ハイスクールD×D 無限の守護者   作:宇佐木時麻

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今更ながら信貴の能力を七夜+ランスロットにしたことを後悔してます、はい。ぶっちゃけ融合させた所為で物凄く書きずらくなってる。どちらかにしとけば良かった……!




彼女の『業』

「――私を、殺して」

 

 その一言を言うのにどれ程の勇気を振り絞っただろうか。口は渇き身体が震える。分かっていたはずなのに、いつかこうなると理解していたというのに恐怖を拭うことが出来ない。そんな臆病で無様な自分自身につい嗤ってしまう。

 

 聖堂は薄暗く、灯りとなるのは壁に付けられた蝋燭のみ。ゆらゆらと揺れる灯りに照らされて、入口に立っている少年の貌をぼんやりと浮かばせる。その貌に浮かぶのは驚愕の表情。

 

 ……本当に良く似ている。やはり兄弟だからなのだろう、その眼は私が殺した彼と本当にそっくりだ。どこまでも真っ直ぐで、思いやりが込められていて、私のようないつまでも迷っている半端な存在とは違う強い意志が秘められた眼。

 

 だからだろうか。他の誰でもなく彼を仲間に引き入れたのは。この眼に――殺されたいと、思ったからか。

 

「……いきなり何寝惚けたこと言ってんだよ。疲れてんだろ、今日はとっとと休めよ」

 

「――やっぱりね」

 

 貴方は何も訊かず殺してくれるほど優しくないから。ある意味残酷だから。それはこの短い期間だったけど共に過ごしたことで良く分かっている。殺人貴なんて物騒な渾名を持っているくせに、弟の敵である自分達と仲良く接してくれた。その理由が脅迫であれ何であれ、それでも仲間として接してくれたのだ。

 

 感謝してる、言葉では言い表せないほどに。だから本音を言えば、彼に言いたくはなかった。出来ればこんな毎日が永遠に続けばいいと思っていた。

 

 けれど、この世に永遠なんて存在しない。幻想はいつか終わりを告げる。楽しかった最高の日々は終わりを告げた。だから、せめて自分にとっての最善を守らないと。全てを救うことが出来ないなら、最も犠牲が少ない手段を選ぶしかない。

 

 ……仮に。その守りたかった場所に、自分自身が居なかったとしても。

 

「少し、私の昔話に付き合ってくれない?」

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 レイナーレ――いや、天野夕麻は魔術師の家系に生まれた娘だった。しかし、魔術師といっても表側の悪魔の魔力を利用した魔術師ではない。魔術師の裏側、世間から身を潜め、代々引き継がせていく家系――「根源」への到達を目指す魔術師だった。

 

 根源とは即ち始まりでありゼロであり、語弊を承知で有り体に言えば、「究極の知識」である。全ての始まりであるがゆえに、その結果である世界の全てを導き出せるもの。最初にして最後を記したもの。この一端の機能を指してアカシックレコードと呼んだりもする。

 

 根源を目指す魔術師と世間一般で語られる魔術師の違いは、素質の問題である。言い方は悪いが世間で言われている魔術師は誰でも慣れるものだ。たとえその才能に優劣が出ようとも、なろうと思えば誰でもなれるモノ、それが世間で知られている魔術師の定義である。

 

 ならば、根源を目指す魔術師とは如何なるモノか。簡単な話、彼らが魔術的行為を行う際に、無くてはならないモノが存在するからだ。

 

 それは魔術回路――魔術師が体内に持つ、魔術を扱うための擬似神経である。生命力を魔力に変換する為の「路」であり、基盤となる大魔術式に繋がる「路」でもある。これは誰にでも在る訳ではなく、これを持つ者だけが根源を目指す魔術師となれる素質を持つ。

 

 そして天野夕麻はそんな魔術師の家計で育った。父は居らず、母と姉の三人暮らし。毎日魔術を教わりながら、大変だが仲睦しく楽しい生活を送っていた。

 

 ――ある日、母が急死するまでは。

 

 理由は不明だった。それほど歳を取っている訳でもなく、過労死した訳でもない。ある朝、起きても出てこない母の様子を見に床に行くと、母が冷たくなっていた。本当に突然の出来事だった。

 

