ハイスクールD×D 無限の守護者   作:宇佐木時麻

3 / 47
 とりあえず一言。



 おまえのような小学生がいるかああああああああああァァァァッ!!




幼馴染

「────ん」

 

 朝。夏の心地良い風が窓から入り込むのを感じて意識は目覚めた。

 

 夏真っ盛りなこの時期。寝間着は汗が染み込み、少し不愉快な気持ちになる。今日もどうせ紫藤が朝から遊びに来るだろうし、シャワーでも浴びてスッキリしよう。

 

 そう思い、俺は起き上がろうと手を動かして、

 

「…………ぁんっ」

 

 何か、柔らかな感触と妙な声が聞こえてきた。

 

「…………」

 

 ゆっくりと、触れているモノに視線を向ける。そこには何か、本来俺のベットに横たわっているはずのない奇妙な物体が存在していた。

 

「…………ぅん」

 

 しかも何だか気持ちよさそうにむにゃむにゃと寝息を立てた状態で。

 

「…………」

 

 ひとまず瞼を閉じ、深呼吸する。そして眉間の皺をほぐして、もう一度見る。

 

「…………シ、キ」

 

「────」

 

 …………ああ、疲れてんだな、俺。

 

 昨日は一世一代の告白だったし、きっと精神的に疲れているのだろう。幻覚にしては随分とリアルだったし、幻聴も聞こえた気がしたが気のせいだろう。そうに決まってる。でなければ説明できない。

 

 こういう時はあれだ、眠るに限る。こういうたちの悪い幻覚は二度寝すればおそらく消えるだろう。

 

 そうと決まれば、お休み。

 

「…………」

 

 そう思い眼を閉じたのだが……その、この幻覚、抱きついてきてないかこれ?

 

 俺が確認するために瞼を開くと、それとほぼ同じタイミングで幻覚も目を開いた。

 

 距離五センチという目と鼻の先で。

 

「…………」

 

「…………」

 

 見詰め合うこと、数秒。

 

 大きな瞳が静かに俺の顔を覗き込んでいる。その無表情な瞳からは何の感情も読み取ることができない。

 

 そして、小さな口が開いた。

 

 

「シキ、おはよう」

 

「…………ああ、おはよう」

 

 うん、まあ、挨拶は大切だよね。

 

 幻覚────という現実逃避はそろそろ限界だろう。これは正真正銘現実なのだから。

 

「…………オーフィス?」

 

「なに」

 

無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』オーフィス。世界最強の存在が俺のベットに横たわっていた。

 

「え、いや、は?」

 

 まったく訳が分からない。一体全体何がどうしてこうなった。

 

「シキ、我の居場所になると言った。だから我、シキのところ来た」

 

「…………」

 

 いや、言ったけど。確かにそう言ったけど。だけどこの展開は普通予想できないじゃん?

 

 それに。

 

「…………なんで裸なんだよ」

 

 何を考えてやがるのかこの少女、布団の下はスッポンポンなのである。おかげで先程から布団の隙間から見える雪のような白い肌を見ないようにするため必死だ。

 

「我、シキと一緒にお風呂に入って気付いた」

 

 俺の疑問にオーフィスは堂々としながら応える。

 

「眠るとき、服を脱いだ方が気持ちいい」

 

「…………」

 

 ああ、そうなんだ。それは一度も服を脱がなかったら分からないよな。

 

 一瞬、オーフィスが露出狂に目覚めたのかと思った。いや、普段の格好からそんな気もしたが、他人には見せないように注意した方がいいだろう。

 

 それと一つ、ふと気付いた。

 

「ああ、そういえばもう一人で脱げるようになったのか」

 

 いや、この場合は服を構成している魔力だけ消せるようになったと言うべきか。どちらにしろオーフィスも少しずつ学習しているのだろう。それが何だか親離れしていく子供のように感じて、少し悲しくなる。

 

「シキ?」

 

「ん? あ、いや悪い。そんなジロジロ見られたら恥ずかしいよな」

 

 そんなつもりは無いが、誰だって自分の裸をずっとみられもすれば少し嫌な気分になるだろう。

 

