ハイスクールD×D 無限の守護者   作:宇佐木時麻

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よし、フラグ伏線よし。


黒き乱入者

「――――ッッッ!!」

 

 塔城小猫は何度目かも分からない衝撃に吹き飛ばされて、激痛に悲鳴が漏れそうになるのを噛み殺しながら地面を摩擦させて停止させる。息は荒く、激痛が身体を蝕んでいるのか顏を苦痛に歪めながら飛んできた方を睨みつける。

 

 直後、前方の地面が爆発するように一部陥没した。続いて一瞬の間もなく近づく影に対し、小猫はタイミングを合わせるように拳を握り締め一息で振りぬく。クロスカウンターの要領で解き放たれた右手は絶技で、完璧に捉えたと確信する。

 

 だが、そんな彼女の思惑を嘲笑うように、拳は空を空振った。当たると思った拳より一歩後ろ、拳を振り抜いた事で重心が前に崩れ、ちょうど絶妙の間合いとなる位置に影は立っていた。

 

 回避しようと瞬時に小猫が身体を捻ろうとするが時既に遅し、踏み込んだ震脚が地面を震わせるほどの完璧な立ち位置に、構えられていた拳が無防備な胸板に直撃する。金剛八式、衝捶の一撃。更に衝撃を貫通させる発勁も加わり、その一撃は表面上だけでは収まらず内側から小猫の身体を壊していく。

 

 再度耐え切れず後方へ吹き飛ばされ地面を転がり落ちる。何度もどちらが天か地なのか判断できなくなるほど無様に地面を這い蹲り、身体が運動を停止した際には口から血が漏れだしていた。

 

 膝を地面に付きながらながら口元を拭うが、顏は苦痛に歪み腕は先ほど殴られた胸板を抑えていた。何度も殴られた為か内蔵を痛めており、更にそれだけではなく全身から湯気のように白い煙が上がっており彼女の身体を内側から傷つけていた。

 

「……堕天使が中国拳法……? それに、この痛みは……」

 

「――アンタら悪魔の大っ嫌いな聖なる光っスよ」

 

 小猫の疑問に答えるように、影――ミッテルトは残心を解いて小猫の問いに答えた。射抜くような視線で睨みつける小猫だが、対するミッテルトは飄々とした様子でその視線を受け流しながら踞る小猫に言う。

 

「つーか、ホントどんな身体してんスかアンタ。こっちの装甲は一撃貰っただけで即ノックアウトの紙屑装甲だっていうのに、そっちは防壁装甲。殴ったこっちの手が砕けるってどんだけ頑丈なんスか」

 

 そう言ってひらひらと振るミッテルトの手は鮮血で真っ赤に染まっていた。指はところどころ歪に曲がっているが、そんな事は心底どうでもいい様子で小猫を煽る。

 

「やっぱあれっスか? ペチャパイだからっスか? 絶壁っスもんね! もう服の上からも脂肪が一切ないって見て分かる絶壁っスもん! だからきっと鋼鉄のような胸なんスねぷぎゃはははは、ひゃあははははははははは!!」

 

「…………ッ!(イラッ)」

 

「あれれ~? もしかして怒ったっスか? 図星言われて激オコスティックファイナリアリティぷんぷんドリームっすかぁ~? ねえねえ今どんな気持ち? NDK? NDK?」

 

「……死ね(ブンッ!)」

 

「って危ねー! アンタみたいな筋肉ゴリラに石投げられたらウチみたいなか弱い乙女は潰れた蛙みたいになっちゃうじゃねーですか! まったく、これだから最近の若者はすぐキレるって言われるんスよ!!」

 

 胸の事を馬鹿にされたのが心底許せなかったのか、小猫は痛む身体に鞭を打ってでも傍の小石を掴み変顔で挑発してくるムカつく顏に全力投球する。が、全て寸前で回避された上で腹が立つ踊りのような動作で避けられ、それに更に苛立ち石を投げまくる。

 

 しばらくして周りに石がなくなり、息を荒げながら睨みつける小猫だが、そんな彼女を眺めていたミッテルトがポツリと呟いた。

 

「つーか、やっぱりムカつくっスね、その眼」

 

「……腹が立つのはこちらの台詞です……!」

 

「そりゃわざとやってるっスからね。だいたいウチにシリアスは向いてないんスよ。どうせなら決闘(デュエル)でもやってて周りがシリアスやってる中一人シリアルやってる方が好きっスし。……けれど駄目っスね。やっぱりその眼を前にしているとイライラするっス。そんな――」

 

 その声音は何処までも凍えるように冷たく、普段の彼女とは別人と錯覚するほど冷酷な呟き。

 

