ハイスクールD×D 無限の守護者   作:宇佐木時麻

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エピローグ -裏-

 ――――ふと、夢から覚めるように意識が覚醒した。

 

 まるで永い夢から覚めたように意識が虚ろむ。心地よい居心地の反面、何かがおかしいと率直な疑問が脳裏を横切るが、それも泡沫の泡となりて消え失せる。そんな些細な事は今はどうでもよく、この瞬間はこの微睡みに浸っていたい、まるで寝起きのように思考を安息が妨害する。

 

 だが、何かが脳裏を横切り安息に浸かれない。これは違うと、何かがおかしいと。微睡む意識の中で、欠けてしまった何かを思い出そうとして……

 

 ああ、そもそも――――俺はいったい誰だ(・・・・・・・・)

 

「初めまして、というべきかな。■■■■■。調子はどうだい?」

 

 虚空より声が響く。声の持ち主を見出そうと周囲を見渡すが、在るのは何も存在しない暗闇のみ。だがそんな事より少し待て、今なんと言った? ある一部分だけがノイズが掛かったように聞き取れなかった。それは俺にとって唯一無二の価値があると確信しているというのに。

 

「なるほど、様子から察するに、彼は魂だけではなく、名前すらも殺したということか。いやはや、流石はバロールの魔眼――いや、直死の魔眼というべきか。神滅具(ロングヌス)でも蘇生しきれないとは、まったく彼は底が知れないな。俺の聖槍の贋作(ロンギヌス・レプリカ)を殺すだけの事はある。それでこそ我らの宿敵と言えるだろう」

 

 含み笑うその声に、何とも言えない悪寒が全身を駆け巡る。魔に秘めた声はそれだけで魔的を帯び、聞くものを狂わせる。そしてこの声の主はその類の中でも更なる異常者だ。生まれた事が間違いだと断言できる異端者。

 

 おまえは誰だ? 俺を知っているのか。そして此処は何処だ? 俺はいったい何者だ?

 

「ヴァレリー、レオナルド」

 

「失礼しますわね」

 

「ここに」

 

 だが声の主は答えない。それどころか此方に近づく複数の声。姿も見えず気配すら感じ取れないというのに、視線だけがまるで内側まで暴き抜くように見つめられている。それも一人二人ではなく、多くの者に。

 

「ヴァレリー、彼の魂を補強してくれ。今の彼は魂が欠けている。そうだな……彼の関係者なら適合するだろう。彼に会いたがっていたからな」

 

「うふふ、了解しました。さあ、あなた達、彼の元へお征きなさい。ずっと会いたがっていた彼がここに居るわよ」

 

 ふと聴こえてきた女の声。それと同時に膨れ上がる気配。己しか存在しなかった暗闇が一瞬で消え去り、現れてのは――――

 

 

 

『オマエノセイダ』

 

『殺シテヤル。滅シテヤル。強奪シテヤル。凌辱シテヤル。呪シテヤル。怨シテヤル』』

 

『死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死死ネ死ネ死ネ死ネ死死ネ』

 

 

 

 世界を覆い尽くすほどの亡者の群れ。その顏一つ一つに何処か見覚えがあった。ああ、思い出した。彼らは皆、俺が殺した死者達なのだと。

 

 原初の衝動が胸を焦がし、逃げようとするが身体が動かない。いや、そもそも――俺の身体は、何処だ? 首を動かせない、眼球も動かない。手足が動かない。鼓動が感じない。在るのはただ、剥き出しの魂のみ。

 

 魂を補強する――――その意味を理解した時には既に遅く、亡者の群れに囲まれており、ズブリと入ってきた。

 

 刹那――本来存在しないはずの口から悲鳴が迸った。

 

 魂が悲鳴を上げる。魂が壊れる。本来魂とはたった一つの存在だ。しかしその定義が今崩れ、無数の怨霊が入り込んでくる。それは言うなれば身体中に蛆虫が這いずり回るような生理的嫌悪感。思考がバラけ魂が軋み己という存在が消えていく。

 

 やめろ来るな入ってくるな私穢らわしい蝿共が僕が触れるな寄るな死ね殺すオマエノセイダやめろヤメてくれ我が死ね誰だ塵があたしが赦さん絶望しろふざけるなオレによくも敵め死ネ許してくれ消えろ殺シテヤル黙れいい加減によくも絶対に死ネ殺ス消えエロやめろォォおおおおおおおおお!!

