ハイスクールD×D 無限の守護者   作:宇佐木時麻

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久しぶりの投稿。


summer

 夏。それは季節の一つであり、なくてはならない存在だろう。いや、もしかすれば熱くて嫌だとか家から一歩も出ないから関係ないなどの意見もあるかもしれないが、ここは一般論で語らせてもらう。

 

 夏以外にも楽しみな季節があるが、子供にとって一番楽しいのは夏だと俺は思う。これは俺個人の勝手な憶測にすぎないが、何と言っても行事が多い。それに一日も長くなるし、休みもたくさんあるからだ。

 

 では、夏と訊いて連想するものは何だろうか。山でキャンプ? ああ、それも夏の醍醐味だろう。テントを敷いて野外でバーベキューや天体観測をしたりするのも夏ならではのことだと思う。ちなみにこの前山にキャンプに出かけた時は紫藤がテンションマックスで死ぬかと思った。セミを大量に捕まえてきて巨大なボールにしてきたのはガチで引いた。

 

 さて、山以外で夏を連想するものは何だろうか。それは、

 

「「海だああああああァァァ――――ッッ!!」」

 

「……だぁー」

 

「オーフィス、別に乗らなくてもいいんだぞ?」

 

 現在、俺たちは海に来ていた。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 灼ける砂浜。灼熱の太陽。波が運んでくる潮の香り。賑わう人々の声。食欲をそそる屋台の美味しそうな匂い。

 

 水着に着替えた俺は、砂浜をサンダルで踏みしめながら思いっ切り身体を伸ばしながら息を吸い、海を眺めていた。

 

 さて、何故俺たちが海に来ているかというと、理由は単純。今日が兵藤家の恒例行事『海デー』の日だからだ。毎年この日が晴れれば海に行くことが決定しており、今回は紫藤だけではなくオーフィスも参加することになった。

 

「おっしゃー! 泳ぐぜー!」

 

「待てイッセー。女性メンバーがまだ来てないし、それに準備運動してからだ。おまえ去年それで足攣って溺れ死にかけたの忘れたのか?」

 

 早速海にダイビングしようとしたイッセーを止める。ちなみにイッセーの水着は泳ぎやすい競泳用のブリーフ型水着である。ちなみに俺は無難なトランクス型の水着だ。まあ男の水着なんてどうでもいいだろう。

 

「ははっ。二人とも、ちゃんと気を付けるんだぞ?」

 

 父親は砂浜で日蔭のパラソルを組立てながら笑って言った。ところで父親よ……何でブーメランパンツ? もっと他のはなかったのか? それは正直鍛えている人が着るからこそカッコ良さがあって、父親のように弛んだお腹の人が着てもカッコ悪いだけなんだが……

 

「おお……! なんだが皆からの視線が集まっている気がするぞ……! これがこのブーメランパンツの効果かッ! モテ度が二十パーセントアップの効果は本当だったのか!!」

 

「…………」

 

 うん、俺は何も訊いていない。だから父親が通販特有の偽情報に惑わされてるなんて全然知らない。というか視線が集まってんのはカッコいいからじゃなくてカッコ悪くて笑われてんだよ気づけマジで。

 

 それに、そんなことを言ったら。

 

「――――へえ? 詳しく聞かせてくれないかしら、その話」

 

 我が家の魔王を君臨させることになるぞ。

 

「か、母さん……!? い、いいいつからそこに!?」

 

「お父さんが『ははっ。二人とも、ちゃんと気を付けるんだぞ?』と言った辺りからかしら?」

 

「ほぼ最初からじゃないかッ!?」

 

「それよりも……どーゆーことかしらー? モテ度が上がる? つまり私以外の女にモテたいという意味よね?」

 

「ち、違うんだ母さん! これは、ちょっとした好奇心というか気の迷いというか宇宙の法則が乱れたというか……」

 

「少し……頭冷やしましょうか……」

 

「か、母さあああああああああああああああんッッッ!!」

 

 突如現れた母親は父親の頭をがっちりアイアンクローで固定すると、ズルズルと人気の少ない方へ移動していった。その際に父親の頭部からメシメシッ……! と明らかに鳴ってはならない音が聞こえたが気のせいだろう。どうせいつもの事だし、少し経てばすぐ元に戻る。

