ハイスクールD×D 無限の守護者   作:宇佐木時麻

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ようやく、ようやくここまで来たぜ――――!


Finale

 戦いは終わった。無意識の内に彼の左腕に付いていた『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』が消失すると、今までの限界を超えて動いていた代償が一気に現れたのか兵藤一誠は血反吐をコンクリートの床に撒き散らしながら膝を付いた。今までに味わった事のない激痛。折れたであろう箇所を抑えながら力ない乾いた笑みを浮かべる。

 

「は、ははは……よく漫画とかでは肋骨が折れたとかすぐ分かってたけど、実際味わってみるとわからないもんなんだな……」

 

 痛みで頭が可笑しくなったのか、自分でも何を言っているのか分からない事を口にする。ある意味悪魔となった恩恵だろう。もしこれが人間のままだったらきっと軽口も叩けず悶絶していたに違いない。それでも彼は両膝に力を込めて起き上がった。

 

「アーシアを、助けねえと……」

 

 吐息に血の味さえも感じながら祭壇の十字架に貼り付けにされてある少女の方を見て――僅かに一瞬祭壇とは関係のない方向を一瞥するが――思い身体を引き摺って床が血の軌道を描きながらも階段を登っていく。そして、後少しのところまで踏み込んで、

 

 ドゴォッ! と凄まじい天井が壊れる音と共に何かが教会の地下に侵入していきた。

 

(くそ、堕天使の援軍か!? こっちはもう戦う気力のきの字すらねえってのに、タイミング悪すぎるだろ!)

 

 もう神器を再顕現させる力も彼には残されていない。それでも諦める訳にはいかなく、兵藤一誠は己の両膝を殴って震える膝を叩きなおし、消えかけていた己の戦気をもう一度奮い立たせる。しかし、舞う粉塵の中から現れたのは意外な姿だった。

 

「くっくっくっ……! まさかあれほど啖呵を切って於いて結局物量差で押し負けるとは……これだから才能がある奴は嫌いなんだ」

 

「結局最後はリアス・グレモリーが全ての樹々を消滅させて、姫島朱乃の方は雷以外の属性魔力で攻めてきて、こうして無様に逃げ帰るのが精一杯なんですからね……ほんと、あれほどの戦略的不利を力技で捻じ伏せられるのですから、理不尽としか言えませんね」

 

 現れたのは二人の堕天使だったが、その姿は既に弱々しく負傷していた。男の堕天使は身体のところどころが何かに抉られたように欠けており、指先から血が滴り落ちている。女の堕天使は様々な属性の攻撃を受けたせいか服が燃えていたり凍っていたりと、全身が至る箇所に傷ついている。

 

 そんな状態で何でこんなところに現れたのか疑問に思っていると、この地下の祭壇に入るための唯一の扉が荘厳な音を立てながらゆっくりと開いていき、そこから見慣れた声と姿が現れた。

 

「――ここまでよ、堕天使カラワーナ、堕天使ドーナシーク。ここまで逃げ延びたのは賞賛するけど、あなた達の命運もここで尽きたわ」

 

「あらあら、イッセー君も無事……とは言えませんね、その傷じゃあ」

 

「部長、それに朱乃さん!?」

 

 予想もしない人物の登場に兵藤一誠は驚嘆の声を漏らす。二人の姿はところどころ傷痕が破けた服の下から見えるが、それでも目立った傷はなく安堵を零す。そんな一誠の様子に姫島は微笑みを浮かべながら簡易な手当をするために近づくが、リアスは依然と厳しく堕天使達を見据えている。

 

 と、そこへもう一度入り口の扉が開く音が。顏を上げて確認すれば、そこには吹き飛ばされて行方不明になっていた塔城小猫の姿があった。肩に担いでいる小柄な金髪の堕天使は恐らく彼女が倒したのだろう。小猫はリアス達の元まで近づくと、肩に背負っていた堕天使を他の堕天使の元へ放り投げた。

 

「…………きゅう」

 

「……お疲れ様です、部長」

 

「小猫もお疲れ様。彼女が堕天使ミッテルトね。それにしてもこの黒い紐みたいなのは何かしら? あなたはそんな物持って無かったと思うのだけど」

 