 オーフィスは少し首を傾げ、自分の身体を見て、それから納得したように告げた。

 

「シキ、もしかして我の服、脱がせたかった?」

 

「ゴフゴホゴパッ!?」

 

 むせた。それも盛大に。

 

 何故かオーフィスの中では俺が変態になっていた。弁解しようと口を開くが、

 

「少し、寒い」

 

 その前にオーフィスが抱きついてきた。

 

 いや、そりゃ全裸なんだから寒いと思うけど俺だって男なんだから反応に困るとか、抱きつきながら身体を擦りつけてくるなとか、恥じらいはないのかよおまえとか、様々な思惑が頭の中をぐるぐると回っていく。

 

 だけど。

 

「シキ、あったかい」

 

「…………」

 

 ああもう、なんて言うか──反則だ。

 

 そんな嬉しそうに言われたら黙るしかない。それに彼女は今まで触れ合うという行為をしたことが無かったら存在だ。彼女にとって誰かと触れ合うことはとても素晴らしいことなのだろう。

 

「シキの身体、気持ちいい」

 

「その発言はいろいろと危険だから止めろ」

 

 とりあえず、もう少しぐらいは…………

 

「…………ほら、これで寒くないだろ」

 

「うん、シキの身体、あったかくて気持ちいい」

 

「…………だからそういう発言は止めろっての」

 

 オーフィスのご要望に応えてそっと抱きしめる。身体が更に密着した。

 

 少しだけ恥ずかしい気持ちはあるが、彼女が喜んでくれるのなら良しとしよう。

 

 つかの間の静寂。そして、オーフィスはふと気付いたように口を開いた。

 

「シキも脱ぐ」

 

「…………」

 

 …………は?

 

 一瞬、オーフィスが何と言ったのかまったく理解できなかった。自分の耳がおかしくなったのかと思った。

 

 呆然としていると、オーフィスがぺたぺたと俺の胸に手を這わしながら寝間着のボタンを上から外していく。ってちょっと待ておい。

 

「脱いだ方が気持ちいい。だからシキ、脱ぐ。そうしたらもっとあったかくて気持ちよくなる」

 

 オーフィスはおそらく善意で言っているのだろう。だが待ってほしい。ただでさえオーフィスが全裸だというのに、ここで俺まで全裸になって抱き合うとしよう。

 

 …………うん、アウトすぎるだろ。いろいろと。

 

 そういう訳で、俺が越えてはならないモラルなどを守るためにオーフィスとどったんばったん取っ組み合いをしていると、

 

『イッセーくーん! 信貴くーん! 遊びに来たよーッ!』

 

 開いた窓から聞き慣れた少女の声が聞こえてきた。

 

「…………って、ちょっと待て」

 

 時計を見る。時刻は八時過ぎを指しており、紫藤の奴が遊びに来る時間帯だった。

 

 なるほど、今の声は紫藤のものか。だから一階からドタバタと誰かが上がって来ている足音がするワケか。あのお節介な幼馴染のことだからきっと親切心で起こしにやってきてくれたのだろう。

 

 だが、今回ばかりは洒落になってねえ。

 

「おい、オーフィス。頼むから少し退いて────って何でズボンまで下ろそうとしてんの!?」

 

「ん、シキ、脱ぐ」

 

 こっちは緊急事態で焦っているというのに、オーフィスはいつもと同じように無表情で上着を脱がし、ズボンを下ろそうと力を込めてくる。

 

 横の部屋から「イッセーくん、起っきてー!」「そげぶっ!?」と、おそらく紫藤のジャンピングボディーブローが炸裂した音が聞こえてきた。もはや猶予はほとんど残されていない。

 

 とりあえず、オーフィスを拘束して服を脱がそうとするのを止めて、何処かに隠れてもらわなければならない。

 

 間に合うか? いや、俺ならきっと出来る────!

 

「オーフィス、済まん!」

 

「? シキ?」

 

 今までズボンを押さえていた手を離し、身体を捻ることで大勢を逆転させる。その際にズボンが半分ほど脱げてしまったがこの際仕方ない。キョトン、とした顔でオーフィスがこちらを見上げている隙に上から覆い被さり、両腕を掴んで動きを封じる。

 

 よし、次は…………!