 

「あ、そうそう」

 

 ふと、人気の少ない場所へ移動しようとしていた母親が振り返る。何が面白いのかニヤニヤと笑っていた。

 

「二人とも、女の子がオシャレしてきたら必ず褒めるのよ? そういう気配りが大切なんだからね」

 

「……? よく解んないけど、分かったよ」

 

「りょうかーい!」

 

「ふふふふ、じゃあお母さんちょっと向こうでお父さんと大事なお話してくるから、気を付けて行ってらっしゃい」

 

「か、母さん、お父さんにも気配りというか思いやりというか、ぶっちゃけ手加減してくれると嬉しいなーって……」

 

「あらあら、何かおっしゃいましたか貴方?」

 

「いえ、何でもありません! だからその口調はやめてギャアアアアアアアアアアッ!!」

 

 父親の断末魔らしき悲鳴が響き渡る。俺は静かに黙祷を捧げ、ご冥福をお祈りした。無茶しやがって……!

 

「お父さんどうしたんだろうな?」

 

「まあ、しばらく経ったら戻ってくるだろ。それよりもあいつら遅いな……」

 

 女性の着替えが遅いのは知っているが、幾ら何でも遅すぎると思う。母親が来ていたからもうすぐだと思うのだが……

 

「二人ともー! おっ待たせーっ!」

 

 しばらく待っていると、人ごみの中から紫藤が現れた。身に着けているのは白いワンピース型の水着で、腰許がひらひらした布で覆われている。元気で明るい紫藤にはよく似合っていた。

 

「ふーん、新しいの買ったんだ。」

 

「そうだよー、似合うでしょ」

 

くるくる回って新しい水着を見せびらかしてくる紫藤。

 

「ふむ……馬子にも衣装だな」

 

「素直じゃないなーほんと。そこは可愛いって言えばいいのに」

 

「…………」

 

 なんでいちいちおまえの臨んだ答えを言わねばならんのだ。

 

「ほら、テイク2-!」

 

「あーはいはい、可愛い可愛い」

 

「もう、心が籠ってない! 仕方ないなぁ。イッセーくんに感想聞くから、それを参考にするんだよ?」

 

 紫藤はイッセーの方を向くと、多分自分が可愛いと思っているポーズを取り出した。というか紫藤よ、多分それをイッセーに訊いたら……

 

「ねえイッセーくん。この新しい水着どう思う?」

 

「え? なんか変わったかそれ?」

 

「チェストオオオオオオオオオオォォォォッ!!」

 

「お、見事なアッパー」

 

 乙女心が皆無に分からないイッセーの鈍感スキルが発動し、紫藤のコンボ技が炸裂する。浜辺でリアルファイトが開始した。

 

「……シキ」

 

 ふと、背後から誰かにくいくいっと引っ張られた。聞きなれた声からしておそらく最後の一人だろう。

 

「なんだオーフィス、遅か――――」

 

 振り返り、彼女の姿を見て――――凍り付く。

 

 白い肌にぴったりと張り付く紺の布生地。僅かに光沢を放っており、紺色のそれは太陽の光を反射している。それは見慣れたものでありながら、何処か禁忌の雰囲気を漂わせている。胸許に書かれた『おーふぃす』という文字が更にその雰囲気を増させていた。

 

 つまり――――スクール水着である。

 

「紫藤おおおおおおおおおおおぉぉぉぉッ!!」

 

 思わず絶叫し、諸悪の根源たる彼女に向かって全力で咆哮する。紫藤は俺の声に反応し、イッセーのリンチを中断してこちらに振り返った。

 

「え、なに? どうしたの?」

 

「どうしたのじゃねえ! これはどういう事だ!?」

 

ビシッ! とオーフィスの水着を指差す。紫藤はそれをしばらく眺めた後、

 

「なにって……スク水だけど?」

 

「俺が言ってんのはそういう事じゃねえ……!」

 

 馬鹿か、馬鹿なのか、ああそういや馬鹿だったなおまえ。

 

「おまえオーフィスが水着持ってないから自分の貸すってあれほど自信満々に言ってただろうが。それがどんな化学変化したらスク水になるんだよ」

 

