注意、年齢を幼稚園児から小学生(9歳)に変更いました。
夏休みが始まり一週間が経過した。今日は紫藤やオーフィスも用事があるらしく、イッセーは今まで蓄積していた疲労がどっと押し寄せてきたのか爆睡していた。なので、珍しく俺は朝からのんびりと過ごしていた。
「ふぅ……」
溜息を吐いてリビングのソファに深く座り込む。何というか、今まで休むこともなく毎日忙しい日々を送っていたので、こうして足を伸ばしていることが珍しく感じる。どうやら俺も随分彼らに毒されているらしい。
でもまあ、たまにはこういう時も悪くない。休めるときに休んでおかないといざという時に動けないし、今日ぐらいは休暇としてのんびり過ごすとしよう。
そう思い、身体を傾けてソファに倒れ込む。窓から差し込む陽光が暖かく、自室のベットに戻るのも面倒臭い。なのでそのまま瞼を閉じて眠りに付こうとしたが、その直前。台所で洗い物をしていた母親がふと話しかけてきた。
「そういえば信貴、あなた約束は良いの?」
「……約束?」
何かあっただろうか。まったく思い出せない。
「ほら、夏休み入る前に言ってたじゃない。夏休みに入ったら遊びに来いって言われたって」
……誰に?
「ほら、えーっと……確か姫島ちゃんっていう子だったかしら」
「……あ」
パチリ、と閉じていた瞼を開く。そういえばそんな約束をしていたような気もする。カレンダーで日にちを確認すると、遊びに来いと言われた日から既に一週間が経過していた。
「…………」
一瞬、このままバックれようか悩むが、だからといってこのまま放置していたら更に面倒な事になりそうなので。
「……仕方ない、か」
やれやれと思わず溜息を吐いて起き上がり支度する。おそらく今日を逃せば遊びに行ける機会はほとんど無くなるだろう。俺は支度を終えると、外出することにした。
◇◇◇
隣街のとある平屋建ての小さな庭がある家。その家の入口付近にひとりの少女が立っている。熱中症対策なのか頭に麦わら帽子を被り、着物を着込んでいる。長い黒髪が左右に揺れる頭とシンクロして共に踊っている。
ふと、少女がこちらを向いた。こちらの姿を確認すると、パァー! と満面な笑顔を浮かべた。が、急いで取り繕って不機嫌な表情を浮かべる。しかし、それでも口元がつり上がって笑みを隠しきれていないのだが。
こちらに駆け寄ってくる少女。彼女、姫島朱乃は俺の前に立ち止まると、頬はリスのように膨らましながら喚き出した。
「ナナシ君! 約束破ったらメッ! なんだよ! 嘘吐いたら針千本呑ますって約束したでしょ!!」
「あーはいはい、そうですね。私が悪ーございました」
「適当に返事しないのーッ!」
ポカポカと頭を殴ってくる少女に思わず溜息を吐く。こう耳元で騒がれると頭が痛くなるから困る。嫌いではないが、苦手だ。せめてもう少しお淑やかになってくれるとありがたいのだが、それは無茶な要求なのだろう。
「というか、おまえひょっとして毎日待っていたのか? 一週間ずっと?」
「そ、そんなことないよ? 今日はその……そう! 今日は父さまと買い物に行く約束をしていたから待ってていたただけなんだよ! 別にナナシ君を待ってたワケじゃないんだからね!」
「そう、じゃあ俺帰るわー」
「それはダメーーッ!!」
邪魔者扱いされたので帰ろうと踵を返したら姫島が背後からタックルをぶちかましてきやがった。何だこいつ、いったい何がしたいんだ。