 

 と、その時。

 

「信貴くん! おは────」

 

 バタン! と勢いよく扉は開かれ、大魔神が突入してきた。

 

「────ふぉあ」

 

 …………どうやら新しい奇声のバリエーションを開拓したらしい。

 

「あ、あ、あ、あ…………」

 

 とりあえず、この状況を客観的に整理しよう。

 

 上半身裸でズボン半脱ぎ、パンツ丸見えの状態で覆い被さっている俺と、身体を拘束されて、襲われているように見える素っ裸の黒髪美少女。そして奇妙な奇声を出している紫藤、ゲロをぶちまけているイッセー。

 

 はい、理解不能。

 

 以降説明不要。

 

「ちょなにasbじょhdjvきktopzdふぉklp────ッ!!」

 

 いや、何言ってんのかさっぱり分かんねーよ。

 

「シキ、あと少しで脱げる」

 

 オーフィス、君はいい加減にその掴んでいるパンツを放しなさい。

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 ────で。

 

「…………それで、何か弁論はある、信貴くん?」

 

「だから、違うって言ってんだろ」

 

 リビングのテーブルに置かれた朝食を食べながら、紫藤は俺を静かに睨んできた。

 

 ちなみに父親は既に外出しており、母親は台所で食器を洗っているので、現在ここで食事しているのは俺、紫藤、イッセー、オーフィスの四人である。

 

「違うって何!? あ、あ、あんな格好で見ず知らずの女の子に襲いかかって、無理やり服を脱がしておいて、何が違うって言うの!?」

 

「…………(もぐもぐ)」

 

 一方、指差しされている紫藤曰く見ず知らずの少女、オーフィスはごく自然に俺の横に座って朝食を食べていた。ちなみに服は既に魔力で編んでいるため、今はしっかり服を着ている。

 

「なー、イリナ」

 

「む…………。なに、イッセーくん」

 

 するとそこへ、イッセーが紫藤に話し掛けた。

 

「その子はオーフィスって言ってな。信貴の友達って言ってたから見ず知らずじゃないと思うぞ?」

 

「へー、そうだったんだー。…………って、尚更悪いわ────!」

 

「おい、食事中にいきなり立ち上がるな。行儀悪いだろ」

 

「じゃあ何? 信貴くんは数少ない友達に襲いかかったの? 君は発情期の犬や猫なの? バカなの? 死ぬの?」

 

「…………おい」

 

 おまえもか。おまえも俺が友達少ないと言うんだな。

 

 というか。

 

「ちょっとは落ち着け、エロガキ」

 

「エ、エロ────ッ!?」

 

 一瞬で顔が真っ赤になり、口をパクパク開いてる紫藤。女の子は早熟だと聞くし、何処かでそういう知識を知ったのだろう。すこし早熟すぎる気もするが。

 

「え、エロって何のことかな信貴くん!」

 

「じゃあ逆に聞くけど、紫藤は俺たちがなにをしてると思ったんだ?」

 

「う…………そ、それは」

 

 顔を赤くしたまま俯く紫藤。指で髪を弄ったり、視線を彼方此方に向けたり、口をゴニョゴニョ動かしている。

 

「…………言えないことなんだな」

 

「し、信貴くんのエッチ! 女の子にそんなこと言わせるなんて、ムッツリ大魔神!」

 

「おいこら待ちやがれ」

 

 なに人に不名誉なあだ名を付けようとしてやがる。

 

 すると、くいくいっとオーフィスが袖の服を引っ張ってきた。そちらを向くと、オーフィスは普段通りの無表情で、

 

「シキ、ムッツリ大魔神? それが未知なるモノの正体?」

 

「違うッ!!」

 

 全力で否定。そんなふざけた正体であってたまるか。

 

「あーもう! 面倒臭え。あれはオーフィスが寝ぼけて服を脱がそうとしてきたのを止めていただけで、やましい事は何一つしてねえよ」

 

「…………本当に?」

 

「本当だって。そこまで疑うなら本人に直接聞けばいい話だろうが」

 

