ハイスクールD×D 無限の守護者   作:宇佐木時麻

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婚約会談

 アーシア・アルジェントが駒王学園に編入してからしばらく立った後。アーシアの悪魔としての契約でごたつく事も在ったが無事に平穏な日常を取り戻していた。そんなある日、いつものように部室であるオカルト研究部に二年メンバーで向かっているとふと兵藤一誠は口を開いた。

 

「そういえば木場、おまえ最近部長が何か悩んでんだけど知らないか?」

 

「部長のお悩みか。僕は知らないけどたぶんグレモリー家に関わることだと思うよ」

 

「グレモリー家の問題って事は……貴族絡みか?」

 

 生憎一誠は平凡な一般人の家系なので貴族がどんな悩みをするのか皆目検討が付かない。だが最近見るたびに何か深刻そうに悩んでいる部長の姿を見て助けになりたいと思う。

 

「心配ですね……」

 

「まあ、いざとなったら俺達が力になればいいさ。なんせ俺達は部長の眷属だからな!」

 

「……そう、ですね! 私も部長の力になります!」

 

「ははっ、まあ部長の懐刀の朱乃さんなら何か知っているかもしれないから後で聞いてみようか」

 

 一誠とアーシアの掛声に微笑みを浮かべる木場だったが、ふとその脚が部室の前で止まる。顔色を伺えばその表情には緊張が奔っている。どうかしたのかと疑問に思いつつ立ち止まった木場の代わりに一誠が扉を開くと、いつものメンバーとは違い一人見知らぬ銀髪のメイドが佇んでいた。

 

「――お待ちしておりました、リアス・グレモリー様の眷属様方」

 

「えっと、あの、どちら様で?」

 

「はじめまして、兵藤一誠様。私はグレモリー家に仕えるグレイフィアと申します。以後お見知りおきを」

 

「は、はぁ……」

 

 突然の訪問者に戸惑いながらもグレイフィアと名乗った女性のお辞儀に慌ててお辞儀を返す。その芯の通った姿勢と整ったプロモーションに思わず一誠の鼻下が伸びるが横にいたアーシアに不満気に脇腹を抓られたため慌てて表情を元に戻す。

 

「えっと、どうしてグレイフィアさんがここに?」

 

「それは私から説明するわ」

 

 そこでようやく部長であるリアス・グレモリーが口を開いた。その神妙な面持ちに自然と眷属達の顔にも只事ではないのだと緊張が奔る。緊張感ある沈黙の中、リアスは口を開いて――続く言葉は突然の出来事にかき消された。

 

「これは……転移現象?」

 

 最初に気がついたのは一誠だった。一誠の反対側、誰もいない空間に突如魔法陣が輝き出す。普段部員が使う転移魔法陣だが、それは普段とは異なり描かれている文様が変化しグレモリーの文様ではなくなり、

 

「……フェニックス」

 

 まるで不死鳥を示すような文様が浮かび上がると、そこから朱い炎が具現化し部室に熱が籠もる。その熱さに思わず両腕で顔を庇ってしまうが、その炎は魔法陣の中から現れた漢の腕に振るわれてかき消された。

 

 現れたのは二人の男女。身体の一部に炎がまとわり付いているが意にも介していない。それもそのはず、何故ならその炎こそ彼らが生み出したものなのだから。

 

「初めまして、リアス・グレモリー様およびその眷属の皆様方。私はレイヴェル・フェニックスと申します。以後お見知りおき」

 

 金髪縦ロールの髪型の少女が優雅にお辞儀をする。その仕草は正しく貴族の名に恥じない美しい見惚れる動作だった。そして、誰もが注目する中、炎を消し去った男性は片手で髪を掻き上げつつ口を開く。

 

「――こうして人間界に来るのは久しぶりだな。元気にしてたか、リアス?」

 

 レイヴェルと名乗った少女とは違い着崩した服装からホストのような色気を感じさせる男性の登場に、いきなり人数が増えて戸惑っていた一誠は隣りにいた木場に小声で話しかける。

 

「なあ、あの人だれだ? 何か異様に部長に馴れ馴れしいんだが」

 