「あら、朱乃。嘘はいけないわよ?」
「母さま!?」
すると、玄関の扉が開いて中から一人の女性が現れた。姫島とよく似た顔立ちの女性。おそらく数年後には姫島もこのような女性になるだろう。
「朱璃さん、こんにちは」
「こんにちは、ナナシ君。そろそろ本当の名前を教えてくれてもいいんじゃないかしら?」
「えっと……それはまた今度ということで」
苦笑いで返すと朱璃さんはクスクスとお淑やかに笑った。
……正直に言えば、俺はこの人が少し苦手だ。何というか、この人には絶対に敵わないと思うのだ。姫島は騒がしくて苦手だが、この人は落ち着きすぎて逆にやりずらい。
簡単に言えば、何だか恥ずかしくなる。
「……むぅ」
彼女、姫島朱璃さんと挨拶をしていると、姫島が何やら不満気に口を尖らせて睨んできた。頬をプクーと膨らませて、着物の袖を握りしめている。
「名前」
「は?」
「わたしの名前、なんて言う?」
「そりゃあ姫島だろ? 何言ってんだおまえ」
「むぅーっ!」
変なことを聞かれたので当たり前のことを言うと、何故か更に頬を膨らませてこちらを睨んでくる。
「ずるい」
「はあ?」
何が? と尋ねる前に姫島が唐突に喚きだした。
「ずるいずるいずるーい! 母さまは名前で呼ぶのに、どーして朱乃のことは名前で呼んでくれないの!?」
「……面倒臭え」
思わず溜息を吐く。どうして俺の周りの奴はこうも面倒な奴ばかりなのだろうか。
「フフッ。御免なさいねナナシ君。朱乃ね、どうやら私が名前で呼ばれているのに自分が呼ばれてないから嫉妬しているみたいなの」
「か、母さま!? なに言ってるのッ!?」
腕をぶんぶんと振り回して姫島は顔を真っ赤に染める。それはいいが、とりあえず先程から腕が地味に身体に当たっているので出来ればやめて欲しい。
朱璃さんは娘のリアクションが面白いのか、クスクスと笑いながら更に告げる。
「朱乃ね、ナナシ君が来るかもしれないからって毎日遊びにも行かず朝から晩までずっと待っていたのよ? それで夜になるといつも涙目になって――――」
「母さまそれ以上言っちゃダメええええええええええェェェェッ!!」
それ以上話させまいと絶叫しながら朱璃さんの口を塞ごうとする姫島。クスクスと笑いながら娘の恥ずかしい話を続けようとする朱璃さん。彼女らを眺めながら、思わず呟いた。
「……まあ。たまにはこういうのも悪くないか」
◇◇◇
――――自分が存在してはならない者だと理解していながら、甘えていた。
――――己が魔を呼び起こす存在だと分かっていながら、その陽だまりに関わってしまった。
――――所詮、■■の分際で。そんな資格、無いと知っていたはずなのに。
◇◇◇
姫島朱乃。彼女との出逢いは去年まで遡る。それは桜の花びらが空を鮮やかに染めるある春の出来事だった。
その日は紫藤とイッセーの提案で珍しく隣街にまで遊びにきていた。当然、俺に選択肢などなく強制的に連行されていたのだが、新しいモノを見つけた子供の好奇心など予測不可能なものであり、気が付けば俺一人になっていた。
本来ならば迷子になった彼らを全力で探しに行くべきなのだろうが、まぁあいつらだし何とかなるだろ。と、客観的に物凄くアクレッシブな彼らのことを思い放置することに。おそらく自力で帰ってくるだろう。
さて、どうしたものかーと悩んでいると、くいくいっと袖を引かれる感触が。そちらに目を向けると、そこには涙目でこちらの服を引っ張ってくる着物を着た幼い少女の姿が。
