「――――ふざけんなよ、レイナーレ」
口から出た声音が自分でも驚くほど憤怒に満ちている。握り締めた拳は震え、爪が僅かに皮膚に食い込み血が垂れる。そんなことがどうでもいいと思うほど、俺の内面は猛り狂っていた。
こいつの吐いた言葉が許せない。今こいつは何て言った。私を殺してだと? ふざけた事をぬかすのも大概にしろよこのくそったれ。
レイナーレの過去は俺なんかが口出しできるほど生半可なモノではない。俺は家族を失っていないし、居場所だってまだある。何一つ失っていない俺が彼女を励ますことなんて許されず、ましてや同情するなどそれこそ彼女の人生を否定するのと同じだ。
でも、だからこそこいつの言った言葉が許せない。彼女の今までを尊重するからこそ、それだけは絶対に許していいはずがない。
「おまえはそれで本当にいいのかよ」
それが自分の人生なのだと、自分の生き様なのだと胸を張れるのか。それで本当に満足しているのか。
「おまえの人生は、死ねと言われて死んじまうような薄っぺらなのかよ」
誰かの手の平で踊らされて終わっちまうような、三文役者でそれでいいのか。
「……違う」
「聞こえねえよ、もっと胸張って喋れよ」
「――違うっ!」
叫ぶレイナーレ。それは怒号というのには弱弱しく、泣き声というにはあまりに烈しくて。目から流れる涙が人形のようなだった顔立ちに生気を取り戻させる。
「違う、違う、違うっ! 薄くない、甘くない、私の人生は、私の思いは……チャチなんかじゃない!」
涙を隠すことなく感情を剥き出しにして叫するレイナーレ。その姿に、不覚にも麗しいと思ってしまい。
「私、頑張ったんだから……。同情なんていらないし、分かってなんか欲しくない。それでも、本気で、命懸けで、走ってきたのよ。寄り道なんかしないで、いい加減にふらふらあっちこっち行かずに、頑張ったんだよ。なのに、これで終わりだなんて……本当は、嫌に決まってるでしょ! もっとあの子達と一緒にいたい。もっと色んな事したかったし、色んな所に連れて行きたかった! ずっとずっと一緒に居たかった! 死にたくなんてないに決まってるじゃないっ!!」
「だったら……!」
彼女の怒号につられるように俺の声も大きくなる。共に感情剥き出しのまま、いやそれを塗り潰すように告げる。
「だったら、何で諦めてんだよてめえは! 何で誰かが死ぬことが前提なんだよこの大馬鹿野郎ッ!」
「…………え?」
茫然と、信じられないモノでも見るような目でこちらを見るレイナーレ。その眼に宿るのは驚愕で、阿呆のように口をポカンと開いている。その馬鹿面が滑稽で少しだけ気分を良くし、冷静さを取り戻して言う。
「そんなに怖いのかよ、コカビエルが」
気に入らない事があった。理不尽な命令を受けた。なら何故吼えない。ふざけるなと怒らない。
「コカビエルの奴がおまえの望みを邪魔するっていうなら、何でそいつをぶちのめそうとしない。どうしてやられるだけの側になって、言われた通りの良い子ちゃんぶってんだおまえは。そんなのおまえのキャラじゃねえだろ」
俺の知っているレイナーレという女は仲間には甘いが自分には厳しくて、ムカつく態度を取るが根は乙女で、一度決めたら最後まで貫こうとする頑固者で。そんな様子を、今まで見てきたのだから。
だから、このまま大人しくやられるだなんて、おまえらしくないだろうが。
「……逆らえる、はずないじゃない。あなた話を訊いてたの? 私達が叛逆すればあいつはきっと首輪を爆発させる。だから――」
「ああもぅ、ホント頭の悪い奴だなおまえは」
「なっ――――」
何やら驚愕しているが、そんなものは知らん。馬鹿に馬鹿だと言って何がおかしい。
「だから、ここに一人いるだろうが。教会の関係者じゃなくて、おまえの味方になれる大馬鹿野郎がっ」
「…………え?」
ポカンと口を開く二度目の阿呆顔。そんな馬鹿面を晒しているこいつよりも更に大馬鹿やっている自覚があるが、言わなきゃ分からない察しの悪い馬鹿なので仕方ないだろう。
「……怖く、ないの?」
「怖いわけねえに決まってんだろ」
俺が苦手なのはイッセーの突拍子もない行動や紫藤の元気っぷりだったり、フリードのアホさ加減やミッテルトの暴走っぷり、カラワーナの天然さやドーナジークの喧しさ、あと察しの悪いおまえの面倒臭いところぐらいなものだ。
「あんな数世紀前の遺物であるクソジジイに何を怖がんだよ、俺は若いぞ。コカビエルが神話に乗るような奴だとしても、とっくに賞味期限どころか消費期限切れなんだよ。ジャンル違いがいつまでのさぼってやがる」