 

 

「そんな――力があるのに使わない強者の眼をしている輩は」

 

 

 

「――――」

 

 どくんと、小猫の鼓動が高鳴った。まるで心の奥底まで射通しているような視線。それに一瞬呑まれながらも、負けじとミッテルトを睨み返す。

 

「……あなたに、いったい何が分かるんですか」

 

ウチだから分かるんスよ(・・・・・・・・・・・)。何処まで行っても落ちこぼれの弱者でしかなく、強者をずっと恨んで妬んで憎んで羨んで眺めてきたウチだからこそ、アンタが強者だって分かる」

 

 ミッテルトはそう告げながら右手を軽く上げた。そして集っていく光の束。それが光の槍を生み出す動作だと堕天使の動作を見れば即座に看破し、小猫は思わず身構えるが、その光はやがて集まることなく空気中へと霧散していった。

 

「……ウチには根本的に外界で力を操る素質が無かったっス。体内で聖なる力を練成することは出来ても、それを外界に放出し光の槍へと変換する素質が一切存在しなかった。それは堕天使も最も優れたアドバンテージが無いのも当然。そんな落ちこぼれが上に行けるはずがなかったっス」

 

 そう告げながら拳を握り締める様子は、まるで遠い昔失くしてしまった宝物でも思い出しているように。もう二度と取り戻せないと確信してる姿。

 

「だから、初めは自分以外の全てが憎かったっス。自分を憐れむ者。蔑む者、みんなみんな引きずり降りしてやりたいと思ってたっス。後悔させて命乞いさせて跪かせて殺してやりたいと思ってたっス」

 

 だけど――と、憎悪に満ちていた声がふと和らぐ。大切なモノを取り出すようにミッテルトは己の手のひらを広げ、何もないその手を見つけていた。

 

「ウチはあの人に――レイナーレ姉さまに出会ったっス。あの人はそんなウチを励ますのでも憐れむのでもなく、どうすればいいのか一緒に考えてくれたっス。手を掴んで引っ張りあげて、闇しか無かったウチの世界に光を届けてくれたんス。だからウチは、レイナーレ姉さまが大好きっス。あの人はウチの希望。そのためなら、ウチは人間に頭を下げて修行を受ける事なんて造作もなかったっス」

 

 ミッテルトはそう告げると静かに拳を握り締めながら目を閉じ、静動する。その様子に訝しげる小猫だったが、直後変化が起きた。ミッテルトの身体から聖なる光が迸り、それが右腕に集中していく。それは先程までと同じ光景で、しかし込められている聖なる力は比べ物にならないほど増幅していた。

 

「聖なる力が外界に出せないなら、その力を身体に纏って直接相手にぶつければいい。中国拳法を身に付けたのは接近戦での技術を高めるのと発勁で相手の内側に衝撃と共に聖なる光を流し込んで内側から直接破壊してやればいい。これこそが――ウチとレイナーレ姉さまが一緒に考えた、ウチの戦闘スタイルっス」

 

「……それが結局私が強者だって事と何が繋がるんですか」

 

「ああ、ついシリアスだから話がそれちゃったっスね。本題なのかここからっスよ。弱者というのは己の限界を弁えているっス。強者に狙われないように、どう立ち回ればいいのか本能的に察してるんスよ。だから、追い詰められた弱者の目は絶望に染まるもんなんス。自分の限界を理解しているから、奇跡でも起こらない限り敗北は覆らない。だけど、」

 

 ふと、ミッテルトの目が冷たく細まる。その視線の先、踞る小猫の瞳の深淵でも覗いているかのように――

 

「アンタの目は、絶望に染まっていない。在るのは、迷いの目っス」

 

「……私が何を迷っているって言うんですか」

 

「さあ、そんなのは微塵も興味ないっスよ。アンタが何に迷っているのか、寿命を失うからか戦いの矜持かそれとも――暴走するからなのか、そんなことは心底纏めてどうでもいいんスよ」

 

 暴走するからと言われた時、僅かに小猫の肩が震えたがミッテルトは興味なさげに足を開き構え、拳を腰に添える。それはまるで銃に込められた弾丸の如く。

 

「ウチには守りたい人がいる。その人を護るためなら、恰好よくなくても強くなくても正しくなくても美しくなくても可愛げなくても綺麗じゃなくても才能に恵まれなくても頭が悪くても性格が悪くても落ちこぼれでもはぐれものでも出来損ないでも嫌われ者でも憎まれ者でもやられ役でも――アンタら強者の強さ(よわさ)を踏み躙ってでも、アンタの懐にある勝利をもぎ取ってやる!!」