 やれやれと溜息を吐く。紫藤もそうすればいいかと判断したのか、オーフィスに尋ねた。

 

「ねえ、オーフィスちゃん。本当に信貴くんに変なことされてない?」

 

「…………?」

 

 食事を止めて、キョトンと首を傾げる。問いの意味が分からなかったのか、俺の方に視線を向けてくる。

 

「別に、オーフィスが思った事を言えばいい」

 

「…………分かった」

 

 こくんと頷き、紫藤の方へ向き直る。そして、小さな口を開いた。

 

「我、シキにとって初めての友達。我も初めての友達。だからあれ、我々のコミュニケーション」

 

「────あ゙ぁ?」

 

 ────空気が、凍った。

 

 リビングに緊迫した雰囲気が漂う。気のせいか、周囲の温度が数度下がった気がする。イッセーはガタガタ震え出し、オーフィスは自分が何か変なことを言ったのかと不思議そうな顔をしている。

 

 そして、おそらくこの現象の元凶。紫藤は俯きながらただならない気配を纏っていた。

 

「しーきーくーんー?」

 

 それは、地獄の亡者のような声。

 

「どーゆーことかなー? 信貴くんの初めての友達は私だよねー? どーしてオーフィスちゃんが初めての友達扱いなのかなー? じゃあ私は何なのかなー?」

 

「…………」

 

 本当に面倒臭いなこいつは。

 

 思わず溜息を吐きたくなる。おそらく紫藤は自分が友達だと思われていないのではないかという不安を隠すためにワザと怒ったふりをしているのだろう。長い付き合いだし、俺も子供ではないからそのくらい分かる。

 

 だが、ここで幼馴染という特別なポジション扱いしている事を伝えるのは何故か無性に腹が立つ。

 

 なので。

 

「ほら」

 

「…………なに、それ」

 

「なにって、ハンバーグだけど。好きだろ? これ」

 

 朝食のおかずにあったハンバーグを一口サイズに切り、フォークに刺して紫藤に向ける。

 

「これやるから機嫌直せって。な?」

 

「…………私、食べ物で吊られるほど安い女じゃないよ」

 

 そう呟きつつも、視線は目前のハンバーグを捉えて離さない。

 

「イリナいらないのか? じゃあ俺が────」

 

「フンッ!」

 

「ぐぼぉっ!?」

 

 空気を読めず身を乗り出そうとしたイッセーに紫藤の容赦ない裏拳が鳩尾に炸裂した。

 

 崩れ落ちるイッセー。…………哀れ。

 

「…………まあ、本当は全然許してないけど、しょーがないからそれで勘弁してあげる。だけど本当は許してないんだからね! 勘違いしないでよね!」

 

「はいはい」

 

 何処のツンデレだ、というツッコミを抑えて苦笑する。そして、口を開いて待ち構えている紫藤の口へハンバーグを入れようとして、

 

「(パクッ)」

 

「「あ」」

 

「…………ぐ、ふぅっ」

 

 横から割り込んできたオーフィスに食べられた。

 

 一同、静寂。聞こえてくるのはイッセーの苦悶の声だけ。

 

 何とも言えない雰囲気の中、紫藤は肩を震わせながらゆっくりと言った。

 

「…………あの、オーフィスちゃん? どうして今、横取りしたのかなー?」

 

 顔は笑っているのに、目が笑っていない紫藤。一方、オーフィスは不思議そうに首を傾げた。

 

「イリナ、シキから出されたモノを食べるの躊躇ってた。だからイリナ、これが嫌いなのだと判断した。だから我が代わりに食べた。何か変だった?」

 

「…………」

 

 うん、まあ、確かに今の様子を客観的に見ればそう見えるかもしれない。けれどオーフィス、女心というのはいろいろと複雑なんだよ、たぶん。男の俺が言うのもあれだけど。

 

「フ、フフフフ…………!」

 

「し、紫藤…………?」

 

 唐突に紫藤が不気味に笑い出した。俯いて顔が見えないため、その不気味さはなおさら増している。

 

 そして。

 

 

 

「────勝負だよ、オーフィスちゃん!!」

 

