【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】 作:みりん@はーめるん
「先に言っておく。ここより先は今までと同じところと思うな」
先を進む椛が後ろからドッピオがついてくることを確認しながら話しかける。
顔を上げ、その先を待つ表情を確認すると再び前を向き、振り返らずにそのまま続ける。
「基本的に群れることの無い、自分一人で生きるのが妖怪だが、天狗はそれとは別。社会性を保つ集団だ。ここより先は外とは違うコミュニティとなる。
そして人間など妖怪の餌食にすぎない。今回は姫海棠からの招待があったからこそ、私の監視の下の案内だからこそ入れるのだ。
みだりに入ることは許されない。また、興味で私から離れ下がったり逸れようと思うなよ。たちどころに喰われることになる。
私は貴公を案内することは任されたが、守ることは任されていない。『ドッピオは来なかった』と報告するだけでもいいのだからな」
口調から十分に感じ取れる、人間への軽蔑と、招き入れている事実に対する不快感。
「わかった」
今のドッピオが、その程度では止まらない、止められない。
短くも強く肯定の返事を返す。
求める物がその危険な山に存在しているのだから。
「……ふん」
その返事を一瞥し、そのまま飛行する。
覚悟を受け取った椛は妖怪の山へ彼を誘った。
妖怪の山に入るといっても、結局は飛行しながらなのでいつも地を歩くドッピオにはそれと変わるものをあまり感じない。
しかし、話に聞いた通りの、今までの幻想郷とは違う空気は嫌でも感じ取れる。
どこかのどかで、気が抜けていて。それでいて危険が目の前にあるという……矛盾したような、そんな世界。
だが山の中はそんな空気は感じられない。
木の陰、草の影、岩の影。そのどこからも感じられる、粘りつくような視線。潜めた息遣い。
興味や好奇心といったもの。不安や恐怖といったもの。殺意と侮蔑といったもの。
かつて人間と妖怪の間で何かあったからか。それとも妖怪の本質がこういうものであり、幻想郷に色濃く残っている唯一の地なのか。それは今ドッピオにはわからない。
確かなのは、ここに人間は存在しない奇異の者であり、良くも、悪くも思われているということ。
「…………」
最初に聞いたから覚悟はあったものの、実際に浴びる視線は堪えがたいものがある。
善意であれ悪意であれ、これほどの衆目を集めることはそうそうない。それこそ、組織の長でもない限り。
「怖いか?」
わざわざ木々の合間を縫い、山の地表、沢の流れる森の中を進む椛は意地の悪そうに、声をかける。
「幻想郷には各所に強大な勢力が存在している。その中で最も強い勢力がここ、妖怪の山だ。
他の者は主を筆頭に置いただけ、その下は低級な妖怪と人間が占めるばかり。ただ我儘に指示を出すだけの上、そぞろに言うことを聞いてればいいだけと思っている下。
いわば上の独断だけで動かしているようなものだ。
だがここは違う。多数の妖怪を収容できる土地、そこに存在する多数の妖怪たちを統制しうる天狗たち。もちろん天狗たちもただ胡坐をかいているだけではない。
徹底した上下の関係と、それを管理統制しうる統治体制。そして、それらを行うことを納得させる圧倒的力」
ゆっくりと振り返り、何かを期待するような眼でドッピオを見つめる。
椛が語っている間に周りの視線もそれに呼応する様に、同じ期待を秘めた視線へと変わる。
「少年よ。まだ年若い人間よ。貴公は踏み入れたことはあるか? 多数の害悪にまみれた沼に。自分を庇護する者の無い領域に。
ここでは貴公の発言を聞き入れる者もいない。貴公の存在を認める者もいない。帰りを待つ者がいれば、それに届ける術もない。
周りに誰も手を差し伸べる者はいない。喜んで剣を刺しだすものばかり。そんな空間に――」
「言いたいことはそれだけか?」
脅し怯える心を楽しもうとする椛の発言を、バッサリと切り捨てる。
そこには僅かな感情に揺れる少年の瞳は存在しなかった。
「暇つぶしなら他でやってくれ。時間の枷はなくなったけど僕は急ぎたいんだ。君の任務は案内だろう? 言われた事をできない事で二番目に困るのは君じゃないのか」
「……言うじゃないか、少年」
その言葉を聞き、椛の目つきが険しくなる。周囲の視線も害意を望むようなものから、与えるものに変化する。
「ここまでしても退きもしないのはよほどの意思か呆けているか……我々の力をちょいとでも見せればその顔も変わるか?」
「……」
武装を構え、明確に敵対の姿勢を取る。
それに対しても、ドッピオは特に身構えもしない。
これは、予知を見るまでもない過程だから。
「どうやら後者か……自分が本当に殺されないと未だに高を括っているんじゃあないだろうね? その考え、断ち切って」
「おい、もうよせよ」
下の沢から、ざんぶと何かが上がってくる。
