【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】   作:みりん@はーめるん

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―風に流れる諧謔曲のように 2―

「外でドンパチ聞こえると思ったら……これは一体どういうこと?」

 

 堂の入り口から、水蜜が顔を出し外を眺める。

 朝の平穏な時間が響子の声で破られたかと思ったら、今では昨日人里へ、神社へと向かったドッピオが天狗と相手をしている。

 あの人間が幻想郷の中の者だったとしたなら適当に観戦を決め込むつもりだったが、外の人間ではそうはいかない。

 

「私も成り行きはよくわからないけど……ドッピオが組み伏せられて、怪我してそうなところまでは見た」

 

 同じく、一輪が割烹着を身に着け、箒を持ったまま現れる。だが、片方の手にはいつもの金輪を握って。

 

「ふーん。どっちにしろ、ここで騒ぐんならとっちめないとね」

 

 水蜜が腰に下げてる柄杓を手に取り、余った左手を大きく前に振るう。振るわれた手には、本来は海で船を繋ぎとめる錨が現れた。

 それを事もなげに掲げ、一輪の方に向かい、

 

「行きましょ、一輪。抜錨ッ」

 

 飛び出そうとした水蜜を遮る一本の鉾。

 見れば、外には先に出ていた星の姿。

 

「この勝負、私に判断を預けてもらえないでしょうか」

 

 後ろに居る二人には顔を見せないまま、凛とした声だけを見せる。

 星は生真面目であり、冗談の類は自分から話さない。ふざけているわけではなく、本気なのだろう。

 

「何言ってんの、あの子はただの子供でしょ!? 天狗相手にふざけたことを言ってられないのはあなたでもわかるでしょ!」

「いいえ」

 

 水蜜が怒声を返すが、それに対しても同じように毅然とした態度で返す。

 

「……どういうこと? 妙な所はあるなと思うけど基本は小心者よ。とてもじゃないけど、変わった力を持っているとは思えない」

 

 一輪も態度は違えど心持ちは同じなのだろう。臨戦態勢のまま星に問い返す。

 

「……それについては、今は話せません。もしかしたら、これからも話すことはできないかもしれません。私から言えることはここまでです」

 

 遠回しにしか伝えられない。それが、彼女の付ける偽り。

 星は白蓮から聞いている。彼の力を話さないでほしいと。特に、彼ではない姿の事を。

 直接それとは関係ないかもしれない。が、星とナズーリンだけが知っている。妖怪の体を十分に傷つけることのできる威力を出せる攻撃力、妖力の篭もったペンデュラムに耐えうる防御力。

 その二つを知っているナズーリンは大層彼を不審がり、今も信用していない。姿を見せてないから本当に信用していないかはわからないが、長い付き合いだからそういう思考は大体わかる。

 もちろんそういう思考に至るのもわかる。多大な力を隠したがるのは、簡単に言ってしまえば素性を知られたくない者。

 無償で命を救いだしてくれた相手にさえも話したがらないのは、それが知られることが致命的だから。……それは、知られることが死に繋がることだから。

 それはすなわち悪。自己ではなく社会にて悪と呼ばれるもの。罪として認識され、可能であれば断罪されるほどのもの。

 それを貫き通すべきと考えるものなら、逆にそれを高く掲げるであろう。誇示するように。周知に知らしめるように。

 ……それをしない彼が今、せざるを得ない状況になっている。

 

「だからこそ、私は今ここで彼を見極めたいのです。もちろん、どんな結末でも手を出さないというわけではありません。寺に被害が出るようであるなら、私が出ます」

 

 それを言われると、二人は構えを解き、武装を収める。寺の最高権力が出るのならば、自分たちは手出しは無用だろう。

 そして、彼女からすれば『お願い』であるが、それは『命令』とほぼ変わらない。

 

「……もう。周りの評判もあるんだから、早いところ決めちゃってね」

「すみません、村紗、一輪。ご迷惑をかけます」

 

 それでも、自分たちも気になるからか、戻ろうとはしない。入り口では変わらず星が外を見つめ、その陰から二人は窺う形となっていた。

 

 

 

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「先ほども言ったけれども」

 

 はたてが口を開き、余裕ぶってしゃべりだす。

 

