ハイスクールD×D 無限の守護者   作:宇佐木時麻

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すみません、後半を少し書き直しました。


死闘の果て

 その姿にコカビエルは目を見開いていた。闇を照らす閃光のような輝きを放つ剣を担う一人の男。黒い靄は晴れ、幼い顔立ちをした青年が此方を睨んで剣を携えている。その剣の輝きはまさに聖剣と呼ぶに相応しく、放たれている神秘は彼の聖剣エクスカリバーにも遅れを取らないほどの輝きに満ちている。

 

 しかし、コカビエルにとってそんなものは眼中にすらなかった。彼が見取れていたもの、それは伝説の聖剣などではなく、まるで深淵の如く底が見えない深い蒼の眼にコカビエルは見取れていた。

 

 ――――知っている。俺はその眼を、知っている。

 

 古来より人間とは搾取されるべき存在だ。神々の怒りを鎮める為にその身を差し出し、信仰を捧げ、ただ奪われ蹂躙されて上位存在である神や怪物を恐れ畏怖し崇めたてるだけの脆弱な数の多さが唯一の取り柄の存在。それが人間という愚かな生き物だ。

 

 だが、稀に奇妙な輩が現れる。神や怪物を崇め畏怖するのではなく、それらを討ち滅ぼさんとする狂人が。勝てる道理などなく、己の名誉や財宝目的で神話に挑む愚者共が。

 

 そして、その中でも更に特異。確率的に言えば一世紀の中でも数人にも及ばない数の中で、それは確かに存在する。

 

 人間とは思えない強さを秘めた者。人々の希望であり、怪物殺しのスペシャリスト。人間では在り得ない”不可能”を可能としてしまう異端中の異端。

 

 人々はそれを――――『英雄』と呼んだ。

 

 そして、今こうして地面から見上げている男の目もまた、彼らと同じ目をしている。怪物(われわれ)を畏怖するのではなく、倒すと告げる力を宿した瞳。それはつまり――

 

「この俺を……倒せると思っているのか……!」

 

 憤怒に視界が赤く染まる。憎悪で歯が噛み合わずカタカタと鈍い音を鳴らし立てる。地に這い蹲ることしか出来ぬ分際で、天に仰ぎ見るこの俺を倒せるなどと妄信しているというのかあの蟻は……!

 

 その憤りに少年は特に反応を返さない。だが、冷酷に剣の矛先をコカビエルに向けながら構え、告げる。

 

「初めに言ったはずだ。――――その首、置いていけと」

 

 刹那――コカビエルの中で、何かが切れた。

 

「ふ――――ざけるなこの塵屑風情がァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァ――――ッッ!!」

 

 殺意、憎悪、狂気――ありとあらゆる感情が入り混じり爆発し、コカビエルの中で最後の理性の糸が断ち切れる。地を這い蹲る人間如きにここまで舐められた屈辱は彼の思考を殺意一色で赤く染め、あらゆる理性の囁きを無視する。

 

 全力を出せば街が消し飛ぶ? ――知った事か。

 

 このまま戦えば魔王の妹もろとも消し炭にしてしまって戦争を起こせないかもしれない? ――知らん存ぜぬ。

 

 手段の為に目的を見失ってどうする? ――黙れ知るか今ここであの糞塵を殺すことが何より最優先に決まっている!!

 

「もはや肉片一つ残さんぞ塵屑がァァああああああああああああああああああああッッ!」

 

 直後、世界は一変した。夜空が白光に覆い尽くされる。先ほどの二倍、いや三倍にも上回る光の槍の大群。人間である彼を覆い尽くすように展開された光の槍は全て矛先を彼に向け、その槍一つ一つが人間程度簡単に殺せる力を宿している。

 

 それは、先ほどの数十本程度の光の槍で悪戦苦闘していた彼ならば到底防ぎようがない数。三百もの光の槍が同時に襲い掛かれば決して逃れる術はない。

 

 ――もっとも、彼が先ほどまで(・・・・・・)と同じならばの話だが。

 

「絶望の悲鳴をあげろ! 後悔と嘆きに浸りながら、この俺に歯向かった事を死してなお悔いるがいい!!」

 