「あの人は――」

 

「この方はライザー・フェニックスさま。純血の上級あくまであり、古い家柄を持つフェニックス家のご三男であられ、グレモリー家次期当主の婿殿でもあられます」

 

 木場が説明しようとするが、どうやら聞こえていたのかグレイフィアが説明してくれた。その内容にへぇーと相槌を打っていたが、ふと気になるワードに首を傾げる。

 

「……ん? グレモリー家次期当主の婿殿って……」

 

 グレモリー家次期当主は当然彼らの主ことリアス・グレモリーに他ならない。その婿殿という事はつまり――

 

「リアスお嬢様とご婚約されているお方です」

 

「ご、ご婚約者ああああああああああァァァ――――ッ!?」

 

 驚愕の事実に一誠は絶叫が部室内に木霊するのだった。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「…………」

 

「部長、先ずはお茶でも飲んで冷静になって下さい」

 

「……ええ。ありがと朱乃」

 

 現在、オカルト研究部は異様な緊張感に包まれていた。グレイフィアは両者の中間に立ち、リアスはソファに腰掛け複雑な顔で目前を睨んでいる。その緊張を解そうと姫島がお茶を注ぐがそういう姫島自身も少し手が震えている。他の眷属である一誠、木場、アーシア、小猫達も主を守るべくソファの後ろに立っていた。

 

 そして、この緊張感を生み出している原因達はというと、

 

「レイヴェル、おまえ何でここにいる」

 

「……私がいたら何か問題あるんですかお兄さま? 何か私に知られたくない事でもするつもりでも?」

 

「いや、そんなことするつもりはないが……というか、何で今日が会談の日って知ってるんだおまえは。俺なにも言ってないはずだが……あと何でそんなに機嫌悪いんだ?」

 

「別に、普段通りですが何か?」

 

「いや、何かっておまえ……あぁ、もう。好きにしろ、ただ変な真似はするなよ。フェニックスの名に傷を付ける」

 

「心得ておりますわお兄さま」

 

 会話が終了したのか二人はリアス達と向き直る。レイヴェルと名乗った少女は緊張しているのか何処か睨んでいるような眼で、ライザーと呼ばれた男性は何処か疲れきった老人のような眼をしていた。

 

 気怠そうに頭を掻き分けつつライザーが言葉を切った。

 

「じゃあまず婚約者である俺から口を切り出すとするか。――今回の会談、正式に俺、ライザー・フェニックスとグレモリー家次期当主、リアス・グレモリーの婚約が決定した」

 

「――ッ!」

 

 ライザーの言った言葉に一同息を呑む。初めて知った一誠などは顎が外れるほど驚愕していたが、事情を知るリアス達も急な決定に驚愕を隠しきれなかった。

 

「……随分急な話じゃない、ライザー。当初の予定では私が大学を出るまでは自由だったはずだけど?」

 

「俺を睨むなよリアス。俺だって話を聞いたのはつい最近なんだ。どうも上の連中、純血悪魔をこれ以上減らさせない為に躍起になっているらしい。上が決めた以上、フェニックスとグレモリーの看板を背負っている俺達に拒否権などあるはずがないだろう」

 

 そう告げながらライザーは注がれていたお茶を呑む。その態度は何処か他人事のようで、熱を感じない。その態度にリアスも苛立ったのか、机を大きく叩きながらライザーに宣言する。

 

「ふざけないで、ライザー! 私は私が良いと思った者と結婚する。古い家柄の悪魔にだってそれぐらいの自由はあるわ!」

 

 リアスの啖呵に一誠達は感銘を受ける。その力強い意志、それこそがリアス・グレモリーだ。その言葉には思わず善悪を通り越して従ってしまう”カリスマ”が存在した。だが、そんなもの目前の二人には通用しない。レイヴェルは不愉快そうに眉を潜め、ライザーはまるで出来の悪い娘でも見るように苦笑いした。

 

「なるほど、まさに箱入り娘(お嬢様)だな」

 

「……なんですって?」

 

