とりあえず投稿。不備は問題点は後で書き直そう。
――――ふと、目が覚めた。
気が付くと俺は棒立ちしながら雨に打たれていた。永遠と振り注ぐ雨。身体は纏わりついた雨のせいで重くなり、まるで何人もの人間を背負っているような感覚がする。
「俺、は……」
俺は何で雨に打たれている? 俺は今まで何をしていた?
過去で何が起こったのか原因を探るべく、記憶を過去へと飛ばし、
『――――この、化物がッ!!』
――――そのまま衝動に身を任せて吐瀉物を地面に撒き散らかした。
「ぉ、ォおおお……ぐぁァ……ッ!」
血。血。血。飛び散る肉片。赤黒い内臓。宙を舞う生首。肉を斬り裂く刀の感触。握り潰した心臓の弾力。目前で粉々に握り潰された頭部。
忘れない、忘れられるはずがない。己がしたことを。
「俺が――――人を、殺した……」
己の手を見る。そこにあるのは雨に濡れた手。それが一瞬――――真っ赤な血で染まって見えた。
「――――ッ!!」
声にならない悲鳴をあげて、もう一度吐瀉物を撒き散らす。胃が痙攣し、溜まっていたものが胃液と共に汚物となって口から流れだし、四つん這いになってひたすら無心で吐き出す。
胃の中身が空になっても、しばらく起き上がることが出来なかった。吐き気と気持ち悪さが同時に襲い掛かり、雨に長時間打たれ続けたせいで全身が震えていた。
身体が冷たい。全身の震えが止まらない。歯がガチガチと震え、気持ち悪い。
誰か、誰でもいい。助けてくれ。一人は嫌だ。俺は、俺は――――
「……そうだ、帰ろう」
俺の帰るべき場所へ。あの暖かな陽だまりへ。もう暗いし帰らないとイッセー達が心配するだろう。だから、そうだから――――
「そんなの……あるわけねえだろうが……」
思わず自嘲気味に嗤う。化物の俺に、居場所などない。あの陽だまりに俺の居場所などない。分かっていたはずだ。自分は本来存在してはならない者だと。側にいるだけで周りを不幸にする疫病神。そういうものだと理解していたのに、俺は甘えていた。
その結果があれだ。あの暖かった家庭を壊し、殺し、滅茶苦茶にした。俺のせいで、俺と関わったせいで。
本当に大切なら、俺は一人にならないといけない。誰とも関わってはならない。大切なら、守りたいのなら、側にいてはいけないんだ。
「あははは、はははははははははは、ははははははははははははははははっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは――――ッ!!」
笑う。嘲笑う。何で笑っているのか自分でも分からない。ただ苦しいほど笑いが込み上げてきて、目から零れる雨の滴が止まらない。
まるで全ての感情を流し出すように笑い続ける。ただひたすら、永遠と。全てを流し尽くせば、俺は完全に『
「――――シキ?」
その時、声が聞こえた。最も聞きたくて、最も聞きたくなかった声。
笑いが突如止まった。視線を向ける。街灯が少ない暗い街路。その奥に一人の少女が立っている。
闇よりも深く流れるような黒い髪、宝石のように輝く漆黒の双眸。僅かな隙間から月の光が差し込み、その姿を映し出す。
それは何よりも美しく、まるで幻想のようで、俺には眩しすぎた。
「オー……フィス……?」
◇◇◇
理由などなかった。ただ彼に会いたい、彼に会わなければならないという何の根拠もない衝動に突き動かされて、オーフィスはそこにいた。例えるならば虫の知らせというものだろう。何か嫌な予感がして、オーフィスは信貴に会いに来た。
そして、幸い信貴はオーフィスの前にいる。街灯が少ないため暗くてよく見えないが、彼がそこにいるのは気配でわかった。
「シキ」
だから、いつも通り側に駆け寄ろうとして、
「――――来るな!」
今まで訊いたことがない必死さで、信貴はオーフィスを拒絶した。
「――――」
その声に思わず足が止まる。理由が分からない。何故側に寄ってはならない? 自分は何かしてしまったのだろうか。今までそんなこと言われたことなかったのに。
