「生徒達が切磋琢磨する姿はいつ見ても清々しいのお」
昼休憩中の教官室にヴァンダイク学院長の精悍な笑い声が響く。
教官勢が集まってのミーティングだが、一般来訪者への対応や、体育祭終了後の誘導手順の確認程度で、物の二十分もしない内に打ち合わせは終了した。
運営や進行は生徒会に任せているので、あまりやることは多くない。イベントの規模が規模なので、一応教官達も出張っているが、いかんせんトワ生徒会長は優秀だった。落ち度がなく、今のところ目立つトラブルも起こっていない。
あごひげをしゃくって、ヴァンダイクは言った
「何でもナイトハルト教官が、貴族チームのメンバーを直々に指導したとか」
「は、少々心構えについて手ほどきをした程度ですが」
ナイトハルトはそう答える。実際は軍隊式の鬼しごきだが。
おもむろに椅子から立ち上がったサラが、不機嫌そうな声で言った。
「ハインリッヒ教頭。出向教官、それも現役の軍将官殿に協力を仰ぐのは少々ルール違反のような気がしますが?」
ハインリッヒは鼻で笑った。
「私から依頼したのではない。フリーデル君の判断だ。彼らの向上心と積極性を誇りに思うよ。そもそもコーチ役に関する取り決めは特になかったはずだがね」
「くっ、このチョビヒゲぇ……」
「聞こえんね。何か言ったかな」
「このチョビヒゲぇ……」
「聞こえるように言い直せとは言っておらんわ!」
二人の視線の中心で火花が散ったのを見て、「お二人とも、どうか落ち着いて下さい」と横からメアリー教官がサラ達をなだめつかせた。
別の机ではマカロフ教官が頭をぼりぼりかきながら、途中だった小テストの採点を再開しており、そのとなりではトマス教官が、今日の打ち上げ用の店をせっせとリストアップしている。
ちなみにベアトリクス教官だけは保健室待機だ。
「そういえば、少し小耳に挟んだのじゃが」
不意にヴァンダイクが少し声色を低くした。
「今回の体育祭にあたって、生徒達の勝敗に関係した賭けのようなものを、サラ教官とハインリッヒ教頭が行っているだとか」
ぎくりとして、サラとハインリッヒは背すじを伸ばす。
「どうなのかね?」
「ま、まさか。これは親善試合ですわ。そうでしょう、ハインリッヒ教頭?」
「そ、その通り。生徒達の成長が嬉しいですな。サラ教官」
どもりながら、二人は作り笑いを見合わせる。わざとらしいくらい息があっていた。
「本当かね?」
『ええ、もちろん!』
異口同音に言った。
「ふむ、それならよいのだが。ああ、そうじゃ。もう一つ全員に伝えておくことがある。今日はお忍びということで、実はある方がお越しになっていて――」
ヴァンダイクがその事を伝えようとした矢先、ノックもなく教官室の扉が開いた。
私服の男性。一般の見学者だった。
「あ、こちらは教官室になります。本日の催しはグラウンドでのみ行われておりまして」
物腰穏やかにメアリーが立ち上がり、にこやかに応対しようとしたが、
「動くな」
その男は即座に拳銃を取り出し、冷たい銃口を彼女に向けた。
「きゃっ――」
悲鳴が上がるよりも早く、サラとナイトハルトが動いた。俊敏に二手に分かれ、左右から迫る。男の銃が照準を迷わせた。
「動くなと言った!」
鋭い声が響く。銃を構えた男ではなかった。その後ろから別の男が現れる。一人の女子生徒の喉元に、ナイフの切っ先を突き付けながら。
サラとナイトハルトは急制止し、ぎりと奥歯を噛みしめた。
「きょ、教官……」
その女子生徒――ドロテは今にも泣き出しそうな顔で、サラ達にすがるような目を向ける。
「ドロテさん!? あんた達、手荒な真似はしてないでしょうね!」
「危害を加えるつもりはない。お前達が俺達の言う通りにすればだが」
「ひっ」
切っ先が細い首筋に食い込む。
「やめなさい! 要求は?」
「一つだけだ」
何人もの男達が教官室に押し入ってくる中、彼は告げた。
「お前たちはここを動くな。最後までな」
●
教官室でのアクシデントなど知るはずもなく、グラウンドでの昼休憩は終わり、ここからは後半戦である。
午後の最初、プログラム三番目の競技は障害物競争。
「よし、行くか」
「ようやく僕の出番だな」
「がんばりましょう」
Ⅶ組からの選抜メンバーはリィン、マキアス、エマだ。
「おう、お前ら気合い入れていけ」
残ったサンドウィッチを片手に、そう言ったのはクロウだ。中当ての試合中に保健室に運ばれていたが、休憩時間が終わった辺りで、ようやく復帰することができたのだった。
もっとも彼は前半で二試合に出場した為、参加回数制限により、もう競技には出れないのだが。
「ここから俺は実況に回らせてもらうぜ。ガンガン盛り上げてやるからよ」
サンドウィッチを平らげて立ち上がると、クロウは生徒会のテントへと歩いていく。
どうやら強引にトワを説得したらしく、マイクを片手に実況席なるものを勝手に作り始めていた。
「少々不安だが、好きにさせておく方がいい気がする。おっと、対戦相手が出てきたぞ」
マキアスが言った。
白組のメンバーはブリジット、パトリック、フリーデルだ。
第一走者はブリジットとマキアス。
先日のクッキングフェスティバルでは同じチームにもなっているので、お互い見知った仲である。
「ブリジットさんか。僕は手を抜かないぞ」
「私もよ。アランも応援してくれてるし」
「……なあ、君ってやっぱり」
「おーし。ルール説明してやるぜー!」
クロウが意気揚々と解説役のポジションについた。
マイクを取り上げられたトワが、必死に取り返そうとピョンピョン跳ねているが、身長差に阻まれて些細な抗議にもなっていない。
「コースは100アージュ直線。その途中に障害物が設置してある。それを越えてゴールまで先に到達した方が勝ち。走者は三人だから二本先取したチームに勝ち星が付くってわけだ。んで、障害物の説明だが――、あっトワ、てめ!」
一瞬の隙を付いて、トワがマイクを取り返す。
「障害物の説明だよ! みんなコースを見てね」
まず設置されているのは平均台。その細い台の上を渡った先にあるのが、漁業で使うような大きな投網だ。おそらく体のあちこちに引っかかるので、ほふく前進が必須だろう。それを潜り抜けると小さなテーブルがあって、卓上には何枚ものカードが並べられている。
「あのカードの裏にはね――あ、返してー!」
またクロウがマイクを奪い取る。
「あのカードは借り物のお題だ。人だったり物だったりだが、基本的に学院内でまかなえるものになってる。俺も一応参加選手だから、何が書いてあるのかは見てねえけどな」
そしてお題のものを手にして、先にゴールテープを切れば勝利である。
一通りの説明が終わり、マキアスとブリジットはそれぞれスタート位置についた。
一つのマイクを取り合いながら、トワとクロウは同時に言う。
『それじゃ、よーい、スタート!』
最初にリードしたのはマキアスだった。
平均台を危なげなく越え、網に持って行かれそうになる眼鏡をかばいつつ、ブリジットより先に借り物のお題へとたどり着く。
「えーと、これにするか」
適当なカードを選び、裏を確認する。お題は――