 流れるように葬式が行われ、姉はいつの間にか家を飛び出し、気が付けば独りぼっちになっていた。それでも天野夕麻は魔術師として生きていくと決めていた。この家を守っていこうと誓っていた。

 

 ――ある日、父の同僚と名乗る堕天使の男が現れるまでは。

 

 その男はいきなり現れ、お前は堕天使の娘なのだと、昨日死んだ父の代わりにお前を引き取りに来たなどと言い出した。当然、その要求には却下した。自分は魔術師の娘で、この家で生きていく。だから不要だと。

 

 そう天野夕麻が告げると、堕天使の男は屋敷の方を向き、

 

『――ならばこの屋敷がなければ良いのだな?』

 

 瞬間、屋敷は跡形もなく光の槍によって粉微塵と化した。

 

 まるで堕天使として生きる以外に在り得んと心底思っているように、寧ろ邪魔な足枷を壊してやったのだから感謝しろと言うように、堕天使の男は塵を払うように家を破壊した。

 

 懐かしい、数えきれないほどの大切な思い出が詰まった家を。

 

 そうして天野夕麻は魔術師として生きる場所を失い、父が与えたというレイナーレという名前を名乗り堕天使として生きていくことになった。

 

 堕天使の男はレイナーレに必要最低限の事を伝えると、姿を消した。だからレイナーレは誰の救いも求めることが出来ず、ただ我武者羅に努力するしかなかった。

 

 何故なら、自分は天野夕麻だから。レイナーレという名前には何の感慨も持てないが、天野夕麻として逃げる訳にはいかなかった。ここで逃げたら、今まで努力してきた天野夕麻という最後の誇りが消えてしまう。そうしたら、自分は二度と立てなくなってしまう。それが分かっていたからこそ、分け目も振らず走り続けた。

 

 そして、その努力が実り堕天使幹部の一人に好かれる事になる。レイナーレは堕天使幹部の推薦の元、最年少の中級堕天使への資格を手にする。

 

 しかし、それは他の堕天使にとって気に入らないことだった。

 

 人間とのハーフの分際で中級堕天使になる。あんな汚らわしい忌み子が自分の上官になるなど他の堕天使達には耐えられなかった。故に、彼らはレイナーレを貶めようと策を講じた。

 

 そんな事は露知らず、レイナーレは与えられた試験を淡々とこなしていく。そして最後の試験――教会の魔女と称される者から神器を回収する任務を受け、その者の元へと向かった。

 

 聖女と呼ばれていた者が魔女と糾弾されることは歴史上にでも存在する。ジャンヌダルク然り、奇跡とは理解されないからこそ意味がある。ならば魔女の呪術と何ら違いなど無い。在るのは教会にとって利益となるかならないか、ただその違いだけだろう。

 

 だからレイナーレもその魔女に同情はしたが所詮他人事だった。その者がどんなに不幸だとしても、優先順位というモノがこの世には存在する。幸福に成れる者には限りがあり、他者よりも自身を優先するのは当然のことだった。

 

『は、初めましてレイナーレ様。私はアーシア・アルジェントと言います!』

 

 ――彼女と出逢うまでは。

 

 アーシア・アルジェント。聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)の神器保持者であり、誰でも治癒できることから神の恩恵として聖女として祭り上げられていた少女。悪魔を癒したことで魔女と糾弾され教会を追放されてもなお、彼女は神への信仰を失っていなかった。

 

 神器を抜き取る儀式の準備が完了するまでの間、彼女が逃亡しないように監視していたレイナーレは必然的にアーシアと会話を交わす事が多くなった。黙って監視を続けいればいいだけの話だが、彼女の性分か気が付けば名前で呼び合うほど親密な関係となっていた。

 

 短い期間とは言え話をしている内にレイナーレは気づく。彼女は未だ神様とやらを信仰しているのだと。

 

 それがレイナーレには理解できなかった。人間が信じるのは見返りを求めるからだ。それが例え一方通行な信頼だとしても、利益がなければ人は生きていけない。等価交換こそが世界の真理だと信じていたレイナーレにとって、教会の身勝手で裏切られたアーシアが神様とやらを恨まない道理が分からなかった。

 

 だから尋ねた。なぜ貴女はまだ神様を信仰しているのかと。それにアーシアは微笑みを浮かべながら告げる。

 

『私は神様を恨んでません。だって、こうしてレイナーレ様と逢えたんですから』

 

