【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】   作:みりん@はーめるん

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―嘘と真の三重奏 2―

 写真を受け取ったドッピオは、雲から降りて石畳の傍らに適当に座り込む。

 手にしたものを、じっと見つめる。

 

 一つは森の中。ほとんど光がないことから夜なのかもしれない。もちろん単純に深い森の中という可能性もある。

 中の男はカメラに向かって恐怖の表情と悲鳴をあげている。物言わぬ写真越しにもそれは伝わってくる。

 二つは湖のほとり。写真のメインは緑髪の羽の生えた少女なのだろう。少しはにかむ顔のその後ろ、湖の中から這い上がるように。

 中の男は何とか岸に着いたといった疲れ切った表情。湖に浮いた氷から察するにかなりの低温を泳いできたに違いない。

 三つは建物のそば。朽ちた建物にもたれかかり、追い立てられたウサギのように怯えている。

 中の男は頭を抱え、少しでも隠れようと陰に逃げ込んだのだろう。そこを撮影した、と考えられる。

 

 どの写真にもその男は写っており、一様に恐怖の感情を浮かべている。

 だが、一つ目の写真は『これから起こることに対しての恐怖』に対して二つ、三つ目は『既に起きた事柄に対しての恐怖』であるようにも感じられる。

 時間帯、場所はどれもバラバラとしており写真からは読み取ることは難しい。

 

「……ねぇ」

「この写真はどこで撮ったんだい?」

「この写真はどこで……あ?」

 

 手に持った自分のカメラをいじりながら顔を合わせずにはたてはドッピオの質問を先取りする。

 

「情報は交換よ、交換。あなたが何か提供したら私も一つ提供する。先に出すのはあなた」

「……なんでさ」

「負けたじゃん」

 

 確かにほとんど敗北していた。が、ここまで来たもののドッピオは彼については全く知らない。見たことも、会ったこともないのだ。

 何故あの時にあそこまで会ったことの無い男が写っている写真を思ったのかはわからない。

 何故かはわからないが、知らなくてはいけない。こみ上げてくる使命感の理由はわからない。

 

「……こいつは僕と同じ国の人間だろう。たぶん、イタリア人」

 

 とりあえずわかる情報をひねり出す。自分で言っても苦し紛れの情報とは思えるが。

 人種が同じであれど、自国の人間はどこかわかる。色や種別が同じでも国によっては生活の習慣が違う。そこから生まれる人間性は長らく過ごした者なら感じ取れる。

 

「……えー、それだけ?」

「何か提供してるだろう」

「まーねー。まー……じゃあ、どっち聞きたい?」

 

 不服そうだが、一度自分が言ったこと、撤回する気はないらしい。意外と義理堅いというか。

 彼女は自分のカメラと写真を交互に目をやりドッピオに尋ねる。

 

「その写真をどこで撮ったか。それとも写真についてか。最初の質問かそうじゃないか。どうする?」

「……うーん」

 

 悩む。どちらも知りたいが、これ以上こちらから提供するものもない。

 次も納得できるような情報でなければ話が打ち切られてしまう可能性もあるだろう。

 

「……じゃあ、その写真はどこで撮ったか。それを教えてくれないか?」

 

 少しの逡巡、前者の質問を選択した。

 もしこれ以上答えることができずに情報を得ることができなくても、その場所に行けば何かつかめるかもしれない。

 また、写っている人物、特にこの緑髪の少女。この者に何かを聞くことができる、かもしれない。

 

「はいよ。まー、こういうのもあれだけどこれ、厳密には私が撮ったわけじゃないんだよね」

「え?」

 

 自分が撮ったわけじゃない。どういうことか。

 その疑問が表情に出たのだろう。うんうんと頷くとはたては一つの箱状の物をドッピオに放る。

 受け取った手のひら大のそれは、ドッピオでも、誰でも見知ったもの。

 

「……カメラ」

「そ。ちょっと前に結構な量が幻想郷に入ってきたからね。これを適当な奴に配って写真を撮ってもらってるんよ」

 

 ドッピオの手の中に入ってきたものはインスタントカメラだった。

 撮影すればその場で写真が現像される。手渡されたそれは安物で精度の高いものではないが、初心者の写真撮影には十分に足りうるだろう。

 

「で? それで撮った写真をわざわざ手元に集めて、結果これが手に入ったってこと? 自分のカメラがあるっていうのに」

「いいえ。そこからさらに」

 

