【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】 作:みりん@はーめるん
ドッピオと響子の二人は雲山に抱えられ、命蓮寺の一室に連れてこられる。
部屋には先に向かった水蜜によって布団が敷かれてあり、その上へゆっくりと下ろされる。
「か、はぁ……か、はぁ……」
自分の傷跡に手を当てたまま、先ほどと変わらず苦しげな呼吸をするだけの響子。
その痛々しげな様子を、辛そうに一輪が見つめる。
「妖怪というものは総じて人間と比べ物にならないほどの身体能力を持ってる。遥かに強靭で、遥かに頑健で。
……でも、いま彼女はすごく苦しんでいる。酷いダメージを受けているの。……何故だと思う?」
ドッピオの方を向かないまま、言葉をかける。それは要因を作った彼を責める様な声ではなく、理解を求める優しい口調。
「簡単な話。相手も妖怪で、響子より強い妖怪だったから。人間が妖怪を退治する場合、対妖怪に特化したようなものでもないと傷すら負わすことはできない。
どんなに切れ味の鋭い刃でも、ただの人間が妖怪を傷つけることはできないの。それが、人間と妖怪の本来の差。
妖怪と妖怪同士だったら、話は単純になる。より強い方が勝つ。鋭い刃を持っている方が勝つ。
あなたが戦っていた相手は……それほどの差があるの、天狗という種族は」
「…………」
「責めているわけじゃあ、ないの。けれど、あまりに無茶なことをしていて……もし、あの一撃を喰らっていたのがあなただったなら、胴体が吹き飛んでいたでしょうね。
蘇生のしようもないほどの損傷で、冥界行きだったと思うの」
「……ごめん」
怒りを通り越した心配に変わったのだろう。どれほどの無茶をしているのか。どれほどの理解があったのか。
また、それとは別の疑問も持っていることを感じさせる口調でもあった。
「分かってくれたのならいいんだけれど。……はたてがあなたを嬲るつもりもあったのかもしれないけれど、それでもあなたは無事だった。
そこも不思議なの。……上脱いで、触るわよ?」
一輪に促され、上着を脱ごうとする。
「……ッッ」
自力で動かそうとするが、体に痛みが走り思うように動かせない。
それを見た水蜜がドッピオの傍らに寄り添い、脱衣を手伝う。
「痛みはあるけど、自分で動かすよりかは痛くないはずよ。手を前に出して、そのままでいて。私がそのまま引っ張るから」
「……ありがと、つッ!」
水蜜に促されるまま、上衣を脱ぐ。
切れ目の入った服の下には網がかった肌着。それも共に脱いでいく。
はたてに加えられた一撃は、ドッピオの脇腹を青く染めていた。
「うわ、いたそ……でも、これだけなのよね。不思議」
「さっきからそういうけど、これだけなのがそんなに気になるの? これだけっていうには十分痛いんだけど……」
水蜜も一輪と同じく、外傷に対して意外そうな反応を見せる。
その傷痕を一輪は指一本で優しくなでるように触れる。
「……うん、うん。強打による肉の損傷。骨は……折れては、いないようね。姐さんなら何とかできる範囲」
「うーん、やっぱり。あの勢いでまともに入ったからえぐり取られててもおかしくない一撃だと思ったんだけど」
「え、そこまでだったの!?」
「そう。どれだけ頑健なのあなた。さっきも一輪が言ったようにはたてが遊んでただけかもしれないけどさ」
触診する一輪と、説明する水蜜。二人ともの疑問は最後の一言に集約されていた。
常人と比べての高い頑健さ。確かな一撃が入っていても不思議とそれに耐えうる身体。
上衣を脱いだその肉体からは、とてもではないが想像できぬほど。そう思えるほどには彼の身体は華奢であった。
「そう言われても……自分がそこまで強いとは思ってはいないよ。男としてこういうのはアレだけど」
「うん。今触ってみてもとても鍛えられた身体とは思えない。年相応、それよりか細い位で、特別筋肉がついているわけじゃない。尚更不思議よ、外傷が小さいことはいいことなんだけど」
「だよねだよね。渡ってくる人たちっていうのは変に力を持ってくるから渡ってくるのかな?」