 おそらく、彼女は自分が殺されるのだと分かっていたのだろう。神器を抜き取られた神器保持者は死ぬ。それを伝えてはいなかったが、彼女の浮かべる笑みは死期を悟った者が浮かべる儚い笑みだったからだ。しかしそれでも彼女は笑っていた。神様を、恨んでなどいなかった。

 

 それを見て、レイナーレはようやく理解した。――ああ、これが本物の聖女というものなのかと。

 

 神の力に司えているワケではなく、神の恩恵に群がっているワケではなく、神の存在に逃避しているワケではなく、神の概念に呪詛しているワケではなく。

 

 ただ、ただただ神に信仰している。純粋に無垢に神への祈りを捧げている。これこそが真の祈りなのだとレイナーレは生まれて初めて理解した。

 

 だから、彼女は人生最初の失態を侵す。敢えて態と失敗する事を選択した。

 

『アーシア。貴女はここから逃げなさい』

 

 これから待っているだろう輝かしい未来よりも、たった数ヶ月の付き合いしかない他人を優先する。これまで努力してきた自分のプライドよりも、優しい少女に生きて欲しかった。だからレイナーレはアーシアの神器を抜き取らず見逃し、神器の回収は失敗に終わった。

 

 こうして、レイナーレは中級堕天使の試験に失敗した。だが、一度崩壊を始めれば全て跡形もなく崩れ落ちるのが世界の真理だ。

 

『レイナーレ。君のしたことは我々の信頼に対する裏切りだ。その様な不正を行う者をここに置いておくワケにはいかん。君には失望したよ』

 

 レイナーレがアーシアを逃がすその一部始終を証拠として上司に報告されていた。伝えたのはレイナーレが中級堕天使になることを嫌う者達だろうが、そんなことは些細な事だ。肝心なのはレイナーレが不正を働いたという事。それが堕天使内に広まってしまったことだった。

 

 長寿する堕天使にとって一度でも汚名を被るようなことが在ればそれは死活問題だ。幹部なら兎も角下級堕天使でしかなく、繋がりがないレイナーレにとってそれは二度と幹部クラスへの進級は望めないことだろう。

 

 だから、レイナーレはもはや死ぬつもりだった。魔術師として生きる道を奪われ、堕天使として生きる道も閉ざされてしまった。生きる理由もなく、もはや死を待つだけ。

 

 しかし、

 

『レイナーレ姉さまが行くっていうなら、ウチは何処へだってお供するッス!』

 

『ええ、一緒に行きましょう、レイナーレ』

 

『ふん。さっさと行くぞレイナーレ』

 

 そんな彼女にっも、一緒に居てくれる者達がいた。ミッテルト、カラワーナ、ドーナシーク。彼らはレイナーレに付いて行かなければ幹部になれたかもしれなかったというのにも関わらず、彼らはレイナーレと一緒に要ることを選んだ。

 

 それが、レイナーレにとって何よりも嬉しかった。だからその時、誓ったのだ。例え自分がどうなろうと構わない。けれど、この子達は必ず守り抜こうと。そう、魂に誓ったのだ。

 

 そしてレイナーレ達はあるみすぼらしい街の教会に派遣されたが、そこは彼女が今まで過ごしてきた中で最も幸福な時間だった。生活は不便で苦労したが、大切な仲間と一緒にいられる。それが何よりを幸福だった。

 

『貴様がレイナーレか。俺は本日からおまえらの上司となるコカビエルだ。精々俺のために動け』

 

 ――ある日、あの男が現れるまでは。

 

 コカビエルと名乗った男は堕天使幹部の実力を持っていた。しかしだからこそ分からない。もし本当にあの聖書に乗るコカビエルなのだとしたら、なぜこんな辺境の地に来たのか。彼ほどの実力者ならば選りすぐりの堕天使を選べたはずだ。

 

 しかし、部下に選択権などない。上司が決められたのならば指示通りに動くしかないのだ。コカビエルは自分の部下の証ということでチョーカーを首に付けさせると、目的地へと拠点と移した。

 

 場所は――駒王町。魔王サーゼクス・ルシファーの妹が管理する土地として有名なところだった。

 