「いやー、それなんだけどねー。私も本当は私のお気に入りのヤツを渡そうと思ってたんだけど……」

 

 紫藤は何やら言いにくそうに視線を泳がせ、こちらの反応を伺っている。

 

「……だけど?」

 

「オーフィスちゃんと去年使ってたスク水を見た途端……」

 

 すると何に至ったのか、紫藤は真摯にこちらを見つめ、魂の咆哮のように宣言した。

 

「もうこれを着せるしかないって、ガイアが私に告げてきたんだよッッッ!!」

 

「…………」

 

 何が誇らしいのか、紫藤は言いたい事は全て言ったというようにやり遂げた笑みを浮かべていた。思わずつられてしまうような清々しい笑顔。俺も思わず口許を吊り上げ、

 

「そうかそうか、そんなに頭の螺子が緩んでんのか。なら俺がきっちりきつく締めておかないとなぁ……!」

 

「いたたたたたッ! し信貴くんへこんでる! 締めるどころか私の頭変形してるから! 中身が出ちゃうからアイアンクローはやめてーー!!」

 

「どうせ蛆虫でも湧いてんだろ。でなきゃそんな発想に辿り着くはずねえだろうが。ああ、ちょうどいい、その腐った脳みそ丸ごと掃除してやる……!」

 

「あぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ」

 

 訳の分からない事をほざく紫藤の頭を全力で握り締めつつシェイクする。というかガイアが告げてきたってなんだそれ。電波か? ついに電波にまで目覚めたのかこいつ。

 

「イリナをイジメないで、シキ」

 

 ふと、オーフィスがやめるように言う。それをまるで救世主のようにキラキラした目で見る紫藤。……なぜか少しイラっときたのでさらに力を込めておく。

 

「ギャアアアアアアアアアアッッ!!」

 

「けれどオーフィス、おまえは良いのか? 他にもいろいろ在ったのに、こいつの一存で勝手に決められて。着たいヤツとか在ったんじゃないのか?」

 

「我、これ気に入ってる。イリナが選んでくれた。それに動きやすい」

 

「まあ、オーフィスが気に入っているなら良いんだが……」

 

「あの、二人とも。出来れば私を無視しないでくれると嬉しいなー……なんて」

 

 弱弱しく告げてくる紫藤に思わず溜息を吐く。まったく、こいつは。

 

「紫藤、頼むから悪ふざけはほどほどにしてくれよ? オーフィスは今回が初めて海で遊ぶんだ。だから俺はそれを楽しかった思い出にしたい。それなのにおまえが冗談半分で選んだりするから、俺もつい手がでちまった。悪いと思うが、少しは察してくれよ」

 

「……うん、ごめん。私が悪かったよ……」

 

「分かればいいんだ。それに、俺も悪かったな。いきなりそんなことやって」

 

 シュンと項垂れて反省する紫藤を見て、握り締めていた腕を放す。足が地面に付くと、耐えきれないように頭を押さえながら地面に座り込んだ。そして、上目づかいでこちらを睨んでくる。

 

「うーっ、信貴くんに傷物にされたー。これは責任取って貰わないと」

 

「そんな冗談が言えるならまだまだ平気だな」

 

 さて、それじゃあ皆もそろったことだし泳ごうとして――――

 

「……シキ」

 

「ん? どうしたオーフィス」

 

「イッセー、息してない」

 

 …………………………は?

 

 ガバッ! とオーフィスの指差す方向へ振り向く。砂浜の水辺。そこにイッセーはうつ伏せの状態でプカーと浮かんでいた。身体はピクリとも動かず、完全に顔が水中にあるので呼吸ができるはずがない。泡も浮かんでいない事から、そもそも呼吸していないかもしれない。その姿は、浜辺に打ち上げられた海草を連想させた。

 

 ああ、そういえばやけにさっきからイッセーが静かだったのはそういうかーと、軽く脳が現実逃避しながら、俺と紫藤は叫んだ。

 

「「きゅ、救急車ァ――――ッッ!!」」

 

「我、心臓マッサージする?」

 

 やめろオーフィス。おまえがやったら水じゃなくて内臓が出てきそうだから。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「まったく、やれやれ……」

 

 イッセーを蘇生させてしばらく経った後。イッセーと紫藤が沖の方まで遠泳するのを見届けると、俺は今までの疲れを吐き出すように溜息を吐いた。

 

