とある日本の離島。
雑木林の合間を縫うように作られた細い道を、一台のダンプが凄まじい速度で突っ走っている。
本来ならば間違いなくスピード違反であり、なにより危険極まりない乱暴な運転。だがしかし、運転手を勤めるブロンドの女性はそれを気にする余裕など無い。
「ッ!!」
大きな石に一部のタイヤが乗り上げたのか、ダンプが激しく跳ね上がる。
それを何とか持ち堪えると、女性はハンドルを確りと握り締めてアクセルを踏んだ。
ブレーキは掛けられない。
此処で止まってしまったら、確実に勢いが足りなくなる。
額から珠のように流れる汗を気に止める事無く、女性は片手で太腿に挟んだ無線機を操作し叫んだ。
「そっち! どうなってる!?」
『“クイーン”なら、今“アイツ”が抑えてるよッ!そっちはどの辺だ!?』
「もうちょっとだわ! 忌々しい鳴き声が聞こえた!!」
無線機の向こうから現状を叫ぶ男性に、女性は前方を注視しながら答えた。
木々が開け始め、そのずっと向こう――終点である崖の淵辺りで、大きな影が暴れているのが女性の視界に入る。
影は目測だけでも八メートルほどあり、手足は長く体は外骨格のようで黒光りしている。
顔は目らしき部分が見当たらず、頭部は後方に伸びて刺々しく広がり牙は剥き出し。
長い尾を振り乱し、獰猛さが滲み出ているそれはどう見ても禍々しい怪物で、どう見ても地球上の生物では無かった。
その体には幾重にも鎖が巻きつけられて杭を穿たれており、その上から更に巻きついたワイヤーは怪物の動きを阻害し続けている。
そしてその背に取り付き、怪物に巻きつけたワイヤーを力任せに引き絞って振り解かれないようにしているのは人型の影。
三メートル近くはあろうかというがっしりとした体躯に、戦いで薄汚れている鎧と白を基調とした和服のような衣類を身に纏い、顔には半壊したマスクを被っていた。
確かに人型だが、“彼”も間違いなく地球人類ではない。
怪物との戦いで受けた全身の傷からは緑色の血液が流れ、取り返しのつかない傷も幾つかある。
「きたぞォォー!!」
離れた木々の上に登っていた軍服姿の男性が、白装束の異形に向かって叫ぶ。
男性の言葉通り、雑木林の中から先ほどの女性が運転する一台のダンプが崖目掛けて疾走していた。
ここまで、手筈通り。
ダンプの女性も木の上の男性も、白装束の“彼”を見た。
半壊したマスクから、金色の瞳が二人を睨み返した――少なくとも、二人はそう感じた。
金色の目は、作戦に変更は無いと、そう言外に語っている。
ダンプに気づいた怪物が牙を剥こうとするが、異形はそうはさせまいと怪物の背に槍を突き刺した。
女性がアクセルを更に踏む。
崖まで数十メートルのところで、女性は持っていた無線機を足で無理矢理アクセルに固定し、ドアを開けた。
気合の掛け声と共に、女性が運転席からそのまま飛び降りる。
既に木から下りて駆け寄っていた男性が女性を受け止め、その勢いで背後の草むらへボールのように転げていった。
無人となったダンプはトップスピードのまま、怪物へ正面衝突を果たす。
動きを抑えられていた怪物は踏ん張る余裕も無く、ダンプに押し切られそのまま崖下へ放り出された。
「■■■■■■ッッ!!」
ダンプごと落下しながら形容しがたい叫び声を挙げる怪物の背で、共に落下する異形が微かに笑う。
これだけで怪物を倒せる、などと思ってはいなかったのだ。
白装束の懐からこぼれ掛けた歪な丸いピンク色のマスコットを右手で危なげなく掴みとり、異形はそれを一瞥して確りと握り締めた。
異形が自身の左腕を虚空へと突き上げ、咆哮する。
その腕に取り付けられた薄べったい機械のモニターに表示されていた赤い電子文字が――自爆装置のカウントダウンが、ゼロを意味する文字を表した。
異形の視界が、閃光の白に染まる。
左腕の装置が起爆し、その爆炎はダンプのエンジンに着火して更に大きな爆発を起こす。
辺り一体が真昼のように明るくなり、それと同時に地響きするほど派手な爆発音が遠くまで響き渡った。
草むらからよろめきつつ出てきた女性と男性が、爆炎を見つめる。
「……終わった、のか」
「……ええ」
決死の作戦により起こされた爆発は、怪物を粉々に打ち砕いた。
怪物の背に取り付いていた異形もろとも。
二人は戦いの終わりを悟ったが、払った犠牲があまりにも大きいことを痛感した――