グルグルと様々な考えがオーフィスの頭の中を回っていく。しかしいくら思考しても何故か全く分からなかった。
「……シキ?」
「来るな、来ないでくれ……!」
懇願するような声。更にオーフィスは信貴が何を考えているのか分からなくなる。だけど、何故だろう。その震える声は、今にも泣き出してしまいそうな赤ん坊を連想させた。
「……俺さ、疫病神なんだよ」
ぽつり、と雨の滴ように信貴は呟く。
「オーフィス言ってたよな。俺が未知なるモノだとか。理由は簡単だよ。
俺は――――最初から死んでる存在なんだよ」
「シキ……?」
深夜の薄暗い道。光は月の光しかなく、それも今は雲に隠れているせいでほとんど明かりが存在しない。なのでオーフィスは信貴がどんな表情を浮かべているのか分からなかった。
信貴の独白は続く。
「俺は生まれた時から死を経験していた。おかしいだろ? 死は絶対の終焉だ。それを一度経験すればそこで終わりだし、次なんて有り得ない。そんなものがいるとすれば……そいつは、化物だ」
死んだものは生き返らない。
失ったものは戻らない。
消えてしまったものは返ってこない。
当たり前の自然の摂理。カタチがある以上、消え去るのが最低限の決まり事だ。どんな存在も、森羅万象いつかは必ず滅びる。それでも残り続けるとしたら、それは幻想という化物だろう。
「だから、俺は異端なんだよ。本来存在しない、存在してはならないモノ。だから、俺の側にいちゃいけない。俺が側にいたらきっと不幸になる」
異端は更なる異端を呼び起こす。引き合うように、反発するように、それ自身の意思など関係なく災害を引き起こす。それが異端というもの。
「分かったか? それが俺の正体だ。未知なるモノなんかじゃない、ただ周りを巻き込んで不幸にする化物。死にきれなかった幻想。それがおまえの知りたかった未知なるモノの正体だ。……もう、いいだろう? おまえが俺と一緒にいたのは俺の正体が知りたかったからだろう? ならもう俺に用はないはずだ」
告げられる声は酷く冷たくて、何の感情も込められていない無機質な声。
「だから」
けれど、それとは対称に。
「――――もう、俺には関わるな」
助けを求める子供のようにも聞こえた。
雨の降り注ぐ雲に、僅かに隙間が出来る。その隙間から零れた月光が、信貴の貌を照らし出す。
その貌は――――
「――――シキ」
「――――」
そっと近づいて信貴を抱き締める。信貴の身体は冷たく、氷のようだった。まるで触れれば砕ける硝子。抱き締められているというのに、信貴はピクリとも身体を動かさない。
「……離してくれ」
「…………」
オーフィスは何も答えない。
「……離せ」
「…………」
オーフィスは動かない。
「……離せって、言ってんだろッ!」
「――――いや」
「――――」
……今、オーフィスは何と言ったのだろうか。初めて聞いたオーフィスの“拒否”の意思。それに、信貴は驚きを隠せなかった。
「……なんでだよ。俺は、化物なんだぞ?」
「…………」
「……生きているのに、死んでんだぞ? 気持ち悪いだろ?」
「…………」
「……俺が側にいたら、おまえを傷つけるかもしれないんだぞ?」
「…………」
「……もう、俺の側にいる理由なんてないだろ。なんで俺に関わるんだよ!」
「――――シキは、シキだから」
告げられた一言。それは、彼が嘗て彼女に告げた言葉。
「――――」
息を呑む。オーフィスはそんな信貴を優しく抱きしめた。そのとき、ふとある少女の言った言葉を思い出した。
『信貴くんを、独りにしないで』
あの時はどういう意味なのか理解出来なかった。けれど、今なら分かる。
信貴は独りなのだ。自分が異常だから、悪いことが起これば全て自分の責任だと思い込む。そしてそのことを誰にも告げず、何もかも己が悪いのだと悔恨する。永遠に続く悪循環。止まらない負の連鎖。
それを理解して、グツグツとオーフィスの中に湧き上がってくるモノがあった。それが何なのかは彼女自身にも分からない。ただ、言葉にすれば一言。
“何故、自分に何も言ってくれないのか”
