ハイスクールD×D 無限の守護者   作:宇佐木時麻

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これは、夢から覚めて大人になった不死鳥の物語


第二章 創生のフェニックス
プロローグ 堕落の不死鳥


 ――夢を、見ている。

 

 それは遠い過去。まだ世界は美しいものに溢れていると信じて疑わなかった幼少期。思い返せば気恥ずかしく、唾棄すべき記憶。現実を何も知らず、妄言を真実だと誤認識していた忌むべき頃。

 

『ライザー。おまえはなぜ我々フェニックスが不死身なのか考え事があるか?』

 

 書斎で本を読んでいる幼き自分に話しかけてくる父に反応し顏を上げる。尊敬すべき貴族であり、その尊い在り方は幼き自分にとっていずれ超えるべき目標であり憧れだった。そんな父の言葉に必死に答えようと思考するが、まだ外界を知らない嘗ての己では答えられるはずがなかった。

 

『え、えっと、その……申し訳ありません。僕には分からないです。そういう種族だからなのではないのですか?』

 

『ふむ、おまえが言っている事も間違いではない。特異な者が特異な理由に意味はない。一種の思考停止のようにも聞こえるがそれもまた一つの真理だ。だが私が言いたいのはそういう生物としての本質ではなく心構えに関してだ』

 

『心構え、ですか?』

 

『ああ。傲慢に聞こえるかもしれんが特別な素質を持って生まれた者には平凡な者達の上に立つ責任がある。なぜならそれは持ってしまったがゆえの宿命なのだ。力を持つ者はその本質を弁えてそれを正しく使わなければならない。それを踏まえてこそ貴族なのだ。ゆえにライザー。おまえはこの力が何の為に在ると思う?』

 

『僕は……』

 

 この不死鳥の力は何の為に在るのか。その問いに世界の醜さを何一つ知らなかった当時の自分は虫酸が走る絵空事を告げる。

 

『僕は、この力は皆を守る為に在るのだと思います!』

 

『ほう、それはなぜだ?』

 

『僕達フェニックスはどれだけ傷つこうと直ぐに癒えます。ですが、他の悪魔はそうはいかないでしょう? 手足を一本でも失えばそれだけで戦うことが困難になります。ですが、僕達フェニックスならその問題は解決されます! 例え手足や頭が吹き飛ぶ事になっても直ぐに癒えて戦えます。それはつまり、僕達が前線で戦えばそれだけ傷つく人の数を減らせると思うんです! 確かにフェニックスは精神を消耗させるか心を折れば簡単に倒せる悪魔だという噂は幾度も耳にしてます。ですがそれは他の戦士も同じでしょう? そんなものは戦いにおいて当然の事だと思います。それでも僕達フェニックスは心が折れない限りそれこそ無限に戦えます。そうすれば必ず敵の体力負けで勝つ事ができます! だから僕はフェニックスの力は大切なモノを守る為の力だと思います。それが僕の答えです』

 

『……ふふ、ふふふふ、ふはははははははははは――――ッ!!』

 

 幼き自分の告げた答えに父が大笑いする。当時の己はそれが馬鹿にされたのだと思い頬を膨らませて半目で睨むが、そんな惨めな自分を慰めるように父はそっと頭を撫でた。

 

『済まんな、別におまえの答えを馬鹿にしたのではない。むしろ素晴らしい答えだと思うぞ。流石はフェニックス家の男だ! やはり男とはそうでなければな! ふはははははっ!』

 

 高笑いする父の姿はやはり憧れだった。この人のような尊敬する人物になりたい。まるで大海原のような懐の広さにいつか自分もこの人のようになりたいとつくずく思っていた。

 

『なるほど。ならばより一層鍛錬しなければな。その道は険しいぞ?』

 

『はい! 無論心得ております! お兄さま達や父さまに負けないくらい――』

 

 ――――やめろ、思い出させるな。

 

 夢の景色が歪む。所詮こんなもの餓鬼の頃の苦々しい記憶だ。いつまでも夢を見ている少年のままでは居られない。社会を知ればそれに適応するべく夢を捨てて現実に生きなければいけない。それは至極当然の事だ。

 

 そうとして生まれた者はそう生きるしか術はない。フェニックスとして生まれた自分はフェニックスとして生きるしかないのだ。

 

 だから、今直ぐ覚めろ。こんな青臭かった餓鬼の頃など思い出しても何の意味もない。もう過去は変えられない。決断した己はもうこの現実を生きるしかないのだから。

 

『――強くて優しい、皆を守れる■■(・・)になるのが僕の夢ですから!』

 

 夢幻から覚める刹那、幼き自分が発せた言葉が今の己を責めるように耳にこびり着いていた。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 陽光が遮られたカーテンの隙間から部屋に差し込むのを閉ざされた目蓋の裏側から感じ取り速やかに意識を覚醒させる。目を開けば見えるのは見慣れた天井。数十年間同じ部屋で過ごしているのだから当然の事だ。

