【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】   作:みりん@はーめるん

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番外 ―BGM3 香霖堂―

 うっすらと、閉じた雨戸の僅かな隙間から日が差し込み、自分の手元を明るくする。

 同じ仕事を担当していたランプの勤務時間は、太陽が上がってきたことを指し示す光で終了の時間を告げた。

 手元の本と、自分の考察をまとめた紙が机の上に散乱している。用意していた墨入れも底が見えるほど使ってしまったようだ。

 少々時間をかけすぎてしまったかもしれない、と霖之助は一人ごちる。

 いくら魔理沙が代わりに行ってくれるとはいえ、あまり時間をかけすぎては彼女は怒るだろう。……彼女も元々乗り気ではなかったし、ほとんど物で釣ったようなものだが。

 今から人里に向かえば、開店の準備の終わりくらいで到着できるだろう。魔理沙にもそのくらいに着けると説明したし、『それ位に終わるのであればなら乗ってやるぜ』と答えていた。元々遅めに着くかもしれないと思っていたので遅めの時間で話していたが、まあ結果は良好だ。

 だった。

 

「……それなのに、君はいつまでそれをやっているんだい」

 

 店の奥で書き物をしていた霖之助の近くで、薬箱の中身を整理する、一人の少女。

 外の世界で学生が使っているという、ブレザーと呼ばれる洋服を着ている少女は頭から生えているウサミミを揺らしながら返事を返す。

 

「あと10分から15分ってところかしら。……あなたの常備薬、型の古い物から期限切れまで……まるで小さな博物館みたいだわ。しっかりチェックしておかないと緊急時に何の役にも立たない」

 

 ぶつくさ言いながら少女―鈴仙・優曇華院・イナバ―は自分の荷物から出した薬と霖之助の薬箱の整理、入れ替えを行っている。

 

「そうは言うがね、何分妖怪とも人間とも半分同士だからあまり薬に頼らなくても大丈夫なんだ、だからそんなことしてもらわなくても――」

「でも、この常備薬点検も毎月もらっている料金の一環に入っているから。しっかりやらないとあなたの無駄になる」

「なるほど、言っていることは最もだ。確かにこちらが料金を支払ってサービスを受け取っているのだから。……だが、僕はもう出掛ける時間なんだが」

 

『あなたのもしもの時! 助けてくれる人はいますか? 永遠亭のまごころ巡回サービス! 薬の事から診察、回診、積めば料理や洗濯といった家事、あんなことやこんなことまでお手伝い!』

 そう書かれたいかにもいかがわしいチラシを配っていたのは今目の前にいるウサミミとはまた別のウサミミ少女。

 その時に居合わせた魔理沙が面白半分でそれに契約をしてしまった。『お試し期間で一月分は半額だ、お買い得だな』と、自分の身銭を切ることなく。

 契約を機に、確かに3日に1度のペースで鈴仙がこの店を訪ねるようになったが、店の戸を叩いて対応の声が聞こえると、

 

「生きてる」

 

 と、極めて事務的に、一言の確認をしたらさっさと行ってしまう、何とも冷たいものだった。

 いつもはそんな業務的なものであったが、今回に限って家の中まで入ってきて、勝手に薬箱の整理を始めていた。

 

「そう? でももうすぐ終わるから、もう少し待っててちょうだい。さすがに主のいない部屋でやるのはアレだし、鍵もかけられないし」

「君が残りをやるのを後日に回してくれればいいんじゃないか?」

「私の仕事のペースが狂ってしまうので。次に早く行きすぎても問題だし」

「……魔理沙を待たせているんだ。あんまり待たせるとどう面倒になるかわかるだろう」

「魔理沙を? ……帰る場所があるんだから、変に意固地にならなければいいのにねぇ……」

 

 永遠亭のウサギたちも変わっているのが多いが彼女はその中でも常識的、だと聞いていたがそんなことはなかったようだ。

 職務に忠実なのはいいことなのだが、そこに相手の都合を合わせるということはしない。これはこれで営業には向いているのかもしれないが、今の霖之助には迷惑千万である。

 