上がってきたそれは、ゆったりと浮上すると椛の横に並んだ。
「確かに魔理沙とかとは違う、普通の人間だけど、こいつは怯えどころかひるみもしないじゃない。これ以上やっても変わんないよ、きっと」
「……ぬー」
「まあ私が出ちゃったからもう終わりなんだけどさ。これ以上やると椛本当に噛みついちゃうじゃん」
水の中から現れた、青い服に緑のリュックサックを背負った少女―河城にとり―は、相手を戒めるように話す。
「なーんだー」「結構持ったなー」「つまんね」「若いのに根性あるー」「はたて、良いの釣ってるじゃないの」
それと共に周りから感じていた視線が、複数聞こえる呟きと共に消えていく。
まだいくらか値踏みするようなものが残っているが、先の居心地悪い感覚はだいぶ薄れた。
「ねね、人間。よく脅しに屈してなかったね。なんで? 怖くなかった?」
「にとりぃ……そう言う聞き方は無いだろう。地味に傷つくぞそれ」
「え、えーと。まず、仕込みだよね完全に」
「仕込みは半分だが、事実に変わりはないぞ。さっき貴公に話した通り妖怪の山は他者が容易に足を踏み入れることはできない。妖怪ばかりの住処」
「そこ、そこだよ」
彼に興味を持ったのか、目を輝かせて話しかけるにとり。
ドッピオはその話に乗り、椛を指摘する。
「あのはたてってやつがどういう立ち位置かはわからないけど奴はここに僕を招いた。そして、招かれた先に案内役の君がいた。
ここの概要は詳しくは聞いてなかったけど、最初に君が教えてくれたから恐ろしいところだというのは理解した。
君は、与えられた任務に忠実なタイプ、規律正しい性格だろう?」
「そうだが……だから、何故そう思った? そんなに話はしていないだろうに」
「第一に。最初から、僕に対する敬称が変わらなかった。本当に取って喰おうと思っているのなら君たちより下の人間に対して敬称なんか使わないはずだ。
でも、最後に武器を突きつける時までそれが取れなかったからね。
第二に、奴は遣いの者を置くと言っていた。つまり、君より立場が上だということも推測できる。君が脅しで使った言葉から察するに、部下は上司に逆らえない、立派な組織だ。……そうだろう?」
椛もにとりも、少し驚いた顔をしていた。
確かにその通りなのだ。自分の雄弁が、相手を委縮させるどころか逆に情報を与えて有利にしてしまっている。
「確かに、そうだが……」
「最後に。本当に相手が怯え屈服するのを見たくて脅したいのならこんなに回りくどいことをせずに」
そこで一旦口を止めると顔を伏せ、少しの間を置いた後に伏せた顔を上げ。
「傷つけるか、拉致してしまえばいい。それを行わずに脅すには君には経験が少なすぎる」
驚きで目が丸くなる。そのようなことを考え口に出す様な人間には見えなかったから。
自分たちの数分の一しか生きていない人間に『経験が少ない』と言われ、それを納得できるかのような雰囲気。
「……よくも、言ったものだな貴公。さすがにその言葉は侮辱ととるぞ?」
「確かに僕が言うには、生きている経験で考えたら君には及ばないだろう。だけど事実だ。きっと、君は『兵士』であって『幹部』じゃない。そこまでの舞台まで連れて行く立場だけど、その舞台の上で何かする立場の人間ではないだろう?」
「ぬー……」
「人間じゃないよ、天狗だよ」
にとりがどうでもいいフォローを入れるが、椛の表情はよくならない。
彼女の中で、たかが人間にここまで澱まずに見抜かれたことによる思いがそのまま顔に表れている。
「ああ、うんそうだった。ごめん。……とりあえず、これが君たちの遊びなのか奴の指令なのかは知らないけれど、案内してもらえるなら早くしてもらえるかな? さっきも言ったけど僕急いでいるんだ」
「そうだな……悔しいが。命を遂行するには変わらない。先を急ごう」
「ねえねえ、私もついて行っていいかい? 途中まででもいいからさ。盟友の話、聞いてみたいんだ。一体外では何をやっていたんだい?」
「にとり、やめておけ。彼は客人なんだぞ、あんな扱いしたが」
「だからだろ? 別に今更いいじゃんか」
「いや、僕が困る。そんなに自分のことを人に話したい人間じゃない」
ドッピオに興味を持ったか、喰いかかるように話しかけるにとり。それに対して、二人であしらう。
過去、組織に忠誠を従い命令であれば奉仕活動でも暗躍でも自分にできることなら何でも行った男がいた。
普段は穏やかな物腰だが、知識や技術には光るものがありそれを生かす頭脳も持っている。
表の顔は午前の仕事を終え、優雅とまではいかずとも、満足のいく昼食をとり午後は余暇に当てる。そんな、どこにでもいる初老の男。
ひとたび事態に当たれば培ってきた経験と持ち前の感、自分から前に出ることは無くてもそれらによって得た信頼で収拾していく。
本人は笑って否定したが、組織の一員の中には『パッショーネのボスとして立っていてもおかしくはない』とも評した。