 

 

 そんな、訳の分からない事を言い出した。

 

「…………は?」

 

「…………?」

 

「ご、ごふ…………っ!」

 

 こうして、気がついたらオーフィスと紫藤のガチンコバトルが幕を上げようとしていた────

 

 …………それから、イッセー。おまえはいつまで咳き込んでいるんだ。

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

「まず初めは水切りで勝負だよ!」

 

「おーっ!」

 

「…………おー?」

 

「…………」

 

 場所は変わって川辺付近。手に平べったい丸い石を持ちながら、高らかに宣言する紫藤。場の空気を盛り上げるために相槌を打つイッセーとそれを真似するオーフィス。そして早くも頭痛がしてきた俺。

 

 どういう状況だ、これ。

 

「…………なあ、紫藤。まずって事は他にもやんの?」

 

「当ったり前だよ信貴くん! 新参者の分際で、ひょっと横からかっ攫う? 上等だ、やってやんよ、今まで積み上げてきたフラグをスルーだなんて私は認めない! 真の信貴くんのファーストフレンドが誰なのか、教えてあげる! そしてハンバーグの怨みを思い知れ…………!」

 

「いや最後のが一番の理由だろおまえ」

 

 食べ物でそこまで怒れるか、普通? と首を傾げていると、くいくいっとオーフィスが袖を引いてきた。

 

「ん、どうしたオーフィス?」

 

「水切りって、何?」

 

「あー、そこからか…………」

 

 オーフィスは水切りを知らなかった。当然と言えば当然だろう、生まれながら既に孤独だった彼女が、そんな遊びを知っているとは思えない。

 

 さて、どうしたものかと悩んでいると、

 

「なに? オーフィスちゃん水切り知らないの?」

 

 ふと、様子を窺っていた紫藤が声を掛けてきた。

 

「うーん、じゃあ私が先にやるから、オーフィスちゃんは良く見ててね?」

 

 紫藤はそう告げると川の近くに寄り、腰を下げて構えてみせる。その姿を見て、オーフィスはぽつりと尋ねた。

 

「…………いいの?」

 

「うん? 何が?」

 

「我、やり方知らない。イリナ、教えなければ勝つ。なのにどうして教える?」

 

「チッチッチッ。分かってないなぁ、オーフィスちゃんは」

 

 顔だけ振り返り、不適に笑う。思わずカッコいいと見惚れてしまうような笑顔。

 

「────全力を出した相手に勝つからこそ、嬉しいって思えるんだよ」

 

「────」

 

 その応えに息を呑むオーフィス。俺も思わず苦笑してしまった。

 

 ああ、だからおまえは男呼ばわりされるんだよ。────カッコ良すぎんだよ、まったく。

 

「いっくよーーっ!!」

 

 元気な声をあげ、屈んだ体勢から腕を一気に振り抜く。後ろから前へ、サイドスローで振られ、手に収まった小石は勢いよく飛び出し、唸りをあげながら回転して宙を切る。いや、それだけではない。地面と平行に飛ぶ小石は重力に負けて水面に着地するが、それで沈むことなく再度空へ跳ねた。

 

 一回、二回、三回────

 

 水面を跳ねる小石。川に波紋が広がり、前へ前へと跳んでいく。

 

 だが、それもいつまでも続く訳ではない。五回目の水面の着地の時、小石は再び跳び上がることなく川の底へ沈んでいった。

 

「おおっ! 五回って新記録じゃんイリナ!!」

 

「アイ、アム、ウイナァーッ!」

 

 騒ぐイッセーと紫藤。オーフィスは先程の紫藤の様子を見て、水切りがどういうものなのか把握したらしい。こちらを覗き込んでくる眸はやっても良いのかと確認しているように見えた。

 

 なら、この場で言うことは一つしかないだろう。

 

「オーフィスがやりたいようにやればいいさ」

 

「ん、わかった」

 

 オーフィスの頭を撫でながら言うと、オーフィスは紫藤達の方へ近付いていった。イッセーはオーフィスに平べったい丸い石を渡し、紫藤はオーフィスに対し挑戦的な笑みを浮かべている。