何事かと話を伺うと、どうやら親とはぐれてしまったらしい。つまり迷子である。一人ぼっちで寂しい気持ちでいるところに同世代の俺が立っているところを発見し、思わず近づいてきたようだ。
さすがに目の前で助けを求められているのに放置する訳にもいかず、共に捜索することに。少女のおぼろげな記憶を頼りにあちこち歩き回りながら、心配させないために適当な会話を続けながらその小さな手を握りしめる。
彼女は姫島朱野と名乗った。その名前を訊いた瞬間、脳裏に記憶の残滓がよぎった。それはほとんど擦り切れてしまった記憶の欠片。『前世』の記憶に覚えがあった名前であった。
だからだろうか。そのとき名前を訪ねなれて、応えることが出来なかったのは。
それは記憶の残滓か。それとも前世の因縁か。はたまた第六感なのか。そのとき俺は、何故か彼女に己の名前を告げてはならないと思った。彼女と関わってはならないと直感した。
しかし、姫島からすれば自分は名乗ったのに相手が名乗らないなんて気分悪いに違いない。案の定、姫島は俺が名乗らないことに怒りだし、険悪な雰囲気になった。
そのまま黙ること数分。さて、この空気どうしたものかと悩んでいると、ふと唐突に姫島が叫び出した。
『じゃあ、わたしあなたの事をナナシ君って呼ぶね!』
どうやら今まで黙っていたのは名前を考えていたからだそうだ。由来を尋ねると名無しの権兵衛から取ったらしい。正直ナイワーと思ったが、ここで文句を言ってじゃあ名前教えてみたいな流れになったら面倒なので、それで良しとすることに。
その後、途中に買い食いなどをしながらあちこち回っていると、気が付けば空は夕暮れに染まっていた。そろそろ最終手段、警察に任せるという手を使うか悩んでいると、姫島が急に走り出した。何事かと思いそちらを向くと、そこには姫島を成長させたような女性の姿が。
「母さまー!」「朱野ーッ!」と、互いに名前を呼びながら抱き合う二人。感動的だなーと思い、さて邪魔者はとっとと退散するとしますか、と踵を返した瞬間。
『ありがとー! ナナシ君ッ!!』
そう叫びながら姫島が俺の腰辺りに全体重を乗せながらタックルをぶちかましてきやがった。
悶絶する俺。おろおろとテンパる姫島。あらあらと上品そうに笑う姫島の母親。それがこの一家との出逢いだった。そしてこの関係はどういうワケか今も続いている。何故かというと、俺は随分姫島に懐かれたらしく、しばらく会わなかったら姫島の父親が俺の事を捜索していた。聞いた噂によると、俺が遊びに行かなくて寂しがっているのを見て姫島の父親が娘のために寝る間も惜しんで探しているらしい。
子煩悩すぎるだろと思ったが、それで日常に悪影響が出て家庭崩壊などに発展したら罪悪感が残って後味が悪い。そういうワケで俺は姫島家に定期的に遊びに行っているというワケだ。
そして――――
◇◇◇
この物語は王道などではない。
これは修羅の道。屍と血で染まった何の栄光の欠片もない、
ゆえに、序章の幕は上がる。これより開かれるのは恐怖劇。
さあ。復讐の
吾は面影糸を巣と張る蜘蛛。血に飢えし鬼なのだから。
◇◇◇
「どうかしたの、ナナシ君?」
「……いや、別に。ちょっと姫島との出逢いを思い出していただけだ」
「急にどうして……ハッ! まさかナナシ君、わたしに惚れて――――」
「戯言ほざいてんじゃねえぞタコ」