 

 それは弱者による強者への逆襲。誰も栄光など掴めない泥塗れの未来しか残されていない運命。それでも少女はそれを笑いながら受け入れ、その運命をもぎ取ろうと全身全霊を掛けて拳に思いを込める。

 

 きっと、信じているから。なぜならこの生命は既にあの人に捧げてある。きっとあの人は恥ずかしくて突っ張るかもしれないけど、それでもどうか受け取って欲しい。それほどの物を、あなたは我々に与えてくれたのだから。

 

 絶望しか存在しなかった世界で、光を与えてくれた人。曇っていた目を晴らしてくれた人。あなたと一緒にいることこそが何よりも欲しい大切なことだから。名誉も栄光も、それに比べれば塵屑に等しい。

 

「それに――」

 

 ミッテルトの身体が弛緩し、一気に爆発するかの如く極限まで抑えていた力が解放される。それは今の今まで取っておいたとっておき。必ず殺す為に取っておいた必殺。自身の限界すらも凌駕して、高速で循環させておいた聖なる光を拳に収束させ強者へと振り下ろす。

 

「強者の矜持なんか、目の前で泣かれているのにどうすることも何も出来ない弱者(ウチ)が――解るわけねえだろぉぉぉおおおおおおおおッッ!!」

 

 その魂の絶叫とも言える咆哮を前に、小猫は為す術もなく死ぬのだと確信した。確かに、彼女の言う通り塔城小猫にはまだ隠した力が残されている。それを使えばこの窮地も脱することができるかもしれない。

 

 だが、それは駄目だ。それは出来ない。その力を使えば――自分もあの人のように、力に溺れてしまう。それは嫌だ。それだけは絶対に。

 

 ゆえに、塔城小猫は間違いなく詰んでいた。今から避けても聖なる光に蝕まれた身体では間に合うはずがなく、彼女に出来る唯一の抵抗は目を閉じる事だけだった。だから当然狙ったわけでなく、全くの偶然でしかなかった。

 

 

 

「まったく――――こんな夜中にいったい何の騒ぎだよこれは」

 

 

 

 ミッテルトの拳が小猫に衝突する寸前、小猫の身体がまるで導かれるように後方へ引っ張られる。突如訪れる浮遊感に我を忘れる小猫だったが、誰かの腕に抱き止められてから要約自分は助けられた事に気が付いた。

 

「会長の命で皆の分の夜食を買いにコンビニに行ったら、何か辺りが騒がしいし、いったい何事かと思って行ってみたら現場はこんな感じだし……ホント、どうなってんだか」

 

 右手に黒い龍の頭部が飾られた籠手を装着し、小猫と同じ学校の制服を身に付け、左腕には『書記』と書かれたワッペンが付けられている。その男子生徒は状況の判断が出来ないまま、小猫を抱きとめていた。

 

 その顏に小猫とミッテルトは驚愕する。小猫は何故此処にいるのか、ミッテルトはなぜかのタイミングで現れたのか、驚愕する二人の視線を受けながら、男子生徒は困ったように二人を眺めていた。

 

「……先輩。降ろして、下さい……」

 

「えっと……確か君は……リアス先輩の戦車(ルーク)の……小猫ちゃんだったっけか? 怪我してるみたいだし、無理はしない方が――」

 

「……これは、リアス・グレモリー眷属の問題です。先輩には迷惑を掛けられません。それに……私なら大丈夫です」

 

 抱きかかえる男子生徒の腕を振り払い、小猫はミッテルトと対峙する。しかしその姿は既にボロボロで、とてもじゃないが安心できるはずがなかった。

 

 ゆえに、男子生徒は嘆息すると、小猫の頭を一度ポンと叩いてから後ろに無理やり下がらせる。

 

「せ、先輩何を――」

 

「生憎と、怪我してる後輩見捨てられるほど薄情な先輩じゃないんでな。問題になったら俺が謝るから、君はそこで休んでおけっての。大丈夫、こう見えて結構強いんだぜ俺?」

 

 そう言って安心させる為に笑うその姿は何処か兵藤一誠と似ていて、思わず言葉を失い小猫はその場に立ち止まった。男子生徒はそれに満足すると、ミッテルトと立ち向かう。

 

「……まさか、もう一つの悪魔の眷属が偶然にも鉢合うだなんて……とことん付いてないっスね、ウチ」

 

「さて、と。事情は良く分かんねえが、とりあえず生徒会室で取り調べを受けて貰おうか。万が一、この街やあの人に迷惑を掛けるっていうんなら……」

 

「言うなら、どうするっスか」

 