 激昂に満ちた怒号は開幕の宣言となり、宙に浮かぶ数百もの光の槍が虚空を奔る。全方位から襲い掛かる様子はまさに死の顎を連想させるほどの凄まじさを秘めており、路面は粉微塵と化し粉塵が周囲を埋め尽くすほどに舞い上がる。

 

 それでもなおコカビエルは光の槍を止める事無く連続して投擲し続ける。まるで針地獄。流星の如く軌道を描きながらそれらは容赦なく地面へと降り注ぐ。

 

「死ね、死ね死ね死ねェ!! 塵が、薄汚い滓の分際でこの俺に逆らうからそのような結末を辿るのだ! ふはは、はははは、ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははァァ――――!!」

 

 嗤う。哂う。笑う。哄笑し嘲笑し侮蔑し今頃眼下で無様な死に様を晒しているだろう人間を嘲笑う。今は粉塵に紛れて姿が見えないが、この粉塵が晴れればきっと身体を串刺しにされて醜い死体を晒している姿が見えるはずだ。己に逆らった不敬にはお似合いの姿が。

 

 故に嗤い、既に千発は投擲している光の槍を止めようとして――ふと、違和感を覚える。

 

 周りの様子がやけに緩やかに感じる。視界の横を掠める光の槍がまるでスロー再生されているかのようにゆったりと流れていく。それだけではないく、宙を舞う粉塵すらも遅くなってしまっている。

 

 まるで時の流れが狂ってしまったかのように、コカビエルの意識を覗いて時間の針が歪んでいる。その感覚に違和感を覚えて、同時に悟る。この感覚、これは嘗て大戦時代、幾度か味わった事がある経験。

 

 それは――――死の直前に起こる前触れそのものであった。

 

 そして、狂った時間の中、意識だけが加速している視界の中で、ようやくコカビエルは気づいた。

 

「な――に――?」

 

 宙を舞う粉塵。その中心に本来浮かぶはずの血が一切飛んでなく――――代わりに、黒い影が宙を舞いコカビエルに近づいてきている事に。

 

(馬鹿な!? 足場もないというのに空も飛べない人間がいったいどうやってそこまできている!? 人間が飛べるはずもなく、足場も――――)

 

 ない、と断言する直前でコカビエルはふと彼が何を踏んでいるのか気づいた。それは即ち、眼前の塵を潰さんと放った光の槍。彼はそれを受けるのでも捌くのでもなく、足場として利用して空中を闊歩していた。

 

 それこそが、兵藤信貴が考えていた唯一の策。一度実行し失敗すれば警戒されて二度と出来ないことから避けていたが、奇しくもコカビエルが絶対に必殺せんと数を増やした上に同時に放った事でそれが大量の足場となり、彼を近づかせていた。

 

 これが先ほどまでの彼ならば不可能だっただろう。だが、今の覚醒した彼にとってその程度造作もない。更に手に在る聖剣の加護によってその身体能力は更に向上し、それが出来ると確信していた。

 

「チ――――ッ!!」

 

 すぐさまコカビエルは光の槍を投擲するのを止めるが、その跳躍距離から察するに己の懐にまで届くと予測していた。故にここは一度退いて体勢が崩れたところを狙うのが一番の戦術だったが、彼のプライドがそんな脆弱な発想を許すはずがなかった。

 

 古来より強者に歯向かう弱者は存在した。ならば強者は以下にして二度と弱者が歯向かわないように躾けてきたか。答えは単純明快。

 

「――圧倒的力で、捻じ伏せてくれる……!!」

 

 二度と刃向かえぬよう、その顏を絶望に歪ませて、無様に泣き叫ばせてやる。

 

 コカビエルは天に左腕をかざし、その全霊を一点に集中させる。今まで分散して投擲していた光の槍。それを一点に収束させて生み出される光の槍は、神の如く品物。教会を黒い影で覆うほどの巨大な大きさはまさに天罰そのものである。

 

 そして、その内に秘められし力はこの街を、いやこの県そのものを跡形も無く吹き飛ばすほどの圧倒的力。まさに神話を語るに相応しいコカビエルの全力。

 

「街ごと跡形も無く消え失せろ、人間―――――ッ!!」

 

