虹の軌跡   作:テッチー

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アキナイ・スピリット(前編)

 9月中旬、とある昼休み。

「ちょうどええ機会や。本番は学院祭でやるとして、その前哨戦というわけやな?」

「ああ、それならモニタリングにもなるしね」

 トールズ士官学院、本校舎二階の廊下の一角。

 独特の訛りが特徴的な快活そうな女子と、静かな声音の落ち着いた雰囲気の男子が、何かを話し合っていた。

話し合うというより、口論という方が適切かもしれない。お互いが自分の考えを主張し、そして伝わらず、加えて折り合い点も見つからない。

 彼女の名はベッキー。彼の名はヒューゴ。

 性格も思考も正反対な二人に、共通することが一つだけある。それは気質。

 彼らは利益を追求することに長けた商売人気質だった。

「ええで。と言ってもあたしらがやったら意味ないんちゃう?」

「うーん、それなんだよ。そういうの引き受けてくれる人っているかな」

 二人の論争に落ち着くべき場所は見えてきたのだが、実行する人間がいないのが問題だった。

 そんな時、腕を抱えて難しい顔を浮かべる二人の前を、ある男子生徒が通りかかる。

『あ』

 彼を目にしたベッキーとヒューゴは同時に声を上げた。

 そして天性ともいえるタイミングで通りがかった男子生徒――リィン・シュバルツァーは思う。

 ――ああ、また何かに巻き込まれた。

 

 

《☆☆☆アキナイ・スピリット☆☆☆》

 

 

「――そういう訳で皆にも協力して欲しいんだが……構わないか?」

 一年Ⅶ組の教室に戻ったリィンは、先ほど自分が受けた依頼の詳細を他のメンバーにも伝えた。幸い昼休みということもあって、全員が教室にそろっている。

「あなたって歩くだけで何かを背負い込んで帰ってくるわよね」

 アリサは肩をすくめ、横にいたエリオットは「今に始まったことじゃないけどね」と苦笑した。

「ふむ、協力するのは別に構わないが」

「僕たち、そんな経験は多分誰もないぞ」

 ラウラの言葉をマキアスが継ぐ。

 二人の横合いから「ふあ、私はめんどうなんだけど」とフィーがあくび半分で言葉を挟むと、「ふん、同感だ」とユーシスは呆れ顔を浮かべた。

「い、いや、申し訳ないとは思っているんだが……」

 追い詰められた心地のリィンだったが、そんな彼をガイウスとエマがフォローする。

「これも経験と思えばいい。この先役に立たないとも言えないだろう」

「ええ、そうですね。出来ることがあれば協力させてもらいますよ」

 仮にも委員長がそう言えば自然と雰囲気も傾いてくるというもので、まずは全員参加の方向へと落ち着いたのだった。

「おーおー、お前ら。もっとシャキッとしろよ。面白そうじゃねえか」

 そんな雰囲気の中、クロウは椅子から立ち上がって軽い喝を入れた。このような企画は彼の性分に合うのだろう。珍しく乗り気な様子だ。

 黙って話を聞いていたミリアムが呑気に笑った。

「よく分かんないんだけど、とりあえずもう一回説明してくれない?」

「ああ、ミリアムには難しい話だったか? 要は二班に分かれて屋台を開いて、各商品の売れ行きを調べるってことだ」

 リィンがベッキーとヒューゴから受けた依頼は『屋台式売店の売り上げ調査』というものだった。

 二人は商売人気質――ではあるのだが、その根本はやはり違っていて、ベッキーは人情を主眼に置いた薄利多売タイプ。一方のヒューゴは効率を第一とし、かつ安易な安売りはせず商品に見合った値段を設定するタイプだ。

 ざっくりと言うなら、ベッキーは人付き合いの信頼関係からリピーターを会得するスタイル。ヒューゴは安定したブランド力と、商品自体における信頼で顧客数を増やすスタイルである。

 さらに乱暴に表現してしまえば、ベッキーは現場型、ヒューゴは経営者型の気質なのだ。

 経営側の理念と現場主義の言い分は、詰まるところ理想と現実という言葉に帰結してしまう。そんなままならない社会事情の話ではないが、ベッキーとヒューゴの諍いの根幹に全く関係無いわけでもなかった。

 とはいえ今回に限っては、そんな小難しい話ではないのだが。

 “どちらのやり方が、より多く売れるのか”

 それだけである。

 正式な勝負の場としては十月下旬の学院祭で雌雄を決することになっているのだが、その前にモニタリングと称して、まずは学院関係者の趣向や購買傾向を図っておこうというのが今回の主旨だ。