「ひどい!? ……ふ、ふん。いーもん。本当はナナシ君、わたしに照れてるんでしょ? 母さま言ってたもん、男の子が女の子を虐める理由は十中八九惚れているからだって! ほら、正直に言ってみなよ」
「……はあ。俺が、おまえを? ……はあ」
「その二度の溜息はなに!?」
「道端に落ちてる小石の次に好きだ」
「基準が低すぎて分からない!?」
姫島家の一室。そこは和室であり、テーブルには先程から朱璃さんが準備している夕食が次々に並べられている。時計の針を見ると時刻は夕方を迎えており、どうやら姫島と会話をしていたらいつの間にか時間が経っていたらしい。
「さて、それじゃあ俺もそろそろ帰るとしますか」
「えー! もう帰っちゃうの!?」
「ああ。そろそろ帰らないと夕食に間に合わないしな」
「あら。ならナナシ君も夕食食べていったら? 今夜はご馳走なのよ」
「いや、それはご迷惑ですし……」
「まったく、子供が心配なんてしないの。そういうのは大人の役目なんだから」
「は、はあ……」
精神年齢ならばもう大人なんだけどな、俺。
「そうだよ、一緒にごはん食べようよ!」
「おまえの意見は聞いてない」
「ひどッ!?」
母さまー! と泣きつく姫島を見て、思わず笑みが零れそうになる。この陽だまりが心地良くて、つい自分の立場を忘れてしまいそうになる。
……時々思う。本当は、全部俺の独りよがりなのではないのかと。別に俺がいようといまいが、世界は全く変わらないのではないのかと。それはある意味残酷な真実かもしれないが、同時に俺がここにいても良いという優しい真実にもなる。
もう、いいのではないだろうか。強がって、意地張って、見栄張って、それが本当なのかも分からない事を悩んできた。本来ならば存在してはならない自分。世界の異分子である自分と関わったせいで不幸になる人がいるかもしれない。それが怖くて、今まで繋がりを必要最低限で生きてきた。自分から関わることをせず、関わってきた相手だけ適当に接してきた。例外はあの少女だけ。無限を司る孤独の少女のみ。
ある意味、彼女との出逢いが分岐点だったのではないだろうか。もう、自分から誰かと関わりに行っても良いのではないだろうか。
「…………」
ふと視線を彼らに向ける。そこにあるのは暖かい陽だまり。気づけばズルズルと関わってしまった優しい親子。本当に彼らのことを思っているなら、今まで通りさっさと関わるのをやめれば良かったのだ。俺と一緒にいたら不幸になるかもしれない。だからこそ、すぐに縁を切るべきだった。
けれど、切れなかった。この陽だまりから離れたくなかった。女々しいと笑われるかもしれない。それでも、嫌だったんだ。
だからこそ、ほんの少しだけ自分に正直になろう。勇気を振り絞って前に進んでみよう。
「あのさぁ――――」
俺も夕食頂いていいかな? と聞くために口を開き。
「見つけたぞ、忌々しき黒き天使の血を継ぎし穢された姫島の汚点よ」
刹那――――世界は形を変えた。
「なぁ――――ッ」
「これは――――姫島の術式結界!?」
「ふえ――――?」
周囲が何かによって塗り潰される感覚と同時に、部屋を遮っていた襖が吹き飛ばされる。凄まじい衝撃。つい咄嗟に身体が動き、朱璃さんは俺たちを庇うために前へ、俺は姫島の盾になるように前に立つ。
吹き飛ばされた襖の向こう側。そこの縁側にはまるで殲滅しに来たように複数の菅笠を被り、錫杖を持つ修験者たちが存在していた。
シャリン、と鈴の音が鳴る。彼らの中で最も先頭に立っていた者が、厳格な声で口を開く。