「…………僕には、特に変わった力とかはないよ」
「? まあ、あちらから迷い込んでくるのは八雲の手引きか網に掛ることくらいだろうからね。そればっかりは検証を挟まないと断定できないわよ。それに、今考えることではない」
「そーだけどね。ありがと、また横になるよ。頭支えてあげるから力を入れないで体を倒しな」
ドッピオの肩を抱き、もう片手は頭に添える。水蜜の言葉通りに体の力を抜いて全てを委ねる。
丁寧に枕まで頭を下ろし、視界はまた水平へと戻った。
隣には響子が変わらぬ様子で苦しんでいる。
「ねぇ、響子は診ないのかい?」
「えぇ。診ない。私には診れないのよ」
「診れない……?」
一輪は何もできないことを歯がゆく思い、唇を噛む。
「妖怪の身体は人間とは違う。だから治し方も違う。そもそも、妖怪は身体を損傷しても自然治癒に任せることの方が多いから、他の治し方を知らないことの方が多いの。
響子も同じ。ヤマビコの身体の治し方はヤマビコくらいにしかわからない。私には……どうすることもできないの。彼女も、分かっていると思うわ」
「……そう、か」
「私は元々人間だったからあなたの身体がどうなっているかはわかる。けれど、妖怪になったからといって他の妖怪の身体まで詳しくわかるわけじゃないの」
「だから、妖怪のお医者さんみたいなのが重要がられてるんだよね。竹林の医者」
「なんだって、そういうのいるんじゃないか! なら早くその人に、てっ」
「あーもう、動かない興奮しない。大丈夫だって。一輪も不安にさせすぎ!」
思わぬ言葉に体が動き、痛む。
それを諌めた水蜜は一輪にも注意をする。
「そうね、ごめんなさい。とりあえずここでは大丈夫よ、響子も、ドッピオも。安静にしてそれを治す手段がある。命蓮寺にはね」
「直接的に治すわけじゃないけど、自分の回復力を高めるとかいう魔法。だから、さっきから聖を待ってるのさ」
二人を運ぶ際に、星は二人に指示しその場を離れた。
今彼女がいないのも、それが理由。
「ある程度経ったしそろそろ来るんじゃないかな。準備も終わっただろうし――」
「お待たせしました!」
騒々しく襖が開かれ、そこには星と、彼女に手を引かれた白蓮。
「ちょっと、星。そんなに荒々しく入っては二人に迷惑でしょう。あなたはそういうところがそそっかしいんだから」
「う、すいません聖……もう二人が心配で心配で。ああ、もっと早くに止めればよかった恰好つけずに変なこと言わないで、そうすればこんなことにぃ」
「寅、うるさい」
「はぅ」
慌てふためき、気もそぞろな彼女に突っ込む水蜜。
対照的に落ち着いた様子で、白蓮はまずは響子に寄って行った。
「はひゅー……は、ひゅー……」
「…………」
響子の身体に手をかざし、静かにその手を全身をなでるように動かしていく。
一通りすると、巻物を取り出して自らの眼前に掲げる。
この一連の所作は、傷ついて泣いている子供を優しくなで、あやす母のような、そんな様子に見えた。
そして、掲げた巻物から奇妙な文様が浮かび上がる。それが白蓮と響子の周りを包む。
その文様は緩やかな淡い光を放ち、ゆっくりと辺りを回ると響子の患部である腹部に吸い込まれていく。
「あれが、魔法?」
「その通り。聖は身体強化の魔法を得意としている大魔法使い。その力は普段は自らの強化に使用しているけど、その気になればああいう風に他人に応用することもできる。
黒白のただパワーだけを追求したものじゃあない、何よりも繊細で優しい力だよ」
集中して、ぶつぶつと小さく呪言を唱える。その横顔には一筋の汗が垂れる。
それを拭うこともせず、一心に治療の魔法に専念している。
やがて、巻物から浮かんでいた文様が全て腹部に入り込むと、白蓮は立ち上がり、袖で額を拭う。
「やりました!」
すっごいやり遂げた表情。
「終わりましたか!」
「さすが姐さん、私たちではできないことを平然と成し遂げる!」
「そこに痺れる! 尊敬する!!」
「え、何このノリ」
魔法が成功したのだろう、それは雰囲気でわかるが急な周りの持ち上げ具合にドッピオは追いつくことができない。
まだ治療対象が残っているのに、終わったかのようなその空気。