 それについて疑問は持ったが、流石に戦争を吹っ掛けるつもりはないだろうから問題ないと思い、レイナーレ達は拠点を移し終えた。そしてある晩、コカビエルからレイナーレに任務が与えられた。

 

『赤龍帝を宿した小僧を速やかに処分しろ』

 

 嘲笑を浮かべながら渡された資料に写るのは、まだ神器に目覚めていないごく普通の少年。家族がいて、友達がいて、平凡だが幸福な人生を送っているただの少年。それを殺せとコカビエルは言う。

 

 だが、レイナーレは正気を疑った。確かにまだ目覚めていない神器所持者を殺すことが任務であると知っていたが、ここは魔王の妹の管轄領土。そのような場所で堕天使が介入したという痕跡が残れば不可侵条約を破る事になる。この男は戦争を起こすつもりなのか。

 

 その問いにコカビエルは至極当然そうに、

 

『その通りだ』

 

 戦争を起こすつもりで来たのだと、あっけらかんと答えた。

 

 今度こそレイナーレは言葉を失った。そして憤怒が胸を焦がす。ふざけるな、貴様の気狂いに私達を付き合わせるな。そんなに戦争がしたければ一人で勝手にやれ。私達はただ平穏な日々を送りたいだけだ。そんな自殺に付き合わせるな。

 

 そもそもレイナーレは進級するつもりは無く、他の者達もそうだった。ただ一緒に居たい。それが叶わず自殺に付き合わされるくらいならはぐれにでもなる覚悟があった。だからコカビエルの命令を無視し、勝手にやってろと踵を返そうとして、

 

『俺の命令に逆らえば、おまえの可愛い部下達は死ぬぞ?』

 

 などと、ワケの分からないことをコカビエルは嘲笑の笑みを浮かべながら告げる。それを聞いて、思わず立ち止まってしまう。

 

 最初に出逢った時に渡された部下の証であるチョーカー。現在もレイナーレ達の頸に巻かれているそれは、爆弾なのだとコカビエルは言う。無理に外そうとしたり、自殺しようとすれば強制的に全員の爆弾が点火し十メートルに存在するモノは跡形もなく消し飛ばす品物らしい。そしてその操作はコカビエル自身でも行うことが出来、命令に背けば任意で爆発させるとコカビエルは嘲笑する。

 

 ワケが分からなかった。自慢げに首の術式とリンクしてあるのだろう左腕に刻まれた術式を眺めながら、レイナーレは茫然とした。嘘だと誰かに言って欲しかった。この男に、あの子たちの生命が握られている? なんて質の悪い冗談だろう。

 

 もう、レイナーレにはどうすることも出来なかった。堕天使として日が浅い彼女では術式を同時に解除するどころか一つも解除出来ず、無理の解こうとすればあの子達全員を死なせてしまう。そんなことは出来ない。そんなことは耐えきれない。

 

 あの子達に言うワケにもいかない。言えばきっとあの子達はコカビエルに逆らう。勝てないと分かっていても抗おうとするだろう。そうすれば、下級堕天使程度しかないあの子達など一瞬で消されてしまう。それだけは絶対に阻止しなければならない。

 

 故に、レイナーレはコカビエルの奴隷になるしかなかった。だからコカビエルの趣味の悪い「惚れた女として接触しろ。精々一夜の夢でも見せてやれ」という訳の分からない命令にも従うしかなかった。

 

『付き合って下さい』

 

 人間だった頃の名前を名乗り、夕焼けの公園で仮面の笑みを浮かべながら目的の少年に告白する。ああ、なんてなんて――気持ち悪い。反吐が出る。それを監視して哄笑しているコカビエルよりも、こんなことをしている自分自身に怖気が奔る。殺そうとしている相手に笑みを浮かべて弄ぼうとしている自分が何より許せない。

 

 ここで彼が断わってくれればまだ耐えられた。残念だけど、あの子達とは比べられないのだから、仕方ないとまだ割り切ることが出来た。

 

 なのに、

 

『夕麻ちゃん』

 

 彼は名前しか知らず、殺そうとしている相手にすら優しい笑顔を浮かべて接してくれた。少しでも楽しませようと必死に心遣いしているのが感じ取れた。だからこそ、胸が張り裂けそうになる。ワケも分からず叫び出したくなってしまう。

 

 やめて見ないで訊かないで。私はそんな人間じゃない貴方を殺そうとしてだからどうかそんな信じ切った目で私を見ないで何も聞かないで話させないで殺したくないだけど殺さなきゃあの子達がだけどだけどだけど――――!!