「ここでは基本的には弾幕ごっこで事を収めることが多い。だけどあなたはどうやらそれができないように見える」

「……それで?」

「ゆえに、あなたの定めた規律に則ってあげましょう。あまり無茶なことを言うなら問答無用に行くけれど」

「なんだ? ずいぶんな気前じゃあないか。一体どういうつもりだ?」

「あたりまえじゃない。こっちがその気ならあなたの手の届かない空から適当に弾打ち込むだけで終わるのよ? そんなことをしたって、あなたの気が折れることはない。

 あくまで同じ土俵に立ち、そのうえで叩き潰す。相手に敗北感を味わわせるにはそれが一番よ。『自分の得意な手ですらあいつには勝てない』そんなあなたの顔を観なければ気は済まないわ」

「……舐めているかと思うが、それは元々こちら側。でもよォー、もうさっきみたいにはならないってこと、すぐにわからせてやるよ」

 

 特に構えはしない。だが今は彼にだけがわかるキングクリムゾンの腕。それは確かにドッピオの右腕に、まるでぶれて見える何かのように発現している。

 彼自身はあくまで慎重に、はたてに歩み寄る。だが他からみれば特に策なく間合いを詰めているようにしか見えない。

 

「はん。特に気に掛ける様子なし、か。……その調子、すぐに砕いてあげるよ」

 

 はたては再び肩を竦め呆れるようなポーズをとる。

 そして、ゆっくりと近づいてくるドッピオに向かい、彼女にとって普通の速さで詰め寄る。

 距離にして6、7歩あるその距離。

 

「!! くっ!」

 

 ドッピオの右側から、拳が顔面に向かって飛んでくる。

 緩い出だしからの、素早く間合いを詰めた一撃。緩急をつけた移動、その後の攻撃が眼前に迫っている。

 ドッピオはその攻撃を右手で受け止め、その威力を利用し自分もわざと後ろに下がるように飛び、距離を開く。

 

「あーれ、今のは見えないと思ってたんだけどなぁ」

 

 拳を振り切った後に、顔を上げへらへらした表情を見せつけるかのように言う。

 

「それに、よく止めれたねー。結構勢いつけてたから相当衝撃あったと思うんだけど」

 

 ドッピオは右手に痺れる感覚を確かに感じていた。だが、それはまだまだ余裕のある感覚。

 ……安堵と共に、先の見えぬ恐怖も感じた。

 

 やはり、強い。

 

 五割ほども出していないだろう敵の力。今ならまだ受けきれるだろうが、それがどんどんすばやくなっていったら。

 他のスタンド使いと違い、自分にあるものは片腕だけ。生身の腕では今の一撃をまともに受けてしまえば即崩壊だろう。

 

「ほらほら、ぼおっとしてる暇ないんじゃない?」

 

 はたてが止まらず攻勢をたたみかける。

 その素早い手勢を、ひたすらに防御し続けていく。

 

「ぐぅっ!」

 

 一撃、腹部に拳が刺さる。

 それによって丸まる体をはたてが追撃しようとするが、ドッピオはそれを予知しており、素早く転がって回避する。

 『予知』は絶対だ。

 たとえその予知が攻撃を喰らうという『予知』なら、もうその結果は決定していること。

 自分にできることは、痛みに耐える覚悟と、その次に取る最善の行動の準備。

 予知を見たことによって、取るべき行動をとる。その通りに動いたから予知通りの結果となる。

 予知には、それを見たことによってそれに逆らうような行動をとっても、その結果となるだろう。

 『絶対的な予知』とは真実だ。それが好転を映すまでは、耐えるべきだ。

 

「……最初の威勢はどうしたのさ? 一向に仕掛けてこないねぇ。何か、機会でも窺ってるの?」

 

 額を腕で拭き、汗をぬぐい取るジェスチャーを取るはたて。ただ動いているだけであり、余裕があることを十二分に表わしている。

 事実、構えを解き相手を直視せずに行うそれは、戦闘であればわざわざ隙を見せているだけである。

 

「……ハァ、ハァ、……」

 

 ドッピオは答えない。ただ、荒れた呼吸を整えるだけ。

 もし予知がなかったら、まともに立ち合うことすらできないだろう。

 相手が自動車であれば、自分は三輪車に乗っているような。まさしく子ども扱いされている。

 それを埋める自分の能力、相手に知られていないからこその謎。それが、今対峙出来ている要因。

 次の攻撃はどう出るか。再びなびく髪に視線をやる。

 