 

 思考が分裂する。自分の中で自分以外の魂が存在する。耐えられない。壊れてしまう。逃げたくて逃げ出したくて仕方ないのに何も出来ない。

 

「レオナルド。彼に身体を与えてやってくれ。そうだな……はぐれ悪魔シヌイが残していた術式の解析は何処まで終わった?」

 

「大丈夫だよ曹操。もう終わってる。けどまだ今は試作段階中だけどね」

 

「充分だ。それを与えてやってくれ。一人で軍隊位の実力がなければ意味がない」

 

「了解―。じゃあ行っくよー!」

 

 やめろ――――幾ら言っても意味などない。魂が侵食されていく最中、身体が創造されていくのが分かる。だが、それだけではない。

 

 ――――食われていく。

 

 作り上げられた箇所から食われ、新たな肉体が作られていく。細胞分裂などではない、言うなれば弱肉強食。弱い部分が食われより強靭な肉体が作られていく。だからこそ、痛みが無くならない。まるで龍の顎の中にいるように、無限に身体を食い尽くされていく激痛に正気などとっくに失せた。

 

 魂が侵されていく。身体が食われていく。もう自分が誰なのか、何をしていたのかすら蒙昧だ。気を失うにも激痛のあまりただ痛みだけが全てを支配している。

 

 だというのに。

 

「うひゃひゃひゃひゃっ! コカビ―くん普段の三下雰囲気はど~こ行っちゃたのさー! それじゃあただの小物臭―全・開のやられ役じゃんかよー。あっ、でも君ってそういうポジションだったよね昔から! 弱ぇ弱ぇくせして大層に威張り散らしてさぁ~。ほんと、よくそんなんであの大戦生き残れたよね? つ~か大戦生き残ったからって威張れるモンじゃねえけどね♪」

 

「曹操さま、それで私たちを呼んだのはなぜでしょうか? まさかこの茶番を見せつけるためだけに呼んだ訳ではないでしょう」

 

「ああ、ユーグリット。例の《ロンギヌス・レプリカ》の研究はどれほど進んだかな?」

 

「ええ、ゲオルグから神器のデータ、及び先代赤龍帝のコアを頂いたので粗悪品ですが七割ほど完成しているところです。……まさか、それをこれに?」

 

「まあな。どうやら彼は赤き龍の力を欲しがっていたそうだ。なら与えてやろうじゃないか」

 

「宜しいんですか? これにそんな大層なモノを与えて。それに、我々にそんな情報を与えても」

 

「構わないさ。模造品の神滅具など普通の神器より劣る。それにそもそも、神滅具ではない神滅具贋作になんの価値もない」

 

「それは、如何な理由で?」

 

「簡単な話だ。――――神を殺せる力を持つのは、神だけだ」

 

「それは……どういう――」

 

「あれれ~ひょっとして僕ちん無視ですか~? ところでさぁ、僕らの宿敵とか言ってるその信・貴・く・んとやらに会いに行っていいかい? ほんのちょっと、先っちょだけでいいからさ~」

 

「駄目だ。君のことだ、どうせからかう(・・・・)では済まないだろ? 今はまだその時じゃない。それまでは『666(トライヘキサ)』で満足していろ」

 

「えぇーそれじゃあつまんないー。せっかくの僕らの恋人なんだぜ? どうせならもっとこう盛大に歓迎して――」

 

「――――リゼヴィム。何度も言わせるな」

 

「あーっはいはい、了解ですよ。敗者は勝者に従う、当然のことだよね。おまえさんが約束を守るかぎり言うことは聞いててやるよ――――我らの主よ」

 

「ああ、当然だとも。我らの悲願のために」

 

 声が響く。だが内容は理解できないし、理解したいとも思わない。これは知ってはならないこと。知れば必ず後悔する。身の丈を超えるどころか踏み潰されるほどの次元の阻害。ここに居ることが酷く場違いに思う。

 

「さて、待たせてしまって申し訳ない。確か君は赤き龍の力をごし申だったな。よければ是非受け取って欲しい」

 

 その時、ようやくその声の主の目が見えた。黄金に染まりし双眸。その瞳に魅入られた瞬間、覆っていた虚勢やプライドが簡単に引き剥がされる。この目を俺は知っている。嘗ての主であり、大戦の怨敵であり――――

 

 やめろ、やめてくれ。これ以上いらない。ただでさえ限界を超えているというのにこれ以上入れられれば器が持たない。だからやめろよせやめてくれ誰か助けて――

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――、ァ。

 

瞬間、魂が崩壊した。

 

 左腕に付けられた『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を通して力が流れこんでくる。だがそれはもはやキャパシティが限界だった魂にとってはあまりに巨大で、残り粕でしかなかった魂など微塵の容赦もなく砕け散った。

 

 分からない。もう、何も分からない。自分が何なのか。何をしていたのか。此処はどこなのか。何をすべきなのか。思考は回らず、ただ痛みだけが全てを支配している。

 

 何故、こんな目に合わなければならない? いったい誰のせいだ?