「ごめんくださーい」

 

 そんな霖之助に追い討ちをかけるかのごとく。

 表には営業中の看板を掛けていないにもかかわらず、来店の声が上がる。この声は聞き覚えがあり、その声の持ち主はまじめの一辺倒で聞かれることが多いはずなのだが。

 

「今は営業していないよ、僕はそろそろ出かけるんだ」

 

 顔こそは入口の方に向けるが、一番言いたいのは前にいるウサミミに対してだ。とにかく、今は出ていってほしい。

 その思いが言葉の端に見える、冷たい口調で言葉を告げる。

 

「え? えーっと……、え、営業時間を知らない方が自分の都合のいい時間に来れるので……」

 

 その言葉に対して、戸惑いながらたどたどしく、どこかで聞き覚えのある答えを返す。

 その言葉を最初に使ったメイドはさもそれが当たり前だというように使っていたが、どうやら彼女は元々それはおかしいと思っているのだろう。だから、使用に抵抗が生じてしまう。

 はぁ、と霖之助は深くため息を吐く。鈴仙よりも遥かに扱いやすい彼女だが、結局目的の為なら意固地に付きまとうタイプでもある。さっさと欲しい物を手渡し帰ってもらうのが賢明だろう。

 

「……すぐに済む要件であるなら対応しよう。何だい、妖夢」

 

 店頭に顔を出し、言葉と同じく感情の揺れた表情をしている少女―魂魄妖夢―の相手をする。妖夢は、主人が顔を出したことにほっとして、近くの半霊をゆらゆらと揺らめかせながら話す。

 

「実は、今度白玉楼で懇談会があるから、それに見合うものを用意しろって幽々子様がおっしゃられたので、それっぽい物を探しているんです」

「なるほど、今度にしてくれ」

 

 非常に手間がかかりそうであったので、断ることにした。以前に来店した時の様に目的がはっきりしているなら良いが、今回の様な曖昧なものはとかく時間がかかる。

 それに、懇談会に見合うものなんて言われても、幽霊屋敷に似合うものが古道具店にあるはずがない。それこそ、人里の道具屋に行った方がいいだろう。そこでまた会うことになるだろうが。

 

「そんなあ! ダメなんです、すぐに用意しないとまた幽々子様に叱られてしまうんですよぅ!」

「それは君の事情であって、僕の事情とは擦り合わない、それだけの事。それに、別に何もここで探さなくてもいいだろう」

「でも、まだ人里の道具店は開いていないじゃないですか、すぐにって言われたからすぐに用意しなきゃいけないんです!」

「でもその懇談会? は今日やるのではないんだろう? それにあのお姫様が準備するんじゃなくて君が準備するんだから、少しくらい時間をかけても大丈夫なんじゃないか。それに、もてなすつもりならそんな急ごしらえをだすのがいいことなのかい?」

「うっ……うぅ~」

 

 コロコロと表情を変えながら、慌てふためく彼女は前と変わらず幼いままだった。前言撤回、まじめというよりは愚直だろう。

 

「妖夢じゃない、どうしたの?」

「鈴仙! どうしてこんなところに……まあいいや、助けてください、この人いじめる!」

「誤解を招く言い方はやめてくれ」

 

 呆れた声と感情を出しながら奥から鈴仙が顔を出す。

 

「君も用件は済んだか? 済んだなら何時までも居ないでさっさと僕を解放させてくれ。妖夢以上に急いでいるんだ」

「まだ終わってないけれど、なんか問題が起きてるみたいだから。保証期間中だし一応……」

 

 サービスの一環はどこまでなのか。チラシには特に書いていなかったが解釈は彼女に一任されているらしい。本当に必要としている人物には非常にありがたいサービスだろう。霖之助には完全に不必要だが。

 鈴仙は右手の親指と人差し指を伸ばして、その先に力を溜めている、明らかに武力行使の構えをしながら出てきている。もし妖夢がその得物よろしく本当の強盗であったのなら彼女は迷わず撃っていただろう。

 もちろんそんなことはなく、鈴仙も妖夢と確認すると手を下ろし力を解放する。

 