「……!! おい、やめろッ!!!」

 

 まだ行動には出していない。だから、止めるように声を出せば止まるかもしれない。

 否、止まるはずがない。『予知』はすでに結果を出している。

 

 

 

 

 

 私は、自分に割り入ってくれた彼に少なからずの恩を感じていた。

 その時はわからなかったけど、もしかしたらあれ以上に虐げられていた可能性があったから。

 少し臆病な気もある自分だが、そこに入ってくれた人を助けるのは仁というか人道ではないか。妖怪だけど。

 彼は今、とても苦戦している。反撃に出れず、ただただいたぶられているだけ。

 めんどくさいとはいうこともあるけども、寺の教えはわかっている。今は彼を助けることはいいことのはずだ。

 手に持った箒に力を入れる。

 

「……!! おい、やめろッ!!!」

 

 彼が、ドッピオが声を荒げる。

 私に言っているんだろう。今この場でそんな声をかけられる対象は私しかいないから。

 どうしてそんなことをするんだろう。そんなことをすれば相手に気付かれてしまうのに。

 けれど、それでもいい。2対1なら、この天狗にも勝てるかもしれない。なんだかんだ言ってるけど、酷いことやってるのはあっちなんだから!

 

「ん~~~~~!!」

「ん?」

 

 振りかぶった箒を渾身の力を込めて相手の頭に目がけて振り下ろす。

 黒白お得意の箒プレイだ。それに、後ろに目があるわけじゃあないんだし、避けられないに決まってる!

 

 

 

 

 

 背後から箒を振り上げ、響子がはたてに襲いかかる。

 その後の様を、ドッピオは分かっている。

 だから、止めたのだ。ダメだとわかっていても、声は出てしまう。

 

「やあっ!!」

 

 箒は寸分違わずはたての頭に振り下ろされる。

 当のはたては、特にそちらに目もくれず素早くしゃがんでそれを躱す。事もなげに。

 

「邪魔」

 

 そして、しゃがんだ状態から全身をバネとして使い、強烈な力の篭もった蹴りを後ろに見舞う。

 

「がぁっ……、けあ、はぁ……」

 

 その蹴りは、履いた下駄の一本歯が響子のみぞおちに見舞われ、深々とめり込むほど。

 離れていたドッピオにも、その衝撃で体中の空気が口から漏れ出てくる音が聞こえてくるかのようだった。

 一瞬、時間が止まったのかもしれない。蹴りの瞬間の二人。それを見るだけしかできないドッピオ。

 わかっていたのは彼ひとり。それが映し出された『予知』。

 その一瞬を照らし合わせたのを確認したかのように、時が再び刻み始める。

 響子は捨てられたボロ人形のように吹っ飛び、後方に落ちた。

 

「てめええええええええええぇぇぇ!!!!」

 

 咆哮し、一気に駆け寄り拳を振りかざす。

 それを確認すると、微笑を浮かべて手をくいくいと動かし挑発行動をとるはたて。

 

「仕掛けさせるなら最初からこうやってればよかったかもね。自分で言いだした手前あまりやろうとは思わなかったけど。

 まさか、あっちから仕掛けてくれるだなんてね。最初に言った通り、私から仕掛けてないんだから正当だよ」

「何言ってやがる! あいつは関係なかっただろうがよォーッ!!」

 

 激情に駆られたドッピオの、あまりに真っ直ぐな攻撃。

 はたては上体を反らしてそれを避けると、そのまま後ろに倒れるかのように身体を倒し、その勢いで右足を振り上げ、拳を振るいガードの開いた右脇腹に蹴りを入れる。

 しっかり予知を見ていれば躱せたかもしれないその一撃は、ドッピオの体にめりめりと悲鳴を上げさせるに十分な一撃。

 その蹴りの勢いでドッピオは倒れる。はたてはそのまま後ろに手をついて後転し立ち上がる。余裕の表情を浮かべながら。

 未だ、ドッピオははたてに一撃ほども喰らわせていないのだから。

 

「ぐぐ、てめぇ……」

「さっきからそれしか聞いてないんですけどー? 啖呵切った割にはその程度だなんてあんまりおもしろく……ん?」

 