「ひゅー、ひゅー……」
「あと6時間ほどすれば自然と目が覚めるでしょう。その時はたっぷりの粥と汁を食べさせてあげてください。治癒の一環で熱が出るかもしれないので、村紗は響子について対応してあげてください。
次はドッピオ、あなたですね」
「あ、はい」
くるとこちらに振り向き、同じように傍らに寄り添う。
先ほどから脱いだままの上半身を、響子と同じように手をかざして全身をみる。
その手のひらからは、何かじんわりと暖かいものが体の中を通っていく感覚があった。
そして、全身を見おわると、自らの膝の上にドッピオの手を取り、その両の手で包む。
「……あの、何か? 別に手は痛んでないし、もっと酷いところはあるけれど……」
できればすぐにでも治療してもらいたい。
そう思っているが、してもらう手前そこまでは言えない。
白蓮はドッピオの手を包み、愛おしい物のようにさする。その表情は柔らかい笑みを浮かべている。
だが、どこか奥が知れない微笑み。自分の知らない何かを知っていて、それを嘲るような気味の悪い笑みにも感じられた。
「……ッッ」
反射的に手を引こうとするが、どこにそんな力があるのか全く動かすことができない。
白蓮は、ドッピオの手をとったまま、上半身を屈めて顔を近くまで寄せる。
「なんて、かわいそうなんでしょう。何も知らないまま、届かぬものに手を伸ばし続けることは」
「……離せ」
鼻と鼻がつきそうなほどに顔を近づける。表情は変わらぬまま、囁くような小さな声で、子をあやす様な優しい口調で語りかける。
「なんて、愚かなんでしょう。見えない目のまま、手探りで進む姿を見つめられるということは」
「……離してくれッ」
抜け出そうとするが、手を固められて動かない。無理に動こうにもその力を痛みで出しきれない。それでも。
「それでも、あなたは歩み続ける。強い意志を持ちながら。道は違えどその姿、まるで――」
「離せェッ!!」
渾身の力を持って引きはがそうとする。
それに合わせたか、白蓮が手を離しドッピオはあっさりと束縛から抜けだし、その勢いは止められず布団を転げる。
「え?」
「ちょ、何やってるの?」
その身体を一輪が受け止める。
相当力を込めたからか、勢いはそれなりについてぶつかった。
だが、特に体に走る痛みは感じられない。
「あ、あれ……?」
「どうやらあなたの方は思いのほか大きな怪我ではなかったようです。少しの休憩を挟めばすぐに完治するでしょう。
何か、怖いものでも見ましたか? 初めての魔力通過を体験して、体が驚いているのかもしれませんよ」
にこにことたおやかな笑みを浮かべながら白蓮は経過を話す。
表情こそ変わらないがそこには先の気味の悪さは感じられない。
「え、姐さんそんな効果なんてありましたっけ? 聞いたことないんですけど」
「私も能力の無い者にこういった力を使ったことが初めてです。大丈夫だとは思いますが」
……違う、そうじゃない。
そう言ってやりたい気持ちを押さえ込む。
けれど、きっと周りはそれを理解しないだろうから。
現に、ドッピオに対して行った行為を誰も追求しようとせず、周りはまだ眠る響子に対しての準備を始めている。
自分の心音がまだ高く体を揺らしている。得体の知れない恐怖に、まだ体も心も落ち着かない。
「そう言うことだそうなので。ドッピオ、あなたも少し休んでなさい。朝食はもう食べた? 軽いの作ってくるから、もうしばらく寝てなさい」
「……わかった。そうさせてもらうよ」
脱いだ上衣を再び着込み、布団へ横になる。
「すぅー……すぅー……」
「でもホントよかった無事で、自らの私利で信徒にこれほどの傷を負わせてしまい、これで再起不能なほどであれば私は何で詫びればよかったのかと、ああいえ自分の保身を考えていたわけではなくて今も代償を」
「寅、うるさいって」
「はぅ」
隣の布団で響子を挟み、誰にともなく謝罪している星とそれを適当にあしらう水蜜。……最初の威厳などどこにもなく。
少し休むには騒がしすぎるが、体に疲労は残っている。少しの休眠を取ることにした。
「ねぇ、起きてる? ねぇ」