「久しぶりだな、朱璃。貴様とこうして会い見えるのは貴様が姫島家を捨てたあの日以来か」
「……叔父さま、いったい何のようですか。こんな無礼な訪問など」
「無礼? 誇り高き姫島を捨てた貴様に示す態度など存在せんわ。それに、用があるのは貴様ではない。我らの目的は――――」
叔父と呼ばれた男は冷たい、まるで汚物を見るような視線を向け、こちらを指差してきた。いや、正確に応えるならば、
「……え? わたし?」
俺の背後に隠した、姫島朱野を指差していた。
「そやつはあの忌々しい邪悪な黒き天使の血を引き継いでおる。そのような姫島の汚点、生かしておくワケにはおくまい」
「滅せよ」
「滅ぼせ」
「血肉の欠片すらこの世には残さん」
シャリン、と悪魔の合唱のように鈴が鳴る。紡がれるのは悪意の言葉。彼らの視線は姫島朱乃という存在を完全に否定していた。当然、そんな視線を向けられて幼い子供がまともなはずがない。
「な、ナナシ君……」
不安そうに、背後から手を握りしめてくる姫島。それに対し、俺の出来ることはただ手を握り返すことだけだった。
正直にいえば、俺はこの状況をまったく把握できていなかった。突然襲い掛かってきた謎の集団。おそらく姫島に関係する人物で、彼らの話を聞いた情報から察するに姫島を殺しにきたのだろう。理由はほとんど分からないが。
「……ナナシ君、朱乃を連れてここから逃げなさい。私が時間を稼ぐから」
ふと、視線が合った朱璃さんが目で伝えてくる。しかし、
「無駄だ。この周囲は結界によって異界と化しておる。逃げる場所など何処にも存在せん」
「く……!」
先に先手を取られ、どうすることも出来なかった。先程の妙な感覚は身体が異界に取り込まれたからだろう。
ふと、先頭の男の視線が俺を捉えた。
「礼を言うぞ、小僧。貴様のおかげでこの忌々しい娘を見つけることができた」
「なに……?」
こいつは、何を言っている? 俺のおかげだと?
「皮肉な話だが、姫島朱璃は神道の使い手としては才能があった。我々の探索術式ですら捉えられぬほどにな。だが最近、その術式に反応が見られるようになった。理由は分かるか? ここは姫島朱璃が作りだした領域だ。身内を隠し、護るためのもの。しかし、最近この家に部外者がよく入ってくることで純度は薄れ、我々の術式にも反応するようになった。――――つまり、貴様が彼らと関わったおかげで我々はこれを見つけることができたのだ」
「――――」
……声が、出なかった。頭の中が真っ白になった。
つまり、要するに、
――――俺と関わったから、彼女達は危険に晒されているというのか。
「俺の、せいで……?」
「――――違う!」
俺の呟きに背後から否定の声があがる。振り返ると、姫島が涙を流しながら頭を勢いよく横に振っていた。
「ナナシ君は悪くないよ。悪いのはわたし。無理矢理ナナシ君を引き留めて、巻き込んだのは――――」
「黙れ、化物」
ゴウッ! と錫杖が地面に叩きつけられ、大地を抉る。その破壊力でクレーターができ、地面が揺れた。嫌悪感を隠せないといわんばかりに錫杖を握りしめる腕が震え、男は殺気を放つ。
「薄汚い化物の血を引く貴様が人間の真似事をするな、反吐が出る。どうせその中身など腐った蛆虫が湧いておるのだろう。貴様のような塵、そもそも生まれてきたことが間違いだったのだ」
「―――――」
……今、こいつは何と言った?