「……保証期間? また永遠亭は怪しいことをしているんですか?」

「構えるな、撃つと動くよ」

「どちらもここでやるなら出てってくれ、やらなくても出てってくれ」

 

 鈴仙の言葉に反応して自然と構える妖夢、それに合わせて再び臨戦態勢に入る鈴仙。そこに割って入り、ややも大きな声で二人を諌める霖之助。

 それは、全く進まない展開にいら立ちを隠せなくなってきている様。

 

「……そうね、あんまり遅れてもあれだし。妖夢も静かに見繕ってたら? 結局私の仕事の加減具合にしか左右されないし。お冠になっちゃう前に終わらせた方が得よ」

「君が言うか」

「……そうですね! というわけですいませんが見させてもらいますね。あ、今回はちゃんと小遣いもらってますから!」

 

 満面の笑みを浮かべながら、桜の花びらの刺繍の入ったがま口を取り出し大層自慢げに見せつける。

 その時点で、霖之助は全てを諦めた。

 

 

 

 

「えーっと……これなんてどうだろう……」

「それは石仮面。曰く、人間をやめる程度の道具だ。被ってみてもなんともなかったが、少なくとも懇談会向けではないだろう」

「そ、そうですね。今にも動き出しそうで怖いし……これは?」

「見ての通り、矢だ。何となく気の入った装飾だが特に変わりはない物だよ。……本気で探す気はあるのかい」

「いまいち、よくわかってないんです。幽々子様の無茶ぶりはいつも頭を悩まさせられます……」

 

 店内を見回りながら、あれでもないこれでもないと妖夢は品物を見続ける。

 もはや二人を魔理沙や霊夢などの客ではない存在と捉え、そして同じように言っても自分が納得するまでこちらの言うことを聞かないようなタイプ。そう認識した霖之助は適当に解説を入れることにした。

 それでも、別にそこに関して手を抜くつもりはない。妖夢が見ているのはおおよそ霖之助も興味を持っていない物が多く置かれている所。久しぶりの商売らしく、買い取ってもらうのもいいかもしれないと考えていた。

 

「……あれ、これは?」

「……おや?」

 

 そう言って妖夢が取り上げたのは、さらしに包まれた細長い何か。

 もちろん霖之助はそれが何かを理解している。だが、彼は何故それがそこにあるのかがわからなかった。

 

「それは折れた刀の刃だ。真っ赤に赤錆びていて、とても刃物としての使い道はなかったんだが……用途がとても興味深くてね」

「刀、でしょう? 切る以外に何に使うんです?」

「その通りなんだが、能力で見たところ、どうやら『どんな物でも絶対に切れる』らしい。……それがどういう意味なのかは分からないがね」

 

 そこまで説明すると、思案顔でそのさらしに包まれた刀を見やる。

 

「……しかし、あとで包丁にでも加工しようと錆取りだけして奥にしまっておいたはずなんだが……?」

「包丁にですって、もったいないですよそれは……みても、いいです?」

 

 刀剣と言われ、少し目を輝かせて妖夢はそれを見つめる。

 蒐集家の多い幻想郷だが、実際に武器として使っている者は数少ない。扱いに難しい、地味、可愛くないなどよく言われるが、そんな中でも使用する者の中、数少ない一人が妖夢である。

 美しい、という意味ではなくて実用的な用途を醸し出すその魅力を理解する、数少ない理解者だろう。

 

「ああ、構わないよ。ただし、素手で触らないでくれよ」

「そんくらいわかってますよぅ」

 

 そういった者であるなら、見せるのもやぶさかではない。物の価値は、理解している者同士でないと語り合えないからだ。

 はらりはらりと、少しずつ外の空気に触れさせる。それは楽しみにしていた包みを開くその瞬間に等しい。

 

「……わぁ」

 

 解かれたその刀身は、まだわずかに汚れが残っているものの、元は美しい刀剣としてあったということを感じさせる気風があった。

 まるで、冷たい水で濡れているような、静かな輝きを秘めていた。

 