「自由だと? 在るわけないだろそんなもの。人間社会に深く関わり過ぎて忘れちまったのかリアス? 俺達悪魔は古き家柄ほど自由(それ)から離れ束縛される。老害()の連中が権力に縋り付こうとすればするほど純血悪魔(俺達)モルモット(貴重種)となって束縛される運命だ。そもそもおまえがこうやって人間界で過ごしていられるのもおまえの魔王()がいるから、多めに見て貰ってきたからだろうが。ならば、純血悪魔(貴族)としての役目を果たせ。今のお前は貴族としてその権限を振るっておきながら都合が悪くなったら途端に子供の振りをしているだけだ。何かを得るには何かを失わなければならない。グレモリーの看板を背負い貴族として生きるか、ただの悪魔として惚れた男と生きるか、力がない以上どちらかを選ばなければならない。それが真実だ」

 

 そう言い切って、ライザーは一息付くと威圧感を解放する。

 

「もっとも――俺もフェニックス家の看板を背負っている以上、この婚約を破棄させるわけにはいかない。これは悪魔の将来に必要で大事な事だからな」

 

 その言葉と共に放たれた圧に全員が息を飲んだ。木場と小猫に至っては既に戦闘態勢をとっており、アーシアは不安そうに一誠の体躯に抱きついていた。リアスと姫島もその圧力に汗を流す中、ただ一人、兵藤一誠だけが不思議そうにライザーを見つめていた。

 

 ライザーの威圧感を感じなかったのではない。だが、ある種近い彼だからこそ一誠はライザーの様子に戸惑いを隠せなかった。

 

 ライザーの眼。深く昏く、まるでどこまでも擦り切れたように――そう告げたライザーこそが、悪魔の将来などどうでもいいと思っているようで。

 

 まるで矛盾した内容に一誠が頭を捻っていると、ふと戯れすぎたかとライザーの圧が消滅し、先ほどの飄々とした態度が戻ってくる。

 

「……まあ、どうせ俺がどうこう言おうともリアスは納得しないだろ? ならこの話はどこまで行っても平行線だ。だからこそここにあなたがいるんだろ? サーゼクスさまの最強の『女王』、グレイフィア・ルキフグスさま?」

 

「……ええ。その通りで御座います。もし話し合いで解決しない場合、ライザーさまとリアスお嬢様で『レーティングゲーム』にて決着をつけ、勝者の意見を伺うようにと両家から同意を得ております」

 

「なるほどね。つまりお父さま方は何としてでも私を嫁がせたいようね……いいわ、そのゲーム受けて立つわ。勝負よライザー! あなたが勝てば約束通り婚約するわ。だけど私が勝ったならもうこの事は二度と口にしないと約束して頂戴!」

 

 リアスの啖呵に、ライザーはそれこそ本気で、在り得ない物でも見るかのような真顔で、

 

「――正気か、リアス? まだ成熟していないおまえが、駒も碌に揃っていない状態で戦うだと? それは少し驕りが過ぎるんじゃないか? 第一、最も戦況を変える『兵士』が一人だけなどハンデにしては酷過ぎるだろう。それとも誰か助っ人でも呼ぶ気か?」

 

「助っ人なんて呼ばないわ。それに確かに私の『兵士』は一人、けれどその一人は『兵士』八体分の最強の『兵士』よ」

 

 リアスの宣告に僅かに眼を見開いてライザーは一誠を見る。事前情報から新たな『兵士』が入ったとは聞いていたが、まさか『女王』クラスの八体分の『兵士』とは流石のライザーでも驚愕だった。だがそんな彼の様子を見て、直ぐに結論に至る。

 

「……なるほど、神器遣いか」

 

「な、何で分かったんだ?」

 

「簡単な話だ。おまえからはその実力に値する自身が全く感じられない。強者というのはそれに似合う覇気を纏っている。自信が結果に繋がり、だからこそその余裕が顕になる。けれどおまえからはそれが感じられん。ならば必然的に所有者の実力を引き上げる神器遣いと判断しただけだ」

 

 強者はその実力に見合った努力をしている。だからこそその実力が嘘ではないと自信になり、結果として余裕が生まれる。それを慢心などと呼ぶ輩もいるが、そもそも自分の努力を信じ切れずにいれば必然足掻く事すら出来なくなってしまう。

