰められたように。
我がスタンドでも読み切れぬ運命に気が持たなかった……それを弱さとして、私は受け止めた。ドッピオ、私たちはまだ成長する必要がある。それをここで私は認識したのだ。……以上だ』
幻想郷の空を、一人の少年が行く。
ドッピオはボスとの『電話』を行いながら冥界へ、空の彼方まで飛んでいた。
「すまなかったね、長く電話を使ってしまって」
「あ、あー……はい」
そう言って、ドッピオは大きく咲いた花を妖精の一人に返す。
受け取った妖精は、何事もなかったかのように花を電話と言って返すドッピオに対して戸惑いを隠せない。
無理もない。急に一人の少年が雲を操り近づいてきたかと思えば、
『とぅるるるるるるるるるるん、るるるん。……ボスからの電話だ、取らせてもらってもいいかな』
と、かなりドスを効かせた声と、有無を言わせない恐ろしい表情で話しかけてきたからだ。あまりに怪しく、恐怖を覚えるその行動に、何も言わずに渡してしまうのは精神の幼い妖精では無理も無い行動だった。
花を手渡された妖精と、その取り巻きの妖精。不気味さからさっさと逃げ出そうとしている姿に、
「あー、電話ついでにすまないけど……冥界? っていうのはこの先でいいんだよね?」
そう、ドッピオは確認の質問を尋ねる。
元々指示通りに雲は動くため、ドッピオの知らぬ土地でも幻想郷の中、地名が定められているのなら問題なく向かえるのだが、一人での知らぬ土地、先には案内人もいない。
そんな状態で向かうのは心もとないため、つい出た質問だった。
「え? うん、お屋敷はこの先ですよ?」
「白玉楼はこの雲越えたら、おっきいおっきい門があるから、それを越えればすぐだよ」
「そう、ありがとう。何にもお礼はないけれど」
答えも安心を得られる答えであり、問題はなさそうだった。
あいさつを済ませると、雲もそれを理解したかのように速度を出し、冥界へと向かっていく。
「……変わった人だったねー」
「頭が春です?」
空を進み、高度を増すごとにだんだんと空気が冷え込んでくる。が、山を見下ろすほどの高所になっても酸素が薄くなることによる息苦しさは感じられない。
向かっている途中でそのことを想像の外から置いていたことに対して後悔していただけあり、ドッピオは胸をなでおろす。
生身でここまでの高さまで来ると、もはや下を見ても恐怖の感情は浮かんでこない。現実離れした所に存在しているという、どこか感慨深い感情が浮かび上がってくる。
上を見ても下を見ても死の世界。そんな通路で身を守る物は預かり物のこの雲だけ。こんなもの、幻想と言わずになんというだろうか。
「……!! あれ、か……?」
その中を進んでいくと、上も下も果ての無い、とてつもなく巨大な門が現れる。
傍らにはいくつもの柱が浮かび、門自体にも大きな紋様が浮かんでいる。
どこを基点として建造されているのか、それともこれほど巨大な物が浮かんでいるのか。その先を見せぬように、沿うように建っている壁らが、大地から見えないのはどういうことか――
様々な疑問が入り組み浮かび上がるも、そのすべてを昇華させる、感動。
それが、たどり着いての第一印象だった。
「……けれど、どうすればいいんだろう」
勝手知ったるように、乗っている雲は進んでいくが、ドッピオ自身は先の通りここについては何も知らない。
一見通れるようには思えない門を、どうするつもりなのか、どうすればいいのか。
そう考えている間にも、ぐんぐんと門に近づいていく。
「…………、わ」
少し身を乗り出せば紋様に手の届きそうになる距離まで近づいた時、石を投げ込まれた水面に浮かぶ波紋のように、紋様が揺れ動く。
その投げ込まれた石のごとく、ドッピオの全てを飲み込む。
一声上げる前に、身体が入り込むと、そこには最初から何もなかったかのように。荘厳な門だけが建っていた。
「わわあっ?!」
その出来事に驚き、身を縮めて構えるが、そのころには辺りは一変していた。
先ほどまでの雲海ではなく、目の前に広がるのは長い長い階段。門と同じく、その上は果ての見えない、守矢神社の前にも長い階段が積まれていたが、その比ではなかった。
そして、先ほどまでに感じていた空気の冷え込みとはまた違う、体の芯から身震いを無理やりに引き起こされるようなうすら寒さ。
ドッピオには馴染みはない、死者を供養するための卒塔婆が階段の脇にいくつも、いくつも、いくつも立っておりその周りをうっすらと不定形の白い気体の様な物が漂っている。
まるで、ここに踏み入れた彼を仲間に導こうかと値踏みをしているように。
「……っ、ここが、冥界、か」
妖怪の山とは違う、人間の本質の恐怖を突き動かしているかのような恐怖感が感じられる。
もし何もなしにここに来たのであれば今すぐにでも逃げ出したいと思えただろう。
ボスの指令が無ければ。ボスの無事が聞けなかったのならば。ディアボロがここにはいないと知っているから。
その事実があるからこそ、彼はその先へ踏み出すことができた。
「そのまま階段を上って、でいいんだよな……頼むよ」
ドッピオの声と共に、雲は再び移動を開始する。ふわりふわり、冥界の奥へ向かって。
(止まれ……と言っても聞こえてはいないだろうが)