“双子”
これは簡単だ。候補など一組しかいない。Ⅳ組の彼女達である。
「ラッキーだな! やはり僕は持っている男――ん……?」
文字には続きがあった。『――の姉』と書かれている。
“双子の姉”だ。
となるとリンデだ。マキアスは素早く観客席を見渡す。
目立つ桃色髪だから、すぐに発見できた。二人そろって最前列に座っている。三つ編みのおさげ髪が確かリンデだったはずだ。
「な、なに……!?」
二度見する。おさげ髪が二人いるのだ。ヴィヴィのいたずらの最中か、それともこれからするつもりなのか。ともかく一見するとどっちもリンデだ。普段から見慣れているわけではないし、まったく判別ができない。
本人達に聞くか? いや、ヴィヴィのいたずら心を刺激してしまって、嘘を言われる可能性もある。
「教えてくれ、ガイウス! どっちがリンデだ!?」
ならば見慣れている人物に聞けばいいだけの話だ。応援に回っているガイウスに大声で訊く。
彼ならばすぐに見抜くだろう。しかし当の本人は難解な表情で首をかしげている。
「……すまない。わからない」
「ガ、ガイウス!? こんな時のための風の導きじゃないか!」
「それは多分違うと思うが……」
まさかの事態だ。
遅れていたブリジットも追いつき、カードをめくっていた。彼女は少し迷ったようだったが、すぐに反対側の観客席へと駆け出している。
考えたところで答えは出ない。マキアスは双子の前まで移動した。右か左。どっちだ。こうなれば二分の一。
「君に決めた。僕と一緒に来てくれ」
「え? え~?」
右。心なしか目許が柔らかそうな方を選び、その手をつかんでゴールに走る。手間取った時間で差を埋められたらしく、ブリジットもすでに誰かを引きつれてゴールに向かっている。手を繋いで走っているのはアランだ。
「くそ! 負けるものか!」
「アラン、急いで!」
双方全力で走り、その結果。
僅差でマキアスがゴールテープを切る。
だがまだ勝利は確定ではない。カードのお題と借り物の確認をしなくてはならないのだ。
マキアスはクロウに、ブリジットはトワに、それぞれカードを手渡した。
「つーか、俺にもどっちがどっちかわかんねえよ。学生手帳を見せてくれ」
その手があったかと悔やむマキアスの横、連れてきたリンデは手帳を開いて見せる。
「あ……!」
「ごめんねー」
彼女は姉のリンデではなく、妹のヴィヴィだった。
「もー、リンデの方がおっぱいが大きいんだから、さわって確かめれば良かったのに」
「で、できるか!」
一方のトワはカードとアランを見比べて、「うん、オッケーだよ」と、にやにやしながらブリジットのお題を認めた。
「やられたな。まずは白組にリードを許したか。そっちのカードにはなんて書かれていたんだ? アランは知ってるんだろう?」
「それがさ、俺もいきなり連れ出されたからわからないんだ。教えてくれ、ブリジット」
「え? え、えーとね! フェンシング部って書いてあったの!」
ブリジットはそう言うと、急いでトワからカードを回収し、そそくさと制服のポケットにしまい込んでしまった。
「へえ、ちょうどいいカードを引いたんだな」
「……?」
アランはそれで納得していたようだが、マキアスは疑問を感じていた。
ならばカードをめくった時、どうして迷うような素振りを見せたのか。考えるまでもなく、アラン一択ではないか。同じフェンシング部のパトリックとでも悩んだか……?
カードの裏面は女神のみぞ知る、である。
第二走者、リィンとパトリック。
因縁の――とまではいかないものの、パトリックの対抗心を一手に受ける形で、リィンも勝負に全力を尽くす。
平均台も網抜けもほぼ互角。両者同時に借り物のカードを手にした。
リィンのカードにはこう記されていた。
“年下の女子”
「年下……」
候補はいる。フィーやミリアムだ。日曜学校の子供の中にも対象者はいる。だが選ぶべきは。選ばなければならないのは。
リィンはそこに向かう。少し離れたところにある観覧席。生徒会テントの近くにあるその席は、おそらくトワの配慮なのだろう。あまり人目に付かない位置取りだった。
「エリゼ、俺と一緒に来てくれ!」
「に、兄様?」
困惑するエリゼを半ば強引に立たせた時、
「エリゼ君、僕と一緒に来てくれ!」
「パ、パトリックさん?」
「う、うむ。久しぶりだな」
なぜかパトリックもやってきた。なぜか緊張気味だ。
「パトリック、何の用なんだ?」
「エリゼ君に用事がある。僕のカードには“黒い服”と書かれているからな」
エリゼが着ている服は聖アストライア女学院の黒い制服だ。
「だったら俺のシャツを貸す。制服の下はちょうど黒のインナーだ」
「いるか、そんなもの!」
「遠慮はいらないぞ」
揉めに揉めた末に、二人は同時に手を差し出す。
「エリゼ!」
「エリゼ君!」
「え、えっと」
しかしそれはパトリックにとって分の悪すぎる勝負だった。エリゼはおずおずとリィンの手を握る。
「行くぞ、全速力だ」
「ち、ちょっと兄様!?」
遠ざかっていく二人と、差し出したまま固まる右手。
パトリックは数秒の間、沈黙していた。
分かってはいた。多分エリゼの自分に対する印象は初対面と同じ。同じ土俵に立てば、もちろんリィンには及ばない。
そんなことは分かっている。だからせめて競技では勝つんじゃないか。それでどうなるものでもないが、少なくとも目は向けてくれるだろう。今はそれでいい。しかしこのままではそれさえも。
「くそっ!」
「ふふ、エリゼったら人気者」
エリゼが座っていたとなりの席で、一人の少女が楽しそうに笑っている。エリゼしか見ていなかったからか、今の今までまったく目に入らなかった。ブロンド髪を後ろで括り、帽子を目深にかぶったその少女。
どこかで見たような顔だと思ったのもわずか、彼女の服もエリゼと同様の聖アストライアの黒い学院服だと気づく。
「悪いが僕と一緒に来てくれ!」
「え?」
今ならまだ間に合う。あいつには負けたくない。
パトリックはその手を引いて、有無を言わせず走りだした。
追走してくるパトリックに振り返り、リィンとエリゼはそろって目を丸くした。
「ま、まさか気づいていないのか?」
四大名門のハイアームズ家。拝謁の機会は何度もあったはずなのに。皇女殿下の手首をつかんで、あろうことかグラウンドを全力疾走させるとは。
「姫様のあの顔……あれは絶対楽しんでます。兄様、早くゴールしちゃいましょう」
「ああ、しかし自分が手を引いているのがアルフィン皇女だって分かったら、パトリックは気を失うんじゃないか」
逃げ切ろうとするリィン、エリゼ組。追いすがるパトリック、アルフィン組。
しかしリードは変わらず、二戦目はリィンたちが勝利した。
エリゼがアルフィンを引き連れ、元の観覧席に戻る途中、早くも最後の三戦目が開始される。ちなみにパトリックは、結局最後までアルフィンに気づかなかった。
第三走者はエマとフリーデルだ。
身体能力はフリーデルの方が高い。あっという間に差を開けられ、エマが網をくぐっている頃には、彼女はすでに借り物のカードを手にしていた。