「…………どうして、そこまでしてくれるの?」
「はぁ?」
こいつは今更、何を言っているのだろうか。
「だって、あなたがここまで関わる必要なんてない。信貴はここで私さえ殺せば、またいつも通りの日常に帰れるのに」
「…………」
レイナーレの言うことは尤もだ。わざわざ自分からコカビエルなんて神話級の相手に挑み掛かるなどまともじゃない。そんな危険を敢えて選ぶ必要など無いだろう。
「……確かに、数週間前ならそれで良かったさ。おまえらがどう死のうがどうなろうが、俺には関係なかった。死んだと訊いてもそうか程度しか思わなかっただろうな」
「だったら……」
「だけど、」
少し恥ずかしくて頭を掻きながら視線を逸らす。こういう時に察しのいい女だと有り難いのだが、どうして俺の周りにはこういう奴しかいないのだろうか。おかげで青臭い台詞をいちいち言わなきゃならない。
「この数週間一緒に過ごしただろうが。飯食って駄弁って騒いで馬鹿やって。もうおまえらは俺にとって“陽だまり”の一部なんだよ」
気付けば一緒にいることが当たり前になっていた。一緒にいることが日常と化していた。失いたくない、かけがえのない“陽だまり”になっていたんだ。
だから誰も死なせい。誰一人失わせない。死なせてなるものか。
「……そういえば、前に言ったよな。依頼を受けたら何でもするって。なにさせるか今決めた。おまえは黙って俺を見てろ。俺は負けない。あんなクソジジイ簡単にぶっ倒して証明してやるから、俺のことを見てろ。だからおまえはここで殺してなんかやらない。死んだら俺の勇姿が見れないしな」
だからざまあ見やがれ、と彼女の覚悟を鼻で笑ってやる。死にたがり屋の戯言なんて誰が訊いてやるものか。生憎俺は捻くれた悲劇愛好者なんかじゃない。やはり物語はハッピーエンドが一番だと思うから、後味無くさっぱり終わらせたいと思うから。これが悲劇となるなら、その筋書きを壊してやる。何処ぞで踏ん反っている脚本家気取りの鼻を盛大に明かしてやる。
「…………」
レイナーレはというと、呆気に取られたように茫然とした顔でこちらを見ていた。まるで俺が何か馬鹿なことを言ったように、信じられないモノを見るような目で。
「……ふふふふ」
そして俯き、次第に肩を震わせながら笑い声を漏らしていく。もう耐えきれないと、我慢の限界を迎えたようでレイナーレは涙を浮かべるほど盛大に笑い出した。
「あははは、あはははははははははははははは、ははははははははははははははははははははははははははははははははは――――ッ!!」
「…………おい」
そんな笑われるような事を言ったか俺。いや確かにこっ恥ずかしいこと言ったとは思うが、何もそこまで笑わなくてもいいだろうが。思わず半目で睨むが、レイナーレはそんなこと気にする余裕もなく腹が捻れるほど爆笑している。
「ふふふっ、ごめん、なさいっ。馬鹿にして、ふふふっ、いる訳じゃなくて、なんて言うか、あはは、今まで散々悩んでた自分が馬鹿らしくなって、あはははっ」
「……笑うか喋るかどっちかにしろよ」
しばらく経った後、ようやくレイナーレの笑いが収まりこちらを見る。その顔には先ほどまでの人形のような能面ではなく、いつも通りの生気が在る彼女らしい笑みを浮かべている。だからきっと、もう大丈夫。
「……本当に、助けてくれるの?」
「勘違いすんな。俺が助けるんじゃなくて、おまえが勝手に助かるだけだ」
「ホント、信貴は捻くれてるわね。そこか男らしく自分が救うんだみたいな事を言いなさいよ」
「生憎おまえのヒーローになるつもりはないんでな。ヒロインやりたいなら他を当たれ」
そう言って、同時に苦笑する。いつも通りの会話。後はここでフリード達が話に加わって来たりして――――
「……おい、いったいどうなったんだよ良く見えねえだろうがチビ」
「チビって言うなッス! 今ちょうどいい雰囲気になってきてる所ッスよ……!」
「これが子離れというものか。ふっ、私も歳を取ったというものだ」
「ええ、後はこれを映像化して結婚式にお披露目するぐらいですね。スピーチは私に任して下さい。最高に面白おかしくしてみせましょう」
「…………」
「まったく、あの子達は……」
……何だろうか、あれ。聖堂の奥、中庭がある方の扉から聞き覚えのある声と見慣れた服装をした連中が僅かに扉を開いて覗き込んでいる。バレてないと思っているのだろうか。流石のレイナーレも呆れ顔で嘆息している。