「元はかなりの業物ですね。楼観剣と比べれば全然ですが」

「やはりわかるものだね。けれど見ての通り、刀剣として使うにはもう無理だろう」

 

 確かに、中本から完全に折られていて、切っ先の側が残っている。つまり、振るうための柄が無いのだ。

 

「その部分が存在せず、それを新たに他の者が付け加えてしまえばそれはもはや元の製作者が意図して作ったものではない、別の存在と化してしまうだろう。

 一般的な人間の倫理と道具のそれに当てはめるのは滑稽だが、相手のそれとは違う身体を他人が勝手につけて弄っているのと等しいからな」

「うーん、そうですけど……包丁には惜しいような……?」

 

 そこまで話して、妖夢は急に辺りをきょろきょろ見回す。

 

「どうした?」

「今、誰かの声が聞こえたような……」

 

―――まさか、あの絶望の底から出られる時が来るとは……

 

「ほら、今確かに聞こえましたよ。誰か他にいるんです?」

「いいや、僕と君と奥のウサギだけだ」

 

 失礼ねー、と奥から声が飛んでくる。確かに、その3人だけだ。

 

「……まさか、幽霊!?」

「それは君だろう」

「私は幽霊じゃないです、半分だけです! そんな括りだと霖之助さんも妖怪になっちゃうじゃないですか」

「半分だけだよ」

 

―――ここは、どこか……わからない……

 

「また聞こえた! また聞こえた! どこだ、出てこい!」

「涙目になりながら言うものじゃないよ。それに幽霊が声を出せるはずないだろう」

 

―――まあいい、久しぶりの運動といくか

 

「……もしかして、ここから……?」

 

 そう言うと、妖夢は持っている折れた刃を見つめる。

 その姿は、何かに魅入られているかのような虚ろな瞳をしていた。

 

「……妖夢?」

 

 怪しげに思い、霖之助が立ち上がろうとする。

 

「シッッッ!!」

 

 それを、制する。いや、それどころではない。

 明確に霖之助に危害を加えようとした、正確な突きが妖夢から繰り出された。

 

「なっ……!?」

 

 何とか、後ろに体を反らしてそれを回避する。急に動いた体は重心を失い、そのまま後ろに倒れこんでしまう。

 

「久しぶりの外だ……お前には何の恨みもないが、おれの力試しのため、その命貰い受ける!!」

 

 折れた刃を突きつけながら、高らかに妖夢は宣言する。

 その瞳は先ほどまでの穏やかな幼い瞳と違い、相手を切ることにのみ快感を覚えている狂人の瞳をしていた。

 

「妖夢……? 一体、どういうことだ?」

「のんびり答えを待つ時間などお前には存在しないッ!」

 

 そう答えながら、その瞬刃を煌めかせる。狭い店内で、その短い刃は霖之助を捉えようと一つ、また一つと近づいていく。

 

「くっ!!」

 

 対峙する霖之助も、ただなすがまま避けているだけでない。回避しながらも対抗しうる得物の元へ近づいていく。

 再び彼を切り裂く一刃を、一振りの刃が受け止める。

 草薙の剣。外の世界の変革に共にあったと言われる剣。

 もちろん彼自身がそれを使い切れる力があると思っているわけではない。が、今対峙する刃を受け止めるに至る武器はこれしかない。

 金属と金属がぶつかり合い、火花を散らして辺りに音を響かせる。

 

「この刃を受け止めるか……だが、受け止めるに一杯と見た! 容易い相手だ、運動にすらならないな!」

 

 確かに、と霖之助は口の中でつぶやく。今の動きで息は上がり、肩で呼吸をしているようなものだ。

 

「しかし素晴らしいぞ、この肉体は! 幼いながら体術、技術……過去に肩を並べたものとは比べ物にならない! そしてッ!!」

 

 再び刃を霖之助に突きつける。霖之助もそれを受け、青眼に刀を構える。

 

「お前の動きは今ので『憶えた』。絶対に」

 

「絶~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ対に! 負けん……!!」

 

 謎の振りをした時、店内に銃声が響く。それに気づいた妖夢が的確に刃を振るう。

 