 そう言ってはたてが自分のカメラをいじりだす。

 そして、手元から特に動かさずにカメラのシャッター音を出す。

 

「うし、ほら、これ見て」

 

 自信ありげにはたてはカメラの中を見せつける。

 そこには縁側で茶を飲んでいる霊夢が画面に映っている。

 

「これはちょっと前に文が撮った写真かな? 今適当なワード入れて見せたげたの。他にはねー」

 

 やや早口で語る。その姿はどこか楽しんでいるようにも見えた。

 自分の事を喋るのは好きなのだろうか。最初のやや愛想の無い時とどうしても比べてしまう。

 

「ほれ。今度は『外来人』をワードに探してみた」

 

 再び見せつけた画面にはドッピオに手渡した写真のうち一つが現れている。

 

「……えーと、つまりどういうこと?」

「わかんないの?」

「全然わからん。説明に言葉が抜けすぎてる」

 

 正直に思いをぶつけると、後頭部を掻きながら面倒くさそうな表情を浮かべる。

 見せつけて、理解しなければ腐れて。その態度にドッピオも苛立ちを感じてしまう。

 

「まだ聞きたい言葉が一言も出てきてないぞ。そっちがいろいろ教えてくれるのはありがたいことではあるけれど質問にはそれに合った答えを返してほしいな」

「察せよ、そのくらい……私はね、念写ができるの。わかる? キーワードを添えて使えば、過去に撮影された写真を私の手元にそれにちなんだ写真が見つかる」

 

 ドッピオの手からインスタントカメラをひったくり、それでドッピオを撮影する。

 シャッターが切られる音が鳴ると少し後からカメラの前面に備えられた口から一枚の写真が出てくる。

 その写真をドッピオへ投げ渡すと、再びはたては自分のカメラをいじくる。

 

「……あ」

「こういうこと」

 

 まだ写真は完全に現像されきっていない、黒ぼけた紙切れだがはたてのカメラにはドッピオの何をしているのかわからない呆けた顔が写っている。

 このカメラはドッピオに対しては一度も向けられていないし、そもそも写真撮影された覚えは一度もない。

 

「流れ着いたそれらをそのまま腐らせるのもあれだし? てきとーな雑魚に渡したのよ。面白そうな何かを撮って楽しみなさいって。

 で、撮られた写真は興味あるものは自然と手元に流れ着く。そう、私の能力ならね」

「……つまり、これは自分が撮影したわけじゃないからどこで撮ったかわからないってことか? 最初に言った通りに」

「あ、でも地名くらいはわかるよ? ほら、この妖精……名前あったかな? こいつの居る場所は霧の湖。山から流れてる川を追ってきゃ着くよ」

「こっちは?」

「情報」

 

 手のひらを見せつけるように差し出し、開示できる物はここまでと意思表示をする。

 もちろん何も出せるものはないのだが、フリでも、写真を見つめ続ける。

 ……その中で、ふとした疑問。

 

 今の今まで、先に調べる重要事項があったので後回しにしていた。後回しにしても問題ないと思っていたから。

 

 ……今のはたての話の中に、とんでもないことを話していなかったか?

 

 元々写真は何かに駆り立てられるように調べようとしたこと。それよりも前にも疑問を抱いた、もっと根幹的な事――

 

「……ねえ、確認なんだけどさ。このカメラって最近幻想郷に、多量に、流れ着いたって言ったよな」

「ん?」

 

 来たばかりに、聖から聞いた説明を思い出す。噛み締めるように、ゆっくりと。

 

「こういったものは基本的には幻想郷になく使える者も少ない。けれど外の世界で不要になった、忘れられた物がこちらに流れ着く……簡単だけど、そう聞いた」

「んー、それで合ってるけど……それが?」

「僕が外に居た頃はこれはそれなりに値が張って、それでも便利だからと流行したものだ。

 ……時間が経つに連れて改良されより廉価に、より使いやすく。一般に出回っていった」

 

 淡々と、それでも自分の中の記憶を探るように。開いてはいけない箱のカギを開けているかのような、恐怖と使命感。

 元々感度の高い種族。はたてもそれに気づき、鋭くドッピオを見つめる。

 そんなはたてに縋るかのように、ドッピオは顔を上げ、潤み始める瞳を晒した。

 

「なあ……答えてくれよ」

 

 声が震え、視界の端がわずかに歪む。

 

「ここは、今は、『いつ』なんだ? 僕が知っていた物が、誰もが持っていた物が忘れられるほど……時間が経っているのなら……」

「悪いけど」

 

