ハイスクールD×D 無限の守護者   作:宇佐木時麻

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お待たせいたしました、久しぶりの更新でございます。


朝の風景

 ―――落ちていく。虚空の彼方に魂だけが墜落していく。

 

 此処では兵藤一誠などという記号に何の価値もない。在るのはただ無限に広がる虚無。そもそも此処は物質界ではなく精神だけが行き来するアストラル界。端的に説明すれば、夢の世界と言うのが最も相応しいだろう。

 

 故に墜落という表現が相応しいのかも分からない。ただ現在感じている感覚に最も近い表現が墜落だったからそう言っただけで、実際は登っているのかもしれない。どちらにせよ、此処で己の意志など介入する術はない。そもそも夢は認識する事は可能だとしても、それを操作する事など誰にでも不可能なのだから。

 

 落ちていく。堕ちていく。墜ちていく。深く深淵の底に、兵藤一誠という器が持つ最深部へとこの魂は向かう。やがてどれほどの時が過ぎたのか、漸く墜落は終わり己が最奥部に辿り着いた事を理解した。

 

 いや―――導かれたというべきか。

 

『そうだ。ようやくこうしておまえと話す事が出来る。さあ、立ち上がって目を開け。今のおまえなら俺の声が届くはずだ』

 

 空間を凍結させるような威圧感に何故か不思議と敵愾心が湧かなかった。寧ろその言葉に従う様に明確な足場を意識する。この場は夢の世界。ならば出来ないはずがない。意識するまでもなく足先に固形物の感触が伝わってくるのと同時に、感じていた上下感覚が逆転する。いや、正常に戻ったというべきか。

 

 先ほどの言葉を信じ、目蓋を開くイメージを浮かべる。すると先ほどまで闇しか見えなかった世界が一変した。

 

「熱ッ……! 此処は、いったい……?」

 

 一陣の炎の風が吹き荒れ、先ほどの闇を塗り潰す。もやは夢というにはあまりにその現実味は強く、傍を横切る炎の熱で皮膚が焼けそうになる。

 

 此処は何処か。この風景は兵藤一誠の心象世界ではない。こんなもの、たかが十数年の年月を過ごした程度では思い描けない。此処は地獄だ。血と腐臭と肉の焼けた匂い。戦意と殺意と凶念が渦巻く修羅の世界。此処は―――

 

『そうだ、此処はおまえの神器の中だ。こうして対話するのは初めてになるな、今代の』

 

 声が聞えるのは最も巨大な炎の塊の内部から。それはまるで卵から還るひな鳥のように翼を拡げながら己の眼前に降臨した。

 

 見上げるほどの巨体に一目で強靭だと理解できる赤き鱗は炎に触れても傷つくことなく顕然で、碧眼の双眼は蟻でも見るかのように此方を見下ろしている。その姿、その気迫、己はこいつの名前を知っている。それは無意識の内に神器の情報から引き出していた真名。その名は―――

 

赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)……!」

 

『ほぉ? どうやら神器から少しは俺の記録を引き抜いてきたか。ここは見事と讃えてやるべきか、或いは時間の掛かり過ぎかと言うべきか。最も、本来ならばもう少し早く目覚めていただろうが、■■■■■の仕業で封印が解けるのにだいぶ時間が掛かってしまったのだから文句を言うつもりはないがな』

 

 一瞬ドラゴンの話す内容が眼前を横切る劫火に気を取られていたせいで聞き逃してしまうが、内心はそれどころではない。いったい何の用か、何が目的なのか。ただ見られているだけで身体が竦み上がるこちらに対し、ドラゴンは苦笑する。

 

『クククッ、そんなに怯えるな。別におまえをとって食おうなどとは考えておらんさ。こうして今回おまえに語りかけたのも単純に顔合わせとこれからの相棒となる輩と挨拶がしたかっただけさ』

 

「相棒、だと?」

 

『気づいてるんだろ? 理解しているはずだ。俺がどういう存在なのか。それでも聞きたいならば―――強くなれ。もっともっと俺の力を引き出してみせろ。そうすれば答えてやらんこともない。おまえとて、守りたい存在から守られるのは癪だろう?』

 

「ま、待ってくれ! 守りたい存在って誰の事だ? おまえはいったい何の事を言ってるんだ!?」

 

『いずれ分かるさ。最も―――その時には、既に手遅れになってるかもしれんがな』

 