「……どういうことだろ、これ。すごく妖夢らしいけど、だいぶ違う」

「お前もおれに斬られたいというのか」

 

 鈴仙の銃弾は全て斬り落とされていて、命中には至らない。

 その妖夢は、新しい相手に喜びの感情を出していた。

 

「その意気は良いぞ。この男は弱者とも見える。だが女、お前の攻撃には確かな殺意が込められていた! あの拳銃使いの様に! お前も戦いに身を置く者、相手に不足はない!」

「……ずいぶん正統派な剣士みたいになってる、んだけど……イメチェン、じゃないよね」

「気を付けてくれ、鈴仙……とてもじゃないが僕には抑えきれない。恐らく、妖夢は幽霊か何か、あの刀に宿る悪霊に操られているようだ」

「それは『視れば』わかる。あの刀から見えるの、明らかに波長が違うもの。それに何より、ここであんな波長を示すのって、姫様とその相手くらい」

 

 少々矛盾はしているが、ごっこ上での明確な殺意は少女たちの遊びにはよくある話だった。

 だが、今の妖夢は違う。あの鬼の異変の時に廻り回った時もこれほどの殺気は出していなかったはず。

 

「下がってて。これもサービスの一つだから」

 

 この期に及んでサービスの一環というのも滑稽なものだが、それでも頼りにはなる一言だった。

 決して気を緩めず、少しずつに霖之助は足を下がらせる。

 

「見たところスタンドでの撃ち込みではないようだが……どこかに隠し持っているな? だが問題ない、今の弾丸は『憶えた』ぜ」

「そう? ならばこそ」

 

 鈴仙の瞳が赤く輝く。それと共に、頭痛が走るかのような音と、赤いヒビが入った様な店内がその瞳に、妖夢と霖之助の瞳にも映し出される。

 

「これは……!?」

「初見殺し。憶えられる前に終わらせてもらうッ!!」

 

 鈴仙が店内を走る。その像は、すでに二人には違うように見えてしまっている。彼女が右に走れば上に走るかのように。飛び離れれば近づいてくるかのように。

 その動きに翻弄され、困惑する妖夢に対し、八方から銃弾が撃ち込まれる。

 

「だが無駄だッ! その攻撃は『憶えた』と言ったろーがッ!!」

 

 その掛け声とともに、全ての銃弾が斬り落とされる。位相によって僅かにずれたその攻撃すらも明確に。

 

「初見殺しだって。もっとも、あなたは私を認識していないけれど」

 

 その振るわれた後の刃を持った手を掴み、指だけで支えられているそれをはたきおとす。その見事な不意打ちは、持っていた本人にも気づかせないほど鮮やかだった。

 妖夢の手から刃が離れると共に、ぷつんと糸が切れたように張りつめた空気はなくなり、同時に妖夢はその場に倒れる。

 

「……鈴仙? 終わったのか?」

「まあ、一応。……もしあれも『憶えられた』のなら、私結構へこむかも」

 

 そう、鈴仙は崩れた髪をいじりながら、何て事の無いように呟いた。

 

 

 

 

 勝負こそ鈴仙の機略によって一瞬で終わったものの、その後は凄惨たるものだった。元々片づけられていない店内を少しでも暴れ回った中。

 辺りの物は散乱し、下敷きになったものは壊れてかけらが飛び散っている物も見られる。

 

「……さすがに、この状態を放っておくわけにはいかないかな」

 

 霖之助も目の前に倒れている妖夢ではなく、その散らばった区画を見て呟いた。

 

「え、この子は? 妖夢放っておくの?」

 

 割と大きめの目をさらに丸くし、さすがに非難するかのように鈴仙は答える。

 

「怪我人は医者に連れて行った方がいいだろうからな。もっとも、見たところ怪我はないと思うが」

 