「なんで俺は開始早々、こんなに疲れてんだ?」

 

十中八九あいつらのせいなのだが、文句を言っても仕方ない。とりあえずあいつらが戻ってくるまでのんびり休憩しようとパラソルの置かれた日蔭に寝転がるが、そんな俺を覗き込むようにオーフィスが眼前に現れた。

 

「どうした、オーフィス? なにか在ったのか?」

 

「我、なにをすればいい?」

 

「…………?」

 

 それはどういう意味だろうかと訝っていると、オーフィスは僅かに首を傾げながら言う。

 

「我、海で遊ぶの初めて。何をすればいいのか分からない」

 

「……あー、そういえばそうだったな」

 

 色々なことがあったせいですっかり忘れていた。オーフィスにとってすればあらゆる事が未知なのだろう。何をすればいいのか分からないし、何をしているのかも分からない。僅かに下がった瞼が、俺には不安そうに見えた。

 

「……うん、よし。じゃあまずは泳いでみるか」

 

 せっかく初めて海に遊びに来たのに、そんなつまらない思い出なんて寂しすぎる。何も分からないなら、少しずつ教えていこう。今日が終わった後、楽しかったと思えるように。

 

 俺はオーフィスの腕を掴むと海に向かって歩きだす。思ったより柔らかく女の子らしい腕に少しドキッとしたが、何とか平常心で抑え込む。と、後ろでぼんやりと握っている腕を見つめていたオーフィスが唐突に訪ねてきた。

 

「シキ。我の水着、似合う?」

 

「な――――」

 

 思わず、踏み込もうとした足を滑らしそうになる。何とか姿勢を保つのには成功するが、オーフィスのいきなりの発言に少し動揺してしまった。

 

「……あのさ。一つ訊くが、それ誰に言われた?」

 

「シキのお母さん」

 

「あの人は……」

 

 頭を抱えながら嘆く。さっきの言葉はこの伏線だったのか。というかオーフィスになに教えてやがる。

 

「それでシキ、似合う?」

 

「…………」

 

 さて、俺は何と答えるべきなのだろうか。ここで可愛いなどと言えば俺はスク水に興奮する変態というレッテルを貼られることになるし、からといって何も言わないのも不自然だろう。

 

「まあ、似合うんじゃないか?」

 

 仕方ないので無難な回答を述べておく。それにオーフィスは目を少し見開き、

 

「……本当に?」

 

「ああ」

 

「そう。ならよかった」

 

「…………」

 

 何がよかったのだろうか。背後から僅かに感じる嬉しそうな気配に怪訝しながらも、俺はオーフィスと一緒に海に向かうのであった。

 

 そして。

 

「ところでオーフィスは泳げるのか?」

 

「……泳ぐ?」

 

 海水が踝に浸かるほど水辺に近づいてから、ふと疑問に思ったことを尋ねてみる。それに対する返答は疑問で返された。

 

 何故だろう。何だか嫌な予感がする。有り得ないとは思うが、もしかして……。

 

「なあオーフィス。おまえもしかして……泳いだこと一度もないのか?」

 

「ない」

 

 真顔で断言された。マジか。

 

「我、海に浸かる理由が分からない。何かを見つけるワケでもなく、ただ水の上で暴れているだけ。彼等は何のために行動しているのか分からない」

 

「…………」

 

 オーフィスは心底不思議そうに周囲の人々を観察している。なるほど、たしかにその通りかもしれない。彼女からすれば人間の寿命など閃光にも等しい時間でしかないだろう。余分なことに時間を費やすなど、愚かでしかないだろう。

 

 だけど、

 

「そんなに悪いことか? それ」

 

 俺にとってそれは、何よりも大切なモノだから。

 

「無駄なことだとしても、それをやったという記憶がある。何十年後にぼんやり思い返して、ああ、そんなこともあったなって苦笑しながら思い出せる出来事なら意味があるだろ、きっと」

 

 つまらなくて、同じようなことの繰り返しだとしても、それはきっと楽しい思い出になるから。永劫、那由多の果てまで繰り返しても飽きないほど幸せに満ちていると思うから。

 

「生きてるだけで、幸せなんだ」

 