 腰を上げ、乞うように願うドッピオ。

 それとは対照的に、冷たく見下すような視線で射抜くはたて。

 

「あんたがそれに満足するような答えは持ち得ていないし答える必要もないと私は考える。今この場の交渉は写真の男に対してであり、それをわ しがむぎゅ!?」

 

 瞬間、眼前には立ち上がったドッピオ、彼ははたての口を覆うように顔を掴んでいる。

 注意はそちらに向けていたのにもかかわらず、この結果になるまで気づくこともできなかった。

 

「そんな答えを聞いているんじゃあないッ!! 今は一体いつなのか、忘れられるほどの時間が経ったことが……2001年から一体どれだけ経っているんだッ!?」

 

 上ずった、かすれた声。喉からしぼり出てくるような声量。涙を流しながらの崩れた表情。

 気づいてしまった、恐るべき疑問に対する恐怖ともしそれが是であったとするならの悲しみ。そして、それに対する彼の意にそぐわぬ解答による怒り。

 全てが合わさり合った、不安定な感情。

 

「むぐ、ぐ、うぅ……!!」

 

 そして、はたての顎を今にも砕かんとするほどの握力。人間が、これほどの力を発することができるか?

 だが、はたてはドッピオ本人の手の感触の他に、覆いかぶさるように『目には見えないし皮膚で感じ取れないけれども感覚で理解できる何か』が掴みかかっているのがわかる。

 

「聞いてるかッ!? 答えるのか、知らないのか。はっきり言ってくれるのかッ!?」

「んむー、むー! むーー!!」

 

 たんたんと腕をタップし、離してほしいと意を伝える。

 それを感じると、彼ははっとした表情を取り、急に身体の力が抜けたかのように膝を、手を着きうなだれる。

 

「ぷあ、はっ、はぁ……」

「……ごめん。本当に……こんなことしたってあんたがどうしてくれるってわけでもないのに……」

 

 後ずさりするはたてに対して、素直な感情をもう一度ドッピオはぶつける。

 

「けれど、あんたが言ったことと、僕が知っていることを合わせたなら、それが本当ならば、僕という存在は、ボスは……」

 

 もう一度。先の覇気もなく、哀れな弱者のように涙を流しながら乞う。

 ただ一人でここに現れたという虚無感だけではなく、自らの知らぬうちに幾年も経っていた『かもしれない』という事実。

 知る者の安否もわからず、それを知ろうにも忘れられるほどの歳月。

 

「う、うぅ……っ、ぐ、ひ、っぐ……」

 

 まだ何もわからない。はたてが間違えているのかもしれない。命蓮寺の者たちが嘘をついているだけかもしれない。そもそも、ここが現実ではない何かなのかも――

 溢れ出る、今を否定する感情。それが表現するのは、ただとめどなく流れる涙。

 

「…………手を貸して」

「……え?」

 

 差し出されたのは手のひら一つ。

 そこには無感情にねだるような感情はなく、救いを差し伸べようとする慈悲と自尊。

 

「あんたと同じ苦しみを抱えている奴を知っている。私が直接答えを言ってもいいけれど結局あんたはさっきみたいになるかもしれないし、そんな湿っぽいのをここで共有する気にはならない」

「……」

「行くよ、守矢神社まで」

 

 

 

 

 はたてに連れられ、石畳の先を行く。

 道中、互いに言葉一つ発しなかった。

 

 守矢神社、聞き覚えはある。あの時は大した紹介もなかったが、博麗神社にいた早苗の家、というか早苗が巫女を務めている神社というのは聞いている。

 あの時は通信機の人形や、ここまでの自分の話で終始していて。その時は特に早苗は何か思っている様子はなかった。

 もし自分と同じ苦しみを抱えているのなら、自分と同じ境遇を前にしてあのようにいられるのか。底抜けに明るいだけなのか。

 真実とは一体。

 

「何用ですか!? ここは神聖なる領域、穢れた……あ、はたてさんこんにちわ」

「ちっす」

 

 微細な風が吹き抜けたかと思うと、それに乗って舞うかのように早苗が現れる。

 

「前も似たこと言ってたけどもしかして毎回口上言ってんの? 穢れたって、妖怪の山であんた」

「だいたいそうじゃありません? 緊迫感とか出ていいじゃないですか」

「あ、そ。ところでさ、早苗に話を聞いてもらいたい奴がいるんだけど」

「? あ、ドッピオさん!」

 

 はたての少し後ろに居たからか、今ドッピオの存在に気付いた早苗。

 