小さく聞こえる声。
浅い眠りだった意識を取り戻すにはそれで十分。
「もう大丈夫、なの?」
その声の方に振り向く。
隣の布団からは、体を起こしてこちらを見つめる響子の姿。
まだ少し体は痛むのか、顔色はいつもの様な明るい状態ではない。
手は腹を押さえており、違和感が残ることを表している。
「うん、いくらかは大丈夫。……迷惑かけちゃったね、ごめんなさい」
その顔は、自分が原因で相手を怪我させてしまったことを悔いる、本当に申し訳なさそうな顔。
「そんなことはないよ。それに、君の方が大きな怪我をしている」
「だっ、大丈夫だよこれくらい! ……てて」
声を張るが、それで力が入るからだろう。顔を歪めて強く腹を押さえてしまう。
「無茶しないで、僕だって大丈夫だから。横にならないでいいのかい?」
「うん、一言、ちゃんとお礼が言いたくって」
そういうと、少し布団を這い出し、しっかりとドッピオの方を向く。
「私が勝手に出てったんだけど、そのあと攻撃された後、私を心配してくれたよね。私の為に怒ってくれたよね」
「ありがとう」
にこやかにほほ笑む少女。自分への思いの精一杯の返却。
「……ッッ!」
ドッピオの頭に一瞬ノイズが走る。
目の前が歪んだかと思うと、脳裏に走る似た笑みを浮かべる少女。
薄い青の髪、同じ色をした右眼、赤い左眼。
そんな見たことの無いはずの情景。
金の髪、燃え尽き燻る炭にまだ宿るような火のような、暗い赤の両眼。
精一杯の感謝を伝えたがる、無垢な瞳たち。
「……? どうしたの?」
「いや、なんでもない。まあ、無事ならそれでよかったよ。僕には、あいつに結局何もできなかったから」
「え、そうなの? ……どうやって追いやったの?」
「あー、まあいろいろと」
なんだか説明もしづらいし、適当にはぐらかす。
その様子を不思議そうに眺めていたが、くすりと少し笑うと再び響子は横になった。
「私、自分がダメだなー、とかは元々あんまり思わないけど、他人を巻き込むとやっぱり心に来るもんなんだね」
「誰だって、そういうものじゃないかな。僕もできるのなら他人をそんなに巻き込んで何かやるのは嫌なものだし」
「そっかー。お寺の教えもよくわかんないけど、そういったものなのかな。みんなそうなのかな」
「教えも、っていう部分ではよくわからないけど。みんなそうなんじゃないかな。誰だって、自分の事に他人を大きく巻き込むのは嫌じゃないかと思うよ」
とりとめのない会話を続ける。
響子もそうかそうか、と一人納得したように相槌を打つと、ドッピオに軽く手を振ると布団を深く被った。
「……行くかな」
無事を見た。治療も済んだ。もはやここに留まる理由は自分にはない。
周りが留めるだろうが……それならば、静かに出ていくのが一番だろう。
起こさないよう、静かに布団からはい出る。
隣の布団を通るときに顔を見るが、僅かに見える隙間からは眠っているような表情は見れる。
だが歩くたびに軋む床から、その犬のような耳は聞き取っているのかもしれない。
それでも、彼を止めずに静かに寝息を立てていた。
「行かれるのですか」
外へ向かう襖を開けたその先に、星が佇んでいた。
先の様な情けない姿ではなく、怒っているような悩んでいるような難しい表情を浮かべている。
「元々止まる気はなかったからな」
無感情に言い放つ。無理に考えを挟ませれば、それを察知し余計な口を挟まれる。
それをするほど愚かではない。それくらいはわかっている。
「見抜け」
いつもの言葉を口に出すと、それを止める者はいないからか。いつも通りに雲が出る。
まだ数回しか使っていないが、彼はもはやこれを日常と化していた。
「もはや止めることはできないでしょう。……死に行くわけじゃあないですし、本気で止めるわけではありません。その顔を、見たかっただけです」
そういうと、横にずれて道を開ける。
「忘れないでください。あなたはもう一人で歩いているわけではないと。歩くために、誰かの手を借りていることを。あの時、聖と何を話していたかはわかりません。