 

 故に、だからこそ神器遣いは恐ろしい。彼らは実力と雰囲気が同一ではない。喩え武人が数十年掛けて辿り着いた境地に、彼らは僅か数年足らずで届き追い越してしまう。実力が数段ではなく数倍の速さで跳ね上がってしまうため、だからこそ上級悪魔にとって神器遣いは喉から手が出るほど欲しく、同時に疎ましかった。

 

 自分達がどれほど鍛錬を重ねても簡単に掛け飛ばしていく傲慢なる神の遣い――それこそが神器遣いなのだから。

 

「まあそれは置いといて、ハンデはどうする? なんならおまえと同じ駒で戦ってもいいが?」

 

 それは本当に純粋は問いだった。悪意など一切含まれていない、成熟した身(大人)成熟していない身(子供)の差。既に幾らか『レーティングゲーム』を経験しているライザーがまだ一度も経験していない初めてのリアスに対しあまりにも差が大きすぎる。

 

 ―――だが。

 

「ふざけないで、ライザー」

 

 それは、先ほどのような子供染みた啖呵ではない。静かに、されど赫怒を隠し切れない消滅の魔力を滲ませながらリアス・グレモリーは『王』として宣言する。

 

「ハンデなんかいらないわ。私達は全力を持ってあなたの全てを打倒する。……それとも、それを負けた時の言い訳にするつもりかしら?」

 

「――――」

 

 その言葉にライザーは憤怒する訳でも悲憤する訳でもなく。まるで、どこかに置き忘れてきた大切な物でも見るかのような羨望の込めた眼でリアスを見ていた。

 

「――ああ、訂正しよう、リアス・グレモリー。どうやら俺は君を見縊っていたようだ。ああ、それでこそ君だ」

 

 ライザーは一度眼を閉じ元に戻すと、右手をスッと天井へと伸ばす。その手の形は指を鳴らす体勢となっていた。

 

「故に、これは俺からの詫びだと思ってくれ。全員(フルメンバー)で戦う以上、俺だけ敵陣営の顔ぶれを知っているのはイーブンじゃないだろう。これが、俺の眷属だ」

 

 ”――『召喚(サモン)』”とライザーが指を鳴らすと、彼が現れたように部室の魔法陣がフェニックスの文様を描きながら輝き出す。そして炎と共に現れるは十五人の女性達。その体躯にはそれぞれフェニックスの絵柄が書かれており、彼女達がライザー・フェニックスの眷属であることが一目で分かった。

 

 その登場に各々が自分との戦力差を思考している最中、ただ一人、兵藤一誠だけは着目点が違った。彼が注目したこと、それは即ち眷属が皆美少女という事であり――

 

「ハーレム、だと……ッッッ!?」

 

 己が目指す夢の果て、それに辿り着いた存在の前に彼の全身の電流が駆け巡った。

 

「……おいリアス。何かおまえのトコに下僕くん、俺を見て大号泣しているんだが……」

 

「……ごめんなさい、ライザー。この子の夢はハーレムなの。だからきっとあなたの眷属を見て感動したのだと思うわ」

 

「そ、そうか……」

 

 何処か気の毒そうに一誠を見るライザー。見れば他の眷属達も一誠の事を侮蔑を込めた眼で見下している。その視線に耐え切れず、一誠は若干逆ギレしながらライザーに指を突き立てながら咆哮した。

 

「おまえみたいな女ったらしと部長は不釣り合いだ! おまえなんか、種まき鳥野郎じゃねえか! というか焼き鳥がお似合いだ!」

 

 言った瞬後、一誠自身言い過ぎたと反省した。頭に血が昇ったとはいえそこまでの罵倒は流石に言いすぎだろう。だが、その思考は次の瞬間凍り付いた。

 

「――貴様、今我らの主になんと言った?」

 

「――潰すぞ、猿野郎」

 

「――五体満足でいられると思わないで下さいね、塵が」

 