 光の槍の大群から抜けた信貴に向かって極大の光の槍が解き放たれる。避ければ街ごと死、避けなくとも死。もう既にコカビエルの理性に”戦争”の引き金を引く事など脳裏から零れ落ちている。ゆえに、これで確実に仕留めたと確信し嗤い――その笑みが凍り付く。

 

 彼の眼。その英雄を連想させる眼光。その奥底で、何かが蠢いている。あれは、あの眼はそもそもコカビエルを捉えてなどいない。あの眼はもっと奥深く、深淵の底――――『死』を射抜く魔眼。

 

「おまえの目的も理由も信念も興味ない。何が目的であれ、何の理由が在ったのか、何の信念に興じたのか、その悉くどうでもいい。だけど、あいつらを傷つけると言うのなら」

 

 全身に伝わる悪寒。それは嘗て大戦時代、他の神話体系と戦争を起こしている時に味わった予兆。ケルト神話の巨人族の中でも魔神として恐れられており、神器『停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』の原型とされている最悪の魔眼。

 

 その名は――

 

「――――バロールの、魔眼」

 

 その呆然とするかのような呟きと共に、

 

 

 

「――――あいつらを護るために、おまえを殺す」

 

 

 

 街を滅ぼす極大の光の槍は、まるで初めから無かったように、信貴の振るった聖剣が触れた瞬間存在を殺された(・・・・)

 

 その光景を、まるで幻影の如く跡形もなく消失した己の全霊を込めた一撃を眺め、コカビエルは瞠目する。喉が渇き、全身を悪寒が駆け巡り、永しく忘れていた恐怖が胸の奥から沸き上がる。

 

 それは即ち”死”の恐怖。殺そうとするならば殺される覚悟も持たなければならないという戦に於いて至極当たり前の覚悟を戦線が永く離れていたコカビエルはようやく思い出した。

 

 そして、だからこそ、

 

「おの、れ。おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれぇッ……!!」

 

 口が渇き、掠れた声で憎悪を顕にする。大技を放ち体勢が崩れてしまった事で回避する術もなく迫り来る死を告げる刃を睨みながらコカビエルは己の死すら眼中になくただ怒りに狂っていた。

 

「これからなんだぞ……! これをきっかけに悪魔に堕天使、天使の三つ巴の戦争が再び勃発する。そうすればあの日々のように退屈しない殺し合える毎日が続くというのに、堕天使こそが全てを支配するのに相応しいと証明できるというのに、この俺が人間如きに殺されるだと? ふざけるな! 俺はまだ戦争を味わっていない。これからだというのに、こんな事が在ってたまるかっ!」

 

「――――知るか」

 

 その、コカビエルの怨念とも呼ぶに相応しい執念を信貴は言って切り捨てる。その蒼き眼には一変の迷いもなく、振り被る穢れ無き聖剣はその思いに答えるように更なる輝きを放つ。距離はもう目前。その一撃を絶対に外すことなど在り得ない。

 

「言っただろう。おまえの事など眼中に無いって。戦争がしたい? ああ好きにしろよ、俺に関係ないところで勝手にやってろ。だがな、おまえがあいつらに――俺の陽だまりに手を出すなら容赦はしない。おまえだけは、俺がここで必ず殺す」

 

 煌めく閃光。振るわれた剣は一寸の隙もなく命を断つ首へと放たれる。思考だけが加速し、様々な記憶が脳裏を掠めていき、眼前の死神の名前を思い出した。

 

「おのれェェ、殺人貴ィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいい――――ッッッ!!」

 

「さよならだ、コカビエル。せいぜい地獄で亡者共と永遠に戦争でもしてろ」

 

 夜空を斬り裂く一閃。怨念と憎悪に塗れた断末魔が夜空へと消えていき、死の線を断たれたコカビエルの首が憎悪に歪みながら宙を舞う。

 

 レイナーレ達を縛っていた術式が彼の死と共に消滅し、此処に今夜の戦いは全て終止符を打つ。

 

 コカビエル対兵藤信貴。

 

 戦闘終了――――勝者、兵藤信貴。

 




コカビエルが死んだ事で三巻がヘルモードに移行しました。

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