 再び炎の渦へと帰ろうとする赤き龍に手を伸ばすが全く届かない。それどころかまるで引っ張られるように身体はみるみる内に空へと昇っていく。何もかもが白く染まり、やがて意識すらも虚空にのまれていき―――

 

「……あー、夢落ちですか。はいはいですよねー」

 

 見慣れた天井。それに向かって手を伸ばしながら自分を客観的に見れば物凄くイタい奴なんじゃないだろうか、などと考えながら兵藤一誠は目を覚ました。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 兵藤一誠の朝は早い。元々早朝トレーニングを行うために早かったが、悪魔になってからは更に早くなった。王であるリアス・グレモリー曰く、あなたの神器は基礎能力が高ければ高いほどその真価を発揮するとの事らしい。故に毎朝朝練を実行していた。

 

 本来ならば眷属一人の様子を見るために態々王様が来る必要はないんじゃないだろうかと思うのだが、実際の話一人でやるよりは傍で誰かが、しかも美女ならば頑然やる気が出る。これもそう、全ては夢のため。

 

 そうだ、俺は―――

 

「……ハーレム……ぉう……に……俺、は……な……る……ガク」

 

「まだ喋れる気力があるなら大丈夫ね。ダッシュ十本追加よ」

 

「悪魔だ……悪魔がいる……!」

 

「あなただって悪魔じゃない」

 

 息さえ途絶え途絶えで死にそうな様子の一誠に、ジャージ姿のリアスは微笑みを浮かべながら残酷な真実を告げる。一誠には彼女の背後に小悪魔の翼が見えた。実際の話、悪魔の翼が生えている訳なのだが。

 

 一誠とて今まで数年間殆ど休むこと無くトレーニングを続けてきたのである程度自信はあったのだ。しかしそんな小さなプライドは朝練初日から粉微塵に吹き飛ばされた。普通朝から四十キロ近く走らされダッシュ三百本とか馬鹿げてる。常識的に考えて無理だろ。

 

「イッセー。あなたはもう悪魔なのよ? だから人間の常識で己の限界を決めつけないの。それはあなたの限界を生み出してしまう原因になってしまうわ」

 

「う、ウッス」

 

「返事は宜しい。じゃあ筋トレ再開ね」

 

「フグぉっ!?」

 

 そう告げた途端、リアスはうつ伏せで倒れていた一誠の背中に伸し掛かる。唯でさえ疲労困憊でぶっ倒れていたというのにも関わらず更なる重圧が加算され、一誠は潰れた蛙のような呻き声をあげるのだった。

 

「おっ、重……」

 

「あら、イッセー? 今なんて言ったかしら? 何やら聞き捨てならない事が聞こえた気がするんだけど?」

 

「ななななんでもないっス! いやー部長は本当に軽いっスね!」

 

「あらそう? ならもう百回追加ね」

 

「ええ゛ッ!?」

 

「何か言いたい事でもあるのかしら?」

 

「何でもございましぇん……」

 

 やはり女は怒らせると恐ろしい。しかし今回は無粋な事を言った自分が悪いので死に物狂いでリアスを上に乗せたまま筋トレを再開する。普通限界まで酷使した筋肉で更に人一人分の体重が増えようものならば潰れてしまうのが道理だが、現在の一誠はその状態でもキツい程度で筋トレを続けることが出来ていた。

 

 こういう所で自分は人間じゃなくなったんだなと再確認していると、何やら頭上でリアスが周囲を見渡している。その様子に何やら疑念を抱いていると、

 

「イッセーさーん、部長さーん、遅れてすみませ……はわわっ!?」

 

「あらあら、大丈夫ですかアーシアさん?」

 

 声のした方を向けば、金髪の少女であるアーシアが何もないところで躓いて黒髪の女性である姫島朱乃に助けられながらこちらに歩いてくるのが見えたのだった。

 

「アーシア? それに朱乃さんまでどうしてここに?」

 

「あら、アーシアが来るのは予想ついていたけどあなたまで来るとは思ってなかったわ、朱乃」

 

「いえ、例の件を部長に報告しようとしていたところアーシアさんと合流いたしまして。イッセーくんはリアスのお気に入りですから一緒にいると思って来たんですが、うふふふ、予想通りでしたわ」

 

「はいイッセーさん、お茶です。私はイッセーさんがここで部長さんとトレーニングをしていると聞きまして……その、私も何かイッセーさんのお役に立ちたいと思って来たんですけど、ひよっとして……迷惑でしたか?」