 

「これが私の全力だよ、オーフィスちゃん。だから、」

 

「今度は我が全力を出す番」

 

 紫藤の視線に対し、オーフィスは真正面から見つめ返す。しばらく見つめ合った後、分かっているなら良し! と紫藤は満面の笑みを浮かべて笑った。

 

「…………そういえば」

 

 そこで、ふと思った。

 

 オーフィスが誰かと勝負するのは、これが初めてなんじゃないか、と。

 

 最強の存在であるオーフィス。そのような存在である彼女がしてきた事は闘いだけだった。殺すか、殺されるか。だからこそ、このようなただ勝敗を、決める勝負をするのは初めてだろう。

 

 なら。

 

「頑張れよ、オーフィス」

 

 オーフィスだけ応援するのは紫藤に悪い気もするが今日は許してほしい。最初の勝負なのだから勝ってほしいと思うし、それに彼女を応援するのは自分ぐらいなものだろうし。

 

「…………」

 

 オーフィスは川の側に立つと、紫藤と同じように構えた。姿勢は不安定だが、一生懸命なのが気迫で伝わってくる。

 

「これが我の、全力…………!」

 

 そして腕は一気に振り抜かれ────

 

「…………うん?」

 

 そこで、ふと気付いた。

 

 オーフィスの全力。

 

 無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)の全力。

 

 最強の全力投擲。

 

 それって…………ヤバくね?

 

「オーフィス、待────ッ!?」

 

 急いで止めようとするが、しかし遅すぎた。小石が川に向かって放たれる。

 

 

 

 第三宇宙速度に匹敵する速度で。

 

 

 

 瞬間、川が爆発した。隕石でも降ってきたような衝撃。川は割れ、水柱は高く立ちのぼり、周囲を水しぶきが撒き散らす。

 

 天災のような光景。降り注ぐ水を全身に浴びながら、オーフィスは振り切った姿勢で固まっている。やがて、川が元の姿を取り戻す程度の時間が経過した後、オーフィスはそっとこちらに振り返った。

 

 そして、一言。

 

「…………我、一回しか出来なかった」

 

「いやいやいやそーじゃねえだろおい!? おまえ何してんのッ!?」

 

 若干シュンと落ち込んだように聞こえるオーフィスの声に思わずツッコむ。

 

「イリナ、全力で来いと言った。だから我、全力で投げた」

 

「それは勝負に全力で挑めって意味で全力で投げろとは言ってねえ!!」

 

 何故か少し胸を張って堂々と告げてくるオーフィス。というか、こんな光景見せられたらあいつ等も怯えてしまうんじゃないだろうか────?

 

「フッ。この勝負は私の勝ちだね、オーフィスちゃん!」

 

「うおおおお! オーフィス凄ぇっ!!」

 

「…………」

 

 訂正。全然怯えていなかった。紫藤は勝ち誇った顔をしているし、イッセーはむしろ先程の光景に感動していた。

 

 まあ、何というか。

 

「…………むしろおまえらの方が凄いよ」

 

 その脳天気な所はもはや尊敬するほどである。俺は深々と溜息を吐くのであった。

 

「次、我が勝つ」

 

「フッ。このキングイリナ、誰からの挑戦を受けるよ!」

 

「二人とも、頑張れーっ!」

 

「やれやれ…………」

 

 火花を散らすオーフィスと紫藤。二人を応援するイッセー。そんな彼らを眺めながら、ふと思う。

 

 もしかして紫藤はオーフィスと仲良くなるために勝負を挑んだのではないだろうか、と。

 

 本当は怒っておらず、ただオーフィスと遊ぶために勝負しているとすれば?

