虹の軌跡   作:テッチー

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バレットサバイバル

 昼休み。

 フィーは屋上に続く階段をてくてくと登っていた。

「あとは屋上くらいなんだけど」

 食堂、ギムナジウム、図書館、グラウンド、本校舎一階二階を探し回ってみたのだが、結局見つからない。

 となると残る場所は限られているというもので、彼女は屋上に足を伸ばしたのだった。

「先輩、それは僕のパンですよ!?」

「けちけちすんなよ。一口だけだって。あーぐ」

「ひ、一口がでかい!」

 屋上に繋がる扉を開けてすぐ、そんな声が耳に届く。

「……いた」

 屋上の一角に「はーっはっはー」と勝ち誇った笑い声を響かせるクロウと、「僕のパンがあ!」と打ちひしがれるマキアスの姿が見えた。

「返して下さい!」

「もう飲み込んじまったなー」

 端から見ていると、仲睦まじいというか、じゃれているというか、遊んでいるというか。どうやら昼食を一緒に食べていたようだが、隙を突かれたマキアスがクロウにパンを捕食されたらしい。

「まるで仲のいい兄弟みたい」

 フィーはそう思った。

 要領のいい兄と、生真面目な弟である。得てして弟はおもちゃにされがちだが。

 軽く息を付いてから、フィーはクロウに食い掛かるマキアスの背に歩み寄った。

「二人ともちょっといい?」

「ん、フィーか? ちょっと待ってくれ。僕はパンを奪還しなければならないんだ」

「だーから、もう腹の中だっつーの」

 声を掛けても尚、やいやいと言い合う二人。

「パンなら私の分けてあげるから。だから話聞いて欲しいんだけど」

 小袋から昼食用に持ってきていたコッペパンを取り出して、半分をマキアスに手渡した。

「え、いいのか」

「ん。先行投資」

 年下の女の子から簡素なパンを恵んでもらったマキアスは、ようやく落ち着きを取り戻す。

「いや、興奮してすまない。何しろ売店が混んでてパン一つしか買えなくって」

「まったく見苦しいぜ」

「先輩のせいでしょうが!?」

 いじられた分だけきっちり反応を返すマキアス。ユーシスとの小競り合いが絶えないわけだと納得し、フィーは仲裁の口を開いた。

「で、話を聞いて欲しいんだけど」

 ちょっとばかり低くなった声音に、二人の些細な口論は止まった。

「あ、ああ、そうだったな」

「わりぃ、わりぃ。で何だっけ。身長を伸ばす方法が知りたいのか?」

「違うけど……どうせ牛乳飲めとかだろうし」

 知りたくなくはないが、かといって別段伸ばしたいわけでもない。伸びるなら伸びればいいというスタンスだ。クロウに言われてフィーの脳裏によぎったのは、大きくなれば棚の上のお菓子を取るのに苦労しないという、ささやかなメリットだけだった。

「牛乳なんて定番だねえ。俺を誰だと思ってやがる」

「クロウだけど」 

 クロウはちっちと人差し指を振ってみせた。

「俺がお前の頭を、マキアスが足を持って反対方向に引っ張る。そうすりゃ明日にはガイウスくらいの長身になれるぜ。よかったなあ、ちびっこ」

「そんなことしたら、二人にいじめられたって委員長に言うから」

「ま、待つんだフィー。エマ君がそんな事知ったら――」

 委員長権限でⅦ組臨時学級会の開催だ。二人して黒板前に立たされて、特に女子勢からの集中砲火にさらされること受け合いである。

 ミリアムを守護するアガートラム。フィーを守護するエマ。Ⅶ組におけるこの二柱のサポート体勢は強固の一語に尽きる。

 特にエマはフィーの勉強面のみならず栄養、睡眠管理に至るまでフォローしている節がある。部屋で眠り過ぎていたら毛布をはがしにかかるし、今もコッペパンしか持っていないフィーの為に、弁当を片手に彼女を探し回っていたりする。

 もし授業参観があれば、教室の後ろに保護者に紛れて立っていても許されるくらいのザ・お母さんなのだ。

「それは勘弁願いてえな……」

「……同じく」

 強引に話を進める術は持たないフィー。要所で話の腰を折るクロウと、しっかり脱線に付いていくマキアス。当然、遅々として話は進まなかったが、それでも時間をかけて何とか本題に入ることができたのだった。

 