 その問いに、男子生徒は目を逸らさず真っ直ぐ答える。

 

「決まってる。生徒会執行部書記、及びソーナ・シトリー眷属兵士(ボーン)の一人、匙元士郎として――――おまえを執行する」

 

 生徒会として、悪魔として、黒き龍の神器を持つ少年――匙元士郎はミッテルトの前に立ち塞がった。それを前にミッテルトは、

 

「ハッ――それが何だって言うんスか。あの人の為なら、たとえ誰が来ようとぶっ倒すだけっスぅぅううううううううッ!!」

 

 咆哮を上げ、再度聖なる光を己の拳に込め匙へと突進する。長期戦になれば圧倒的にこちらが不利。ならば反撃を許す事無く初めの一撃でケリを付ける……!

 

 ミッテルトの突進に匙は反応しない。聖なる光を込められた拳はミッテルトの身体で隠されているためか脅威に反応せず受け止めるつもりである。だからこそその脅威を一番理解している小猫が慌てて匙に忠告した。

 

「駄目です先輩、避けて……!」

 

「――もう、遅いっス!!」

 

 だが時既に遅く、ミッテルトは既に匙の懐へと震脚で踏み込んでいた。身体が触れ合うほどの至近距離から放たれる聖なる光が込められた発勁。それを兵士がまともに喰らえばひとたまりもない。だからこそ、その拳が匙の胸板に直撃した瞬間勝ちを確信したが、

 

「――悪いな。その一撃ならさっき既に見てたよ」

 

 ――匙はその場から一歩も動くこと無く、平然とミッテルトの一撃を受け止めていた。

 

「えっ……」

 

「なっ……そ、そんな馬鹿なっス!!」

 

 一人はそれを何度も受けていたため驚愕し、もう一人はその威力を理解していたからこそ目前の光景が理解不能になる。匙はそんな二人の様子に苦笑混じりに種明かしをした。

 

「別にそこまで驚くことじゃないぞ? さっき小猫ちゃんを助ける際に一応どんな技を使うかは見てたからな。聖なる光を拳に込めて相手にぶつける。それなら、聖なる光が弱点でない場所で受け止めればいいだけの話だ」

 

「は、はぁ――?」

 

 何を言っているのか理解できず、もう一度匙の身体を見て、ふと違和感に気付く。匙の胸元、ミッテルトの拳が突き刺さっている場所に何かが突っ張って身体に触れる事無く受け止めている。それは匙の右手から伸びており、龍の顎の形をしていた。

 

「『黒い龍脈(アブソーブション・ライン)』――俺の神器だ。知っていると思うが、ドラゴンに聖なる光は無意味だぜ?」

 

「だ、だけどそれでも発勁の衝撃が伝わってるはずっス! なのに何でびくともしないんスか!?」

 

 元々発勁は相手が組手主体の戦闘スタイルだった際に吹き飛ばすための戦術だ。だからこそ受け止められても距離を開けるための発勁だというのに、何故か匙には通用しない。その問いに、匙はああっと簡単に答えを述べる。

 

「俺の神器の効果はただ伸びるラインを伸ばすだけじゃない。『黒い龍脈』には相手の力を吸収する効果も持っている。その力でおまえの衝撃を吸収しただけさ」

 

「なっ――――」

 

 最も強すぎると吸収しきれないんだがな、と匙が軽く苦笑しながら答えるがミッテルトにとってそれどころではなかった。つまり、ミッテルトにとってこの相手は最悪の相性という事になる。ただでさえ紙装甲なミッテルトにとって攻撃が通用しない相手は逃げるしか術がない。ゆえに奥歯を噛み締めながら離れようと地面を蹴って後退するが――

 

「悪いが、おまえは少し眠ってろ」

 

 ミッテルトが殴った龍の顎。それがミッテルトの拳に固定して身動きが出来ない。それに気づいた時には匙が踵を天に伸ばしており、魔力とミッテルトの吸収された一撃も加算されて到底受け止められる破壊力ではない。逃げようと必死に腕を引っ張るが無意味で、振り下ろされた踵が容赦無くミッテルトの意識を刈り取った。

 

 崩れ落ちるミッテルト。それを片手で受け止め、神器を体内に戻す。そして匙は一息ついて、背後で呆然と佇んでいる小猫に笑い掛けた。

 

「とりあえず――事情を話して貰おうか」

 

 塔城小猫対ミッテルト。

 

 戦闘終了――――勝者、『乱入者』匙元士郎。

 




はい、まさかの匙くん乱入。いったい誰が予測できただろうか……!
というかいい加減一巻終わらせたい。

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