 と、そこまで言ってから自分が何やら恥ずかしいことを口にしていたことに気づく。どうも夏の日差しで俺も少しばかり参っているらしい。

 

「あー、その、なんだ。今のはあまり気にしないでくれ。変なこと口走ったみたいだから」

 

「……我、シキの言いたいこと、あまり良く分からない」

 

 案の定オーフィスは眉を僅かに下げながら首を傾げた。無理もないだろう。言った本人すら自分の言いたいことを完全に理解できていないのだから。

 

「でも」

 

「ん?」

 

 しかしオーフィスはそこで区切るのではなく、俺の眼を真摯に見つめながら言う。

 

 

 

「――――我、シキの言いたいことを理解したい。それはきっと、素晴らしいことだと思うから」

 

 

 

「――――」

 

……ああもう。なんでこいつは、そんな恥ずかしい台詞を真正面向きながら吐けるんだよ。

 

「……さて。そろそろ泳ぐか」

 

「シキ、顔赤くなってる。照れてる?」

 

「照れてねえ。これは紫外線で赤くなってるだけだ」

 

「シキがそういう反応するときは照れてるって言ってた」

 

「……一応訊くが、誰が?」

 

「イリナ」

 

「あの野郎……ッ!!」

 

 いつか絶対泣かしてやる……!

 

 俺は熱く火照っている顔をオーフィスから背けながら、いらんことを吹き込んだ馬鹿に対して復讐を誓うのであった。

 

 ……ちなみに。

 

「……オーフィス。水中に三分間居続けるのは泳ぐとは言わない、潜るって言うんだ。というかなんで無事なんだおまえ」

 

「我、あらゆる環境で活動できる。真空状態でも問題ない」

 

「マジで?」

 

 などという会話があったが、どうでもいいことだろう。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 黄昏の夕焼け。沈みゆく赤い太陽は幻想的で、海面までもが赤く照らされるその光景はまさにお伽噺の世界にでも潜り込んでしまったような錯覚を起こすほど絶景だった。

 

 いつまでも眺めていたいと心から望む景色。俺は防波堤に腰かけながら、沈みゆくその日輪をぼんやり見つめていた。

 

「楽しかったな、今日は」

 

 つまらないことで騒いで、はしゃいで、遊び回って。何もかもが楽しかった。終わって欲しくないと心から願うほど。

 

 改めて思う。俺はこの陽だまりを愛していると。壊れてほしくない。失いたくないと切に願っている。

 

 だというのに。

 

「…………」

 

 ふと瞼を閉じる。瞼の裏側に写るのは暗闇――――ではない。

 

 赤。朱。紅。緋。あか。アカ。血に染まった死体。その全ての眼がこちらを睨み付けながら、静かに、だが激しく告げてくる。

 

 

 

『ユルサナイ――――我らをコロシタことを、ユルサナイ』

 

 

 

「……我ながら、女々しいな」

 

 呟いて、瞼を開く。闇に光が差し込み、視界は黄昏の夕焼けに染まる。

 

 当然だろう。あれは幻覚だ。俺が自分勝手に生み出している虚像。何故なら、死者は何も語らないからだ。死んだ人間は生き返らない。死は絶対の終焉なのだから。故に、俺が見ている亡霊も幻に過ぎない。

 

「まったく。自分のことながら呆れる」

 

 自嘲する。所詮、己がしていることなど自慰でしかない。自分は悪いことをした。ああ、なんて己は可哀想なんだろう。俺は不幸だ。俺は選ばれた者なんだ――――なんて、悲劇のヒーロー気取り。我ながら屑すぎて反吐が出る。

 

 強くなると決めたのに。何をいっちょまえに自己嫌悪なんかしてやがる。どれだけ辛いんですアピールをしても、犯した罪は消えないし、逃げるつもりもさらさらない。

 

 ならば――――決めたことは最後まで貫くくらいの気概をみせろよくそったれ。

 

 などと、つまらないことをいつまでもぐちぐち悩んでいると。

 

「おっ、こんなとこにいたのかよ信貴」

 

 背後からイッセーが近づいてきた。

 

「そろそろ帰るから戻ってこいってさ。信貴はなにしてたんだ?」

 