「ふんふん、導力カメラ? えーと、写真部は……と」
フリーデルは観客席の向こうに目当てのものを見つけた。ニット帽をかぶった男子生徒――レックスがバシャバシャと試合風景を写している。なぜかグラウンドではなく、観客席を向く比率の方が高いが。
「ふふ、ちょっと貸してもらおうかしら」
レックスへと向かうフリーデル。やましい何かがあるかのように、レックスは一目散に逃げ出す。
その最中、遅れてエマがカードの台にたどり着いた。
「まだ大丈夫……」
呼吸を整え、エマはカードの上に手をかざした。
最初の平均台と網なんて、あってないようなもの。障害物競争の肝はこの借り物ゾーンだ。ここをどれだけスムーズにこなすかで、勝敗が大きく左右される。さらに裏の意図までを読むなら、人、物問わず、どれだけこの学院を深く知っているかということだろう。
これはタロット占いの応用だ。
カードの裏に何が書かれているかはわからないが、さすがに全ての題に即応できるとも思わない。だから自分がつかむべきは運。フリーデル相手に真っ向勝負で敵わないことは始めから織り込み済みだ。
「………」
リードを許してしまっているが、まだ巻き返しは出来る。
選び取れ。戦況を覆す一枚を。
なるべく近くで入手できるもの。自分にとってわかりやすいもの。
集中が高まり、周囲の喧騒を薄れさせる。己の中に静寂が満ちてくる。
幾多あるカード。その中の一枚が、直接頭の中に語りかけてきた。
〝汝は我を求め、我は汝を望む。運命はすでに手中にあり、未来はすでに開かれている。さあ、引くがいい”
何者かの意思が確かにそう告げた。
「これを」
劣勢とは思えない程、落ち着いて静かにカードをめくる。
借り物のお題は――“用務員のほうき”
「………はい?」
ほうきでいいではないか。どうして“用務員の”が付くのだ。
よく見れば前文は筆跡が違う。明らかに後書きされた文字。まさか――
「やあ、エマ君。奇遇だね」
いつもの嫌な予感が走ると同時、例によってその用務員が姿を現した。
「ガイラーさん……、グラウンドの真ん中は奇遇で出合う場所ではないと思いますが」
「では必然と言い換えておこう。それはさておき、君の探しているものはこれかな?」
わざとらしく竹ぼうきを掲げてみせる。
何かを見越したしわ深い目。薄く笑う口元。
それだけでエマは全てを理解した。この用務員がまた仕込んできた、と。
「よ、よりによってこんな時に」
「こんな時だからこそ、君の力になりにきたのだよ」
よほど念を込めて、あの一文を書いたのだろう。あまりにも強すぎる念――もはや呪い――がエマの感覚を狂わせたのだ。思い返せば、さっきカードから聞こえた声は、ガイラーの声に似ていた気がする。
「なら、それを貸してもらえますか?」
「もちろん私はその為にここにいる。ただこれは私の愛用する掃除道具でね。魂のこもったものだ。簡単に人に渡せるものではない。だが……」
「何を……――あっ」
他から見えないよう、ガイラーは人差し指同士を胸前で小さく交差させてみせた。理解したエマは首をぶんぶんと左右に振る。
「む、無理です。イヤです」
「君は聡明だ。これが必要なことだと分かっているはず」
「もう二度とそれはやらないと誓いました」
「やれやれ。君はまたそうやって、自分を自分で縛るのかね」
聞き分けのない子供を諭すように、彼は穏やかな声で言う。
「今君はチームで戦っているのだろう。それも勝敗を分ける大事な局面だ。我を押し通すのもいい。だがそれで負けていいのかね。君は選ばれてここに立っている。その背に仲間の信頼を背負っているのだ。状況を顧みず、かたくなになることが本当に正しいことなのかな?」
「うっ……」
腹立たしいくらいに正論である。だからと言って、またしてもこんな大勢の中で“あのポーズ”をやるわけにはいかない。絶対にやりたくない。
しかしガイラーの言うとおりにすれば、この場でお題のほうきが手に入り、フリーデルに勝てるだろう。
大局で言えば、二対一となり貴族チームにチェックメイトをかけることができる。逆に自分が負ければⅦ組に後はなくなる。
自分が折れてしまえば、それだけで済む。
……済むことなのだが。
「見たまえ」
言われて、ガイラーの視線を追う。Ⅶ組の陣地、仲間達が必死に応援してくれていた。足を止めている自分を心配してもくれているようだ。大きな声援。ルビィもこちらを見ている。負けられない理由。自分の意地とどちらが大切だ?
「みんなが君を応援しているね? 信頼には応えないといけないね?」
まさに悪魔のささやき。自分が悪いような気にさえなってきた。
「う……うう」
鉛のように重たい両腕をゆっくりと頭上に持ち上げる。ぷるぷると震えながら、掲げた腕を交差させ――
「エ、エ……エーックス」
「実にいい」
満足そうに笑むガイラー。うなだれるエマ。
「君の想いは確かに伝わった。持っていきたまえ」
渡される年季の入った竹ぼうき。
「うう、ありがとうございます」
「礼など不要だよ。さあ行くんだ。勝利が君を待っている」
「ガ、ガイラーさん、あなたは……」
「言っただろう。君の力になりにきたと」
ちょうどその頃、導力カメラを手にしたフリーデルは、華麗にゴールテープを切っていた。
●
「目的は話さない。お前達はここでじっとしていればいい」
事の全てが終わるまで。そう付け足して、《C》は後ろ手に縛られた教官を一人ずつ見回した。
サラは目線を悟られないように、慎重に相手を分析する。
相手が何者かは判明していた。
帝国解放戦線、その残党。彼らはすでに私服から、戦闘服へと着替えている。
風景に溶け込める私服からわざわざ着替えるのは、秘密裏に計画を進めるつもりはないということ。おそらくこの後、何らかの強引な手段に出るはずだ。
話さないと言う目的に関しても察しはついた。このタイミング。アルフィン皇女だ。皇女が来訪していることは当然学院側も把握していると思っているはず。つまり、その目的がこちらに察せられることも承知の上か。
彼らにとって重要なのは、教官勢をここで身動き取れなくすることだろう。
(……だけど)
情報が外に漏れ出せば、上手くことは運べまい。そして、その手段がこちらにはある。
そっと腰元の《ARCUS》ホルダーに手を伸ばす。手を縛られていても操作くらいはできる。通信を誰かに繋いで、こいつらの会話を聞かせてやればいい。逆上したふうを装って、適当にわめき立てるだけでも十分だ。
通信ボタンを押し込む。誰を選択したかは分からない。誰でもいい。早く応答して。
「させると思うか?」
大股で歩み寄ってきた《C》がサラの《ARCUS》をホルダーごと奪い取る。
「ノルド高原、ヘイムダル、ガレリア要塞、ザクセン鉄鋼山。何度お前達に作戦を引っかき回されたと思っている。赤服の学生共とその教官が特殊な戦術オーブメントを使うことくらい、とっくに情報が回っているさ。中でも厄介なのはこの通信機能だったが――」
《ARCUS》を後ろに放り投げる。壁にぶつかって、耳障りな音を立てた。