「……これは途中助けてくれた匙先輩が起きて暴れ出さないように縛ってくれたものです」

 

 小猫の説明にリアスは僅かに目を見開くが、やれやれと苦笑し嘆息する。

 

「どうやらソーナに一つ貸しを作ってしまったみたいね。それで、肝心の彼は何処? 姿が見えないようだけど……」

 

「……匙先輩なら私を助けてくれた後『やっべ、そろそろ帰らねえとソーナ会長に怒られちまうっ!』とか言って聞く耳持たずに去って行きました」

 

 その後ろ姿はパシリと呼ぶに相応しい俊敏さであったと小猫は語る。その言葉にリアスは苦笑混じりの笑みを浮かべ、ふと周囲を見回した。

 

「これで残るのは祐斗だけね」

 

「――なぁ、探しているのはひょっとしてこいつの事か?」

 

 再び聞こえてきた声と共に扉が開き、何かが階段を転がって落ちてきた。全ての階段をおり終え床に転がったそれは、見慣れた制服を着込んでおり、赤く染まった髪の隙間から見える本来の金髪が、それが木場祐斗なのだと理解させた。

 

「木場ぁ――――!?」

 

「よっす、だいぶ集まってるみてぇだな。つーか、まったくどいつもこいつも裏門や窓から不法侵入しやがって。お陰で正門で誰も来ねえで突っ立てたからタイミング逃したじゃねえか」

 

 扉を蹴り破る勢いで開き現れたのは、白髪のエクソシストであるフリード・セルゼンだった。飄々と気負いなく笑みを浮かべるその姿は苛立ち、木場祐斗をここまで傷つけたのは彼だという事でグレモリー陣営から殺意を込めて睨まれる。

 

「よくも祐斗を……!!」

 

「おぉ、コワコワ。落ち着けって、そんなに怒んなよ。第一よくそいつを見ろ、まだ生きてんだろうが。今から治療すれば十二分に生きれると思うぜ? まあ重かったんで蹴り飛ばしながら階段降りてきたのが原因だと思うけどな」

 

 へらへらと笑うフリードに対し、リアスの目元が細まる。その瞳に宿る殺意が具現化したように彼女の手元に万物を消滅させる黒い魔力が収束し、いざそれを放とうとして、

 

「――――待ちなさい」

 

 凛と響く声によって静止させられた。

 

声がしたのはカラワーナやドーナシークの背後。ちょうどその場所に、先ほど一誠が殴り飛ばしたレイナーレが佇んでいた。頭を殴られたため脳震盪を起こしているのか足元はフラつき、殴られた顏は痣となっている。それでもその眼光は未だ顕然だった。

 

「待てレイナーレ、その身体で無茶をするな……!」

 

「そうですよ、あなたはただでさえ限界を超えて身体を酷使していると言うのに……!」

 

「心配してくれてありがとう二人とも。でも私なら大丈夫」

 

 そう告げて浮かべる微笑は儚げで、まるで溶けていく雪のよう。ふと視線が床で気を失っているミッテルトに移り、その様子を微笑ましく苦笑し、彼女の頭をそっと撫でた。

 

「まったくこの娘は、何処へいても相変わらずマイペースね……」

 

 ミッテルトの頭を撫でる彼女の姿はまるで母親のように優しげで、思わずその場にいた皆が見惚れてしまった。しかし、その微笑みは覚悟へと変わり、立ち上がると正面からリアス・グレモリーと対峙する。

 

「ごきげんよう。グレモリー家の次期当主、リアス・グレモリー。こうして対峙するのは二度目かしら」

 

「……そうね、堕天使レイナーレ。あなたに一つ尋ねたい事が在るわ。この事件の首謀者、それはあなたで間違いないのね?」

 

 リアスの問いに、レイナーレは僅かに目を閉じる。まるで感情を押し殺すように、やるせない気持ちを噛み殺すように、僅かに宿っていた迷いを消して再び目を開けると、迷いなく断言する。

 

「――――ええ、そうよ。この街に潜伏し、アーシア・アルジェントの神器を抜き出す計画を立てた首謀者は、私よ」

 

「レイナーレ、それは――――」

 

「あなた達は黙ってなさいッ!!」

 