 

 壁に掛けられた時計の針を確認すれば普段通りの起床時間。どれほど寝過ごしても決まった時刻に意識が覚醒してしまうのは幼少期からあいも変わらず繰り返し過ごしてきた癖だろう。あの頃ならば直ぐにベッドから飛び出して鍛錬を行うべく庭に向かって――

 

「……いかんな、どうもセンチメンタルになってやがる」

 

 先ほど見てしまった夢のせいか。どうしようもない昔の頃を思い出して自嘲する。気を撮り直して顏を洗いにいこうとベッドから抜け出そうとして、全裸の身体に掛けてあった布がズレ落ち自分とは別の誰かが同じベッドで生まれたままの姿で眠っている事にようやく気が付いた。

 

 その女性は己の眷属である女王(クイーン)の駒を司るユーベルーナ。そういえば昨晩彼女を抱いたのだと思いだしてその豊満な裸体を眺める。女性として色欲を唆る美しい形。出る所は出て引き締める所はきちんと引き締まっており、おそらく一般的な女性としてかなりの上位に入るのだろうと予想できるその身体。

 

 だというのに――なぜ、自分は物足りなさを覚えているのだろうか?

 

 脳裏を掠めた思考を頭を振る事で削ぎ落とし風邪を引かぬよう布をしっかりと被せる。そのあと床に落ちてあったバスローブを適当に羽織り、ふと机の上に置かれてあったワインに気が付いた。

 

 そういえば昨晩これを持ってきて一緒に呑まないかとユーベルーナが誘ってきたのだったなと思い返し瓶を手に取る。見ればかなりの年季物のようでおそらくこのような高級品は最上級悪魔でさえも数年に数えるほどしか飲めない品物だろう。

 

 それを一瞥し、一瞬ユーベルーナの方を向き直り悩むが、コルクを魔力で強引にこじ開けワインボトルにも注がず一気に口づけでワインを煽る。瞬間、アルコールが一気に体内を駆け巡り酔いが襲って来るが――それもほんのごく僅か。それを不純物と認識した身体がアルコールの余韻に浸る間もなく瞬時にフェニックスの属性が浄化させる。

 

「……チッ」

 

 酔えない酒など何の旨みもない。一気で飲み干した空の瓶を机の上に置き部屋から退出する。廊下に出れば見えるのは長いカーペットが敷き詰められた床に大理石で作られた壁。陽光を差し込む窓には一変の汚れすらなく虹色に輝くその光景に目覚めたばかりで眩しく目を細めるが、それすらも一瞬で直り平常に戻る。

 

「…………」

 

 顏を洗いに行こうと荘厳な廊下を歩きながらふと考えることがある。いったいいつからだろうか。世界がこんなにも色褪せてしまったのは。

 

 どれほど美味な食事を摂ろうと味が薄く感じる。

 

 どれほど絶景の美女を抱こうとも皆同じに感じる。

 

 どれほど高級な酒を飲もうと旨く感じない。

 

 飽いている、餓えている、渇いている。何もかも満たされない。まるで餓鬼道に堕ちた餓鬼だ。ただ定められた通りに動く人形。だがそれも仕方ないことだろう。この身は歯車。社会を回す一部分に過ぎないのだから。

 

 フェニックス家の三男、ライザー・フェニックス。それ以上でも以下でもない、それが己の全てだ。

 

 ……だというのに、なぜこの胸の奥はこんなにも疼くのだろうか。

 

「――――お兄さま! ここにいらっしゃったのですか!?」

 

「……レイヴェルか。朝からいったいどうした騒々しい」

 

 永遠と空回りしていた思考が外部からの声に浮上する。背後から聴こえてきた声に振り返ると、そこには最愛の妹であり同じフェニックスの血を継ぐレイヴェル・フェニックスが淑女らしくない駆け足で駆け寄ってきた。

 

「おまえな、仮にも淑女を名乗る年頃なら室内で走るな。まったくおまえはいつになっても野蛮で――」

 

「今はそんな事どうでもいいですわ! それよりも、これは本当なのですの!?」

 

 朝っぱら探すために屋敷を走り回っていたのか僅かに汗を掻きながら息を荒げつつレイヴェルは手に握り締められていた書類を此方の眼前に叩きつける。その昨夜確認した同じ内容の書類に一瞬目元が震えるが、目を一回閉じることで冷静さを取り戻させる。

 

 その書類に書いてあることは、

 

「ああ、本当だ。――――今回、グレモリー次期当主リアス・グレモリーとの正式な婚約が決定した」

 

 それは前々から決まっていたこと。今回それが正式になっただけで何も驚くことではないだろう。だというのに、レイヴェルはその言葉を聞くと目を見開いて唇を噛みながら震え俯いてしまった。

 

「……お兄さまは、それで本当にいいのですか?」

 