「これで何もできまい」
「あら、やるじゃない」
あえて余裕の態度を見せるが、内心は焦っていた。外部への連絡手段がなくなったのだ。唯一この場にいないベアトリクスが事態に気づけば、他にやりようも生まれてくるが、今日はけが人が出るかもしれないから保健室に詰めると言っていた。望みは薄い。
迂闊だった。作戦順序を相手はよく考えている。
ドアが開いて、また知らない男が入ってくる。彼は私服だった。
「見つけたぞ。先程、競技の一つに参加していた。多少の変装はしているが間違いない。校舎内に生徒もほとんどいないし、ここからは戦闘服で動いても問題はなさそうだ」
名前は出さなかったが、これはアルフィン皇女のことだ。
まずい。ここに皇女が来ていることを知っているのは、この場では自分と学院長のみだ。さっき全員に伝えようとしていたみたいだったが、間が悪く言葉を中断されている。
サラはヴァンダイクに目を向けた。彼は黙したままだ。何かを考えているようにも見える。
「俺が行く。ここは三人もいれば十分だろう。あとは任せる」
「了解」
ドロテを別の男に引き渡し、《C》は教官室から出て行った。
(どうすれば……)
状況を伝える手段はなく、武器もない。おまけに人質まで取られている。
有体に言えば、最悪の状態だった。
「ん?」
リィンの《ARCUS》が受信音を鳴らした。しかしすぐに切れる。発信元はサラからだった。
すぐに折り返してみるが、応答はない。
「サラ教官……間違えたのか?」
「リィン、次の玉入れの出場者はどうするの? メンバー上限は四人までよ」
アリサが声をかけてくる。
「すまない。騎馬戦のメンバーも考えながら決めないといけないな」
《ARCUS》をホルダーに戻して、リィンはオーダー表を取り出す。
検討の結果、エマ、エリオット、ミリアム、ガイウスが玉入れの選抜メンバーになった。
「すみません、さっきは私のせいで負けちゃいました……」
「気にしないでよ、委員長」
「ここから巻き返せばすむ話だ」
「うんうん、玉入れなんてボク初めてだよ。楽しみだなー」
ここで勝たねば、Ⅶ組の敗北が決定してしまう。
対する貴族チームはフェリス、ブリジット、ケネス、フリーデルだった。
「うし、それじゃあルールを伝えるぜ」
「クロウ君、返してってば!」
相変わらずマイクを取り合いながら、クロウとトワが玉入れの説明を始める――と思いきや。
「今回は僕が説明させてもらおうかな」
後ろからクロウ達の間に分け入ったジョルジュが、二人して離さないマイクをむんずとつかみあげる。
「あ!? お前!」
「ジョルジュ君まで! 返してよ―!」
「今回の玉入れのセットは僕が作ったんだ。玉は普通なんだけど、実は網カゴに細工をしてあるんだよ」
台座の上に突き立てられた高さ四アージュほどの棒の先端に、玉を投げ入れるカゴが設置されている。
ジョルジュが手の中のリモコンを操作すると、カゴが棒を中心にしてグイングインと回転し始めた。そこまで速度は出ていないが、かなり狙いがつけにくそうな動きだ。
「それ以外は普通の玉入れと同じさ。多く玉が入ったチームの勝ち。制限時間は三分で一本勝負。そうそう、棒を支える台座は秤にもなっていて、玉の重量を計算して何個入っているかをモニターが教えてくれるようになっているんだ」
試しに一つカゴに玉を投げ入れてみる。台座のモニターが反応し、『1』と表示された。
「まあ、こんな具合さ。便利だろう。さて、準備はいいかな?」
両チーム共にそれぞれのカゴの下に構え、合図を待つ。
しつこくマイクを取り返そうとしてくるクロウとトワを押しのけて、ジョルジュは言った。
「さあ、回転玉入れ! よーいスタート!」
号令と同時に、大量の赤と白の玉が宙を入り乱れる。
「これ、結構難しいですわね!」
「ええ、なかなか入らないわ」
フェリスとブリジットは回るカゴに苦戦していた。
フリーデルは持ち前の運動能力でコンスタントに玉を投げ入れており、ケネスも安定したフォームで順調に得点を稼いでいる。彼の場合は釣りで得た技能が大きく活きているようだ。
「届かないよー!」
「ミリアムちゃん、がんばって!」
一方のⅦ組、一番苦労しているのは身長の低いミリアムだった。カゴに入れるどころか、そもそも届かない。
エリオットは届きはするものの、ミリアムと同様の理由で、思うように玉を入れられないでいた。
友軍の得点頭は長身のガイウスだが、フリーデルとケネスの手数には及ばず、Ⅶ組の点数は伸びていかない。開始一分が経った頃合いで貴族チームは17個、方やⅦ組は9個だ。
「こ、これじゃ負けちゃうよ」
「届かないー!」
とりあえず適当でもいいから、弾幕を絶やさない。偶然に入ってくれる玉もあるにはあるのだ。
しかしエマだけは玉を投げず、じっとカゴを凝視していた。
「皆さん、一度手を止めて下さい。そして私の言う通りにしてみて下さい」
丸メガネがキラリと光る。
「まず棒から三アージュ離れて。次にカゴを正面に捉えて、自分の前を通過してから二秒半後に六十度の角度で投げて下さい」
訳もわからないまま、とりあえずエマに応じる一同。タイミングはシビアだったが、まずは言われたように投げてみる。
「あ、あれ?」
入った。エリオットの玉もだ。
「球速によって差は出ますが、このタイミングなら入りやすいはずです」
「さっすがいいんちょー! でもボクはやっぱり届かないんだけど……」
「ではミリアムちゃんは球拾いをお願いします」
「えー!?」
エマに言われた通り、ミリアムは落ちた球を拾って手渡す補給役にシフトする。だがこれが思った以上にいい効果を生んでいた。
投げる側がいちいち体勢を変えたり、その場を動かなくて済む。エマが立てた作戦との相性が良いのだ。もっとも三人の間を終始走り回るので、見た目とは裏腹にかなりハードな役回りではあったが。
二分経過。残り一分を切ったところで貴族チームが39個、Ⅶ組が35個。怒涛の勢いで貴族チームに追いすがるⅦ組勢。
「フレーフレー! 猛将ーっ!!」
この大切な局面で、そんな応援が飛んできた。エリオットはがくりと折れそうになる膝をどうにかこらえる。
観客席の先頭でパイプ椅子の上に立ったケインズが、それはそれは大きな旗をぶんぶんと振り回していた。燃えるような深紅の旗のど真ん中には、でかでかと『Ferocious General』と金刺繍されている。直訳で“獰猛な将軍”。おそらくは猛将の意だろう。
「本当にやめてもらえません!? 聞こえてます? ケインズさーん!」
「フレェイフレェーイ、モ、ウ、ショ、ウ! フレッフレッ猛将! フレッフレッ猛将ー! フゥーウ! ハァーイ! 猛将ー……ファイッ! イエス!」
オリジナルの応援方式なのか、絶望的にセンスのない振付けを惜しげもなく披露し、壊滅的にやる気の削がれる声援を絶え間なく飛ばしてくる。ギャラリー達の疑惑の目が向けられるのも痛かった。
「は、早く終わらそう!」
急いだところで制限時間は変わらないが、それでも急がずにはいられないエリオットだった。
制限時間はあと15秒。