階段を上っていると、妙な感覚と共に声が聞こえる。
直接話しかけられているわけではなく、頭に響くような、感覚が声を感じ取る様な、そんな響き。
(ここより先は冥界の主、西行寺の屋敷。許可の無く侵入することは許されぬ。これは警告だ)
視線の先、はるか遠くにぼんやりと見える人影。
幼さを残した少女のようだが、その右手は一言でいえば異様であった。
柄の無い刃をぐるぐると布で包んで無理矢理に持ち手を作り、さらにその持ち手を同じく布で右手に縛り付けて固定している。これもまた、無理矢理に。
そのせいで本来の長さよりかなり短くなってしまっているが、それでも、二度と手放さなすものか、と過剰に思えるほどに。
「……誰だ?」
(もう一度だけ、だ。ここより先には進ません……聞こえていないだろうが)
少女の方から一つ一つと階段を下り、その姿を明確にしていく。
それは、まるで色の無い世界から出てきたような、無色の造形、輪郭の淡い姿。異様な右手の刃だけが色彩を保っていて、そこだけが現実感を感じさせ、ちぐはぐな印象を与える。
その刃を見せつけるかのようにドッピオの方に向けて、斬りおとされるか退がるか、を選ばせてくる。
「……西行寺の屋敷であっていることは確かみたいだけど……いわゆる警備の人間かい、君は。後、聞こえてるよ」
(なに?)
ドッピオの言葉に一瞬少女は目を丸くする。
(そうか……くくく、ふっはははははは)
何がおかしいのか、左手で顔を隠すように、声を抑えるようにしているが感情と共にあふれてしまうのを止められないかのように。
その怪しい雰囲気から、何をしてくるかわからない相手に対してすぐに行動を取れるよう、雲から降りて警戒を強める。
一仕切に笑い終えると、鋭い切っ先とよく似た、人を斬り殺すことに何のためらいもない目をドッピオに向ける。
幻想郷には合わない、弾幕ごっこで見る様な真剣さではない。ドッピオが生きていた世界でよく見た、頭の冷えた狂気の眼からの真剣さだった。
(まさかスタンド使いがおれの他にいるとはな! ならばその実力みせてもらおう!)
その頭に響く声と共に、刃を構えて戦いの意を示す。
「ちょっと待て! なんでそうなる!?」
(この先に行きたくば、このおれを倒してから、ということだ!! 強者との戦いこそ我が愉悦、軟弱な女の遊びなど性には合わん!)
「女じゃん!」
(これには事情があるが、今はそんなのどうでもいいだろう! さあどうする、闘るか、退くか!)
滾り、血走るような眼差しで少女はドッピオを見据える。そして、闘い以外には認めないという意思を強く伝えている。
ドッピオは髪をかき上げ、エピタフの予知を映しながら。
「…………こんなことに無駄な時間を費やしたくはないんだけれど」
そう言いながら、階段を上り間を詰める。
スタンド使いという以上、何らかの像があるとは思うが今はそれが見えない。何か手の内があるだろうが、そもそも自分が近距離型なので、いかにして近づけるか、が戦いの胆となる。
姿も異様だが、最も異質なのはあの刀。それの注視と、予知の確認。
(スタンドとは闘いの才能、精神の根本、本能! そしてそれを自由に操れるものが立ち会えば起こる事柄はただ一つ! お前はこの先には行けん、いつまでたってもな!!)
少女は宣言をすると、階段から飛び、上段からドッピオに斬りかかる。
相手は刃物、自分は肉体。拳で刃を受けては無傷では済まないだろう。防御行動は基本的に回避となる。
そして、最初の行動だけでも敏捷性はかなりのものだ。そのまま潜って逃げ切ることもできない、とみえる。
そこまで判断し、階段の外、卒塔婆の並ぶ整備のされていない地に逃げるように避ける。
いかにして虚を突いて近づき一撃を喰らわせられるか。そこが戦いの要。
(シャアーーッ!!)
「……くっ!」
もちろん、少女は事を簡単には進ませない。その驚異の脚力でドッピオを追う。
攻撃が届きそうになる度、周りの物を気にせずに刃を振るう。攻撃を回避する度、刃に触れた物は斬られ、地に転がり落ちる。
異様な持ち方により、正規の剣術とは違う構えになるだろう。それを踏まえても、詳しくないドッピオでも少女の立ち振る舞いは素人風にも取れる。ただ、闇雲に振るわれているだけ。
ぞんざいに取り扱われているその刃は、その使い手からは結びつかないほど実によく研ぎ澄まされた一品だということを、その斬撃は知らしめるに十分であった。
その攻撃を、予知で見ながら躱しつつ、反撃の機会を待ち続ける。予知を利用した、基本的な戦い方。
だが内心で、ドッピオは焦りを感じていた。以前、はたてにも同じように戦ったが結局一撃も与えられなかった。スタンド使い、という利点は元が同じ人間だからこそ。同じ能力だからこそ対等に戦える。
人間を越えた生物との……文字通り桁の越えた相手には太刀打ちできないのではないか、と。
「くそっ!!」
だからといって、今の状態で自分に何ができよう。結局この土壇場で改善の案など浮かびはしない。
リゾットの様に、ゆっくりと攻め立てる相手と違い、この少女は持ち前の体術を生かした、息をつかせぬ接近戦を仕掛けてくる。思考のための時間を作らせてはくれない。
(どうした、その程度か! 攻めねば何も掴むことはできんぞ!!)