 フィーの話を聞き終わった二人の第一声は、

『それこそ勘弁願いたい』

 だった。

「なんで?」

 小首を傾げるフィーにクロウが言う。

「そりゃそうだろ。二日後には特別実習があるんだぜ。今から体力使ってどうすんだよ」

 マキアスも難色を示した。

「うーむ。力にはなりたいが、無用なケガを控えたい時期なのは確かだ」

 二人とも乗って来ないが、これはある程度分かっていた反応だ。

「ん」

 フィーはマキアスの手に向かって指をさす。正確には彼の持つコッペパンの半分に。

「それ。先行投資って言ったよね」

 夜の猫を思わせる金の瞳がきろりと光る。

「な、ずるいぞ。僕は――」

「もう一口かじってる」

 返品不可の上、代金未払いである。いつの間にか逃げ道を塞がれていたことに気付き、マキアスは言葉を詰まらせた。

「だ、だがコッペパンを再購入し、君に渡せば問題はないはずだな!」

「くく、もう諦めろって。そういうわけでこいつをしっかり使ってやってくれや。んじゃな」

 薄ら笑いを浮かべて、すたこらと脇を通り過ぎようとしたクロウの腕を、フィーは『はしっ』と掴む。

「クロウも来て」

「なんでだよ。俺は何もしてねえだろ」

 腕を振りほどこうとするが、フィーの手はくっついたまま離れない。

「さっき、私の身長をひどい方法で伸ばそうとした」

「し、してねえよ。つーか仮定の話だろうが!」

「未遂も罪」

 短く言い放ち、じっと二人を見据える。これだけお願いしてるのにと言わんばかりの顔だ。

「な、なんで僕達が責められる側なんだ」

「ほらとっとと教室戻れって。午後一発目はお前のだーい好きな導力学だぜ~」

「だったら……」

 どこまでも応じない二人に、フィーは再びあの言葉を使う。

「マキアスにコッペパンを取られて、クロウにいじわるたくさん言われたって……委員長に言う」

 末っ子スキル、“お母さんに言いつける”である。

「なっ?」

「てめっ!」

 フィーは《ARCUS》を取り出した。すでにエマが通信相手に選択され、あとはボタン一つでマザーコールだ。操作をあえてクロウ達に見えるように行い、じとりとした半眼を向けてみる。

「待て、話せば分かる!」

「悪かったって。身長は小さくても需要があるからよ」 

 いい感じに焦っていた。身長のくだりはよく分からなかったが。

「じゃあ、どうする?」

「ぐ……」

「仕方ねえ……」  

 フィーの背後に丸眼鏡を光らせたエマを幻視した二人は、額に一筋の汗を流し、結局彼女の依頼を受けることになるのだった。

 

 

 放課後。げんなりともどんよりともつかない、曇った顔のクロウとマキアスを引き連れたフィーがグラウンドを歩いていた。

 彼女はすたすたと普段通りに歩き、後ろに続く二人はあからさまに重い足取りである。遠目に見れば、囚人を連行する看守と言ったところだろうか。

 今日は馬術部もラクロス部も活動日ではないようで、グラウンドが余計に広く感じた。

 フィーの先導で、中ほどまで歩を進めたところで、

「はーい、待ってたわよー」 

 閑散としたグラウンドに、よく通る声が響き渡った。

「はー、やっぱりいやがったか。こういう時こそ捕まえとけっての、あの教頭」

 深く息を吐き出し、クロウは頭を落とす。

 グラウンド南側最奥、裏道に続く扉の前でサラが満面の笑顔で待ち構えていた。

「逆にあの笑みが怖いな……」

 呟いたマキアスはぎこちない動作で、眼鏡のブリッジを人差し指で持ち上げる。

 三人がそばまでやってくると、サラはうんうんと大仰にうなずいた。

「あらー、浮かない顔ね。そんなに導力学の授業が難しかったのかしら?」

 わざとらしい口調で軽く笑んでみせたサラに、フィーも含め、三人ともうんざりとした表情を浮かべた。

「ったく、俺だってヒマじゃねーんだぜ」

「今日はチェス部に顔を出す予定だったんですが……」

「めんどくさい」

 横並ぶ三つの渋面。

 フィーに連れられる形で来たマキアスとクロウはもちろんだが、元をただせばフィーとて半強制の参加だったのだ。

 

 ――遡ること数時間前。午前、授業後の小休憩のことである。フィーは廊下でサラに呼び止められた。

 サラからの要件を端的にまとめればこうである。

『今日の放課後、特別訓練をしてあげる。銃を扱う子達限定でね』

 もちろんフィーはにべもなく断り、隙を突いての逃亡も試みてみたが、結局は果たせず、特別訓練とやらを受けざるを得なくなった。

 ついでにこんなことも言われた。

『そうそう、クロウとマキアスにも声掛けといてね。べつに来ないなら来ないでもいいけど、そうしたらフィーが一人で訓練受けることになるから』

 一人でサラと特別訓練などと、体がいくつあっても足りない。

 逃げる、隠れるといった技能で今日一日やりすごせるだろうか。思いかけて彼女はあきらめる。

 どうせサラには通じず、発見、捕縛、連行の上、余計なトッピングも追加しての特別訓練。そんな流れになるのが目に見えていたからだ。

 そんなわけで、しぶしぶの呈ではあるものの、フィーは残る二人の銃使い達を探していた――というわけである。

 

「ほーらほら、そんな顔しないの。早く終わらせたかったら気合い入れなさい」

「まったく、どうして今日やろうなんて思ったんですか。事前に告知してくれれば……」

 訓練と言っても具体的な内容は知らされていなかったが、フィー伝手で目的は聞いていた。

 三者三様の銃使い。二丁拳銃のクロウ、散弾銃のマキアス、双銃剣のフィー、それぞれの持つ武器特性と中~遠距離技を組み合わせたコンビネーションを、実戦での使用に耐えうるレベルに向上させる為だ。

 銃での戦闘は難しい。

 状況に応じて起点、補助、追撃、とどめとフィールドを立ち回らなくてはならない。故に不可欠なのが仲間との連携である。

 それは正論なのだが、疑問は九月も終盤に差し掛かる『この時期になぜ』である。

 今までにも望まぬ形ではありながら、実戦は経験している。対策とするならば、その際や直後に技能訓練を行えばいいのではなかったか。

 なぜ今日やるのか、マキアスの問いに対するサラの答えはこうだった。

「思いついたからよ」

 あっけらかんとサラは言い、開口したまま静止するマキアスをよそに続けた。

「あとあんた達の実習先はルーレ市だしね。あそこはあそこできな臭い場所だし、自力の底上げは必要よ」

 クロウ達は顔を見合わす。言われてみれば、ここにいるのは全員ルーレ組だ。

 とは言え班分けを考えたのはサラである。実習目前のこのタイミングに言い出したことから、本当に思いつきなのだろうと理解し、三人はがくりとうなだれた。

「受けちまったもんは仕方ねえか。こうなりゃ早いとこ終わらそうぜ」

 ようやく観念した様子のクロウが口を開く。

「うんうん、素直が一番。主旨はフィーから聞いてるわね? それじゃ今から細かい訓練内容を説明をするわ」

 軽く咳払いをしてからサラは言う。

「今から銃のみを使用して私と戦ってもらうわ。使う弾は特殊ペイント弾。私が赤であんた達は青ね。それでルールだけど――」

 サラが手元のボードに書かれた、簡易の戦闘設定を読み上げる。

 内容は以下の通りだ。

 