 堕天使が何かを言う前にレイナーレの怒号がかき消す。その様子に彼らは何も言えず黙りこくってしまう。その様子にリアスは僅かに眉を潜めるが、他者に感情輸入すればするほど後味が悪くなるため、その気掛かりを無視して再度問いかける。

 

「そう。なら、私が言いたい事も分かるわね」

 

 その言葉と共に消滅の魔力が込められた腕がレイナーレに向けられる。ここまで自分の管理地で暴れられておいて、お咎め無しでは済まされない。リアス・グレモリーは上級悪魔だ。その事を誇りに思っているし、ゆえに守らなければならない掟がある。

 

 その魔力、今の聖なる力が尽きているレイナーレにとってすれば死に至るそれを前にして、やはり彼女は儚げな笑みを浮かべるだけだった。

 

「ええ。あなたにはあなたのメンツが在るだろうし、この事件を起こしてからそんな覚悟はとうの昔に出来ている。だけど、一つだけ条件があるわ」

 

「条件?」

 

 訝しげるリアスを無視し、レイナーレは顏を上げ入り口の扉にもたれてこの状況を楽しんでいるように悦した笑みを浮かべているフリードを見据える。

 

「フリード、依頼の料金なら既に振り込んであるわ。だからこれは私の最後の我儘。もう私たちに付き合わなくていいし、今のうちに逃げなさい。でも、出来ればその時に――この子たちを連れて一緒に逃げて」

 

「なぁ――――」

 

 レイナーレの背後から声が漏れる。だがそれを彼女は意図的に無視する。

 

 確かに信貴がコカビエルを倒すのを信じている。けれど、それは『最高』の未来だ。現実とは残酷で、些細なミスで簡単に変化する。仮に信貴がコカビエルを倒せたとしても、間に合わなければ意味がない。だからこそレイナーレは『最善』の未来を目指す。

 

 彼らが笑って暮らせる――――そんな、優しい未来を掴むために。

 

「私を殺すのなら好きにすればいい。首謀者である私の首を捧げればこの件は収まるでしょう。けれど、もしこの子達に手を出すというのなら――」

 

 そんな『最悪』を未来だけは、絶対に阻止しなければならない。

 

 

 

「この国の『窮鼠猫を噛む』という言葉を、身を持って体験することになるわよ……ッ!!」

 

 

 

 その言葉と共に、彼女から圧が掛かる。レイナーレの聖なる力はもうとっくに尽きている。それでも自分の仲間を殺せば命に代えても道連れにしてやると強い覚悟となって目にモノを告げていた。

 

 そして、その覚悟と信念を前に誰もが息呑む中、

 

「あー、空気読めなさそうで悪ぃけどよ、その必要はねえと思うぜ?」

 

「え……」

 

 唯一平常心のままだったフリードは、まるで全てを見通すように、彼だけは何も変わらず飄々としながらも、何処か信じているように笑う。

 

「だってよ、あいつ馬鹿だぜ? オレと同じくらいの馬鹿なあいつが、やると言ったんだ。ならやるさ、当然だろ。だからおまえさんがそう死に急ぐ必要はまったく無駄だって話だ」

 

 それは一種の信頼。オレが認めるあいつなら出来るという自己愛に満ちた信頼だが、それでも彼らは繋がっていた。

 

 そして――――その信頼に答えるが如く、突如レイナーレの頭上の天井が破壊音と共に粉砕され、粉塵が彼女の姿をかき消した。

 

 誰もが突然の出来事に驚愕し、粉塵を見つめる中、唯一その粉塵に呑まれたレイナーレはポンッと、誰かに優しく頭に手を置かれたのを感じ取っていた。

 

「――――よく、頑張ったな。後は俺に任せろ、レイナーレ」

 

「……ぁ、ああ…………!」

 

 信じていたと言えば嘘になる。知り合ってからたかが数週間程度の付き合いの為に命を掛けれるはずがない。だが、信じていなかったと言えばそれもまた嘘である。彼がこうして再び会える事を、自分は何より望んでいたのだと安堵のあまり座り込んでしまったこの身が証明している。

 