「でもそれって、あの二人が自分達でやったらいいんじゃないのかしら」

 アリサは首をかしげた。

「俺もそう思ったんだが、自分達でやるとそれぞれのやり方を前面に押し出してしまうから、どうしても主旨とずれてくるらしい」

 つまり歴戦の手練手管で、買う気のない人の購買意欲を喚起させることが出来るのだ。

 それは単純な売り上げ勝負なら必須となる商売人の腕なのだが、市場調査を目的としている今回に限ってはそぐわない事だった。

「だがリィン。我々も二班に分かれるのだろう? ならば意図せずとも勝負に発展しかねんのではないか?」

 ラウラの目線がちらりとユーシスとマキアスに向けられる。

「な、なんだ?」

「はっきりと言うがいい」

 もしマキアスとユーシスが別班で分かれた場合、対抗意識から特にそうなる可能性が高い。そうするとあの二人がⅦ組に依頼した意味も薄れていくのだ。 

「うーん、確かにな」

「それやったら心配いらへんで!」

 勢いよくドアが開き ベッキーがつかつかと教室に入ってきた。その後ろにヒューゴも続く。

「今回はな。商売経験がほぼゼロのⅦ組の面々が、どうやって商品を売り捌くかっていうのも見せて欲しいねん」

「だから二班が競い合ってもらった方がいいんだ。市場調査と言っても大まかな傾向を知りたいだけだからね」

 彼らが言うモニタリングとは、どのような客層がどのような呼び掛けに応じるのか。そして当初の目的通り、どんな商品の売れ行きがいいのかという二点だった。

 様々な客引きを試すことが重要になる為、リィン、引いてはⅦ組に依頼をしたのだという。

「もちろんタダでとは言わへんで! ちゃんとお礼はさせてもらうわ」

 ベッキーの言うお礼が何かは分からなかったが、半分押し切られる形で、Ⅶ組による屋台売上勝負は幕を上げた。

 

 

 翌日の放課後。

 一日のカリキュラムを終えたⅦ組の面々は、正門を出て坂を下ったすぐにあるちょっとした広場に集まっていた。

 この広場の西側の階段を上れば貴族生徒達の下宿する第一学生寮が、東側の階段を下れば平民生徒が下宿する第二学生寮がある。

 そして現在この広場には、それぞれの寮に繋がる階段の手前に、一つずつ簡易式の屋台が店を構えていた。

「待っとったで!」

「今日は宜しくお願いするよ」

 一足先に来て屋台のセッティングを済ませていたベッキーとヒューゴは、全員そろったⅦ組の顔触れを見て満足気な様子だ。

「それじゃあ今からルール説明すんで。はい、ヒューゴ」

「ベッキーがするんじゃないのか……まあいいけど。それじゃあ俺の方から簡単に説明させてもらうよ」

 こほんと咳払いしてからヒューゴは続けた。

「見ての通り、この広場には第一、第二、それぞれの寮に近い形で、二つ屋台をセッティングしてある。ここで君達は屋台毎に二班に分かれて売り上げ勝負をしてもらう」

 クロウが手を挙げた。

「おいおい、ちょっと待ってくれ。それだと屋台の場所が公平じゃねえだろ。貴族生徒の方が一般生徒に比べて絶対数が少ないんだぜ。ついでに言えば、財布事情も違うだろ」

 その点を指摘すると、ヒューゴはうなずいた。

「もちろん、その辺りのことは考えてるさ。バランス調整の為に、各屋台で扱うメニューは異なっているし、価格設定もこちらでさせてもらった。で、メニューについてだけど――」

 ヒューゴが調整したという商品とその価格は、

 貴族生徒、第一学生寮側の屋台は『焙煎コーヒー・400ミラ』『手ごねハンバーグ・600ミラ』

 一般生徒、第二学生寮側の屋台は『丸絞りジュース・200ミラ』・『フィッシュフライ・300ミラ』

 第一側は第二側に比べて倍の値段設定だ。

「ちなみに原価に近い値段設定やから正規のもんより相当安いで。全部売ってようやく採算が釣り合う感じや」

「もちろん貴族生徒だからって第一学生寮側の屋台にばかりいくわけじゃないし、その逆もある。そこはみんなの腕にかかっているね。あと今回は単純な売り上げ勝負だから、原価計算や経費を差し引いた純利益は気にしないでくれ。俺からは以上だ」