・ペイント弾が頭部、胸部に命中した場合、その人物は戦闘不能とみなされる。また足、手などの致命傷に至らない部位に被弾した場合は、個人の裁量による行動障害を課す。

・担当教官も含め、銃弾は一人につき十発。補充はない。

・フィールド内にあるものは全ての利用を可とする。ただし、攻撃手段は銃に限るものとする。

・担当教官に勝利、もしくはチームが全滅した時点で訓練を終了する。

 

 以上である。

「つまりサラ教官にペイント弾を命中させたらいいんですね。あと『個人の裁量による行動障害』というのは?」

「たとえば右足に被弾したら、びっこ引いて歩くとか。手に当たったら、命中した側の腕は使わないとか。でも今日はジャッジがいるわけじゃないし、その辺は適当にあんた達に任せるわ」

「なるほど。それでフィールドというのは?」

「ふふーん、それがここよ」

 サラは手を裏道へとかざす。

 裏道への門は普段施錠されているが、中は森林道のようになっていて、脇に逸れたら草木でそこそこ入り組んでいる。定期的な剪定や整備は用務員であるガイラーが行っているが、秋口の落ち葉は多く、雑多な様相が見て取れた。

 現在は区画を一時的に封鎖しており、第三者の立ち入りはない。もっとも普段でさえ、この場所を通る者などまずいないが。

「じゃあさっそくペイント弾装填して。もちろん私も十発ね。あんた達の合計弾数が三十発だから、私はその三分の一。ついでに剣も使わないわよ。いやーこれは不利だわ」

「よく言うぜ」

 一言吐き捨てて、クロウは銃弾をセットしていく。

「ガンナー三兄妹でしょ、あんた達。しっかり連携取りなさいよ」

 初めて耳にする語彙に、三人は顔をしかめた。

「くく、こいつらが弟と妹じゃあ兄貴の苦労が知れるってもんだぜ」

「こんな兄さんはいりません」

「同じく」

「お前らな……」

 クロウに注がれる本気の声音と、冷ややかな視線。

 ややあって、フィーとマキアスの準備も終了した。

「それじゃ始めるわよ。あんた達がこの中に入ってから十分後に私が後を追う形ね」

 錠が外され、錆びついた音と共に柵門が開いていく。

「それじゃスタート!」

 いつものウインクに押し出され、三人は林道へと駆け出した。その手に各々の銃を携えて。

 

 

 地面を這う草や蔓を軽快に飛び越え、木々の間を敏速に走り抜けるフィーとクロウを、少し遅れてマキアスが追う。

「マキアス、早く」

「先手を打つには位置取りが重要だぜ。ほら走った走った」

 足元の悪い地形を前方の二人は苦もなく疾走し、息切れも見られない。

「あの二人の体力はどうなってるんだ……!」

 それでも追いすがらねば、後方から襲ってくるであろうサラに一番の標的にされてしまうのだ。それだけは何としても避けたい。

 無理やりにでも速度を上げようと足に力を入れた時、「ん、ここがいい」と最前を行くフィーが急に足を止めた。

「お、悪くねえな」

「だああ!」

 急制動に耐えられず、しかも石ころに蹴躓いたマキアスは、倒れ込みながらクロウの背に思い切り頭突きを見舞ってしまった。

「いでっ! お前何やってんだよ」

 背後からの衝撃に転げそうになるクロウだが、何とかその場に踏みとどまる。

 一方のマキアスはしっかり顔面から転倒しており「す、すみません」と上げた顔からは、土埃と枯れ葉が落ちてくる。

「大丈夫? サラの前でこけなくてよかったね。容赦ないから」

 平坦な口調で言いながら、フィーは膝を払うマキアスを見やる。

「気をつけるよ。というか容赦ないのか? 一応訓練だぞ」

「何言ってんだ。相手はサラだぜ。お前さんの足を片方ずつ撃ち抜いて動けなくしてから、えげつねえ拷問を仕掛けてくるぞ。隠れた俺達をあぶり出す為に、みっともない悲鳴をあげさそうとしてな」

「ま、まさか」

「まさかじゃねえよ。笑いながら順番に指の骨をへし折ってくんだ。その都度、ヘビーな失恋話を耳元で囁きながらな。そこいらの一般人なら確実に精神の均衡を失うぜ」

 ショットガンを握る手がじとりと汗で滲む。

 真顔かつ神妙な口調で言うクロウ。あくびをするだけで否定はしてこないフィー。マキアスはちょっとだけ信じかけていた。 

「そ、それでフィー。この場所がいいのか? 僕にはよくわからないが」

「ここは木が多いから。あと隠れる場所もある」

 フィーの視線に合わせて、マキアスは首を巡らしてみる。確かに大きな木がまばらに立ち並び、ちょっとした茂みも近くにあった。

「会敵の仕方は大事。一応ここに来るまでにわざと関係ない枝を折ったりして、経路の撹乱はしてみたけど、サラには多分通用しないし」

「あの速度で走りながらそんなこともしてたのか……」

 そんな折、周囲を見回していたクロウが口を開いた。

「うし、今から作戦会議だ。サラが俺らを探し当てるまで十分から十五分ってとこか。時間がねえから手短にいくぜ」

 クロウの声音が変わった。空気が薄く張り詰め、ぴりぴりと肌を刺す。戦闘の緊張感が漂い始めた。

「最初に言っとくが、正面から一対一の状況にはなるな。まず勝てねえ。木の陰を走って常に相手を挟み込むように立ち回れ。あと《ARCUS》のリンクは使うな」

「リンクを? なぜですか、コンビネーションで教官に対抗するなら必須だと思うのですが」

「こっちは三人だ。二人がリンクすると一人が溢れちまうだろ。残った一人は阿吽の呼吸を実現しちまう《ARCUS》の連携について来られない。足並みが乱れればサラは必ずそこを狙ってくる」