 

「そんなこと無い! 寧ろ大歓迎さ! 今日は慌ててたから水筒忘れてたし大助かりだよ」

 

 アーシアから水筒のコップに注がれたお茶を喉に通すと、乾ききっていた喉に水分が通りその気持ちよさに一気呑みしてしまう。リアスは一誠から立ち上がって姫島と話をしていた。

 

「それで、例の件はどうなったのかしら朱乃」

 

「コカビエルの件ですが、どうやらコカビエルの身体は本当のようだったそうです。後ほど堕天使の総督であるアザゼル本人と連絡を通した後、コカビエルの独断だったそうで今回の件はこちらに不備があったと供述したそうです」

 

「そう、一時は堕天使の幹部を殺されたから戦争になるんじゃないかってヒヤヒヤしたけど、肩の荷物が降りたわね。……それで、もう一つの件は?」

 

「……ええ。それからもう一つ、あの時現れた黒い影についてですが、どうやら巷では”殺人貴”という二つ名で呼ばれており、ここ最近多くのはぐれ悪魔を狩っていること以外詳細は分かっていないようですわ」

 

 一瞬、ほんの少しの間姫島の顔色が暗くなったが、瞬きした後に見れば普段の顔色に戻っていた。見間違いかと一誠が首を傾げていると、同じく話を聞いていたアーシアが恐る恐るといった様子で尋ねる。

 

「あの、その”殺人貴”さんって確かあの時教会に現れた人のことなんですよね……?」

 

「ええそうよ。ごめんなさいねアーシア。嫌な事を思い出させてしまって」

 

「い、いえ私はそんな……!」

 

 慌ててアーシアは否定するが少しだけ震えていた。無理もないだろう。あの日、黒い影と出会ったのは一ヶ月前―――レイナーレが率いる堕天使達の集団との戦いの後だったのだから。

 

 正直今の自分がこうして無事に過ごしているのが不思議なほど激戦だった。身体は光の槍を受けて消えかかっていたし、骨はズタボロに折れて内蔵に突き刺さり、アーシアが居なければ数年は治療でベッドに横たわるはめになっていただろう。木場も同じくらい損傷しており、アーシアに至っては儀式によって神器を抜かれ死ぬ寸前だったのだ。怯えないはずがない。

 

 だが、と一誠はふと思う。あの時、俺にもっと力があればこの結末を変えられたのではないか? 確かにアーシアを救う事はできた。だが実際彼女の人間のまま平穏な世界に返すことは出来ず、彼女を悪魔にさせてしまった。それに何より、自分は彼女を救うことが出来なかった。

 

 ―――“……なさい、ごめん……い……ッ!!”―――

 

「……力が、欲しいな」

 

 ぎゅっと己の胸元を強く握り締める。目を閉じればどうしても考えてしまう。雨に打たれながら懺悔する少女、もしも、もっと力があれば、己は彼女を救うことが出来たのではないだろうか―――?

 

「―――大丈夫です、イッセーさん」

 

 そんな、自分自身さえも握りつぶしてしまいそうな手をそっと抱き締めるように優しく手が重ねられる。顔を見上げれば、アーシアが優しい微笑みを浮かべながら言う。

 

「イッセーさんは強い人です。決して弱くなんかありません。現に私を助けてくれたじゃないですか。死にそうになっていた私を助けてくれて、こうして友達でいてくれる。約束を守ってくれました。それに……レイナーレさまもきっと生きてます。なら、きっと大丈夫ですよ」

 

「……ああ、そうだな」

 

 自分の悩みを見事的中させられ、流石は聖女様だなと一誠は苦笑混じりに笑う。正直な話、あの時レイナーレ達が逃げれてほっとしている自分がいた。確かに彼女は自分を殺した。けれど、それでも恨めなかった。よくも俺を殺したな、だからおまえも死ねだなんて最近までただの高校生だった兵藤一誠には生死の論理が納得出来なかった。

 

だから、強くなりたいと切に願う。確かに今はまだ弱いかもしれない。なら強くなろう。今よりも強く、今度こそ大切なもの全てを守れるように。もう二度と、己の弱さに涙を流さないように―――

 

「さて、それじゃそろそろ時間もいいところだし切り上げますか。アーシア、私にもお茶を一杯もらえるかしら?」

 

「あ、はいどうぞ!」

 