 ヒューゴがあらかたの説明を終えた所で、ベッキーはぱんと両の手の平を打ち鳴らした。

「気になることが他になかったら、早い所二班に分かれてや!」

 先に声をあげたクロウを始め、Ⅶ組メンバーからの質問はないらしい。リィンが言った。

「それじゃあ、班分けだ。今回もくじ引きでいこう。第一学生寮側の屋台がA班で、第二側がB班でいいか」

 リィンが人数分のくじを手に持って差し出すと「あたし達っていつも二班に分かれるわよね」とアリサが一番手を引き、「ボクは楽しいけどねー」とぴょんと飛び跳ねてくじを抜き取ったミリアムが二番と続く。

 やがて順に全員がくじを引き、最後に残った一つをリィンが取って、班分けは終了した。

 

 A班……クロウ、ガイウス、エマ、マキアス、ユーシス、ミリアム

 B班……リィン、ラウラ、フィー、エリオット、アリサ

 

「我々は十一人だから、どうしても六人と五人の班になるわけか。まあ、仕方ないだろう」

「だね。人数が多いからそこまで有利ってわけじゃないし。別にいいと思う」

「これも風の導きだ。精一杯やらせてもらおう」

「私は呼び込みとかちょっと恥ずかしいんですけど……」

 ほとんどが納得する中で、マキアスがうんざりするように言った。

「また僕は君と同じ班なのか」

「ふん、それはこちらのセリフだ」

 そっけなく応じてそっぽを向くユーシス。

「君の横柄な態度は接客には向かないんだ。ひたすらハンバーグでもこねていればいいさ」

「お前こそ、辛気臭い呼び込みしかできまい。黙ってコーヒー豆でも挽いていろ」

 まったくもって想定内の二人の反応。他のメンバーもとりあえず傍観の姿勢だった。

 飄々とした足取りで間に割って入ったクロウが、彼らの背後から肩にがしっと腕を回した。

「まあまあ。同じチームなんだし仲良くしようぜ。そんなんで負けた方が後味悪いだろ?」

 いつもの含み笑いを覗かせると、マキアスとユーシスは同時に腕を振り払う。

「わかっています。やるからには負けるつもりはありません」

「言われるまでもない」

「その意気、その意気。期待してるぜ」

 この手の扱いにクロウは長けていた。

 二班に分かれたメンバーは、それぞれの屋台に向かう。全員が配置についたことを確認したベッキーは声を張った。

「うちらは離れて橋の辺りから見とるから。制限時間は今から二時間な。よーいスタート!」

 はつらつとした開戦の合図が響き、各チームは一斉に動き出した。

 

 

 ――A班

 第一学生寮側に位置するA班の屋台。扱うメニューは『焙煎コーヒー』と『手ごねハンバーグ』。

 屋台にはハンバーグを焼く為の鉄板と、コーヒー豆を挽く為のミルが設置されていた。

 コーヒー豆はすでに中入りで焙煎されたもので、あとはミルで挽くのみだが、ハンバーグに関しては“手ごね”ということもあり、ひき肉、卵、パン粉から下ごしらえをしないといけないようだった。

 屋台周りのチェックをあらかた済ませたクロウが、残るメンバーを自分の周りに集めた。

「いいか、お前ら。ヒューゴは公平に調整したと言ってたが、実際はB班に比べて俺達A班の方が売り方を考えなくちゃいけねえ。今から各役割と、客の呼び込み方針を決めるぜ」

 第一声でクロウがそう告げると、他のメンバーは首をかしげた。

「役割を決めるのは分かるが、俺達の方が売りにくいのか?」

 ガイウスが言うと、クロウは「あったりまえだ」と腕を組む。

「まずB班の屋台の場合、ジュースとフライを同時に購入することはあるし、そのセットを勧めることもできる。だけどな、俺らが扱うコーヒーとハンバーグって普通は一緒に頼まねえだろ」

 クロウが言わんとしていることを察したエマは、その言葉を引き継いだ。

「なるほど……値段の有利はあっても、単品ずつでしか売れないということですね」

 マキアスが頭を抱えた。

「そ、そうか。しかも熱いコーヒーを持って町は歩きたくないよな」

「使えん男め」

「コーヒーが熱いのは僕のせいじゃないぞ!」

 二人の小競り合いは無視してクロウが続ける。

「だからコーヒーは寮に帰る学生を主なターゲットにする。逆にハンバーグならどの層にもそこそこ受け入れられるだろうしな」 

 全体の方針が決まった所で、ミリアムが手を挙げた。

「それで役割は? ボクは食べる係でもいいんだけど」

「商品つまみ食いしやがったらその場で買い取らすからな。役割はそうだな――」

 全員に視線を巡らす。

「慣れてるだろうからマキアスはコーヒー担当、ユーシスはつまみ食いの見張りも兼ねてミリアムとハンバーグ担当だ。割ときっちりしてそうなガイウスは会計と調理補助。俺と委員長で店頭呼び込みだ。俺が足を止めて、委員長で悩殺する」