 そこにはただ見捨てるわけではなく、専門外なので専門家に任せたいという心も見えたが、前者の放置も僅かに見える。

 ひどく呆れた顔をして、侮蔑の目で見られるが霖之助は気にしない。同じく、専門家として事態の解決をしたいだけなのだ。

 落とされた、折れた刀に近づき、触らないように注意しながら検分する。

 と言っても注視するくらいなのだが……それでも特に変わったものは見られないし、直前に妖夢が言っていた霊の言葉とやらも聞こえなかった。

 

「……触って調べてみたいところだが、おそらくそれが起動の合図になっているんだろうな。……箸か何かでつまめるだろうか」

「……んぅ……みゅ…………ひょあっ!?」

 

 ちょうど目が覚めた妖夢。不自然なほどに近い男性の顔に思わず驚き飛び退く。

 霖之助も、目が覚めたときにまだ何かあることを考え、剣を持ったままであったので、一応その構えをする。が、目が覚めた妖夢はあたふたするばかりで、特に何も起きなさそうであった。

 

「……何があったか覚えてはいるかい?」

「少しだけ、まあ。心を乗っ取られるなんて……さっさと斬ればよかったのに、未熟ですみません」

 

 自害でもするつもりか? と言いかけたか、さっきと同じく口の中に留めておいた。災いの元は無闇に出さない方が身のためだ。

 草薙の剣はもう不要になったかもしれないと思い近くに立てかけようとするが、それを妖夢が止める。

 

「すみませんが、また一悶着起こさせてください。……さっきの人、もう一度呼ばせてください」

「本気か? 君が冗談を言う人間ではないからそうではないと思いたいが」

「そうよ、それにもし何かあったら、あれが言ったことが本当なら私でも止められないかもしれないのよ? 通常弾だって、2回目には幻覚の中でも見切られていたし」

 

 二人がそれを止めようとすると、妖夢は手で二人を制し、その傍らに浮かんでいる霊体を自分の身に寄せた。

 妖夢の半霊は、すぐに妖夢と同じ姿を取る。違う点は、楼観剣と白楼剣を持っていない、の2点。

 形取ると、二人が制止する暇なく、半霊の方で刃を拾い上げた。

 

「…………ッ! ええ、大丈夫ッ! はい、それは、ダメですッ! ッ!!」

 

 半霊の方の妖夢も、現体の妖夢も共に、何かに耐えるように歯を食いしばりながら、何も聞こえぬ声に返事をする。

 概要こそはわからないものの、それの成功を見据えるしかなかった。

 二人はもしものため、霖之助は草薙の剣を構え、鈴仙は同じく手にいつでも発射できるように力を込めて。

 ……妖夢は目をつぶりながら、出てくる声は小さくなり、つぶやくような声になる。

 

「……そうです。おそらく、あなたの言う人物は存在しません。……はい、ありました。確かにそれは」

 

 そこまで言うと、二人の妖夢は何やら気の抜けたような表情となり、鈴仙と霖之助の方を向く。

 半霊の妖夢は恭しく頭を下げると、口をパクパクと動かす。

 

「あ、ごめんなさい。そっちの身体は喋れないんです。私から説明します、アヌビスさん」

「何だって?」

 

 アヌビスと呼ばれた、半霊の妖夢は、現体のそれとは違い、鋭い目つきは変わらない。

 それが元々の彼? の性分なのか。口を開くと共に、追随して妖夢が説明を加える。

 

「刀に宿っている、えー、すたんど? 悪霊みたいな方で、刀を抜いた人に憑りついて操れる程度の……え、憑りついているわけじゃない? いいじゃないですか、それくらいは簡単に言わせてくれたって」

「な、なんか随分フレンドリーになってるわね。一応あなたは私たち殺そうとしていたのよ?」

「それはまあ、許してほしいし、納得いかないなら斬らせてもらう、ですって。戦うのは好きみたいですよ?」

「君と思考回路はあんまり変わらないみたいだな」

 

 丁寧に頭を下げるアヌビス。確かに、攻撃性がなくなると紳士的な対応はできるみたいだ。

 

「しかし、何で今度は乗っ取られたりしないんだ? それに、あまりに急な変化だ、油断させているようにも見える」

 

 それでも、すぐには疑いが晴れるわけではない。霖之助が訝しげに見ると、アヌビスもそれは当然ともいえる表情を浮かべ口を開く。

 