得点は47対45で負けている。あと数個の差が埋まらない。
ガイウスが叫んだ。
「ミリアム、エリオットに玉を持てるだけ渡してくれ!」
「わかった!」
「な、なに?」
両腕いっぱいの玉を手渡されたエリオットを、そのままガイウスが肩車する。
「このまま飛ぶ!」
「飛ぶう!?」
ガイウスの周りに風が渦巻き始めた。
「カラミティーホォァーック!」
全力の気合いと共に、烈風をまとったガイウスは地を蹴る。しかし間髪入れず、飛びあがった足をブリジットがつかんだ。
「させないわよ! ポーラから聞いているもの。ガイウス君は“追い詰められたら大体飛ぶ“って」
「な、なんだそれは?」
とはいえブリジットだけで勢いは抑えられなかった。
「わ、私ごと飛ぶ気……!? 誰か力を貸して!」
「合点承知ですわ!」
フェリスが加勢に来てブリジットを後ろから引っ張る。まだガイウスは落ちない。さらにケネスもフェリスの後ろについて、三人がかりで引っ張る。さながら離陸しようとする飛行艇を、強固な鎖で繋ぎとめるかのようだ。
ずりずりと地面を滑る貴族チームの三人。それを引きはがしにかかるエマとミリアム。通常の玉入れではあり得ない異様な光景だ。団子状の混戦が地上で展開されている。
「あなた達、しっかり押さえてなさい」
フリーデルの援護射撃。鋭い投擲がエリオットを直撃する。
「うわっ!」
不意の一撃に抱えていた玉がボロボロと崩れ落ちる。同時にガイウスが失速した。とうとう競り負けたのだ。
完全にその勢いが失われる前にと、ガイウスは両手で思い切りエリオットの足を押し上げる。
「飛べ、エリオット!」
「う、うわああ!」
そのまま力一杯にエリオットを射出した。猛将が空を駆ける。逆光が勇ましいシルエットを映し出した。
エリオットの目の前に、回るカゴが迫ってくる。タイミングは完璧。手に残っていた数個の玉をまとめて振り上げて――
そこでタイムカウントがゼロになり、ホイッスルが響き渡った。
「だあっ!」
構わずに猛々しいダンクシュートをぶちかます。渾身のブザービーター・ダンク。
落下するエリオット。ガイウスも地面に引きずり落とされていた。
モニターの点数は47対45のまま変わらない。表示にノイズが走る。エリオットが瞬間的にかけた重量を差し引いて、双方最後の得点が算出された。
貴族チーム47点。Ⅶ組48点。
土にまみれた顔を上げ、得点を呆然と眺めるエリオット。
「やっ……」
「猛―――将―――っ!!」
半狂乱で興奮したケインズが旗をぶん回し、エリオットの喜びの声はかき消された。
一際大きい歓声が校舎内まで響いてきた。
数人の同志たちを引き連れて、《C》は階段を登っている。楽しそうに笑う声が耳ざわりだった。
彼は思う。
お前達の笑顔は“たまたま”だ。
かつては自分達もそのように笑っていた頃があった。親兄弟がいて、友人がいて、恋人がいて、故郷があった。未来に希望を抱き、夢だってあった。当たり前の毎日を、当たり前に生きていた。
だが失った。違う。奪われた。
鉄血宰相の政策によって。
代表的なものを挙げれば強行的な鉄道網の拡大だが、無論それだけではなく、様々な影響、煽りを受けて、それまでの生活ができなくなった者も少なくない。
戦線に集う者達はそれぞれの理由、事情があってオズボーン、引いては革新派と戦うことを決意している。
だが何も帝国を消し飛ばそうとしているわけではない。憂いているのだ、この国を。テロリストと蔑まされながらも、自分達はあくまでエレボニアの為に戦っているのだ。
だから我々は掲げている。
“帝国をあるべき姿に”
揺るぎなきその信念の言葉を。たとえ俗人に理解されなくても、我らの行動の正しさはいずれ後の歴史が証明してくれる。
「着いたか」
階段を登りきった先にあった扉を開く。屋上だ。
あとは工作班から作業終了の合図、そして捜索班からアルフィン皇女を確保したと連絡があれば、計画を次の段階に移すことができる。もっともその二つのタイミングはそろわなくてもいい。後者に関しては学院制圧後に実行すればいいのだから。
屋上の端からグラウンドの様子を伺ってみる。細かな状況は分からないが、アナウンスを聞く限りでは、次が最終競技とのことらしい。
できるならこの競技が終わるまでに全ての準備を終えたいが。
一人がそばまでやってくる。ベルトのバックルに書かれたアルファベットを一瞥する。彼は《J》だ。
「伝達班から連絡があった。工作班の作業が終了したらしい」
「そうか、早かったな」
一つ目の条件はクリア。あとは状況を見て判断する。
他のメンバーは学院の各所に散っている。今、この屋上にいるのは自分を含め三名だ。
「どうした《C》?」
「いや、何でもない」
屋上にまで学生達の明るい声が聞こえてきた。
かつていた日の当たる世界。そしてもう戻れない世界。壊されてしまった世界。
「………」
だが諦めるつもりもない。戦うと決めた。志半ばで散っていった同志達と同様に、いつか力尽きたとしても。理不尽に打ちひしがれて、呪いの言葉を吐き続ける毎日よりは、よほどいい。
壊れたのなら、創り直せばいい。
そう、あるべき姿に。
この場に残った二六人は、まだその為の力になれるはずなのだ。
自分達の最終目的は戦線本隊に合流すること。しかしそれは本隊が残っていればこその話。
詰まるところ、最後は賭けだ。
「信じるしかない」
《C》はそう言って、再び眼下を見下ろした。
もし自分達のように理不尽にさらされて、不条理な人生を余儀なくされたとしたら、それでもお前達は笑っていられるか。その原因を憎まずにいられるか。
無理だろう。
境遇さえ違えば、お前達も自分達と同じ道を選んでいただろう。
暖かい庭で育ち、理不尽も不条理も知らず、抗う術も知らない学生達。
もう一度言おう。お前達の笑顔はたまたまだ。
●
「ここまでの戦績は二対二だぜ!」
「さあ、いよいよ最終戦!」
「最後の競技は騎馬戦だよ!」
クロウ、ジョルジュ、トワが順々にマイクを持つ。同期生の不毛な戦いは、このような形で一応の折り合いをつけることに落ち着いていた。
まずはジョルジュがルール説明をする。
「人数上限は各チーム六名まで。ただ騎馬編成は何人でもいいよ」
次にクロウが言う。
「騎手は頭にはちまきを巻いて、それが相手に取られるか、頭に付けたままでも騎手の足が地面に着いたら負けだ。当然だが、先に相手チームを全滅させた方の勝ちな」
最後にトワが言った。
「後は……あ、あれ。私が言うこと残ってないよー!」
トワが頬を膨らます両脇で、クロウとジョルジュはそれぞれ別の方向に顔を背けている。
進行組がごたつく中、双方のチームはフィールドの両端に分かれていた。
赤組一騎目はリィン、マキアス、ユーシスだ。馬の組み方は前にマキアス、後ろにユーシス、そして騎手にリィンである。
「最終戦だ。二人ともよろしく頼む」
「任せておくがいい。もっとも前のやつが臆して足並みを乱すかもしれんがな」
「ふん、君こそ遅れて足を引っ張るんじゃないぞ」