 一区切り付いたのか、リアスはそう告げて話を切り上げるとアーシアから受け取ったお茶を呑む。その様子をぼんやりと眺めていると、一誠の頭上にふわりとタオルが掛けられた。顔を向ければ、姫島朱乃が笑みを浮かべていた。

 

「大丈夫ですかイッセーくん? 朝から励んでいるのは皆さん同じですわね」

 

「ああ、朱乃さんありがとうございます。……ところで、皆というのは?」

 

「ええ、此処に来る前に実は木場くんと小猫さんに会ってきましたの。二人共やはり前回の戦いで思う事があったらしくより一層鍛錬に励んでいましたわ。木場くんは『魔剣創造』の強化、小猫さんは確か……中国拳法ですか? それを熱心に取り組んでいました」

 

「木場が戦った相手って……確かフリードだったっけ」

 

 フリード・セルゼン。兵藤一誠が初めて戦った神父であり、救援にきたリアス達でもまるで歯が立たなかった強敵。あの時も忽然と姿を消していて消息は不明だ。だが、何となく嫌な予感だが、奴とは再びまみえる予感がしていた。

 

「そういや小猫はちゃんを助けた匙つていう奴、今度お礼を言いに行かないとな」

 

「ふふふ、そうですね……」

 

ふと、姫島の視線を伺うと顔の汗を拭う一誠に固定されていた。その眼は何処か懐かしいものでも見ているように、けれど後悔しているような悔恨な瞳だった。

 

「朱乃さん? なんか俺の顔に付いてますか?」

 

「いえ、イッセーくんの横顔が昔の知り合いと少し重なって見えてしまって……本当に全然似ていないのに。ふふっ、あの人もイッセーくんと同じくらい人が良かったらよかったのに……そうすれば、私ももっと素直でいられたのに……」

 

 声がどんどん萎んでいき、目を伏せる。抱き締めるように己の肩を掴む腕は震えていて、まるで迷子になった子供を連想させた。その突然な豹変に一誠は何も言えず呆然と黙りこんでしまう。そんな一誠の様子に我に返ったのか姫島はふと告げる。

 

「イッセーくんは強くなりたいですか?」

 

「え? ああ、はい。やっぱり後悔したくないですから」

 

「ふふっ、私もですわ。己の無力を嘆いて、強くなりたくて、そうすれば……あの人を―――」

 

 続く言葉はなんだったのか。だがそれは突然の乱入者によって遮られた。

 

 

 

「―――ったく、ここに要やがったのか。随分と探したぞイッセー。おまえその歳ににもなって水筒忘れんなよ、何年続けてると思ってんだ?」

 

 

 

 聴こえてきたのは聞き慣れた声。振り向けば公園の入り口から見慣れた姿が歩いてくる。同じようなジャージを着て双子だというのに顔立ちはあまり似てないと言われてきた実の

兄。兵藤信貴がそこに佇んでいた。

 

「信貴、なんで此処に?」

 

「何でって、おまえさんが水筒忘れて行ったから母さんに届けてこいって言われたんだよ。まあ、もっとも今回は必要なかったみたいだがな」

 

 信貴の視線の先はアーシアの水筒に向けられており、微笑ましそうにそれを眺めている。そこで信貴の存在に気が付いたのか、話し込んでいたリアスとアーシアが信貴に挨拶する。

 

「あら、おはよう信貴。あなたも朝から鍛錬?」

 

「おはようございます信貴さん!」

 

「ええ、おはようございますリアス先輩、アーシア。しかし皆してもう来月の球技大会のトレーニングって、オカルト研究部なのに大変そうだな」

 

「ははっ、まあな」

 

 信貴の言葉に苦笑するしかない。今までなら信貴と一緒に行ってきた鍛錬だが、悪魔になってからは一緒に出来なくなった。そもそも悪魔と人間では基本スペックが違いすぎる。今まで同レベルだったというのにいきなり数十倍も走れるようになったら普通疑われるだろう。だからこそリアスの助言でこうしてオカルト研究部の集まりとして鍛錬するという口実で信貴とのトレーニングから避けていた。

 

 しかし、今まで一緒にやるのが当然だったのにこうして隠し事をしないと考えると、少し憂鬱な気分になる。これからもっと多くの隠し事が増えて行くのだろうなと悪魔と人間との違いに一誠は嘆息した。

 

「しかし、まさかイッセーがオカルト研究部に入れるとはな。正直に言って驚きだ」

 