けれどおおよその予想はつきます。そして、その予想だけで私は動いている。きっと、その予想は間違っていないのでしょう。あなたの今朝と今とで、私は確信しています」
確かに、自分の考えに納得が入っている、迷いの無い言葉だった。
「そうか……そうか。わかった」
一瞬振り返る。
その時、星は声をかけたことを後悔するほど、言い知れぬ感情を身に受ける。
「覚えておく」
そのような感情を向けられることは初めてではない。聖白蓮を悪とみなし、討ち取ろうとするものを撃退したこともある。
それ以前に、崇めている物こそが悪とみて、自らに襲いかかってきたこともある。
そういった者たちが相手に込める感情。
「あなたは……あなたは一体、何者なんですか? その少年と、あなたは、一体……」
星を半歩下がらせるのには十分な威圧。
言葉も、何も返さず、そのまま雲に乗り込む。
「妖怪の山を目指せ」
時間だけが、何の感情も抱かず動いていた。
ディアボロは思考する。
ドッピオの中で、表に出ていないときは直接見聞きできているわけではない。それと近い何かを感じているだけだ。
それでも、ドッピオが気づかない物でもディアボロなら気付けるものがある。最強の暗殺者にいち早く気付くことができたのもそのためだ。
ディアボロの意識が目覚めているのなら、ドッピオの時に感じた物を把握することができる。
逆に、ドッピオはディアボロの身体で起きたことは何も把握していない。
当然だ。ディアボロが表に出てきているときは、ドッピオは深い眠りについているようなもの。意識は無いに等しいのだから。
あの一瞬、ディアボロの記憶の中だけにあるものが、ドッピオにも蘇った。
確かにあの顔を見たとき、小傘の表情がディアボロにも思い浮かんだ。
だが、特に強く連想するものを見たときに、自分しか知らない物までドッピオが思い浮かぶことはなかった。
これが何を意味するか、それは今はわからない。が、忘れない方がいいことだろう。
ここで起きた初めては、すべて覚えておくに限る。
そしてもう一つ、見たことの無い記憶。自らの記憶にない金髪の少女。
死に行く全てを覚えているわけではない。……覚えていたら、発狂してしまうだろう。
しかし覚えているものももちろんあるわけで。その中にはないというだけの事。
それでも、金髪赤眼など、現実にはありえない。
先の天狗は1週間前に自分を撮影したと言っていた。自分が幻想郷に来たと理解したのは2日前。
本当はそれ以前から幻想郷に存在しており、そのまま死を繰り返していたのかもしれない。
真偽はわからぬ。それに繋がるものかもしれない。
ディアボロは試行する。
ドッピオは完全に行使していたキングクリムゾンの腕と、エピタフ。
今は完全に表に出ているわけではないが、意識を表に出しているときはスタンドを使用できる、はず。
「……」
傍らに浮かぶ、薄くささくれたようなその姿。全てを制することのできる王の力は未だくすみが浮かんでいる。
『画面』に二人の妖精が、楽しそうに空を飛ぶ。
そちらに目をやると、確かに二人の妖精が、同じように空を飛んでいた。
問題なし。
あの時に見えた予知は、確かなものだった。精神が高ぶる危機的状況は人間を強くさせる。
それと関係ない平時でもそれが見えるのなら問題はない。
時を吹っ飛ばす力は、今誰かに気付かれてもつまらない。試すべきではないだろう。
姿をそのままに、表の人格を出していた状態を解除し、ドッピオの人格を表に出す。
「……?」
今ボスが傍らにいたような。
そう思って辺りを見回すが、特に何もない。
なだらかな草原は人里を超えるとまばらに木が生えて、人の通りが少なくなっていくのを嫌でも感じさせる。
その前には巨大な山が視認できる。
何百、何千年と人を寄せ付けず、自分の力だけで生きてきた。
そんな自然の力を感じさせる、天然の山。
「貴公か、ドッピオという外来人は」
その山を見る視線の先に、空を飛ぶ一人の少女。
かなりの距離があるが、それでも装備がはっきりと見て取れる。
右手には体と同じほどの大きさの大剣、半身を隠す紅葉の文様が描かれた盾。
「わが名は犬走椛。烏天狗、姫海棠はたての命により、貴公の山の案内と監視を務める者だ」