 

 我慢の限界が爆発した。その時二人っきりだったのは奇跡と言っても過言ではないだろう。レイナーレは暴走し、彼女にとって禁忌――忘却の魔術を暴走気味に発動させた。

 

 忘れろ――私に関する全ての記憶を忘れろ――――!

 

 まるで子供の癇癪のように。レイナーレは感情を剥き出しにして記憶を奪い、そのまま何かから逃げるように彼の心臓を光の槍で貫いた。

 

『…………ぁ』

 

 レイナーレが冷静さを取り戻したのは、頬に伝わる水の感触だった。頭上から降って来る雨の滴。それに頭を冷やされ――目前で、胸から血を流す彼の姿を見た。

 

 それはレイナーレにとって初めて“人”を殺した経験だった。

 

 化物の姿をした者達なら何度か葬ってきた経験があった。しかし人間を、それも何の罪もない人間を殺したのは今回が初めてだった。初めてだから、この胸に蹲る感情が何なのか理解できない。

 

『……なさい、ごめん……い……ッ!!』

 

 その懺悔は誰に向けられたモノだったのか。初めての事だから良く分からず、視界がぼやけていくのが雨なのか涙なのかすら分からない。ただ分かることは一つだけ。

 

 もう自分は後戻りできないのだと、この瞬間はっきしと自覚した。

 

 それでもレイナーレは大切な仲間達を死なせないために様々な策を講じた。悪魔に目を付けられないよう行動を控えさせて、もし戦闘になった際に戦えるように今まで稼いできた貯金を使い個人ではぐれ神父を雇い、雇ったはぐれ神父であるフリードから協力者と成り得る人材を確保したりと、出来る限りの事はしたつもりだった。

 

 それでも、運命は彼女を嘲るように反転する。しばらく経った後、今まで連絡が付かなかったコカビエルから一通の連絡が届いた。

 

『近々神器遣いをそちらに送る。丁重に歓迎しろ』

 

 初めは戦力増加だと思った。コカビエルが彼の地でいったい何をしでかすかはまだ教えられていないので、レイナーレには彼が何を企んでいるのか皆目見当に付かなかった。それでも、部下の生命を握られている以上命令に従うしかない。ゆえに、

 

『――――はい! お久しぶりです、レイナーレ様!』

 

 送られてきた少女がアーシアだと知った時、レイナーレは烈しく神という存在を憎悪した。逢えたことは嬉しい、当然だ。別れた際には行方が分からず無事なのかも見当が付かなかったのだから。しかしこの状況で呼ばれるなど、嫌な予感しかしない。

 

 だからこそ、尋ねずにはいられなかった。皆を教会から追い出し、コカビエルを呼び出し二人っきりとなった状態で彼に問い掛ける。

 

 ――――いったい、貴方は何を企んでいるのかと。

 

 その問いに、コカビエルは嘲笑の笑みを浮かべながら告げる。

 

『なに、ちょっとした余興にすぎんさ』

 

 それは、あまりに陳腐な悲劇。赤龍帝を目覚めさせるために行われる三文オペラ。聖女に恋した赤龍帝を宿し悪魔が悪の堕天使から救い出す歌劇。幼稚で王道で、役者の都合など一切考えていない愚作。それを行うつもりなのだとコカビエルは言う。

 

 それを訊いてレイナーレの胸に浮かんだのは絶望だった。この男は本気だ。そんな夢物語な歌劇を本気で開こうとしている。その結果などはどうでもよく、ただその過程を愉しむことしか考えていない。

 

 兵藤一誠がアーシアに恋しようがいまいが、堕天使達が悪魔達に殺されようが、赤龍帝が覚醒しまいが、コカビエルにとってそんな有象無象の事など眼中に留めていない。コカビエルにとって、これは先ほど述べたように余興に過ぎないのだ。

 

 あの大戦を再び勃発させるための余興。そのためだけにレイナーレ達の命を食い潰せとコカビエルは言っている。

 