「む、それはどういう意味だよ信貴」

 

「言葉通りの意味だ。そもそもオカルト研究部は学校では美男美女しか入れないって噂で、多くの生徒が入部拒否されたそうじゃないか。それなのにおまえが入れたものだから学校じゃ大スプークだったぜ?」

 

「ふっ、実は俺だって美男子という噂はないのか?」

 

「はぁ? おまえが? …………おまえが?」

 

「二回言うなよ! あとその信じらんねえみたいな顔はやめろ、すげえ腹立つ」

 

「はいはいそーですねー。まあオラウータンと比べたら美形なほうじゃね」

 

「基準をせめて人間クラスにしろよォ!」

 

 いつも通りの馬鹿げた兄弟口喧嘩。その様子を微笑ましくリアス達が見ている中、一人だけ何処か驚愕に満ちた表情でその様子を見ている者がいた。その光景が、過去と重なる。

 

 

 

 

『どうかしたの、ナナシ君?』

 

『……いや、別に。ちょっと姫島との出逢いを思い出していただけだ』

 

『急にどうして……ハッ! まさかナナシ君、わたしに惚れて――――』

 

『戯言ほざいてんじゃねえぞタコ』

 

『ひどい!? ……ふ、ふん。いーもん。本当はナナシ君、わたしに照れてるんでしょ? 母さま言ってたもん、男の子が女の子を虐める理由は十中八九惚れているからだって! ほら、正直に言ってみなよ』

 

『……はあ。俺が、おまえを? ……はあ』

 

『その二度の溜息はなに!?』

 

『道端に落ちてる小石の次に好きだ』

 

『基準が低すぎて分からない!?』

 

 

 

「……ナナシ、君?」

 

 姿か重なる。遠い日の彼と今目前にいる少年の姿が重なつていく。似ているのだ。その面倒くさげな雰囲気が、だけど何処か優しいその声音が。ありえないと分かっている。けれど聞かずにはいられなかった。

 

「だいたいおまえは昔からなぁ……って姫島先輩どうしたんですか? 何か話でも?」

 

「…………」

 

 気がつけば、彼の傍に立っていた。何を言えばいいのか分からない。ただ胸の中で感情が荒れ狂って制御するので精一杯だ。それでも、必死に何かを言おうとして口から出てきたのは素直な言葉だった。

 

「あの、変な事を聞くかもしれませんが……昔、何処かで会った事はありませんか……?」

 

「――――」

 

 その言葉に、信貴は一瞬息を飲み込み―――

 

「……いえ、先輩と会ったのは学校が初めてですよ。だいたい昔会っていたならイッセーも知っているはずですよ? 俺とこいつは大抵同じ場所に行ってましたから、イッセーが知らなかったら俺も知らないです」

 

「そう、ですか」

 

 続けられた言葉に失望する。やはり、そうに決まっている。彼がこんなところにいるはずがない。分かっていたというのに……。

 

 気分が沈んでいく。だからだろうか、この時姫島は正常ではなかった。ゆえにあの人の面影がある信貴に対して荒唐無稽な戯言をほざいてしまった。

 

 

 

「あの―――それじゃあ、少しだけこう馬鹿にするような感じで名前を呼んでくれませんか―――」

 

 

 

 刹那―――空気が凍った。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 一同黙りこむ。当然だろう、今まで完璧な大和撫子だと思っていた人物がいきなりドM発言すれば誰だつて驚愕するに決まっている。それから果たしてどれほど時間が流れただろうか。

 

 そして―――時は動き出す。

 

「あ、あ、朱乃がさんが壊れた―――!?」

 

「大丈夫なの朱乃? くっ、前回の戦いで実は脳は負傷していたのね! もっと私が早く気づいていれば……!」

 

「私の神器で治せるかどうか分かりませんが、やってみます!」

 

「ち、違うんです今のは! そういう意味じゃなくて―――!?」

 

 途端騒ぎ出すオカルト研究部御一行。その様子を少し離れたところから眺めていた信貴は黒髪の頭を掻きながら苦笑混じりに誰にも聞こえない音量で呟いた。

 

「全く、これだから女の感は怖いんだ」

 

 ―――元気そうで何よりだよ、朱乃。

 




めっちゃ書き直したい。設定の歪みをめっちゃ直したい。だけどそうしたら何年掛かるか……!

Dies irae振り込もうとして忘れてたorz

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