 

 だとしたら…………

 

「いつも悪いな、紫藤」

 

「ん? なんか言った信貴くん」

 

「いや、別に何でもねえよ」

 

 おまえのそういう所には、いつも感謝してるよ。

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 そうして。

 

「十四戦中七勝七敗…………引き分けかーっ!」

 

「決着つかなかった、残念」

 

「二人とも凄い激戦だったぜ!」

 

「お疲れさん」

 

 黄昏の時間。夕焼けに染まった空の下、とある公園に四人はいた。イリナは地面に寝転がり、オーフィスは地面に座り込み、イッセーと信貴は労いの言葉を掛けながら買ってきた飲み物を二人に渡した。

 

「ん、ありがとー。やっぱり運動したあとはスポーツドリンクだよね!」

 

「シキ、ありがとう」

 

「いや、気にするな。それに礼ならイッセーにも言ってやれ」

 

「そうだぞ、俺もちゃんと買ってきたんだからな!」

 

「えー、どうせ信貴くんに私たちの分を買わせて、自分は好きなジュースを買ったんでしょ?」

 

「な、なんで分かったんだ!?」

 

「うわ、鎌をかけただけだったんだけど、本当だったんだ…………」

 

「イッセー、おまえ自分でバラしてどうする…………」

 

「やめろ、俺をそんな残念な子を見るような目で見るのはやめろおおおおォォッ!!」

 

「…………」

 

 三人の騒ぐ様子を眺めながら、オーフィスは飲み物を口に含んだ。喉を通っていく冷たい液体がとても美味しく感じる。

 

「ん、ん、ん、ぷはぁーっ! 信貴くん、おかわり!」

 

「もう飲み干したのかよ。はいはい、買ってきますよ」

 

「えー、今度はイリナが買ってこいよ」

 

「女の子のお願いを断ったらダメなんだよイッセーくん! ほら、オーフィスちゃんも欲しいよね?」

 

「…………?」

 

 こちらに話を振ってくるとは思わなかったので、オーフィスは暫しの間硬直してしまう。手元に視線を落とすと飲み物はほとんど底を突いているが、元々オーフィスは飲まず食わずでも生きていける存在だ。別に欲しいとは思わなかった。

 

「我、いらな────」

 

「ほーら男共! さっさと買ってくる! 駆け足! 進め!」

 

 オーフィスの言葉を遮り、イリナが号令を掛けた。それにイッセーはぶつぶつと文句を言い、信貴は苦笑しながら彼女の命令に従った。

 

「ったく、なんで俺まで…………」

 

「そうふて腐れるなよイッセー。コンビニ着いたら俺が何か好きなもの一つ買ってやるから」

 

「マジで!? よっしゃー!!」

 

 近くに自動販売機がないため、近くのコンビニに向かう二人。その二人が公園から出るのを確認すると、イリナはオーフィスに話し掛ける。

 

「ねえ、オーフィスちゃん。一ついいかな?」

 

「なに?」

 

 オーフィスが促すと、イリナは彼女の方に向き直った。眸は真っ直ぐオーフィスを捉えて、逃がさない。

 

 そして、口を開いた。

 

「信貴くんは、オーフィスちゃんにとって何?」

 

「────」

 

 ふと、オーフィスは息を呑んだ。何故呑んだのかは分からない。ただ、無意識の内に呑んでいた。

 

「最初の友達とかじゃなくて、別のモノ。あるよね? きっと」

 

「…………」

 

 その問いにオーフィスは何と応えるべきなのか悩んだ。悩んだが、正直に話すことにした。

 

 真剣に話さなければならない気がしたから。

 

「シキ、我の居場所。我の帰るところ」

 

「居場所…………かぁー」

 

 そう呟くとイリナはすっと立ち上がった。んーっ、と言いながら身体を伸ばし固まった筋肉を解す。

 

 そしてオーフィスを見下ろし、笑いながら言った。

 

「じゃあ、オーフィスちやんは信貴くんにとって特別な存在なんだね」

 

「我が、特別?」

 

 言っている意味が分からなかった。それを言うならオーフィスだけでなくイリナやイッセーも信貴にとって特別な存在のはずだ。そう告げると、イリナは少し悲しそうな笑みを浮かべたまま首を横に振った。

 

「ううん、違うよ。信貴くんはね、何というか孤高なんだ。私達と一緒にいるときも気付いたら何処か遠いところを見てる。まるで、自分はここには居てはならないと思っているようで、誰とでも距離を取ってる。それは私達も例外じゃない」

 

 だからね、とイリナは両手を後ろで組んで微笑みながら告げる。

 