 自信に満ちたクロウの采配に、

「やっぱり僕はコーヒーか……」

「な、なんで俺がこいつと」

「ユーシス一緒だねー!」

「俺は割ときっちりしているイメージなのか?」

「の、悩殺……!?」

 それぞれの反応を返しながら、A班は準備に取り掛かった。

 

 ――B班 

「へえ、簡易式とはいえ、結構しっかりした作りだな。導力コンロもいくつかセットされているのか」

 リィンは屋台に視線を巡らしながら感嘆の声をもらした。小さいながらに必要な機能がそろっており、中々使いやすそうな印象だ。

 第二学生寮側のB班は『丸絞りジュース』と『フィッシュフライ』。屋台には揚げ物用のフライヤーと、ジュースミキサーが設置されていた。

 フィッシュフライの白身魚は下ごしらえの済んだものが用意されており、あとはパン粉をつけて揚げるだけだ。

 しかし丸絞りジュースは、バナナ、パイナップル、イチゴなどが箱に詰められたままで、皮やへたを取り除く作業が残っている。

「役割決めが重要そうだ。リィン、そなたに頼めるか?」

 ラウラが言う。他のメンバーも異論はないようだった。

「そうだな――」

 しばし考えてからリィンは言った。

「魚を揚げるだけだし、ラウラはフライヤー担当、手先が器用そうなフィーはフルーツの下ごしらえを頼む。エリオットはミキサーを回しつつ会計をしてくれ。俺とアリサで店頭呼び込みだ。……アリサ、笑顔で頼むぞ」

 リィンが適材適所と考えた配置を伝えると、

「やや気になる発言があったが……まあよかろう」

「めんどくさそうな役にあたっちゃった」

「お勘定の計算間違えないようにしなきゃ……」

「あたしがいつも笑顔じゃないみたいじゃない!」

 やはり四者四様のリアクションを浮かべる中、B班も屋台のセッティングに取り掛かる。

 両陣営ともに準備自体は滞りなく進み、間もなくあとは客を待つのみとなった。

 時刻は十六時半。下校する学生がそろそろ増えてくる時間だ。

 

 

 ――A班

「よーお兄さん! ちょっとお店見ていかない? いい子達そろってるよ」

 そんな呼び掛けをするクロウの前を、学院から下校してきた学院生達はそそくさと過ぎ去っていく。

「ちっくしょ、中々足を止めねえな」 

「まずハンバーグをいい子達と表現するのをやめろ」

 屋台の中で挽き肉をこねる手は休めずに、ユーシスはクロウに冷ややかな視線を飛ばす。

「まだ始まったばかりだろーが。ほら委員長も声出すんだよ」

「い、いらっしゃいませ~……」

 クロウがせっつくと、エマはか細い声を絞り出した。

「そんなんで客が来るか! もっとこう媚びたポーズでだなあ」

「む、無理です~!」

 赤面させて首を左右に振るエマに、マキアスは憐憫の目を向けた。

「エマ君災難だな。というかこれをさせる為に呼び込み役に選んだんだろうけど……あ! 先輩お客さんですよ!」

 その言葉に全員が身構える。

「クロウにⅦ組の面々じゃないか。何をやっているんだい? ……へえ、おいしそうだね」

 やってきたのはゴーグル付きの帽子に、恰幅のいいつなぎ姿の男子学生。ジョルジュ・ノームだ。

 彼は今から学院に向かうようで、その道すがら屋台をのぞいてきた。

「よお、ジョルジュ。なんか買っていってくれや」

「この後は技術棟に缶詰の予定だからね。目の覚めるコーヒーでも貰おうかな」

「任せて下さい」

 待ちかねたとばかりに、マキアスは手動のミルを回し始めた。

「腹も空くだろ。ハンバーグはどうだ?」

「じゃあ、それも貰おうかな」

 即答するジョルジュをミリアムが「太っ腹だなー」と笑うと、彼は「この通りさ」と張り出した腹をぽんと叩いてみせた。

「いやー、お前さんほどハンバーグが似合う男はいねえな」

「褒め言葉と受け取らせてもらうよ」

 いきなり無いと思われていたコーヒーとハンバーグのセットが売れた。計1000ミラである。

「うし、この調子でがんがん売るぜ!」

 ガッツポーズを決めるクロウ。

 まずはA班、好調なスタートを切った。

 