 殺意、殺意、殺意、殺意、殺意。主の侮辱に眷属達は場所を忘れ赫怒で思考が真紅に染まる。まだ主と同じ上級悪魔ならば耐えられた。されどたかが下級悪魔風情が何様で我らの主を侮辱した? ―――鏖殺してやろう、塵屑が。

 

 瞬間的に彼らの手には得物が握られており、魔力が渦を巻く。見ればレイヴェルもその両手に炎を生み出しており、その殺意の矛先は主を侮辱した兵藤一誠へと向けられていた。

 

 もはや彼らの眼には塵屑以外見えていない。主の侮辱を死を持って償わせるためにいざ火蓋を切ろうとして、

 

 

 

「―――やめろ、おまえら」

 

 

 

 直後――天が降ってきたかと錯覚させるほどの圧力が部室内に降り注いだ。

 

 先ほどライザーの眷属達が放っていた殺気などとは比べ物にならない。ライザーが一瞬漏らした威圧がそれこそ漏らしたとしか思えない威圧感に、こちらに向けられているのではないと分かりつつも一誠は震える身体を抑えきれなかった。まるで重力が何倍にも膨れ上がったような負荷、アーシアは既に腰が抜け、他のリアス一同も冷や汗が隠せない。唯一平然としているのはグレイフィアぐらいだろう。もっとも、その彼女もライザーの放つ威圧に驚いていたが。

 

「レイヴェル、俺は最初に言ったはずだ。フェニックスの看板に傷を付けるような真似はするなと」

 

「も、申し訳ありませんわ」

 

「それからおまえら、いつ俺が得物を抜いて良いと言った?」

 

「お、お許し下さいライザーさま!」

 

 それはリアス・グレモリーとは違う『王』の姿。眷属達は例外なく跪き頭を垂れ赦しを乞う。主の命こそ絶対、その姿に先ほどまで殺意を放っていた連中とは思えないほど洞察の取れた動作だった。

 

「ふぅ……悪いな、そこの下僕くん。俺の眷属達が迷惑を掛けた。ところで、もしよければもう一度さっき言った事を言ってくれないか? よく聞こえなくてな」

 

 その言葉は、もはや死刑宣告と同義だった。

 

 下手な口をきけば有無を言わさず殺される、それほどの戦力差があると戦わなくても一誠にも理解出来た。だが、それでも――ここで口を閉ざしてしまえばそれこそ本当に口先だけの男となってしまう。それだけは、兵藤一誠自身が許せなかった。

 

「……おまえみたいな女ったらしと部長は不釣り合いだって言ったんだよ」

 

「貴様ァッ!」

 

 ライザーの眷属が一誠の言葉に反応して殺気を放つ。それだけでも一誠は震え上がりそうになってしまう。言った、言ってしまった。だがその心中に後悔はない。まるで時が止まってしまったような緊張感に一誠が包まれている中、

 

「……ふふふふ、ふはははははは、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは――――ッ!!」

 

 その笑い声が一瞬誰のものなのか分からなかった。心底嬉しそうに、久しぶりに痛快したと言わんばかりに哄笑を轟かす。額に手を当て、腹が捩れるほど声を荒げ――ライザー・フェニックスは笑っていた。

 

「ああ、そうだな。おまえの言う通りだ。婚約者の前で他の女を誑かそうとする輩なんてのは確かに婚約者失格だ。くくくくっ、ああ、その通りだ。全くもって当然だ」

 

 それは、まさか聞けるとは思っていなかった答えを聞いた謎掛けのように。あまりにも痛快で爽快だから我慢する気にもなれず腹から笑ってしまったようで、笑われているのにも関わらず自然と嫌な気分にはならなかった。

 

「だが――それは上級悪魔に対する下級悪魔の態度じゃないな」

 

 しかし、突如その軽快な態度は一変する。軽快な笑みは止み、獰猛な笑みが顔を覗かせる。まるで獲物を狩る獅子。立ち上がると同時に発生した熱風で彼らを遮っていた机が部屋端に吹き飛ばされ、彼らを遮っていた障害が無くなる。

 