考えを重ねる度、余裕がなくなっていく。少女が斬り込むごとに刃を振るう速度と踏み込みが早く、強くなっていく。
それはまるで、ドッピオの回避を『憶えられて』いるかのように。
「……ッ! しまっ」
予知に目を向ける暇もなくなるほど、少女だけ早回しで再生されているかのように段々と早く、強く打ちこまれる。
もはや下がりながらの回避は不可能となるほどに。
(捕らえたぞ! もはや下がること叶わぬ!)
ドッピオは足を止めてその剣戟を受けざるを得ない状況となった。
生身とは違い、スタンドの拳であればまだ刃を受けきれなくはないが、それでも受けるたびに細かな傷がドッピオの手に反映されていく。
(ウッシャアアアアーーーーーーーーッ!!!)
少女の声とは合わぬ、獣じみた裂帛の気合いが感覚を通してドッピオに伝わる。
それに合わせたように、凄まじい猛攻が彼を襲う。
迫る刃を、あるいはその持ち手を幾度も弾く。その度に勢いを増して襲いかかる。弾く。襲いかかる。弾く。
「あっ、……」
その猛攻に、守勢が回りきれず、追えなくなった一撃が、時間が緩やかになり、その中を通るように肩口から胴まで振り下ろされる。
それだけでは終わらず、返す刀で少女はドッピオの胸を正確に貫く。
「…………あ、ぇ、あれ」
一瞬。全てが終わったと思った。こんなところで。
大量の血と味わったことの無い痛み。心の臓を貫く痛みとは違う冷たい感覚。
それらが襲い来る、と思ったが何も起こらない。
むしろ、身体には確かに通った感覚があったにもかかわらず、一切の怪我をしていなかった。
へな、とその場にへたり込むドッピオ。それに対し、少女は姿勢を維持したまま。胸に突き刺された刃はそのままドッピオの体の中を通り、座り込んだときに肩口から離れる。刃とドッピオの身体には、一切の汚れはなった。
(……拍子抜けだな。全く持って。おれの障害にも経験にもならん)
そう言って近場の木に目掛けて2,3と刃を振るう。一振りはそのまま木を切り裂いたが、二振り、三振りと振るった刃の軌道は木の中を通るが、驚くことに少しも切り口が作られていない。
少女は興が失せたかのように、再び階段の方へと向かう。
「ちょ、ちょっと……」
(修練のための人斬りは主の許可はあるが、本気の殺しはない。それまでの事よ。最もお前の様な雑魚を殺したところで何にもならないが)
振り返り、そう冷たく言い放つ。ドッピオの事を全く歯牙に掛けていないその態度。
もし、その後ろ姿を見せつけたならそのまま攻撃してみれば一矢報いられるかもしれない。
一瞬そんな考えがよぎるが、嫌になるほど途端に響き始めた心臓の鼓動とあまりにも情けない自分の現状が足を震えさせて動かせなくさせる。
予知を、見ることも躊躇われた。今の惨めな自分を映しているにすぎなさそうだから。
「あーーー!!! アンったらこんなにめちゃめちゃにしてー!!」
去る少女の視線の先に、今度はその少女に色を付けたような瓜二つの、もう一人の少女。
こちらは先の者とは違い、見るからに幼い印象を与える。色の無い、アンと呼ばれた少女と違って柔らかい、人間味を感じる表情を出している。浮かべる表情が怒りでも、先ほどまでと比べれば。
「いくら何でもやりすぎよ、あとで綺麗にするの手伝ってよね」
(御意)
妖夢はアンを叱りつける。その命も、アンは素直に返事をする。
その光景は、小さくも主従の繋がりに見える。……見た雰囲気では、妖夢を主とは思えないが。
「お、おい……」
「……へ、ど、どなた様?」
ドッピオが視界に入っていなかったのか、妖夢は驚いたように返事を返す。
(客人だ。西行寺幽々子に用件があるようだと)
「幽々子様に? 何の御用事でしょうか」
「いや、……その、君らは、一体……」
色々言いたいことはあるが、二人を見比べ、指を指す。
妖夢は一瞬自分の身体を見てどこか変な所がないかを見渡すが、合点がいったように笑顔を浮かべて答える。
「西行寺家の剣術指導兼庭師、魂魄妖夢です。こちらは私の一番弟子のアン。アヌビス神のアンです。もっとも、神様とは違うみたいですけど」
「違う、そこを聞きたいんじゃない」
返答に対して、呆れた顔しか出なかった。