「昨日は霊夢さんの所にいるかと思えば今日はこちらまで……やはり最初の紹介が心に響いたということでしょうか! やはり博麗よりやはり守矢ですね……今回の事でよくわかりましたよ。ドッピオさん感謝します」

「いや、それは関係ないんだけど」

 

 相も変わらず勢いだけは良い少女だ。

 ドッピオがどう切り出そうか考えたとき、はた、と早苗が止まりドッピオを見つめる。

 

「……なんか、雰囲気違いますね。こう、言いづらいですけど……表面もそうだけど内面とかもなんだか……」

「ああ、それは」

 

 先ほどまで泣いていたから。まだ自身の鼻もぐずぐずと濡れていて、涙を流したばかりの顔だと一目で見てわかるだろう。

 

 それを説明しようとした矢先、

 

「……ッ!!」

 

 突然、何かに気付いたかのように驚いた表情をする。あまりの驚きなのか、漏れ出る声すらも出せぬかのように。

 同時に頬を染め、ありえないといった表情でドッピオの顔を見る。

 

「ま、まさか一晩で、霊夢さんと、その、いわゆる階段を上ったとか……!」

「は?」

「は?」

 

 頬を染め顔を背け、それでも目線だけは確認のようにちらちらとよこす。

 突拍子もないその言動に、ドッピオもはたても呆れを隠せない。

 

「だとしたらあり得ます、男の人がというか男の子が男になった時の変わりようというか、夏休みが終わったらなんというか垢抜けてない同級生の男女がナニをどうやったとかで急にさっぱり全てを理解したかのようなのになってるとかそういう…………」

「おーい」

「でもそんなことを霊夢さんが乗るとは思えないけどもしかしたら家族のいない一人身として人肌に恋しかったからとかボーイミーツガール的な一つ屋根の下の雰囲気に飲み込まれてしまったとか……ああでも神に仕える身としてそーいうのはよくないはずなのにだがしかし逆にそれがいい的なそーいうノリで……」

「早苗ー、聞いてる? 別にそういうのじゃ」

 

 一人でトランス状態に陥ってしまい、終いには顔面全体を手で隠し何やらぶつぶつと唱えている。

 最初にあった時にも自分の事だけ話すやや勝手な所があったが、あの時はこれほどまでとは思っていなかった。

 

「……はたて。早苗に会うのは二度目なんだけど。一度目もここまでとは言わなかったけど、とてもさっき聞いたようには思えないんだけど」

「今の顔だってもしかしてすでに自分には相手をしてくれる人がいるっていうのにはたてさんに無理やり手籠まれたとか、そんなことはないでしょうけどどうせやっぱり所詮は天狗で結局女なんですし……アクティブ引きこもりですし若い男が見つかったからって……」

「……今割と自分で言ったことを疑うような感覚に私も陥ってる。ていうか私に対してものすごい失礼なこと言わなかったか今」

「ドッピオさんッ!!」

 

 急に顔を起こし、強い決意をしたような表情をこちらに向ける。といっても目は完全にパニックに陥っている。おそらく自分で今まで口走っていたこともこれからいうことも本当に理解していないんだろう。

 そんな推測が一目でわかる。そんな決意。

 

「そ、その、二番煎じになりますですけど、あ、わ、私と、こここ婚前、こ、こっこっこ……」

 

 噛みながらも、ドッピオの手を取り自分の胸に寄せながら、距離を詰めて話す。

 もしこれが平常時で、何度も通じ合っていたのなら立派な告白だったろう。

 

「早苗」

 

 そんな早苗の背面に回り込んでいたはたては彼女を引きはがし、くると自分の方へ体を向けさせる。

 

「な、なんですか!? 私は霊夢さんにも追いつくため追い越すためにもドッピオさんに手伝ってもらいたくって、それに女同士で、そ、その、そう言った行為は」

「少し眠れ」

 

 優しく、とてもいい表情で。全てを知ってそれで諭す姉の様な。

 それでいて小さく引いた右腕は、圧倒的な速度を持って正確に早苗の腹部を突く。

 

「ふぐっ」

 

 小さく呻いた後は、はたてにしなだれかかりそのまま動かなくなった。

 

「……何これ」

「この手に限る」

 

 無重力な巫女に負けず劣らずの風祝。彼女が先陣を切り先までの空気を吹き飛ばした。

 その彼女が自分と近しい存在、のはずなのだが。

 

「……とても、そうとは思えなくなったけど……」

 

 


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