「そ、そうか。確かにそうですね」

 理路整然と戦局の想定を並べ立てるクロウにマキアスは舌を巻いた。軽薄な口調こそ普段と変わらないが、この戦闘における先見の明には目を見張るものがある。

 先の先を見据え、裏の裏を読む。果たしてこれは生来の業なのか、経験の成せる術なのか。そんな疑問が脳裏をよぎったのも一瞬、傍からフィーが落ち着いた声音を差し挟んだ。

「この辺りにあるもので簡単なトラップ作ってもいいよ。足止めくらいにはなると思う」

「攻撃手段は銃だけじゃないのか?」

「直接の攻撃手段には使わない。攻撃の起点にするだけ。それにフィールド内にあるものなら全て使用していいって言ってた」

 彼女は辺りで使えそうなものに、早くも目星をつけている様子だ。

「最後に弾数の確認とその使用についてだ。俺とフィーは二つの銃に五発ずつ装填する。で、マキアスの散弾銃は一回のトリガーで五発まで同時に撃てるように調整しとけ」

「五発……ですか」

 本来ならもっと多くの弾丸を斉射することができる。しかし今回の指定弾数は十発。

 一回の射撃を五発に抑えても、マキアスには二回しか撃つチャンスがない。加えて両手持ちがスタンダードの為、近距離に入られたら取り回しがどうしても遅れる。

 展開の早さが予想される今回の戦闘は、ショットガンにはいささか分が悪い。

「基本的にマキアスは後方支援だが、当たると判断したらためらわずぶっ放せ。つってもフィーが素早く引っかき回して、俺が中距離から狙うのが理想的だな」

「だね」

「了解です」

 あらかたの役割分担が決まったところで、クロウはフィーに目を向ける。彼女は地面の状態を調べたり、木の枝や蔓を物色していた。

「サラが来るまでに、ちびっこトラップはできそうかよ?」

「……いつかクロウの部屋に爆弾仕掛けるから」

「おっかねえな」

「一体どういうの作ってるんだ?」

 興味深げにマキアスがのぞき込む。

 フィーはその辺に落ちていた蔓を束ねて長いひも状にし、木の根元にくくり付けていた。さらにそのまま地面を這わせた蔓を落ち葉で隠し始める。

「即席ブービートラップ」

「さすがというか、相変わらずの手際だな。ちびっこトラップも侮れないな」

「む。マキアスまでそんなこと言う……――っ!」

 素早く向き直ったフィーは、マキアスの胸を力いっぱいに押した。

 いきなり押し出され、たたらを踏む。同時に響く一発の銃声。

 一秒前までマキアスが立っていた場所にペイント弾が着弾した。赤い飛沫が飛び散り、血痕よろしく地面を紅に染める。

「う、うわあ!?」

「早すぎんだろ……!」

 即座に銃のセーフティを解除して、クロウは焦れた声で言う。

 直後、俊敏な身のこなしで木の上から地面に着地する影。舞い落ちる木の葉の中に、淀みなく持ち上がる銃口。

「さあ、シャロンの洗濯仕事を増やしちゃおうかしら」

 紫電のバレスタイン急襲。赤と青の銃撃戦が始まった。

 

 