「あー、はいはい。まず私の方から説明しますけど……見ての通り私には半人半霊なので、体が二つあるんです。主に使っているのは人間の方なので、そっちで持ってしまったからそっちの身体が使われてしまったんですが……

 半霊の方なら基本的には私の手足みたいなもの、身体の一部なのでそこだけなら使われても互いに干渉しあえます。相手が完全に制御できるわけではないので少し安心できます。でしょう?」

「確かに、僕ら半分の血筋とは違って半人半霊はそれそのものが種族、一つの精神と二つの身体で成されると以前奴から聞いたことはあるが……」

「で、攻撃してこないのは、言ったとは思うが、って言ってますけど言ってました? とにかく長年使えなかった体の動かしをしたかったからですって。

 斬ることに抵抗がないのは私は良くないことだと思いますけど、真の目的意識があるなら続けるが、今はないからやめておく、ですって」

「……聞けば聞くほど、妖夢とあんまり変わらないわね、そのアヌビスさん」

「どこがですかっ!?」

 

 驚きの表情をする妖夢と、うんうんと合点が言ったようにうなずく霖之助。アヌビスも、それに合わせて苦笑している。

 戦いが終われば後腐れなし。その空気が、ここでも感じられるようになっていた。

 

 

 

 

 

「……しまった、もうさすがに行かないと。予定の時間よりだいぶ遅れてしまっている……」

「え? ……ああ、私も次の巡回に間に合わなくなっちゃう! ここで薬の確認なんてやってられない!」 

 

 それほど時間が経っているわけではないが、二人ともに用事が詰まっている。その割には鈴仙はのんびりとしていたように見えるが。

 二人とも荷物をまとめると、二人の妖夢を連れて外に出ていく。

 

「わっ、私の用事! 私ここで刀拾うしかやってないです!」

「さすがにもう時間もない。その刀は僕には持て余すから差し上げよう。適当にお姫様への言い訳を考えておいた方がいい」

 

 そういって店の戸にカギをかけると、さっさと走って行ってしまう。

 鈴仙も鈴仙で、荷物をまとめると、

 

「彼……でいいのよね? についてまたあとでゆっくり聞きたいけど、私もちょっと外さなきゃいけないの。妖夢、アヌビスさん。いいかしら?」

 

 そう問いかける鈴仙に、妖夢は恐る恐る片割れを見つめる。

 その片割れは、少女の容貌に似つかぬ笑みを浮かべ、言葉は上げずとも、了承の意を示した。

 それを見ると、鈴仙も微笑みを返す。

 

「ありがとう。それじゃあね!」

 

 そう言うと、鈴仙もふわりと飛行し、森の外側へと向かう。どうやら紅魔館の方へ向かっていくようだ。

 

「……いったん、お屋敷に戻りましょうか。私はあなたを、わが主に紹介しなくてはなりません」

 

 そう言うと、アヌビスは渋い顔をし、難色を示す。

 

「大丈夫ですよ。幽々子様は寛大な方です。幽霊仲間として一緒に認めてくれますよ。……え、幽霊じゃない? だからぁ、そのすたんどっていうのがよくわからないんですってばぁ。

 アヌビス、じゃなくてアヌビス神が正しいって? でも、神様じゃないでしょう? ええ、いますよ。幻想郷には神様だって。あなたの所にもいたんです? 神様じゃないけど、それに近い吸血鬼……

 うーん、吸血鬼……いえ、確かに怖いんですけど……幻想郷にもいますけど、どこか間が抜けてるんですよね、あの人たち。いや、あなたの所の方を馬鹿にしたわけじゃなく! あー、転びますよ!」

 

 興奮したアヌビスは、人間の身体とは違う霊体の身体に慣れないのか、思うように動かずに体勢を崩す。

 それを支えながらも、妖夢は一旦の家路に着く。

 

「外の世界の事も、あなたの事もいろいろ聞いてみたいです。貴方にもいろいろ答えてあげます。ようこそ、幻想郷へ!」

 

 

 


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