 ――B班。

「あ! A班もう売れちゃったわよ」

「ジョルジュ先輩か……確かにハンバーグが似合うな。なるほど、知り合いだったら呼び込みやすいのか」

 A班の屋台を横目に見つつ、リィン達も呼び込みの声を大きくする。

「エリオットくんだ。何してるのー?」

 間延びした声。

 二つのお団子を頭に乗せた小柄な女子がB班の屋台に近づいてくる。

「あ、ミント。今帰り?」

「そうだよ。いい匂いだね。模擬店なんか出して学院祭の練習でもしてるの?」

「うん、そんなところ。フィッシュフライと丸絞りジュース。よかったらどうかな」

 エリオットが勧めるのに合わせて、両脇のリィンとアリサは同時に笑顔を浮かべてみせた。

 満面の営業スマイルだったが、ミントは第一学生寮側、A班の屋台をじっと見つめると、

「ごめん、私ハンバーグの方が好きだから」

 そう告げて、反対側の屋台まで走って行ってしまった。

「ミント……」

 呆けたように固まるエリオット。

 知り合いだったら呼び込みやすいのではなかったのか。ミントの無情な背中を見つめるその目には、言いようのない哀愁が揺れていた。

「き、気にするな。ミントは見た感じハンバーグ好きそうだろう? 多分あの二つのお団子の中身はハンバーグだ」

「あの子、この場面からでもあっちの屋台に行けるなんてすごいわね」

 意味のわからないフォローを口走るリィンのとなり、アリサは妙に感心していた。

「呆けている暇はないぞ。結局また向こうが売れることになったし、私はさっきから魚を持ったまま油とにらみ合っているだけではないか」

 ラウラは白身魚を片手に不満げな様子だ。

「魚は置いといていいと思う。……ん、この」

 パイナップルの硬い外皮と格闘するフィーは、意外と真剣だ。しかし包丁ではなく、なぜか愛用の双銃剣を手にしている。

 表情は変わらないものの、難敵を相手にフィーは苛立っている。

 それを感じ取ったエリオットが「こ、こっちを使いなよ」と果物包丁を手渡そうとした時、刃がぎらりと煌めいた。

 彼の眼前を真一文字の閃きが走る。

 切断されたパイナップルのヘタが飛び、くるくると中空で不規則に回転した後、地面にぺちゃりと落ちる。

 そんなタイミングで、ぱちぱちぱち、と手を打つ音が聞こえてきた。

「まあ、フィーちゃんすごいわ~」

 先ほどのミントよりもさらに間延びした声。トレードマークの麦わら帽と髪にくくったリボンを風に揺らして、エーデルが屋台の中のフィーに拍手を贈っていた。

「あ、エーデル部長だ。今から学院に行くの?」

「ジェーンさんに肥料を頼んでいたんですよ。今から花壇に戻るところなの」

「そうなんだ。ジュースいらない?」

 脈絡もなく話の流れを断ち切って、フィーはエーデルにジュースを勧めた。

 ヘタを失った――というか刈り取られたパイナップルを、ナイフの切先で突つくという彼女なりのアピールを交えながら。

 アリサは呆れ顔だ。

「な、なんて下手な売り込みなの」

「フィーちゃんのお勧めだったら、もらっちゃおうかしら」

 しかしエーデルはしとやかに笑んでそう言った。

「ヴィヴィちゃんにも持っていってあげたいから二つにしてね。フィーちゃんの分はどうする?」

「欲しいかも」

「じゃあ三つ」

「優しすぎる先輩だわ……。というか売り手が買ってもらうってどうなのよ」

 学院に向かうエーデルを見送りながら、フィーは「ぶい」とピースサインを掲げてみせた。

「まずは一人か。この調子で行こう」

 リィンが正門に続く坂を見上げると、続々と学院生達が下りて来ているところだ。

 勝負はここからだと、B班も気を引き締める。

 そんな中、ようやく自分の出番が回ってきそうな気配を感じたラウラは、手にした白身魚を強く握りしめたのだった。

 

 

 ~後編に続く

 




お付き合い頂きありがとうございます。
久しぶりのⅦ組フルメンバー出撃ですが、やはり登場人数が多いと長くなってしまいますので前編後編に分けさせて頂きました。今回は屋台勝負ということで、次話以降も色んな人が屋台にやってきます。何かとトラブル多そうですが、ちゃんと売りきることはできるでしょうか? 

次回もお楽しみ頂ければ幸いです。

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