「下を調教するのも上の役目だ。おら、来いよ下僕くん。文句があるなら口じゃなくて行動で示して見せろ。一つハンデをやる、どこでも好きな所を攻撃してこい。守らねえし避けもしねえよ。だから全力で来い。それとも――あれだけ啖呵切っておきながらやっぱり口先だけの優男か? (リアス)の後ろじゃなきゃ碌に話せない餓鬼か?」

 

「――上等だ、お坊ちゃんが」

 

 コケにされている、そんなことは分かっている。それでも、ここで引けばそれこそ『王』の後ろに控えている事しか出来ない負け犬でしかない。そんなの、男として許せないだろう。一誠は拳を強く握り締めると前へ出た。

 

「何だ、神器は使わないのか?」

 

「おまえみたいな似非ホストには……”(これ)”で充分だ!」

 

「止めなさいイッセー!」

 

 リアスの静止を振り切り、一誠は前へ躍り出る。透かした顔で笑うライザーの目前に踏み込むと、左足から腰へ、腰から右腕へ重心を移動させ、腰を捻り遠心力を加えた彼が放てる渾身の拳をライザーの顔面に叩き込んだ。衝撃の手応えに思わずやり過ぎたかと一誠が心配してしまうほどの威力だったが、

 

「――なんだ今のは。まだ女子の平手の方が威力があるぞ?」

 

 ライザーは無傷だった。再生したとかそういう次元ではない。顔面に拳が叩きこまれたというのに顔を動かさず痣一つ出来ておらず、一ミリ足りともその場から動いていない。否、それどころか、

 

「ぐ……ガァ……ッ!?」

 

 殴った本人、兵藤一誠の方が呻き声を上げながら蹌踉めく。手首の骨に罅が入ったような鈍痛が疼き、まるで壁を全力で殴りつけたような感触だった。

 

 蹌踉めく一誠の様子にライザーはやれやれと辟易すると、一誠が殴りつけたように拳を強く握り締め、彼の言葉に反応するようにその拳から炎が燃え上がり、

 

「いいか、殴るってのはな……こうするんだよォッ!!」

 

 刹那――兵藤一誠の視界が反転した。

 

「ぐ――我ァァああああああああああァァァ――――ッ!?」

 

 身体が爆発したのではないかと錯覚するほどの衝撃。殴りつけられた一誠の胸元の制服が一瞬で燃え尽きその衝撃は彼を宙に浮かせるだけでは留まらず、反対側の壁に衝突させ、更にそれを突き抜け向かい側の木造である旧教室の木造ロッカーを粉砕して壁にもたれ掛かるように動作を停止させた。

 

 訪れる静寂。しばらく何が起こったのか誰もが理解できずにいる中、最も速く我に返ったアーシアは慌てて一誠を治療するために彼の元へ駆け寄る。その動きを見てようやく他の者達も行動を開始した。

 

「ライザー! よくも、私の下僕を……!」

 

「何を言っている、リアス。元はといえばおまえがきちんと下僕の世話をしていなかったのが原因だろう。下級悪魔によるあれほどの上級悪魔への罵倒、本来ならこの場で極刑でも可笑しくない話だぞ? 甘さと優しさを履き違えてるなよ」

 

「だからと言ってあんな真似、見過ごせるはずがないじゃない……!」

 

「心配するな、殺しはしていない。ちゃんと手加減はしたさ。最も、しばらくは身動きは取れなくなるだろうが――」

 

 そう言い切ろうとして、しかし突如ライザーの頭にぶつけられた木の破片がそれを遮った。その破片に驚き、視線をそちらに向ければ、アーシアの治療を静止したまま焼き焦げた腹を抑えながら兵藤一誠がボロボロの状態で不敵な笑みを浮かべていた。

 

「何、だよ……いま、のは。まだ……女子の、平手の……ほう、が……威力が……あ、る……ぜ……?」

 

 ――そんなはずがない。兵藤一誠は見るからに限界だった。

 