ヌンツィオ・ペリーコロ。
パッショーネの中でも高い地位にあり、実力者とその実績を見抜き同じ地位である幹部の昇進を決定づける権利も持つ。
自身にとって不利にしかならないスタンド能力についての知識も持ち、それでもこの地位に存在し続けられたことが彼の能力の高さの証明といえよう。
ボスの命に忠実に働き、ボスの命に殉じた男。
ボスからの指令を伝える伝令として、一度彼に会いに行ったことがある。
その時の彼はまさしく今の椛と似たような状況、組織の恐怖を伝えている状態だった。
若い男が3人。声だけは聞こえるが姿は見えず、そんな3つの小部屋に一人ずつ入れられ監禁、暴行されている状態。
3人がカメラで捉えられて観ることのできる一室で、彼と話したことがある。
「すまないね、こんなところで」
そう話しかけた彼は、カメラに映っている若者たちを嬲る元締めとは思えないほどだった。
直前に、一室ごとに回ってぼそぼそと耳打ちをしていた。
その言葉を聞くたびに、一人は怯え、一人は安堵し、一人は許しを請うように大きな声を上げていた。
「何を話していたか、気になるかね?」
本当のことを言えばそれほど興味はなかった。3人の若者たちが組織の顔に泥を塗るようなこと―例えば、知らずにシマを荒らしたか女に手を出したか―をしたのだろう。
けれども上に立つ者の言葉は興味ないの一言できることは許されない。
「一言、こう言ったんじゃよ。『2時間たったら解放してやる』とな」
ただあったことをそのまま話している。それがドッピオの感想だった。
けれど、あの状況でそれを聞くことがどんな状態になるのか。「あと2時間あるのか」「もう2時間でいいのか」そのどちらかから生まれる感情が身体を支配するだろう。
ただ痛めつけたり強い言葉だけで脅すだけではない。精神的にも肉体的にも追い込み徹底的に反抗心を奪い、「逆らえない、逆らってはいけない」という認識を確立させる。
「ドッピオ、君は優秀な若者だ。他人の手を介すこともできないような指令を伝える者として君ほど信頼されている者はいないだろう。これからも期待しているよ」
そう言ってドッピオの肩を叩いたペリーコロの手は、孫を思う祖父のように優しい手とも感じられた。その手は先まで闇に染められたものなのに。
「この滝を越えた先が邂逅場所だ。変わらず、着いてきてくれ」
椛が指したその先は下から見上げれば首をどこまで傾けても上が見えないような大瀑布。
ごうごうと大きな音を立てる滝壺の間近では彼女の声はほとんど聞こえない。
携えていた巨大な刀を物指しに使っているから意図は理解できるが。
「まさかこんな形で日本の滝を上ることになるなんてね……」
見慣れたものだろう彼女は気に留めることなく進んでいくが、自然の生み出した芸術を黙ってみていけるほど無感動な心ではない。
生み出す腹の中を揺さぶるような音と育みも削り取りもする勇ましい始原の源。それが今、観光地の柵などに仕切られることなく手に触れようと思えば触れられる距離にある。
もちろん触れれば自力で飛行できる身ではないので、真っ直ぐ滝壺に流されてしまうだろう。
それほどの勢いにもかかわらず、傍らで妖精が滝の中から出たり入ったりを繰り返している。
……辛くないのだろうか。
「見えてきたぞ、御山の頂点が」
「え、頂点なの?」
そんな人目の付きそうな所に――
そう言いかけた口が、開いたままになる。
未開の山を抜けたその先にあったものは、その場にふさわしいとも思える荘厳な建物。
その建物に向けた一つの石畳の道、その最奥に佇む鳥居。
「……ここは」
「山のお騒がせさん、守矢神社よ。この神社は本殿まで行けばいろいろうるさいのも多いけど、この辺りは空白地帯。天狗も神様も目に入らない」
その先の建物から一筋黒い点が見えたかと思うと、それは一つの影となってドッピオの前に形どる。
その姿を確認すると刀を背負い、椛は敬礼する。
「姫海棠、命により外来人ドッピオの護送終了した。これより通常任務に戻らせてもらう」
「はいはいどーも」
「……あれで護送だったの?」
疑問を投げかけるが、それに答えるべき者はさっさと下がってしまった。
「いやはや、ホントによく来たね。来ないか逃げ帰ってるかと思ったのに」
「てことは、やっぱりあれはお前の指図だったのか」
指摘すると、ドッピオの前に着地し、目を細めて笑みを浮かべる。
「やり方は自由に任せたけどね。激情だけの奴には絡む必要ないし。それどころか」
少し窺うように、ドッピオを覗き込むように見つめる。
どうにもはたてのこのような視線には慣れない。
「少ししか経ってないのに……なんか変わった感じがするね。寺では猫かぶりでもしてたの?」
「……何言ってるんだ? とにかく、話にしないかい?」
「んー、まあそうね。ほら、これが例の写真」
そういうと、はたては先に見せた3つの写真をドッピオに手渡した。