普段通りの二人の掛け合いに「……頼んだからな」とリィンは表情に不安を滲ませた。
一方、二騎目は女子編成。アリサ、ラウラ、フィーの三人が組む。前がラウラ、後ろがアリサ、騎手にフィーとなっている。
「息を合わせていきましょう」
「ああ。上は頼むぞ、フィー」
「任せて」
これでⅦ組メンバーは、全員が二回ずつ何かしらの競技に参加したことになる。
対する白組一騎目。前はケネス、後ろはヴィンセント、そして騎手はパトリックだ。彼らもまずは男子だけで組んでいた。
「僕が前か……ちょっと怖いかな」
「心配せずとも、すぐに終わらせる。ケガなどさせない」
「僕の華麗なコーナリングをご覧に入れよう。そして勝利を女神に捧げ祝福の――」
そして二騎目。
彼女達が姿を現すと、グラウンド中にどよめきが沸き立った。
マルガリータとフリーデル。たった二人である。前も後ろもない。あるのは上と下。マルガリータがフリーデルを肩車する形だ。
「マルガリータさん、よろしくね。好きに動いてくれていいから」
「ヴィンセント様、お守りしますわあ」
最凶の上に最強が乗り、ズズンと大地が揺れる。
双方のセッティングが整ったのを確認すると、大きく息を吸い込んでトワは右手を掲げた。せめてここだけはやりたいらしい。
「それじゃあ、騎馬戦スタート!」
振り下ろされる腕を合図に、最後の競技が始まる。
「どう攻める!? 規格外のモンスターが混じってるぞ!」
開戦直後、走る速度を上げながらマキアスが言った。
「やっぱりマルガリータを先に倒さないと厳しいな。二騎で挟み打ちにして速攻で勝負をかけよう。そっちもそれでいいか?」
リィンは並走する女子達を見た。
フィーがうなずく。
「了解。アリサ、ラウラ、お願い」
二手に分かれる軌道を取り、リィン騎とフィー騎がフリーデル騎に迫る。
「させるか!」
猛然と突っ込んできたパトリック騎が、リィン達に体当たりを仕掛けてきた。
「ぐっ!?」
「落ちるなよ、リィン!」
マキアスとユーシスが踏みとどまり、体を傾けながらもリィンは何とかこらえてみせる。
「君の相手はこの僕だ!」
「パトリック……!」
さらに続けざまの体当たり。押し負けまいとマキアスも体を張る。
その騎上でリィンとパトリックは、激しく互いの両手を組み合わせた。
一方のフィー達は、最大の敵と対峙していた。
マルガリータとフリーデルである。両騎とも一定の距離で止まり、互いの出方を伺っていた。
「リィン達は足止めされてるわ。私達だけでやるしかないみたいね」
「全ての力を注ぐ。フィー、かなり激しく動きまわることになるぞ。心の準備はいいか」
「簡単に落ちたりしないから、私のことは気にしないでいい」
三人の目が、荒い鼻息を噴出する戦車にそそがれる。その上に乗るフリーデルは余裕の笑みを崩さない。
「手加減はしないわよ。さあマルガリータさん、彼女達を退けてヴィンセント君の援護に行かなきゃね。きっと喜ぶと思うわ、彼」
「グフフッ」
分厚い二枚貝がいびつに歪み、野太い笑い声が大気を震わせた。
「ムフォー!!」
巨体が一直線に肉薄する。
「アリサ、右だ!」
「フィー、つかまってて!」
横っ跳びに特攻を避ける。すれ違いざま、フリーデルの手が伸びてきた。とっさにフィーは屈み、はちまきを狙った腕を巧みにかいくぐる。
「やるじゃない。でもまだよ」
地面を踵で削り、砂塵を巻き上げながらマルガリータが急転回。向き直るが早いか、再び凶悪な突進を繰り出してくる。
直線状にあるものは、残らず灰塵に帰すほどの突破力。これぞデンジャラス肉玉。直撃は大型車両との交通事故に等しい。
二撃目もかろうじて避ける。しかしそれが精一杯。反撃まではできない。
「カウンターは狙えない。思い切って距離を詰めるわよ」
「心得た!」
加速してからでは手がつけられない。出足を先にくじくしかない。
方向転換の際、動きが止まる一瞬を見切って、全力で攻め入る。正面から強烈な体当たりを見舞うラウラ。しかしマルガリータは一歩たりとも足を引かず、その体をびくともさせなかった。
「ムフォオ!」
相も変わらず規格外。だが、これでいい。
「フィー、いけ!」
密着し、間合いはゼロ。フィーの腕が素早くフリーデルのはちまきに伸びる。
「狙いは悪くないわ。でも!」
不安定な体勢にも関わらず、上体を思い切り逸らして、フリーデルはフィーの腕をかわした。
あとわずかが届かなかった。
背筋と腹筋のばねを使って、フリーデルは勢いよく体を戻してくる。鋭い反撃がフィーのはちまきをかすめた。
フィーをけん制しつつ、騎上からラウラを見下ろして彼女は言う。
「一年のラウラさんね。名前は聞いてるわ。一度手合わせしたいと思ってたの」
必死でマルガリータを抑え込みながら、ラウラはフリーデルを見上げた。
「私もです。ただ一対一の手合わせは、またの機会にさせてもらいましょう。今は我々三人の力で勝たせて頂く」
「ふふ、出来るかしら?」
「グムッフォ!」
「ぐっ……!」
マルガリータの押しが強くなる。ラウラのバランスが崩れた。つられてフィーの体勢も傾く。立て直そうとしたアリサは、フリーデルの腕が再びフィーに迫るのを見た。
このままではやられる。
力ではマルガリータに敵わない。技術ではフリーデルに及ばない。
どの道、正攻法では届かないのだ。
ならば。
アリサは思い切りしゃがんだ。フィーの足が地面すれすれまで下がる。足はまだ着いていない。際どいところで、フリーデルの手が空を切った。
「くうう!」
さらにもう一度フィーを持ち上げながら「飛んで! 投げて!」と勢いよく指示を飛ばした。
通常ならまず伝わらない意図。しかしフィーは「わかった」と即答して、ラウラの肩に足をかけた。そして飛ぶ。
マルガリータ側に飛び移り、そのままフリーデルに組みついた。
驚異的なバランス感覚で、フリーデルは耐えてみせる。
「あなたからやって来てくれるなんてね。はちまき貰っちゃうわよ」
「取れるもんならね」
「え?」
フィーの頭にはちまきはなかった。
フリーデルの視界の上端に赤い布が舞っている。フィーははちまきを空に向かって投げたのだ。
「そんなの、はちまきが落ちたらあなた達の負けじゃ――」
「ラウラ!」
「行くがいい!」
続いてアリサも、身を屈めたラウラの背を台にして飛んだ。落ちてくるはちまきを中空でつかみながら、フィー同様にフリーデルに組みつく。さすがの彼女でも二人分の重量までは流しきれない。
「マルガリータさん、振り払って!」
「やらせん!」
間髪入れず、ラウラはマルガリータの五指をがっちりとホールドする。
「ムンッフォ」
「何という力だ……っ」
三秒と保たない。しかし組み合っている間はマルガリータも手が使えない。
その数秒の間に、アリサとフィーはフリーデルに抱きつきながら、自分達の体もろともマルガリータから落下する。
砂ぼこりの中を転がる三人。
赤と白のはちまきは同時に地面に落ちていた。
フリーデル騎とフィー騎が壮絶な相打ちになった頃、エリゼは落ち着きなく周りを見回していた。
勝負の行く末も気になるが、もう一つ気がかりなのは、他でもないアルフィンのことだった。