次第に騒ぎは大きくなり、そして――――
「「「「ギャフンっ!!」」」」
ついに扉は耐えきれなくなり、完全に開いた扉から重なるように覗いていた連中が飛び出してきた。しばしの無言。気まずそうに視線を逸らす連中。半目で冷たく見下ろす俺とレイナーレ。
「……何してんだ、おまえら」
飛び出して来た連中――フリード、ミッテルト、ドーナシーク、カラワーナは勢いよく起き上がると、何やらポーズを決めながらそれぞれ話しだす。
「い、いやホントは覗き見なんてするつもりは無かったんスよ? けど運命の悪戯というか、偶然の産物と言いますか、つまり偶然ッス!」
「そうそう、悪いのはこんな開けたところで話しているおまえさんらの方だと思うぜ?」
「奇跡の確立というヤツだな」
「偶然の遭遇ですね」
「果てしなく嘘くせえ……」
だって全員目を逸らしているし。こいつら絶対確信犯だろ。
「ま、待って!? あなた達、どこから話を訊いてたの!?」
「『少し、私の昔話に付き合ってくれない?』辺りからだが?」
「ほぼ最初からじゃない!」
顔を真っ赤にしながら叫ぶレイナーレ。こいつからしてみれば自分の恥ずかしい話を訊かれたようなもので出来れば訊かれたくなかっただろうが、フリードが一秒以内で即答して頭を抱えた。ご愁傷さまとしか言えないが、勝手に死のうとした罰としては軽いほうだろう。
それを訊くと、今度はミッテルトが涙を滝のようにドバァー! と流し出した。余りの量に若干引くが、そんなものはお構いなしに涙を流しながらミッテルトはレイナーレに抱き付いた。
「レイナーレ姉さまぁぁアアアアアアアアアアッッ!!」
「え、ちょ、ミッテルト? いきなり抱き付かないで、きゃあ!」
「レイナーレ姉さまがそんな過去を持ってたなんて、ウチ全然知らなかったッス! そしてコカビエルのクソジジイ、ウチらのレイナーレ姉さまに何てことしてくれてやがんスか! ヤロウブッコロシテヤル!」
「み、ミッテルトあなた何言ってるの?」
「そうですよミッテルト」
「カラワーナ、あなたも何か言ってやって――」
「殺すと思った時には既に行動は終了しているモノですよ」
「あなたも何を言ってるの!?」
いつも通りの暴走っぷりに思わず頬が緩む。やっぱりこいつらはこれぐらいの馬鹿さ加減がちょうど良い。そう思っていると、ふとドーナシークが傍らに佇んでいた。
「先ほどの話、あれは本気か?」
「あっ?」
「本気で勝てると思っているのか? 相手は神話に名を馳せるほどの歴戦の戦士だぞ。それを相手に、おまえは本気なのか?」
ドーナシークは嘘を許さないと真剣に俺の目を見ながら告げる。だから俺も、その思いに応えるべ真剣に目を見返しながら告げる。
「別に、勝てる確証があるから戦うワケじゃない。勝たなきゃいけないから、勝つだけだ」
無理なのは承知の上だ。だけど引けない戦いというものがある。避けられない戦いがある。俺が逃げれば失いたくないモノが無くなってしまう。それを守るためなら、俺は何だって戦ってやる。そして勝つ。
その返答を訊いてドーナシークは何を気に入ったのか不敵な笑みを浮かべ、
「なら、私はリアス・グレモリーの相手をしよう」
「ドーナシーク!? あなた、何を言ってるの!?」
ふと、今まで話に入って居なかったレイナーレがこちらの話に食いついてきた。ドーナシークはそんな様子のレイナーレに苦笑しながら言う。
「仕方あるまい。信貴がコカビエルを討つとしても時間稼ぎが必要だろう。なら、こいつがそんな大役を任されているというのに私が何もしないワケにはいかんだろう」
「けど、リアス・グレモリーは上級悪魔なのよ! 戦うなら私が――!」
「それはいけませんよ、レイナーレ」
ポンとレイナーレの頭を優しく叩くカラワーナ。その貌にはやはり微笑が浮かんでいる。
「戦いには相性というものがあります。そして、リアス・グレモリーと戦う際にこの中で最も相性がいいのはドーナシークなんです。私の相性がいい相手は姫島朱乃ですがね。それに、これでも年長者なんですよ? 意地を張らせて下さい」
そう言って笑う。二人。それにつられるようにミッテルトも勢いよく挙手しながら宣言する。
「ならウチはあのクソ生意気そうな白髪チビッスね!」
「おお、チビ最強決定戦でもおっぱじめる気か?」
「誰がチビッスか馬鹿フリード!」
「いや、おまえしか居ねえだろ。ま、となるとオレはあの真面目そうな剣士君かな? 残るのはあの赤龍帝だけど……」