「くそっ!」

 サラの目が体勢を崩したマキアスを捉える。

 動揺を隠せないまま、マキアスは応戦のトリガーを引いた。 

「ダメだ、撃つな!」

「え?」

 クロウが制止の声を飛ばした時には遅く、すでに銃弾は放たれていた。

 刹那の内に射線上から退いたサラの脇をかすめ、吐き出された散弾が遠くで青いしぶきを散らせる。

「だめよ、せっかくの散弾を至近距離で撃ったら」

 散弾はその攻撃範囲に真価がある。ただしそれが活きるのは弾道が広がる中距離からだ。至近距離では威力減衰こそ無いものの、肝心の武器特性が活かせない。

 咄嗟の判断を見誤った。しかし悪態をつくよりも早く、サラの銃はマキアスに向けられていた。

「後ろに跳べ!」

 鼓膜に突き刺さる鋭い声。弾かれたように身を退く。絶妙のタイミングで、フィーとクロウの十字火線がサラを狙った。

「あっとと」

 豹を思わせるしなやかな体捌きで、サラは飛来する銃弾を一足飛びに避けた。

「フィー、着地を逃すなよ」

「わかってる」

 サラの足が地に着いた瞬間、双銃剣が四発の咆哮を上げる。放った連射は全て外れ、サラの周囲の土くれを爆ぜさせただけだった。

「残念、はずれね」

 青霧の被膜を裂いた反撃の銃弾が、フィーのすぐそばの木に命中した。

 パァン! と幹から破裂音が響き、返礼の赤いペイント弾が霧状となって視界を奪う。 

「双銃剣の射撃は手数による足止めがメインよ」

 構造的にも双銃剣は精密射撃に向かない。持ち手やグリップの形状から銃撃の反動を流しにくいのだ。あくまでも牽制に用い、接敵の起点にするのがセオリーだ。

「わかってるけど」

 言いながらもう一発。が、悪い視界と定まらない照準では牽制にもならなかった。

 素早くサラは木の裏へと身を隠す。

 フィーとの応酬の間に、サラの死角に回り込んでいたクロウが茂みから飛び出した。

「逃がさねえよ。覚悟しやがれ」

「あら、やるじゃない。でも――」

 肩越しの銃口をクロウへと向け、発砲。

「うお!?」

 ろくに目標も見ずに撃った弾は、恐ろしい正確さでクロウの額に迫った。

 弾道など肉眼で捉えられるはずもないが、反射的に上体を逸らしたクロウの鼻先を銃弾がかすめていく。

 体勢を崩しながらも彼は叫んだ。

「お前の位置がベストだ、撃て!」

 フィーとクロウの銃撃のおかげで、マキアスとサラの距離が開いている。散弾の効果が発揮される距離だ。

 体に染みついた動作でハンドグリップを前後にスライドさせ、空薬莢を排出。マキアスはサラに向けてショットガンを構え直した。

「いける……!」

 位置、範囲は申し分ない。確実に当たる。

 マキアスが引き金に指を掛けた時「そう、その位置がベストね」と、サラは素早く手を地面に潜り込ませ、ぐいと何かを引っ張りあげた。

「何を、おお!?」

 ぴんと張ったロープが、突然足元から持ち上がる。

 いや違う。これはロープではなく蔓だ。さっきフィーが仕掛け途中だったブービートラップ――

 マキアスが理解すると同時に、その足は蔓に絡めとられる。

 不意の衝撃。銃身が激しく震えた。思いがけず指先に力が入り、引き金を引いてしまったのだ。それもでたらめな方向に向かって。

「……っ!」

「やっぱりいい位置。今度こそお終いよ」

 蔓の位置を看破していたサラは、フィーのトラップを利用した。足を絡めとられたマキアスは、成す術なくその場に横転する。

 にわかに鋭さを帯びたサラの瞳が、獲物を見据えた。

「し、しまっ……」

 辺りを鮮烈な光と大音響が支配した。閃光の中に響く声といくつもの銃声。

「くそっ、一時撤退だ!」

「り、了解!」

「こっち。誘導するから目は伏せたままにしといて」

 

 程なくして辺りに静けさが戻る。

 周囲にクロウ達の姿はすでになく、サラは小さく嘆息した。

「閃光手榴弾ね。まあ、直接攻撃に使ってないからいいけど」

 残弾を確認した。そこそこ撃ったから残るは三発だ。

「一人につき一発。問題はないわね。さあ、あの子達ここから巻き返せるかしら?」

 どことなく楽しげな声音でひとりごち、サラは落ち葉の上を歩き始めた。

 

 

「なんつーか、とんでもねえな」

 クロウがため息交じりに言う。

 三人は林のさらに奥、大きめの茂みに身を潜めていた。

 人が立ち入ることはまずないのだろう。開けた場所ではあるが、地面に積もる落ち葉は多く、立ち並ぶ木々も好き放題に枝を伸ばしている。

 フィーは頭にかかった葉っぱを払った。

「さっきは虚を突かれた形だけど、万全の状態で応戦してても際どかったと思う」

「まあな。こちらからはどう攻めるかね」

 腕を組み、思案するクロウ。

 正攻法は意味がない。策を弄しても通じない。中途半端なトラップは逆に利用される始末。

 となれば――

「心理戦で勝つしかねえな」

「……それこそ難しいと思うけど」

 サラが戦闘において彼らより圧倒的に秀でているもの。それは技術よりも相手の手を読む巧みさにある。経験に裏打ちされた心理把握は、二手三手先の展開を予測し、戦いを有利に運ぶのだ。

「だがやるっきゃねえな。長引く程不利になる。次の一手で勝負を決める方法を考えないといけねえ」

「何か策があるの?」

「相手の予想の全てを裏切る」

 短く答えたクロウは、銃に目を落とした。

 熟練者の戦闘予測は言ってしまえば脊髄反射である。その状況が起これば、考えるよりも早く、瞬時に何パターンもの展開を脳が弾き出し、その中から最適な選択を拾い上げる。

 クロウが言うことはつまり、サラが描くであろう全ての選択肢に含まれない行動を取るという事だ。

「サラは戦闘技能も即時の判断も一級品。裏をかく術も熟知してるし、こっちが裏の裏をかこうとすることも多分想定してる。ああ見えて油断もしてないし隙もみせない。そんな相手の虚をつくなんて無理」

 冷静に事実を並べ立てるフィー。そんなことはクロウにももちろん分かっていた。

「だー! 埒があかねえ。おらマキアス、黙りこくってねえでお前も何か案出せ」

 少しの間のあと、マキアスは重たく口を開く。

「僕が囮になる。サラ教官を引き付けている間に、二人で彼女を攻撃して欲しい」

「それは……」

「いいんだ」

 フィーが言いかけるのを制して、マキアスは続けた。

「僕はもう銃弾を撃ち尽くしてしまった。今できることは限られている」

 現在の残弾数はクロウが三発、フィーが二発、マキアスはゼロだ。

「それに、これだ」

「……おいおい」

 右足を二人に見えるように出す。膝下には赤い塗料がべったりと付着していた。

「閃光の中で撤退する時、足を撃たれていたんだ。ルールに従うなら行動障害によって僕はほとんど動けないはず」

 マキアスは先の戦闘で、無駄弾を撃ち、しかも自分のフォローの為に仲間の弾薬も無用に消費させたと思っている。二人の足を引っ張ったと感じていたのだ。

「これ以上、足手まといにはなりたくない」

「気にしなくていい。最初の立ち位置に運がなかっただけ」

 気遣うフィーだが、一方のクロウは何かを考え込んでいる。

「……オーケーだ。お前を囮に使う。サラの残弾は三発のはずだ。一発でも誤射すれば俺達の勝ちが見えてくる」

 すくりと立ち上がり、クロウはマキアスを見る。

「先輩、任せて下さい」 

「クロウ、ちょっと待って」

「わかってる。捨て駒のようには使わねえ。必ず三人生き残った状態で訓練を終わらせるぞ」

 強い口調で彼は告げた。

「チャンスは一度きりだ。お前ら気合い入れろよ」

 