 粉塵が晴れ、顕になったその姿は黒い闇が彼の身体を覆っており、まるで怪物のよう。しかし、彼女は知っている。この目前の怪物の如き存在は、誰かの為に命を掛けられるお人好しなのだと。その証拠に、頭を撫でた掌には優しい温もりが感じられた。今もそう、レイナーレを庇うように真っ向からリアスと対峙するその背中は何処までも温かい。

 

 ああ――――もう大丈夫。彼が要るなら、きっと『最高』の未来に辿り着ける。

 

「はははははっ! ったくタイミング良すぎんだろうがこの大馬鹿野郎! 実は狙ってたんじゃねえだろうなおいっ!」

 

「あなたは、いったい……」

 

 誰もが注目し、完全にこの場の支配を奪った張本人は、その場に近づくだけで飲み込まれそうな威圧感を放ちながら、静かに告げる。

 

「――――そこまでだ。これ以上の戦いに意味はない」

 

 黒い影――『殺人貴』は此処に顕現した。

 

「リアス・グレモリー。おまえに一つ言っておかなければならない事がある。今回の騒動の首謀者はそこにいる堕天使レイナーレではない」

 

「……なら、いったい誰と答えるつもりかしら。まさかあなたとでも答える気なの?」

 

 突如現れて大胆不遜に告げる殺人貴にリアスは警戒を顕にしながら訝しがる。その様子に一切眼中になく殺人貴は片手に持っていたモノを適当にリアスの足元へと投げた。球体らしきそれはリアスの足元まで床を僅かにバウンドしながら転がると、ちょうど彼女の見易い形で静止する。

 

 それは即ち、憎悪と凶念に狂った男の首だった。

 

「それが今回の事件の首謀者――『神の子を見張る者(グリゴリ)』の幹部、コカビエルの首だ。本物かどうかは上の奴等に聞けば自ずと分かるだろう。こいつらはコカビエルに命を握られていたから命令を従っていただけで、そいつがいない以上おまえらと争うつもりはない。それにそいつの首を上に貢げばおまえらの立場も充分守れるだろう」

 

「……つまり、この首と引き換えにあなた達を見逃せと私達に言ってるのね?」

 

 堕天使の幹部であるコカビエルを討った、その事実にリアスは更に警戒を強める。それが真実であれ嘘であれ、かなりの実力者であることには間違いないだろう。だが、彼女にも上級悪魔として、魔王の妹としての誇りがある。この街でこのような事件を起こしておいて、何のお咎め無しで済まされるはずがない。ましてや、本当にコカビエルを討ったとすればそれは堕天使と悪魔に再び戦争の火種が燃焼する恐れがある。

 

 故にここで逃す訳にはいかないと、半歩踏み出すリアスだったが、殺人貴はそんな彼女の様子を見当違いだと言うように圧を強め、

 

「何を勘違いしている? ――――俺が、おまえらを見逃してやると言ってるんだ」

 

 瞬間、殺人貴の姿が揺らぐ。それに反応できたのはこの場において唯一軽傷だった塔城小猫のみだった。彼女は主であるリアスの盾になろうと彼女の前に立ち塞がるが、遅すぎる。一瞬で間合いを詰められた殺人貴に構える隙もなく頚椎を手刀で強打され子猫は昏睡し、リアスの横で呆然と開いていた口を両手で塞ぎながら殺人貴を凝視していた姫島朱乃の肩を平手打ちで強打し吹き飛ばす。眷属がほぼ同時に吹き飛んだのを見てようやく接近を許していた事にリアスは気付き、瞬時に滅びの力を目前の影に放つ。しかし、

 

「無駄だ」

 

 触れたモノを滅する力、それをまるで蚊を払うが如く造作もなく殺人貴はナイフで斬り裂いた。その目前で起こった現象にリアスは思わず思考が凍り付く。実力者になればなるほど己の力に過信し、それが破られればその現実を受け入れることが出来ない。その慢心はリアスにも当て嵌まり、その隙はあまりに大きく、殺人貴の刃はリアスの喉元に突き付けられていた。

 

「…………ッ!?」

 

「これで理解したか? 別におまえらを殺す事など造作もない。だが、おまえらを、魔王の妹を殺せばこいつらが狙われることになる。そうなれば色々と面倒だろう。だからおまえらは殺さない。コカビエルについて教えたのは要らん疑念を抱かれたら面倒だからだ。ただそれだけの話しだ」