ふと、皆の視線がレイナーレに向かう。レイナーレは一度目を瞑ると、覚悟を決めた様子で再び目を開き、告げた。
「彼は私が相手をするわ」
「良いのかよ。別に休んだって誰も文句は言わねえぜ?」
「いいえ。これは私がしなきゃいけないことだし――それに、彼に尋ねたいこともあるから」
そう呟いてふと視線を地下に向ける。その視線の先はおそらくアーシアという少女なのだろう。まだ一度も逢ったことがないのでどういう人物なのかは知らないが、普段聞こえてくる騒動から良い子なのは知っている。
皆の覚悟を訊いて、ふと思う。今更なにを言っているんだと思われるかもしれないが、どうしても尋ねて置きたかった。
「なあ、一ついいか? おまえら、どうして俺がコカビエルを倒せると信じて疑わないんだ?」
「…………はあ?」
無論、倒すつもりだ。だがそれを信じるかどうかは別の話だろう。そう思って尋ねると、何やら物凄く馬鹿にしたような顔を全員にされた。
「まったく、なに言ってんスか信貴は」
やれやれと、皆の心境を代表するかのようにミッテルトが嘆息交じりに言う。
「そんなの、信じているからに決まってるじゃないッスか」
「……俺が『殺人貴』だからか?」
自分で言うのもあれだが、殺人貴という渾名は大分こちらの世界でも有名に成って来た名前だ。そんな自分だから倒せると信じているのかと問うと、今度は半目で嘆息された。何故だ。
「ホント、信貴は変なところで鈍感ッスね。こんなの普通考えなくても分かると思うんスけど」
「ま、それがこいつだからしょうがねえだろ」
「そうね」
「だな」
「ええ、全くです」
好き放題言われるが、俺には皆目見当が付かない。そんな俺の態度に腹が立ったのか、ミッテルトは俺に向かって指を突き立てると、ヤケクソ気味に告げた。
「だから、ウチらは殺人貴って輩は何も信じていねえッスけど、兵藤信貴っていう仲間なら信じられるって言ってんスよッ!!」
しばらく何を言われたのか理解出来なかった。少し経って内容を整理して、言われた事を吟味して、どういうことか理解して。
「…………」
「痛ぁっ! な、何でデコピンするんスかっ!?」
「五月蠅えよ」
照れ隠しにミッテルトの額にデコピンするが、フリード達はそれが何なのか理解しているのかニヤニヤしながらこちらを見て非常に鬱陶しい。あの顔面を殴りたい。
「じゃあよ、皆互いに何をすべきか分かったことだし、いっちょ固めの杯みたいなヤツやろうぜ。そういうノリは重要だろ?」
ヤクザかよというツッコミをしたいが、そういった誓いも悪くはないだろう。そう思っていると、何故か皆俺の方を見て待っている。
「……いや、こういうのは普通リーダーであるレイナーレがやるべきだろ」
「と、信貴は言ってるが?」
レイナーレの方を見る。すると彼女は頬を赤くしながらそっと視線を逸らし、
「えっと……その……出来れば、信貴にやってほしいかなって……」
「ほら、リーダー様のご決定だ。それとも民主主義に基づいて多数決でも取るか? オレはどっちでもいいけどよ」
「……なんでだよ」
理不尽な決定な気がするが、いちいち文句を言っていても仕方がない。腹を括って腕を上げると、それを見習って皆輪になって手を重ねる。この夜を切り抜けるために、ここで皆の心を一つにする。
「良いかおまえら。覚悟は出来てるんだろうな?」
「勿論」
「当然ッス!」
「当たり前ね」
「何を今さら」
「全くです」
俺の問いに皆笑みを浮かべながら即答する。だから俺も笑みを浮かべ、ここに誓う。
「俺達は一蓮托生だ。だから、誰か一人死ぬっていうのは無しだ。皆生きて明日を迎える。誰一人犠牲になるなんて許さない。そのために戦うぞ。戦って勝つぞ。勝って生きるんだ。だからこの戦いは巻き込んだんでも、巻き込まれたものでもない! 俺たち全員が望んだことだ!」
ゆえに、思い知らせてやろう。俺達を玩具と呼んだ愚か者に、俺達に誰一人役者不足な者などいないという事を。至高の役者であると思い知らせてやる。
俺達は、最高の仲間なのだということを。
「生きて明日を迎える――いいなッ!」
『了解ッ!!』
「誰一人欠けることなく、全員でだッ!!」
『当たり前ッ!!』
「行くぞおまえら――勝つぞォッ!!」
『オオォ――――!!』
掛け声と共に腕を振り上げ、皆魂に誓う。ここに、決して破れぬ誓いが成された。
第一部完!(嘘
次回からはイッセーsideですね。やっと戦闘シーンだ……!