 

 十分後。サラはその区画に到達していた。

「……この辺ね」

 先の撤退の際には、移動の痕跡を消す程の余裕はなかったのだろう。折れた枝葉は進行方向を、不自然に乱れた落ち葉や地面の抉れは、足幅や移動速度を示している。

 油断なくサラは銃を構えた。

「………」

 意識を集中する。感じる。静寂の森林にあって、息を潜める獣の敵意。一つ、二つ、三つ。全員が何かを狙っているという、否応にも肌が粟立つ感覚。

 攻勢の気を隠そうともしていない。むしろ“この場で戦う、応じろ”という彼らのサインか。

 自分を前にしても、逸っていない。急いてもいない。捨て鉢にもなっていない。本気で勝ちを取りにくると分かる。

(どう仕掛けてくるかしら?) 

 誰が何発撃ったかはサラも把握していた。

 先ほどの戦闘結果と、彼らが取るであろう行動を今一度熟考する。こちらの発砲回数も数えられ、残弾数も知られているという前提でだ。

 まず、正攻法では来ない。こっちの弾数を減らそうとしてくる。しかしトラップをいくつも仕掛けている時間はない。現状で効果的な策として考えられるのは、囮を使うこと。クロウとフィーにもその案はあったはずだが、先の戦闘を経て、おそらく提案するのはマキアスだ。彼の性格上、提案したからには自分を囮に使えと言うはず。加えて弾も使い切っているから、その可能性はさらに高い。

 そして――その案は採用されている。多分、クロウによって。

 しかし――自分がここまで読むことは、彼らも承知している、と考えるべきだ。

 ならば――あからさまに囮から姿を現すことはない。

 これら三点を踏まえた上で、必ず何かしらの行動を起こす起点がある――

「っ!」

 研ぎ澄まされ、拡がりゆく意識。その中に投げ込まれた異質な感覚。

 閃光弾だ。直感が告げると同時に、頭上で光と音が炸裂した。咄嗟に目を閉じ、両耳を塞ぎ、口を半分開く。

 第一波の音響を凌げればそれでいい。問題は音よりも光。頭上で作動させたのは、上を見られたくないということ。

「あまい!」

 銃を空に突き出す。収まりつつある閃光の中に見えたのは二つの影。木から勢いよく飛び降りてくるクロウとフィーの姿だった。

 囮にマキアスを使わなかった? あるいは奇襲だけで片が付くと思っていたのか?

 わずかな疑念は一瞬で吹き消して、サラは二人より早く引き金を引いた。

 轟く二発の銃声。狙いは寸分も狂わず、クロウとフィーの胸に命中した。

「ぐっ」

「結構痛い」

 空中でバランスを崩した二人はどさりと地面に落ちる。

 しかし動きは止めず、フィーは木の根元にあった蔓を手繰り引く。クロウが不敵な笑みを浮かべた。

「今だ、マキアス!」

 反射的に、クロウの視線の先に目を向ける。がさりという物音と、銀に煌めく金属質な光――

「そこっ!」

 鋭く銃口の突き付け、迷いなく銃弾を放つ。

 命中。

 ペイント弾とは言え、着弾の衝撃にマキアスの眼鏡はブリッジからへし折れ、レンズが粉々に破砕した。赤い塗料がまるで噴き出した鮮血のようにしぶきを上げ、陽光の下に細かな輝きを拡げながら、その命を散らせゆく。

 そう、蔓に吊るされた眼鏡だけが、砕け散っていた。

「これが囮!? 本体は」

 少し離れた場所で、積み重なった大量の落ち葉が持ち上がる。

 ショットガンを構えたマキアスがその姿を現した。

「今度は外さない! というか本体って何ですか!」

 口に入っていた枯れ葉を吐き出し、照準を合わせるマキアス。

 サラも素早く銃を向け直した。

 そして気付く。自分の弾倉にもう銃弾はない。

 さらに思い至る。マキアスとて弾は尽きている。

 浮上する可能性。フィーとクロウが囮となった意味。

「チェックメイトです、サラ教官!」

「しまった!」

 二人の残った弾丸を、マキアスに託したのか。

 応戦はできない。射線からの回避を――

 思いかけて、芋蔓式に引き出した最後の答えは、回避不能。なぜならば、

「ショットガンの攻撃範囲は広い。ですよね?」

 引き切られたトリガー。斉射される散弾。

 数発が命中し、サラの赤髪が青く染まった。

 

 