「そこの小僧、その化物をこちらに渡せ。これは姫島の問題だ。それを渡せば貴様は巻き込まず無事に帰してやろう」
「――――ふざけるな」
「……何?」
気づいたら勝手に口が開いていた。客観的に見ればここは黙って隙を伺うのが得策だろう。だが出来ない。そんなことは認められない。この男は今――――言ってはならないことを口にした。
「生まれてきたことが間違いだっただと? 汚れた血を引いてるから殺すだと?」
「……ナナシ、君?」
姫島が心配そうにこちらを覗き込んでいるが、そんなことは気にもとめないほど俺の怒りは沸騰していた。握りしめる手が熱い。奥歯を噛み砕くほど力を入れ、憤怒で視界が赤いペンキをぶちまけたように真っ赤に染まる。
「生きてんだよ、こいつは」
俺のような半端なものではなく、純粋な個として。
「化物の血を引き継いでいるとか、姫島の汚点だからとか、
ただ存在しているだけで周りを不幸にする、俺とは違う。生きながら死んでいる、俺とは違う。
「それをおまえら、化物の血を引いているから殺すだと? ただ生まれてくることすら罪だと? ふざけたことをぬかすのも大概にしておけよ。生まれてくる生命に何一つ罪なんてない。おまえらの自分勝手な価値観をこいつに押し付けるな」
身体を震わせ、息を大きく吸い込み、喉が裂けるほど、魂を漲らせて絶叫した。
「こいつなんかより――――ただそれだけで殺そうとするおまえらの方が、よっぽど死ぬべき屑だろうがぁッ!!」
言った。言ってやった。言ってしまった。この状況で言うなんて、無謀にもほどがある。けれど、これだけは譲れなかったのだ。これを言わなければ、俺は俺でいられなくなる。
「……そうか」
誰もが鎮まる最中、男は静かに頷き、
「貴様も、黒き天使に心を穢された者だったか。ならば致し方あるまい」
刹那――――腰から抜刀された刃が俺の目前に存在した。
「――――ぁ」
無理だ、躱せない。振り抜かれた刀は閃光の如く、瞬きする間もなく俺の身体を真っ二つに引き裂くだろう。どう足掻いても決定的に遅すぎる。いま時間の流れが遅く感じるのは死を確信しているからか。どう足掻いても死ぬことを予知しているから、精神が少しでも生きようとしているのか。
振り抜かれた刀は俺を斬り捨てようと迫る。約束、守れなかったな。と、ある少女の後ろ姿を幻視して、
瞬間――――目前に顕現した朱璃さんが斬り裂かれた。
「――――え?」
声が出なかった。何が起こったのか理解出来なかった。飛び散った赤い液体が顔に張り付く。錆びた鉄の匂い。けれどそんなものは気にもとめない。意識のすべてがゆっくりと倒れていく朱璃さんに向けられる。
いったい、何が、どうして。頭がまともに働かない。身体が思うように動かない。まるで壊れたブリキの玩具のよう。
分からない。なんで――――俺が死ぬはずで――――どうして――――朱璃さんが死んで――――俺が、生きている――――?
「ナナシ、君……」
ふと、名前を呼ばれた。朱璃さんは内臓までバッサリ斬られ、口から血を大量に吹き出しながら、告げる。
「お願い……朱乃を連れて……逃げ、て…………」
それが彼女の最後の言葉だった。目の中の光は消え、身体は力なく横たわる。その最後は、崖に咲く彼岸花のようだった。
「か、母さまああああああああああああああああああああァァァァッッ!!」
絶叫し、側に駆け寄る姫島。横を通り過ぎる彼女を見ても、俺は指一つ動かせなかった。
死んだ。殺された。あの人が、こいつらに。
――――違うだろう?
ふと、声が頭の中で響く。それは幻聴だったかもしれない。けれど、その声は的確に俺の
――――誰のせいで死んだ? 奴らのせい? 違うだろう。逃げるな。
「…………」
――――こうなったのは誰のせいだ? 幸せに過ごしていた家庭を滅茶苦茶に壊したのは誰だ?
「……ぁ」
――――事の始まりはなんだ? 誰が関わってこんな結末に辿り着いた?いったい何が原因だ?
「……あぁ」
――――所詮、亡霊如きが生者に関わるからだ。己に過ぎたものを望んだからこそ、当然の結末だ。
「ああぁぁ」
――――
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ――――ッッッ!!」
――――意識が/反転/する。
◇◇◇
――――適合者の覚醒を確認。
――――適合する英霊は二件。容量に問題無し。
――――霊格挿入開始。
――――一部読み取りに失敗。続行。
――――霊格挿入完了。
――――スキル獲得。憑依経験共感終了。
――――必要情報挿入完了。
――――適合作業終了。
――――全工程完了。
◇◇◇
刹那――――禍々しい黒い闇が、総てを吹き飛ばした。
次回、ようやく戦闘シーン突入!
あと、Twitter始めました。よかったら登録して下さい。
@tokio0152