「姫様、ずいぶん遅いけど……」
となりの空席を不安げに見る。
玉入れが終わり、騎馬戦が始まるまでの小休止の間のこと。アルフィンは旧校舎を見に行きたいと言ったのだ。
帝国中興の祖であるドライケルス大帝が設立したトールズ士官学院。だがほとんどの施設は彼の没後に新しく建造されたものである。ただ一つ、旧校舎を除いては。
アルフィンは先祖の縁の地を、この機に自らの目で見たかったのだという。
普段なら、仕方ないと共をするものだが、今回に限ってエリゼは即答することができなかった。
なぜなら彼女はあの旧校舎に、いい思い出がまったくない。目にするだけでも、あの時の恐怖が蘇ってくる。できることなら近寄りたくなどないのだ。
そんなエリゼの心情を察したのか、アルフィンは少し建物を眺めてくるだけだからと、一人で旧校舎に向かってしまった。
絶対に中には入らないようにと何度も念を押しているし、アルフィン自身、騎馬戦が始まるまでには帰ってくるとも言っていた。
しかし彼女はまだ戻らない。
「もしかして迷ってたり……?」
とはいえ、そこまで深刻にも考えていなかった。あの姫様のこと。何か物珍しいものでも見つけて、足を止めているだけかもしれない。いや、その可能性は高い。
「この試合が終わったら、探しに行こうかしら」
まずは兄の応援をしなければ。
エリゼは視線をグラウンドに向け直した。
何度も何度も馬同士がぶつかり合う。その度、騎手同士も取っ組み合う。もう何合目になるかも分からない交戦。それでも勝負はつかない。どこまでも互角だった。
「さすがにやるな、パトリック。だが……」
こちらはすでに、あのマルガリータとフリーデルを下している。相打ちでも十分過ぎる戦果だ。
後は一騎打ち。自分達が勝てば、それでⅦ組の勝利が確定する。拳を固めたリィンは、マキアスとユーシスに言う。
「アリサ達が活路を開いてくれた。一気に攻めるぞ!」
「無論だ。この機は逃さん」
「突っ込む! リィンは舌を噛むなよ!」
疲弊は隠せないが、それでも力強く地面を蹴る。女子があそこまで奮戦したのだ。ここで退いては帝国男子の名がすたる。
『おおおおっ!』
三人の気合いが重なり、土けむりが巻き上がる。全力の特攻がパトリック達を追い詰めた。
さりとて貴族チームも引かない。怯まず、真正面から相対する。
「ヴィンセント先輩! ケネス! 全力で押し当たってくれ!」
「ユーシスもマキアスも速度を緩めるな! 突撃だ!!」
またたく間に両騎の距離が縮まり、激しくぶつかり合った。
リィンとパトリック、互いの手が拳打の勢いで交差する。防御など、もうどちらも考えていなかった。この一撃で仕留める。一秒でも早く相手のはちまきを奪い取る。
「僕達が勝つ!!」
「俺達は負けない!!」
リィンの手が白いはちまきをつかみ、パトリックが赤いはちまきをつかむ。
その瞬間、一発の銃声が轟いた。
屋上から拡声器越しの男の声が響き渡る。
「帝国解放戦線だ。たった今からこの学院は我々の占拠下となる。体育祭とやらは終了だ」
ざわめき立つ場内。状況が飲み込めないでいる全ての人間に、彼は冷徹に告げた。
「抵抗も逃亡も考えないことだ。学院内のいたる場所に爆弾を仕掛けておいたからな」
●
何度となくシミュレーションを繰り返し、配置を頭に叩き込んできた彼らの動きに、一切の無駄はなかった。
《C》が屋上に姿を見せてから、物の五分足らずでグラウンドの包囲は完了する。Ⅶ組も含め、その場の誰もが迅速に対応することはできなかった。
「学生だろうが容赦するつもりはない」
解放戦線の戦闘服を着た男が、導力銃をこれ見よがしに取り出してみせる。ベルトのバックルに書かれたアルファベットは《K》だ。
一般来訪者も合わせて、学院生達は馬舎近く――ちょうどⅦ組のブルーシート付近に集められていた。縛られてこそいないものの、全員が両腕を頭の上で組まされ、膝を地面につかされている。エリゼはもちろん、シャロンも同様だ。
日曜学校の子供達は泣きじゃくり、一般客の多くも青ざめた顔をしていた。
Ⅶ組でさえも迂闊には動けない。
その理由は先の爆弾を仕掛けているという言葉だった。
屋上に立つ《C》が、爆弾の起爆スイッチを掲げているが、グラウンドから真偽を判別するには、距離が空きすぎている。しかしあれが本物であろうと偽物だろうと、そう言われてしまえば従うしかなかった。
《K》が言った。
「赤い学生服を着ているやつらは全員こちらに集まれ」
リィンは目配せして、全員に応じるように指示する。
「お前達の戦術オーブメントを回収する。通信手段が残っていると厄介だし、あの妙な機能も使われたら面倒だからな」
リンク機能のことだ。この場で憂慮すべきは、やはりⅦ組の連携だった。水面下で情報を回され、予想外の反撃を企てられるようなことはあってはならない。
「お前達の目的はなんだ」
リィンは上目で《K》をにらみあげる。そうは言いながらも、察しはついていた。アルフィン皇女だ。彼女をどうするかまでは分からないが。
あざけるような口調で彼は言った。
「さあな。だがおとなしくしていれば、命は保証しよう。おとなしくしなかった場合は知らんがな」
別の一人が近づいてきた。バックルには《P》と表示されている。
「おい《K》。赤服共に情けは無用だろう。今までさんざん俺達の邪魔してくれたんだからな」
忌々しげに《P》は言う。
「俺達が穴倉に隠れている間も、のうのうと過ごしていたんだ。考えるだけで苛立ってくんだよ」
その昏い目がⅦ組のブルーシートに向けられた。いくつかの弁当箱が積み重なっている。
「呑気なもんだぜ。俺達がこの数日何食ってたか教えてやろうか」
大股でシートに近付き、弁当箱に残っていたおにぎりの一つを手荒につかみあげた。
「は、うまそうなことで」
皮肉たっぷりに言い放ち、大きくかぶりつく。
「おお、うめえ、うめえ。う……め、え」
様子がおかしくなった。
「お、おい?《P》」
「が、がはっ……これ、なんだ……よ」
顔色がドス黒く変色する。耳や鼻から黒煙が上がり始めた。《P》の腹がピーピー鳴り出している。
それは男子達が結局食べきれず、やむなく封印していた危険物。彼は禁忌を犯してしまったのだ。
「ト、トイレ……」
力なく歩きだす《P》。少し進んだところで、彼の下半身がズボッとグラウンドに埋まった。
「な、に……?」
息も絶え絶えに目を落とす。白い粘着質な液体があふれ出し、もう動くことはできなかった。
アリサがぼそりとフィーに言う。
「……全部埋めときなさいって言ったわよね」
「忘れてたのがあったみたい」
少し前のトラップ騒動で、グラウンドに掘った落とし穴の一つだ。
絶望した表情で《P》は振り返る。さすがのⅦ組(男子達)も憐憫の目で彼を見た。
「た、たすけ……――」
それが彼の最後の言葉だった。
「おい《P》!? 何か仕込んでやがったな。抵抗をしなければと言ったはずだぞ。見せしめだ。お前、立て!」
「い、痛いじゃないか! 何をする!」