「うえー、ギムナジウムでシャワー浴びなきゃだめじゃない」

 べっとりと髪についた青い塗料を拭いながら、サラはうめいていた。

「似合ってるぜ」

「うん、いいんじゃない」

「あ、あんた達ねえ!」

 訓練終了。三人の勝利である。

 サラの裏をかくことに成功したクロウもフィーも上機嫌な様子だった。ただ一人マキアスを除いて。

「僕の眼鏡……実家にスペアあったかな……」

 意気消沈の肩をクロウが強く叩く。

「しゃきっとしろって。なんたってサラ教官殿を完封したんだぜ。胸張れよ」

 にんまりと口の端を上げて、サラに目をやる。

「なーに言ってんのよ。マキアスはともかく、あんたとフィーにはちゃんと当てたじゃない。完封なわけないでしょ」

「おいおい、よく見てくれよ。なあ?」

「だね」

 クロウとフィーは意味ありげな目配せをしてみせたあと、それぞれの武器を取り出した。

「何のことよ……ん?」

 サラは気付いた。ペイント弾が直撃したはずの二人の学院服は小奇麗なままだ。その代わりに赤く染まっているのは、二人が手にしている二対の銃。

 クロウもフィーも、銃身でサラの攻撃をちゃっかり防いでいたのだ。

「余裕だぜ」

「ぶい」

「僕の眼鏡……」  

 常に相手の裏を取ろうとするクロウ

 立案を実現する技能を持つフィー

 戦況を正しく把握し、作戦を実直にこなすマキアス 

 Ⅶ組きってのガンナー達の連携に、今度こそサラは認めざるを得なかった。

「まったく……今回ばかりはあたしの完敗ね」

 

 ●

 

 夕方。第三学生寮、洗濯場にゴシゴシという音が絶え間なく響く。

 クロウ、マキアス、フィーは順番に肩を並べ、服の汚れをひたすら落としていた。直撃こそしていないものの、飛び散った赤い飛沫が服のあちらこちらに付着していたのだ。

 シャロンが洗濯を申し出てくれたが、この程度は自分達でやると告げ、今に至るわけである。

「赤服だから目立たなくてまだよかったぜ。おい、そっちの洗剤取ってくれ」

「眼鏡がないので見えません」

 ぷいとそっぽを向くマキアス。

「まだ怒ってんのか? お前が囮を買って出たんだろうがよ」

「眼鏡を囮にするなんて言ってませんよ!」

 抵抗空しく取り上げられたマキアスの眼鏡は、その場でフィーが蔓を巻き付け、トラップの一部にしたのだった。

 さらにマキアスを地面に隠すため、寝そべって不自然にならないように穴を掘り、枯れ葉でカムフラージュを施した。

 しかし限られた時間の中での作業は乱雑を極め、最終的に二人掛かりでマキアスの頭をぎゅうぎゅうと地面に押し込み、一通りの体裁を保ったあとは、雪崩のように落ち葉をかけまくると言う非道なやり口で、最後の仕込みを済ましていたのだ。

「またコッペパンあげるから」

 上着の汚れをこする手は止めずにフィーが言う。

「コッペパン一つで眼鏡と釣り合うわけがないだろう」

「何個ならいいの?」

「そういう問題じゃなくてだな……」

 騒がしくなった洗濯室をシャロンが覗き込んだ。

「どうかなさいましたか?」

 声をかけたシャロンに気付く様子もなく、相変わらずやいやいと言い合う三人。

 その横並ぶ後ろ姿を見て、微笑ましげに頬を緩めると、彼女は率直な感想を口にした。

「まるで仲の良いご兄妹のようですね」

 

 

 ~FIN

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆おまけ☆

 

 昼休み。弁当を片手にエマは走っていた。

 今日はコッペパンを昼食にするというフィーの為に、野菜たっぷり栄養満点のお弁当を持ってきていたのだ。

 が、いざ昼休みになるとフィーの姿は見当たらない。そういうわけで彼女のことを探し回っているのだが。

「はあっ、はあ」

 息を切らして走るほど切羽詰まっているのは、フィー捜索の為ではない。

 自分の後ろを、もの凄い速さで追走してくる用務員がいるからだ。

「今日も元気がよくて何よりだ。紅のグラマラス」

「学院でその名前はやめて下さいー!」

 歩いているエマを見つけるなり、まるで獲物が巣にかかった蜘蛛のように、ガイラーは機敏な動きでエマを追いかけ回し始めた。

 脇にいつもの封筒を抱えながら。

「待ちたまえ。新作ができたのだよ。『リィンのバラ色愛道中』というタイトルでね。様々な愛の形を知る群像劇なのだが――」

「だからリィンさんだけ本名を使うのやめてあげて下さい」

「ふふ、君は優しいな。まさかリィン君のことを? やめておきたまえ。不健全だ」

「そ、そんなんじゃありませんから! そもそも不健全じゃないですし。いえ、私とリィンさんがということじゃなくてですね! というかガイラーさんの思考回路が分からないんですが。もう、何なんですか!」