「ん? ああ……ちょっと、この夕焼けを眺めてただけさ」

 

「ふーん……なあ、隣いいか?」

 

「ああ」

 

 よっこらせ、とイッセーは俺の隣に腰かけると、同じように夕焼けを眺めた。そして目を輝かせてその光景に見入る。

 

「へえ、なかなかいい景色だな。これを信貴はずっと見てたのか?」

 

「ああ。……ところで、紫藤とオーフィスはどうした?」

 

「あの二人なら貝を探してたよ。なんでも記念にするんだってさ」

 

「そうか。俺も探せばよかったかな……」

 

 そんな会話をしながら、ぼんやりと同じ景色を眺める。果たして、イッセーは何を見ているのだろうか。俺と同じ景色? それとももっと遠くを? それが気になって、水面下に抑えていたことが流れ出すように口から洩れた。

 

「なあ、イッセー。おまえ惚れた女がいるか?」

 

「げほごほがはッ!?」

 

 むせた。それも盛大に。

 

 イッセーは予想外だったのか、呼吸困難になるほどむせてしまった。仕方ないので背中を揺すりながら待っていると、イッセーは涙目になりながら返答する。

 

「ど、どういう意味だよそれ!?」

 

「そのままの意味だけど? なんだ、いるのか?」

 

「べ、別にいないけど! そういう信貴はどうなんだよ!!」

 

「俺か? 俺は……」

 

 さて、どうなんだろう。浮かんだのはオーフィスだったが、彼女に惚れているのかと言われれば首を傾げるだろう。おそらく、俺が彼女に向ける感情は『依存』だ。歪みに歪みまくった感情。とてもじゃないが、愛などとは呼べないだろう。

 

「俺も……いないな。側にいたいと思う人ならいるけど」

 

「……じゃあなんでそんな事訊いたんだよ」

 

「さあな。例えだよ、例え。だからあまり気にするな」

 

 不貞腐れるイッセーを宥めるように頭を撫でる。当然嫌がって跳ね除けられたが、まあ年頃なのだし仕方ないだろう。

 

 その姿が余りに愛らしくて、気づけば俺は口を開いていた。

 

「……なあ、イッセー。おまえさ、もし大切な人と居場所。そのどちらかしか守れないとしたらどっちを選ぶ?」

 

 オーフィス(大切な人)か、陽だまり(居場所)か。おまえなら、どちらを選ぶ?

 

「……どっちもじゃ駄目なのか?」

 

「ああ、駄目だ。どちらかしか選択できない」

 

 その両方を守れるほど、俺は強くない。いや、その片方ですら守り抜けるか分からない。俺は己の手のひらを眺めながら、そう告げた。

 

「そっか。なら」

 

 イッセーはこちらを見ると、何故か僅かに溜息を吐いて、沈んでいく空を見上げ、

 

 

 

「――――俺が信貴の居場所を守るから、信貴は大切な人を守れよ」

 

 

 

 などと、まるで当たり前のようにそう言った。

 

「……え?」

 

 何を言ったのか分からず、イッセーの方を見る。彼は悪戯が成功したような含みのある笑みを浮かべていた。

 

「信貴は分かりやすいよな、ホント。俺は信貴が何で悩んでいるのか皆目見当がつかない。けれどさ、どうせつまんないことで悩んでんだろ? 何でもかんでも全部一人で背負い込もうとするから、変なところで躓くんだよ。少しはこっちを頼ってくれよ」

 

「……ははっ」

 

 まったく。どいつもこいつも、精神年齢高すぎるだろう。なんでいつも俺ばっか励まされてんだろ。だけど、それは不快じゃなくて、むしろ心地良くて。

 

「……よく分かるな、俺のこと」

 

「分かるに決まってるだろ? ――――兄弟、なんだからな」

 

 その笑顔を見れば、信じれた。大丈夫なのだと確信できた。

 

 拳をイッセーの方に向ける。イッセーも同じように拳を向け、こつんっとぶつかり合う。

 

 それは、男と男の誓い。魂に刻まれた契約。

 

 

 

陽だまり(ここ)は俺が全力で守るから、信貴はその大切な人を全力で守ってやれよ」

 

「ああ――――安心した」

 

 

 

 




次回、ようやくあの英雄が出せそう。

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