激昂した《K》は手近な所にいた男子生徒――ヴィンセントの髪を荒っぽくつかみ上げた。
無機質な光を湛えた銃口が彼に突き付けられる。
「お兄様!」
フェリスが叫ぶと同時、その横を目にも止まらぬ速さで、黒い大きな影が駆け抜けた。
「あんたあ!」
怒りの形相をあらわにしたマルガリータだった。
「私のヴィンセント様に何やってんのよおーっ!!」」
鉄球のごとき拳がうなりをあげる。剛腕制裁。グランローゼの一撃が、《K》の顔面にめり込んだ。
悲鳴さえなく、ぶっ飛ぶ《K》。
まるで小石が水面を跳ねるように、縦に横に斜めに不規則に回転しながら、痛々しく、勢いよく、グラウンドをどこまでも転がっていく。
果ては体育倉庫の入り口に衝突し、その扉をぶち破って、彼は全員の視界から消えた。ズズウン、と倉庫内から重い衝突音が響き、土煙がもうもうと立ち込める。
「ムフォオン、こわかったわあん」
「ぐうっ!?」
一同絶句する中、急にしなを作って、ヴィンセントに抱きつくマルガリータ。彼の背骨とあばら骨がメキメキと圧砕のメロディを奏でた。
その顛末を、《C》は屋上から見ていた。
何と浅はかな行動を取るのだ。まさか、こちらが仕掛けた爆弾が偽物だとでも思っているのだろうか。
残念ながら、本物だ。
と言っても、言葉の全てが本当だったわけではない。実際のところ爆弾は複数ではなく、たった一つだけ。
だがそれで十分なのだ。仕掛けたと言えば警戒せざるを得ないし、疑念を抱いて動こうとする者がいれば、見せしめに爆発させてしまえばいい。
それで爆弾はなくなるが、ただの脅しではないと知らしめられる。もし反抗を企てていても、それ以降は下手に動けなくなるだろう。効果としては、申し分ない。
すでにアルフィン皇女は旧校舎前で捕えている。本来ならこの状況を作り出してから、彼女の身柄を確保する流れになると思っていたのだが、まさかその前に一人で動き、しかもあのような人気のない場所に自ら赴くとは思ってもみなかった。
かなり抵抗されたので、薬品をかがして今は気を失っているそうだが。
作戦はもう八割方成功している。
皇女には目を覚ましてもらう必要があるので、今やるべきを有体に言えば、その為の時間稼ぎだ。
……あの戦車みたいな女子は凄まじい。どうやら大人しくなったようだが、今の暴挙を見た他のの学生達が無用に勢いづいても困る。
爆弾を起爆させるなら、このタイミングしかない。
作戦の順番が変わるだけだ。段取りは変わらない。
「後悔しても、もう遅いぞ」
毒のある声で言い放ち、《C》は迷わず手中の起爆スイッチを押し込んだ。
無様な悲鳴をあげろ。軽卒な行動を悔いろ。
さあ、爆発だ――
「………?」
爆発しない。確かにスイッチは押している。設置ミスや危機トラブルか? いや、そんなはずはない。これが虎の子の一発なのだから、何度も起動確認してきたし、動作不良も起こさないよう細心の注意を払っていた。
なのに、なぜ。
わずかな焦りを覚え、グラウンドの様子をもう一度確認した時、一人の学生が立ち上がっていた。
遠目だったが、女子であることと、緑服であることは分かった。
「……なんだ、あいつは」
彼女は右手を高々と掲げている。
その手に握られていたものを目にして、《C》は屋上の囲い柵から身を乗り出した。
例の特殊な戦術オーブメント。
なぜあいつがあれを持っている。あれは赤服の奴等だけしか持っていないのではなかったのか。
そもそも、どうしてこのタイミングで立ち上がっている。それも物怖じをせず。嫌な予感。起爆スイッチを持つ手のひらに、じわりと汗がにじむ、まさか爆弾が作動しないことと何か関係があるのか。
何も出来なかったはずだ。その時間だってなかったはずだ。
あいつは誰だ。あいつは一体――
「あいつは一体、何をした!?」
マルガリータが相手を吹き飛ばしたのは、正直想定外だった。
タイミングはずれてしまったが、しかし問題ない。すでに爆弾の問題は解決している。
作戦の順番が変わるだけだ。段取りは変わらない。
静かにトワは立ち上がった。
「お前! 誰が立っていいと言った!」
相手の怒声には応じず、ゆっくりと右手を掲げる。その手に《ARCUS》を携えて。
周囲の男達が一様に困惑と焦燥の入り混じった表情を浮かべる。なぜそこにそれがある。そう言わんばかりの顔だった。
彼らの作戦は確かによく練られたものだ。限られた人数で教官室を抑え、皇女を確保し、その他大勢の動きを封じる。作戦遂行の為の立ち回りもスピーディかつスムーズ。
――ただ。
あえて挙げるなら、ここに至るまでに三つのミスがあった。
一つ目のミスは、《ARCUS》をⅦ組しか持っていないと認識していたこと。
「みんな」
彼女は一つ息を吸い、落ち着いた声音でそう言った。
応じたⅦ組総員が、即座に片膝を立てる。頭上で組んでいた手を解き、地面につける。まるでクラウチングスタートの構えのように。
「お前達、動くなと!」
一人が声を荒げ、銃を持ち上げた。
「よーい――」
銃口が向くよりも早く、トワは右手を振り下ろす。それはこの体育祭で、彼女が幾度となく告げてきた開戦の合図。
「スタート!」
トワの号令と共に、馬舎の扉が勢いよく開いた。雄々しい鳴き声を上げ、荒々しく飛び出してきたのは一頭の白馬。それにまたがり、手綱を握るのはユーシスだった。
「な、なんだ!?」
「よけろ!」
これが二つ目のミス。Ⅶ組の全員を、この場で拘束していると思っていたこと。
勇壮に駆ける白馬が、帝国解放戦線の包囲の一角を崩す。
「今だ! 行くぞ!」
リィンが叫ぶと同時、Ⅶ組は体育倉庫目掛けて一気に駆け出した。開会式の時に収めた全員分の武器が、そこにある。
「貴様らあっ!」
「ふざけた真似を!」
怒号が飛び交い、戦線メンバー達は各々の武器を構える。
立ち上がり、パトリックが叫んだ。
「Ⅶ組を援護しろ! こいつらに邪魔をさせるな!」
「了解よ、リーダー」
人質の中からフリーデルたち白組が躍り出る。
完全に予想外の抵抗で、陣形が乱れる解放戦線。
――今から三カ月程前。
帝都ヘイムダルで帝国解放戦線がテロを起こした際、被害が最小限に留まったのはⅦ組の力だけではない。混乱の中で事態収拾を行い、かつⅦ組に的確な指示を出し、彼らを現場に急行させた人物がいる。あの時、解放戦線のテロが成功しなかったのは、彼女の采配によるところが大きい。
彼らの三つ目のミス。それは生徒会長――トワ・ハーシェルを知らなかったことだ。
「士官学院生は一般来訪者と子供達の安全確保を最優先に。すぐにⅦ組のみんなが戻ってくるから!」
とっさの出来事で、ただ戸惑うばかりの大勢にトワは言う。
虚を突いただけで、形勢は逆転していない。向こうもすぐに態勢を立て直してくる。相手の手の内も見えておらず、最終目的もまだ分からない。
だがそれは戦いの常。理不尽も不条理も内包する戦場の常だ。
自分達は学んできた。それらを打ち払う術を、その為の心構えを。
「扉は壊れてる。このまま突っ込むぞ!」
リィンを先頭に、Ⅶ組勢が体育倉庫になだれ込んでいく。
反撃はここからだ。
~後編に続く~