「良いも何も、これは前々から我らフェニックス家とグレモリー家で決められていたことだ。当主の決定に逆らえるはずがないだろう」

 

「ですが! お兄さまには成りたい夢が――――ッ!」

 

「――――やめろ、レイヴェル。それ以上口を開くな」

 

「――――」

 

 自分でも驚くほどの抑揚ない声が口から溢れる。今の自分はいったいどんな表情を浮かべているのか、確かめる術はないがきっとおそらく能面のように何の感情を浮かべていないだろう。自分の言葉に驚いて怯えた様子でこちらを伺うレイヴェルの様子に罪悪感が疼き、これ以上傷付けない為にも顔を合わせないよう背後に踵を返す。

 

 これ以上それを言われたら、己を抑制できる自身がないから。

 

「レイヴェル、もうその夢については忘れろ。そんなものは所詮餓鬼が描いた絵空事だったんだよ。いつまでも夢見がちな少年のままではいられない。俺も大人になったんだよ。それに、この件についておまえが悩むことは何もない。おまえには何の関係もないさ」

 

「ま、待って下さいお兄さま! まだ話は――――」

 

 後ろで喚くレイヴェルを無視して洗面台に向かう。そうだ、何も問題ない。これは必然事項。定められていた運命なのだから。夢は覚めるもの。故に大人になれば誰でも必然夢から覚めるのだ。自分の場合、それが人より諦めが悪く遅かっただけ。これはそれだけの話。

 

「そうだ。俺は、ライザー・フェニックスだ」

 

 それ以上でも以下でもない、それにしかなれない存在なのだから。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 去っていく兄の姿を手を微かに伸ばしつつもレイヴェル・フェニックスは追いかける事が出来なかった。いつの間にか握りしめて皺だらけに歪んだ書類を不死鳥の炎で跡形もなく灰燼と燃やし尽くす。所詮これも複製した一枚に過ぎない。正書は大事に保管されているだろう。そのような事を脳裏の片隅で思いながらジッと兄の後ろ姿を眺めていた。

 

 ――――この婚約は、呪縛だ。

 

 この婚約が成立すれば確かにフェニックス家とグレモリー家の繋がりはより強固なものとなるだろう。魔王の身内となれば権限も今以上のものになるに違いない。だが、それはつまりライザー・フェニックスという存在を完全な道具として扱うという事になる。

 

 そこにライザーの意思はなく、あの人は完全な生きる屍と化すだろう。それがレイヴェルには許せなかった。

 

「お兄さま……」

 

 レイヴェルにとって、兄とは生粋の変人だった。

 

 基本純血悪魔は努力をしない。なぜなら努力などという下賤な真似は矮小な転生悪魔がするもので、純血悪魔はその身に宿る才能を傲慢に振るうものだとされてきた。だがライザーは違った。ライザーは純血悪魔なのも関わらずそれこそ普通の悪魔ならばそのまま消滅してしまいそうな過酷な鍛錬を毎日繰り返していた。

 

 魔力の鍛錬や組手などは些細な事で、酷い時には弱点を克服するためなどと言い悪魔の致命的な弱点である聖水で出来た風呂に浸かったり、腹を空かせた魔獣共数百体を相手に魔力も使わず肉体を数万回噛み砕かれる事で痛みに耐性を覚えようとしたなどと、その様子を今でも思い出すだけで頭が痛くなるものばかりだった。

 

 それは当時のレイヴェルにとって恥かしみの極みであり、周りからの陰口も聞こえたりなどしてレイヴェルは何度も兄の鍛錬を侮辱した。『無駄』『意味のない』『どうしてそんな恥ずかしい事をするの』と、しかしそれでもライザーは毎回満身創痍になりながらも笑いながらある答えを告げた。

 

『大丈夫、だよ、レイヴェル。僕は、もっと強くなるから。皆を守れるくらい、強くて優しい■■になりたいんだ――――』

 

「――――!」

 

 思い出して、昔の自分に憤る。なぜあの時一度でも兄を応援しなかったのだろうか。たった一度でも誰かが認めていれば、この結末から外れていたかもしれないのに。

 

 離れていく兄の後ろ姿を観る。それは昔の自分が成って欲しかった純血悪魔そのもの。無駄な努力をせず、その力を振るい弱者を圧倒し社会を支える。ああ、だというのに、

 

「今更……言えませんよね。昔のお兄さまに戻って欲しいだなんて」

 

 あの頃の夢に精一杯努力していた兄の姿が恋しい。だが戻って欲しいなどと口が避けても言えるはずがない。そうなるように望んだのは、他ならぬ自分たち(フェニックス)なのだから。

 

 去っていく大きな背中。それはレイヴェルには何百本もの鎖で縛られて身動きの出来ない絞首台に昇る罪人のように見えたのだった。

 




気がついたらレイヴェルがブラコン化してた件について。

あとDies iraeアニメ化決定おめでとうございます!

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