 

『……………ィ』

 

〈我、目覚めるは――〉

 

 忘れない。それだけは全てを忘却した今でも覚えている。

 

『……………ンキッ』

 

〈覇の理を神より奪いし二天龍なり――〉

 

 奴だ。全て奴のせいだ。俺の首を斬り落としたあの影。奴のせいで、俺はこの地獄にいる。

 

『………サ……ジゥキィィィ』

 

〈無限を嗤い、夢幻を憂う――〉

 

 許さない。殺してやる。奪ってやる。滅してやる。奴の全てを、俺のように。

 

『サツ、ジンキィィ…………!』

 

〈我、赤き龍の覇王と成りて――〉

 

 

 

鏖殺滅殺――――必ず殺す。殺し尽くす。何もかも奪い壊し殺してやろう。

 

『殺人貴ィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ――――ッッッ!!』

 

〈〈〈〈〈汝を紅蓮も煉獄に沈めよう――〉〉〉〉〉

 

 

 

「ああ、見事。たとえその理由がどれほど醜く歪んでいたとしても、その思いに掛ける君の気概がまさしく真実だ。本来の『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』の三割も引き出せていないが、それでも発動できたのは君の強き意志が在ったが故だろう。ゆえに、どうかこの場で祝福をさせてはくれないか。君に魔名を授けよう。君の魔名は『奪われしモノ(カイン)』。君の誕生を祝おう、我らが聖戦の前哨戦として、存分に魅せてくれ。ふふふふ、ははは、はははははははは――――!!」

 

 魔城が震撼する。鳴いている。英雄怪物魔獣亡霊数多の魔が王の嗤いに反応して木霊する。ああ、ようやくだ。ようやく我らの聖戦は始まる。あと少し、カーテンコールまで間もなく。

 

 それまで――――付かぬ間の安息に浸るといい、殺人貴よ。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 そこは暗く、闇よりも深い暗黒の中。役目を果たした西洋甲冑に身を包んだ黒騎士はそっと目を閉じていた。その背後に佇む黒い影。

 

「随分簡単に奴を認めるんだな、アンタは」

 

「……彼はあの剣を振るうに相応しいと判断したまでです。彼ならばきっと私のような間違いは侵さないでしょう」

 

「ハッ、よく言う。そもそも、オレもアンタも奴が生み出した役者(ロール)に過ぎないだろう。所詮オレ達は泡沫の夢、可能性が生み出した幻影にすぎん。それに正しいも間違いもないだろう」

 

 そもそも兵藤信貴はランスロットの血筋ではなく生まれ変わりでもない。そして何より、七夜志貴(・・・・)などという英霊は何処にも存在しないのだから。

 

「それでも……」

 

 否定し、黒騎士は微笑む。まるで儚い夢でも見たかのように、希薄で触れた途端に砕けてしまいそうな微笑を浮かべて。

 

「それでも、彼に託してみたいと思ったのです。死してなお、誰かを守るために力が欲しい――私と似た魂の色でありながら、後悔と未練の果てにそれでもそう願える強い意志に、魅入られてしまったんです」

 

「そうか」

 

 黒騎士の言葉に殺人鬼は短く頷き、

 

「ならば安心して消えるといい、湖の騎士。アンタが不甲斐無い分、オレがきっちり面倒をみてやろう。アレに目覚めて貰わなければ困るのはオレ達の方だからな」

 

「ああ――その言葉を聞いて、安心しました」

 

 黒騎士は儚げな微笑を浮かべると、ゆっくり足元から消えていく。元々彼らは力の残滓でしかない。ならば力を本体に託せば、残り粕は消えるのみ。それでも今まで残っていたのは不安があったからか。

 

 全ては消え、暗闇に殺人鬼だけが残される。彼は虚空を見上げると、誰かに聞かせるようにポツリと呟いた。

 

「まったく、とっとと気づけこの甲斐性無しが。でなければ全てが手遅れになるぞ。もう一つの抑止はとっくに目覚めているというのに、何とも暢気な奴め」

 

 続く毒舌は無駄だと悟ったのか、舌打ちをすると踵を返して暗闇の中へと消えていく。

 

「だが、まあ――――今回は、次の夜まで消えるとしよう」

 




ようやく第一巻終わったー! もう、ゴールしてもいいよね……?

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