そこから数キロほど離れた場所に建つホテルには、沢山の人が集まっていた。
ホテルは緊急の避難場所とされ、島中の人々が不安そうに過ごしていたのだ。
「ねぇ、今の」
爆発音を聞いた住民たちが窓の外を見てざわめいている傍らで、窓に張り付いていた男の子と女の子が、隣に居た老婆を不安そうに見上げた。
「おばあちゃん、今の、どっかーんってなったの、■じゃないよね?」
「■、悪い怪獣やっつけて帰って来るんだよね?」
今にも泣きだしそうな幼子を見つめ、老婆は沈痛な思いを胸に抱く。
「……■なら、きっと悪い怪獣をやっつけられるよ」
幼子たちをそっと抱きすくめ、自分にも言い聞かせるように老婆はそう呟いた。
後ろに居た幼子の父親と母親も、表情は優れない。
老婆と同じように、薄々悟っているのだ。
戦いに出た異形……新たな家族が、もう戻ってこないことを。
過ごしたときはたった一ヶ月でも、彼ら一家は異形を間違いなく家族と認識し迎え入れていた。
老婆が仕立てた白装束を、異形が受け取って着込み戦いの地に赴く時、別れる前に見た背から覚悟を感じたのをそれぞれの胸に思い起こす。
一家はいまだ遠くで立ち上り続ける黒煙を窓越しに見つめ、静かに涙を流した。
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爽やかな風が、肌を撫でる。
爆発で生じた熱風などではなく、爽やかな草原を駆ける穏やかな風だ。
異形が重い目蓋を辛うじて開けると、二十センチほどのピンク色をした丸い物体が薄らと視界に入ってくる。
爆発の直前右手に確りと握った、あの歪なフェルト製のマスコットを…それを手渡してきた地球人類の子供二人を、異形は脳裏に思い起こした。
丁度そこへ、顔目掛けて冷たい水が緩い水鉄砲のように掛けられる。
不意打ちで食らった冷たさに、異形は思わず短い唸り声を上げた。
「ぽよぃ? ……ぽよ!」
水を掛けた犯人が、不思議そうに異形の顔を覗き込んできた。
そして異形が目を覚ましたのだと気づくと、嬉しそうに跳ね回る。
異形は怪訝な表情をして、ケコココ、と小さく声を出した。
それを聞いたピンクの生き物は無い首をかしげて、ぽよぽよと鳴いて答える。
ここはどこだ?
わかんない。
ピンクだま相手にそんな意味の応酬をして、異形はようやく半身を起こした。
起き上がったそこは、青々とした草が生い茂る平原だった。
体を確認すると負っていた筈の傷が無くなっており、鎧や人間の老婆から譲り受けた白装束も汚れが消え、破けていた箇所が直っている。
右腕の収納式鉤爪・リストブレードが付属されたガントレットも、左腕の薄べったい機械・リストコンピュータが付属されたガントレットも健在。
不思議に思いながら傍らを見ると、半壊してその意味を成さなくなっていた筈のマスクが傷ひとつ無い状態で転がっていた。
それを手に取り、異常が無いことを確かめてから顔に被る。
マスクに搭載されている視覚補助機能が作動し、異形の視界がクリアになった。
それから視覚補助カメラを赤外線モードに切り替え、辺りを見回す。
念のためモードをいくつか切り替えながら見る限り、近くに生体反応は無い。
センサーも起動してサーチすると、センサーは遠方にいくつか生体反応をキャッチした。
「ぽよ」
声を掛けてきたピンクだまに、異形は振り返る。
「ぽよ……おぼろ」
にこやかに片言で喋ったその言葉に、異形はマスクの下で僅かに目を見開いた。
おぼろ……オボロ……朧。
ピンクだまと同じ姿の歪なマスコットを渡してきた子供たちと、その家族だけが呼んだ異形の愛称にして、もうひとつの名。
「カービィ、おぼろと、いっしょ」
カービィと名乗ったピンクだまは、異形――朧の傍らへ寄り、朧の纏う白装束の右袖を確りと掴む。
(おまもりだよ)
(朧のこと、一緒にいて守ってくれるからね)
子供達の言葉を思い出し、朧は暫し瞑目した。
「カー、ビィ」
「ぽよ」
朧が片言で呼ぶと、カービィは淀みなく返事をする。
それを聞いてから朧は立ち上がり、生体反応を感知した方向見た。
カロロロ、と出立の意味で低く鳴き歩み出すと、カービィは元気良く後を付いて歩き出したのだった。
異形、もといプレデターである朧が人間の一家と出会った経緯などは、今後話の中で部分的に明かして生きたいと思います。