 もう、レイナーレにはどうすることも出来なかった。主が望んでいるのは戦争だ。そうなった以上、拒否権を持っていないレイナーレ達にはどうすることも出来やしない。たとえ敵を滅ぼし生き残ったとしても、魔王の妹を殺したという戦争を勃発させた諸悪の根源として世界から狙われるのは避けられないだろう。そうなれば下級堕天使程度しか実力のない自分達が生き残る術はない。

 

 ふと、レイナーレはコカビエルに問うた。絶望に心が圧し折れそうになる中、憤怒すら込み上げて来なく、ただ絶望に打ちのめされたまま静かに問う。

 

 ――貴方にとって、我々の命はなんなのだと。

 

 それに対し、コカビエルは子供が玩具で弄んでいる時のような笑みを浮かべ、

 

『無論、俺を愉しませるための玩具に過ぎん。むしろ光栄に思え、その無価値で無意味だった貴様等の生に誇り高き名誉が与えられるのだからな。我ら堕天使の栄光ある未来のための礎に成れるのだ。これほど喜ばしい名誉はあるまい』

 

 堕天使の為に死ね。俺様を飛翔させるための礎と成れ。コカビエルは狂喜に促されながら哄笑する。それは、レイナーレにとって覆しようもない死刑宣告だった。

 

 もう、自分達が生き残る術はない。あるとすれば――

 

『冥土の土産だ。最後の手土産として、貴様に面白いことを教えてやろう。貴様等に付けた爆弾には、二つ解除方がある。一つは俺が任意で術式を解除すること。もう一つは――』

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「……もう一つは、あの子達三人が死ねば私の爆弾は解除され、私一人が死ねばあの子達三人の爆発が解除されるというものよ」

 

 自分の声がやけに遠く感じる。それほどまでに聖堂は静まり返っていた。喉が枯れているのは今まで長々と語っていた所為だけじゃない。自分がこれからしようとしている事に私自身が怯えている。

 

「…………」

 

 信貴は何も語ろうとしない。それは私の話を真偽しているからなのか、出来れば同情はしてほしくないなと思う。同情など求めちゃいない。誰かに慰められたくてこんな話をしたのではないのだから。

 

 それが彼なら尚更。意地を張りたいと思える相手だから、彼とは真正面から向き合いたいと思うから。

 

「ねえ信貴、あなたは初めて逢った日の事を覚えてる? あの日、私が何を言ったか」

 

 初めて出逢った時。私は彼に依頼を受ける報酬として私の全てを差し出した。それしか私に払えるモノが無かったから。私にとってかけがえのない大切なモノは、あの子達だから。

 

 そのために何の関係もない、ただ神器に選ばれただけの少年を殺した。

 

 そのために何の罪もない、優しい真の聖女を犠牲にしようとしていた。

 

 あの子達が私の全て。あの子達を守れるなら――この生命、捧げても構わない。

 

「私には私の目的がある。――あの子達を、絶対に守り抜くという誓いがある。だからそれを守るためならなんだってする。たとえこの生命を捧げることになっても、私はあの子達を助けるって誓ったのよ」

 

 だから――

 

「――――私を、殺して」

 

 死ぬのは怖い。だけど、それ以上にあの子達を失うのが怖い。きっと彼らを失えば私は耐えられない。もう何も出来なくなる。あの子達がいたからここまで来れた。だからこれは、私の最後の意地。コカビエルの思惑通りにはさせないという最後の叛逆。

 

 でも、せめて死に場所ぐらいは選ばせて欲しい。自殺は出来ない。フリードは頼んでも拒否するだろう、彼は天邪鬼だから。だから消極的に信貴しかいないが、これはそう云った理由で決めたのではない。

 

 彼が良いと思ったから。彼になら、殺されてもいいかなって思っちゃったから。その眼に、殺されたいと思ったから。

 

「――――ふざけんなよ、レイナーレ」

 

 しかし、そんな私の覚悟に憤怒するように、怒気を含んだ声で信貴は告げた。




久しぶりの更新。バレてない、バレてない…!
今話は賛否両論が激しくなりそう。そしてようやく型月世界観を解説できるキャラが登場した。そう、彼女こそがこの作品がクロスオーバーだと決定付けるヒロイン! 無限の龍神? 奴は犠牲となったのだ……。(ピンポーン)ん? いったい誰だ?

ガチャ。『我こそが真のメインヒロイン。フリン、駄目、絶対』

お、おまえはオー(チュピーン)

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