 頭に浮かんだ言葉をまとめる余裕もなく、中庭前まで逃げてきたところで、エマは急制動、急転回。ガイラーに向き直った。

「鬼ごっこは終わりかね?」

「またこの展開ですか……」

 弁当を道の端に置き、魔導杖を構えるエマ。

 フィーを探せばガイラーに当たるというジンクスである。最近エマはフィーを捜索する際、魔導杖を持つようにしていた。

 前口上も、威嚇も、交渉も、全て不必要なことを知っている。

 魔導杖が鳴動し、光陣が浮き立つ。五本の輝く大剣が生成され、エマの周囲に滞空する。波動が大気をびりびりと震わせた。

「いいね。実にいい。年甲斐もなく胸が高まるよ」

「手加減はできませんよ?」

「ふふ、愚問だね」

 エマは息を吸い、魔導杖を高く掲げた。

「なんと……!」

 ありったけの力を注ぎ込む。輝く粒子が大剣をさらに作り上げていく。

「まだ……っ」

 扇状に展開していくその数は、実に十五本。日々迫り来るガイラーを退け続ける内に、いつの間にかエマの力は跳ね上がっていた。

 彼との一度の戦闘で得られる経験は、旧校舎探索の三往復分に相当するとかしないとか。

「えい!」

 掛け声と共に、並び立つ光剣がガイラーに襲い掛かる。軌道、タイミングも多種多様だ。

 回避の隙間もない容赦ない連撃に、ガイラーは後ろに飛び退いた。その先には中庭の池がある。そこに相手を誘導するように、エマは剣を巧みに飛ばした。

「もう少し――え?」

 ガイラーの後ろに人影が見えた。

 池で釣りをしている白服の生徒。ケネス・レイクロードだ。集中するあまり、エマは彼に気付かなかったのだ。

「ん?」

 急に波打ち始めた水面に、ケネスも異変を察知し、校舎側に目を向ける。

 直後、視界いっぱいに広がる用務員の背中と、傍らを抜けていく幾重もの閃光。

「え? え?」

 戸惑いもわずか、ぶつかってきたガイラーの背中に押し出され、ケネスは池の中にざっぱーんと落ちた。

「む、いかん。未来ある青い果実が!」

 落ちたケネスを助ける為か、ガイラーも池の中へと飛び込んだ。

 しかしガイラーと入れ違うように、ケネスはすぐさま水面に顔を出す。

「げほっ、何だったんだ……最近何だかよく池に落ちるな」

「よ、よかった」

 岸の柵を掴んだ彼を見て、エマはほっと胸をなで下ろす。

 ケネスが体を外へと持ち上げ、片足を池の淵にかけた時だった。

 水中から突如として伸びた腕が、その足首をがしっと捕まえた。 

「へっ? うわあああ!」

 しわだらけの魔の手が、無垢な釣り人を再び池の中へと誘う。

 困惑と焦燥にかられる中、ケネスも必死に抵抗を試みる。しかし陰湿かつ執拗な手練手管には抗えきれない。半身は徐々に水中へと引きずり込まれていった。

「ひっ、何だよ、これ? わ!? ど、どこさわって……やめっ、やめてええ!」

 ついに彼の手が柵から離れる。ごぼごぼと音を立てて水中に消えてしまった釣皇倶楽部の部長。

 捕食される獲物の最後。ばしゃばしゃと水面から水しぶきが上がっていたが、しばらくするとそれすらもなくなった。

 呆然と立ち尽くすエマ

「………」

 助けに行ったんじゃなかったんですか。

 思っただけで声に出す気力はなく、置いていた弁当を拾い上げると、エマはふらふらとその場を去っていった。

 

 その後少しして、中庭のベンチに力なく横たわるケネスの姿があった。

 まるで魂を奪われた抜け殻のように、彼は動かない。時折、閉じた瞳の端から思い出したように一筋の涙が流れるのみだ。

 フィーを探すとガイラーに当たるというエマのジンクスと同様に、フィー関連に間接的にでも巻き込まれば、もれなく不幸が訪れるというジンクスが、ケネスの中に着々と刻まれつつあった。

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 

 

 ――後日談――

 

 フィーは寮の自室で浮かない顔をしていた。

 思い返すのは先日、クロウ達と行った特別訓練のことである。

 はっきり言ってあの場所は自分の得意とするフィールドであった。使えそうな素材は山ほどあったし、トラップを作るにも手間取るはずはなかった。

 しかし初回のトラップは完成させられなかったあげく、逆にサラに利用されてしまった。効果があったのは最後の眼鏡トラップだが、あれをトラップと呼んでいいのかは正直微妙だ。

 正攻法スタイルが多いⅦ組勢にあって、搦め手で敵を翻弄したり、足止めをする必要があった場合、それができるのは自分だけだというのに。

「というわけなんだけど」

「うんうん、なるほどねー」

 そんな懸念を吐露するフィーの前には、絶え間なくお菓子を口に運び続けるミリアムがいた。

「聞いてた? ミリアム」

「ちゃんと聞いてたよ、もぐ。要するにトラップ作りの、あぐ。勘を取り戻したらいいんでしょ、むぐ」

「飲み込んでから話して」

「うん、ちょっと待って、むぐぐ」

 グラスのジュースを飲み干したミリアムは、満足そうな表情を浮かべた。

「んー、こんなのはどう?」

「なに?」

「学院中にトラップを仕掛けるんだよ。広いし、色んなシチュエーションがあるし。それで罠だらけの学院の中を、Ⅶ組のみんなで宝探しとかしてもらうんだ」

 トラップとは心理戦の集大成の一つである。相手の行動を先読みし、逆手に取り、仕留める。学院中に大量に罠を仕掛ければ、嫌でも勘は戻ってくるだろう。

「それは……いいかも」

 それに何より、幼さの残る感性が面白そうだと叫んでいた。

「でしょー。ボクも手伝うからさ」

「ミリアムもトラップ作れるの?」

「工作技術はあるから大丈夫だよ。機械関係の仕掛けや、機材の用意とかもできるよ。クレアにも協力してもらおっと」

 ミリアムの言う工作は、おそらく図画工作の類ではなく、破壊、隠蔽工作の方だ。

 さっそく二人は模造紙を引っ張り出してきて、学院の見取り図を描きながら、あーでもないこーでもないと議論を重ねる。

「ちょっと楽しみ、かな」

「にしし、ボクもー!」

 最年少二人組の企みは、水面下で進行中である。

 

 

~『ちびっこトラップ』に続く~

 

 




最後までお付き合い頂きありがとうございます。
前回が剣士達のお話だったので、今回は銃使い達のお話にしてみました。クロウは完封と言っていますが、実際は辛勝というところでしょうか。

そういえばずっと疑問だったのですが、導力銃って導力の力で銃弾を飛ばしているのか、導力そのもののエネルギー弾を飛ばしているのか、どっちなんでしょう? 薬莢が落ちる演出があったり、ポンプアクションがあったりと、銃弾がありそうな感じなんですが……
詳しい方がおられれば、ぜひ教えて頂きたいですね!

では次は話の大枠を進めるインターミッションとなります。この話のあとストーリーは十月に入りますので、今後もお付き合い頂ければ何よりです。

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