 だが、そんな極限状態で尚見栄を張れるのは彼の強さだろう。殴った本人であるライザーだからこそ分かる。今の一誠は内蔵の一部が炭になっているほどの重傷だ。何も強化されていない身体に上級悪魔の魔力で強化された攻撃が与えられれば尋常ではないダメージが加わるのは道理だ。ましてライザーの属性は炎。生きたまま炎に焼かれる激痛は正気の沙汰ではない。直接内蔵を焼かれるなど体験できない痛みにどうやって抵抗しろというのだ。

 

 だが、それでも兵藤一誠は見栄を張って笑っている。もうその脚を動かすことも限界だろう。それでもなお彼は見栄を貼ることを優先した。その様子に――ライザーは久しぶりに興味を抱いた。

 

「……リアスの『兵士』。おまえ、名前は何て言う?」

 

「……リアス・グレモリーの『兵士』、兵藤一誠だ……!」

 

「兵藤、一誠ね。なるほど、覚えたよ。次逢うときにはせめて俺に攻撃が通るまで成長してろよ?」

 

 ライザーは興味深そうに笑うと、振り返りグレイフィアの方に向き直る。

 

「という訳でグレイフィアさま、『レーティングゲーム』まで十日期間を伸ばすのはどうでしょうか? 本当なら一ヶ月くらい上げたいのですが、それ以上は上も赦さないでしょう。それに神器遣いは化ける。もしかすればいい勝負になるかもしれませんしね」

 

「……わかりました。両陣営には私から説得しておきます」

 

「……それはハンデのつもりかしら、ライザー」

 

「ああ、駒を全部出す代わりにその期間を与えることが俺からのハンデだ。文句はなしだぜ? そもそもおまえはチャレンジャ―で、俺がチャンピオンだ。ならこちらの言うことを優先しろ。それに正直今のお前たちじゃ話にならん。精々十日で相手にするまで実力を上げてこい」

 

 ライザーは残酷に真実を告げると他の眷属達の元まで向かう。話はもう終わりだと転移魔法を発動させる最中、ふと思い出したようにリアスの方へ振り返る。

 

「じゃあな、リアス。十日を期待して待ってるぜ」

 

 ライザーはそう飄々と笑みを浮かべながら告げて、部室から眷属諸共姿を消した。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「宜しかったのですか、お兄さま」

 

「ん? 何がだレイヴェル?」

 

 フェニックス家本家。ライザー率いる眷属達が回廊を歩いていると、隣を歩いていたレイヴェルがふと問いかけた。

 

「何も十日も期間を伸ばすこと無く、あの場で直ぐに決着を付けても宜しかったのではないですか?」

 

「ああ、最初はそれでも良かったんだけどな……少々気になるヤツが出来てな」

 

「気になるヤツ……ですか?」

 

 ふと、レイヴェルの瞳に泥のような濁った色が染まる。だがその様子ライザーは気づくこと無くまるで愉快な玩具でも見つけたように自然と軽口を叩いていた。

 

「ああ、あの兵藤一誠という小僧……中々面白そうなヤツだったからな。先が見てみたいと思っちまったんだよ」

 

 転生悪魔ならば自分との差に頭を垂れた。純血悪魔ならばフェニックスの特性を利用するために円環な関係になろうと頭を下げて近づいてきた。今までそうだった。それが悪魔として普通なのだ。だからこそ、あの少年のような真っ直ぐな馬鹿さにライザーは笑みを隠しきれなかった。

 

 そして、その態度を快く思わないのが此処に。

 

(お兄さまが笑っている……私達ではなく、あんな下劣な下級悪魔などに……!)

 

 今までライザーはほとんど笑っていなかった。来る日も来る日もまるで囚人のようにいつか来る終わりも待ち続ける毎日。レイヴェルは眷属達がライザーを笑わせようと何度も試みたが、結果は全て無駄に終わった。

 

(……だというのに!)

 

 自分達ではなくあの兄を侮辱した下級悪魔を思ってライザーは笑っている。それが何より許せない。どうして私達じゃない? どうしてあんな塵の事を思って笑っているのですか――?

 

「……兵藤、一誠……!」

 

 笑顔を奪われ、醜い嫉妬が憎悪の炎と成りて彼らの胸を焦がす。この時――何があろうと、あの『兵士』だけは鏖殺すると彼らは誓った。

 


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