 瞬間、はたての周りに影が覆ったかと思うと、巨大な錨が降ってくる。

 それが轟音を立てて参道の石畳を破壊すると、続けてその錨を投擲した者だろう。水蜜が同じく巨大な錨を携えてはたて目掛けて振り下ろす。

 はたてはそれを回避するが、反撃に出ることはできない。

 回避をしたその先を追うかのように、水蜜は錨の前方へ飛んでは回転、錨を振り上げはたてに目掛け叩きつける。

 

「ちょ、ちょっとちょっと! わ、ったった」

 

 ドッピオのそれとは全く違う攻勢にはたてもたじろぐ。

 水蜜の表情は先のドッピオと同じく怒りの一色に染まっている。

 

「村紗、もうやめなさい。ドッピオ、はたても」

 

 本堂の方から声が聞こえる。威厳を備えた、澄んだ声。

 右手に宝塔を携え、左手には自分の身長を超える鉾を構えるその姿。

 

「最初の経緯は詳しく見ていたわけではありません。ですが、これ以上ここで迷惑を起こすようならば寺のものとして、あなた達を罰さなければなりません

 もはやあなた達の行動はどちらが善かどちらが悪かでの範疇を越えている。それでも続けたいというのであれば、この寅丸星が相手を致しましょう」

 

 それは通告。ドッピオだけで見ればもうやめろで済む。

 しかしはたてにはそれだけじゃない。

 はたては妖怪の山に住む天狗たちの組織の一員だ。そして、非常に排他的であり内にも外にもその目は厳しい。

 新聞記者として外に飛び回り、様々な人妖に話を聞きまわるはたて。その者が命蓮寺に迷惑をかけ、さらに敵対行動をとったらはたてがどういう扱いを受けるか。山の天狗はどう動くか。

 ……それを踏まえたうえで。はたてはやれやれといった感じで肩を竦める。

 

「何度も言うけど、私からは何もしていない。全ては受け身の対応。けれどやりすぎたことには変わりなし。

 ここはその非を認めて引き下がることにしますわ」

「ッ、あんたねぇ、それだけで済むと思ってるの?」

 

 口ではそう出るが、所作には謝罪の意が全く含まれていない。

 それに反感を感じ、水蜜が口をはさむ。

 

「済むと思っているよ。済まないのはあんただけでしょー? 寺のトップがそう言ったんだし、あとはあの子がそれで納得すればいいのよ」

「ん~~!!」

「ここはそれで納まってくれ、村紗」

 

 納得のいかない表情の水蜜に対して、ドッピオは冷静に返す。顔は伏せたままで、その表情はわからない。

 攻撃の受けた脇腹にはまだ痛みが走っている。骨の一つや二つ、ヒビが入っている可能性がある。

 戦いは続けられないだろう。それでも、続けるものは一つある。

 

「力比べでは僕の負けだ、完全に。そこは認めよう」

「おん?」

「だからここからは交渉だ。……僕とてその写真の男について知りたい。そして、君も写真について知りたいんだろう?

 それを、どこかここではない場所で話したい。誰からに聞かれてもつまらないだろうし、ここでは冷静には話し合えないだろうからな」

 

 まだ顔は上げない。

 そんな状態のドッピオを、呆けている者を見るような眼ではたては見つめる。

 

「……なんで、敗者の提案に乗らないといけないわけ? どう見ても私があんたに勝ってたでしょうが」

 

 当然の返答。声色を一層低くし、不快だという態度をありありと示している。

 そんなはたてに対して、

 

「なら勝負は続行だ。さっきの発言を撤回して戦いを続ける」

「なっ、ドッピオ、何を!」

「今はまだ、一輪や星たちが横槍に入っただけだ。まだ終わっていない」

 

 顔を上げ、右手でまっすぐに相手を指す。

 先ほどの一撃が腕を動かすことで刺激されるが、それをものともせずに。

 二人の間に立とうとしていた星が、思わずドッピオの方を振り返り、そちらに寄る。

 

「今私が言ったでしょう!? これ以上の戦いは私が認めないと!」

「……だそうだ、天狗。僕が戦おうとすれば、その戦いを止める者がいる。僕の交渉に乗らないのならば、戦いを挑み、敗れる。お前は知りたいことを手に入れられない。

 乗ってくれるのであれば、互いに利益が出る。今は、そういう状態だ」

 

 制止する星を無視し、堂々とはたてに宣言する。

 一歩、痛みが走る体で、ふらつく足取りで、前に進む。

 その前を、星は手を広げて制止する。

 

「何を……何を言っているのですか!! 既に傷ついているあなたをこれ以上戦わせるわけにはいきません!