信貴達と共に過ごした日々。それはほんの少しだが、確実にオーフィスの心を育てていた。昔のオーフィスならば彼の言葉を真に受け、そのまま去っていただろう。だが、今のオーフィスならば信貴の言葉の裏に隠された本音が見えた。
「我、シキが未知なるモノだから側にいるワケじゃない。シキだから、側にいる」
「……でも、俺は、化物で、殺して、俺のせいで、あの人は死んで……!」
信貴が呟いた内容の意味はオーフィスには分からない。それが信貴をここまで追い詰めたモノなのだろう。それが分からないオーフィスはそれについて何も聞かなかった。聞いてはならないと思ったから。
だから、
「シキ、泣いてる?」
有りのままの光景を言った。
「……え?」
月光の僅かな光から見えた信貴の貌。その貌は――――目尻からはっきりと見える一筋の涙を流していた。
「……あ、あれ? なんで俺……泣いてんだ? なんで……止まらない?」
今までずっと雨の滴だと思っていたのだろう。認識した途端、涙が次から次へと溢れてくる。信貴が何度も拭おうと、それは止まる気配をまったく見せなかった。
理由も分からず流れ続ける涙。否、本当は理解していた。それを信貴が認めようとしないだけ。涙が溢れ出る理由、それは。
「シキ」
彼の名前を呼ぶ。抱き締める腕に力が籠る。己がここに要ると証明するように。冷たい信貴の身体。だからこそ、オーフィスは思う。
きっと、信貴からすればオーフィスの身体は暖かいと感じるのだろうな、と。
「――――我、ここにいる。シキ、独りじゃない」
会話の前後とは全く関係のない言葉。けれど、それこそが信貴にとって最も臨んだ応えだった。
「ぁ、」
ピシリ、と何かが砕けた。それは信貴が最後に持っていた“化物”という概念。自分は化物だ、そう思い込むことで作られていた最後の楔が今、砕け散った。
「ああ、ァァああああああ」
奔流する感情。湧き上がる悲嘆。その全てが今――――解き放たれた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――ッッッ!!!!!!」
喉が裂けそうな咆哮。流れ出す涙は熱く、感情剥き出しでただ叫ぶ。それを、オーフィスはまるで聖母のように何も言わず優しく信貴を抱き締めていた。
信貴の本音。それは誰かが側にいてほしいという当たり前の感情。それが顕になったこの時、信貴は”人間”として存在していた。
この時。兵藤信貴はようやく、己が化物だからなどという言い訳をせず、大切な人の死と向かい合うことが出来たのだった。
◇◇◇
いったい、どれほどの時間が過ぎただろうか。気づけば、あれほど降り注いでいた雨はやんでいた。
「……オーフィス。俺、誓うよ」
全ての涙を流し切り、憑き物が落ちたように信貴は静かに語る。目前の少女を抱き締め、離さないと己に誓うように。
「俺は、強くなる。守れるように、あの陽だまりを壊させないために。それに――――」
ふと、一瞬間を開ける。その双眸はオーフィスに向けられていた。彼女の貌を見ながら、信貴は口には開かず心の中で告げる。
”――――おまえの居場所になるって誓ったから。
たとえ世界のすべてを敵に回したとしても、俺はおまえの味方でありたいから”
信貴は己自身に誓う。口には出さず、魂にその誓いを刻み込む。 それはオーフィスに訊かせるべきではないし、何より口に出してしまったらその思いすら流れてしまいそうだったから。
ふと、空を見上げた。オーフィスもそれにつられ空を見る。夜空は相変わらず雨雲に覆われていたが、月の部分には奇跡的に雲が掛かっていなかった。
今宵は満月。欠けることなく完全に満ちた月。魔的と思うほどの美しく、現実味がしない幻想的な月。それを眼にして、信貴は無意識の内に呟いていた。
「ああ――――月が――――綺麗だ――――」
……なんだろう。この、伝えたい感情を上手く伝えられないもどかしさは! 何かが違う。
誰か! 私に文才を分けてくれ!
関係ないけど八命陣クリアしました。栄光マジカッケェェェ!