「きっと、信貴くんにとってオーフィスちゃんは特別な存在なんだ。初めて自分から距離を詰めた相手」

 

「我が…………シキの、特別な存在?」

 

 信貴がオーフィスにとって居場所という特別な存在であるように。

 

 オーフィスもまた、信貴にとって特別な存在なのだろう。

 

「ねえ、オーフィスちゃん。私と友達になってくれないかな?」

 

「?」

 

 唐突にイリナは告げた。突然の事にオーフィスの頭は混乱する。

 

「私だけじゃなくてイッセーくんもだけど、ダメかな?」

 

「…………別に、構わない」

 

「本当? ありがとーっ、オーフィスちゃん!」

 

 オーフィスの手を掴み、ぶんぶんと上下に振り回すイリナ。しばらくされるがままでいると、イリナは不意に動きを止めた。そしてオーフィスの瞳を見つめる。

 

「じゃあさ、友達としての最初のお願い、聞いてくれる?」

 

「なに?」

 

 イリナは優しい微笑みを浮かべたまま、告げた。

 

 

 

「信貴くんを、独りにしないで」

 

 

 

 その言葉はオーフィスの胸に深く刻まれる。

 

「本当はその役目は私がしたかったんだけど、私は今年の終わりに引っ越しちゃうんだ。あ! この事は二人には内緒だからね? だから、オーフィスちゃんに任せるよ。信貴くんと一緒にいてあげて。信貴くんの側にいてあげて。約束できる?」

 

「…………ん、わかった。我、約束する」

 

「本当っ!? ありがと、オーフィスちゃんッ!!」

 

 ガバッ! とイリナはオーフィスに抱きつき頬摺りする。

 

 …………正直に言えば、オーフィスはイリナの言っている事をあたり理解していなかった。けれど、信貴を独りにしないという約束だけは、必ず守ろうと思った。

 

「…………あ! 二人とも帰ってきた! 行くよ、オーフィスちゃん!」

 

「わかった」

 

 イリナに腕を引かれオーフィスも走り出す。公園の入り口には見知った少年の姿。オーフィスにとって居場所であり、特別な存在。

 

「二人ともー! 今日はもう遅いし帰ろっか!」

 

「げぇっ!? せっかくジュースだけじゃなくてお菓子も買ってきたのに帰るのかよ」

 

「じゃあ家でお茶会でもするか?」

 

「あ、それ賛成ーっ! オーフィスちゃんの歓迎会も重ねてやろうよ!」

 

「よし、それじゃあ俺の新ネタを見せてやるぜ!」

 

「イッセー、おまえそれこの前ミスってなかったか?」

 

 家に向かう三人の後ろ姿。仲の良さそうな彼らだが、やはり少しだけ信貴は二人との間に距離を開けているように見えた。

 

「シキ」

 

 だから、その隙間にオーフィスは潜り込んだ。

 

 彼らの、四人の間の距離がなくなる。

 

「ん、どうしたオーフィス?」

 

 袖を握ってくるオーフィスに信貴が振り返る。その顔を見て、オーフィスは一瞬口籠る。が、やはり口にすることにした。約束を守るため、そして何よりそれを伝えたいと思ったから。

 

 

 

「────我、シキの側にいる。一緒にいる。だからシキ、独りじゃない」




 イリナはヒロインじゃなくてオーフィスのお姉ちゃんポジションなので注意。

 皆様お久しぶりです、作者です。生きてます。
 前回の感想で予想以上に『オーフィス燃え萌え隊』の入隊希望が多くで驚愕しました。現在も募集しているので感想ください。
 今日まで投稿できなかったのは『神咒神威神楽』をやっていたからです。夜刀様が本当に最高でした!
 そしてやってて思ったこと。Fate/EXTRAcccで神咒神威神楽みたいな展開はどうだろうか? 殺生院キアラに負けた岸波白野達が彼女の願いを完成させないためにムーンセルに抗うとか。誰か書いてくれないかなー。
 まあ冗談はさておき。更新か遅く駄文ですが、皆様が楽しんでくれるよう頑張っておりますので、感想よろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。