 何より人間と妖怪が弾幕ごっこではなく生身で戦いあうだなんて、愚かしいにも程がある! 死ぬかもしれないのですよ!?」

「うるせえぞ!! だから何だってんだ!? お前らが勝手に割り込んできただけだろーがッ!! 善者ぶって邪魔すんじゃねーぜ!

 それに、あっちが素直に聞いてくれればお前らの思惑も通るだろうよ、黙って見ていることもできねーのかッ!」

 

 突然の豹変。星にとっては再びの豹変。

 一輪も水蜜も、はたてもそれには一様に驚きの表情を出す。

 今回は急の一撃はないが、それでも彼が何をしでかすかわからない。わずかに体に緊張が走る。

 ……ドッピオの荒い息だけが、間を吹く僅かな風だけがその場を支配する。

 

 

 一拍おいて、最初に口を開いたのははたてだった。

 

「うんうん。いいねぇ、そういう啖呵。痺れるねぇ」

 

 それは、称賛の言葉。

 

「口だけだと思っていたし、実力的には口だけだったけど……芯の強さは相当ってこと、よくわかった。気に入ったよ。

 そういう鬼先輩の様な頑固なところは嫌いじゃあない。下に見るなら可愛いもんだからね」

 

 そう言うと、腰に下げていた葉団扇を取り出し、それで口元を覆う。

 葉団扇を取り出したその時から、不自然に彼女の周りに風が舞い始める。

 

「午後まで」

「……何?」

「我らの山の麓に今日の午後までは私の遣いの者を置く。もし被写体の話をしたいのなら午後までに山まで来なさい。今ここでゆっくり話せそうな雰囲気ではないしねー。

 それを過ぎたら話はなし。いい、私はあなたを測っているのよ」

 

 一方的に喋りつくすと、一瞬の屈伸後、突風が巻き起こる。

 その突風と同時に、彼女は飛び出していった。

 

「見抜けッ!」

 

 それを追おうと、ドッピオは叫ぶ。しかし、いつも通りに展開されるはずの雲が、この時は現れない。

 顔を上げる。その先には金輪を掲げてそれを制する一輪と雲山、そして雲山に抱えられている響子の姿。

 その顔は苦悶に歪んでいる。後に引く苦痛が顔を歪ませているようだ。

 

「……落ち着きなさい、ドッピオ。何があったかわからないって私たち何度も言っているでしょう?

 ……怪我人もいる。あなたも怪我をしている。少しはそれを治してからでいいんじゃない? 時間はまだあるんだから」

 

 そういうと、雲山の腕が伸びてきてドッピオの体を包む。

 移動に負担がかからないように持ち上げようとしているのだろう。体を上方に引っ張り上げる様な浮遊感が周りを包む。

 

「……」

「響子は無事よ。……けど、しばらくはお休みね」

 

 蹴飛ばされた彼女は苦しげに「けぱっ、けぱっ……」と息を吐いている。顔色も青く、しばらくは動けないだろう。

 作り出したのは自分だ。それに対する罪悪感はないというわけではない。

 

「……わかったよ。今は休む。だけど午後、山に着くくらいには解放させてくれ。……どうしても、知りたいんだ」

「それは、その、『あの人』のことですか?」

「……そう、だ。そういえば、星にはあの時に言っちまってるからな」

 

 一輪と水蜜は疑問の表情を浮かべる。

 それを確認すると、ドッピオは二人にも向かって話す。

 

「今知っているのは星だけだったし、僕も外ではあまり言わないようにしている。

 僕には探し人がいて、そしてその人はきっと僕の事を探している。……それが誰か、周りには言えない。自然と話してしまった、星だけしか知らないようにして欲しい」

「……その秘密人の為に、仲間がやられちゃってるんだけど?」

「それについては悪いと思ってる。けれど……怒るかもしれないが、僕はそうまでしてもその人の情報を得たいんだ」

 

 頼む、と最後に一言を添えて、ドッピオは頭を深々と下げる。

 それを見ても、すぐには誰も、何も言い出せなかった。

 

 


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