 

「……ッ! つまり、私が、魔王の妹だから……っ?」

 

「ああ、その通りだ」

 

 ――――おまえ自体に何の価値もない。

 

 そう告げられた気がしてリアスは刃を向ける殺人貴を睨みつけるが、その目は恐怖に怯えていた。彼の目、蒼い双眼は何処までの深く、深淵を覗いているようなその瞳に射抜かれ身体の自由が効かなくなる。まるで、”死”を連想させるような深い蒼。

 

 ゆえに、彼女が動けたのは第三者の介入が在ったからだ。

 

「……ま……て…………」

 

 聞こえてきたのは小さな声。

 

「今すぐ、部長から離れろォ……ッ!!」

 

 聞こえてくるのは祭壇から。見れば、そこには血だらけになりながらも殺人貴を睨みつける兵藤一誠の姿があった。血が抜けすぎたのか焦点は合わず膝が高速に震え、観るに耐えないほど重心がぶれ続けている。おそらく耳もほとんど聞こえていないのだろう。

 

 それでも、彼は仲間のために戦おうとしている。どれだけ自分が傷ついても、大切な人達の為に。その光景にリアスは息を呑み――殺人貴は何処か夢の果てでも見ているような憧憬の目。

 

「――――そうか。やっぱりおまえは、『兵藤一誠』なんだな」

 

「えっ……」

 

 その、まるで懐かしい記憶を思い出したような温かい声音にリアスは状況を忘れて殺人貴を見つめるが、彼はそんな事は露知らずナイフを離し一歩で堕天使達が居た場所に着地すると、懐から一つの瓶を取り出した。その蓋を開け、瓶に入っていた黒い蛇が地面に落とした途端、床に彼らを飲み込むほどの巨大な穴が開き、堕天使達が有無を言う前に突き落とす。

 

 その荒唐無稽な光景にリアスは息を呑み、唯一残った殺人貴は静かに告げる。

 

「じゃあな、リアス・グレモリー並びに眷属達。もう二度と会わないことを願ってるよ」

 

「待っ――――」

 

 リアスは必死に静止を促そうとするが、もはや彼が止まるはずがない。消えていった堕天使のように、彼も闇の中へと消えていこうと足を踏みだそうとして、

 

 

 

「――――ま、待って!!」

 

 

 

 ふと、その声の持ち主とは思えない普段とはかけ離れた大声で、殺人貴の足を止める声がその場に響き渡った。その声に反応するかのように、殺人貴の踏み出していた足が止まる。その声の持ち主――――姫島朱乃は吹き飛ばされた衝撃で痛む肩を抑えながら、彼をとめていた。

 

「あ、朱乃……ッ?」

 

「…………」

 

 その普段とはかけ離れた冷静さを欠いた様子にリアスはたじろぎ、殺人貴は僅かに姫島の方へ振り返る。その視線に射抜かれながら、姫島はそれでも恐る恐る訪ねる。

 

「……ナナシ、君なんですか?」

 

「――――」

 

 その言葉にどんな意味があったのか。殺人貴は一瞬間が開くと、僅かに振り向いていた身体を正面に向き直し、背中を向けたまま答えた。

 

「……俺は『ナナシ』じゃない。ここにいるのは『殺人貴』という存在だけだ。だから――――もう、『ナナシ』なんて奴の事は忘れろ。初めから居なかったんだよ、そんな奴。それがおまえにとって一番だ、朱乃(・・)

 

「ま、待っ――――」

 

 それ以上殺人貴は何も語らず、闇の中へと消えていった。彼が消えた途端、周囲の圧が消えまるで初めから存在しなかったような静寂が辺りを包み込む。だが、ぼろぼろに傷ついた自分が、仲間達が、今日の出来事は夢ではなかったのだとリアス自身に告げていた。

 

「……まったく、散々ね」

 

 考えることは山ほどある。だが今だけはこの安息に浸らせて欲しい。

 

 ――――こうして、永い夜は終わりを迎えるのだった。

 




前話の後半は少し修正されております。よければご視聴下さい。

そしてようやく朱乃のとのフラグを回収。この会話が幼少時代編からずっとさせたかったんだよ!

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